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ビューティフル・ワールド 第十四話 漆黒 上

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キッチン内で優雅に漂う、芳醇で味わい深い香り。カップ内に落ちていく一滴一滴に、ルガ―の丹精の籠った匠の技が宿っている。

お盆の上に乗った三人分のカップにお手製の珈琲を注ぎ込んで、ルガ―は顔を上げる。立て掛けられている時計を見ると、既に夕刻を過ぎていた。
本来ならばここにもう一つ、リヒトの分のカップが並ぶ筈だった。しかし出かけてから二時間弱経ったが、リヒトもヘ―シェンも帰って来る気配は無い。
そう言えば……そろそろまどかが学校から帰って来る時間じゃないか。彼女の為に紅茶を出しておかねば。

軽く洗い物を済ましてタオルで手を拭き、ルガ―はまどかを出迎える為にキッチンを出る。その時、玄関へと向かう廊下に設置された電話機が声を上げた。
急がねばと思い廊下に出ると、学校から帰って来ていたまどかが既に上がっており、受話器を取っていた。立ち止まる、ルガ―。
声の調子からして、誰からの電話なのかは何となく察知できる。恐らくまだ帰ってきてない……だろう。

「あ、リヒトさん。どうし……はぁ。レイチェルに……泊まるんですか? はい、はい……。分かりました。 
 では皆にもそう伝えておきます。はい、それじゃあ明日の朝、待ってます。それじゃあ切りますね。はい」

会話を終え、まどかは静かに受話器を、電話機へと戻した。リヒトの言葉に腑に落ちない所があったのか少しばかり顔を曇らしている。
が、立ち止まっているルガ―と、まどかの帰りを察して昼寝から起床した玉藻の方を向くと、瞬時に何時もの朗らかな笑顔を浮かべた。
まどかの横顔に一寸何か言いかけたルガ―だったが、口を閉じ、まどかに返す様に何時もの明るいダンディスマイルでまどかを出迎える。

「おかえり、まどかちゃん。学校お疲れ様」
<待ってたぞ、まどか>

ルガ―と玉藻の帰宅を労う言葉に、まどかが笑顔のまま、答える。

「ただいまです。今の電話ですが、リヒトさんからでした」

まどかの言葉に、ルガ―はやはり、と思う。用事が終われば直ぐに帰宅してくるあの一機と一人が帰って来ないという事は、それなりの事情があるという事だ。
リヒトがまどかから自分に電話を変わらないのは恐らく、まどかを心配させないようにだろう。だがまどかは何となく気付いているとは思う。
リヒトの身に何か、あったという事に。ならその何かとは何だ? ルガ―は久々に、胸の奥がモヤモヤとする感覚に陥る。こんな感覚、何年振りだろうか。

「……それで、リヒトはなんて言ってたのかな、まどかちゃん」
「えっと……仕事の内容が思ったよりハードでちょっと疲れたから、町で一泊するそうです。
 明日の朝には帰って来るから、心配しないで皆でご飯を食べてぐっすり眠っててくれ、と」

明らかに何か隠していると、ルガ―はまどかの話を聞いて直感する。そう言えばヘ―シェンの事についてリヒトは何も言っていないようだ。
と、言う事はヘ―シェンに関する何かだろうか。いかん、とルガ―は思う。悪い考えが知らず知らずに頭をもたげている様な気がしてならない。
一先ず明日の朝に帰って来る事だけは本当だろう。その時の内容次第では……と。

<取りあえず制服を着替えて来い、まどか。それからゆっくり休め>
「あっ……はい」

玉藻にそう言われ、まどかは大きく頷いてルガ―にちょっと待ってて下さいと言い残し、二階へと昇って行った。
ルガ―はまどかの後姿を見守りながら壁に寄りかかって両腕を組む。玉藻が話したい事があるのだろう、ルガ―の真正面へと移動する。
ルガ―から口火を切ろうとしたが、先に口火を切ったのは玉藻の方だった。

<あの男、意外と気が利くじゃないか。まどかを心配させない様に注意を払っていたようだが……>
「まどかちゃん、勘づいてたね。多分具体的には分かってないだろうけど……それでリヒトは」
<みなまで言うな。恐らくお前の考えている事も私の考えている事も同じだ>

「……ヘーちゃん……だね」

沈黙、流れる。玉藻もルガ―もリヒトが帰って来ない理由が、ヘ―シェン絡みである事に気付いている。

しかしそのヘ―シェンに何があったのかは、リヒトから直接聞かねば分からない。愉快な理由ではない事だけは、薄々理解出来る。
心の奥がモヤモヤするのも、リヒトに明確なトラブルが起こるのも数年振りだ。今まで幾度か予想だにしない事態に出くわしてきたが、どうやら今日がそれらしい。
如何するべきか……。ルガ―も玉藻も何か考えているのか、両者とも無言で、重い沈黙が流れる。

悩んでいるだけでは埒が明かない。ルガ―は自分自身を奮い正す為にも両頬を強く叩くと、玉藻に言った。

「取りあえず明日の朝、リヒトが帰ってきたら、何があったかを聞かないとね。根掘り葉掘り」
<それ以外に無いだろう。全くあいつら……普段から油断するなとあれほど言っているだろうに>
「心配してるの? リヒトとヘーちゃんの事」

<馬、馬鹿もん! まどかを不安にさせたくないだけだ。たくっ、さっさとまどかの紅茶を入れておけ>

照れを隠すような強い口調でぷいっと踵を返し、玉藻がルガ―から離れていく。そんな玉藻を苦笑いして見送るルガ―。

少々口は悪いが、玉藻もリヒトとヘ―シェンを心配している様だ。あくまで態度には出さないが、言葉の端々からそんな思いやりをひしひしと感じる。
にしても玉藻の言っている事は至極正論だ。こちらがジタバタしても仕方がない。今は只、リヒトが戻って来るのを待っているしか。
組んでいる両腕を解き壁から離れると丁度、制服から普段着に着替え終わったまどかが小さく首を捻っていた。

「ルガ―さん? たまちゃんと何話してたんですか?」

どうやら玉藻とリヒトの事について話していた所を見られたようだ。だが内容は聞かれていない様で内心ほっとする。

「ちょっとした世間話だよ。さ、リビングに行こうか」

そう言いながらルガ―は優しくまどかの両肩を掴んで押し出し、リビングへと連れていく。軽く驚きながらも歩き出すまどか。

「もうすぐ紅茶を入れるから、のんびり待っててね」
「楽しみにしてますね」

リヒトの事が心配だろうが、まどかはそれをルガ―に悟せない様にか、明るい笑顔を見せる。
ルガ―はそんなまどかの表情を見、背後の玄関へと視線を移す。何故だろう、灯りが付いている玄関がやけに暗く、沈んでいる様に見えた。
まどかの肩を押しながらルガ―は帰って来ない一機と一人に、思う。

頼む、無事に帰ってきてくれ。リヒト、ヘ―シェン。







                             ビューティフル・ワールド


                           the gun with the knight and the rabbit






相反する殺意と狂気の塊同士がぶつかり、衝撃によって壮絶な爆発が起こる、筈だった。
掻き消されるように収束していく衝撃。塊同士の間に瞬間移動の如く割り込んできたそれは、一瞬で起きる筈の爆発を消火させてみせた。
それ――――は人間の形をしており、傍目から見ると黒いスーツを着、切れ長の目が印象的な、気真面目そうな青年に見える。名は、ノイル・エスクード。
レギアス発掘、並びに研究の全権を握っている男、レファロ・グレイの側近にして、レファロに最も、近い男である。

殺意――――神威と狂気――――シュヴァルツの衝突を食い止めたノイルは溜息を吐き、目の前に座ってニヤついた笑みを浮かべている長髪の男に声を掛ける。

「全く……笑っていないで止めて下さいよ、ライオネルさん」

長髪の男―――――ライオネルはニヤついたまま立ち上がって、煙草を一本取り出し火を点けると、嘲笑交じりに返答する。

「わりぃわりぃ、でも楽しそうだから止めなかったんだ。待ってたぜ、ノイル・エスクード」

罪悪感の欠片も無い、軽々しいライオネルの謝罪に一息吐いたノイルは、シュヴァルツの片脚と神威の日本刀から手を離して、ライオネルへと歩いていく。

全く、感触が無かった。抑えられたという以前に、ノイルが割り込んできたという事でさえ、神威もシュヴァルツも気付く事が出来なかった
まるで透明人間、否、突風の様に存在も気配も感じさせぬほどの速さで、あのノイルという男は二機の衝突を寸前で食い止めたのだ。
驚くべきはそれだけでは無い。神威もシュヴァルツも、一切の手加減も無く互いに攻撃を仕掛けた。

もしもその間に入れば、例え重量級のオートマタであろうと見る影も無く無残な鉄クズへと変貌するであろう。人間ならば考えるまでも無い。
それをあの男は軽々と食い止めて見せた。何の予備動作も無く、至極簡単な様子で。
無論ノイルについて疑問を持たない神威ではない。日本刀を構えたまま、神威はノイルへと頭部を向ける。そして問う。

<――――貴様、何者だ?>

スーツが乱れたのが気に入らないのか、ノイルは緩んだネクタイを締め直しながら神威の方を向かずに答える。

「私は只の人間ですよ。多少、マナの扱いに自信がある程度の、どこにでもいる只の人間です」
「ジョークならもう少し上手いジョークにしろよ。只の人間が神威の太刀を止められる訳無いだろ」

煙草を踏み潰しながらくくっとライオネルが嘲笑する。そんなライオネルに呆れた様に大きく溜息を吐きながら、ノイルは固くネクタイを締め直した。

ノイルの後ろで各々のアクションを取っている、腕を組み場を静観する猫の様なオートマタに、獅子の如く獰猛さを感じさせるオートマタ。
そして神威に対して敵意を隠さずに体勢を取り続ける、兎を彷彿とさせる黒いオートマタ。
この三機のオートマタ、猫の名はフェーレス、獅子の名はフォルツァ・レオーネ、そして兎の名はシュヴァルツ・ヘ―シェン。


妖しき流線型のラインを描きながら、その実真意を読みとらせぬ声質と共に深淵さを思わせる、蒼い機体色が印象的な『猫』、フェーレス。
豪腕で剛情な逞しき四肢と、蓄えられ靡く獅子の様な髭に、全てを喰らう獰猛さと理知的な冷静さを併せ持つオーラを醸しだす、『獅子』、フォルツァ・レオーネ、略してレオン。
殆どヘ―シェンと同じ姿でありながらも、漆黒に染め上げられた機体色と、鈍く光る狩人の様な赤い目。『兎』、シュヴァルツ・ヘ―シェン。

三者三様、容姿、性格、戦闘スタイルと全て違うものの、一貫しているのは強者である事だ。
有象無象のオートマタなど足元にも及ばない、圧倒的な強さと強者としての精神を、三機とも兼ね備えている。
そんな三機の様なオートマタ達が属し、世界から悟られず、ある目的の為に蠢く秘密組織が存在する。その組織の名はアンサラ―。
その目的、実態、規模、全てが謎に包まれており、何の為に発足されたのかさえ分からない。しかしアンサラ―は確かに、何らかの目的の為に蠢めいている。

アンサラ―を束ねているのはフラガラッハなる、男性の声を話す存在。しかしそのフラガラッハが何者かであるかは分かっていない。
分かっているのはオートマタであること、のみだ。アンサラ―は殆どの構成員をオートマタで担っているが、それが何故なのかも不明。
何もかもが不明であるアンサラ―ではあるが、一つだけ分かっている事がある。
それは人類に対して、世界に対して何らかのアクションを起こす事だ。それが何時で何を起こす気なのか、それは、分からない。

アンサラ―が何故、レファロ・グレイの側近であるノイル・エスクードと共に居るのか、そしてノイルが何故、フラガラッハと通じているのか。
また、ノイルとライオネルが対峙しているのか、それらを徐々に、明かしていく事にしよう。

幾分脱線したがシーンを戻そう。ライオネルの前に立ったノイルが振り返り、フェ―レスに声を掛ける。

「済みませんがフェーレスさん、そこにあるケースを取ってくれませんか?」

ノイルに声を掛けられ、フェ―レスが背部から尻尾の様に伸びているマニュピレーターで、置いてあるアタッシュケースの取っ手を器用に掴んだ。
そしてノイルへと遠慮無くケースを放り投げる。投げられた時の鈍い音から相当な重量である事が伺えるが、ノイルは楽々とケースの取っ手を掴み取る。
ケースを静かに置くと、しゃがんでケース上部の金具を開きながらライオネルに話しかける。

「それにしても貴方を見つけるのには時間が掛かりましたよ。まさかこんな森に囲まれている廃工場にいらしたとは、予想だにしませんでしたから」
「お前らから身を隠すのは容易じゃなかったぜ。まぁ、労したお陰でここを見つけられたから良いけどな」
「今までのご無礼、失礼いたしました。ですがレファロ・グレイをその手で殺せるのですから、許してはもらえませんか?」
「……ジジィをこの手で殺せるのならお前らがしてきた事なんざどうでもよくなるがな。忘れはしねえが」

ライオネルとノイルが何か会話している様だが、シュヴァルツはノイルにもライオネルにも興味は無い。
それにノイルに止められた事により大分殺意が薄れてきてしまった。おまけにさっきまで自分に敵意を向けていた神威も、拍子抜けしたのかアクションが無い。
つまんない。シュヴァルツは退屈のあまり、このまま帰りたい衝動に駆られる。だがフラガラッハからある命令を受けている故、帰る事は出来ない。
その命令を実行するきっかけ――――と、シュヴァルツのカメラアイが、奥で光無く鎮座しているヘ―シェンを捉えた。

<ねぇ、そこのアンタ。確かライオネルとか言ったっけ?>

無遠慮にシュヴァルツはライオネルとノイルの会話に割り込むと、ライオネルに声を掛けた。会話を一旦切り、ライオネルがシュヴァルツに顔を向ける。

<そこに座ってる白い奴って、アンタが捕まえたの?>
「白い奴? あぁ、コイツの事か?」

半身振り返り親指でヘ―シェンを指しながら、ライオネルが答える。

ヘ―シェンに反応を示したのはシュヴァルツだけでは無い、フェ―レスとレオンも同じ様に、ヘ―シェンにカメラアイを向けた。
三機とも表現は違うものの、まさかここでヘ―シェンを見るとは思いもしなかった。故に軽く驚嘆している。
実を言うとヘ―シェンというかやおよろずと、この三機、並びにアンサラ―にはちょっとした因縁がある。因縁があるが、ここでは伏せておく事にする。

「厳密には俺が捕まえたんじゃない。さっき嬢ちゃんがいきなり喧嘩をふっ掛けた、そいつが捕まえたんだ」

説明するライオネルの視線は、日本刀を地面に突き立てたまま、三機を睨みつけている神威の方へと向いている。
神威は無言のまま、三機へとガンを飛ばし続ける。もしもシュヴァルツが少しでも戦闘意欲を見せれば、次こそ戦闘になるだろう。
シュヴァルツも無言のまま、神威へと向き直り、一歩、二歩と踏み出していく。そして一気に踏みこみ――――。

<ごめん! さっきは酷い事したけど、あたしアンタみたいな強い男、大好きなんだ!>

まるで兄を頼る妹、先輩を尊敬する後輩の様な構図でシュヴァルツが猫撫で声でかつ、上目遣いする様に神威を見つめる。

あまりのシュヴァルツの変わり様に、ライオネルが思いっきり噴き出して大きな笑い声を上げた。対照的に無表情なノイル。
後ろでは呆れているのか頭部に手を当てて首を振るレオンに、一歩引いているフェ―レス。
当の神威と言えばシュヴァルツの変化を全く予想していなかったのか、時間が止まった様にピタリと動きが止まっている。

<あたしの名前はシュヴァルツ・ヘ―シェン! 呼ぶならそうだなー、何でも良いや。
 こう見えてあたしシャイなんだよね。だからアンタを見た時、一目惚れしたのが恥ずかしくなってつい……ね?>

爆笑するライオネル、無反応の周囲。今までのドスの効いた声が嘘の様な甘い声で言い寄って来るシュヴァルツに呆気に取られている為か、動かない神威。
だがシュヴァルツは只単に神威に媚びを売っている訳では無い。気付かれぬ様右足の足底に少しづつ、マナを集束させていく。
同時に左足に備われている変形機構を音も出さずにくの字型に変形させていく。次第に近づいていく、シュヴァルツと神威の距離。

<だ・か・らぁ……>

次の瞬間、シュヴァルツは左足を思いっきり逆関節に変形させると、地面を蹴りあげて神威の頭頂部より高く飛び上がった。円状に歪む、地面。
左足を逆関節から元の関節に戻りながら、収束していた足底のマナを、右足全体に拡散させていき纏める。右足に纏わるマナはまるで烈火かと見間違うほどに煌めいている。
神威は何もせず、シュヴァルツを見上げ――――るだけだ。右足を上げ、シュヴァルツはハイキックの体勢を取る。そして。

<恥ずかしいから消えちゃえ!>

捉、えた。振り下ろされたシュヴァルツのハイキックは、神威の頭部目掛けて直撃する、筈だった。

叩き落とされたハイキックが捉えたのは、煙の様に消えていく神威の残像だった。行き場を無くしたハイキックはそのまま地面をぶっ叩く。
凄まじい威力を放つシュヴァルツのそれで、地面のコンクリートが歪に割れる。そのパックリと割れている歪んだ穴は、生々しい人間の傷跡を連想させる。
着地したシュヴァルツは神威を探し―――――気配を察知する。瞬時に膝裏のカバーを開閉し、収納されているナイフを手に取り振り向きざまに――――。

既に、遅い。シュヴァルツの真正面に立っている神威は、今正にナイフを振り下ろさんとしたシュヴァルツの腕を掴む。
抵抗する間も与えず、神威はシュヴァルツを仰向けに押し倒した。胸元を襲う異常な圧力。カランッと、ナイフが乾いた音を出して、落ちる。

<ちっ……!>
<――――あの白兎も中々愉快だったが、貴様も中々のモノだな。だが、私には敵わん>

冷淡な調子であった神威の口調が明らかに変化しており、感情を覗かせる。狂喜という、感情を。

<この野郎! 早く離せ、この変態! 離せっ……てばぁ>
<――――良い声で鳴くじゃないか。ならばその喉――――先に潰してやろう>

片方の掌に瞬時に日本刀を召喚し、流れる様に逆手に持ち替える。手足を動かして呪縛から離れようとするものの、シュヴァルツは身動き一つ出来ない。
神威は完全にヘ―シェンやレガシーを倒した時の状態になっており制止が効く状態では無い。つまりこのまま躊躇なく、シュヴァルツに日本刀を突き刺す気だ。

<ご……ごめん、ごめんなさい! 悪気は……悪気は無かったんだってば!>

異常さを察知したシュヴァルツが涙声で神威へと呼び掛ける。声の調子からして本気で懇願しているのだろう。
だが、神威に止まる様子は全く無い。狙いを定めて掌に力を込める。そして一気に振りおろ――――。

<おっと。悪いな、旦那>

ほぼ寸前、シュヴァルツの首の駆動部分に突き刺さらんとした日本刀を豪快に掴む、獅子の様な手。
神威が頭部を上げると、そこには日本刀を鷲掴みしているレオンの姿があった。押し込もうとするが、日本刀は微動だにしない。
次第に刃からか細く罅が入る音がする。限界を感じたのか神威は日本刀を昇華させ瞬時に後退する。

殺意と敵意を露わにしてこちらを睨み付ける神威に、何の恐れも無くレオンは言葉を続ける。

<いきなり攻撃したのは謝る。だが正直に言えばアンタは手加減ってものを知るべきだと思うぜ? まがりなりにも女の子だからな、コイツは>

<――――貴様>

レオンへと斬りかかろうとした神威だが、何かを感じ取り日本刀を召喚するのを止める。
そう言えば先程からライオネルの様子が可笑しい。ニヤついているのは何時もの事だが、シュヴァルツの猫被りを見た時の爆笑は何だ?
まるで……まるでこれから起きる事を知っていて、尚且つシュヴァルツの変化を楽しんでいる様な……。

神威はライオネルへと、疑問をぶつける。ライオネルはと言えば、二本目の煙草に火を点けていた。

<……説明しろ、ライオネル>

神威に聞かれ、ライオネルは一服すると悪びれる様子も無く、淡々と答えた。

「まぁー、何だ。騙して悪かったな、神威。ホントの事言うとな、事前にアンサラ―の奴らからお前がどれだけ強いのかを見てみたいってノイル経由で言われたんだよ。
 で、最初から宣戦布告して戦っても本当に強いかどうか分かんね―から、不意を突いて対処できるかどうかを試したって訳だ」

つまり、あのシュヴァルツのお粗末なぶりっ子は、その不意を突く為の演技と言う事である。
しかし神威自身は素で唖然としていた(とは言えマナの気配に気づいてはいたが)為、あながち失敗でも無い。

<そういう事だ。俺達はアンタが油断を突かれて撃破されちまうような生半可なオートマタじゃ無いかどうかを知りたかったんだよ。
 結果、アンタはシュヴァルツの攻撃を余裕で交わした挙句にシュヴァルツにトドメを刺す一歩手前まで行った。強いぜ、アンタ>

<……下らん。時間の無駄だ>

呆れ半分、怒り半分と言った感じの複雑な音色で神威はゆらりと歩き出すと、壁際へと寄りかかり両腕を組んだ。三機の事を見向きもしない。
神威から解放されたシュヴァルツは本物の兎の様にピョンピョンと跳ねながらフェ―レスの元に座ると、頭部を何度も撫でる。
よほど痛かった(オートマタに痛覚があるかはこの際置いておく)のか、シュヴァルツは涙目でフェ―レスに愚痴る。

<あいつマジ最低だよフェ―レス! あたし女の子だよ!? それをあんな……もうマジ最悪!>
<そう言いながらもマジで仕掛けてたよね、君……>


<でだ、ライオネル。アンタんとこのオートマタ、良い戦い方するじゃねえか。気に入ったぜ。神威って名前も悪くねえ>
「お前さんの嬢ちゃんもバレバレだったが良い筋してるぜ。お前さんとあの猫みたいな奴の戦い方も見てみたかったが、流石に時間無いわな」
<その時が来たら存分に見せてやるさ。最も、見学出来る余裕があるかは分からんがな>

よく言うぜとライオネルが笑う。同調する様に笑い声を上げるレオン。不思議な事だがまるでこの一人と一機、初対面の筈だが息が合っている様だ。
笑いを正す様にゴホン、とノイルが咳払いをする。何時の間にかケースの中身は空っぽになっており、中身はライオネルの前に整理良く置かれている。
その中身は筒状に丸められた大きな紙に束ねられた三種類の冊子、そして横四列に積み上げられた、札束の山だ。

「それでは神威さんの見極めも終わった事ですし、取引を始めましょうか。ライオネルさん」
「あぁ。で、このデカイ紙と冊子は何なんだ?」

ライオネルの疑問に小さく頷き、ノイルが説明し始める。

「こちらの一番大きな紙は、貴方が一番知りたがっているであろうレファロ・グレイの現在地です。
 そちらの三つは研究所内部の図面諸々ですので、後で一読でもしておいてください。では、地図を広げて下さい」

ノイルにそう言われ、ライオネルは手に取った丸まっている地図を開いてみる。
広げると一面真っ白な……恐らく雪であろう図面の真ん中に、円形で灰色の図形……否、恐らくこれは……。

「この中央に位置する灰色の建物が何を隠そう、貴方が忘れもしないレファロ・グレイの研究所です」

その言葉を聞いた途端、ライオネルの表情が一変する。ニヤつき何もかも馬鹿にしていた軽薄な表情から、一気に憎悪を滾らせる憤怒の表情に。
ライオネルのその表情を見、何故かノイルは薄ら笑いを浮かべる。しかしすぐさま元の真顔に戻ると、再び説明し始める。

「この基地は二十四時間、私兵と防衛用のオートマタが交代で見張っており安易には近づけません。最新鋭の武装を施されていますからね」

面白い、と軽口を吐いてくると思ったが、意外にもライオネルは静かにノイルの話を聞いている。
横から地図を覗きこみながら、レオンも説明に加わってきた。

<そこで、俺達アンサラ―がアンタ達を研究所内に入れる為に先導を切って一花火上げる。とびっきりデカイのをな>

レオンの言葉に頷きながら、ノイルはどこからか取り出したペンで、断りも無く地図にレファロの研究所に向かって真っすぐに赤い線を引いた。
憮然とするライオネルだが、話を聞く方が先決だと思い敢えて何も言わない。

「その花火が上がったのを見計らい、私が携帯端末を使用し、貴方に連絡を入れます。連絡が入り次第、どんな手段でも構いません。
 研究所へと突入して下さい。あぁ、一応例として正面口に線を引きましたが、花火が上がれば場は混乱するのでどこから来ても構いませんよ」

ライオネルはじっと、地図を眺め続ける。そしてゆっくりと顔を上げると、渋る様な低い声で、ノイルに聞く、

「本当に、良いんだな? 俺は本気でジジィを、レファロ・グレイを殺すぞ」

その眼光は非常に鋭く、実際に殺せはしないだろうが人を殺せそうなほどに、迫力に満ちている。
しかしノイルは気圧される事無く張りついた、実に胡散臭い満面の笑顔でライオネルに答える。

「勿論。それが目的で、私共は貴方にこうやって接触を図ったのですから。貴方の思うがまま、好きな方法でレファロ・グレイを抹殺してください。
 その隙に乗じて私共はレギアスを奪取し、貴方が研究所を脱出したのを見計らい研究所を爆破いたします。宜しいですか?」

地図を丸めて地面に置き、ライオネルはしばらく俯いていると顔を上げる。そしてあのニヤけ面を浮かべて、ノイルに言い放った。

「良いぜ。お前らのレギアス奪取に乗らせてもらう。ジジィをぶっ殺せるし、最高に楽しそうだしな」


<待て、ライオネル>

今まで黙って事の次第を聞いていた神威が口を開いた。只その声は殺気も憎悪も放っておらず、冷静な状態の雰囲気ではある。

<本気でその得体の知れぬ連中と手を組むつもりか? 信用に価するとは思えん>

神威の言葉にライオネルは三本目の煙草を取り出し火を点けながら、笑って答える。

「信用してなきゃとっくにぶち殺してるだろうが。それにな、神威」

「もしかしたら奴の研究所で、お前の眼鏡に叶う強い奴に逢えるかもしれないぜ。戦ってみたいと思うだろ?」

神威の本質を突いたその一言に、神威は何も答えない。答えないが、頭部をレオンに向け、言う。

<おい貴様>

呼び掛けられ、レオンが神威の方を向いた。

<私は私のやりたい様にやらしてもらう。干渉手助け口出し、一切するな。後ろの二機にも伝えておけ>

<うっせーポニテ野郎! アンタなんて>
完全に打ちのめされた事による悔しさからか、余計な事を言いかけたシュヴァルツをフェースレスが抑え込む。
やれやれといった感じでレオンは頭を振ると、神威へと返答する。

<了解だ、旦那。俺達も勝手にやらせてもらうぜ。アンタもせいぜい頑張ってくれ>
<……指図するな>

「それでは貴方に伝えるべき事は伝えましたので……と、その前に」

立ち上がったノイルが踵を返す前に、振り返る。そしてライオネルの傍らに転がっている、古ぼけた旅行カバンをちらりと一瞥し、言う。

「件のドールチップを組み込んだオートマタですが、何機ほど集めたのですか?」

ライオネルはカバンを足元で引っ掛けて叩き付ける様に立たせると、金具を弾いてカバンの蓋を開いた。
すると中には一機一機、整頓良く収納されているドールチップが内蔵されたオートマタ達が、異彩を放ちながら姿を現した。
その数にノイルは小さく、感嘆の息を漏らす。

「こいつらとそこにいる、ヘ―シェンっつう奴」


<あ?>
<君じゃない君じゃない>


「そいつをいれて31機だ。最近手に入れたヘ―シェンは少しばかり神子が面倒で苦労したが、まぁその分の価値はあると思うぜ」
「それにしてもここまでオートマタを強奪するとは思いませんでしたよ。とは言え少しばかり派手にやり過ぎですよ、ライオネルさん」

「取りあえず新聞社を黙らせては居ますが、最近やけに警察の動きが機敏になってますからね。この前のレガシーでは」
「悪かったな。つうか、警察も買収しとけよ。それだけの力はあるんだろ? エンダ―ズステイの社員さんよ」
「流石に彼らをどうこう出来るほど、我が社は大きくありませんよ。まぁ、状況次第では考えてはみますがね」

前々から気付かれてはいると思うが、このライオネル・オルバ―という男の悪行は違法オートマタの貸出だけではない。
巷で騒がれているオートマタの強奪事件の犯人は紛れも無く、この男である。カバン内で眠っているオートマタは全て、神子から奪った物だ。
強奪目的は単純に、研究所襲撃時に使い捨てにする武器とする為。そしてあくまで事件を表面化させながらも、犯人であるライオネルをあらゆる手で隠蔽した男―――――。

それが、ノイル・エスクードその男である。オートマタの強奪は、このレギアス強襲の為に、長いスパンを念頭に入れて計画されたものだ。ノイルの手に、よって。

「まぁ、アンタの計画に準じたお陰でこうして、使い捨てるには上等過ぎるほどのオートマタが集まったんだ。アンサラ―。悪いがお前らの出番、無いかもな」
<残念だがそれは不可能だ、ライオネル。アンタ達は俺達の力を得なきゃ研究所に近づく事も出来ねえ。あまりイキがるなよ、人間如きが>
「ほぉ……そいつは楽しみだ。見せてもらおうか。オートマタ様の力って奴をよ」

いがみ合いながらも、ライオネルとレオンはどこか楽しそうだ。幾分歪んでいる楽しさだが。
ノイルがスーツの胸元ポケットからレファロの側近時に身に付けているサングラスを掛け、空になったアタッシュケースの取っ手を掴んで踵を返す。
合わせる様にレオンとフェ―レスがノイルの前へと移動する。シュヴァルツが神威に人間で言うあっかんべーのポーズを取って派手に背を向けた。

「そこにある金は貴方の自由に使って貰って構いません。武器を買うなり足となる乗り物を買うなり、好きにして下さい」

「では、例の日を楽しみにしております」


「待て、ノイル・エクシード」

突き刺す様にノイルを立ち止まらせる、ライオネルの声。振り返ると、ライオネルが何かを自分に向けて突き付けている。
それは、拳銃。銃口からは無慈悲な暗闇が、ノイルを覗きこんでいる。ニヤけた顔つきから次第に無表情となったライオネルが、指先を引き金に掛ける。
ノイルは何も言わずにライオネルへと向き直る。サングラスは暗く、今ノイルがどんな目をしているのかは、伺う事は出来ない。

「嬢ちゃんと神威の鍔迫り合いを見てたら、何か血が騒いじまってな」

「俺からも確かめさせて貰うぜ。お前が俺達と――――手を組むに値するかをな」

ライオネルが引き金を引いた瞬間、高速で銃口から銃弾がノイルに向かって放たれた―――――。






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