第四話 誰がために金は成る
日本の某所。もう少し限定するのなら、富士山の裾野のどこか。
適度に人里から離れた原野の中に、一見するとエレクトロニクス部品の工場のような建造物がある。
白亜の研究棟の隣には、体育館を大きくしたような施設が建っていた。裏手には500メーターはあろうコンクリートで整地された長大な空き地。
施設全体はフェンスに囲われ、無用の方お断りの雰囲気がぷんぷんしている。ご丁寧にフェンスの各所では監視カメラまで目を光らせていた。
入り口には検門が設けられ、警備員が詰めている。正門の脇には見事な楷書で『大江戸先進科学研究所』との立て看板。
実用スーパーロボットの根拠地であろう研究所であるが、そのデザインは意外なほどに普通だ。
本当のところ、大江戸博士は複数の立方体が積みあがった奇天烈な高層建築物を予定していたのだが、
役所に届出をしたら高さもデザインも富士山の景観を損ねるとかで、絶賛、却下されていた。
某カルト宗教団体がBCテロで検挙されてからこちら、富士の裾野は怪しい施設お断りであった。
というわけで大江戸博士には不本意だが、他の研究者たちには幸運なことに、大江戸先進化学研究所のデザインは極めて常識的に収まったのである。
さて、件の体育館のような格納庫内で、ダイガストは寝そべって整備を受けている。格納庫を高く出来ないのなら地下に縦孔でも掘って気分を出そうとしたのだが、
そうすると今度は作業員に高所作業者資格が必要になり、博士がブチ切れたのは余談である。
天井につっかえそうになりながらダイガストは半身を起こし、静かに駆動音を響かせていた。
コクピットでは鷹介と虎二郎が所定の位置に収まり、コンソール上の表示に目を走らせている。
と、虎二郎の前のインフォメーションパネルが赤色のエラー表示で染まった。
「ストップだ、鷹介」
「今度は何です?」
鷹介は操縦桿から手を離し、自分の一段上に座る同乗者に顔を向ける。
「…ダイガストの火器管制はドラム缶一個に戦術核をご所望だ」
「ここに有る物をリクエストして下さいよ…まったく、さっきは富士山を機関砲で壊すと言ってたし」
「完全なコンピューター任せの火器管制は当分不可能だなぁ…戦闘訓練を積んだパイロットの意思が無ければ、ダイガストは岩を蹴飛ばすことも出来ない」
「脳波コントロール装置なんて胡散臭い物のほうが完調なんて…しかも銀河列強の子供に人気のゲーム用とか…」
「仕方が無いさ。いちいちコンピューターを介して操縦していたら、モーションパターン用にスパコンを並列で搭載せにゃならなくなる。手っ取り早いのは人間の思考で、行動を補正してやることだ」
「なにしろパイロットの俺が研究所に来て最初に行かされたのは、民間軍事会社の訓練キャンプですからねぇ…」
鷹介は感慨深げに、ほんの半年前の事を思い返す。
『とーさんかーさんごめんなさい。
なまじ名前が書けたから、紙切れ一枚極道家業
人の撃ち方、殺し方。悪魔が教えるサバイバル
俺たちゃ最低外人部隊。命の値段も紙切れ一枚』
そんな歌を口ずさみ、炎天下の中を爽やかクソ兵隊さんマラソン。ときおり頭上すれすれにライフル弾が飛んでくるが、それは度胸を着けさせようとする教官の愛である。
もちろん、そこに集まった『一般生活を送るには不必要だが、紛争地帯に送り込まれるにはまだまだ』な技術を持ったゴロツキ達に、婉曲な愛情を好んで受け取る変態はいない。
適度に人里から離れた原野の中に、一見するとエレクトロニクス部品の工場のような建造物がある。
白亜の研究棟の隣には、体育館を大きくしたような施設が建っていた。裏手には500メーターはあろうコンクリートで整地された長大な空き地。
施設全体はフェンスに囲われ、無用の方お断りの雰囲気がぷんぷんしている。ご丁寧にフェンスの各所では監視カメラまで目を光らせていた。
入り口には検門が設けられ、警備員が詰めている。正門の脇には見事な楷書で『大江戸先進科学研究所』との立て看板。
実用スーパーロボットの根拠地であろう研究所であるが、そのデザインは意外なほどに普通だ。
本当のところ、大江戸博士は複数の立方体が積みあがった奇天烈な高層建築物を予定していたのだが、
役所に届出をしたら高さもデザインも富士山の景観を損ねるとかで、絶賛、却下されていた。
某カルト宗教団体がBCテロで検挙されてからこちら、富士の裾野は怪しい施設お断りであった。
というわけで大江戸博士には不本意だが、他の研究者たちには幸運なことに、大江戸先進化学研究所のデザインは極めて常識的に収まったのである。
さて、件の体育館のような格納庫内で、ダイガストは寝そべって整備を受けている。格納庫を高く出来ないのなら地下に縦孔でも掘って気分を出そうとしたのだが、
そうすると今度は作業員に高所作業者資格が必要になり、博士がブチ切れたのは余談である。
天井につっかえそうになりながらダイガストは半身を起こし、静かに駆動音を響かせていた。
コクピットでは鷹介と虎二郎が所定の位置に収まり、コンソール上の表示に目を走らせている。
と、虎二郎の前のインフォメーションパネルが赤色のエラー表示で染まった。
「ストップだ、鷹介」
「今度は何です?」
鷹介は操縦桿から手を離し、自分の一段上に座る同乗者に顔を向ける。
「…ダイガストの火器管制はドラム缶一個に戦術核をご所望だ」
「ここに有る物をリクエストして下さいよ…まったく、さっきは富士山を機関砲で壊すと言ってたし」
「完全なコンピューター任せの火器管制は当分不可能だなぁ…戦闘訓練を積んだパイロットの意思が無ければ、ダイガストは岩を蹴飛ばすことも出来ない」
「脳波コントロール装置なんて胡散臭い物のほうが完調なんて…しかも銀河列強の子供に人気のゲーム用とか…」
「仕方が無いさ。いちいちコンピューターを介して操縦していたら、モーションパターン用にスパコンを並列で搭載せにゃならなくなる。手っ取り早いのは人間の思考で、行動を補正してやることだ」
「なにしろパイロットの俺が研究所に来て最初に行かされたのは、民間軍事会社の訓練キャンプですからねぇ…」
鷹介は感慨深げに、ほんの半年前の事を思い返す。
『とーさんかーさんごめんなさい。
なまじ名前が書けたから、紙切れ一枚極道家業
人の撃ち方、殺し方。悪魔が教えるサバイバル
俺たちゃ最低外人部隊。命の値段も紙切れ一枚』
そんな歌を口ずさみ、炎天下の中を爽やかクソ兵隊さんマラソン。ときおり頭上すれすれにライフル弾が飛んでくるが、それは度胸を着けさせようとする教官の愛である。
もちろん、そこに集まった『一般生活を送るには不必要だが、紛争地帯に送り込まれるにはまだまだ』な技術を持ったゴロツキ達に、婉曲な愛情を好んで受け取る変態はいない。
鷹介は『ちょっとしたジェット機を飛ばせる程度』のゴロツキだったが、
地中海某所の訓練キャンプでは拳銃、自動小銃、手榴弾、無反動砲、格闘、サバイバル訓練といった人生に彩を与える技術を更に叩き込まれ、
『どこの裏路地にいても恥ずかしくない程度』のゴロツキに鍛え上げられた。
なお、虎二郎はそんな人生を愉快にしそうな技術を習いに行った事はなく、もう10年程、大江戸博士のもとで研究員をしているインテリである。
もっとも大江戸博士と同じように作業服でも着ていた方が似合いそうな現場の男然としているため、とても研究者には見えないのであるが。
そもそも、大江戸先進科学研究所自体、中で働く研究者には変り種が多い。
ダイガストのコクピットから降りてきた鷹介がグルリと辺りを見渡してみれば、研究者達の中には何だか耳が尖っている様に見える者とか、
ずいぶん額が高い者とか、ちょっと小首を傾げたくなる外見の者が多いのだ。
鷹介も全員と面識が有る訳でもないので、直接聞いた事は無いが、大方の見当はつく。
彼らは亡命者なのだ。母国ではなく、おそらく母星を追われた。
言うなればダイガストとは、故郷を不当に奪われた人々の無念の結晶である。
鷹介にとっては母国、ひいては母星を守る戦いだが、彼ら研究所の亡命者達にとっては、いつ成就するとも知れない故郷奪還の戦いの過程に過ぎない。
それでも異星の人々が真摯にダイガストを作り上げ、整備してくれる事を操縦席から感じている鷹介は、深く頭が下がるばかりだ。
「おやつですよ~」
と、唐突に能天気な声がし、透(みなも)が茶請けの載ったワゴンを押して格納庫にやってきた。
今日のおやつは羊羹と、それにあわせたドス緑の濃ゆい茶らしい。頭脳労働のエンジニア達はよほど脳が糖分を欲するのか、羊羹がたいそう人気だった。
…『つぶあん』と『こしあん』の優劣に関する論議を始めたり、羊羹と濃い茶の親和性に和んでいる異星の人々の馴染みっぷりを見ると、
ふと、あの人達は故郷に帰る事が出来るのだろうかと不安になるのだが。
濃い緑茶の苦味で火気管制の点検に飽きた脳ミソを刺激していると、一本丸なりの羊羹に齧り付きながら大江戸博士が入ってくる。
「おぅ、鷹介、ちょうど良いところに」
そんなことはない、絶対狙って来やがった。鷹介は内心で舌打ちしながら、見てるだけで胸焼けする食べ方をしている雇い主のところに走る。
「どうしました?」
「うん、青森に行ってくれ」
「前後の脈略が無いんですけど」
「天才に必要なのは答えだ。理論とは欲しいものを得る為の手段に他ならん」
「じゃ、取り敢えず凡夫の俺にも判るように途中の理論を展開してください」
「ワシのお抱えパイロットだったら無い知恵働かす前に飛べばいいだろうに」
「敵地ですって、いま、青森は。あと大江戸先進科学研究所の輸送機パイロットね、雇用契約上は」
「限定戦争終了から三日はな、現地住民の任意の避退は大目に見られとる。それよりも現地で人手が足らんのだ。
お前がダイガストに噛り付いていても、出来ることなんぞ多寡が知れとる。判ったら青森に飛べ」
「『ブラック会社に就職したんだが、おれはもう駄目かも知れん』」
「あんだと?」
「いいぇ~、それでは青森空港ですかね。着陸地の手配はお願いできるんでしょうね?」
「いや、三沢基地に飛んでくれ。そこで現地スタッフの指示を仰ぐんだ」
自衛隊の基地に?鷹介は何だか怪しげな話になってきたのを感じ取り、眉をひそめた。しかも折悪しく、そこに興味本位に食いついてくる奴がいた。
「あ、鷹くん青森に出張かな?いーなー」
透は四つに切った冷奴サイズの大きな羊羹を、爪楊枝で器用に保持しながら、何が嬉しいのかにこにこ顔で二人の顔を交互に見やる。
「ふむ、手数は多いほうが良いな…透君も行くか?」
大江戸博士はいいこと思いついた、とばかりに決めてしまう。
敵地だって言ってんだろうが!鷹介は思わず怒鳴りかけたものだが、
どうしたわけか次に大江戸博士が口を開いた時に見せた、諦念としか言えない色に、彼は喉元まで上がった言葉を飲み込むのだった。
「…それに、若いうちに見とくべきだよ、あの風景は」
鷹介と透は顔を見合わせた。
地中海某所の訓練キャンプでは拳銃、自動小銃、手榴弾、無反動砲、格闘、サバイバル訓練といった人生に彩を与える技術を更に叩き込まれ、
『どこの裏路地にいても恥ずかしくない程度』のゴロツキに鍛え上げられた。
なお、虎二郎はそんな人生を愉快にしそうな技術を習いに行った事はなく、もう10年程、大江戸博士のもとで研究員をしているインテリである。
もっとも大江戸博士と同じように作業服でも着ていた方が似合いそうな現場の男然としているため、とても研究者には見えないのであるが。
そもそも、大江戸先進科学研究所自体、中で働く研究者には変り種が多い。
ダイガストのコクピットから降りてきた鷹介がグルリと辺りを見渡してみれば、研究者達の中には何だか耳が尖っている様に見える者とか、
ずいぶん額が高い者とか、ちょっと小首を傾げたくなる外見の者が多いのだ。
鷹介も全員と面識が有る訳でもないので、直接聞いた事は無いが、大方の見当はつく。
彼らは亡命者なのだ。母国ではなく、おそらく母星を追われた。
言うなればダイガストとは、故郷を不当に奪われた人々の無念の結晶である。
鷹介にとっては母国、ひいては母星を守る戦いだが、彼ら研究所の亡命者達にとっては、いつ成就するとも知れない故郷奪還の戦いの過程に過ぎない。
それでも異星の人々が真摯にダイガストを作り上げ、整備してくれる事を操縦席から感じている鷹介は、深く頭が下がるばかりだ。
「おやつですよ~」
と、唐突に能天気な声がし、透(みなも)が茶請けの載ったワゴンを押して格納庫にやってきた。
今日のおやつは羊羹と、それにあわせたドス緑の濃ゆい茶らしい。頭脳労働のエンジニア達はよほど脳が糖分を欲するのか、羊羹がたいそう人気だった。
…『つぶあん』と『こしあん』の優劣に関する論議を始めたり、羊羹と濃い茶の親和性に和んでいる異星の人々の馴染みっぷりを見ると、
ふと、あの人達は故郷に帰る事が出来るのだろうかと不安になるのだが。
濃い緑茶の苦味で火気管制の点検に飽きた脳ミソを刺激していると、一本丸なりの羊羹に齧り付きながら大江戸博士が入ってくる。
「おぅ、鷹介、ちょうど良いところに」
そんなことはない、絶対狙って来やがった。鷹介は内心で舌打ちしながら、見てるだけで胸焼けする食べ方をしている雇い主のところに走る。
「どうしました?」
「うん、青森に行ってくれ」
「前後の脈略が無いんですけど」
「天才に必要なのは答えだ。理論とは欲しいものを得る為の手段に他ならん」
「じゃ、取り敢えず凡夫の俺にも判るように途中の理論を展開してください」
「ワシのお抱えパイロットだったら無い知恵働かす前に飛べばいいだろうに」
「敵地ですって、いま、青森は。あと大江戸先進科学研究所の輸送機パイロットね、雇用契約上は」
「限定戦争終了から三日はな、現地住民の任意の避退は大目に見られとる。それよりも現地で人手が足らんのだ。
お前がダイガストに噛り付いていても、出来ることなんぞ多寡が知れとる。判ったら青森に飛べ」
「『ブラック会社に就職したんだが、おれはもう駄目かも知れん』」
「あんだと?」
「いいぇ~、それでは青森空港ですかね。着陸地の手配はお願いできるんでしょうね?」
「いや、三沢基地に飛んでくれ。そこで現地スタッフの指示を仰ぐんだ」
自衛隊の基地に?鷹介は何だか怪しげな話になってきたのを感じ取り、眉をひそめた。しかも折悪しく、そこに興味本位に食いついてくる奴がいた。
「あ、鷹くん青森に出張かな?いーなー」
透は四つに切った冷奴サイズの大きな羊羹を、爪楊枝で器用に保持しながら、何が嬉しいのかにこにこ顔で二人の顔を交互に見やる。
「ふむ、手数は多いほうが良いな…透君も行くか?」
大江戸博士はいいこと思いついた、とばかりに決めてしまう。
敵地だって言ってんだろうが!鷹介は思わず怒鳴りかけたものだが、
どうしたわけか次に大江戸博士が口を開いた時に見せた、諦念としか言えない色に、彼は喉元まで上がった言葉を飲み込むのだった。
「…それに、若いうちに見とくべきだよ、あの風景は」
鷹介と透は顔を見合わせた。
三沢空港は青森県の太平洋側に存在し、民間、自衛隊、在日米軍が滑走路を共有している複雑な利用形態の空港だ。
高速道路が三沢止まりである事から考えるに、民間の足というよりは軍施設である。
現に航空自衛隊三沢基地は24時間待機のアラート任務を持つ実戦部隊であり、在日米軍も日本海の向こうの半島有事に備える『北の槍』だった。
もっとも、銀河帝国文明圏最大のエンターテイメント会社 ウォルト・デスティニー・カンパニーと交戦状態になった米軍は、
全米遊園地化計画『デスティニープラン』との対決のため、加えて限定戦争に関わる国家間の軍事同盟の否定のため、
連絡員以外の在日米軍を引き揚げていたので、施設は実に閑散としている。
なお海外に派遣されていた米軍や、紛争地帯における多国籍軍による治安維持部隊は、
同じように銀河列強の干渉、あるいは本国防衛のため、殆どが引き揚げを余儀なくされていた。
なにかとデリケートなお国柄で米軍に基地を提供していた政権は当然のように混乱し、ここぞとばかりに宗教革命を狙う原理主義勢力との紛争状態に陥っている。
治安維持部隊が引き挙げた紛争地帯などは更に悲惨だった。もともと現地住民に近代国家的な統治能力など無いのであるから。
かくて南半球の後進国は当事国の人々が憎悪の対象を失った事により、20世紀末のヨーロッパ諸国が植民地を破棄したときのような混乱に陥った。
血で血を洗う独立運動は援助も無いのだから当然のように国の発展に結びつかず、挫折は簡単に隣国や異なる部族への憎悪につながった。
未来像無き人々が、不当に奪われた物があると騒ぎたて、どこかから取り返せと武器を振りかざす。
あるいは銀河列強の植民地となった方が幸せなのかもしれない。飯に食いっぱぐれる事は無く、恨みを抱くのは隣人と同じ相手なのだから。
話をもどそう。
航空自衛隊三沢基地も青森陥落に伴う引き上げを完了しつつあった。第3航空団のF-2支援戦闘機も戦うことなく南へと避退し、米軍基地同様、わずかな連絡員が残るのみ。
鷹介は覇気のない誘導――状況を鑑みれば当然だが――でセスナを降ろすと、さっそく基地内で現地スタッフとやらと対面した。
「ごくろうさまです、財務省の入江省三です」
濃紺のスーツを着た眼鏡の男はそう名乗った。中背の没個性的な人物だ。なぜ財務省が、そう口にする前に入江が先んじて説明を始めた。
「支払いの済んでいない銀行さんに、払い込みに回って貰いたいのですよ。これが最後の機会になりそうですので…」
入江の説明に全面的に納得したわけではないが、鷹介と透はまぁそんな事もあるのかと妥協し、渡されたキャッシュカードを手に三沢の市街地に向かう。
途中、鷹介は立ち止まると、滑走路の駐機スポットを眩しそうに見つめる。そこにはつい数日前までアラート待機のF-2支援戦闘機が翼を並べていたはずだった。
透はどうしたのか問おうとしたが、幼馴染の表情に言葉を失う。
彼の細めた目、引き結んだ口は、そこにあった翼たちを狂おしいほどに想っている様だった。何かに置いて行かれたように、彼は滑走路の一角にただ存在している
東北の三月の風はまだまだ肌寒い。ひと風吹くたび鷹介が滑走路に書き割りのように溶け込んでゆくようで、透はとっさに彼の上着の袖を掴んでいた。
「ん?」
声が返ってきて、透はようやく見知った表情を向けられた事に安堵する。
「行こうよ、ここ、寒いよ?」
透は踏み出せなかった。
ほんの三年、幼馴染は彼女の知らない世界に属していて、たぶん今でも彼はその世界に後ろ髪を引かれている。
今ではその時、その組織よりも比較にならないほど巨大な力の操縦桿を握っているのに、その世界に未だ焦がれているのだ。
直近の三年間は会っていなかったとは言え、透はそれ以前の十八年の付き合いから、鷹介が抱えた整理しきれない何かの存在を感じ取っていた。
だがその何かに触れることを、彼女は恐れている。
彼女の知らない三年の厚みは、彼女の知っている十八年の厚みを、容易く否定してしまうような気がしていて。
だから今日も青年のセンチメンタルは保たれている。やさしく、臆病な幼馴染のおかげで。
高速道路が三沢止まりである事から考えるに、民間の足というよりは軍施設である。
現に航空自衛隊三沢基地は24時間待機のアラート任務を持つ実戦部隊であり、在日米軍も日本海の向こうの半島有事に備える『北の槍』だった。
もっとも、銀河帝国文明圏最大のエンターテイメント会社 ウォルト・デスティニー・カンパニーと交戦状態になった米軍は、
全米遊園地化計画『デスティニープラン』との対決のため、加えて限定戦争に関わる国家間の軍事同盟の否定のため、
連絡員以外の在日米軍を引き揚げていたので、施設は実に閑散としている。
なお海外に派遣されていた米軍や、紛争地帯における多国籍軍による治安維持部隊は、
同じように銀河列強の干渉、あるいは本国防衛のため、殆どが引き揚げを余儀なくされていた。
なにかとデリケートなお国柄で米軍に基地を提供していた政権は当然のように混乱し、ここぞとばかりに宗教革命を狙う原理主義勢力との紛争状態に陥っている。
治安維持部隊が引き挙げた紛争地帯などは更に悲惨だった。もともと現地住民に近代国家的な統治能力など無いのであるから。
かくて南半球の後進国は当事国の人々が憎悪の対象を失った事により、20世紀末のヨーロッパ諸国が植民地を破棄したときのような混乱に陥った。
血で血を洗う独立運動は援助も無いのだから当然のように国の発展に結びつかず、挫折は簡単に隣国や異なる部族への憎悪につながった。
未来像無き人々が、不当に奪われた物があると騒ぎたて、どこかから取り返せと武器を振りかざす。
あるいは銀河列強の植民地となった方が幸せなのかもしれない。飯に食いっぱぐれる事は無く、恨みを抱くのは隣人と同じ相手なのだから。
話をもどそう。
航空自衛隊三沢基地も青森陥落に伴う引き上げを完了しつつあった。第3航空団のF-2支援戦闘機も戦うことなく南へと避退し、米軍基地同様、わずかな連絡員が残るのみ。
鷹介は覇気のない誘導――状況を鑑みれば当然だが――でセスナを降ろすと、さっそく基地内で現地スタッフとやらと対面した。
「ごくろうさまです、財務省の入江省三です」
濃紺のスーツを着た眼鏡の男はそう名乗った。中背の没個性的な人物だ。なぜ財務省が、そう口にする前に入江が先んじて説明を始めた。
「支払いの済んでいない銀行さんに、払い込みに回って貰いたいのですよ。これが最後の機会になりそうですので…」
入江の説明に全面的に納得したわけではないが、鷹介と透はまぁそんな事もあるのかと妥協し、渡されたキャッシュカードを手に三沢の市街地に向かう。
途中、鷹介は立ち止まると、滑走路の駐機スポットを眩しそうに見つめる。そこにはつい数日前までアラート待機のF-2支援戦闘機が翼を並べていたはずだった。
透はどうしたのか問おうとしたが、幼馴染の表情に言葉を失う。
彼の細めた目、引き結んだ口は、そこにあった翼たちを狂おしいほどに想っている様だった。何かに置いて行かれたように、彼は滑走路の一角にただ存在している
東北の三月の風はまだまだ肌寒い。ひと風吹くたび鷹介が滑走路に書き割りのように溶け込んでゆくようで、透はとっさに彼の上着の袖を掴んでいた。
「ん?」
声が返ってきて、透はようやく見知った表情を向けられた事に安堵する。
「行こうよ、ここ、寒いよ?」
透は踏み出せなかった。
ほんの三年、幼馴染は彼女の知らない世界に属していて、たぶん今でも彼はその世界に後ろ髪を引かれている。
今ではその時、その組織よりも比較にならないほど巨大な力の操縦桿を握っているのに、その世界に未だ焦がれているのだ。
直近の三年間は会っていなかったとは言え、透はそれ以前の十八年の付き合いから、鷹介が抱えた整理しきれない何かの存在を感じ取っていた。
だがその何かに触れることを、彼女は恐れている。
彼女の知らない三年の厚みは、彼女の知っている十八年の厚みを、容易く否定してしまうような気がしていて。
だから今日も青年のセンチメンタルは保たれている。やさしく、臆病な幼馴染のおかげで。
銀行の窓口には人が詰め掛けていたが、キャッシュディスペンサーにはさっぱりと人がいない。
日本国でなくなってしまった北海道と青森では円が急落し、ハイパーインフレが発生していた。
人々は崩壊した経済の中でなけなしの円を求めて銀行に殺到したが、当然、銀行にそんな支払い能力はない。
ハイパーインフレは局所的な要因であり、他の未だ日本である地域では、その価値は変わっていないのだ。
もちろん、そもそも地方銀行の支店にそんな大金が有る訳も無い。
結果、講座の解約を求める人々が窓口に殺到し、にっちもさっちも行かない押し問答が続いていた。
ちょうど暗黒の月曜の後の、銀行のとりつけ騒ぎのように。
殆どのキャッシュディスペンサーも金を下ろせないように電源が落とされていたが、ひとつだけ払い戻し機能の無い機械が誰に見向きをされる事無く空しく稼動していた。
鷹介は財務省の人間から貰ったメモを頼りに、次々と青森県下の銀行支店に支払いを済ましてゆく。
「しかしお上も律儀なもんだよな、こうやって青森各地の銀行に支払いなんてさ」
鷹介が小首を傾げれば、透もきれいな形の顎筋に人差し指を充て、
「何もしないとマスコミが騒ぐからじゃないかな?国が支払いを踏み倒した、なんて」
「そりゃお前…有り得るか」
「でしょ?」
…二人が微笑みあう所から壁一枚隔てた銀行のオフィスでは、ちょうど同じころ、ネットワーク管理者が悲鳴を上げている。
「ウィルスの侵攻速度が加速しました!『県内各地』の『支店経由』で口座内の金が別銀行の口座に移動中!県中の資本が…引き上げられてゆきます…」
「本店からの凍結指示の次はウィルスだと!? 誰が…何のために…」
頭取が力なく呟いたときには、鷹介と透は銀行を後にしていた。
「鷹くん、今日は良いことをしたね」
「そうか?」
「お金が流れれば景気が良くなるよ。不景気のときに国が無駄遣いしなきゃ、どこの誰がお金を流すの?ダイガストだって最終的には公共事業だって博士が言ってたよ」
「不況下の銀行は、ご家庭と同じで金回りのドン詰まりだろうが。使わないところに金を回してもな…って、やけに静かだな」
鷹介は言葉を切って街を見渡した。
平日の昼であることを差し引いても三沢の街は静かだった。商店は言うに及ばず、コンビニエンスストアもシャッターを閉め、日常にあるべき光景が無い。
それが人の痕跡を消し去ったような、街の時を止めたような錯覚に陥らせる。
時折、荷物を満載した車が南へと急ぐエンジン音が響き、街を覆う停滞が気のせいである事を思い出させた。
公民館だろうか。三月の空には見慣れぬ深い赤の旗がはためいている。
ひるがえった生地に銀糸で剣と、それを飾る金モールドが見えたとき、二人は遅まきながら理解した。そこが日本の空でないことに。
物流の止まった街。県境は国境となり、当たり前だったはずの世の中の仕組みが、すべて変わってしまった街。
博士が見せたかったものとは、この凍りついたような終末観だったのか。
いや、違った。
二人は別の通りからの怒声に、停滞とは全く逆の光景を見せ付けられることになる。
路地を変えてみれば、人だかりが出来ていた。大半が主婦然とした婦人方であり、人だかりの中心には露天商がいた。
露天商だと思ったのはその男が大量の野菜を鬻(ひさ)いでいたからであり、趣味の悪いアロハに安そうなサングラスのいでたちは、
本来ならヤドカリやカラーヒヨコでも売っていそうな香具師の下っ端のようである。
先程の怒声はこの男のものであり、主婦に囲まれながらも場を支配しているのは、やはり男のほうであった。
「きのうはキャベツがひとつで500円かて、今日は今日や。キャベツはひとつ900円、びた一文まけまへん。
こっちは危ない橋を渡って野菜かき集めて商売しとるねん。値段くらい、こっちで決めるのが筋とちゃいまっか。
いいんやで、別に、わしかて文句言われて商いしたくはあらへんから、別の街にでも行って売りましょか?」
捲くし立てた男がひとたび店じまいの素振りを見せると、婦人方の抵抗もそれまでだ。我先にと法外な価格の野菜に飛びつき、紙幣が乱れ舞った。
透が気分悪そうに愁眉を寄せる。
「人の足元見て…ボッタクリだよ」
「備蓄でもしてりゃまだしもな…こんな事になるなんて、誰が予測できるんだ?」
言いつつも鷹介自身が、どこまでが『こんな事』に当たるのか理解できないでいた。
不安に駆られた人々が作る混沌に何も口を挟むことも出来ず、ただボッタクリの野菜が売り切れるのを見守るよりない。
「ねぇ」
透がまた彼の袖を引く。
「あれ…」
彼女の指差した方を見ると、街角のそこかしこに同じような胡散臭い露天商が店を開いていた。
肉、卵、飲料水、砂糖。至れり尽くせりというか、呆れるほどというか、もちろん、その全てがボッタクリ価格だ。
何なんだ、こいつらは。鷹介の中の疑問と憤りが高まってゆく、まさにその時。
地響きとともに、すさまじい破砕音が響いて、居合わせた人々を驚かせた。
何事かと視線をめぐらすと、一軒の民家にダンプが突っ込んでいた。ブレーキ音が聞こえなかったのは激突と同時だったからだろう、
木造平屋の家屋は容赦ない大質量の蹂躙により半ば以上が 崩れ、ビル解体映像のような微細な埃が綿菓子のように広がっている。
と、家――だったもの――から一人の少女がフラフラと出て来て、その惨状に途方にくれた顔をした。
濃紺のセーラー服にロングヘア。まるで映画に出てくるような田舎の女子高生だった。
彼女が何か絶望に満ち満ちた言葉を吐くより早く、黒塗りの高級外車が瓦礫の山に横付けし、こっちからはでっぷりと太った50がらみの男が現れる。
なんというか、顔のパーツが肉厚で、いちいち大げさに見える。
唇などは厚ぼったい明太子を二本並べたみたいだ。精力的な目は、まるで光を当てた夜光性の獣の様にぎらついている。
「いやぁ、えらいすまんことしたなぁ」
中年男が口を開くと、飛び出してきたのは露天商と同じ、胡散臭い関西弁のようなもの。
「うちの者(もん)も道に不慣れやさかいなぁ、ああ、家がこんなんなってもうて。お嬢ちゃん、住むトコは?」
この瓦礫ですが何か、とか周囲の人間は思ったものだが、
ともかく中年男に気遣わしげ…に聞こえる声で問いかけられると、少女は首をふるふると横に振るう。
明らかにショック状態の少女がチラリと家を振り返ると、ダンプの開けた破孔から彼女の弟妹だろうか、小さな男の子と女の子が不安げに成り行きを見つめていた。
それを確認した中年男はこれまた親しげに見える笑みを浮かべると――蛙が笑ったらこんな顔だろうか――子供たちを手招きする。
「おお、小さいのもいるんか、それじゃ大変やなぁ。そや、わしが住むとこ探してやるさかい、みんなで事務所へいこか。飴ちゃん、食べるか?」
トントン拍子に進む都合の都合のよい話に鷹介も唖然として見守るだけだったが、なんだか流してはいけないような気がしてきて、思わず声を出していた。
「おいっ!先に警察じゃないのか!? 何らかの過失が問われるんじゃないのか?」
我ながらもう少し気の利いた言い方もあったろうに、とりあえず思いついたことを口走る。ところが中年男は人を小ばかにしたように肩をすくめて見せると、
「誰が問うんや、ボン?今この街には、なんの法律も無いんやで。そういうのはな、ツルギスタンの憲兵さんがきてから告げ口するこっちゃ」
「いや、だが…」
「法律がないんやから直談判やな。わし、なんか間違うとるか?あったことは覆らないんやで?悪いことしたと、こっちは認めてるんやで?」
「う…」
日本国でなくなってしまった北海道と青森では円が急落し、ハイパーインフレが発生していた。
人々は崩壊した経済の中でなけなしの円を求めて銀行に殺到したが、当然、銀行にそんな支払い能力はない。
ハイパーインフレは局所的な要因であり、他の未だ日本である地域では、その価値は変わっていないのだ。
もちろん、そもそも地方銀行の支店にそんな大金が有る訳も無い。
結果、講座の解約を求める人々が窓口に殺到し、にっちもさっちも行かない押し問答が続いていた。
ちょうど暗黒の月曜の後の、銀行のとりつけ騒ぎのように。
殆どのキャッシュディスペンサーも金を下ろせないように電源が落とされていたが、ひとつだけ払い戻し機能の無い機械が誰に見向きをされる事無く空しく稼動していた。
鷹介は財務省の人間から貰ったメモを頼りに、次々と青森県下の銀行支店に支払いを済ましてゆく。
「しかしお上も律儀なもんだよな、こうやって青森各地の銀行に支払いなんてさ」
鷹介が小首を傾げれば、透もきれいな形の顎筋に人差し指を充て、
「何もしないとマスコミが騒ぐからじゃないかな?国が支払いを踏み倒した、なんて」
「そりゃお前…有り得るか」
「でしょ?」
…二人が微笑みあう所から壁一枚隔てた銀行のオフィスでは、ちょうど同じころ、ネットワーク管理者が悲鳴を上げている。
「ウィルスの侵攻速度が加速しました!『県内各地』の『支店経由』で口座内の金が別銀行の口座に移動中!県中の資本が…引き上げられてゆきます…」
「本店からの凍結指示の次はウィルスだと!? 誰が…何のために…」
頭取が力なく呟いたときには、鷹介と透は銀行を後にしていた。
「鷹くん、今日は良いことをしたね」
「そうか?」
「お金が流れれば景気が良くなるよ。不景気のときに国が無駄遣いしなきゃ、どこの誰がお金を流すの?ダイガストだって最終的には公共事業だって博士が言ってたよ」
「不況下の銀行は、ご家庭と同じで金回りのドン詰まりだろうが。使わないところに金を回してもな…って、やけに静かだな」
鷹介は言葉を切って街を見渡した。
平日の昼であることを差し引いても三沢の街は静かだった。商店は言うに及ばず、コンビニエンスストアもシャッターを閉め、日常にあるべき光景が無い。
それが人の痕跡を消し去ったような、街の時を止めたような錯覚に陥らせる。
時折、荷物を満載した車が南へと急ぐエンジン音が響き、街を覆う停滞が気のせいである事を思い出させた。
公民館だろうか。三月の空には見慣れぬ深い赤の旗がはためいている。
ひるがえった生地に銀糸で剣と、それを飾る金モールドが見えたとき、二人は遅まきながら理解した。そこが日本の空でないことに。
物流の止まった街。県境は国境となり、当たり前だったはずの世の中の仕組みが、すべて変わってしまった街。
博士が見せたかったものとは、この凍りついたような終末観だったのか。
いや、違った。
二人は別の通りからの怒声に、停滞とは全く逆の光景を見せ付けられることになる。
路地を変えてみれば、人だかりが出来ていた。大半が主婦然とした婦人方であり、人だかりの中心には露天商がいた。
露天商だと思ったのはその男が大量の野菜を鬻(ひさ)いでいたからであり、趣味の悪いアロハに安そうなサングラスのいでたちは、
本来ならヤドカリやカラーヒヨコでも売っていそうな香具師の下っ端のようである。
先程の怒声はこの男のものであり、主婦に囲まれながらも場を支配しているのは、やはり男のほうであった。
「きのうはキャベツがひとつで500円かて、今日は今日や。キャベツはひとつ900円、びた一文まけまへん。
こっちは危ない橋を渡って野菜かき集めて商売しとるねん。値段くらい、こっちで決めるのが筋とちゃいまっか。
いいんやで、別に、わしかて文句言われて商いしたくはあらへんから、別の街にでも行って売りましょか?」
捲くし立てた男がひとたび店じまいの素振りを見せると、婦人方の抵抗もそれまでだ。我先にと法外な価格の野菜に飛びつき、紙幣が乱れ舞った。
透が気分悪そうに愁眉を寄せる。
「人の足元見て…ボッタクリだよ」
「備蓄でもしてりゃまだしもな…こんな事になるなんて、誰が予測できるんだ?」
言いつつも鷹介自身が、どこまでが『こんな事』に当たるのか理解できないでいた。
不安に駆られた人々が作る混沌に何も口を挟むことも出来ず、ただボッタクリの野菜が売り切れるのを見守るよりない。
「ねぇ」
透がまた彼の袖を引く。
「あれ…」
彼女の指差した方を見ると、街角のそこかしこに同じような胡散臭い露天商が店を開いていた。
肉、卵、飲料水、砂糖。至れり尽くせりというか、呆れるほどというか、もちろん、その全てがボッタクリ価格だ。
何なんだ、こいつらは。鷹介の中の疑問と憤りが高まってゆく、まさにその時。
地響きとともに、すさまじい破砕音が響いて、居合わせた人々を驚かせた。
何事かと視線をめぐらすと、一軒の民家にダンプが突っ込んでいた。ブレーキ音が聞こえなかったのは激突と同時だったからだろう、
木造平屋の家屋は容赦ない大質量の蹂躙により半ば以上が 崩れ、ビル解体映像のような微細な埃が綿菓子のように広がっている。
と、家――だったもの――から一人の少女がフラフラと出て来て、その惨状に途方にくれた顔をした。
濃紺のセーラー服にロングヘア。まるで映画に出てくるような田舎の女子高生だった。
彼女が何か絶望に満ち満ちた言葉を吐くより早く、黒塗りの高級外車が瓦礫の山に横付けし、こっちからはでっぷりと太った50がらみの男が現れる。
なんというか、顔のパーツが肉厚で、いちいち大げさに見える。
唇などは厚ぼったい明太子を二本並べたみたいだ。精力的な目は、まるで光を当てた夜光性の獣の様にぎらついている。
「いやぁ、えらいすまんことしたなぁ」
中年男が口を開くと、飛び出してきたのは露天商と同じ、胡散臭い関西弁のようなもの。
「うちの者(もん)も道に不慣れやさかいなぁ、ああ、家がこんなんなってもうて。お嬢ちゃん、住むトコは?」
この瓦礫ですが何か、とか周囲の人間は思ったものだが、
ともかく中年男に気遣わしげ…に聞こえる声で問いかけられると、少女は首をふるふると横に振るう。
明らかにショック状態の少女がチラリと家を振り返ると、ダンプの開けた破孔から彼女の弟妹だろうか、小さな男の子と女の子が不安げに成り行きを見つめていた。
それを確認した中年男はこれまた親しげに見える笑みを浮かべると――蛙が笑ったらこんな顔だろうか――子供たちを手招きする。
「おお、小さいのもいるんか、それじゃ大変やなぁ。そや、わしが住むとこ探してやるさかい、みんなで事務所へいこか。飴ちゃん、食べるか?」
トントン拍子に進む都合の都合のよい話に鷹介も唖然として見守るだけだったが、なんだか流してはいけないような気がしてきて、思わず声を出していた。
「おいっ!先に警察じゃないのか!? 何らかの過失が問われるんじゃないのか?」
我ながらもう少し気の利いた言い方もあったろうに、とりあえず思いついたことを口走る。ところが中年男は人を小ばかにしたように肩をすくめて見せると、
「誰が問うんや、ボン?今この街には、なんの法律も無いんやで。そういうのはな、ツルギスタンの憲兵さんがきてから告げ口するこっちゃ」
「いや、だが…」
「法律がないんやから直談判やな。わし、なんか間違うとるか?あったことは覆らないんやで?悪いことしたと、こっちは認めてるんやで?」
「う…」