強すぎる光によって目は潰れるというが、濃すぎる闇によってもまた同じなのではないか。
感覚の許容量を越えてしまうほどに、そこに顕現した翳は、黒く、暗く、また重たげであった。尋常の精神力
では直視できまい。まして自らがそれと敵対する身ともなれば、果たして正気を保てるかどうか。
「……素晴らしき哉、人族のスプリガン。我ら甲属魔族の進化はいつも、貴様のような強敵を超克するところか
ら始まったのだ」
漆黒の魔族ドルンドメオンの余裕ある口振りは、勝利を確信するからこそ。
スプリガンは多次元センサを総動員して、魔石のエネルギーにより変貌を遂げた魔族を分析する。
もともと頭頂高5メートルのスプリガンより二回りほど大きかったドルンドメオンの身の丈は、今や7メート
ルに達していた。重厚さを極めた積層構造の甲殻が、全体を肥大化して見せる。増大した体重で地盤が沈下。
言及を避けられないのは、四本にまで数を増やしたその腕。昆虫のような姿に似合いの肢だった。背面から伸
びていた用途不明の黒翼が遂にその正体を現したのだ。三つの節のそれぞれが異常に長尺で、発達した脛節の鉤
爪は禍々しい。日本最大の甲虫ヤンバルテナガコガネは、その名の通り前脚長が体長のおよそ1.4倍もあるが、
印象はそれに近い。
ドルンドメオン・メンタルバーストフォルム。
伝家の宝刀を抜いた、魔界の実力者がそこにいた。
「さあさ、来ませい!」
カマキリの威嚇姿勢のように長い腕を大きく拡げ、古強者は声を張る。それだけで地響きを生ずるほどの気迫
に満ちていた。
「来ませい来ませい!」
直後。ドルンドメオンの姿が、スプリガンのエーテル光学センサの視界から消滅。
そこには地表から剥がれた瓦礫だけが舞っていた。足下から伸びる影さえ置き去りにするような超高速移動。
空間に灼きつく黒色が残像となったのも、スプリガンが追いきれなかった理由のひとつ。
「来まっせぇいッ!」
言葉と裏腹に、ドルンドメオンが速攻。
新たに追加された怪腕による左右同時攻撃は、さながらクワガタムシの大顎だった。つるはしのようにスプリ
ガンを打ち据える鉤爪は、強烈な死の臭いを放つ。
スプリガンがそれを回避できたのは、“戦士の勘”とでもいうべきショートカット認識の賜物だった。天農と
の鍛練によって超一流の達人となった彼は、しばしばロボットの常識を覆す。
代わりにアスファルトの大地を掘削する黒光りの凶器。スプリガンの装甲に用いられたアンブロシア鋼とて、
直撃を受ければ耐えられまい。
トンボの幼虫ヤゴは、種によってはわずか千分の五秒という早業で下唇を伸ばして獲物を捕らえるという。甲
属魔族の雄ドルンドメオンの一連の動きは、それを思わせる電光石火。
「今のはいかんな。誘っておきながら、ついこちらから手を出してしまった。どうしてくれよう、有り余まるこ
のパワー……」
冗談めかした独り言を口にしながら、ドルンドメオンは悠然と構えをとった。関節で甲殻が擦れ、ごりごりと
生物らしからぬ軋轢音がする。二本の触覚が緩慢に旋回。
足捌きを殺して腕だけの戦いに持ち込めば競り勝てると踏んだスプリガンは、果敢に前に出る。
エーテル圧式打撃マニピュレータは、地上最強最速の運動エネルギー兵器だ。少なくともスプリガンはそれだ
けの自負を持っている。
感覚の許容量を越えてしまうほどに、そこに顕現した翳は、黒く、暗く、また重たげであった。尋常の精神力
では直視できまい。まして自らがそれと敵対する身ともなれば、果たして正気を保てるかどうか。
「……素晴らしき哉、人族のスプリガン。我ら甲属魔族の進化はいつも、貴様のような強敵を超克するところか
ら始まったのだ」
漆黒の魔族ドルンドメオンの余裕ある口振りは、勝利を確信するからこそ。
スプリガンは多次元センサを総動員して、魔石のエネルギーにより変貌を遂げた魔族を分析する。
もともと頭頂高5メートルのスプリガンより二回りほど大きかったドルンドメオンの身の丈は、今や7メート
ルに達していた。重厚さを極めた積層構造の甲殻が、全体を肥大化して見せる。増大した体重で地盤が沈下。
言及を避けられないのは、四本にまで数を増やしたその腕。昆虫のような姿に似合いの肢だった。背面から伸
びていた用途不明の黒翼が遂にその正体を現したのだ。三つの節のそれぞれが異常に長尺で、発達した脛節の鉤
爪は禍々しい。日本最大の甲虫ヤンバルテナガコガネは、その名の通り前脚長が体長のおよそ1.4倍もあるが、
印象はそれに近い。
ドルンドメオン・メンタルバーストフォルム。
伝家の宝刀を抜いた、魔界の実力者がそこにいた。
「さあさ、来ませい!」
カマキリの威嚇姿勢のように長い腕を大きく拡げ、古強者は声を張る。それだけで地響きを生ずるほどの気迫
に満ちていた。
「来ませい来ませい!」
直後。ドルンドメオンの姿が、スプリガンのエーテル光学センサの視界から消滅。
そこには地表から剥がれた瓦礫だけが舞っていた。足下から伸びる影さえ置き去りにするような超高速移動。
空間に灼きつく黒色が残像となったのも、スプリガンが追いきれなかった理由のひとつ。
「来まっせぇいッ!」
言葉と裏腹に、ドルンドメオンが速攻。
新たに追加された怪腕による左右同時攻撃は、さながらクワガタムシの大顎だった。つるはしのようにスプリ
ガンを打ち据える鉤爪は、強烈な死の臭いを放つ。
スプリガンがそれを回避できたのは、“戦士の勘”とでもいうべきショートカット認識の賜物だった。天農と
の鍛練によって超一流の達人となった彼は、しばしばロボットの常識を覆す。
代わりにアスファルトの大地を掘削する黒光りの凶器。スプリガンの装甲に用いられたアンブロシア鋼とて、
直撃を受ければ耐えられまい。
トンボの幼虫ヤゴは、種によってはわずか千分の五秒という早業で下唇を伸ばして獲物を捕らえるという。甲
属魔族の雄ドルンドメオンの一連の動きは、それを思わせる電光石火。
「今のはいかんな。誘っておきながら、ついこちらから手を出してしまった。どうしてくれよう、有り余まるこ
のパワー……」
冗談めかした独り言を口にしながら、ドルンドメオンは悠然と構えをとった。関節で甲殻が擦れ、ごりごりと
生物らしからぬ軋轢音がする。二本の触覚が緩慢に旋回。
足捌きを殺して腕だけの戦いに持ち込めば競り勝てると踏んだスプリガンは、果敢に前に出る。
エーテル圧式打撃マニピュレータは、地上最強最速の運動エネルギー兵器だ。少なくともスプリガンはそれだ
けの自負を持っている。
二大巨人が互いの剛腕の射程圏内に突入。
拳打、掌打、手刀、手の甲での捌き、手首の返し、腕先によるいなし、爪弾き、指での圧迫、鉤爪の刺突。
足を止めての攻撃の応酬は、余波だけで周囲の地形を変える。遠目には小さな自然災害にも見えた。
スプリガンの公算に反して、実力は互角だった。速さでは確かにエーテル圧式打撃マニピュレータが圧倒的に
有利。しかしドルンドメオンにはそれ以外の武器がある。
『四本の腕……!』
「本来はもげたときのための替えなのだが、貴様に二本では足りぬようだったのでな」
肢の数的優位を得て、ドルンドメオンの猛攻の激しさは嵐のそれになっていたのだ。
上級魔族であるドルンドメオンの戦闘能力は、先に葬り去ったリクゴウなどとは次元が違うものだった。デー
タを収集しながら、スプリガンは舌を巻く。
『強い……!』
「貴様のいうことではない!」
危なげなく攻撃全てを捌いてみせるスプリガンにドルンドメオンが返し、また防御不能の鉤爪を振るう。スプ
リガンはその有効範囲を見切り、逆に“火炎車”の要領で一挙に懐に跳び込んで胴に回り蹴りを叩き込んだ。
昆虫に似た彼ら甲属魔族は、食餌や呼吸とは別に、鬼門という器官から大気中に満ちるエーテルを摂取し、体
内で燃焼させている。脇腹に開いた幾つかの孔がそれで、つまり弱点となる可能性が高い。
確かな手応えが、スプリガンの駆動系に抵抗として伝わる。
「……そんなものか?」
だが、重戦士の鎧のような殻を砕かれながらも、ドルンドメオンは平然としていた。スプリガンの目の前で、
罅割れに粘性の高い体液が滲み、わずか数秒で損傷がみるみる塞がっていく。メンタルバーストにより強化され
た即効再生能力だった。
「フンン!」
ドルンドメオンの両腕の腿節と經節を繋ぐ関節から、エーテルの奔流が迸る。
エーテルブラストは、射速こそさほどでもないが効果範囲が広い。動力炉であるエーテルドライブへの悪影響
が予想される以上、スプリガンは距離を開けるしかない。
スプリガンは流派超重延加拳の初歩“歯車”により、傍らのビルの壁面に前腕のタイヤを押し当て、逆回転を
掛けて大きく後退、さらに遮蔽物の多い複雑な地形に分け入る。
「消えた……か?」
ビル越しにも響くドルンドメオンの声には、戸惑いが含まれていた。
生命体であるならばいかに巧妙に潜伏したところで全くの無音・無動作・無温とはいかないが、スプリガンは
あくまで機械体である。最低限の機能だけを残して休眠状態に入れば、無機物にまぎれて魔族からは捕捉が困難
になる。
上級魔族の多次元感知や、禽属など一部が持つという完全空間把握までは欺けないにせよ、個体の能力を群れ
で補う甲属魔族はそれらとは趣を違えた方向に感覚器を発達させている。あらかじめ死角に入っておきさえすれ
ば、充分に姿を隠滅できた。
この状態から機を待ち、始動直後のエーテルドライブが発揮する高出力のままに飛び掛かるのが、流派超重延
加拳“朧車(おぼろぐるま)”である。
もっとも、密林の王者の狩猟に倣った奇襲戦術をもってしても、その一撃のみではメンタルバーストしたドル
ンドメオンを仕留められまい。
稼いだ時間で情報の整理を実行。出し惜しみはできない。
拳打、掌打、手刀、手の甲での捌き、手首の返し、腕先によるいなし、爪弾き、指での圧迫、鉤爪の刺突。
足を止めての攻撃の応酬は、余波だけで周囲の地形を変える。遠目には小さな自然災害にも見えた。
スプリガンの公算に反して、実力は互角だった。速さでは確かにエーテル圧式打撃マニピュレータが圧倒的に
有利。しかしドルンドメオンにはそれ以外の武器がある。
『四本の腕……!』
「本来はもげたときのための替えなのだが、貴様に二本では足りぬようだったのでな」
肢の数的優位を得て、ドルンドメオンの猛攻の激しさは嵐のそれになっていたのだ。
上級魔族であるドルンドメオンの戦闘能力は、先に葬り去ったリクゴウなどとは次元が違うものだった。デー
タを収集しながら、スプリガンは舌を巻く。
『強い……!』
「貴様のいうことではない!」
危なげなく攻撃全てを捌いてみせるスプリガンにドルンドメオンが返し、また防御不能の鉤爪を振るう。スプ
リガンはその有効範囲を見切り、逆に“火炎車”の要領で一挙に懐に跳び込んで胴に回り蹴りを叩き込んだ。
昆虫に似た彼ら甲属魔族は、食餌や呼吸とは別に、鬼門という器官から大気中に満ちるエーテルを摂取し、体
内で燃焼させている。脇腹に開いた幾つかの孔がそれで、つまり弱点となる可能性が高い。
確かな手応えが、スプリガンの駆動系に抵抗として伝わる。
「……そんなものか?」
だが、重戦士の鎧のような殻を砕かれながらも、ドルンドメオンは平然としていた。スプリガンの目の前で、
罅割れに粘性の高い体液が滲み、わずか数秒で損傷がみるみる塞がっていく。メンタルバーストにより強化され
た即効再生能力だった。
「フンン!」
ドルンドメオンの両腕の腿節と經節を繋ぐ関節から、エーテルの奔流が迸る。
エーテルブラストは、射速こそさほどでもないが効果範囲が広い。動力炉であるエーテルドライブへの悪影響
が予想される以上、スプリガンは距離を開けるしかない。
スプリガンは流派超重延加拳の初歩“歯車”により、傍らのビルの壁面に前腕のタイヤを押し当て、逆回転を
掛けて大きく後退、さらに遮蔽物の多い複雑な地形に分け入る。
「消えた……か?」
ビル越しにも響くドルンドメオンの声には、戸惑いが含まれていた。
生命体であるならばいかに巧妙に潜伏したところで全くの無音・無動作・無温とはいかないが、スプリガンは
あくまで機械体である。最低限の機能だけを残して休眠状態に入れば、無機物にまぎれて魔族からは捕捉が困難
になる。
上級魔族の多次元感知や、禽属など一部が持つという完全空間把握までは欺けないにせよ、個体の能力を群れ
で補う甲属魔族はそれらとは趣を違えた方向に感覚器を発達させている。あらかじめ死角に入っておきさえすれ
ば、充分に姿を隠滅できた。
この状態から機を待ち、始動直後のエーテルドライブが発揮する高出力のままに飛び掛かるのが、流派超重延
加拳“朧車(おぼろぐるま)”である。
もっとも、密林の王者の狩猟に倣った奇襲戦術をもってしても、その一撃のみではメンタルバーストしたドル
ンドメオンを仕留められまい。
稼いだ時間で情報の整理を実行。出し惜しみはできない。
好敵手を捜し求めるドルンドメオンが立てる物音が、寂静の廃墟を揺すっていた。
魔族の戦士の足取りには、動きを隠そうという意思はなかった。事実上不死身となったために、以前よりも大
胆に攻勢を掛けることができる。
(逆にいえば、それだけ無警戒になっているということだ。そこを突くしかない)
恐らくドルンドメオンは今、「一、二発攻撃を貰ってからどう対処するか考えれば充分だ」と考えているはず
だった。事実としてスプリガンには体格という埋め難い弱点が存在する。一概に油断ともいえない。
メンタルバーストフォルムとなった難攻不落のドルンドメオンを攻略するには、対魔族戦術の基本に倣って、
治癒の暇を与えずに絶命させるしかない。とはいえ重甲殻の防御力の前では一撃必殺など望むべくもなく、同一
箇所への集中攻撃はエーテルブラストや機動力で振り切られる。これでは千日経っても勝てない。
(流派超重延加拳。その極意は、「駆使」の二文字)
進退窮まった状況において、スプリガンは努めて流派の初心に帰る。天農の教えだった。
それは、人型兵器(HW)ならではの格闘術として考案された流派。HWS-03“スプリガン”は、変形に
掛かる駆動力やタイヤの回転力を利用し、人体の限界を越えた動きの足し引きをしている。
この状況で何をどう足して、どう引くのか。スプリガンは決断する。あとはタイミング。
恐ろしげな足音が最接近。まだ見つかってこそいないようだが、そこは既に目と鼻の先だった。
ドルンドメオンが、ビルの向こうから、ぬうと貌を出す。
「そこか!」
複眼のひとつひとつに鮮烈な青が映り込むより速く、スプリガンがエーテルドライブを始動。「撥条仕掛けの
巨人」という名の由来に違わぬ、驚異的な瞬発力で跳ぶ。
振り上げた右脚が弧を描いて、一動作で“朧車”の踵落とし。メンタルバースト以降に追加されたもうひとつ
の左腕を強打して内外の骨格を歪ませ、数瞬だけの麻痺を期待する。
それで下拵えは終わった。そこからの派生技こそが流派超重延加拳の真骨頂。
魔族の肩に噛みついた右下腿部のタイヤをそれじたいの摩擦力により固定、わずかに回転。密着状態から全身
を屈曲し、脇腹を狙って左の膝蹴りを放つ。
重甲殻の粉砕により、当該部位の防御力が激減。
ドルンドメオンがスプリガンを振り落とそうと超高速移動を開始するが、右脚のタイヤが根を張った宿り木の
執着心で吸いつき、引き剥がせない。
スプリガンがまた左膝による第二撃。第一撃による傷口から黄濁した体液の飛沫が滲み出すよりも早い。
間合いをとることを断念し、スプリガンを先に絞め殺そうとドルンドメオンが棘の浮いた腕を動かす。さなが
ら抱擁によって死をもたらす拷問具。だが、攻撃の役目から自由となっている二基のエーテル圧式打撃マニュピ
レータが防衛圏を築き、剛力を発揮させない。それでも過負荷で損耗し、関節が火花を散らした。
さらにスプリガンが前回までと同一の動きで第三撃。
ここまでが転瞬の出来事だった。
『終わりだ』
鋼の声が宣告。
第四撃により魔族の生命維持に関わる重要器官を完全破壊。ドルンドメオンの絶叫が響く。
微調整を行いながら敵の肩においてタイヤによる進退を繰り返し、敵の特定箇所を致命傷に達するまで幾度で
も抉り続ける。杭打ち機という大地を穿つ機械にも似た兇悪な連続攻撃。
高機動・重装甲・即効再生と三拍子揃った難敵を一点突破で破壊する、流派超重延加拳“崩山車(ほうざんぐ
るま)”、スプリガンの会得した中でも屈指の荒技が激戦を制した。
魔族の戦士の足取りには、動きを隠そうという意思はなかった。事実上不死身となったために、以前よりも大
胆に攻勢を掛けることができる。
(逆にいえば、それだけ無警戒になっているということだ。そこを突くしかない)
恐らくドルンドメオンは今、「一、二発攻撃を貰ってからどう対処するか考えれば充分だ」と考えているはず
だった。事実としてスプリガンには体格という埋め難い弱点が存在する。一概に油断ともいえない。
メンタルバーストフォルムとなった難攻不落のドルンドメオンを攻略するには、対魔族戦術の基本に倣って、
治癒の暇を与えずに絶命させるしかない。とはいえ重甲殻の防御力の前では一撃必殺など望むべくもなく、同一
箇所への集中攻撃はエーテルブラストや機動力で振り切られる。これでは千日経っても勝てない。
(流派超重延加拳。その極意は、「駆使」の二文字)
進退窮まった状況において、スプリガンは努めて流派の初心に帰る。天農の教えだった。
それは、人型兵器(HW)ならではの格闘術として考案された流派。HWS-03“スプリガン”は、変形に
掛かる駆動力やタイヤの回転力を利用し、人体の限界を越えた動きの足し引きをしている。
この状況で何をどう足して、どう引くのか。スプリガンは決断する。あとはタイミング。
恐ろしげな足音が最接近。まだ見つかってこそいないようだが、そこは既に目と鼻の先だった。
ドルンドメオンが、ビルの向こうから、ぬうと貌を出す。
「そこか!」
複眼のひとつひとつに鮮烈な青が映り込むより速く、スプリガンがエーテルドライブを始動。「撥条仕掛けの
巨人」という名の由来に違わぬ、驚異的な瞬発力で跳ぶ。
振り上げた右脚が弧を描いて、一動作で“朧車”の踵落とし。メンタルバースト以降に追加されたもうひとつ
の左腕を強打して内外の骨格を歪ませ、数瞬だけの麻痺を期待する。
それで下拵えは終わった。そこからの派生技こそが流派超重延加拳の真骨頂。
魔族の肩に噛みついた右下腿部のタイヤをそれじたいの摩擦力により固定、わずかに回転。密着状態から全身
を屈曲し、脇腹を狙って左の膝蹴りを放つ。
重甲殻の粉砕により、当該部位の防御力が激減。
ドルンドメオンがスプリガンを振り落とそうと超高速移動を開始するが、右脚のタイヤが根を張った宿り木の
執着心で吸いつき、引き剥がせない。
スプリガンがまた左膝による第二撃。第一撃による傷口から黄濁した体液の飛沫が滲み出すよりも早い。
間合いをとることを断念し、スプリガンを先に絞め殺そうとドルンドメオンが棘の浮いた腕を動かす。さなが
ら抱擁によって死をもたらす拷問具。だが、攻撃の役目から自由となっている二基のエーテル圧式打撃マニュピ
レータが防衛圏を築き、剛力を発揮させない。それでも過負荷で損耗し、関節が火花を散らした。
さらにスプリガンが前回までと同一の動きで第三撃。
ここまでが転瞬の出来事だった。
『終わりだ』
鋼の声が宣告。
第四撃により魔族の生命維持に関わる重要器官を完全破壊。ドルンドメオンの絶叫が響く。
微調整を行いながら敵の肩においてタイヤによる進退を繰り返し、敵の特定箇所を致命傷に達するまで幾度で
も抉り続ける。杭打ち機という大地を穿つ機械にも似た兇悪な連続攻撃。
高機動・重装甲・即効再生と三拍子揃った難敵を一点突破で破壊する、流派超重延加拳“崩山車(ほうざんぐ
るま)”、スプリガンの会得した中でも屈指の荒技が激戦を制した。
スプリガンの青い装甲は、緑に染まっていた。凄惨な戦いを振り返り、あの幼い娘などには見せたくないとふ
と思う。しかし生物である魔族と殺し合う以上、それは避けられないことでもあった。
「ドルンドメオンが、ドドの大戦士が、敗れるとは……」
動けるほどに回復したオルピヌスが、呆然と膝を屈した。リクゴウは死に、ドルンドメオンの命も長くない。
遊撃種の兵隊カーストの一小隊で残っているのは、赤銅色をした彼だけになってしまっていた。
「み、見事だ……! 人、族の戦士、スふッ、スプリガンンよ! 我に生じた慢心を、見抜かれたかぁっ!」
地上に横たわる瀕死ドルンドメオンが、溢れる体液を喉につかえさせて吼える。
「オオル、ピ、ヌス……」
「ここに」
「このデータタ、生きて必ず、も持ち帰る、のだ……!」
「ドルンドメオン!」
「役目を、果た、せ……」
それきり魔界の実力者ドルンドメオンは事切れた。
最期まで任務のことを考える彼に、スプリガンは敬意を禁じ得ない。魔族の戦士達と機械仕掛けの自分は似て
いると思う。
しかし、だからこそ、同じく譲れないものもある。
『オルピヌスといったな』
低い声には、魔族すら震える凄みがあった。
『魔界に生還などさせると思うな』
人類の置かれた状況は厳しい。
突発的に出現するエーテルポイントからは甲属魔族の兵隊カーストが湧き、時には獣属魔族によって大都市が
一夜にして壊滅する。世界中の空を禽属魔族が舞い、海では群れからはぐれた鱗属魔族が船舶を脅かす。
誰もがことねのように白昼に悪夢を見ているのだ。
魔族という生ける災厄が跳梁する時代。
新世代の対魔族兵器であるHWS‐03“スプリガン”は、誇張なく人類の希望となる存在だった。
データなど、断じて渡すわけにはいかない。
「ぎぃ……っ!?」
オルピヌスがしゃくるような悲鳴を上げて後退さり、びっこを引きながらのろのろと逃走を試みる。千切れて
短くなったままの触覚が力なく震えていた。
スプリガンもまた“崩山車”中の攻防でエーテル圧式打撃マニピュレータに不具合を生じており万全ではない
が、重傷のオルピヌスに止めを刺すには十二分だ。
(せめて一撃で)
スプリガンが、オルピヌスの背中に必殺技を打とうとしたときだった。
何者かが放ったエーテルブラストの疾風が、スプリガンが足を踏み出す先をごうと横薙ぎに通り過ぎ、土砂の
壁を築く。オルピヌス追撃に対する妨害の意図は明らかだった。
出鼻を挫かれたスプリガンは首だけで頭上を振り返る。
上空に敵影。
スプリガンに翳を落とし、青の鎧から輝きを奪う。それは、ガリバー旅行記の世界でもない限りは魔族でしか
有り得ない、翼を拡げるだけで天を覆う“巨鳥”だった。
と思う。しかし生物である魔族と殺し合う以上、それは避けられないことでもあった。
「ドルンドメオンが、ドドの大戦士が、敗れるとは……」
動けるほどに回復したオルピヌスが、呆然と膝を屈した。リクゴウは死に、ドルンドメオンの命も長くない。
遊撃種の兵隊カーストの一小隊で残っているのは、赤銅色をした彼だけになってしまっていた。
「み、見事だ……! 人、族の戦士、スふッ、スプリガンンよ! 我に生じた慢心を、見抜かれたかぁっ!」
地上に横たわる瀕死ドルンドメオンが、溢れる体液を喉につかえさせて吼える。
「オオル、ピ、ヌス……」
「ここに」
「このデータタ、生きて必ず、も持ち帰る、のだ……!」
「ドルンドメオン!」
「役目を、果た、せ……」
それきり魔界の実力者ドルンドメオンは事切れた。
最期まで任務のことを考える彼に、スプリガンは敬意を禁じ得ない。魔族の戦士達と機械仕掛けの自分は似て
いると思う。
しかし、だからこそ、同じく譲れないものもある。
『オルピヌスといったな』
低い声には、魔族すら震える凄みがあった。
『魔界に生還などさせると思うな』
人類の置かれた状況は厳しい。
突発的に出現するエーテルポイントからは甲属魔族の兵隊カーストが湧き、時には獣属魔族によって大都市が
一夜にして壊滅する。世界中の空を禽属魔族が舞い、海では群れからはぐれた鱗属魔族が船舶を脅かす。
誰もがことねのように白昼に悪夢を見ているのだ。
魔族という生ける災厄が跳梁する時代。
新世代の対魔族兵器であるHWS‐03“スプリガン”は、誇張なく人類の希望となる存在だった。
データなど、断じて渡すわけにはいかない。
「ぎぃ……っ!?」
オルピヌスがしゃくるような悲鳴を上げて後退さり、びっこを引きながらのろのろと逃走を試みる。千切れて
短くなったままの触覚が力なく震えていた。
スプリガンもまた“崩山車”中の攻防でエーテル圧式打撃マニピュレータに不具合を生じており万全ではない
が、重傷のオルピヌスに止めを刺すには十二分だ。
(せめて一撃で)
スプリガンが、オルピヌスの背中に必殺技を打とうとしたときだった。
何者かが放ったエーテルブラストの疾風が、スプリガンが足を踏み出す先をごうと横薙ぎに通り過ぎ、土砂の
壁を築く。オルピヌス追撃に対する妨害の意図は明らかだった。
出鼻を挫かれたスプリガンは首だけで頭上を振り返る。
上空に敵影。
スプリガンに翳を落とし、青の鎧から輝きを奪う。それは、ガリバー旅行記の世界でもない限りは魔族でしか
有り得ない、翼を拡げるだけで天を覆う“巨鳥”だった。
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