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ビューティフル・ワールド 第十ニ話 氷点

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irisjoker

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ビューティフル・ワールド


the gun with the knight and the rabbit







ロッドを振るう為に、右肩を限界まで回してリヒトは高速で踏み込む。体勢を低くして、ライオネルを見据える。
普通の人間には全速力で走るリヒトを見切る事は出来ないが、ライオネルにはリヒトの姿がはっきりと見えている。
懐寸前で動きを止め、リヒトは全力でロッドを振り払う。避けられても次の攻撃にスムーズに移行でき、もしも掴まれたら掴まれたらで、何の問題も無い。

ライオネルはリヒトの放ったロッドを、余計な動作も無く掴んだ。リヒトの目とライオネルの目が火花を散らして重なり合う。
意地が悪いと思いながらも、リヒトはロッドを掴ませた事で、ライオネルの攻守を担う右腕を防ぐ。ロッドから手を離し、リヒトは跳躍する。
そして曲芸の如くロッドに飛び乗ると、疾風の様な早さでライオネルへと駆けだし―――――――――頭部目掛けて、踵を落とす。
足に伝わる、骨と肉を叩き付ける確かな感触。本気ではないものの、この攻撃を受けて立ち上がった人間は……。

「温いぞ。温すぎる」
「……やるじゃねえか」

あろう事かライオネルは寸前で、リヒトの踵落としを避けて見せた。リヒトの足は頭部ではなく、肩へと落ちている。
掴んでいるロッドを投げ捨てて、ライオネルはリヒトの足を逆手持ちするとそのまま地面へと叩き付けんと右腕を下ろす。
リヒトは歯を食いしばりながら両手を地面に付き、一時的に全身の筋肉を膨張させるとバク転の要領で、足を掴んでいるライオネルを宙へと上げた。

「こいつで……どうだ!」
「へぇ、面白い事するじゃねえか、坊主」

自分の体が持ちあげられているというのに、ライオネルは余裕綽々、むしろリヒトの攻撃を楽しんでいるかの様に、顔をニヤつかせる。
手を離して軽々と、ライオネルが着地する。軽く助走を付けて、リヒトに向かって中段蹴りを見舞う。
その攻撃にリヒトは仰け反って体を起こしながら回避すると、ライオネルへと向き直る。右腕を突き刺す様に伸ばす、ライオネル。
ほぼ数ミリを掠る。リヒトは両手で右腕を掴むと腰を落とし、背負い投げする。奇妙な事にライオネルは受け身も取らず、そのまま地面に叩き付けられた。

しかしライオネルは何もせず、ただ、笑っているだけだ。敵意も殺意も、感じる事が出来ない。

リヒトは右腕を振り被ってライオネルへと突き落とす……気にはなれない。先程からずっと気付いていたのだ。
ライオネルには自分と戦おうとする意志が感じられない。本当に遊んでいるか、それとも見下されているか。

「どうした? 早くその拳を、俺の顔めがけてぶち込んでみろ」
「……言われなくてもな」

そう言いながらも、リヒトはどうしても今のライオネルを倒す気にはなれない。こんな抜けがらみたいな奴を倒して面白いものか。
これならまだ、グスタフの方がマシだ。最初はどれほどの相手なのかと思っていたが、こう舐められては実に腹が立つ。

「何をしてる?」
「……本気で戦えよ。お前、全力で戦ってないだろ」

リヒトの言葉にライオネルは何が可笑しいのか大口を開けて笑い始めた。更にイラつく、リヒト。
数秒程ライオネルは笑い続けると、一息吐き―――――肉食獣その物な眼光の鋭さをギラつかせて、リヒトに言い放つ。

「勘違いするなよ、坊主。今の牙が抜けたお前じゃ、本気で殺る気にはならねえって事だよ」

瞬間、脳味噌を抉る痛撃。リヒトの意識が一瞬真っ白くなる。聊か認識出来なかったが、頬の痛みから自分が殴られた事を感じる。
滑る様に右方に受け身をする。ライオネルがのっそりと立ち上がると共に一転、積極的に右腕を振って襲いかかってきた。
鞭の如く伸縮し、弾丸の様に重く早いライオネルの攻撃に、リヒトは反撃の隙を見いだせず、防戦一方となる。

「早く反撃してみろ。お前の力はそんなものか、坊主」
「ちぃ!」


マスターの様子が何処か、可笑しい。横目でリヒトを見ながらヘ―シェンはそう思う。どうにもマスターの動きが鈍い。
何時もは強引なまでに力押しとテクニックで敵を圧倒するリヒトが、まるで手も足も出せず、ライオネルに圧されているのだ。
一度背負い投げで形勢を逆転した様に見えるが、ライオネルの拳をモロに食らった後は殆ど、リヒトが劣勢状態だ。

<―――――――――――余所見をしている暇はあるのか?>

神威の日本刀がヘ―シェンの上部を掠る。ヘ―シェンは咄嗟に後方へ下がって回避する。キ―ンと、空気が切れる音がした。
綺麗な弧を描いて繰り出される神威の攻撃はどれも鋭く素早い。少しでも攻撃を食らえば、装甲など豆腐の様に容易く切られてしまう、それほどの威力を感じる。
だが、ヘ―シェンは思う。このオートマタは本気で戦ってはいない。何が目的かは知らないが、見下されている様でヘ―シェンはイラッとする。

<生憎、私は本気で戦う気の無いお方を打ちのめす悪趣味はありませんので>

構えながらヘ―シェンは神威にそう言いのけた。神威は静かに、日本刀を振り下ろす。

<貴方の全力を見せて下さい。その日本刀はなまくらではないのでしょう?>

<―――――――――――面白い女だ。ならば、手加減はせぬ>

神威が日本刀を両手持ちする。各部のダクトから、火焔を思わせる深紅の粒子が纏わりつき、ツインアイに紅き光が宿る。
その瞬間、空気が変わった。ヘ―シェンは悟る。これがこのオートマタの本気。空気さえ一変させるほどの威圧感に、ヘ―シェンは更に身構える。
気付かれぬ様音を立てず、脚部を逆関節に変形する。どんな攻撃を繰り出してこようと、やるべき事は只一つ。先手、必勝だ。

<――――――――――――光陰>

姿が―――――――消えた? 神威がそう唱えた瞬間、ヘ―シェンの前から神威が姿を消す。ヘ―シェンは透明化でもしたのかと思ったが、それは違う。
地面と壁面に日本刀による直線の傷痕を刻み付けながら、神威が次第にヘ―シェンへと最高速で迫ってくる。周囲を駆け巡るかまいたちの如く風を切る音。
ヘ―シェンは空気中を漂う、紅い粒子を目で追う。段々その紅い粒子が、自分に向かってくる。

近づいてくる紅い粒子と、合わせる様に傷ついていく地面。神威の姿自体は見えないが、存在はしかと認識出来る。
まだ……まだ、攻撃するには早い。限界ぎりぎりまで近付けないと、連撃を与える事は出来ない。その一瞬、神威の姿が目の前に現れる。
今! ヘ―シェンは神威を上昇しながら踏み潰す為に、脚部を蹴り上げながら跳ぶ―――――――――感触が、無い?

目の前に居た筈の神威の姿が煙の様に消滅していく。―――――――幻術! 

<―――――――――――陽炎>

声がして見上げると、日本刀を振り下ろして落ちてくる神威が見えた。恐らく此方が本体だ。
一先ず防ぐ為に、ヘ―シェンは振り下ろされた日本刀を白羽取りする。途端にうっすらと空気の中に消えていく神威。……こっちもか!
ヘ―シェンは狐というか狸に化かされている気分になりながらも、着地する為に地面を見下ろす。居た。

<イヤらしいですね……そういう戦い方、大嫌いです>
<ならば―――――――――――防いで見せろ!>

神威の声は今までで最も綻んでおり、正に狂喜と言っても良い。ツインアイから放たれる殺意がヘ―シェンを絡め取らんとする。
しかし、それで怯え気圧されるヘ―シェンではない。防ぐのではなく、攻める為にヘ―シェンは神威へと落ちていく。

<――――――――――空蝉>

日本刀を両手持ちから逆手持ちに変え、神威は落ちてくるヘ―シェンを待ち構える。
このまま落下すれば考えるまでも無く、ヘ―シェンは胴体ごと真っ二つにされる。
ならば如何するべきか。今までの戦闘から考えて、ヘ―シェンはもっとも有効たる攻撃方法を算段する。決まった、これで行こう。
マナを右足脚部に集束させる。こいつを渾身の力を込め、神威にぶち込む。余計な事を考えずに、気を集中する。

神威が日本刀を振り上げて斬りかかって来るのが見えた。一寸。

<残念ですが……>
                  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヘ―シェンは身軽な動作で、マナを集束していない方の左足をふわりと、日本刀に乗せた。
まさか乗られるとは思わず、神威のカメラアイが驚きで収縮する。

どんなオートマタでさえ確実に沈めてきた空蝉を、この白い機体は回避し、尚且つ日本刀に足を乗せるなんて曲芸染みた芸当を見せつけてきた。
神威はこれほどまでに無い悦楽を感じる。ここまで自分に抗い、戦ってみせるオートマタなど、今までいなかったからだ。正に強敵。倒すべき価値がある!

<これで、ジ・エンドです>

ヘ―シェンは日本刀を蹴り上げて叩き折りながら飛翔すると、右足を神威の頭部に向かって全力で叩き込んだ。
神威は抵抗する間も与えられず、糸の切れた操り人形の様に力無く吹っ飛ばされた。その威力は伊達では無く、神威を巻き込んで壁面が崩落する。
パラパラと落ちてくる、コンクリートの破片と灰色の煙硝。煙硝が晴れてくると、コンクリートの山で仰向けに項垂れる、神威の姿が露わになる。
静かにかつお淑やかにヘ―シェンは着地する。その目が静かに、静謐な光を放っている。


「あーあ……めんどくせえ。坊主、お前のオートマタ、あいつを本気にさせちまったみたいだぞ」

ヘ―シェンにぶっ飛ばされた神威を横目で眺めながら、ライオネルがそう呟いた。

「お前のオートマタ、只じゃ済まないから覚悟しとけ。まぁ……少しばかり計画が早まったから構わんがな」
「悪いがヘ―シェンは、お前の思ってる様な弱い奴じゃない。舐めるなよ」

と強気に返答しながらリヒトはライオネルにロッドを振るうが、当たりは愚か掠りもしない。
ライオネルはその屈強で重そうな図体に反して、異様なフットワークの軽さで、リヒトの攻撃をかわす。リヒトは自分の攻撃が全て読まれている様な感覚に陥っている。
それにさっきから薄気味悪さを感じて堪らない。何故、この男は本気で戦おうとしない。かと言って戦いを楽しんでいる訳でも無い。
一体この男は何が目的なんだ? リヒトがライオネルを倒せないのは実力差のせいではない。ライオネルの真意が読み取れない事による、懐疑のせいだ。

「まぁ、奴らは奴らで楽しむ。俺達は俺達で楽しもうぜ、坊主」

「坊主坊主って……俺は20後半だこの野郎!」

神威に動く様子は見えない。本気で攻撃したとはいえ、この一撃で沈んでしまうオートマタなのかと思うと、ヘ―シェンは少々がっかりする。
幻術を見せたり高い戦闘能力がある事は分かった。だが、所詮その程度だ。リヒタ―みたいに底知れない潜在能力も、玉藻の様な成熟し完成されたテクニックも無い。
あの二機に比べればこのオートマタは多少強い、それ以上でもそれ以下でも無い。ヘ―シェンは久々に手応えのある相手だと思っていたが、どうやら期待が高すぎた。
マスターの戦況はどうなのだろうか。そう思ってリヒトの方を見ようとした、その時だった。

<ふっ……ふふ……>

沈んだ筈の神威が起き上がり、何故か箍が外れた様に笑っている。自分が打ちのめされたのに何故笑っているのだろう、この人は。
もしや敗北してしまった為にヤケクソになっているのですか? ヘ―シェンはアワレに……否、違う。

<ふ……ふふ……ふはははははははは! 最高だ! 最高だぞ、女ぁ!>

気づけば神威の全身を紅い粒子が覆い尽くしている。その粒子が覆っている部位が即座に回復していく。そう……元から傷など、存在しなかった様に。
回復というレベルじゃない。殆ど瞬時に再生していく。凹まされた所も切られている所も全て、瞬く間に再生している。
ヘ―シェンは驚く。オートマタにはナノマシンを介しての自動治癒能力があるが、今の神威は元々備わっているそれを、大きく超越している。

<―――――――――――輪転>

神威がそう呟いた瞬間、状況自体が巻き戻った様に、傷一つ無い神威が悠然と、ヘ―シェンへと歩き始める。
歩きながら神威は、胸元の大極図が描かれた装甲部を、自らの手で剥ぎ取って放り捨てた。

装甲部をはぎ取り露出した部分には、内蔵された大極図をモチーフとした円形型のコンデンサが、二つの穴から赤と緑の光を見せる。

<この機構を見せるのはマスターとライオネル、そして貴様で……三人目だ>

ヘ―シェンは攻撃を仕掛けようとするが、体が動かない。神威の背後から湧き出る、凄まじく邪悪なオーラに縛られて。

<私にはある男が設計、開発した新型コンデンサが搭載されている>

<このコンデンサは特殊な仕様でな。敵機からマナを吸収し、循環する事で、戦闘用のマナとして使用する事が出来る。
 私が貴様に見せた高速移動や幻術、そして再生能力の促進は全て――――――――この戦闘用のマナによって行われる。貴様が見た、紅色の、マナでな>

<……つまり、他人の力を横取りして、自分の力にするって事?>

ヘ―シェンの質問に、神威の足が止まる。何時の間にか片手に折られた筈の日本刀が、召喚されていた。

<さぁ、弱点を曝した。攻撃してこい。次は貴様の本気を―――――――――――見せてみろ!>

<―――――――――――鎌鼬!>

神威がヘ―シェンへと日本刀を数回振り下ろす。すると日本刀から、地面を抉って刃状の衝撃波が繰り出される。
ヘ―シェンはすぐさまサイドステップしながら回避する。ただ掠っただけでも、装甲には薄く一傷が入る。もしも当たっていたら……と思っていると。
神威の姿が消えていた。何処に……行ったの? ヘ―シェンは周辺を注意深く探すが、神威の姿はおろか、存在さえも感知できない。

途端、潰してくる様なゾッとする殺気を感じ、ヘ―シェンは見上げた。日本刀を構えた神威が、自分へと振り下ろす。今までと速さがまるで違う。

<―――――――――――三日月!>

瞬時にバックステップして回避する。その威力は地面に歪に広がった穴を作りだす程だ。日本刀が突き刺さったまま、神威が再び姿を消す。
ヘ―シェンは両方の脚部にマナを集束させて、神威の気配を探る。恐らく次に現れるのは幻術。――――――察知。
ヘ―シェンは後ろを振り向いて回転蹴り……違う、これも幻術。あれ? どれも皆――――――――。

自分の周囲を取り囲んでいる、10機の神威。知らず知らずにヘ―シェンは精神的に追いつめられていた。
頭自体は冷静だが、冷静であるが故に、どうすれば良いかが分からなくなっている。攻撃するか防御するか回避するか、何一つ纏まらない。
自分を囲ってる神威がすべて幻術だとしても、ならば本物は何処に居るのか。迂闊に飛んで斬られたらどうする。しかしこのままじゃ……
ヘ―シェンは無意識にマスター、リヒトの方を向いた。お願いです、マスター。何でも良いから指示を下さ……。

<迂闊>

<えっ?>

両足がガクンと、自分の意思とは関係なく地面に付いた。立ち上がろうにも立ち上がれず、マナが蝋燭の火みたいに消えていく。
脚部自体に傷は入っていないと思うが立ちあがる事が出来ない。恐らく、脚部を形成する……駆動部を斬られた。

<貴様との仕合、実に愉しかったぞ>

日本刀を投げ捨てて、神威がヘ―シェンに詰め寄る。ヘ―シェンは身動きが出来ず、その場で最後を待つ事しか出来ない。


「ヘ―シェン!」
「おっと、邪魔はさせねえぞ」

身動きが取れなくなったヘ―シェンを見て、リヒトが今すぐ駆け寄ろうとする、が、ライオネルに右腕を掴まれて、そのまま地面に押し倒された。
今まで見せていなかった本気の力で、ライオネルはリヒトを押えこむ。リヒトは激しく抵抗するが、ライオネルは信じられない程の怪力で、リヒトの動きを封じる。
ロッドを握っていたのが右腕である故にロッドも使えない。ヘ―シェンと同じく、リヒトも完全に劣勢となっていた。
神威がヘ―シェンの頭部に触れる。何をされるかは分からないが、予期せぬ事ではない事が確かだ。

「よーく見てろよ。お前の愛するオートマタが、堕ちていく様をな」
「お前……」

今すぐにでも爆発しそうになる頭を冷静に保ちながらも、ふっと、リヒトは気づく。何故この男が本気を出さずに、自分を弄んでいたかを。
この男の本当の目的は俺と戦う事じゃない。コイツは……最初からヘ―シェンを狙っていた。俺と戦っていたのは、俺をヘ―シェンから目を逸らさせる為。

「お前……最初からヘ―シェンを」
「あのオートマタ、ヘ―シェンって言うのか。結構似合った名前だな。まぁ、安心しろ、坊主」

「あいつは俺の手で可愛がってやるよ。鉄クズになるまでな」


力が急速に抜けていくのを感じる。マナが神威に吸収されているせいだろう。ヘ―シェンの視界が次第に暗くなっていく。
どうして負けたのか、今になって分かる。私は……このオートマタの事を軽く見ていた。何時もと同じセオリーで、勝てると信じ切っていた。
それに……窮地に陥ってもマスターに……段々、視界と共に思考も、閉じていく。

<マス……タ―……>

リヒトが必死に、自分の名前を叫ぶ。手を伸ばそうとした――――――――――が、その手が伸びない。伸ばす事が出来ない。
斬られたんだ。冷静に状況を把握できる自分に、ヘ―シェンは嫌気が差す。こんな時くらい、弱みを見せて感情的になっても良いのに。
だけどそれは、自分のプライドが許さない。常に気丈で冷静で、常にマスターに対して、弱みを見せない、それが私の……。

「ヘ―シェン! 返事をしろ、へ―シェン!」

<マス……タ―……ごめん……>

<……ごめん……なさい>

ヘ―シェンの頭が項垂れ、カメラアイから光が消える。その目に映るのは、深い、暗闇。
リヒトの視界が滲む。目の前でヘ―シェンが敵の手に落ちても、何も出来ない事の無力さ、情けなさ、無念さ。様々な感情が錯乱しては、嗚咽となって零れ落ちる。
ライオネルが掴んでいた右腕を離して、ヘ―シェンを担いでいる神威の元へと向かっていく。リヒトの眼光が暗く落ち、黒き炎が宿る。
瞬時にロッドをバスターソードへと変えて、リヒトは起き上がると共にライオネルと神威へと斬り込……。

――――――――――血? リヒトは一瞬、自分に何が起こっているかが、理解出来なかった。
掌が真っ赤に染まっており、何が何だか訳が分からない。あぁ、そうか……。
前方を見ると、ライオネルが拳銃を向けていた。拳銃の銃口から煙、何時も余裕で避けられる筈が、頭に血を昇ってたせいか全く、反応できなかった様だ。

「だから言ったんだ、坊主」

「ぬるま湯に浸かって牙が抜けたお前と、殺る気にはならないってな」


その場に倒れて、リヒトの視界は逆さまになって去っていくライオネルと神威を、見ているしか出来ない。
これだけ完全に負けたのは、何時の頃だろうか。既にリヒトの視界も思考も、殆ど途切れている。

暗闇の中で、ライオネルの声だけが只、聞こえている。


―――――――――――――お前がまだ俺に戦う気があるなら、明後日――――――――――に来い。

―――――――――――――もし来るのなら、今度は本気で戦ってやる。そうだ、ヘ―シェンも返してやるよ。

―――――――――――――お前が俺に、勝てたのならな。



無限に続くと錯覚しそうなほど、長い廊下を歩きながらノイルは笑みを浮かべた。予想以上に彫刻達の反応が良かった。いや、上々と言っても良い。
特に軍人である猪は喜々として映像を興奮しながら見ていた。あの反応を見ていると、猪は今後使い勝手が良くなりそうだ。存分に利用させて貰う。
猪含め5人、レファロの事をもみ消す程にレギアスに惚れ込んだと見える。後はレファロを頃合いの良い時に始末し、そして……。
その時、胸ポケットに入っている小型の携帯端末が音を鳴らした。ノイルはそれを取り、応答する。

「……ステイサム? 今何を……何、道に迷った?」

高揚していた気持ちがみるみる萎えていくのが分かる。ノイルは深くため息を吐くと、呆れ気味の口調で返す。

「一体何をやっているんだ、お前は……。まぁ良い。一時も早くリヒト・エンフィールドに接触して帰ってこい。と言っても、お前に大した仕事は」

その時、何者かが通信に割りこんできた。何だと思いながらその割りこんできた相手を見、ノイルは直ぐにそちらに通信を切り替える。
ノイルが足を止める。さっきとは打って変わり神妙な感じで、ノイルはその通信先の相手と、話し始めた。

「私だ。レギアスはどうなっている?」

「ほぼ完遂しております。後は隙を見て計画を発動させます。今のところ、計画に不確定要素はありません」

「そうか。見事だ、ノイル・エスクード。やはりお前に一任して正解だったな」

「有難うございます」

「この壊死してゆく世界を救うのは我々オートマタ以外にあるまい。惰弱な発想しか描けぬ人類に、未来など無く、羨望も無い。
 お前もそう思うだろ? ノイル・エスクード」

「勿論です」


「フラガラッハ様」

「皆中々帰って来ませんね―。もう夕方なのに」
頬杖を付きながらリタが誰かが帰って来ないかと外を眺めている。町に出た遥達はともかく、常に迅速で任務を終えるリヒトとヘ―シェンが遅いのは何処か気になる。

<どこかで油を売っているのだろう。心配する事も無い>
充分な睡眠を取った玉藻が新聞を読みながらリタにそう言った。とは言えリタは心配そうに、外を眺める。

「まぁ遥ちゃん達はまだ町を見てるのかもね。鈴木君とメルフィーちゃんにとっちゃあ何もかも珍しいだろうし」
特製の珈琲を入れてきたルガ―が、明るい笑顔を振りまきながらリビングに入ってきた。感謝しながら各々、珈琲を受け取る。
スネイルは背を伸ばして一口味わうと、ほっと、顔を綻ばせた。あぁ、そうそうとスネイルが皆に声を掛ける。

「リヒトとへーちゃん、それと遥ちゃん御一行が帰って来るまで、面白い話、聞かない?」

何ですか? と興味深々なリタに、まぁとりあえず聞いておくよというライ。
興味無さそうに新聞を読んでいる玉藻に、そんな連中を壁際で微笑みながら見守るルガ―。反応に性格が表れている。

「私達が居た世界ではね、アストライル・ギアの他に色々とロボットを開発してたのよ。
 オートマタを成型するナノマシンの発展系となる、戦闘用に特化して開発されたマイクロロボット……つまり凄く小さい虫みたいなロボットを開発しててね」

「そのマイクロロボットは自分自身で考え、形態を変えていく、機体その物がオーバーテクノロジーな、凄いロボットだったの。
 しかも無機物を原動力とするから、鉄でもプラスチックにでもなんでも寄生して変化し、誰に命令する訳でもなく敵を倒す……そんな奴だった」

「けど完成寸前って時に、そのマイクロロボットを保管してた所に落雷が落っこちて、今じゃ笑い話だけど電撃の影響を受けたマイクロロボットが全て暴走してね。
 後もう少しで建物中のありとあらゆる鉄やコンクリに寄生して危うくとんでもない事になりかけたのよ」

おぉー! 映画みたいですね!と目を輝かせるリタと、いや笑えない笑えないと顔にガビーンって感じの青い縦筋を作るライ、苦笑するルガ―に無反応の玉藻。

「何やかんやあって、保管してる大きなカプセルの中に全機抑え込む事が出来たんだけど、もし町に出てたら本気でヤバかったわね
 全ての建物が寄生されて、アストライル・ギアでも太刀打ちできない化け物が生まれてたのかもしれない」

「……何でそんな物を作ったんですか?」
ライの呆れとも恐れとも言えるその質問に、スネイルはさぁ……何でだろうと笑いながら答える。

「人間の業かもしれないわねー。
 その時は人類の平和だの、科学の発展だのそれっぽい事をいうけど、実際は只単に、自分が作ったロボットがどんなトンデモを起こすかを見てみたかっただけとか」

ライに入っている青筋が更に深くなる。目を輝かせて身を乗り出したリタが、質問する。

「それでそのマイクロロボットって何て名前なんですか?」

「うーんとね……」


「マルコによる福音書って聖書があってね。それに出てくる悪霊の名前であるレギオンと
当然辞めさせられたけど、開発プロジェクトのリーダーだったアスベル博士の名前を……」


ここは何処だ。ステイサムは些か悩んでいた。草原で野良オートマタ達を一蹴した後、ちゃんとやおよろずに向かっていた筈だったのだが。
突然降ってきた雨から逃げる為に、近くに居る建物に逃げ込んでしばらく休んで歩き始めたら、気付けば全く知らない所を歩いていた。
今目の前にあるのは工場らしき廃墟だ。屋根が寂れ蔦が伸び放題なその場所はどう考えても、やおよろずではない。

<だから言ったのだ。方位磁石を持って行けと。ノイル・エスクードにあれほど言われていただろうに>
「しょうがないだろう、私の方向音痴は直し様がない。それに私は奴が嫌いだ」

一先ず中に入ってみよう。それで地図を見てもう一度、やおよろずへのルートを探ろう。そう思って足を踏み入れ……誰かが、倒れている?
厄介な事にならなければいいが、倒れている人間を見て放っておくのは気が引ける。ステイサムは走り出し、その倒れている人物に話しかけた。

「君、大丈夫か?」

その人物は赤い髪の毛と、整っておりながら優男ではなく、男らしい顔つきの男だった。
気を失っているのか目を瞑っており、手にはどうやってやったのか、腹に到達する前に掌で銃弾を止めていた。正確には突き刺さっていた、だが。
ステイサムは男の顔を見、写真を取り出した。そして交互に何度も見る。……間違いない。

この男は、リヒト・エンフィールドに他ならない。


「……たまには神も、粋な事をする様だな」







                                    12話 第1部 終


                                      氷 点


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