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EPILOGUE

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だれでも歓迎! 編集
統合暦331年3月14日八坂州私立八坂高校――

二人の少女が固唾を呑んで見守る先では二体の巨人が直立不動の姿勢で眼前の敵と睨み合っている。
いや、敵と呼ぶには些かの語弊がある。目の前の相手に些かの恨みも無く、敵意も無い。寧ろ、親愛の情さえ抱いている。
では、何故、この両者は闘志を燃やし、対峙しているのか?

何の遺恨も持たず、ただ只管に武を競い合うだけの戦いを興じるのに理由など不要。ただ目の前の相手が強者だから戦いたい。ただそれだけだ。
そして、矢神玲が高校スポーツギア選手としての立場でいられるのは、残り半月も残されておらず、二人が武を競い合う事が出来る日も僅かしか残されていない。
だからこそ、一日一日を一戦一戦を大切に……などという考えは一切持ち合わせていない。

――完膚なきまでに叩き潰してやる。

口には出さないが、それが二人の総意であり、強者に対する礼節であると考えているからだ。

リヴァーツは右肩に担いだ身の丈程もある巨大な斬馬刀を真上に放り投げ、円を描きながら落下するソレを片腕で掴み取り、右足を軸に旋回し、砂埃を巻き上げた。
竜巻の様に巻き上げられた砂埃が晴れた中から、前傾姿勢で斬馬刀を水平に構えたリヴァーツが姿を露にした。

「こっちの準備はOKだ」

「相変わらず、見得を切るのが上手いというか何と言うか……」

守屋は苦笑混じりに答えながら、アイリス・ジョーカーの右腕に装着されたバックラーから幅広のブレードを展開し、リヴァーツに突き付けて、姿勢を下げた。
アイリス・ジョーカーのモニター越しにリヴァーツの一挙手、一投足を見逃さぬように獲物を狙う鷹の眼で、その姿を凝視した。

「茜華、合図を頼む」

「……うん。分かった」

アイリス・ジョーカーの外部スピーカーから守屋の声が拡大され、霧坂は頬を赤く染めながら、試合開始のサイレンを鳴らした。

(名前で呼ばれただけで凄く嬉しいなんてね……)

霧坂茜華が守屋一刀から愛の言葉を囁かれて……基、愛の言葉を吼えられ、数十分後。
二人の間で変わった事と言えば、お互いの呼び方が苗字から名前に変わった事である。
家族以外の異性に名前を呼ばれた事の無かった彼女にとって、それはあまりにも新鮮で、無上の喜びと気恥ずかしさを与えていた。

「すまんな。霧坂。本来ならば私がアレを控えさせねばならなかったのだが……全く、空気の読めん男共だ」

守屋と矢神の決着を見守る、もう一人の少女、小野寺織は体裁の悪そうな様子で霧坂に謝罪の言葉を述べた。
彼女の恋人、矢神玲が空気を読まずに愛機と共に八坂高校の許可を得た上で、想いを伝え終わったばかりの守屋と霧坂がいるギアスタジアムに乗り込んだからである。
互いの想いを伝えた合った直後の高校生カップルがどうなっているかなど、余程の大馬鹿者でも分かり切っているにも関わらず、違法ギア顔負けの空気の読めなさに小野寺は居た堪れない気分になっていた。

「小野寺部長が謝ることなんて無いですって! それに何と無く、こうなるんじゃないかなーって気してましたし」

小野寺とは対照的に霧坂は別段、気にした様子も無く、苦笑混じりに答えて舌を出した。
勝負を持ちかける方も持ちかける方だが、勝負を受ける方も受ける方なのだから。

「小野寺部長が矢神さんの事を一番近い所で見守っていたのと同じ様に、私も一刀の事、一番近い所でずっと見守り続けて来たんですよー?
だから、今回も見守ってあげましょ! 二人が戦うのもこれが最後になるでしょうし……ね?」

「そうだな……お互い、面倒な男を好きになってしまったものだな?」

小野寺は自嘲気味に、しかし、目を細めながら微笑む姿は何処と無く楽しげでもあった。
霧坂は一回り小さな上級生のそんな姿を見て、きっと自分も同じような表情をしているのだろうと照れ臭い様な気分ではにかんだ。
お互いにそれを悟られまいと、鋼鉄の巨人と共に武を競い合う男達の方へと顔を向けた。

――勝てなくても良い。ただ悔いの残る戦いだけはしないで欲しい。
でも、出来ることなら負けないで欲しい。勝って、私に勝ち誇って欲しい。私も精一杯の笑顔で応えるから――

二人の少女は同じような事を心の内で想いながら、二体の鉄巨人の戦いを見守った。

鋼を纏い、多くの好敵手達と競い合ったスポーツ選手達も学生という立場を終え、其々の未来へと歩み、新たな芽を伸ばしていった。
守屋一刀が八坂高校を卒業してから数年後――

私立八坂高校理事長室。理事長兼、スポーツギア部の顧問、弥栄栄治はデスクの上に足を投げ出し、部員名簿に目を通しながら深い溜息を吐いた。
加賀屋望、小野寺織、守屋一刀。何れも劣らぬ実力と、素質、自己鍛錬を怠らない剛の者達だったが、彼等は既に卒業している。
部員数は一時よりも数倍に膨れ上がり、付き合いのあるメーカーも増えたが、彼の表情は明るくは無い。

「何て言うのかなぁ……フィーリング? 何か、僕が求めていた選手じゃないんだよねぇ……」

スポンサー契約を打ち切られる程弱くは無く、高みを目指せる程度には強いが、彼の胸中を昂ぶらせる程の強い何かを持っているわけでも無い。

「八坂高校の理事長に就任して苦節八年……ま、一生分働いたってことなのかも知れないね」

そして、彼は意を決したかの様に表情を緩めて、すっと立ち上がり、理事長室を後にした。
無人の理事長室。デスクの上には一通の手紙。その封筒には無駄に気合の入った達筆でこう書かれていた。

『退職届』

「さらば、八坂高校! そして、ただいま! 自由な日々!」

弥栄栄治
守屋一刀達が卒業した後も変わらず、八坂高校の理事兼、スポーツギア部の顧問を勤めていたが
加賀谷、小野寺、守屋の様な大会制覇の素質を持った選手が集らず、ある日、忽然と姿を消した――


デルタランス重工スポーツギア開発ラボ。そのテストスペースでは今、新たなスポーツギアが産声を上げようとしていた。
若い職員達が固唾を呑んで見守る中、新型アームドギアのコクピットブロックでも、テストパイロットを申し出た職員、阿部辰巳が緊張した面持ちで機体を起動させていた。

高校時代の愛機を製造していたメーカーに見事、就職を果たした彼はスポーツギア選手としての経験を生かして様々なアイデアを提案。
遂には来春、お披露目用の新型スポーツギアの開発総指揮を任される立場にまで上り詰めていたのである。

阿部の合図に合わせて、施設内移送用の貨物車両が、仰向けになった塗装も済んでいない巨体を持ち上げ、機体各所の固定具を解除した。
砂埃を巻き上げ、新型――リヴァイド・クォーツが地面に着地すると、テスト戦闘用に配置されていた十機のドローンが一斉に銃弾を放つ。

「頼むぜ、クォーツ!」

阿部は吼えながら、リヴァイド・クォーツのブースターに火を点し、雷の様な軌跡を描きながら銃弾を潜り抜ける。
目立った戦績があるわけでは無いが、高校時代はスポーツギアの名門、八坂高校のレギュラーを卒業の時まで勤めたのだ。この程度の芸当、造作も無い。
徐々にブースターの出力を上げながら、飛び交う弾幕の隙間を縫う様に掻い潜って、密集陣形で弾幕を展開するドローンの正面へと躍り出る。

「よし……エラーも、バグも無いな。回避行動テスト完了。格闘戦テストに移行する!」

リヴァイド・クォーツの背部に背ビレの様にマウントされた、反りのある片刃のバスターソードを引き抜き、更にブースターの出力を上げ、地を蹴り、低く長い放物線を描き、ドローンの群れの中を突っ切り、背中合わせに地面に降り立つ。
バスターソードの刀身に付着した血液の様なオイルを振り払うと横一文字に両断された七機のドローンが、爆発と言う名の七輪の赤い花火を咲かせ、激しい炎のうねりが三機のドローンと、リヴァイド・クォーツを呑み込んだ。

「流石、新型のアイカメラ。焼き付きの心配も無いし……」

爆炎の奥で黒い影が炎を切り裂き、奇襲を仕掛けるが、その場にはバスターソードが地面に突き刺さっているだけで、肝心なリヴァイド・クォーツの姿は無い。
瞬時にテスト戦闘用ドローンに搭載されたAIが位置検索を開始するが、AIが位置を特定するよりも早く、真上からの激しい衝撃に円筒状のボディを叩き潰され爆発、炎上する。

「炎の中の影もバッチリ。冷却も完璧だな」

阿部はコクピットブロックのステータスパネルと、モニタを交互に見ながら、想定通りに機能が働いていることに満足気に頷いていると、生き残った二機のドローンが宙を舞い始めた。

「空中戦テストに移行……少し、乱暴に動かす。ドローンを三十機追加、AIの思考ルーチンを最大値に上げてくれ!」

阿部は報告を入れながら、ブーストレバーを最大値まで一気に引き上げながら、リヴァイド・クォーツを跳躍し、宙を舞うドローンを追い始める。

だが、リヴァイド・クォーツのブースターは阿部が想定した通りに作動せず、流星の如く勢いで先行するドローンを容易く追い抜き、地面に激突した。

「ブースターの加速係数の計算、間違えてるじゃないか。誰だよ、こんな初歩的なミスをやらかしたのは……あ、私だわ」

「テ、テメェ! 殺す気か!?」

女性職員の一人が悪びれた様子も無く、半笑いで自身の過ちを告白するなり、阿部は泡食ったようにリヴァイド・クォーツのコクピットの中から這い出て、拳を振り上げながら怒声を放った。

阿部辰巳
八坂高校卒業後、デルタランス重工に就職。長期間に渡ってリヴァイドシリーズの開発、テストパイロットを勤める。
その第一歩は決して華々しいとは言えず、度重なる苦難の連続だったそうだ――


「おー……格闘戦用に多重間接機構を採用した割に頑丈じゃん!」

矢神玲の試作型スポーツギア、リヴァーツの上半身に採用されていた新機軸の機構で、より人間的でしなやかな動きを再現。
高い格闘戦能力と、運動能力、追従性を持つ反面、防御能力の脆弱さの克服を課題とされていた。
リヴァイド・クォーツにも同じ機構が採用されているが、防御能力の高さはリヴァーツの比では無い。

現に煙を吹いて沈黙するリヴァイド・クォーツの四肢は問題無く繋がっており、破損の形跡は無く、ブースターの暴走でオーバーヒートを起こしているだけで
奇しくも、耐久性・防御力の高さを証明した事になり、阿部は二の句を次げずに拳を下ろし、事故の原因となった女性職員、歳方アリアは満足気な表情を浮かべた。

「クォーツは俺達が一から作った……言わば、子供みたいなもんなんだぞ? 少しはな……」

「子供ねぇ……悪いけど、もう暫くしたら産休取るからスケジュールの再調整を頼んだよ」

「……は? 産休……って、産休!?」

「正真正銘、私と辰巳のナマの子供。認知はしてくれるんだろうね?」

歳方アリア
高校卒業後、恋人が全力で羽ばたける様に公私共にサポートに徹する。
最近、新たな命を授かったらしく、報告したところプロポーズされたらしく、嘗ての仲間達に自慢混じりの報告をする彼女の姿が目撃されている――


八坂高校の外に出て、スポーツギアに携わる者もいれば、八坂高校へと舞い戻り、スポーツギアと共に歩む者もいる。
八坂高校の校内に伸びるモノレール。正門駅から二駅進んだ山間部には八坂高校が誇る、ギアスタジアムが要塞の様にそびえ立っている。
スタジアムには格納庫兼、ミーティングルームが併設されており、その地下にはシミュレータールームが設置されており、スポーツギア部の部員がシミュレーター訓練を受けている。

「先生ー! 全訓練プログラム完了しましたー!」

「次はシミュレーターを使っての模擬戦を全部員と五セット後、俺と模擬戦。終わった者から休憩に入って良し!」

スポーツギア部の部員が次の指示を仰ぐために顧問教師に声をかけると、新任の若い教師が手馴れた様子で次から次に指示を出す。
謎の失踪を遂げた顧問兼、理事長の弥栄栄治に代わって、代役を務める事になった新任教師――三笠慶は部員達の訓練成績に合わせて、訓練内容を修正しながら、模擬戦の様子を伺った。
元々、八坂高校スポーツギア部の副部長として腕を鳴らしていたのだ。スポーツギア乗りの教育など手馴れていて当然である。

彼が現役のスポーツギア選手だった頃と比べて、倍以上に増えた選手陣の大声がシミュレータールームに響き渡り、仮想世界に次から次へとスポーツギアが産み落とされ、其々に戦いを繰り広げた。
ワンテンポ遅れて、三笠も戦績表を片手に現役時代の愛機、クランを仮想世界に産み落とし教え子達の様子を見守っていると、クランのAIがコクピット内にロックオンアラートをかき鳴らした。
まだ模擬戦は始まったばかりで、彼の生徒が戦いを挑んでくるには早過ぎる。

「……全く、しょうがない奴だな」

三笠は呆れたように呟きながら、キーボードを操作し、ロケットランスを背部装着状態で構築し、最大出力で空へと上昇し、足元に撃ち込まれた砲弾を避ける。
そして、一瞬程前まで立っていた場所に穿たれた弾痕の形状、アラートから着弾までの時間を逆算し、AIよりも早く狙撃手の位置、武器、弾丸の種類を見抜き、無手だった両腕にブーストハルバードを形成し、予測地点へと急行した。

三笠慶
八坂高校卒業後、教育大学へ進学。赴任先の母校で担任を受け持ちつつ、スポーツギア部の新顧問として活躍。
暫く後に敏腕のスポーツギアトレーナーとして名を馳せることになる――

蓄積された経験からくる勘に従い、予測地点へ向かうと案の定、“元”恋人のかつての愛機ブクレスティアが大口径のスナイパーライフルを構えて、クランを狙っていた。

「やっぱり、燐か!」

「偶には撃っておかないと腕が錆付いてしまうからね。と言うわけで、相手お願いね」

呑気な口調と共にスナイパーライフルの銃口が火を吹き、大口径のライフル砲がクランに吸い込まれるように一直線に胸部を捉えた。
黒煙を吹きながら、頭から落下するクランが地面に激突する寸前で身体を反転させロケットの様な勢いでブクレスティアへと肉迫し、両腕で構えたブーストハルバードを点火。
ブクレスティアを大地諸共、抉り砕くが、砕け散る破片の中に鋼鉄は含まれていない。

「そう言えば、慶さん? お弁当忘れて行ってたよ?」

クランが斬撃に移る際の僅かなタイムラグを突いて、ブースター最大出力で跳躍。
両者の上下位置が逆になり背中合わせになるが、ブクレスティアの砲口はクランの方に向いたままである。
そして、再度、放たれる砲弾と呑気な言葉。

「態々、届けに来てくれたのか? 悪いな……」

申し訳無さそうな言葉と共にクランの背面ブースターと、ハルバードに接続された十二基のブースターが点火し、高速反転と共に剛撃が薙ぎ払われ、砲弾を一刀両断に切り落とす。

「相変わらず、先生と奥さんスゲーよな。色んな意味で」

生徒の前で繰り広げられる三笠啓と、その“元”恋人にして“現”妻、燐。新婚夫婦の日常会話は必殺必中の魔弾と、一撃必殺の剛撃がのんびりとした言葉と共に飛び交う。
実は隠れた八坂高校名物になっている事を当の本人達は自覚していない。

内田燐
高校卒業後、教師になった恋人と結婚し現在は専業主婦。
最近、幼馴染の妊娠が発覚し、実は内心で先を越されてしまったと悔しがっている――


一スポーツ選手として鋼鉄の巨人と共に戦った彼等も今や、巨人を作る者。巨人を駈る者を育てる者と、似ているようで違う。違うようで似ている道を歩んでいた。
だが、相変わらず、選手として活躍を続ける者達もいる。高校時代は向かう所、敵無しの猛者だった彼等ですら、プロの世界の壁は非常に高く、分厚く、険しい。
悔しさに涙を流した事、不甲斐無さに憤った事、それまでに積み上げて来た実績から来る絶対的な自信を打ち砕かれたのも、一度や二度どころか数え上げてはキリが無いほどだ。

それでも彼等は決して諦めない。身に纏うは鋼鉄。ならば、内包する心、意思、魂も鋼鉄で無ければならないのだから。
そして、今日も鋼鉄と共に、たった二人っきりの戦場。ギアスタジアムのバトルフィールドへと歩を進める。
まず最初に待ち受けるはスタジアム全体を埋め尽くす群集達が送る、空が割れんばかりの大歓声。

「西軍、選手入場です! マティアァァァァス!! イェェェェガァァァァア!! アァァァァンドッ!! 片桐ィィィィ!! セイ!! リィィィィ!!」

「誰が女の子の日だ!!」

「あ……失礼。セイラさんでした?」

「セイナだ!! 片桐セイナ!! 毎回毎回、人の名前忘れたり、間違えたりしてんじゃないよ!!」

アナウンサーの恒例の名前の呼び間違えに、片桐は激しく憤慨し、コクピットブロックの中で地団駄を踏み、新たな愛機、マティアス・イェーガーがその動きを再現した。
その様を見て、大歓声を上げていた観客達は申し合わせたかのように腹を抱えて笑い出しした。

片桐セイナ――
卒業後、プロモーターチーム『ジャッカル』のスカウトを受け、プロに転向。
若輩ながら好成績を収めるが何故か、名前を間違えられたり、忘れられたりする珍事が頻発するが、一説には大会本部の故意と噂されている。
片桐セイナ。敗北を重ねて涙を流した回数は覚えていないが、名前を間違えられた回数だけは決して忘れていない。


古今東西、スポーツ選手や、芸能人にスキャンダルのネタが尽きた例は無く、それはスポーツギア選手であっても例外では無い。

「もう嫌……我慢の限界だわ!」

女は目に大粒の涙を浮かべ、嗚咽を漏らしながら、男に指を突き付けた。

だが、乱暴な男にありがちな横暴な怒号や罵声が帰ってくることも無ければ、軽薄な男にありがちな都合の良い言葉も無い。
当然、身勝手な男の様に事態を解決するためだけの謝意の無い、無意味な謝罪の連呼も無い。気弱な男の様に神妙な態度で黙り込むわけでも無い。

男はスポーツギア選手という華々しい職業に就いているが、ただの一度でも浮気をしたことなど無かった。
有名選手であるが故の傲慢さとて欠片すらも持ち合わせておらず、彼女に暴言を吐く事は勿論、暴力を振るった事も無い。
背丈もあり、顔立ちも整っている。一つ物事に集中して打ち込んでいる。面倒見も良く、同性からも慕われている。
性格も知的でありながら、時折、ユーモラスな一面を覗かせる事もある。優しく、紳士的でもあった。

誠実な男である。そう評しても良いだろう。だが、とある夏の暑い日……彼女が愛した男は突如として中身が入れ替わったかのように人が変わり、奇行に走るようになった。

「私に不満があるんだったら言ってよ!? 一体、何が原因なの!?」

女はヒステリックに叫んだ。だが、男は鋭い目で睨み返すばかりで彼女には何も言わず、作業に没頭し続けた。
熱帯魚用の水槽の中で全裸パントマイムという謎の奇行に、ただ只管に打ち込んでいた。

「……ッ!! さようなら!!」

時間が凍結したような空間に女は耐え切れずに部屋を飛び出していった。

「加賀屋。お前の彼女が泣きながら走り去っていく所を見たのだが……何年、同じことを繰り返す気だ?」

程無くして、奇行に走る男――加賀屋の相棒が呆れ帰った様子で声をかけた。

加賀谷望――
高校卒業後、多くのプロモーターチームからスカウトされるが、自らチームを立ち上げ全世界のギア選手達に戦いを挑む。
華々しい活躍に彼に想いを寄せる女性は数知れず。しかし、その華々しい日々の影で彼の奇行に涙を流した女性も数知れず。
夏のゴシップ誌に加賀屋望の名を乗せない出版社など存在しない。


加賀屋は水槽を叩き割り、相棒――月島静丸の前に踊り出て、シュノケールのラバーを食い千切り、床に吐き捨てた。

「何処で……ナニをかけ違えたのだろうな……」

寂しげな口調で吐き出された言葉は、割れた水槽から溢れ出る大量の水が床を濡らしていく音に掻き消された。

「何もかもを間違えすぎだ……」

「独り寝の夜はThis is a pen!!」

月島が頭を抱えて嘆くと同時に全裸の加賀屋が意味不明な事を叫びながら跳躍し月島に飛び掛った。

「俺に……」

月島は両の爪先に力を込めながら、身を屈めて跳躍する加賀屋の下を潜り抜ける。
床を踏み締める音と水が弾かれる音が耳朶を叩くと同時に月島は身を翻しながら、加賀屋の後頭部に回し蹴りを叩き込み、部屋の壁に叩き付ける。

「ウホッ」

だが、加賀屋はゴムロープで跳ね返されたかの様な勢いで、再び、月島へと肉迫する。

「そんな趣味は無い!」

月島は半歩ほど身を逸らして、加賀屋の腕を掴み、窓の外へと投げ飛ばした。
マンションの七階部分から落下した人間が無事に済む可能性は限りなく低い。

「毎年毎年、手間をかけさせる……! だが、今日は容赦せん……!」

月島は周囲の気配を探りながら、腰のホルスターからハンドガンを引き抜き、油断無く構えた。
夏の暑さで頭の配線を違えている加賀屋は、あの程度で死ぬことなど有り得ない。仮に加賀屋が空を飛んだとしても、月島は顔色一つ変える事は無い。
月島は足音を立てない様に加賀屋の部屋の壁沿いを移動しながら、何故か、暖房になっている空調の設定を冷房に切り替え、最低温度に設定した。

兎に角、冷気だ。そして、陽光を遮断しなければならない。それである程度は無害化が出来るのは八坂高校スポーツギア部のOB達に聞いている。

「次は氷……製氷機……!」

突然の奇襲……もとい奇行にも対応出来る様に油断無く、冷蔵庫の前まで移動した。ありったけの氷をばら撒く。
それで多少なりとも、冷却効果に期待が出来るはず――そう考えていた。それが加賀屋のトラップである事に気付かずに冷凍室を開くと――

「ヘイ!!」

冷凍庫から漂う生温い空気と意気揚々と手を上げる全裸の加賀屋が飛び出した。
なんでやねん――月島の意識がツッコミ芸人に支配されかけるのも一瞬、鋼鉄の意志で以って、躊躇う事無く、ハンドガンのトリガーを立て続けに引き絞る。
螺旋によって得られた破壊エネルギーを纏った鋼の弾丸が五発、加賀屋の眉間、咽喉、心臓、腹、股間に放たれる。

「加賀屋バリアァァァァ!!」

「クッ……ふざけるなッ!!」

月島静丸――
高校卒業後、加賀谷と共にプロモーターチーム「デモンズレッド」を結成。
伝説のスポーツギア乗りとしての第一歩を踏んだかのように見えたが夏になると人が変わる加賀谷に耐え切れず、早速分裂の危機に陥っている。


とは言え、プロのスポーツギア選手、皆が皆、特殊で奇抜な人生を歩んでいるわけでは無い。
当然の事ながら、プライベートでは人並みの幸福を謳歌している選手もいる。尤も、それが普通なのだが。
プロスポーツギア選手、矢神玲。彼も人並みの幸福を掴んだ選手の一人である。

加賀屋望が住まいを構えるマンションで月島が、たった一人の死闘を繰り広げているすぐ外では、矢神が三人の子供……では無く、小さな子供を二人と、小さな妻を連れて散歩をしていた。
夏になれば自宅近くのマンションから変態が降って来る。加賀屋の醜態を始めて知った時、矢神夫妻はこの世の終わりが来たのかと戦慄したものだったが、今となっては慣れたものだ。

「あの人のアレも相変わらずか」

矢神は月島の怒号が鳴り響く、マンションの一室を仰ぎ見て苦笑した。これもある意味、夏の風物詩のような物で避けて通れないのだから苦笑するしかない。

「だが、あんな様でも腕だけは鈍らせんからな……無様を晒してくれるなよ?」

小さな妻――矢神織。旧姓小野寺は更に小さな二人の娘の手を引きながら、柔らかい笑みを浮かべながら夫――矢神玲の方へと振り向いた。
二日後に控えているリーグ戦。矢神玲の対戦相手は加賀屋望。嫌というほど、その実力を知っているだけに否が応でも気が張り詰めてしまうのは無理も無い。

「愛する妻が、そう言うんじゃ負けてらんねぇな」

「ぱぱ! 頑張ってね!」

「ね!」

五歳の娘、鈴音が激励の言葉を上げ、二歳の娘、琴音が真似するかのように続いた。
試合の無い日は家族サービスの日と決めている彼は加賀屋との決戦を一先ず、頭の片隅に放り投げ、緩んだ顔付きで二人の愛娘を抱き上げた。

「おう! また勝つから応援していてくれよな? 二人が応援してくれないとパパ、悲しくて負けちゃうぞ~?」

そう言うと鈴音が心配そうな顔付きで矢神の頭を撫で、琴音を鈴音の真似をして矢神の頭を撫でた。

「しかし、織の顔でこの言動と仕草か……三人目こそ、俺似の男の子と思っていたけが、三人目も織の娘の方が良いかも知れんな……」

「やれやれ……子煩悩なことだ」

神妙そうな顔付きで、三人目の子供のことを考え出す夫に呆れる様な、くすぐったい様な笑みを浮かべながら織は嘆息した。

小野寺織――
大学在学中に妊娠、出産、入籍と人生の一大イベントが一斉に訪れるも、思いの他、子煩悩な夫、二人の娘の四人で穏やかとは言えないまでも幸せな日常を送っている。
目下の悩みは彼女と瓜二つの二人娘と並んで歩いていると、三姉妹と呼ばれたり、夫が男手一つで三人の娘を育てていると同情されるくらい、高校時代から顔立ちと体型が変わらない事。

「何だ? 織も抱っこか? 首なら空いているから飛び付け」

そう言って、矢神は二人の娘を抱きかかえたまま、腰を曲げて飛び付き易い様に首を伸ばすと、織は撫でる様に唇を交わして挑発的な視線を送った。

「二十五にもなって公衆の面前で痴態を晒すわけにはいくまい?」

「路上でのソレは痴態じゃないのか?」

「フン……ただの愛情表現だ」

そう言って、織はニヤけながら、顔を朱に染め、そっぽを向く。飛び付きたいのは山々だが、人目に付く場所で夫に甘えるのはガラでは無い。
そう思っての行動は彼女にとって、尚更、らしく無い行動を取ってしまっていた。それも悪くないとは思うが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
そして、矢神はそれを見抜いて、口の端を吊り上げた。

「鈴音と琴音も可愛いが、やっぱり、織が一番可愛いな」

矢神玲――
高校卒業後、加賀谷、月島のチームにスカウトを受けるが、この二人と戦えないのは嫌だと辞退しオーナー兼選手の単独チーム「デュエリスト」を結成。
現在はスポーツギアメーカーでテストパイロットの依頼をこなしながら、リーグ戦で多くの戦いを制し、世界にその名を馳せている。


そして――
武を競い合いながら戦う者達とは、また違った意思で鋼鉄と共に道を歩む者達もいる。
地球統合政府が統治する左右対称の円形大陸。五十の州に区分された大陸に全地球人類、約七十八億人が日々の生活を送っている。
大陸から遠く離れた海の向こうには小さな群島が点在している。群島には人の姿は勿論のこと、動物や植物はの姿すら無く、文字通り、何も無い荒野が広がっている。

GEARS01より各機へ……今日で前線配備期間も終了だ。やるべき仕事を片付けて家に帰るぞ」

流線型の装甲に覆われた黒紫の隊長機が、狩りが始まる瞬間を待ち構える猟犬の様に伏せている部下達に檄を飛ばす。

「GERAS03了解! 死亡フラグを立てねェようにやったりましょうぜ!」

「GEARS02了解。俺、故郷に帰ったら結婚するんだ」

「おいおい! 02! 早速、死亡フラグ立ててんじゃねェよ!」

GEARS01の檄をネタにGEARS02と、03が漫才を始め、GEARS01――守屋一刀は、深いため息を吐いた。
統合軍の中でも地球最高権力機関、中央議会が指揮命令権を持つ特殊部隊の精鋭達が任務に当たる態度では無い。
だが、そんな事は如何でも良い。些細な事だ。守屋が呆れているのは其処ではない。

「GEARS03、勘違いをするな。物語が端役が下手な事を口走るから死亡フラグなんてモノが立つんだ。だが、俺達は端役では無い。
世界の裏側で地球人類の日常を守るために人知れず戦うヒーローだ。だからこそ、ありとあらゆる困難を痛快に打ち砕いて、ハッピーエンドを迎える義務がある」

地球には争いが無い。貧困が無い。明日を奪う外敵がいない。ある意味で事実であり、ある意味で虚実である。
中央議会の管理下に置かれたGEARSの隊員達は、それを真実にするため、世界の裏側で人知れず、存在しない筈の兵器を用い、存在しない筈の脅威を滅ぼす義務がある。
例えば、守屋一刀が過去に八坂高校の地下で目撃した異形などが、その存在しない筈の脅威に類する。

「GEARS01! 02! 03! 任務継続中です! 私語は謹んで下さい! 特にGEARS01! 分隊長の貴方がそんな事では困ります! 良いですか、私達は……」

「GEARS01、我々、ヒーローに立ちはだかる困難が現れました。痛快に撃ち砕くための指示を」

「GEARS02、そのまま聞き流せ。GEARS04は語録が少ない。それに聞き流している方が面白い」

「いい加減にして下さい! 私達は任務中ですよ!?」

響き渡るGEARS04の怒号に反応したかのように黒紫の隊長機――安綱と、猟犬の様に伏せていた白銀のアームドギア、不知火が其々に火器を構えて立ち上がった。

「な、なんですか……?」

狼狽するGEARS04を尻目に守屋達は切り立った崖の先に並び立ち、眼下に広がる荒野を睥睨した。


「体裁ばかりに気を取られているから肝心な局面で実力を発揮出来なくなる……敵のお出ましだ。フォーメーション、ランサーシフト。ファーストアタックは俺がやる。GEARS04、遅れるなよ……アタック!」

「02了解」

「03了解! 04遅れんなよ!」

「04了解ッ!!」

守屋の攻撃命令と共に四機のギアが崖を蹴り砕き、崖崩れとなって崩落する岩石と共に山肌を伝って滑りながら、縦一列に並んで草木一つない荒野へと一気に降り立ち、更に跳躍する。
安綱は宙を舞い、守屋が敵と呼んだ異形を視界に収めるなり、左肩の装甲に接続された巨大な盾の様なパーツをパージし、右腕に再接続し、機体各所に刻まれた模様から黄色の閃光を放った。

<全攻撃目標――有効射程圏内。エネルギー変換率八十パーセント。刀身形成開始>

安綱の裂けた口の様なアイカメラが真紅の輝きを放ち、右腕に接続された刀身発生ユニットから、赤褐色の光を放つ巨大な刀身が形成されていく。
刃渡り八千メートル、横手にて二百メートル、重ね六十メートル、大戦中の地球統合軍ですら持ち得なかった究極の超巨大剣――要塞剣草薙が天を貫きながら、その姿を露にした。

<エネルギー変換率100% 刀身固定完了>

安綱が草薙を横手に構えると、その動きに合わせて赤褐色の刀身が天を薙ぎ、風を切り、地を払いながら揺らめいた。

「故郷で妻と腹の中の子供が俺の帰りを待っているんだがな……貴様等が世界の裏側で跋扈してたら、式は勿論、新婚旅行にも行けんだろうがッ!! 指輪もだッ!!」

守屋の個人的な都合による咆哮と共に赤褐色の剣閃が轟々と音を立てながら、群島一面を真紅に染め上げ、異形の群を両断し、分断された異形の肉片混じりの鋼鉄が瞬時に沸騰。
辺り一面も血液とも、オイルとも付かない熱を持った鉄片となって島々を真っ赤な花火で埋め尽くした。

<攻撃目標94%消滅――刀身形成ユニット冷却開始>

安綱の報告と共に赤褐色の刀身が砕け散り、硝子片の様に舞い散って、空気中へ溶け込む様に消え、草薙の柄に相当する刀身形成ユニットから冷却材が真っ白な白煙となって勢い良く噴出した。

「残り6%は全部俺が頂きだーッ!!」

草薙の刀身を解除し冷却モードに移行した安綱を追い抜く白い影。GEARS03の不知火が長く伸びた両腕から拳の先端、肘先から二本のビームソードを展開し、口に相当する部位からビームキャノンを吐き出しながら異形の群へと突貫した。

「03先行し過ぎないで!!」

一人で先行する03に04の怒声が飛ぶが、02のブースターが最大出力で火を吹いて、安綱の頭上を飛び越え、03の不知火へと追い付き、背中のウェポンラックから十二基のビームチャクラムを一斉に放った。
これで03の先行というよりは、04の出遅れという形になった。

「04、足並みを乱すな。とっとときやがれ、このドンガメ……」

そして、02は敵を屠りながら、04に対し、たっぷりと侮蔑を込めた通信を送り、それに対し、04はヒステリックな叫びを上げながら、02を追いかけた。

「やれやれ……これでは、まるで高校生の部活動だ」

安綱のコクピットの中で、この部隊の空気を作り上げた最大の元凶である守屋は心底呆れた様に大きく溜息を吐いた。

守屋一刀――
高校卒業後、士官学校での訓練を経て、地球統合軍へ入隊。存在しない筈の異形、存在しない筈のアームドギア、阿修羅、不知火、安綱などを目にして来た経緯により中央議会の管理下にある特殊部隊GEARSに配属。
現在は戦隊長候補生の下士官として分隊の一つを指揮。世界の目に届かない所で跋扈する異形の駆除任務を遂行中。
見せ掛けの平和をより確固な物とするため日々奮闘中という建前の裏で、第二の故郷に残してきた妻との再会を待ちわびる日々を送っており、任務に臨む態度は真面目とは言い難い。


「ただいま」

「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ・た・し?」

長期に渡る戦いに赴いていた夫が軍服姿のまま玄関を跨ぐと、その帰りを待ちわびていた妻は、弾む気持ちを抑え切れないといった様子で、喜色満面の笑み浮かべながら夫――守屋一刀に抱きついた。

「大分、腹も大きくなったな」

「スルーか? スルーですか? この野郎」

妻――守屋茜華。旧姓、霧坂は新妻さながらの態度で夫を迎え入れようとするも、当の本人は腹の中に宿る新たな命以外に興味など無いと言わんばかりに妻の腹の中にいる子供を慈しむ様に優しく撫でた。

「そういうのは学生の時に大概やっただろう?」

「やってる途中でアナタが赤面して強制終了になった覚えしか無いわね」

「俺達ももうすぐ人の親になる。馬鹿はやってられんだろう?」

一刀は待ちに待った妻との再会にも関わらず、冷静なポーズを崩さずに馬鹿にした様な態度で諭した。

「大人になっても親になっても……って、何かヤバそう……」

「どうした……?」

茜華は不満気な態度で反論しようとするが、表情を一変。腹を抱えるようにして押さえて、玄関に座り込んだ。
そして、一刀は心配そうな表情で茜華の顔を覗き込んだ。その表情からは完全に血の気が失せている。

「いや……予定じゃ、もうちょっと先って言われてたんだけど……なんか、産まれそう……」

「い、いよいよか……! きゅ、救急車!! 救急車で良いのか……? ああ、もう知るか! 救急車でも、消防車でも、パトカーでも、タクシーでも、ギアでも何でも良いから今すぐ来い!!」

一刀は茜華の肩を支えたまま、モバイルシステムを起動し、二人を取り囲むほどの数の立体映像を立ち上げ、関係のある物から無い物まで、やたらめったらに自宅へと呼び付け、かかり付けの産婦人科へと茜華を移送……
茜華を乗せた救急車を消防車、パトカー、タクシーが四方を囲み、その先頭と最後尾にはスポーツギア。真上にはアームドギアが全周囲を完全防御しており、その様はVIPの護送の様にも、または遥か太古の倭国にあった大名行列さながらだった。
そして、茜華は朦朧とした意識の中で自分の身体の事、産まれてくる子供の事よりも――

(素で……こんな事を仕出かすアンタが……一番の大馬鹿だわ……)

穴があったら飛び込んで、一生を其処で過ごしたくなる程の羞恥に耐え、一人の女から、一人の母親になるというのにも関わらず、ろくな心構えが出来ないまま分娩室へと運び込まれる事になった。
ぎこちない笑みで必死に自分を励ましながら、助産師の指示に従いながら背中や腰、下腹部をマッサージをしたりと妻を不安がらせまいと必死な様子の一刀に嬉しいやら、呆れるやら、面白いやら、愛しいやらで苦笑を浮かべ、母親としての一番最初の使命に臨んだ。

「元気な男の子ですよ」

必死に大きな産声を上げる赤子を差し出され、一刀はまるで壊れ物でも扱う様に恐々とした様子で両腕を震えさせながら我が子を抱いた。
すると忽ちの内に赤子は泣くのを止めて、キャッキャと笑い出し、一刀も釣られた様に微笑を浮かべて、しっかりと抱いて、茜華の目によく見えるように屈んで赤子を見せた。

「よく頑張ったな。茜華……」

「うん……ありがと……名前、決めてる?」

一刀は心からの喜びの言葉を茜華にかけ、茜華は瞳を潤ませながら、それに答えた。
子を産むのが母親の役割ならば、子の名前を付けるのは父親の役割。入籍前から二人で決めていた事だ。
そして、一刀は咳払いを一つして、茜華と我が子にこう答えた。
平和な世界を『創』造して戦った先人達より送られた『土』を踏み締め、人々の前途ある未来を象徴する守屋の子――

「創土(ソウド)だ。この子の名前は守屋創土だ」

「武器の名前は付けなかったんだね」

「それは俺の代で終わりだ。この子に宿る名前に物騒なものは無用……平和、幸福、未来。当たり前の日常があれば、それで良いのさ」

霧坂茜華――
高校卒業後、恋人と進む道が分かれるが交際開始当日に受けたプロポーズの宣言通り二人して二十四歳を迎えた直後に入籍。
夫の赴任期間終了後の長期休暇中、タイミングを申し合わせたかのように第一子、創土を儲ける。

守屋創土――
守屋一刀、茜華夫妻の長男として、この世に生を宿す。
これから、彼がどの様な未来を創造し、彼がどの様な土を歩んでいくのか、今はまだ誰にも分からない。
奇しくも、その名にSWORDの名を宿してしまった彼の人生は今、始まったばかりなのだから。


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