428(よんにいはち)~封鎖された渋谷で~
part44-486,487、part45-60~100,102~125,127~129
- 486 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 07:03:50 ID:Jq40Cgdx0
- 以下、どうでもいい解説。
タイトルは「よんにいはち」と読むのが正しいらしい。知らんかった。
4月28日は四谷の日でもあるらしい。
主人公毎に「○○編」という名前が付いてはいるがタイトルはついていない。
例えば『街』の桂馬編は『オタク刑事、走る!』というタイトルがついていて、
独立したストーリーとしても読めるが、428は独立してない。
というのも428は最初バラバラな話が一点に収束していく構造になっているから。
大沢編は『街』の市川編に近い感じ。独特の雰囲気を出そうと頑張ったっぽい。
タマ編は本当はタマ自身が語り手。
加納、亜智、御法川編はどれも結構似た文体で書かれていたように思える。
その他のことはWikipediaでも見てくれ。
- 487 :ゲーム好き名無しさん:2009/04/05(日) 03:15:37 ID:g+t6x29l0
- >>486
桂馬編は「ゲーマー刑事、走る!」じゃなかったっけ。
おたく刑事は体験版だと思。
- 60 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 06:22:27 ID:Jq40Cgdx0
- 428 ~封鎖された渋谷で~
[[ ]]…実在の用語。わからない場合は各自ググってくれ
< >…428オリジナル設定。
(実際のゲームと多少時間がズレていたりもしますがご了承ください。)
序章
4月27日午後7時頃、大沢マリア(19)(こんな名前ですが普通に日本人です)が何者かにより
車に乗せられ、連れ去られた。
[[渋谷区]]にある<緑山学院大学>の側の会場で、
午後6時から大学の学生たちによるパーティーが催されており、マリアはそれに出席していた。
マリアの双子の妹、大沢ひとみ(19)は時間を間違えて、7時に会場に到着したが、
そのときにはマリアはもういなくなっていた。
同じくパーティーに出席していた大学の英語講師リーランドらの証言によって、
マリアは車で連れ去られたらしいことがわかった。
その後、犯人からの脅迫電話があった。
『明日、朝10時 [[ハチ公]]前。身代金5000万円をひとみに持たせろ』
4月28日。[[渋谷の日]]、そして史上最悪の日が明ける。
10:00-11:00
10:00
<渋谷中央署>の刑事、加納慎也(かのうしんや)は、じっと待っていた。
隣にはコンビを組んでいる刑事、加納より5歳年上の笹野がいる。
視線の先には、身代金が入ったアタッシュケースを重そうに持ち、ハチ公前に立つひとみの姿。
1分、2分……約束の10時は過ぎていたが、犯人が現れる様子はなかった。
渋谷の駅前から、[[109]]の脇を抜け、[[道玄坂]]の方へ行くと見えてくる古い商店街。
その端に遠藤亜智(えんどうあち)の住む<遠藤電機店>はある。
「うっし、今日もいっちょやるか!」
<エコ吉>という、ペットボトルに手足が生えたようなキャラクターがプリントされたTシャツを着て、
白いスニーカーをはき、ゴミ袋を数枚持って、亜智は家を出た。
渋谷駅の方に向かいながら、路上に落ちているゴミを拾い、ゴミ袋に入れる。日課のゴミ拾いだ。
亜智は生まれ育った渋谷を心から愛する、熱い男だった。
だから、平気でゴミを捨てる奴や、揉め事を起こす奴らを許せなかった。
彼女は目を覚ました。辺りを見回す。そこは薄暗い所だった。
起き上がったが頭が痛い。ドアには鍵がかかっていなかったので、彼女は外へ出た。
- 61 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 06:25:33 ID:Jq40Cgdx0
- 10:10
彼女は[[センター街]]をぶらぶら歩いていた。雑貨屋の店先に目が留まった。
『ネックレス 40,000円』という値札がついていた。
それは琥珀のような大きな飾りのついたネックレスだった。
なぜかどうしても手に入れなければならない気になった。
だが、彼女の財布には2万円しか入っていなかった。
10:30
亜智はハチ公前にいるひとみを見つけた。
「モロタイプ……ってか、ありゃタレントかモデルだな」
彼女は公園に来ていた。そこで貧相な男に会った。
男は、会社社長の柳下と名乗った。
「突然だけど、君、日給1万円でバイトしない?
頑張ってくれたら、もう1万円ボーナスに付けちゃう」
2万円稼げれば、あのネックレスが手に入る。彼女は二つ返事でOKした。
「んじゃ、これ着て。バイトはすでに始まっているのだよ」
渡された白いネコの着ぐるみを着る。
「あ、そういえば、君、名前は?」
「……タマです」
10:35
加納の無線機に通信が入る。
『来た!黒いコート、外国人、30代前半!!』
言われたとおりの特徴の外国人が、ひとみに何か囁いた。ひとみはうなずいた。
外国人はアタッシュケースをひとみから受け取って、逃げた。
犯人だ!加納は待機場所から飛び出して、外国人を追った。
もう少しで確保出来そうなとき、無線機から指示が来た。
『待て!確保するな!本ボシは別にいる。しばらく泳がせろ』
アタッシュケースを受け取った外国人が去った後、残されたひとみに、
背広姿の中年が近づいていった。足が悪いのか、杖をついている。
杖の男は懐に手を入れて、拳銃を取り出した。
それを見ていた亜智は、杖の男にタックルをかまし、ひとみの手を取って走り出した。
10:45
亜智とひとみは路地から路地へと逃げた。杖の男はまだ追ってくる。
不意にひとみの足が止まった。不安なのだろうか。
亜智はひとみの肩を掴んで言った。
「おれは遠藤亜智、22歳。女の子がヘンな男に追われていたら、迷わず助ける。
理屈じゃねぇ、本能だ!」
その言葉にひとみは安心したようだった。
- 62 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 06:27:52 ID:Jq40Cgdx0
- 10:50
[[世田谷区]][[三軒茶屋]]の自宅で、フリーライターの御法川実(みのりかわみのる)は、
インタビュー記事をまとめていた。ノリにノっているところで突然電話が鳴った。
『私だ……頭山(とうやま)だ』
「なんだ、仕事なら間に合ってるぜ」
御法川はいつもの調子で答えたが、電話の向こうの頭山は元気がなさそうだった。
いや、元気がなさそうどころか、その声は次第に嗚咽へと変わっていった。
『もう、死ぬしかないんだ』
電話は切れた。
亜智とひとみは細い路地を抜けた。そこは小さなスナックが何軒も並んでいるところだった。
二人はその中の一つに入った。
「迂闊に動き回るよりも隠れていたほうが安全だ。ここで様子見だな。
あ、ここは知り合いがやっているスナックで、別にヘンなことしようとかそういうわけじゃねーから」
改めて亜智とひとみは自己紹介し合った。しばらく沈黙が続く。
「これ以上ご迷惑はかけられません」
ひとみはスナックを出て行こうとして、ドアを開けた。
そこには杖の男が立っていた。
To Be Continued
- 63 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 14:46:23 ID:Jq40Cgdx0
- 11:00-12:00
11:00
亜智とひとみの前に現れた杖の男。
「どうしてわたしを狙うの?」
杖の男は答えない。と、杖の男の携帯に着信が入った。
そのスキに、亜智とひとみは逃げ出した。
「暑い」
ネコの着ぐるみを着ているタマ。あまりの暑さにへばりそうになる。
渋谷の駅前で、大声を張り上げる。
「飲むだけで痩せる、画期的な飲料、<バーニング・ハンマー>!
ただ今、無料の試供品をお配りしております!
この後、午後1時より即売会を開催いたします!!」
タマの努力も空しく、手にした籠の中の試供品は減らない。
バーニング・ハンマーは、小瓶に入った栄養ドリンクのようなものだ。
タマから離れたところにニワトリの着ぐるみがいる。ニワトリは結構上手くやっているようだ。
渋谷区[[松涛]]の高級住宅地。そこに大沢邸はあった。
マリアとひとみの父、大沢賢治は、書斎に篭っていた。
CDプレイヤーのスイッチを入れると、[[上木彩矢]](かみきあや)の歌声が流れ出した。
大沢は容貌に似合わず、中学生が好きそうなガールズロックを好んでいた。
- 64 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 14:49:14 ID:Jq40Cgdx0
- 11:05
加納はアタッシュケースを追いかけていたが。つい先ほど、見失ってしまっていた。
途中、外国人から他の外国人へと、アタッシュケースは何度もリレーされた。
携帯電話が鳴った。加納の恋人、留美からだった。
捜査中だったが、急用なのだろう。加納は電話に出た。
「留美?どうした?」
『う、うん。今、渋谷にいるんだけど。実はね。急にお父さんが長野から出てきたの。
でね、慎也さんに会わせろって。駅前の、<ロートレック>って喫茶店にいるから』
留美の父、静夫は、今でこそ農業をやっているが、元刑事だった。
加納が刑事になったのも、静夫に気に入られようとしたからだった。
加納は静夫の元に結婚の承諾を求めに行ったが、今まで一度も会ってさえくれなかったのだ。
だが、今になって急に会わせろとは、どういう風の吹き回しなのだろうか。
「所長、よろしいですか」
書斎に入ってきたのは、大沢の部下の田中護だ。
自分の仕事もあるというのに、田中はこうして大沢の家まで出向いていた。
本当に頼りになる、と大沢は思った。
「こんなときになんですが、研究所から電話がありまして、昨日送ったメールの返事がほしいそうです」
田中が退出した後、大沢はパソコンに向かって、メールをチェックする。
大沢は<大越製薬>の研究所の所長で、主にウイルスの研究をしている。
「わたし、[[道玄坂]]に行かないと!」
ひとみが亜智に言った。
『道玄坂に止まっている青いワゴンに乗れ。ワゴンに乗るまで警察や家族と接触するな。
この二つを守れば、マリアを解放する』
アタッシュケースを渡した外国人にそう指示を受けたと、ひとみは言う。
もしかしたら、青いワゴンにはマリアが乗っているのかも知れない。
亜智とひとみは道玄坂の方へ歩いていった。
11:10
ニワトリの着ぐるみがタマに近寄ってきた。
「そろそろ戻ってお弁当食べないと、時間なくなるよ~」
ニワトリはタマの籠に残っている試供品を見てため息をついた。
「これはわたしがこっそり飲んどいてあげるよ。大丈夫、バレないって。さ、行こう」
ニワトリとタマは連れ立って、センター街にある雑居ビル<野金(のかね)ビル>へと向かった。
11:15
野金ビルの、バーニング・ハンマー即売会場の隣の控え室に着いた。
「ねぇ、お願い」
ニワトリがタマに背中を向けた。タマがファスナーを下ろしてやると、
中からたまごのような丸々とした女性が出てきた。
「わたし、知里子。チリでいいよ」
タマも着ぐるみを脱がせてもらおうと、チリに背中を向けた。
「あれ?あー、これダメだわ。ファスナーが噛んじゃってる」
レンタルしてるものなので、勝手にファスナーを壊すわけにもいかない。
頭だけ外そうと思ったが、これは頭と身体がくっついているタイプなのでダメだ。
チリはおいしそうにお弁当を食べ始めたが、着ぐるみを着たままのタマは食べられない。
- 65 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 14:50:20 ID:Jq40Cgdx0
- 11:20
亜智とひとみの前方の路上で、男たちが揉めている。
「お前、それでも<KOK>か!」
KOKとは、『かっこいい、オレら、今日も行く』の略。
昔、亜智は愛する渋谷を守るために自警団を作ろうと思い立った。
それはいつしか大きくなっていき、渋谷最大のチームとなった。
亜智は初代ヘッドとして祭り上げられたが、あることをきっかけに辞めてしまった。
あの男は、亜智がKOKを辞めるときに後を任せた、現ヘッドの進(すすむ)だ。
「進、道の真ん中で仲間ボコってんじゃねーよ。善良な一般市民の方々がビビるだろ」
亜智はそう注意した。
「亜智さん、気安く声、かけないでもらえますか?」
進はよそよそしく言うと、亜智に背中を向けて歩き出した。
大沢の元に変なメールが来ていた。タイトルは『一年前、南アフリカで』となっている。
送信者はAとあった。本文は無く、画像が数枚添付されているだけだった。
いやな胸騒ぎがする。大沢は画像を開いた。
画像には横たわる病人たちが写っていた。間違いない。
これは<ウーア・ウイルス>の感染者だ。
ウーアはスワヒリ語で花を意味する。ウイルスの増殖した姿が花びらに似ていることから命名された。
しかし、このウイルスの危険度は花などという可愛らしいものではない。
ウーア・ウイルスに感染した場合の致死率は100パーセントだ。
しかも、感染してから発症するまで僅か12時間。
発症すると、穴という穴から出血して死ぬ。
また、発症すると空気感染するようになり、さらに被害が増大する。
あまりに危険なため、一般には今も存在を極秘にされている。
- 66 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 14:53:23 ID:Jq40Cgdx0
- 11:25
「死ぬなよ……!!」
[[国道246号]]をバイクで飛ばし、エンストしたバイクを置いてタクシーに乗り換える。
御法川は渋谷にある、<ヘブン出版>の入っているビルに着いた。階段を駆け登り、ドアを蹴破る。
ヘブン出版の社長、ハゲの頭山と、その娘、10歳の花(はな)がいた。
天井から、輪になったロープがぶら下がっている。
御法川はビシッと頭山を指差した。
「事情を説明しろ!」
ヘブン出版が出しているゴシップ雑誌<月刊 『噂の大将』>。
今月の『噂の大将』には、削って当たると10万円もらえるスクラッチカードがついていた。
それが好評で、10万部完売したという。
「そのスクラッチカードがそもそもの原因なんだよね。
裏からライトを当てると、透けちゃうんだよ、当たりの文字が。
印刷会社との打ち合わせミス。全部俺の責任なんだ」
その情報はネットに流れ、一気に数千人もの当選者が生まれることになった。
ヘブン出版は莫大な負債を抱えることになった。社員はみんな辞めてしまった。
このままでは来月号の『噂の大将』が落ちる。そうすれば、負債はもっと増える。
「だったら落とさなきゃいいだろう」
「俺だって必死でページを埋めてみた。しかし、無理なものは無理だ。
[[校了]]は今日の午後8時なんだ」
「これ、飲む?」
チリはタマに、ストローがついた水筒を差し出した。タマはストローの先を着ぐるみに押し込んだ。
なんとか口に届いて、飲むことができた。それは冷たいお茶だった。
チリはこう見えてダイエットに気を使っているらしい。このお茶もダイエットのためとか。
「ダイエットにうるさいわたしの意見からすると……これはインチキね」
チリはバーニング・ハンマーを指してそう言った。
「チリくん、インチキだなんてひどいじゃないか」
柳下がやってきた。
「これは絶対効くって。試しに飲んでみる?」
タマは飲んでみることにした。これで痩せられれば儲けものだ。
バーニング・ハンマーの瓶を着ぐるみに押し込んで、一口飲む。
最初は何も感じなかったが、タマの全身から次第に汗が噴出してきた。
「なにこれ。ただ辛くて汗かくだけじゃないですか」
「こういうのって、100円ショップに流れるんですよね」
チリとタマは呆れている。
しかし、たとえインチキでも、やり遂げなければ、あのネックレスは手に入らない。
このバイトに賭けるしかない。タマは気合いを入れた。
- 67 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 14:58:57 ID:Jq40Cgdx0
- 11:30
御法川はビシッと人差し指を突き出す。
「来月号の[[台割]]と企画書を持ってこい!」
台割を見ると、あと12ページを埋めなければならないことがわかった。
これを1日で埋めるのはかなりキツイ。だが、昔世話になった頭山を死なせないためにも、やらなければ。
企画書には、大きな字で『渋谷特報最前線』と見出しがある。
『飲めば飲むほど細くなるダイエット飲料バーニング・ハンマー』
『監視社会!渋谷に張り巡らされた監視カメラ』
『渋谷伝説の自警団(チーム) 栄光と没落』
『転落人生!かつての名放送作家は今!?』
『美人双子姉妹!緑山学院大学のミスキャンパスにダブル受賞』
『渋谷NOW!』
この6つの企画で2ページずつ記事を書けばいいだろう。
御法川は取材する順番を決め、アポを取った。
『渋谷NOW!』はタイトルだけで内容が決まっていない。
これは人に任せることにした。御法川の知り合いの駆け出しの女性ライター、磯千晶に電話をする。
千晶に簡単に事情を説明し、渋谷駅前で街頭インタビューするよう指示を出した。
11:35
大沢の元にまたAからメールが届いた。本文には、
『目を背けるな。これがお前の罪』とある。
添付された画像を開く。先ほどと同じ感染者に、なにかを注射している画像だった。
これは、[[抗ウイルス剤]]を投与しているに違いないと大沢は思った。
抗ウイルス剤というのは、ワクチンと違い、直接ウイルスを倒す薬だ。
大沢はウーア・ウイルスの抗ウイルス剤を開発していた。
初めのうちは副作用が強すぎて使えない代物だったが、
[[ドラッグデリバリーシステム(DDS)]]を使用することで副作用を抑えることに成功した。
ほぼ完成していると言ってもいいレベルだったが、まだ人体への[[臨床実験]]を行っていない。
臨床実験には様々な障害があった。まず、[[治験者]]をウーア・ウイルスに感染させる必要がある。
もし抗ウイルス剤に効果が無ければ、治験者は死んでしまう。人権的な問題があった。
だが、この画像は、臨床実験などではない。人体実験だ。
こんなことが秘密裏に行えるのは、上司の牧野だけだ。
- 68 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:00:21 ID:Jq40Cgdx0
- 11:45
御法川は監視カメラの取材をするために、遠藤電機店にやってきた。
亜智の父親、遠藤大介に取材を申し込んだが、忙しいと言われて断わられた。
店に電話がかかってきた。大介は困った顔をした。
「メーカーからでした。昨日ドライアイスマシンを売ったんです。それが欠陥品だと言われましてね。
ドライアイスを作り出すと止まらなくなってしまうらしいんです。回収するって伝えないと……」
大介は電話をかけたが、相手が出ないようだ。
「困ったな、連絡が取れない。買っていったのは<『迷天使』>とかいう劇団の人なんですけど」
確か『迷天使』は、御法川が午後に会うとアポを取った劇団だ。
「5分だ!5分だけ話をさせてくれ。オレは今日これから『迷天使』の人間と会うことになっている。
ドライアイスマシンのことを話しておいてやろう」
交渉成立。取材させてもらえることになった。
大介は監視カメラの仕組みを説明した。設置されているのはWebカメラで、
無線LANでつながっており、ここに置いてある端末か、商店街の端末で見ることができる。
「しかし、知らない間に監視カメラで記録されるってのは気持ちのいいもんじゃないね」
「私が監視カメラを悪用するとでも言いたいのか?こっちは市民の安全を守るために
やってるんだ。もう5分たった。帰ってくれ」
アタッシュケースを追っている加納の無線に連絡が入った。
『ハチ公前でアタッシュケースを持ち逃げした男の身元が判明した。
名前はタリク。渋谷を縄張りにする外国人犯罪グループの一員だ』
11:50
大沢の家のリビングには、刑事たちが詰めていた。
「いつまでもたもたやってんの!早く犯人を捕まえなさいよ!」
キツイ香水の匂いを周囲に振りまきながら、大沢の妻の愛(あい)が喚いていた。
「これでお金を取られたら、ちゃんと弁償してくれるんでしょうね!?」
まるでマリアよりお金のほうが大事だと言わんばかりだった。
大沢は先妻を15年前に亡くしていた。
マリアとひとみを連れて、大沢は牧野の娘である愛と再婚したのだった。
11:55
亜智とひとみは道玄坂に来た。しばらく待っていると、青いワゴンがやってきた。
ひとみをその場に待たせ、亜智が青いワゴンに近寄っていく。
ワゴンから外国人たちが降りてきて、亜智を取り囲んだ。
しばらく睨み合いが続いたが、いつの間にか野次馬が寄ってきていた。
外国人たちは舌打ちし、ワゴンに戻った。青いワゴンはそのまま走り去った。
道路の反対側に杖の男がいるのが見えた。亜智とひとみは道玄坂を一気に下って、
センター街へ逃げた。
To Be Continued
- 69 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:01:04 ID:Jq40Cgdx0
- 12:00-13:00
12:00
大沢は書斎に逃げ込んで、アルバムを開いた。
最後のページに挟んであるポストカードを眺めた。
2年前、マリアと一緒に中東に行ったときに買ったものだ。
マリアは当時、中東問題に興味を持ち始めていて、
中東に出張する大沢に付いていくと言ったのだった。
「奥さん!困ります!」
「ちょっと買い物に行くだけよ!」
廊下の方が騒がしい。愛が刑事の制止を振り切って、家の外に出た。
12:05
亜智とひとみはビルの裏にいた。
「ひとみ、ペットボトルはどうやって捨ててる?」
「どうやってって……ラベルをはがして、洗って、つぶして……」
「良かった。それがあんたを助ける理由になる。環境に優しい人間に、おれは優しい。
何たって、おれはエコ上等だから」
亜智は誇らしげにエコ吉がプリントされたTシャツを指した。
12:10
亜智とひとみは再び道玄坂へ向かった。
その途中で、少年たちと出会った。
「かわいい子連れちゃって、いい気なもんですね~」
亜智には見覚えある顔だった。KOKのメンバーだ。
「グロマブじゃん。紹介してくださいよ~」
少年たちはひとみに絡んできた。
「初めまして、亜智さん」
長身で目つきの悪い男がやってきた。
「桐生っていいます。今、進さんの下でナンバー2をやってます。
初代ヘッドのレジェンド、いろいろと聞いてますよ」
桐生は少年たちを連れて去っていった。
大沢は、あのメールのことを考えていた。
牧野がやったとして、抗ウイルス剤をどうやって保管区域から持ち出したのだろう?
保管区域に入るには、大沢と田中両方の指紋認証が必要だった。
万が一に備え、パスワードでも扉は開くが、パスワードは英数字で10桁だ。
それも、大沢と田中の両方が揃わないと駄目だ。
アタッシュケースのリレーを追っていた加納と笹野は、渋谷駅前に戻ってきていた。
そこでは千晶が街頭インタビューをしていた。
千晶はアタッシュケースを持った外国人になにやら話しかけている。
千晶はインタビューしてるだけなのだが、加納と笹野には連絡を取り合ってるように見えた。
「アヤシイな……。俺は女を調べる。お前はアタッシュケースを追え」
千晶を調べるという笹野と別れ、加納はひとりでアタッシュケースを追うことになった。
- 70 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:02:09 ID:Jq40Cgdx0
- 12:15
柳下に続いて野金ビルの搬入口に行ったタマ。
「あれ~?たしかにここにあったのになぁ」
バーニング・ハンマーの入ったダンボールはなくなっていた。
搬入口を出て道路に出てみると、バーニング・ハンマーを載せたトラックが去っていくところだった。
何かと間違えて持っていってしまったらしい。
「探す!あのトラックを探すぞ!」
タマとチリは手分けしてバーニング・ハンマーを探すことになった。
”世界はそれ~でも~♪”
ひとみのポケットから上木彩矢の着うたが鳴り響く。
「亜智さん、メールです。田中さんから」
「田中さんって誰だ?」
「父の同僚ですけど……。わたしのこと心配してくれているみたいです。
あっ、返事、どうしよう」
「家族との接触はダメだけど、メールぐらいならいいんじゃないか」
亜智の言葉に安心し、ひとみはメールを打ち始めた。
亜智の中に妄想が膨らんだ。ひとみは父親の同僚と付き合ってるのでは?
意外と中年男を手玉に取るタイプなのか?
そのうち馬鹿馬鹿しくなってきたので妄想を打ち消した。
駅前のロートレックという喫茶店に入り、パソコンを取り出して執筆を始めた御法川。
喫煙可の喫茶店を探すのに時間をロスしてしまっていた。
少し離れた席で静夫と留美が言い争いをしている。
「今日こそあの男と別れるんだ!」
「ちょっとやめて、お父さん!!」
- 71 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:04:08 ID:Jq40Cgdx0
- 12:20
「所長、お見せしたいものが……」
田中がやってきて、大沢に携帯のディスプレイを見せる。それは、ひとみからのメールだった。
『男の人に追われています。拳銃を持っていて、わたしの命を狙っているようです。
何とか無事なので安心してください。家族や警察との接触は犯人から禁じられました。
このメールは内密に願います』
ひとみが無事らしいので、大沢はひとまず安心した。それにしても、
何故田中がひとみのメールアドレスを知っているのだろう。まさか、ひとみと関係が?
大沢はその考えを振り払った。
「もしかするとこれは所長に恨みを持つ者の犯行ではないでしょうか。
私がいろ色々と情報を集めてみます」
田中がそう提案してきた。
「済まない。君に任せる」
亜智とひとみは人通りの少ない[[円山町]]を通過中。
と、目の前に杖の男が待ち構えていた。二人は必死になって走り、
大通りに出て人ごみに紛れた。
御法川の耳にピッピッという電子音が聞こえてきた。
バーニング・ハンマーを探しているはずのチリが、ロートレックの店内にいる。
電子音は、注文を取っているウェイトレスが叩く端末の音だった。
アタッシュケースを追う加納。しかし、犯人の目的がわからない。
犯人を泳がせておくことが本当に事件解決に繋がるのかという疑問が浮かぶ。
加納は尊敬する先輩刑事、建野(たての)と初めて会ったときのことを思い出していた。
3年前、加納が交番勤務だったころ、雑居ビルで立てこもり事件が発生した。
犯人はガソリンを撒き、火をつけようとしていた。
建野がやってきて、ガソリンを頭からかぶり、ビルに入っていった。
「やりたきゃやれ。俺も一緒に死んでやる」
犯人は動揺していた。建野は犯人を確保した。
ビルから出てきた建野は加納に言った。
「命を懸けている奴には、こちらも命を懸けなければ説得は出来ん。
お前も警察官だったら、守るべきものを見失うな。それが基本だ」
加納は建野の行動を思い出すと、こうして尾行を続けていることが情けなくなってきた。
12:25
また御法川の耳に電子音が聞こえてきた。今度の発信源は自分の鞄の中だ。
盗聴探知機が盗聴器を見つけて鳴り出したらしい。
あの香水の匂いのキツイ女がアヤシイと思ったが、御法川は執筆を続けた。
- 72 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:05:56 ID:Jq40Cgdx0
- 12:30
笹野は加納に追いついた。
「アタッシュケースの受け渡し、そろそろだと思うんですけど、
挟み撃ちと行きませんか?」
加納の提案に笹野はニヤリと笑った。
「お前、命令違反はまずいぜ。しかし、乗った。俺も尾行にはうんざりしてたんだよ」
ロートレックにて。飲食物を大量に注文したチリだったが、それをものの数分で胃袋に入れてしまった。
それを見ていた御法川はチリに声をかけてみることにした。
「オレはフリーのライターなんだけど、ちょっと君を取材させてほしいんだ。
食べても太らない秘訣みたいなものってあるのかな?」
チリは顔をほころばせる。
「やっぱりわかります?これでもいろいろと気を使ってるんですよ。あっ、そうそう。
バーニング・ハンマーっていうのがあるんだけど、興味あるんなら即売会に来てみる?」
チリは即売会のチラシを差し出した。思わぬところで情報を手に入れることができた。
12:35
バーニング・ハンマー即売会まであと25分。だが、肝心の商品は見つけられそうも無い。
駅前に立ち尽くすタマ。
「あ、あなたは、今の自分をどう思いますか?」
声をかけられて、驚いてふりむいた。千晶がタマに話しかけてきたのだ。
「今の自分……見ての通り、ネコです」
ネコの着ぐるみを着てるから、適当にそうこたえた。
「ありがとうございました!」
訳がわからない。タマはバーニング・ハンマー探しを再開した。
御法川は頭山に電話してみることにした。
「頭山さん、今どこにいる」
『今は松涛辺りを逃走中だ』
編集部にいたが、借金取りのチンピラがやってきたので逃げたらしい。
大沢は裏口からそっと外に出た。
「た、助けてくれ!!」
頭山と花が大沢に助けを求めてきた。大沢は、二人を収納庫に入れてかくまってやることにした。
頭山の怯え方に呆れた大沢は、家の中に戻った。
- 73 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:06:36 ID:Jq40Cgdx0
- 12:40
亜智とひとみの行く手にまたもや杖の男が待ち伏せていた。
「何なんだよ、一体?」
二人は走り出した。目の前にダンボールが積んであるのが見えた。
亜智はダンボールを杖の男目がけて投げつけた。杖の男がひるんだ隙に逃げ出した。
御法川の携帯に千晶からの着信。
「どうした、千晶」
『ダメです、ミノさん。わたしには無理です……』
電話の向こうの千晶は泣いているようだった。
「とりあえずオレが行くまでそこで待っていろ」
街頭インタビューは意外と難しいものだ。しかし、ライターには出来て当然の基本スキルだ。
だから、千晶にはちゃんとやり遂げてほしかった。
御法川は千晶の書く文章に好感を持っていた。きっかけさえ掴めれば、
きっと読者に好かれるライターになるだろう。
12:45
千晶はハチ公像にしがみつきながらしゃがんでいる。
「いいから立て!」
御法川は千晶の目を見ながら言った。
「駆け出しのライターに好きなことを書かせてくれる雑誌なんてないんだ。
まず、基本的な実力をちゃんと身に付けろ」
「それはわかってるんですが……」
御法川は千晶のメモ帳を取り上げた。
「話を聞けたのは一人か。ん?なんだこれ、ネコ?」
大沢は愛の部屋に入ってみた。キツイ香水の匂いが漂っている。
ファッション雑誌が並んだ本棚の中に、一冊だけスクラップブックがあった。
めくっていくと、最後に雑誌記事が挟まっていた。
『政略結婚を仕組まねばならない大越製薬の台所事情』
そんな見出しだった。この記事は、大沢と愛が結婚した直後、『噂の大将』に書かれたものだ。
大沢を大越製薬に繋ぎ止めておくために、牧野が娘の愛を生贄として差し出したというのだった。
さらに、愛には結婚前に付き合っていた男がいたとも書かれていた。
馬鹿馬鹿しい。大沢は部屋を出た。
バーニング・ハンマーを見つけられないまま、即売会場へと戻ったタマ。
柳下の携帯が鳴る。
「奇跡だ!業者が途中で気づいて、ダンボールを搬入口に戻しておいてくれたって。
タマくん、すぐに取りに行って!」
再び搬入口へと向かったタマ。柳下の話通り、ダンボールが置いてある。
ん?よく見るとひっくり返っている。それもそのはず。
亜智が杖の男に投げつけてしまったからだ。
タマはダンボールを開けてみた。中のバーニング・ハンマーの瓶は全て割れていた。
- 74 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:09:06 ID:Jq40Cgdx0
- 12:50
「あぁ、もういい、もう一度行ってこい」
御法川に言われ、インタビューを試みる千晶。しばらくして戻ってきた。
「やっぱりダメです」
「まず、声をかける相手を間違ってる。明らかに忙しそうな人は駄目だ」
「でも、それでつかまえられたとして、どうやって話を進めていったらいいか……」
「難しく考えずに、雑談を楽しむくらいでいい。いいか、よく聞け。
お前は今の自分をどう思う?」
「わたしは、今の自分、あまり好きじゃないです」
「だったら、そこから始めてみろ。わたしは今の自分が好きじゃない、
でも、あなたはどうですか?ってな」
「そっか」
千晶の顔がパッと明るくなった。
「それでいい。その顔が道行く人を呼び止める」
「やってみます!ありがとうございました」
千晶は人ごみの中に入っていった。
道行く人を呼びとめて、ちゃんとインタビュー出来ているようだ。
御法川はそれを見届けると、バーニング・ハンマー即売会場に向けて走り出した。
加納と笹野が立てた挟み撃ち作戦は失敗に終わった。
笹山はアタッシュケースを見失い、加納は犯人の確保に失敗した。
加納の手を逃れた犯人は、ナイフを取り出し、加納目がけて突いてきた。
加納はナイフを避けたが転倒した。
と、そこに大型の外車が止まり、長身のサングラスをかけた白人が降りてきた。
サングラスは犯人のナイフを蹴り上げ、犯人に肘を一発入れた。犯人は気絶した。
「犯人を泳がせろと命令があったはずだが?」
白人は流暢な日本語で加納に言った。
「お前、誰だ?」
「米国大使館の保安課員だ」
差し出した身分証明書にはジャック・スタンリーとあった。
- 75 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:09:53 ID:Jq40Cgdx0
- 12:55
亜智とひとみは裏路地に逃げ込んだ。
「わたしのために、どうしてそこまでしてくれるんですか」
ひとみが問いかける。亜智は妹の鈴音(すずね)のことを話した。
鈴音は心臓が悪く、病院に入院している。ある日、お見舞いに行ったときのこと。
「お兄ちゃん、そんなに毎日お見舞いに来なくてもいいよ。
わたしは一人で大丈夫だから。お兄ちゃんは渋谷をまとめるすごい人なんでしょ?
だったら、わたしよりもっと困ってる人の力になってあげてよ」
「なんだよ。困ってる人って、今のお前より困ってる人なんてどこにいんだよ」
「わたしのことはいいの。どこかでお兄ちゃんが誰かのために頑張ってる……そう思うと、
わたしは励まされるの。そうよ、絶対最後まで助けてあげなきゃ。
途中で投げ出したりなんかしたらだめよ」
その後、亜智はKOKを抜け、エコ上等人間になった。
「加納、しばらく私の指示に従ってもらう。君の上司の許可は得た」
ジャックの言葉に納得がいかなかった加納は本部に問い合わせてみたが、
ジャックに従えという上からの命令があったとのことだ。
無線が入った。
『捜査員に告ぐ。大沢ひとみの行方がわからなくなった。
護衛している建野にも連絡が取れない』
大沢の携帯に着信。牧野からだった。
『今、家の前にいる』
大沢はふと我に帰った。牧野の臨床試験を責める資格が自分にあるのだろうか。
……いや、ない。自分も同罪ではないか。
すでに大沢も抗ウイルス剤の人体投与を行っていた。
「そうするしかなかったんだ……」
自分に言い聞かせるように呟いて、大沢は玄関に向かった。
To Be Continued
- 76 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:10:34 ID:Jq40Cgdx0
- 13:00-14:00
13:00
亜智とひとみに靴音が迫ってきた。杖の男だ。
亜智はサッとひとみをかばった。
「邪魔をするな……。亜智、その女を殺すことは、お前のためでもある」
杖の男の言葉に亜智は声を荒げた。
「ふざけんな!ひとみを殺すことがおれのためとか、意味わかんねーし」
突然タリクが現れて、杖の男の頭を殴った。杖の男とタリクがやり合ってる隙に逃げた。
バーニング・ハンマーの即売会場に向かいながら、御法川は頭山のことを考えていた。
頭山は御法川が新聞社に務めていた頃の上司だった。毎日怒鳴り合い、ぶつかり合うことで、
御法川のスキルは上がっていった。
粉々になったバーニング・ハンマーの前でがっくりと膝をつくタマ。
これではバイトもネックレスもなにもかもダメになってしまう。
ふとひっくり返ったダンボールを見ると、特徴的なマークが描かれていることに気づく。
このマークは確か、どこかで見たことがある。
先ほどのチリの言葉が頭をよぎる。
『こういうのって、100円ショップに流れるんですよね』
あれは100円ショップじゃなくて、センター街の雑貨屋だ。
タマはセンター街に向けて走り出した。
- 77 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 15:11:41 ID:Jq40Cgdx0
- 13:05
雑貨屋にやってきた。バーニング・ハンマーの箱が置いてあった。
「これ、全部ください!」
タマが言うと、雑貨屋の店主は困った顔をした。
「それ、売約済みなんだよね」
買った人がもうすぐ来るというので、タマは直接交渉してみることにした。
御法川は雑貨屋の前を通りかかった。そこで高校生くらいの女の子とぶつかってしまった。
女の子に胸ぐらを掴まれた。すごい力だった。
「ってあれ?御法川さんじゃない?」
女の子はミクだった。5年くらい前、ある事件の取材がきっかけで御法川とミクは知り合った。
強くなりたいと言うミクに、総合格闘技道場を紹介してやったのだ。
「強くなったんだな」
「うん。だって……」
ミクは<BRIDE>という、女子同士の格闘を見せるというショーパブで働いているという。
「今度試合、見に来てよ。わたし、チャンピオンなんだから」
「じゃあ、オレ、急いでるから……」
ミクは雑貨屋に入っていった。
バーニング・ハンマーを買ったのはミクだった。
「突然すみません!これ、譲ってください」
タマはミクに頼み込んだがミクは譲らない。
聞けば、ミクはBRIDEファイターだという。
「それじゃあ、わたしと勝負してください。わたしが勝ったら、これ全部譲ってください」
- 78 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:17:16 ID:Jq40Cgdx0
- 13:10
加納はジャックの車に乗り込んで、外国人犯罪グループのアジトへと向かっていた。
「何を考えてる?さっきの無線の建野とかいう刑事のことか?
まったく、女ひとりも護衛できないとは、情けない話だ」
ジャックの言い方に怒りをあらわにする加納。
「建野さんを馬鹿にするな!」
御法川はバーニング・ハンマーの即売会場に到着した。
1時を過ぎているがまだ始まっていないようだ。
壇上ではチリが手品をして時間稼ぎをしている。
客はほとんど女性で、客席はほぼ満員だった。
タマとミクは雑貨屋の外に出て、睨みあった。
「ストリートファイトだ!!」
いつの間にか野次馬が集まってきていた。
試合開始。ミクのパンチをタマはヒョイっと避けた。
着ぐるみを着ているとは思えないくらいの動きだった。
ミクが繰り出した足をキャッチし、押し返す。ミクの身体が宙を舞った。
タマの完全勝利だった。
「BRIDEファイターがストリートファイトで負けるなんて……。もう普通の女の子に戻るしか……」
ミクは肩を落として去っていった。
タマは雑貨屋に戻ってバーニング・ハンマーのダンボールを抱えた。
「いくらですか?」
「いやいや、お代は結構だよ。さっきの[[合気柔術]]でしょ?いいもん見させてもらったよ」
タマは雑貨屋を飛び出して走った。もう即売会は始まっている。急がなければ。
- 79 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:18:08 ID:Jq40Cgdx0
- 13:15
大沢の携帯電話に牧野から着信。
『今、家の前だ』
大沢は外に出ると、止まっている牧野の車に乗り込んだ。
「……何を聞きたい」
大沢は単刀直入に牧野に訊ねた。
「抗ウイルス剤を持ち出したのはあなたなんですね」
「ああ、そうだ」
「しかし、どうやって?」
「確かに、抗ウイルス剤の保管区域には君と田中がいなければ入れない。
……以前、動物実験のために、抗ウイルス剤を搬出したことがあっただろう?」
「まさか……」
「そのまさかだ。そのときの抗ウイルス剤を横流しさせてもらった」
「でも、どうして?」
「君は、あの価値がわかってないようだ。某大国はすでに、
ウーア・ウイルスを兵器として使ってる。
ウーア・ウイルスに対抗できる術は、大越製薬にしかない。
欲しがっている国はいくらでもある」
「だから一刻も早く人体実験したかったと?でも、それには人権問題が……」
「正直になれ。人体実験の被験者のことなど、興味がないくせに。
君の興味は研究だけだ。要は、臨床試験が勝手に行われたのが納得できないだけだろ?」
「……そこまで馬鹿にしないでください!それでは失礼します」
大沢は牧野の車を降り、家に戻った。
亜智とひとみは劇団『迷天使』が使っている倉庫の中へ逃げ込んだ。
しばらく息を潜めていると、『迷天使』の劇団員たちがやってきて、荷物を運び出し、
出入り口の扉に外側から鍵をかけてしまった。
閉じ込められてしまったが、しばらくは杖の男に襲われる心配はないだろう。
ジャックと加納が乗った車は渋滞に巻き込まれ、のろのろと進み、
タリクと笹山が揉み合っている場面に通りかかった。
加納はジャックの制止も聞かずに車を降りて、駆けつけるなりタリクを投げ飛ばした。
タリクは取り押さえられた。笹山が渋谷署に連行することになった。
加納はまたジャックの車に戻った。
- 80 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:18:53 ID:Jq40Cgdx0
- 13:25
玄関に愛が大沢を待っていた。外出から帰ってきたらしい。
「父に会ったのね」
「ああ。仕事を片付けてくる」
大沢は書斎へ向かった。
渋滞はまだ続いていた。いい機会だ。加納はジャックに疑問を投げかけることにした。
「犯人の目的はなんだ?少しは話してもらわないと協力できないぞ」
「……薬だ。誘拐された大沢マリアの父が、大越製薬の社員だということは知ってるな。
最近になって、大沢は抗ウイルス剤を開発した。それを強奪するため、
ある国際的犯罪者が動いている。外国人犯罪グループはそいつに飼われているだけだ」
犯人を泳がせるようにと指示を出していたのはジャックだったという。
ひとみは田中に状況を説明するメールを打つことにした。
「なんかおかしくねぇ?」
暗い倉庫の中で亜智が声を上げた。
なぜ犯人はひとみに青いワゴンに行くよう指示したのだろうか。
「犯人は本当はわたしを誘拐するつもりだったとか?」
亜智とひとみは考え込んでしまった。
ひとみとマリアは外見がそっくりだという。犯人は間違えてマリアを誘拐してしまい、
ひとみと引き換えにマリアを解放すると言った、と考えるのが自然だろう。
そうだとすると、マリアでなくひとみを誘拐する理由がわからない。
ただ単に身代金が目的なら、誘拐するのはどちらでもいいはずだ。
ひとみを誘拐する理由を亜智は考えた。
「ひとみの方が姉ちゃんよりイケてるとか?」
「そんな……わたしなんか、姉と比べたら、とてもとても……」
ひとみは自信なさそうに言った。
御法川は柳下を見つけて声をかけた。
「あんたが主催者か?即売会はいつ始まるんだ?」
そして数分後。
「おおお待たせしました!」
タマが即売会場に駆け込んできた。
タマは舞台裏に回って、柳下と段取りを打ち合わせした。
壇上で手品をしていたチリだったが、いつの間にかジュース早飲みを披露していた。
チリは汗を大量にかきながら舞台裏に来た。
- 81 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:19:35 ID:Jq40Cgdx0
- 13:30
即売会がスタートした。タマが商品の説明をして、チリが試飲してみる、そういう段取りだ。
以外にも客の反応がよかった。チリがバーニング・ハンマーを飲む。だが、汗が1滴も出ない。
「そりゃ、あれだけ汗かいた後だからね」
「えっ、なんで?」
「あんたが100円ショップでもたもたしてるからだよ」
チリが怒鳴った。
「ち、違うんです。これは貴重な商品で100円ショップでしか売ってなくて……」
タマの言葉に驚いた柳下が裏から出てきて言う。
「ダメだよ、タマくん!本当のことバラしたら売れなくなるじゃないの」
言った後に気付いてももう遅い。
「100円ショップですって!?」
「そんなもの売りつける気?」
「冗談じゃないわよ!!」
客席は騒然。タマは客たちにもみくちゃにされた。
御法川は客を取材しようと思ったが、会場を出ようとする客たちの波に飲みこまれ、
会場を出てしまった。
加納は笹野に電話した。
「そっちはどうです?無事に連行出来ましたか?」
「あぁ、タリクの連行は建野さんに任せたぞ。さっき、署の近くで会ったんだ。
大沢ひとみを見失っちまったんで、署に戻るところだったらしい」
13:35
客たちが出て行った後の即売会場。柳下は床に座り込んでいた。
「社長、バイト代……は無理か。だったら現物支給で」
チリはバーニング・ハンマーのダンボールを持って去っていった。
タマと柳下だけになった。柳下はまだたそがれている。
柳下の背中にタマは言った。
「あのねぇ、自分だけが不幸なんて思ったら大間違いですよ。
言っときますけど、わたしなんか、記憶がないんですから!」
「じゃあ、タマっていうのは?」
「とっさに思いついた名前を言っただけです。今朝目を覚ましてから前のこと、なにも覚えてないんです。
それに比べたら社長なんかまだマシです」
柳下は財布をとりだすと、2万円を出してタマに渡した。
「さぁ、行きたまえ。その着ぐるみも持って行きなさい」
「それより、大丈夫なんですか?これから」
「君の不幸に比べれば、私なんてまだまだ。もう一度出直してみせるさ。
それでBRIDEファイターのミクちゃんに会いに行くんだ……ウヒヒ!」
タマは心配して損したような気がした。
御法川は即売会場に戻ってきた。会場を出て行くタマとすれ違った。
「5分でいい、取材させてくれ。今の心境は?」
柳下に声をかけた。柳下はなにかふっきれたような顔をしていた。
「明日は明日の風が吹く……かな。惚れた女がいましてね、貢いじまって、借金を……。
でも、自分だけが不幸だと思うのはやめました。世の中にはもっと大変な思いをしてる人、いますよね」
- 82 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:20:29 ID:Jq40Cgdx0
- 13:40
大沢はパソコンの前に座り、いつも行く[[ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)]]にアクセスした。
40歳以上の、上木彩矢のファンによるコミュニティ、<AyaNET>だ。
AyaNETの掲示板に書き込みした。
「仲直りしないんですか、その、進さんでしたっけ」
長い沈黙の後、ひとみは亜智に言った。
「それは……無理だろうなぁ。自分で進んでヘッドになったわけじゃねーんだけど、
それでも、おれが抜けることでKOKがバラバラになっちまったら……。
そこで考えたんだ。おれがいなくても、結束する方法をさ」
亜智はKOKを抜けるとき、わざと進に憎まれるようなことを言ったのだった。
自分が憎まれることで、KOKは一つにまとまるだろう。
「あいつらとまたいっしょに街をつるんで……って、そう思うこともあるよ」
亜智の話は続く。
「でも、鈴音が治んなきゃ、それもありえねー。
鈴音が治るには、心臓移植が必要なんだ。ちくしょー、おれの心臓をやれるんならやりてーよ」
ひとみには言わなかったが、鈴音は[[ボンベイ型]]という特殊な血液型で、
それがさらに心臓移植を難しいものにしていた。血液型が同じでなければ、心臓移植は出来ない。
13:45
ジャックと加納が乗った車はようやく動き出した。
「おい、前を見ろ!」
先ほど捕まえたばかりのタリクが一人で歩いている。手錠もしていない。
タリクは人ごみに紛れた。見失ってしまった。
「タリクは連行されたんじゃない。建野が意図的に逃がした。そうとしか考えられないだろう」
ジャックはそう言うが加納にはにわかに信じられなかった。
「絶対理由があるんだ。建野さんはなにかを掴んでる……」
- 83 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:21:18 ID:Jq40Cgdx0
- 13:50
御法川はロートレックに戻って、執筆を再開した。
「なんだ、この店は。ろくな雑誌を置いていないな」
静夫が『噂の大将』に悪態をついていた。
御法川は千晶に電話をかけてみることにした。
「進み具合はどうだ」
『わたし、なんとか話を聞けました!これもミノさんのお陰です』
「それじゃ編集部に戻って記事にまとめてくれ。こっちも出来次第すぐメールする。
[[DTP]]でレイアウトに流し込んでくれ」
『了解です』
13:55
倉庫の鍵を壊して、杖の男が中に入ってきた。
亜智とひとみが潜んでいる場所にはまだ気付いてないようだった。
杖の男は携帯電話で誰かと話している。
「たしかにこの倉庫だな」
亜智とひとみは、杖の男に見つからないように倉庫を出て、走った。
裏路地を走っていると、行く手を外国人の男にふさがれた。手にはナイフを持っている。
「やるしかねーのか……」
亜智が身構える。
そのとき目の前に小柄な外国人の少女が現れて、男に手刀を食らわせた。
ひとみが少女を見て小さく呟いた。
「……カナン」
大沢はキッチンで遅い昼食をとっていた。田中が大沢の側にやってきた。
「ひとみさんからメールが来ました」
『姉さんは渋谷のどこかで、青いワゴンに監禁されているようです。
わたしはまだ男に追われていて、なかなかワゴンを探せません』
田中は青いワゴンを探してみると言って、家を出ようとした。
入れ替わりに電子音が近づいてきた。詰めている刑事の一人だった。
「今、私の盗聴探知機が反応しました。間違いありません。田中さんには盗聴器がついています」
タマは再び雑貨屋に行った。
「このネックレス、ください。……あっ、お財布、この中なんです」
着ぐるみを脱がなければ財布が取り出せないことに気が付いた。
「それ、脱げばいいんじゃない?もうボロボロだし」
ファスナーが外れそうになっている。これならなんとか脱ぐことが出来そうだ。
着ぐるみを脱いだ彼女の顔は、ひとみとそっくりだった。
To Be Continued
- 84 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:58:20 ID:Jq40Cgdx0
- 14:00-15:00
14:00
[[富ヶ谷]]の雑居ビルに犯罪者グループのアジトはあった。
ジャックと加納が中に踏み込む。そこには血溜りが広がっていて、
死体が10体ほど転がっていた。それはアタッシュケースをリレーしていた面々だった。
みんなナイフでひと突きにされているようだった。
かろうじて生きている男がいた。そいつは『カナン』と呟いて息絶えた。
「カナンってなんだ?」
加納はジャックに訊ねた。
「カナンというのは中東の工作員の名前だ。暗号解読のスペシャリストだ。
ここの連中は恐らくカナンに殺されたのだろう」
テーブルの上に地図が載っていた。その地図にはアタッシュケースのリレーの指示が書き込まれていた。
ゴールはどうやら[[広尾]]のマンションの一室らしい。そこに『14:20』という時刻が書き添えられていた。
加納は得た情報を本部に報告した。
「お前は……ひとみだな?」
「はい。カナンさんですよね。姉から聞いてます。外国人の友人で、すごい子がいるって」
亜智の目の前に飛び出してきた、ダークブラウンの髪を長く伸ばした少女を、ひとみはカナンと呼んだ。
「お前の姉、マリアが誘拐されたのは、私の責任だ。だから必ず私が助ける」
カナンはそう言って、亜智とひとみに背を向けた。
「教えてください!!姉はどうして誘拐されたんですか?」
「15時に[[GiGO]]とかいうビルの前に来い。説明はその後だ」
ネコの着ぐるみの中に入っていたのはマリアだった。
だが、マリア自身は記憶喪失のため、自分が何者なのかがわからない。
「ネックレス、3万円でいいよ。どうやら、服を買わないといけないみたいだし」
雑貨屋はマリアが着ている黄色いセーターを指差した。腕のところがいつの間にか破けていた。
玄関の方へ去ろうとする田中に刑事が飛びかかった。
刑事は盗聴探知機で田中の身体を調べる。ネクタイピンが盗聴器になっていた。
「これをどこで手に入れたんですか」
「わたしがあげたのよ」
2階から下りてきた愛がそう言った。大沢は愕然とした。
「き、君が盗聴していたのか」
「ふん。なにも聞こえやしなかったわ。やっぱり安物は駄目ね」
愛は先ほど外出したときに盗聴器を買ってきたのだという。
途中で愛が立ち寄ったロートレックの店内でも、御法川の盗聴探知機が反応していた。
「田中さん、さっき誰かにメールしてたでしょ。わたし、窓から見たのよ」
愛は田中が犯人と連絡を取っていると思って盗聴器をしかけたらしい。
田中がメールした相手はひとみだ。愛に知られたら面倒なことになるかもしれない。
大沢はとっさに田中をかばった。田中は大沢邸を出て行った。
- 85 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 16:59:07 ID:Jq40Cgdx0
- 14:05
マリアの胸には琥珀のような飾りのついたネックレスが揺れていた。
新しい服を買いに、渋谷GiGOの中へ入った。
渋谷GiGOはファッションビルだ。地下2階から1階がゲームセンター。
2階はレディースファッションとプリクラコーナーが半々。
3階はファッションの店が並ぶ。4階はレストラン街だ。
(渋谷GiGOは実在しますが4階まで全てゲームセンターです)
マリアは2階に行った。頭山がやってきてマリアに話しかけた。
「あのう、すいません。10歳ぐらいの女の子、見ませんでした?花っていうんです」
頭山は花とはぐれてしまったらしい。
マリアが知らないと言うと、頭山はがっかりした様子で去っていった。
亜智とひとみはカナンと別れて、裏路地を出た。
「こんな状況でなんだけど……腹減らない?」
そこはファストフード店の前だった。ひとみは食欲がないらしかったが、
亜智はなんとかなだめすかした。
亜智はミートソーススパゲッティ、ひとみはいちごパフェを注文し、席に着いた。
「姉は本当にすごいんです。あのカナンって子とは、父と中東を旅行したときに
知り合ったらしいんです。中東を旅行なんて、わたしには真似できないくらいの行動力です」
席に着くなり、ひとみが言った。
「いやいや、ひとみはひとみ、姉ちゃんは姉ちゃんだ」
「リーランド先生と同じことを言うんですね」
リーランドはひとみが通う緑山学院大学の英語講師だ。
「あれ、大沢ひとみじゃね?やっぱかわいいよな。だってミスキャンパスだぜ?」
亜智の背後の席からそんな声がする。
「ミスキャンパスだって?ホントなのか」
亜智は興奮したように聞いた。
「えぇ、まあ。自分を変えてみたいなら応募してみるべきだってリーランド先生が……。
でも結局は、姉とのダブル受賞だったんです。たまたま姉も応募してて。
……双子で受賞という話題作りのために、わたしは姉のついでに選ばれたんです」
自虐的なひとみの発言に、亜智は励ますように言った。
「なんつーか、もっと自信持っていいんじゃねーの?」
「わたし、駄目な人間なんです。こんな自分が嫌です。許せないんです。
昨日、パーティーに行く前、姉さんと喧嘩して……。パーティーの後で謝ろうと思ってました」
だが、マリアは誘拐されてしまった。
「おれはあのカナンって子ほど強くはねぇが、姉ちゃんを助けるの、最後まで協力させてくれ」
亜智の言葉にひとみはうなずいた。
ロートレックにいる御法川。
静夫が『噂の大将』が低俗だ、インチキだと文句を言っている。
「オレのどこがインチキだ!」
御法川と静夫は喧嘩を始めてしまった。
- 86 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:01:37 ID:Jq40Cgdx0
- 14:10
「あれ、社長?」
マリアは2階のプリクラの前で柳下に出くわした。柳下は『噂の大将』を持っていた。
「あ、タマくん、着ぐるみから出られたの?……しっ!静かに。奴が来た!」
チンピラ二人組が柳下を追ってやってきていた。
マリアと柳下はプリクラの中に入ってやり過ごした。
大沢は書斎に戻った。AyaNETが開いたままになっていた。
大沢の書き込みにレスがついている。プリティーハニーというハンドルだった。
プリティーハニーは自称19歳の女子大生だ。
AyaNETは名目上40歳以上限定ということになっているが、実際は何歳でも登録できる。
プリティーハニーの書き込みには若い子らしい顔文字が踊っている。
『ところでAya占いってやったことある?下のリンクから行けるよ(*^o^*)』
大沢はAya占いをやってみることにした。生年月日を入力する。
『あなたは【仕事人間タイプ】。周囲の献身的な支えがないと生きていけないのに、
それに気づかないまま毎日を過ごしていませんか?自分の力だけで上手くいってると思ったら大間違い。
周囲への無関心を改善しないと、周囲から手痛い報復が待っているかも』
大沢は痛いところを突かれて不快な気分になってきた。プリティーハニーにレスを返しておく。
加納の無線機に連絡が入る。
アタッシュケースリレーのゴール地点はマンションの一室だった。
『その部屋の持ち主の名前は、田中護。大沢賢治の同僚だ。
14時過ぎに田中は大沢邸を離れている。その後の消息は不明』
「あとは建野さんの消息さえわかれば……」
加納は呟いた。
「まだ裏切者の心配をしているのか?」
ジャックの言葉に、加納は言い返した。
「お前がどう思ってもいい。おれは建野さんを信じている」
「その根拠は?」
「人を信じるのに根拠がいるのかよ!」
「仲間だろうと他人は他人。信じられるのは自分だけだ。
加納、全てを疑え。そうでなければ命を落とす」
- 87 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:10:50 ID:Jq40Cgdx0
- 14:15
執筆中の御法川に、留美が声をかけてきた。
「すみませんでした。うちの父が……」
留美は御法川に、加納を待つためにロートレックにいることを簡単に説明した。
御法川は思った。留美は相当の美人だ。ビシッと留美を指差して言う。
「君はミスキャンパスに選ばれた美人双子姉妹のひとりだろ!」
「いいえ、ちがいますけど。でも、その姉妹なら会ったことありますよ。
実はわたし、数年前のミスキャンで、今年は審査員をやってたんです。
そのときに少し話をしました。彼女たち、[[二卵性双生児]]なんですって」
御法川は留美からマリアとひとみは松涛に住んでいるという情報を聞き出した。
店の電話帳を借りて松涛にある大沢邸の住所を調べた。
約束の時間よりも早かったが、亜智とひとみは渋谷GiGOにやってきた
「あれ?そこ破けてるぞ」
ひとみの着ているカーディガンの肩口が破れていた。
「まだ時間があるし、ついでに洋服でも買ってくるか」
二人は2階のレディースファッションのフロアに行った。
「いやー、タマくん、さっきは危なかったねー」
柳下がマリアと間違えてひとみに声をかけた。
「なんだこのおっさん、知り合い?」
「知らない人です」
「タマくん、そりゃないだろー……やばっ!」
柳下は突然声を上げると逃げていった。
「んじゃ、ひとみ、おれこの辺で待ってるわ」
ひとみは店の奥に消えていった。
大沢と愛はリビングに呼び集められた。
刑事が口を開く。
「犯人グループのアジトが確認できました。そのアジトと思われる場所は、広尾のマンションでした。
その持ち主が田中護さんです」
「嘘よ!なに言ってんのよ!田中さんが誘拐犯人だって言うの!そんな証拠がどこにあるのよ!」
愛が刑事に詰め寄った。
- 88 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:11:56 ID:Jq40Cgdx0
- 14:20
ひとみを待っている亜智。
振り向くと、マリアが上りエスカレーターに乗っているのが見えた。
亜智はマリアをひとみと間違えて、追いかけた。
田中のマンションの前に着いた加納とジャック。
アタッシュケースを持っている男を加納が確保する。
ジャックはアタッシュケースを開いて中身を確認した。ちゃんと身代金が入っていた。
細工をされたり中身をすりかえられた様子は無い。
「これは囮……だとすると、どこに……」
捜査員が田中のマンションに踏み込んだが、誰もいなかったという。
ジャックは、ひとみは身代金の他に、例の抗ウイルス剤を持たされていて、
犯人はハチ公前で抗ウイルス剤を回収するつもりだったのではないかと推理していたらしい。
アタッシュケースに入ってないということは、ひとみがまだ抗ウイルス剤を持っているのかもしれないとのこと。
加納は大沢に確認をとることにした。大沢邸に詰めている刑事に連絡し、大沢に代わってもらう。
「時間が無いので単刀直入に聞きます。抗ウイルス剤をひとみさんに持たせましたか?」
大沢の心臓が跳ね上がった。
「質問の意味が解らん」
大沢はとぼけることにしたが、加納には大沢が図星を突かれたらしいことがわかった。
「犯人グループの本当の狙いはひとみさんだったんです」
大沢はショックのあまり答えることが出来ずに、電話を切った。
大沢は考えた。ひとみが狙われる理由は一つしかない。
4月22日、大沢が研究所にいるときに電話がかかってきた。
『大沢賢治だな。ひとみの血液を調べてみろ。調べなければ、ひとみは死ぬ』
言われた通りひとみの血液を調べてみて、大沢は我が目を疑った。
ひとみはウーア・ウイルスに感染していたのだ。
ひとみを助けるには、抗ウイルス剤を投与するしか方法が無い。
私用で抗ウイルス剤を使うのは重大な服務規程違反だが、止む終えない。
もう一つ問題がある。抗ウイルス剤の保管区域の指紋認証をパスしなければならない。
田中に協力を頼むと、あっさりと承諾した。
大沢と田中はひとみを保管区域に連れて行き、抗ウイルス剤を投与した。
DDSによって副作用は大幅に抑えられていた。数時間後には、ひとみの体内のウーア・ウイルスは死滅した。
DDSは一週間ほど体内に残っている。まだひとみの体内にはDDSがあるはずだ。
DDSの殻の中には、ごく微量の抗ウイルス剤が残っている。
ひとみの血液を採取して分析すれば、抗ウイルス剤を複製することも可能だろう。
きっと誘拐犯は、ひとみの体内を器にして抗ウイルス剤を外に持ち出す方法を考えたのだ。
大沢が抗ウイルス剤を投与すると踏んで、ひとみにウーア・ウイルスを感染させた。
田中を犯人だと思えば、指紋認証に協力的だったのも納得が行く。
田中のことはパートナーとしてずっと信頼してきたのに。大沢は頭を抱えた。
- 89 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:12:43 ID:Jq40Cgdx0
- 14:25
マリアを追いかけて、亜智は4階まで登ってきてしまった。
そこには興奮した様子で電話をしている田中がいた。
「話が違う!ロック解除までだ。外に出るためのリスクも考えてくれ。とにかくワゴンまではなんとかする」
亜智はワゴンという単語に反応したが、関係ないと思って立ち去った。
窓の外を見てみると、外国人の男たちがビルの前にいるのが見えた。
まさか、この中にひとみがいることを気づかれたのだろうか。
そう思った亜智は必死でひとみを探した。
3階の店で気に入ったシャツを見つけたマリア。
早速買って着替えた。
14:30
亜智は3階に下りてきた。マリアがいた。
「こっちかよ。まあいいや。とにかく隠れるぞ」
マリアをひとみと勘違いしている亜智はそう言って、マリアの手を引いた。
「ちょ、ちょっと困ります!」
マリアは逃げていった。
下りのエスカレーターに乗ろうとしたマリアに柳下が声をかけてきた。
「タマくんじゃない。なんたる偶然。あれ?さっきの彼氏は?」
彼氏とは亜智のことを言っているのだが当然マリアにはわからない。
「ちょうどよかった。さっき渡した雑誌、返してくれる?」
「話がわからないんですけど」
「意地悪しないでよ~」
エレベーターからチンピラが降りてきた。
「ひいっ、助けてくれ~!」
柳下は逃げようとしたがチンピラに捕らえられ、エレベーターに押し込まれた。
マリアも巻き込まれてエレベーターに乗せられた。エレベーターは1階で止まった。
扉が開くと、頭山がいた。
「頭山!」
チンピラは柳下を放って頭山を追いかけた。柳下は逃げ出した。
御法川はタクシーで松涛の大沢邸にやってきた。インターホンを押す。
「大沢さん、お客様です」
大沢はインターホンを見た。門の前に御法川が尊大な態度で立っている。
『オレは御法川だ。このオレが取材に来てるんだから、門を開けろ』
「取材?」
『ああ、そうだ。月刊『噂の大将』の企画だ』
大沢は愛の部屋で見た政略結婚の記事を思い出した。
「お前か!あんな記事を書いたのは」
大沢はインターホンを切ったが、御法川は門の前で喚き続けている。
うるさいので大沢は門のところに行った。門越しに大沢と御法川は向かい合った。
「名刺をもらっておこう。あとで連絡する」
- 90 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:14:25 ID:Jq40Cgdx0
- 14:35
書斎に戻った大沢はゴミ箱に御法川の名刺を捨てた。
先ほどのAya占いの結果を思い出す。
「無関心か……」
田中に裏切られたのではない。田中に無関心すぎたのだ、と大沢は思った。
田中に電話してみることにした。
『どうしました?』
「た、田中、今、どこにいるんだ?マリアは無事なのか?警察から聞いたんだ。
君が誘拐事件に関わっているって……」
田中は落ち着き払った様子で言った。
『さすが、警察は優秀ですね』
「どうしてこんなことを?」
『あなたにはわからないでしょう。私が今までどんな思いで研究に携わってきたのか。
表舞台に出て行くのはいつもあなただ。私がいなければなにも出来ないというのに。
あなたはいろんなものを独り占めしてきた。そのいくつかを返してもらいます』
それだけ言うと電話は切れた。
御法川は待たせてあったタクシーに乗り、[[桜町]]にある劇団『迷天使』の劇場にやってきた。
『転落人生』の取材だ。『迷天使』の団長、大洗(おおあらい)は、人気放送作家だったが、
今は劇団をやっている。
急いで来たが約束の時間には遅れてしまった。大洗の機嫌を損ねてしまい、取材させてやらないと言われた。
「あんたはテレビに受け入れられかったんだろ。だけど、芸術家としてのプライドを保つために芝居をやってる。
ただそれだけの男だ」
御法川はわざと挑発的なことを言った。
「わかったようなことをぬかすな!俺は芝居に人生懸けてんだ。確かに芝居はテレビよりマイナーだ。
でも、その代わりに手応えがある。こんなこと、テレビではあり得ない」
大洗は放送作家時代の苦悩を語り始めた。
- 91 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:17:43 ID:Jq40Cgdx0
- 14:45
「ターマーくん!それ、まだ持ってたんだね」
柳下がひとみに声をかけた。柳下はひとみが持っていた『噂の大将』をひったくった。
そこへ頭山が現れて『噂の大将』を奪おうとした。
柳下と頭山は揉み合いになりながら行ってしまった。
14:50
大沢は考えた。あのネクタイピン。
大沢は愛からネクタイピンなどもらったことなどない。まさか……。
『噂の大将』の記事が脳裏に蘇ってきた。あの記事には、愛には結婚前に付き合っていた男がいたと書かれていた。
もしその相手が田中だったとしたら?田中と愛の関係を調べる必要がある。
大沢はゴミ箱から御法川の名刺を拾った。
御法川……この男に賭けるしかない。
御法川の取材は、約束した通りぴったり15分で終わった。
「一人の男の生き様を聞かせてもらった。お陰でいい取材が出来た。感謝する」
御法川は大洗とがっちり握手を交わすと、劇場を後にした。
携帯に電話がかかってきた。
『大沢だが、君に頼みたいことがある。金ならいくらでも払う』
思ったより早く大沢から連絡があったので御法川は驚いた。
「わかった。聞かせてくれ」
大沢は、以前『噂の大将』に載った大沢に関するスキャンダル記事のことを調べてほしいという。
「それがそんなに大事なことなのか?」
『詳しいことは言えないが、世界のパワーバランスが変わる可能性がある』
御法川は思った。ときに、真実というのは現実感が無く馬鹿馬鹿しい姿をしているものだと。
「いいだろう。調べてみる」
1階にやってきた亜智とひとみ。正面玄関には杖の男が待ち構えていた。
杖の男に見つからずにビルを出ることは出来ない。
マリアは花を捜してみたが見つからない。もしかしたら、もう家に帰ったのかもしれないとマリアは思った。
ぐったりとベンチに座り込んだマリア。ふいに、喉に冷たいものが当てられた。
「騒ぐと喉を切る」
外国人二人に脇を掴まれて、マリアはビルの外へと連れて行かれた。
杖の男は連れて行かれるマリアを追ってビルを出て行った。
亜智とひとみは安全にビルを出ることができた。
- 92 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:19:02 ID:Jq40Cgdx0
- 14:55
ビルの谷間の人気の無い場所に連れてこられたマリア。
マリアを追いかけてきた杖の男が拳銃を抜いて言った。
「そいつを放せ」
マリアを捕まえていた外国人たちは逃げていった。
杖の男は拳銃を構えたままでマリアに言った。
「あの男はいないようだな。大沢ひとみ、おまえに罪は無い」
渋谷署のモニター室でじっとモニターを見つめる加納。
ようやく円山町にいるタリクを発見した。少し離れたところに笹山がいる。
『こちら笹山。[[マル被]]を確認。確保します』
タリクの隙を突いて笹山が飛びかかった。タリクを押さえ込み手錠を取り出す。
「ジャック、俺たちも現場に行こう」
加納がモニターから一瞬目を離したときだった。
笹山はタリクを押さえていた手を離した。タリクは逃げ出した。
仰向けに倒れた笹山の腹にはナイフが突き立っていた。
「笹山さん!!」
加納はモニター室を飛び出した。
To Be Continued
- 93 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:47:11 ID:Jq40Cgdx0
- 15:00-16:00
15:00
さっさと記事を書かなければ。御法川は走った。
「あっ!!」
そうだ、遠藤大介とドライアイスマシンが欠陥品だと伝える約束をしていたのだった。
だが、これから戻っては10分のロスになる。結局戻らないことに決めた。
『迷天使』のメンバーに心の中で詫びた。
「ジャストだな。いい心がけだ」
時間通りにカナンとの待ち合わせ場所に着くことが出来た亜智とひとみ。
「どうして姉は誘拐されたんですか」
ひとみの問いにカナンは答える。
「マリアは君の代わりに誘拐された。奴の目的は、マリアではなく、ひとみだ」
「だから、奴ってだれ?」
「この事件の黒幕だ。奴は、性別、年齢、容姿……存在のほとんどが謎に包まれている。説明のしようが無い。
奴は私にとって仇でもある。奴には相棒を殺された。
4日前、私はマリアと接触し、君がパーティ会場で襲われることを伝えた。
マリアに、君に渡すようにと小型の[[GPS]]を持たせたのだが、今はマリアが持っているようだな。
GPSはマリアが誘拐されてから一度も電源が入っていない」
「なんだよ、結局ひとみの姉ちゃんの居場所は、あんたでもわからねぇってことか」
「奴の狙いが君である以上、もう街をうろつかない方がいい」
しかしひとみはきっぱりと言った。
「いえ、わたしは青いワゴンを探します」
「せいぜい気をつけることだ」
カナンは裏路地の奥に消えていった。
「そっか、親父の監視カメラを使えば、ワゴンを探すのも楽じゃねーか」
亜智とひとみは商店街にある監視カメラのモニター室に向かった。
「悪く思うな、大沢ひとみ」
杖の男は銃口をマリアに向けて言った。
「ちょっと待ってよ!わたしの名前って、大沢ひとみなの?」
「どういう意味だ」
「わたしは自分が誰なのかわからないんです」
マリアは今朝目を覚まして以降のことを杖の男に説明した。
「なるほど。そういうことか」
「それで、わたしは大沢ひとみなんですか?」
「違う」
杖の男はマリアを放っておいて考え込んでしまった。
- 94 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:49:16 ID:Jq40Cgdx0
- 15:05
御法川はロートレックに着いた。執筆を始めようとノートパソコンを取り出す。
柳下が入店してきて、御法川のパソコンに目を留め、横から覗き込んできた。
バーニング・ハンマーの即売会のことが酷く書かれていた。
「こんなもの、書かれてたまるか!!」
柳下はパソコンをひったくって店を出て行った。
15:10
加納とジャックは笹山が刺された円山町の現場に到着した。
加納は笹山に駆け寄る。
「油断しちまったよ……」
「笹山さん、喋らないでください!」
救急隊が到着し、笹山を搬送していった。
タリクは他の捜査員によって確保され、渋谷署へ連行されていった。
- 95 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 17:51:04 ID:Jq40Cgdx0
- 15:15
監視カメラのモニター室に着いた亜智とひとみ。
「この監視システム、実は親父が作ったんだ」
「すごいお父さんなんですね」
「なんか、大学をトップで卒業したらしいけど、お袋と結婚するために電気屋を継いだって言ってたな」
「素敵な話ですね」
「でも、お袋はおれが4歳のときに死んじまった」
なんだか暗い空気になってしまった。気を取り直すようにディスプレイを見る。
ディスプレイには4分割された渋谷の街並みが映っている。
その一つに、パソコンを持って逃げている柳下が見える。柳下がディスプレイから消えても、
監視カメラを切り替えれば、どこまでも柳下の姿を捉えることが出来る。
「けどよぉ、これさえあれば、いくら逃げても無駄だよな」
逃げる柳下を追いかける御法川。
「オレのパソコンをどうする気だ」
「申し訳ないが、売る!名誉毀損による慰謝料だと思ってくれ」
柳下はそう言うが、まだ雑誌に載っていないので名誉毀損にはならない。
センター街で柳下を見失ってしまった。
数時間前ミクとぶつかったあの雑貨屋の看板にはパソコンを買い取ると書いてあったと、柳下は思い出した。
ビンゴだ。雑貨屋に入ると、柳下が店の主人と交渉しているところだった。
「ですから、電源コードもないようなパソコンを買い取るわけにはいきませんってば」
主人は買取を断ろうとしていた。
「そのパソコンはオレのもんだ!返せ!!」
御法川がそう叫んだとき、店に誰かが入ってきた。
「オーマイエンジェル!愛しのミクちゃんがなぜここに!」
柳下はパソコンを放ってミクに擦り寄った。
「御法川さん……」
ミクは半べそをかいている。
「わたし、負けたんです。合気柔術やってる女の子に」
ミクは御法川の胸に飛び込んだ。
「ふ、不純だー!!」
柳下は店を飛び出した。
「御法川さん、合気柔術の道場、教えてください」
「悪い。今はそれどころじゃないんだ」
御法川が断ると、ミクは走り去った。
『青いワゴンを発見![[神南]]一丁目[[公園通り]]』
加納とジャックは無線を聞き、公園通りへ走った。
- 96 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:20:18 ID:Jq40Cgdx0
- 15:20
杖の男の注意はマリアから完全に逸れている。逃げ出そうかどうしようかマリアは迷っていた。
「ターマーくーん!」
そこへ柳下がやってきた。杖の男は去っていった。
「一攫千金の方法が見つかったんだよ!それにはチリくんの協力が不可欠なんだよ。
もしチリくんを見かけたら、私に連絡するよう伝えてくれ」
「はぁ、わかりました」
「頼んだよ!アディオース!」
柳下は慌しく去っていった。
路上に取り残されたマリア。ふと手帳が落ちているのを見つけた。
杖の男が落としたものらしい。マリアは拾って中身をみてみた。
最後のページに写真が挟んであった。
高校生ぐらいの男二人と女一人が、中むつまじそうに写っていた。
”世界はそれ~でも~♪”
モニター室に着信音が響く。
「あっ、田中さんからメールです」
「そうかよ」
亜智はつっけんどんに言った。
「亜智さん!田中さんが青いワゴンを見つけたそうです」
田中が言うには、青いワゴンは神南方面に走っていったという。
しかも、ワゴンの中にはやはり人が乗っているらしいとのことだ。
もしかしたら、マリアが乗せられているのかも知れない。
監視カメラを切り替えると、たしかに青いワゴンが映っている。
15:25
パソコンを取り返して雑貨屋を出た御法川。
時計を見る。残された時間は少ない。早く執筆をしなければ。でも……。
「あん畜生、このままじゃ仕事が手につかん」
御法川はミクを捜すために走り出した。
あてども無く街を歩くマリア。[[スペイン坂]]で花を見つけた。
マリアは花に声をかけようとしたが、花は無視して行ってしまった。
マリアはを追いかけた。スペイン坂から公園通りへと出たところで、頭山が花を見つけた。
頭山と花は仲良く喧嘩しながら去っていった。
- 97 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:21:00 ID:Jq40Cgdx0
- 15:30
亜智とひとみは走った。駅前を左折し、[[西武百貨店]]の前を駆け抜ける。
公園通りに青いワゴンが止まっているのが見えた。
その頃、ミクを捜している御法川も公園通りにやってきた。
迂闊に近づくのは危険だ。亜智は足を止めたが、ひとみはワゴンに向かって駆けて行く。
「ひとみ、待て!!」
亜智は叫んだが、ひとみは止まらず、ワゴンの窓ガラスに顔を近づけた。
ひとみという名に聞き覚えのあった御法川は立ち止まった。確か、美人双子姉妹の一人だ。
彼はワゴンに乗せられていた。縛られてシートに寝かされている。紙袋を頭からかぶせられて、視界が狭い。
起き上がることは出来ないが、かろうじて動く片手を使って携帯電話を取り出し、メールを打つ。
『私はだまされていたあるふあ』
ひとみが窓から中を覗きこんでいる。早くメールを打たなければ。
だが打ち終わる前に、彼の携帯電話に非通知の着信があった。
”世界はそれ~でも~♪”
着メロが鳴り響いた。青いワゴンは爆発した。
爆風で御法川の身体は吹き飛ばされた。
「ひ、ひとみ!!」
亜智は必死になってひとみを捜した。炎上するワゴンから少し離れたところに、ひとみは倒れていた。
その側にはカナンが倒れている。どうやらカナンがひとみを助けてくれたらしい。
亜智はひとみを抱き起こした。
「ひとみ!しっかりしろ!大丈夫か?ケガは?」
ひとみの首筋に血が滲んでいる。指でぬぐうと、それ以上血は出なかった。
他にはケガをしているところはないようだった。
亜智が去ろうとすると、カナンが起き上がって言った。
「待て。ひとつだけ教えておきたい。この事件の黒幕の名前は、アルファルドだ」
亜智はひとみを抱きかかえてその場を離れた。
加納とジャックはようやく現場に着いた。燃えているワゴンの中に黒焦げの遺体が見える。
ワゴンの爆発というと、2年前の<霞ヶ関バイオテロ未遂事件>が思い出された。
ミクが救助活動をしていた。
「警察です。後は任せて」
ミクを行かせようとした。ミクは、カナンが怪我しているらしいことを告げると去っていった。
野次馬が集まってきている。
「駄目だ!これ以上近づくな」
御法川は、ワゴンに近づこうとする野次馬を押し戻した。
野次馬の中にKOKのメンバーの若者がいて、なにやら言い争っていた。
これは『伝説のチーム』の情報が手に入ると思い、御法川は声をかけた。
「今、KOKの溜り場ってどこなんだ」
「あ?今は[[裏原宿]]の<インフェルノ>っつうとこですね。あ、やべっ」
喋り過ぎたと思ったのか、若者はその場から走り去った。
- 98 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:23:14 ID:Jq40Cgdx0
- 15:35
マリアは炎上するワゴンを見た。その熱気はマリアの記憶を呼び覚ました。
乾いた砂の匂い。焼けた風が髪をさらう。遠い異国の地で、
マリアは少女にあやとりを教えていた。
『カナン……この子はカナン……』
「ちょっとお話聞かせてもらえませんか?」
加納がやってきて、御法川に声をかけた。
「爆発の前に、なにか変わったことがありませんでした?」
「そういえば、携帯の着信音が聞こえたな。いや、着信音なんて街にあふれてるか。忘れてくれ」
「ご協力、感謝します」
加納はジャックの元へと行った。ジャックは気絶しているカナンを見て言った。
「この子は私が車で病院に連れて行く。少々聞きたいことがある」
「御法川さん」
振り向くと、充血して目が赤いミクがいた。
「ミク……。大丈夫か?ケガは?」
ケガはないらいしい。御法川は電話番号を書いたメモをミクに渡した。
「後で連絡してくれ。合気柔術の道場なら、いくつか知ってる」
ミクは笑顔で去っていった。
15:40
ジャックは携帯でしばらく話をしていた。電話を切ってから、
加納とジャックは裏路地に入っていった。その二人を見ていた御法川。
スクープの予感がした。御法川は素早くビルに入ってトイレに行った。
窓を開けると、小さくではあるが加納とジャックの話し声が聞こえる。
「今の電話はゴードンという私の上司からだ。
今回の事件の黒幕……例の国際的犯罪者が、こちらサイドに連絡してきた。
奴らは、8時間ほど前に、大沢マリアにウーア・ウイルスを感染させた。
その上で、彼女を渋谷のどこかに放ったらしい。
ウーア・ウイルスの潜伏期間は12時間。あと4時間で大沢マリアは発症する。
発症後、大沢マリアはウイルスをばら撒くようになる。
発症する前に、大沢賢治の抗ウイルス剤を投与しなければ、渋谷は死の街になる」
そこでトイレに柳下が駆け込んできた。物音に気づいた加納とジャックは場所を変えることにした。
途中までしか聞けなかったが、ネタにするには十分だ。御法川は編集部に戻ることにした。
加納とジャックは周りになにも無い空き地に場所を移した。
「マリアの保護は急務だ。今回の誘拐事件の黒幕は、アルファルドという武器商人だ。
<シカゴ市ホテル爆破テロ>、霞ヶ関バイオテロ未遂事件、全て奴が関わっている」
ジャックはこれから加納と別行動を取るという。
「また会おう。生きていれば」
マリアはカナンのことを思い出した。
マリアにはやらなければならないことがあった。それをやらないと、カナンが危険な目に遭う。
「落ち着け、わたし。落ち着け……」
物思いにふけるマリアの背中に拳銃が突きつけられた。杖の男だ。
「動くな。俺は落ち着いて考えてみた。大沢ひとみを釣り上げるにはどうすればいいのか。
お前を餌にすればいい」
- 99 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:23:54 ID:Jq40Cgdx0
- 15:45
『全捜査員に告ぐ。誘拐事件の捜査は現時点をもって中断する。事件はもう単なる誘拐事件ではなくなった』
加納はその無線連絡を信じられない気持ちで聞いていた。
15:50
加納は、危険なので渋谷を離れるよう静夫と留美に言っておこうと思い、ロートレックへと向かった。
留美は席を外していて、静夫が一人で席に座り、ノートパソコンをいじっていた。
誰にも絶対内緒にしていることだが、静夫はプリティーハニーというハンドルで掲示板に書き込みしていた。
加納が席に着くと、静夫はパソコンを脇へ押しやった。
「始めまして、加納慎也といいます。あの……すぐに渋谷を離れてください」
「何の話だ」
「理由は言えません」
「それは事件に関係しているのか」
「そうです」
元刑事の静夫は、事情を察したらしくそれ以上追及しなかった。
「留美よりも仕事が大事か?私も仕事ばかりを優先して、ずっと妻のことを放っておいてしまった。
私は仕事に追われ、妻の死に目に会うことも出来なかった。まったく馬鹿げた話だ。
留美には同じ思いをさせたくないんだよ。だいたいお前はどうして刑事になろうと思ったんだ」
「初めはお義父(とう)さんに気に入られるためだったんです」
「だったら今すぐ辞めることだな」
静夫は馬鹿にしたように言った。だが、加納は毅然と言い返した。
「すみません。それは出来ません」
「お前にとって留美はその程度の存在なのか?」
「俺は留美さんのことが大好きです。留美さんを幸せにしてやりたい。
留美さんのことを思っているとき、俺はすごく気持ちが暖かくなるんです。
そんな気持ちって、誰もが持っていると思うんです」
「刑事として市民の幸せを守りたいというのは立派なことだ。
だからといって、自分の幸せまでないがしろにすることは無い」
「たしかに仰る通りかもしれません。さっき、同僚が刺されました」
「これだから、刑事の仕事っていうのは……」
静夫はため息をついた。
「『守るべきものを見失わない。それが基本だ』。尊敬する先輩刑事の言葉です。
危険な目に遭っている人がいたら助ける。それは刑事としてではない、人間の基本なんです」
「ふん、お前という男がなんとなくわかった。こんなところで油を売っている場合ではないだろ。
いいからさっさと行け」
加納が退席した後、静夫は呟いた。
「守るべきものを見失わない……か。いい先輩に恵まれたな」
御法川の携帯に千晶から電話がかかってきた。
「ミ、ミノさん、大変なんです。公園通りでワゴンが爆発しましたよね?
今、花ちゃんから電話があって、あのワゴンの中で、頭山さんが自殺したって……」
- 100 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:24:35 ID:Jq40Cgdx0
- 15:55
おぼろげながら、加納の頭の中にアルファルドが描いた絵が見えてきた。
無線が入る。
『爆発したワゴン内で発見された被害者の身元がわかった。田中護、40歳。大越製薬勤務』
「あなた、刑事さんたちが呼んでるわ。進展があったそうよ」
書斎に篭っている大沢を愛が呼びにきた。大沢はリビングに向かった。
「たった今、本部から連絡がありました。どうやら、マリアさんは無事のようです。
ただ、マリアさんを保護出来てはいません。……マリアさんはウイルスに感染している模様です。
ウーア・ウイルスというものだそうです」
「感染してから何時間だ」
大沢は聞いてみたが刑事はそこまで知らないと言う。
「もう一つあります。犯人グループが使用していたと思われるワゴンが発見されました。
炎上したワゴンの中から、田中さんの遺体が発見されました」
「いやぁぁ!嘘よ、嘘よ!!」
愛が悲鳴を上げた。大沢も悲鳴を上げたい気分だった。
田中が死んだということは、抗ウイルス剤を取り出す方法がなくなり、
マリアを助ける術もなくなったということだ。
……建野がタリクを逃がしたのが腑に落ちない。
加納は、渋谷署に戻ってタリクから真相を聞きだすことにした。
To Be Continued
- 102 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:30:52 ID:Jq40Cgdx0
- 16:00-17:00
16:00
杖の男に銃を突きつけられながら歩かされているマリア。
雑居ビルの屋上へ出た。
「そこへ座れ」
エアコンの室外機に並んで腰を下ろす杖の男とマリア。
亜智とひとみは公園のベンチに座っていた。
「あのさぁ、ワゴンのことなんだけどさ……」
ひとみは、ワゴンの中を覗いたが、男の人がいただけで、マリアはいなかったと話した。
「姉さんを捜す手がかり、なくなっちゃいました……」
「とりあえず、また監視カメラを使うか。んっ?ここからなら、おれんちの方が近けーな。
親父に頼んで、使わせてもらうか」
亜智は立ち上がった。携帯電話の電源を切りっ放しだったのに気がついて、留守電を確認する。
『遠藤亜智さんの携帯でしょうか?<渋谷中央病院>です。鈴音さんの容態が急変しました。
お兄さんだけでも至急お越しください』
編集部に早く戻らなければならない。でも御法川の足は動かなかった。
「頭山さん……いくらなんでも勝手すぎる。自殺なんて」
今日走り回ったのは一体何のためだったのだろう。
16:05
加納は渋谷署に戻り、取調室に入るなり、タリクに訊ねた。
「お前、建野さんからどうやって逃げた?」
「逃げた?それは違う。あいつが逃がしてくれたんだ」
「嘘をつくな!建野さんがそんなことをするはずが無い!」
タリクはふてぶてしく笑っている。
「おもしろいことを教えてやる。身代金を持っていた女がいただろう。
あいつ、拳銃でその女を殺そうとしていたぜ」
「建野さんは大沢ひとみを護衛する任務だったんだ。そんなでたらめ、信じられるか!」
同僚の刑事は取り乱した加納を廊下に追い出してしまった。
16:10
「これ、あなたのでしょ」
マリアは拾った手帳を杖の男に渡した。
「中の写真、見ちゃいました」
杖の男は身の上話を始めた。
「一緒に写っている二人は、幼馴染だ。ガキのころはいつも一緒でな。
男の方は機械いじりがすきで、いつもラジオやらなにやら分解しては組み立てていた。
女の方は年は同じだが、俺たちの姉貴みたいな感じでな。俺とあいつは彼女のことが好きだった。
高校生の頃、俺と彼女は付き合うようになった。でも、長続きしないで別れたよ」
- 103 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:31:47 ID:Jq40Cgdx0
- 16:20
加納は廊下の椅子に座ってぼんやりしていた。加納の上司がやってきて言った。
「加納、笹山の容態だが、刺し傷は内臓にまで達していたらしい。予断を許さない状況だ」
「そうですか。こんなことになったのも、元はといえば俺のせいです」
独断で行動したことについては何らかの処罰が下されるだろう。
「笹山の件はお前のせいじゃない。自分を責めるな」
「ミノさん!」
なんとかヘブン出版の編集部に戻った御法川。千晶が原稿を書いている。
御法川もキーボードを叩き始めた。
この仕事はなんとしてもやり遂げなくてはならない。それが頭山への手向けとなるはずだ。
「おらっ!いつまで待たせるんだ」
チンピラ二人組が入ってきた。
「あなたが御法川さんですね。頭山さんのことは本当にお悔やみ申し上げます。
しかしですね、私どもといたしましても、貸したものはキッチリ返していただかないと」
「『噂の大将』の来月号はちゃんと出す。それまで返済は待ってもらえないか」
「来月号を出したところで、頭山さんがいなければこの会社もおしまいだ。
私どもが知りたいのは、頭山さんの娘さんの居場所です」
まさか、チンピラはまだ幼い花に返済させようというのだろうか。
「街頭インタビューの原稿です。読んでください」
千晶が原稿を持ってきた。御法川はじっくり読んだ。
「だめだ。書き直し」
千晶はしょんぼりした様子だった。
渋谷中央病院に着いた亜智とひとみ。ひとみを待合室に待たせて、亜智は病院の奥へ。
診察室で主治医から鈴音の容態を聞く。午前10時頃に発作を起こしたが、今は小康状態とのこと。
しかし、まだ意識が戻っていないらしく、面会謝絶だという。
大介とは連絡が取れないらしく、まだ来ていないらしい。
- 104 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:32:28 ID:Jq40Cgdx0
- 16:25
亜智が診察室を出て待合室へ戻る途中のことだった。
ジャックとカナンが英語でなにやら話しているところに遭遇するが、
亜智にはなにを言っているのかがさっぱりわからなかった。
待合室のひとみは心配そうな顔をしていた。
「どうでした」
「とりあえす、危険は無いって」
「よかった」
ひとみは我がことのように胸をなでおろしている。
「ちょっといいか?大沢ひとみだね。私はジャック。米国大使館の保安課員だ」
ジャックはひとみに声をかけ、身分証明書を見せた。
「君はある犯罪者に狙われている。そこで、君を保護したい」
「ざけんな、こっちは忙しいんだ」
「誘拐された大沢マリアをさがしているのか?相手は国際的な犯罪者だ。
無茶をすれば、彼女の命を危険に晒すことになる」
「亜智さんさえいてくれれば、あなたの保護は必要ありません」
ひとみがそう言ったのを聞いて亜智は内心うれしかった。
「わかった。それなら、君たちを護衛するという形ならどうかね?
大沢マリアを捜すのに私も同行しよう」
亜智とひとみは承諾した。ジャックは捜査本部に連絡すると言って電話をかけた。
御法川は頭山のとの思い出を回想していた。
5年前、出版社を設立すると言って新聞社を辞めた頭山の自宅を訪ねたこと。
ヘブン出版が出来てしばらくして、編集部に行ったら、返本の山の中に頭山が埋まっていたこと。
「出来ました」
千晶から原稿を受け取り、御法川は読んでみた。
「どこを直したんだ?だめって言われたら、頭から全部書き直せ!
……ということを、オレも駆け出しの頃、頭山さんに言われたよ。
初めはいじめじゃないかって思った。でも、そうやってオレは原稿を書く力を鍛えられた」
「そうだったんですか」
「わかったら頑張れ。校了ギリギリまで粘って、いいもの書いてみせろ」
書斎のパソコンの前の大沢。AyaNETを開いて書き込みする。
『Aya占いやりました。周囲に無関心な駄目人間という結果でした。まさにその通りです。
私は自分の世界にしか興味が無かった。だから、妻と仕事の部下は愛想を尽かしたのでしょう。
二人の娘に関しても同じです。酷い父親だと思います。自分という人間にうんざりします。
だからといって、どうすることもできません。きっと、全てが手遅れなのですから……』
- 105 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:33:26 ID:Jq40Cgdx0
- 16:30
「遠藤さん、ちょっと待ってください。少し、気になることが……」
足早にやってきた鈴音の主治医が亜智に声をかけた。
昨日の昼頃、大介から変な電話がかかってきたという。
『脳死状態の女性がそちらにやって来るのは、恐らく夜9時頃になると思います。
その女性の血液型はボンベイです。先生、鈴音のこと、よろしくお願いします』
大介はそう言ったが、実際に脳死状態の女性がやって来たわけではない。
だが、話が具体的過ぎて気味が悪いので、念のために亜智に伝えたのだという。
亜智の頭の中でなにかが閃いた。監視カメラ、そして行く先々に現れる杖の男。
全てが繋がりそうな気がした。
「どうしたんですか、亜智さん。顔色が悪いですよ」
ひとみに声をかけられ、亜智の思考は中断した。
「ひとみ、血液型を教えてくれないか?」
「わたし、ちょっと変わった血液型で、ボンベイっていうんです」
リビングが騒がしい。大沢が行ってみると、刑事たちは片づけを始めている。
「私たちは撤収することになりました」
「マリアはどうなる?」
「マリアさんは別部隊が保護することになったようです」
「マリアを隔離するつもりだな?駄目だ!そんなことをすればマリアは助からない。
頼む。マリアを見捨てないでくれ」
大沢は訴えたが、刑事たちは大沢邸を出て行った。
杖の男が持っている無線機から声がした。
『渋谷中央病院で大沢ひとみを確保した』
杖の男は大急ぎで加納に電話した。
加納の携帯電話のディスプレイには建野の名が表示されている。
「建野さん!建野さんですね?」
『大沢マリアを保護した。今すぐ大沢ひとみを連れて来い。連れて来なければ、マリアを殺す』
「待ってください、どうしてですか。なぜ大沢ひとみを連れて行く必要があるんですか?」
建野は加納の問いに答えなかった。
『場所は[[南平台]]の<サウスヒル>という雑居ビル。そこの屋上で待っている』
- 106 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 18:34:09 ID:Jq40Cgdx0
- 16:35
建野はマリアに目隠しをした。
「しばらく我慢してろ」
暗闇の中で、マリアの記憶が蘇っていく。
中東に旅行に行ったとき、ホテルへの帰り道がわからなくなり、マリアは危険な人たちに囲まれてしまった。
そのときマリアを助けたのがカナンだ。マリアはカナンのところに通うようになった。
カナンはマリアに護身術を教えた。そのお礼にと、マリアはカナンにあやとりを教えたのだった。
チンピラは御法川に書類を突き出した。
「これに判子いただけたら、すぐに帰りますので」
それは借金の肩代わりをする旨の誓約書だった。
「さっさとしねぇと、頭山の娘、一生追い回すぞ」
御法川はペンを取って書類にサインした。
「ミノさん、どうしてそこまで……」
「世話になった人の娘を見殺しには出来ない」
「やっぱりダメです!」
千晶は書類を横取りして、飲み込んでしまった。
「このアマぁ!」
「痛い!やめて下さい!」
チンピラと千晶が揉み合いになった。千晶はテレビのリモコンの上に手をついた。
テレビの音量が上がる。
『先ほどの爆発事故で死亡した被害者の身元が判明しました。東京都渋谷区在住、
会社員の田中護さんです』
その場の全員がぽかんと口を開けた。
「田中って、誰?」
- 107 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 19:10:06 ID:Jq40Cgdx0
- 16:40
「建野さん!どこですか!」
一人で来た加納を見て建野は言う。
「大沢ひとみはどうした。なぜ連れて来ない!」
「建野さん……どうして……。その人、本当にマリアさんなんですか?」
マリアの目隠しが取られた。ひとみに似ているその顔を見て、マリアだと加納は認識した。
「建野さん、どういうことなんです?」
「大沢ひとみを連れて来たら、すぐこの子は解放してやる」
建野はマリアのこめかみに拳銃を突きつけて言った。
「おかしいですよ!俺の知っている建野さんは……」
「お前が俺のなにを知っている?」
「刑事としての建野さんはよく知っています。だって俺は、ずっと建野さんを手本にしてきたんですから。
覚えてませんか?建野さん、立てこもり犯を命懸けで説得したじゃないですか。
あのときからずっと、俺にとっての建野さんは……」
建野は大声で笑い出した。
「お前は本当におめでたい奴だ。物事をいいようにしか取らない。俺はあのとき死んでもいいと思っていた。
だからガソリンをかぶった。勇敢でもなんでもない。あれは自殺みたいなものだった。
ビルに残された人質のことなど考えてなかった。あの結果はただの偶然だ」
「……嘘だ。そんなわけない!」
「お前と話をしている暇は無いんだ。大沢ひとみを連れて来ないのなら、こいつの頭を打ち抜くだけだ」
「やめてください!ずっとあこがれてたんだ。建野さんみたいな刑事になりたかった」
マリアの記憶が蘇る。
昨日の夜、パーティー会場でひとみを誘拐しようとしている奴がいるらしいことを聞いたマリアは、
ひとみにわざと間違った時間を教えた。そしてひとみの変わりに誘拐された。
ネックレスにGPSが仕込んであったが、犯人に頭を殴られたときに落としてしまった。
落としたネックレスを雑貨屋の主人が拾って店に並べた。
犯人に頭を殴られたショックで記憶喪失になってしまった。
書斎に戻った大沢。大沢の書き込みに、プリティーハニーからレスがついていた。
『その占い、わたしも同じ結果だったよ!本当にもう手遅れなの?
希望を捨てないで頑張れp(^_^)q
手遅れなんてありえない。どこの家だって問題を抱えていますよ。
だから、あんまり落ち込まないで(;_;)\(^_^)
一つわかったことがあります。父親の幸せって、結局、娘の幸せなんですよね(^o^)』
その言葉に大沢は救われたような気がした。
- 108 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 19:11:38 ID:Jq40Cgdx0
- 16:45
「話してやるよ、本当の理由を」
建野は語りだした。
17年前、渋谷で覚せい剤中毒者による傷害事件が起きていた。
その捜査のために建野は遠藤電機店の前を通りかかった。
「あれ?建野くんじゃない」
幼馴染の琴音(ことね)が、生まれたばかりの鈴音を抱いて、店先に立っていた。
「どうしても銀行で入金しなければならないお金があって……。鈴音を置いていくわけにもいかないし」
「大介はどうしたんだ」
「それが、帰ってこないのよ」
建野は琴音と一緒に銀行に行くことにした。銀行の前で建野は鈴音を預かった。
用事を済ませた後、建野と琴音は話しながら近所の公園まで歩いた。
そこへ大介がやってきた。
「大介、久しぶりだな」
鈴音は大介の手に抱かれた。そうやって琴音から目を離したときだった。
傷害事件の犯人の男が、琴音の首に包丁を当てていた。
「この女は俺を殺す気なんだ!」
男は訳のわからないことを呟いている。
建野は拳銃を抜き、男の肩口に狙いを定めた。この距離だ。絶対に外さない自信があった。
弾丸は男の肩口に当たったが、男はそれに怯むことなく、琴音の背中に包丁を刺した。
琴音の死によって、建野の心は死んだ。
マリアはカナンのことを思い出した。
カナンは仲間をアルファルドに殺されたと言っていた。
アルファルドに復讐することがカナンの生きがいだった。
16:50
2年前、琴音の墓参りのときに、建野は鈴音と会った。
「わたし、心臓病なんです。移植手術をしないと助からないんですけど、
わたしの血液型って少し変わっていて、適合者が見つからないみたいなんです」
鈴音はそう言っていた。この世に本当に神様がいるのなら、なぜこんなにも酷い仕打ちをするのだろう。
鈴音を助けるならなんでもすると建野は心に誓った。
- 109 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 19:12:32 ID:Jq40Cgdx0
- 16:55
建野の話は続く。
今日午前10時を過ぎた頃、建野の携帯に大介から電話があった。
『鈴音が発作を起こした!助からないかも知れない。だから、あの大沢ひとみって子の頭を撃ってくれ。
あの子の心臓があれば、鈴音は助かるんだ。大沢ひとみの血液型はボンベイなんだ』
頭を撃ったとしても脳死になるとは限らないし、
たとえ脳死になったとしても検死が行われて、心臓移植をする暇はないだろう。
建野はそう思ったが、やることに決めた。移植手術の可能性など問題ではない。
鈴音のためになにかしてやることが重要なのだ。
「お喋りは終わりだ。加納、俺はこの年になるまでいろんな若い刑事を見てきた。
お前はその中でも格段に出来が悪かった。しかし、加納、お前に慕われて、俺は随分と救われた。
さぁ、俺を止めてみろ!」
建野に言われて加納は銃を構える。
「加納、撃て!」
マリアは全てを思い出した。
「行かなきゃ。もう一度、あの場所へ」
To Be Continued
- 110 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:13:40 ID:Jq40Cgdx0
- 17:00-18:00
17:00
加納が撃とうとする前に、建野の拳銃は宙を舞っていた。
そこに現れたカナンが、建野の拳銃を蹴り上げていた。さらに、建野の顎に肘を入れる。
建野は倒れた。自由になったマリアはわき目も振らずに、階段を駆け下りていった。
「どうしてマリアを助けたんだ?」
加納はカナンに聞いてみた。
「友達だったから」
ヘブン出版の編集部でテレビのニュースにぽかんとしている一同。
「考えられるのは、花ちゃんが嘘をついてたってことだよな」
御法川は考えた。来月号を出して、さらに次の号でスクープ記事を掲載する。
頭山が生きていれば、それで上手く行くはずだ。
スクープ記事といえば、大沢が言っていた世界のパワーバランスが変るほどのネタがある。
御法川は『噂の大将』のバックナンバーを探した。創刊号に政略結婚の記事があった。
その記事を書いたのは頭山だった。
17:05
ジャックの車に乗った亜智とひとみは、遠藤電機店へと向かっていた。
亜智はジャックとひとみに、大介がひとみの心臓を狙っているらしいことを説明した。
「わたしが脳死状態になれば、妹さんが助かるんですね」
「やめてくれ。そんなこと言わねーでくれ」
「その話はもういいだろう」
ジャックは話をさえぎった。
「ところで、君たちは一体どういう関係なんだ?恋人どうしなのか」
ジャックにそう訊ねられて、亜智は慌てて否定した。
「そんなんじゃねーよ。今日たまたま会っただけだ。
困ってる人がいたら、見過ごすわけにはいかねーんだ」
「今日は面白い日だ。お前のような日本人とさっきまで一緒にいた」
カナンは加納に、現在の状況を説明した。
ひとみにはすでに抗ウイルス剤が投与されており、大沢が推理したとおり、
アルファルドはひとみの血液を狙っていること、
そして、マリアはひとみの代わりにわざと誘拐されたことを話した。
- 111 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:15:12 ID:Jq40Cgdx0
- 17:10
御法川の携帯が鳴った。頭山からだった。
「頭山さん!今どこだ。なんて馬鹿な嘘をつくんだよ!あんたが生きてるのはとっくにバレてるって。
いいか、よく聞けよ。どでかいスクープを掴んだ。記事に出来れば借金なんてすぐに返せる」
『ほ、本当か?』
「今から迎えに行く。どこにいるのか教えろ」
と、御法川の声にチンピラが耳をそばだてていることに気づいた。御法川は機転を利かせてこう言った。
「わかった。[[宮下公園]]だな。すぐに行くからそこを動くなよ」
チンピラたちはニヤリと笑うと編集部を出て行った。頭山とはロートレックで会う約束をしておいた。
「千晶!原稿の進み具合は?」
「まだ……もう少し……」
「よし、パソコン持ってついて来い。書けたところで読んでやる」
御法川は荷物をまとめ始めた。
17:15
御法川と千晶が編集部を出ようとしたとき、先にドアが開いた。
「新しくヘブン出版の担当になった、<超日本印刷>の片山です。よろしく」
「印刷屋が何の用だ。校了時間の8時までまだ時間があるだろう」
「8時?何の冗談ですか?我が社の校了時間は5時半と決まっています」
超日本印刷の前任者は出版社の都合で校了時間を延ばしてくれる人だったらしい。
17:20
話し合いの結果、校了時間は7時ということで片山は承諾した。
御法川は片山をビシッと指差して言った。
「黙って聞け!お前はこれからオレたちに付いて来てもらう。出先で原稿は完成するから、
その場でデータをCDに焼いて渡す」
「まぁいいでしょう。ここで待つのも暇ですから」
御法川と千晶と片山の3人はロートレックに向けて出発した。
「マリアが持っているGPSの電源が入った」
カナンは[[PDA]]を取り出した。マリアの居場所が表示されている。カナンと加納は、マリアを追った。
- 112 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:16:04 ID:Jq40Cgdx0
- 17:25
大沢はマリアを助ける方法は無いのかと考えを巡らす。
抗ウイルス剤の保管区域に入るのには、指紋認証の他にパスワードという手段もある。
田中は誰かにパスワードを教えていたりしないだろうか。
もし、教えている可能性があるなら、それは愛だ。
ネクタイピンを贈るほどの仲ならば。
遠藤電機店の前に着いた。
「お前たちはここで待っていろ」
ジャックは亜智とひとみを店先に待たせて、作業室へと入っていった。
だが、亜智はものの数分も待っていられなった。
「行くぞ!」
亜智とひとみは作業室に入った。ジャックが大介を取り押さえていた。
「ジャック、放してやってくれ。親父と話がしたいんだ」
ジャックは亜智に任せることにして、大介を放した。
「親父、正直に話してくれ。マリアはどこにいる?」
「マリア?何の話だ」
「しらばっくれるな。この子を知っているだろ?親父が狙ってる大沢ひとみだ。
マリアはひとみの姉ちゃんだよ。病院に電話したらしーじゃねーか。心臓が手に入るとか入らねーとか。
監視カメラでおれとひとみのこと、見てたんだろ。それでおれたちの居場所を杖の男に教えてただろ。
違うなら違うって言ってくれよ!」
大介はなにも言わなかった。
17:30
作業室の扉がゆっくり開いて、マリアが入ってきた。
「姉さん、良かった。無事だったのね」
「心配させてごめんね」
「お前……。どうやって倉庫から?」
監禁していたマリアが外に出ているのを見て大介は驚きを隠せない様子だった。
大介はひとみに襲い掛かって、スタンガンを突きつけた。
「親父、ひとみを放せよ。もうこんな馬鹿げたことはやめようぜ」
「馬鹿なこと?お前、なにもかも知っているんだろ?だったら、俺に協力するのが当然じゃないのか?」
大介は事情を話し始めた。
「臓器ブローカーをしているという外国人と病院で知り合ったんだ。
鈴音のことを話すと、その男は全力を尽くすと約束してくれたんだ。
しばらくしてから、心臓適合者を見つけたという連絡があった。
鈴音と同じ血液型で、年も近いという。問題は、今の段階では生きているということだった。
この男はこう言ったんだ。彼女を誘拐してくれれば、あとはこちらでなんとかしましょう、って」
大介は臓器ブローカーが指示した通りにやったが、間違えてマリアを誘拐してしまった。
あとは、亜智が推理した通り、大介の知り合いだという杖の男に指示を出して、ひとみを追わせたという。
- 113 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:16:49 ID:Jq40Cgdx0
- 17:35
「親父、やめようぜ。こんなこと、意味ねぇよ」
作業室に亜智の声が響く。だが大介は譲らない。
「亜智……。どうしてだ?なぜ俺に協力しない?」
亜智は大介に歩み寄ると、肩を掴んだ。
「親父、おれだって鈴音を助けてーよ。だけど、鈴音はこんなことしてくれって、親父に頼んだのかよ。
そうじゃないだろ?鈴音はおれたちにそんなこと頼みはしないだろ?
鈴音はおれと違って頭がいいし、優しいから、誰かから取った心臓なんかもらっても喜ばないと思うんだよ。
これ以上鈴音を鈴音を悲しませるのはやめようぜ」
大介はひとみを放した。
ロートレックの店内では頭山と花が待っていた。
「時間が無い。質問に答えてくれ」
御法川は席に着くなり、創刊号の記事のことを頭山に質問した。
頭山は覚えているはずなのに思い出せないらしい。
そのとき、店内のテレビでニュースが流れた。ニュースキャスターが田中の名前を言った。
「そう、こいつだ。大沢賢治の妻が結婚前に付き合ってた男は」
17:40
御法川は大沢に電話した。
『大沢さんかい?待たせたな。奥さんが当時付き合っていた男がわかった。田中護だ』
「そうか」
これで愛と田中の関係は証明された。
ロートレックの店内で緊急の編集者会議が始まった。
企画を変更するには、編集長の許可がいると御法川は言った。
「来月号では渋谷テロに関する前ふりをしておく。これは美人双子姉妹の記事と差し替える。
次の号で大沢賢治からの情報を元にスクープを飛ばす。頭山さん、なにか問題は?」
「渋谷テロに関する前ふりは誰がやるんだ?」
御法川はビシッと頭山を指した。
「あんたが書いて、あんたがレイアウトするんだよ」
「でも、今から現場に行ったところで、書くことなんて見つからんよ」
「どうしてあきらめる?大手マスコミでは書けないようなネタを世に送り出したかったんだろ?
だったらそんなの関係ないじゃないか。探して来いよ!あんただけにしか書けないネタを」
御法川の励ましに、頭山はやる気を出したようだ。
「済まなかった。お前には迷惑をかけっぱなしで。だが、もう大丈夫だ」
頭山は花を連れて店を出て行った。
「よし、オレたちも行くぞ!」
これから伝説のチームの取材をしなければならない。
カナンと加納はマリアを追って、遠藤電機店に到着した。
作業室でマリアはぐったりと床に倒れていた。それをカナンが抱き上げている。
ウーア・ウイルスが発症しているのかと思ったが、ただ気を失っているだけらしい。
作業室に加納もやって来た。
- 114 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:19:15 ID:Jq40Cgdx0
- 17:45
抗ウイルス剤を投与しなければ、マリアは助からない。
だが、田中が死んだ今、研究所のセキュリティをパスするのは不可能だ。
「私が研究所に行こう。電子ロックの解除は専門分野だ」
カナンはマリアを連れて研究所に行くと言った。
17:50
大沢は庭にたたずむ愛に後ろから声をかけた。
「ちょっといいか?大事な話があるんだ。君は、田中のことを愛していたのか?」
「あなたはわたしを愛してた?」
愛は質問で返してきた。
「正直に言えば、君と結婚したのは娘たちに母親が必要だと思ったからだ」
「だったらわたしも正直に言うわ。あなたの結婚したのはお父さんに頼まれたから」
「そんなことで結婚して、君はよかったのか?」
「そんなこと?あなたは自分の価値がわかってないのね。女一人の人生と、
あなたの研究が生み出す価値。そんなもの、比べるまでも無いわよ」
「でも、私のせいで君は田中と別れることになったじゃないか」
「いつから気付いてたの」
「今日、ネクタイピンで」
「それで?怒らないわけ?」
「……怒っていない。その代わり、一つ教えてくれないか?
田中から、パスワードのようなものを聞いていないか?マリアを助けたいんだ。頼む、教えてくれ」
「知らないわ」
作業室に電子音が響く。大介が監視カメラのチェックに使っているパソコンからだった。
どうやら、ハッキングされたらしい。
『さて、主要キャストは揃ったようだな』
パソコンからボイスチェンジャーを通した声が出力されている。
『私からの提案はただ一つ。研究所のパスワードとひとみの血液の交換だ』
声の主はアルファルドのようだ。
『時間は午後7時。渋谷駅前に、今朝と同じようにひとみを立たせろ。
待ち合わせ場所には私が顔を出す。それでは、君たちと会えるのを楽しみにしているよ』
- 115 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:35:38 ID:Jq40Cgdx0
- 17:55
作業室で作戦会議。カナンとマリアは研究所に行って待機して、
アルファルドから聞き出したパスワードを使えるようにしておく。
もしパスワードを聞き出すことに失敗しても、カナンがロックを解除できればそれでよし。
残りの人員は待ち合わせ場所に行き、アルファルドを確保してパスワードを吐かせる。
「父に連絡します」
ひとみから大沢の携帯に電話。
『お父さん、時間が無いの。だから、要点だけ言うね。姉さんを助けるために、
今からカナンという女の人が姉さんを研究所に連れて行きます。彼女ががパスワードを解析してくれるから、
研究所に入れるようにしておいて』
大沢はとにかくひとみを信じることにした。
「そうか。それじゃ今から研究所に向かう」
電話を切って、去ろうとする大沢の背中に愛が抱きついた。
「だめよ、行っちゃだめ。会社の承認無しで抗ウイルス剤を使ったら、あなたは大越製薬にいられなくなるわよ」
「もうそんなことはどうでもいいんだ」
「あなたは全てを失うのよ」
「私は君も失うのか……」
「これからどうやって一緒にいられるのよ」
愛は泣き出した。あのメールを送ってきたAは、愛だったのだと大沢は悟った。
大沢は愛を置いて家に戻り、ガレージに行き車に乗り込んだ。
「マリア……待ってろよ」
全てを失うために研究所に行くわけではない。失ったものを取り戻すために行くのだ。
車は研究所に向かって走り出した。眩しい太陽がビルの間を沈みつつあった。
To Be Continued
- 116 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:40:43 ID:Jq40Cgdx0
- 18:00-20:00
18:00
ジャックは加納の姿に、弟の姿を重ねて見ていた。
ジャックの弟のフランクは、[[シカゴ市警]]爆弾放火班の捜査員だった。
2年前のこと。シカゴ市ホテル爆破テロのとき、フランクはジャックに言った。
「こいつが片付いたら、ビールで乾杯しよう」
だが、その約束が果たされることは無かった。
アルファルドの爆弾によって、フランクは命を落とした。
18:05
カナンとマリアを研究所に連れて行くのは誰がいいか考える。
「それなら運転は俺がしよう」
「お、お前は!」
建野が作業室にやって来た。
「本当に済まなかった」
建野は亜智に頭を下げた。
「許してもらえるとは思っていない。罰はちゃんと受けるつもりだ。
その前に、今の俺に出来ることをさせてくれないか」
都合が良すぎると亜智は思ったが、運転手が必要なのは確かだ。
「わかったよ。二人を無事に研究所まで連れて行ってくれ」
- 117 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:42:07 ID:Jq40Cgdx0
- 18:10
研究所に出発する建野を加納が見送りに来た。
「大沢マリアを送ったら、俺は自首する」
「建野さん……」
「情けない顔をするな。守るべきものを見失わない。それが基本だ。今することは、俺の心配じゃない」
加納は黙って[[挙手の敬礼]]をした。私服かつ無帽でするのは誤りである。
しかし、これが建野に対する精一杯の気持ちだった。加納の目から堪えていた涙がこぼれた。
裏原宿のインフェルノという[[プールバー]]が、KOKの溜まり場だ。
千晶と片山を外に待たせて、御法川は一人で入っていった。
「オレは御法川だ。ライターをしている。5分でいい、取材を受けてくれないか?」
アポなしの突撃取材。これに賭けるしかない。
「イヤだ。今、気分が悪いんだ。帰ってくれ」
案の定、進は取材を拒否した。御法川は進を指差していった。
「一目見てわかった。お前はトップに立つ器じゃない」
「もういっぺん言ってみろ。殺すぞ」
「ふん。その台詞、弱い奴ほど口にするよなぁ。こんな奴がKOKのトップとは、笑わせてくれるぜ」
御法川の挑発に、進は鬼のような形相になった。
「てめぇ、ぶっ殺してやる!」
「しかし、駅前でアルファルドを確保するにしても、俺たちだけじゃ心許無くないか?」
加納がジャックに話しかけた。
「たしかに、人数は多い方がいいな」
「要は人を集めればいいってことだろ?30分だけくんねーか。なんとか人、集めてみる」
亜智はインフェルノ目指して走り出した。
- 118 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:47:55 ID:Jq40Cgdx0
- 18:15
「ミノさん!出来ました。読んでください」
インフェルノの店内は一触即発の空気だったのに、そこへ空気を読まずに千晶が入ってきて、
御法川にパソコンを突き出している。
「やれやれ。これではとてもじゃないが取材なんて無理ですね」
片山まで店内に入ってきた。
「じゃあ、おれたちが読んでやるよ」
KOKのメンバーたちは千晶に手を伸ばした。
「やめて!触らないで!」
「よせ、このクズども」
御法川が言った言葉にKOKメンバーが反応した。
「てめぇ、クズって言いやがったな」
「女に手を上げるなんて、クズだろうが。やりたきゃオレをやれ」
「上等だ。おい、表見張ってろ」
御法川はKOKメンバーに寄ってたかって殴られた。
「やめて!ミノさんが死んじゃう!」
床に倒れた御法川は、ぐったりして動かなくなった。
「やべぇ……。ちょっとやり過ぎたか?」
KOKメンバーは動揺している。御法川はふらふらと立ち上がった。
「わっはっはっは!」
御法川は大声でわざとらしく笑った。
「この勝負、オレの勝ちだ」
御法川は取材させてもらえるようにと、連中にわざと殴られたのだった。
18:20
インフェルノの店内。ついに進は折れて、取材させてもらえることになった。
「進さん、それじゃ示しがつきませんよ。そんなこっちゃKOKがなめられるって」
桐生が出て来て進と揉めている。このスキに、御法川は千晶の原稿を読んだ。
「OKだ」
「ありがとーございましたっ!!」
千晶は涙を浮かべている。
「わたし、ミノさんみたいな社会派のルポが書きたいんです。だから、ミノさんにOKもらえて、
ホントうれしいというか……」
自分の書いた記事が目標にされる日が来るなんて、御法川は夢にも思っていなかった。
考えてみれば、御法川も頭山を目標にしていた。
そうやって身に着けたものが次の世代に受け継がれていくのは、照れくさいけれど誇らしくもあった。
- 119 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 20:49:28 ID:Jq40Cgdx0
- 18:25
インフェルノにて、御法川はKOKメンバーに取材していった。予告どおり5分で終わった。
進が御法川に訊ねた。
「あんた、おれがトップに立つ器じゃないって言ったよな?じゃあ、あんたの考えでいいから聞かせてくれ。
どうやったらいいヘッドになれるんだ?」
「わからん。オレは上に立つような人間じゃないからな。
でも、仲間と上手くやっていくコツなら一つ教えてやれるよ。信じることだ」
頭山の記者としての復活を信じ、千晶が一人前のライターになることを信じた。
編集部に確認したところ、頭山の記事はもう完成しているらしい。
亜智はインフェルノに到着した。入り口には見張り番の少年が二人立っていた。
「進に会わせてくれ。亜智が来たと言えばわかるはずだ」
見張り番の一人は店内に入っていった。待っている間、亜智はもう一人の少年に話しかけた。
その少年は新入りらしく、亜智には見覚えが無い顔だった。
「お前、いつも見張りやってんのか?おれがいたころのKOKは、
見張り番なんてなかったぜ。渋谷って街が好きで、仲間とつるむのが好きで、それだけだった」
KOKが変わったのは進のせいではなく、桐生がいろいろと仕切っているせいだと少年は言う。
ナンバー2の桐生はヘッドを狙っていて、今、KOKは進派と桐生派で分裂状態だという。
- 120 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 21:23:12 ID:Jq40Cgdx0
- 18:30
加納は作業室に戻って大介に声をかけた。
「大介さん、協力してくれませんか。駅前の様子を監視してほしいんです。怪しい奴がいたら教えてください」
「怪しい奴って……?」
「たとえば、例の臓器ブローカーがアルファルドという可能性もあります」
「わかった。期待に添えるかわからないが、せめてもの罪滅ぼしに協力させてくれ」
「助かります」
亜智はインフェルノの店内に通された。
「何の用っすか?」
亜智は進の前で土下座する。
「ある男を捕まえるために、人数が必要なんだ。力を貸してほしい。こんなこと頼めた義理じゃねーのはわかってる。
でも……」
「ある男って、誰です?」
「そいつは国際的テロリストで、そいつを放っておくと、街に殺人ウイルスがばら撒かれるかもしんねーんだ」
「何のギャグっすか、それ?」
進は全く取り合おうとしなかった。
「千晶、今の聞いたな?どうする?」
御法川は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もちろん、取材です。10分だけ話を聞いて、残り20分で記事を書きましょう」
「わかってきたじゃないか!」
御法川と千晶のやり取りを聞いて、片山が呟いた。
「わからない。全くわからない。今取材したことを記事に書けば校了だというのに、
どうして面倒なことを……。でも、やりたいなら、時間なんか気にしないで、好きにやってみればいい。
私も、君たちの作った雑誌を読みたくなった」
御法川と千晶は、亜智と進の間に割って入った。
「面白そうな話だな。オレにも聞かせてくれないか?」
進はうんざりといった顔をした。
「あんた、取材はもう終わっただろう?」
御法川は亜智を差して言った。
「この兄ちゃんの話、たぶん本当だぞ。オレの持っている情報と一致するんだよ。
さっきの話だが、殺人ウイルスって、ウーア・ウイルスだろ?
進、こいつは本当に、渋谷でなにかが起こるぜ」
それでも、まだ進は協力すべきかどうか悩んでいた。
18:35
「進さんが協力しないなら、おれらが協力しますよ」
桐生が鉄パイプを片手に言った。
「ただし、けじめっていうものがありますよね」
亜智は男たちによって押さえつけられた。
桐生が鉄パイプで襲い掛かってきた。当たるギリギリのところで、進むが鉄パイプを止めた。
「つまんねぇことはやめろ。おれは、亜智さんの頼みを聞く」
「ざけんな!KOKはお前たちのもんじゃねぇ!おれは認めねぇ!」
桐生は鉄パイプを振り回した。亜智は得意のハイキックで鉄パイプを叩き落し、
正拳突きで桐生を気絶させた。桐生派のメンバーたちは桐生を担ぎ上げて、店から出て行った。
「みんな、KOK初代ヘッドの復活だ!」
進の声に呼応するように、メンバーたちは雄たけびを上げた。
- 121 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 21:24:46 ID:Jq40Cgdx0
- 18:40
「加納、待ち合わせ場所には一人で行ってくれ。理由は聞かないでくれ。
行かねばならない所が出来た」
ジャックは別行動を取ると言う。
「加納、一つ約束してくれ。全てが終わったら、ビールで乾杯しよう」
「ああ、わかった」
ジャックは作業室を出て行った。
18:45
亜智はメンバー30人を率いて遠藤電機店に戻ってきた。
想定していた20人を上回る人数だったので、加納は喜んだ。
「おっしゃ、やろうぜ、刑事さん」
18:55
加納が書いた配置図に従って駅前に立つ亜智とKOKメンバーたち。
亜智はひとみから数メートルのところにスタンバイした。
鉄パイプを蹴った足が思ったより痛む。歩くことは出来るが、激しい格闘は無理だろう。
19:00
加納の携帯電話が鳴った。
『いた。あの臓器ブローカーが、交差点の向こう側にいる』
やってきたのは大学の英語講師リーランドだった。リーランドがアルファルドなのだろうか。
ひとみも驚きのあまり声を失っている。
「先生……どうしてここに?」
「もちろん、君の血液をいただきに来たんだよ。君にウーア・ウイルスを感染させたのは私だ。
英語講師になりすまして、ずっとチャンスを待っていた」
「先生が、アルファルドだったんですね」
「早速取引といこう」
「だめです。パスワードが先です」
「それでは交渉は決裂だな」
「動くな!」
加納がリーランドに拳銃を向けた。亜智がひとみを保護した。
リーランドは持っていたアタッシュケースから液体が入った10本ほどの[[アンプル]]を取り出した。
「撃ちたければ撃つがいい。これがばら撒かれてもいいならな」
「それは、まさか……」
「さあどうする?渋谷を死の街にしたいかね?」
加納は拳銃を下ろした。
- 122 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 21:25:54 ID:Jq40Cgdx0
- 19:05
「進!」
亜智は叫んだ。進たちはリーランドを取り囲んだ。
「もう逃げられねーぞ。余裕かましてんじゃねぇ!」
しかし、リーランドは涼しい顔をしている。
「仕方ない。交渉は打ち切りだ。残念だよ」
アンプルが宙に舞った。進たちがアンプルに気を取られている隙に、リーランドは包囲を抜けて逃げた。
「危ねぇ!捕れ、捕れ!」
進たちは一つ一つアンプルをキャッチしていく。ひとみが悲鳴を上げた。
誰もいないところにアンプルが落ちようとしている。
亜智は思い切りヘッドスライディングをし、ナイスキャッチ。だが、これでさらに足の痛みが増したようだ。
「刑事さん、後は頼んだ」
加納はリーランドに追いつき、タックルをかました。
リーランドが倒れたところに馬乗りになる。
「おい!パスワードを言え!」
「お前の選択は間違いだったな。ウーアはばら撒かれた。もう誰も助からない」
「いいや、誰も死なないさ。お前はあの場から逃走した。だが、もし本当にウイルスが入っていたら、
走って逃げても感染の危険性は残る。あれは逃げるためのハッタリだ。さあ、パスワードを教えろ!」
だが、リーランドは簡単に口を割りそうもない。
ふと、横転した車が目に入った。ガソリンが漏れて、道路に染みを作っていた。
加納は手錠を取り出して、自分の腕とリーランドの腕をつなぐと、
ガソリンが漏れているところへ行って座り込んだ。リーランドは手錠に引っ張られて路上に転がった。
加納はライターを取り出して火をつけた。
「パスワードを教えろ」
「何のつもりだ?命が惜しくないのか?」
「守るべきものを見失わない。それが基本だ」
加納はライターの火をガソリンに近付けていった。リーランドの目に動揺の色が浮かぶ。
「わかった、教える。だから、その火を消せ!」
「パスワードが先だ!」
そして、リーランドはついに落ちた。
加納は大沢に電話をかけて、聞き出したパスワードを教えた。
「まったくめちゃくちゃだな。まぁ、事件を解決したのはお前だ。ほめてやる」
加納の上司だった。
「ああ、それからな、加納。笹山の意識が戻ったぞ」
これで全てが終わったように思えた。
- 123 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 21:44:59 ID:Jq40Cgdx0
- (このまま進めるとバッドエンドになるので少し時間を遡ります)
18:10
ジャックの中に疑問が湧き上がった。
なぜアルファルドは大介という素人に誘拐させたのだろう。
プロならひとみとマリアを間違えるなどという失敗は起こさないはずだ。
もしかしたらアルファルドは、大介が間違えるのを見越してわざとマリアを誘拐させたのではないだろうか。
18:20
ジャックは大介に、マリアを監禁した場所を見せてもらうことにした。それは店の裏の倉庫だった。
鍵は壊されていた。
「これは地元のワルたちの仕業だな。前にも何度かやられたことがあるんだ」
大介が言うには、今朝8時ごろに臓器ブローカーがやってきて、そのときにはしっかり鍵を閉めていたという。
恐らくそのときにマリアにウーア・ウイルスを感染させたのだろう。
倉庫内にはマリアの携帯電話と化粧ポーチが落ちていた。
携帯電話は電源が入るものの、中のメモリーは全部飛んでいた。ジャックはマリアの携帯電話をポケットに入れた。
化粧ポーチを開いて中を見ると、写真が入っていた。
マリアの隣に、金髪を肩の辺りで切りそろえた少女が写っている。
写真の裏には『カナンと 7.30』と書いてある。
この少女はあのカナンとは明らかに別人である。
まさか……。あのカナンと名乗る少女こそ、アルファルドではないのかと、ジャックは考えた。
そうすれば全て納得がいく。アルファルドは研究所内に入って、抗ウイルス剤を始末するつもりなのだろう。
18:45
建野が運転する車は研究所に向かっていた。
後部座席には気絶しているマリアを抱きかかえるカナンが乗っていた。
建野の携帯電話にジャックから電話がかかってきた。
『これからする質問に、イエスならわかった、ノーならそうすると答えろ』
「わかった」
『今、側にカナンがいるな?そのカナンは偽者だ。そいつこそがアルファルドだ。とにかく、すぐに戻れ』
たとえジャックの言うことが真実であっても、今から戻ると、マリアは助からないかも知れない。
建野はなにがあっても戻る気は無かった。
「そうする」
『仕方ない。今から私も研究所に向かう。私が着くまで持ちこたえろ。とにかく、奴を研究所に入れるな』
18:50
ジャックは車に乗り込み、研究所に向かって出発した。
18:55
建野の車は研究所に着いた。すぐ後に大沢も研究所にやってきた。
大沢はマリアに駆け寄った。
「マリア!……良かった。まだ発症していない」
大沢はマリアを抱きかかえて、研究所の建物に入ろうとした。
それに続いてカナンも入ろうとしたが、建野はカナンを引き止めた。
「私たちはここで待っています」
大沢とマリアは研究所に入っていった。
- 124 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 21:45:55 ID:Jq40Cgdx0
- 19:00
建野はカナンに銃を突きつけた。
「お前がアルファルドだったのか。ジャックから聞いた」
カナンは素早い身のこなしで建野から距離を取り、銃を抜いた。
なんとしてもジャックが来るまで時間を稼がなければ。
カナンは圧倒的に強い。やり合ったら100パーセント殺されると建野は思った。
でも、やってみせる。最後まで加納に敬礼されるような刑事でいなければならないのだ。
19:05
ジャックは車内で考えをまとめる。
カナンの名乗る少女がアルファルドだとすると、パスワードをすでに知っているはずなので、
暗号解読をするまでもなく、容易にセキュリティを突破できるに違いない。
セキュリティを突破したアルファルドは、抗ウイルス剤を処分する。
待ち合わせ場所にいる偽アルファルドは、ひとみを呼び出すための囮だ。
アルファルドは爆弾を使って、
ひとみの中の抗ウイルス剤と偽アルファルドをまとめて始末するつもりなのだろう。
公園通りで青いワゴンが爆発したとき、携帯電話の着信音が聞こえたと御法川は証言した。
ある一定の音に反応して起爆する爆弾を使ったのだろう。
きっと、今回はひとみの携帯の着信音に反応するようにしてあるのだろう。
ジャックは、ひとみの側にいると思われる亜智に電話をかけた。
『ジャックか。刑事さんがアルファルドを捕まえてパスワードを聞き出したようだ。
これで事件は解決だろ?』
「いや、まだた。これから私の言う通りに行動してくれ。まず。ひとみの携帯電話の電源を切れ」
亜智は言われた通りに携帯の電源を切った。
「恐らく、その辺に爆弾が仕掛けてあるはずだ。加納が捕まえたのは、アルファルドの替え玉だ。
本物のアルファルドの狙いは、替え玉とひとみを同時に始末することだったのだ」
19:10
亜智は加納に、ジャックから聞いたことを伝えた。
「刑事さん!そいつはアルファルドの替え玉だ!」
次に爆弾を探す。リーランドが持っていたアタッシュケースが怪しいと睨んだ亜智。
アタッシュケースの中敷を外すと、[[C-4]]爆弾が仕掛けられていた。
- 125 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 21:50:18 ID:Jq40Cgdx0
- 19:15
加納は確保したリーランドと共に亜智のところに戻ってきた。
加納が爆弾を探る。起爆装置にマイクが仕掛けられていた。
やはりひとみの携帯の着信音で起爆するようになっていたようだ。
さらによく調べてみると、時限装置が見つかった。タイマーが残り3分を示している。
亜智は爆弾の仕掛けられているアタッシュケースを抱え込み、
加納に一般市民を避難させるよう頼んだ。
この足ではもう動けない。亜智は、爆弾の威力を少しでも弱めようと、よりきつくアタッシュケースを抱えた。
「神様、頼んます。なんとか、おれの身体で、渋谷の街を、みんなを、ひとみを守りたいんだ」
このままでは亜智は死んでしまう。焦る加納の背後を、白煙を上げるワゴンが横切って止まった。
一瞬、冷気を感じた。加納はワゴンに駆け寄った。冷気の元はドライアイスだ。
これで爆弾を一気に冷却すれば、タイマーが止まるかもしれない。
普段、爆弾処理には液体窒素が使うが、ドライアイスでも代用出来るかも知れない。
「その機械、貸してくれ!」
「はぁ、なに言ってんすか?」
「ちょっと待ったぁ!」
だしぬけに御法川が現れて、言った。
「お前ら、劇団『迷天使』の人間だろ?電機屋のオヤジが、そいつは欠陥商品だと言っていた」
「えっ、マジで?」
「責任を持って回収するから、さっさとドアを開けろ!」
「は、はい」
加納はワゴンからドライアイスマシンを降ろした。ドライアイスマシンを押して走る。
「亜智くん、爆弾をここに!急激に冷やせばタイマーは止まる!」
アタッシュケースをドライアイスの中に突っ込んだ。
19:25
ジャックは研究所に到着した。研究所の建物の前で建野とカナンが拳銃を向け合っている。
ジャックは車を降りて、カナンに拳銃を向けた。
「大沢ひとみの携帯電話だが、電源を切るように伝えた。今頃は爆弾も処理されているはずだ。
もちろん、研究所のロックも解除済みだ。お前の計画は完全に失敗したんだ。
極東のこの街でやっと弟の仇に出会えた。
「やっと会えたな、アルファルド」
To Be Continued
- 127 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 22:46:21 ID:Jq40Cgdx0
- 最終章
「マリア、もう大丈夫だ」
マリアは研究所内で目を覚ました。大沢はずっとマリアの手を握っていたらしい。
「お父さん?」
「お前はウイルスに感染していたんだ。でも抗ウイルス剤を打ったから、なにも心配することは無い」
マリアは抗ウイルス剤の副作用でだるい身体を起こした。
モニターに、研究所の前で拳銃を向け合っている3人の姿が映っている。
マリアはダークブラウンの髪を長く伸ばした少女をじっと見つめた。
彼女は3日前、カナンの友人と名乗ってマリアの前に姿を現した。
そして、ひとみが狙われているので、ひとみを守るために身代わりに誘拐されてほしいとマリアに言った。
そのときにGPSが仕込んであるという琥珀のような大きい飾りのついたネックレスを受け取った。
「わたしが寝ている間になにがあったの?あいつはカナンのふりをして、この研究所に入り込むつもりだったのよ」
きっと、あの少女こそアルファルドだとマリアは悟った。
「わたし、あの人たちの所へ行く」
「わかった。私も付いて行こう」
マリアと大沢は研究所の建物から外へ出た。
「その人はカナンじゃない!」
マリアは叫んだ。
「カナンはどうなったと思う?」
アルファルドは挑発するように言った。
「殺したのね?」
アルファルドは答えない。
「……ここにわたしが来るなんてさすがに想定外だったんじゃないの?これ、爆弾でしょ?」
マリアはネックレスを指して行った。
「なるほど。ここで捕まっても研究所を破壊することは可能だったというわけか」
ジャックは納得したように言った。
「ここでこの爆弾を爆発させたとしても、あなたもここで死ぬのよ」
しばらくマリアとアルファルドの睨み合いが続いた。アルファルドは拳銃を捨てて両手を上げた。
ジャックがボディチェックをして、アルファルドから爆弾を爆発させるリモコンを取り上げた。
「よくも、カナンを……。許せない!」
マリアは捨てられた拳銃を拾って、アルファルドに狙いを定めた。
「撃ちたければ撃つがいい」
アルファルドはそう言ったが、マリアは撃たなかった。
黒塗りの車がやってきた。ジャックの上司のゴードンが降りてきた。
「ご苦労。アルファルドは本部に連行する」
手錠をかけられたアルファルドは黒塗りの車に乗せられた。
ジャックはマリアに、渡せないままになっていた携帯電話を渡した。
ちょうどそのとき、着信が入った。
「嘘でしょ、良かった。本当に良かった……」
カナンは生きていた。今日、日本にやって来たらしい。
- 128 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 22:49:03 ID:Jq40Cgdx0
- ドライアイスの中に突っ込まれた爆弾。タイマーは残り二秒で止まっていた。
渋谷の駅前が歓声に包まれた。
「まったく、命知らずだな」
「それはお互い様ってことで」
加納と亜智はがっちりと握手を交わした。
亜智はKOKメンバーの方を振り返った。
「進、KOKのこと、頼んだぜ」
進はうなずいた。
いきなりフラッシュが焚かれた。千晶がカメラを持っている。御法川と片山も一緒だ。
「おーい、みんな集まれ!渋谷を救った英雄たち諸君!」
御法川の呼びかけに亜智を中心にして、メンバーが集まった。
「ほら、彼女も入って」
ひとみは亜智の隣に立った。
「亜智さん、わたし、わたし……」
「ほら、彼女、泣かない!笑って!」
御法川はひとみを笑わせた。亜智はひとみに言った。
「やっぱ、ひとみの笑顔は一番だ。誰がなんと言おうと、おれにとっては一番だ」
ヒーローのようにもてはやされる亜智を、加納は満足げに見つめていた。
振り返ってみれば、奇跡のような出来事だった。
いくつかの偶然が重ならなければ、爆弾を止めることは出来なかっただろう。
いや、偶然ではない。きっと運命だったのだ。
それも一人の運命ではない。多くの人たちの運命が重なり合ったことで、
偶然は必然となり、渋谷の街は救われたのだ。
なんだか留美の声が聞きたくなった加納は、留美に電話をかけた。
「あ、いや、これはお義父さん。ちょっとだけ留美さんの無事を確認したくて……」
電話に出たのは静夫だった。
『留美と会いたければちゃんと仕事を片付けてから来い。今日は嫌というほど待たされたんだ。
今さら、何時間待とうと変わらん。結婚の話はそのとき改めて聞いてやる』
電話を切ってからしばらくは実感が湧いてこなかった。
「よっしゃー!!」
加納は飛び上がらんばかりに喜んだ。
ひとみの元へ駆け寄る亜智。
「あのさ、ひとみ。おれ、もっとひとみと色々と話していたいんだ。だけど……」
「行ってらっしゃい。もうわたしは困ってないから」
「おれ、鈴音の病院に行って来る!」
「亜智さん、また会えるよね」
「あぁ!おれはいつでも、渋谷にいるから!」
生まれ育った渋谷の街が、もっと好きになった一日だった。
- 129 :428◆l1l6Ur354A:2009/04/04(土) 22:50:46 ID:Jq40Cgdx0
ゴードンとアルファルドが乗った車は、高速道路を走っていた。
ゴードンから渡された鍵を使って、アルファルドは手錠を外した。
「しかし、お前にしては随分追い込まれたな」
「ああ。目的の半分しか達することが出来なかった」
アルファルドは赤い液体の入ったカプセルを取り出した。
「まさか、ひとみの血液か?」
アルファルドは、ワゴンが爆発したとき、助けるふりをして、気絶したひとみの首筋から採血したのだった。
誤算だったのは、マリアが爆弾を持ったまま研究所から出てきたことだ。
確かに目的の半分は達成できたが、アルファルドの心のほとんどは敗北感で占められていた。
アルファルドは窓の外を見た。すっかり暗くなった街に明かりがいくつも浮かんでいる。
まるで、闇に染まることを拒むように。
END
(この後、カナンとアルファルドは対決することになるんですが、それはまた別の話です)
ボーナスシナリオ
本作では本編クリア後に条件を満たすとボーナスシナリオ2編が読める。
このシナリオは本編と違い選択肢を選ぶことがなく、ENDに向かって一直線に
進んでゆく。
シナリオ解放条件
カナン編(黒い栞) 19時以降の選択肢で全て「憎しみを持たないもの」を選ぶ。
鈴音編(白い栞) BAD ENDを50個以上出してクリアすると出現。
カナン編
(2009/10/24にこのWikiに直接記載されましたが、ゲーム中の文章もしくは海外サイトの文章をそのまま丸ごと転載していた可能性があったため、2009/11/29に削除しました)