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チェンジ・ザ・ワールド☆
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歩調合わせてよ

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俺は衝撃を受けていた。

なぜなら、雪緒さんがイタリアへ行ってしまうという話しを聞いたから。




なんで? どうして?





授業中はそればっかりがぐるぐる回って、講義の内容なんてノートに一文字も取ってなかった。 

















歩調合わせてよ














無事大学も2年生へと進級出来た俺、黒羽春風は、高校を卒業して電気会社に就職したダビデと久しぶりに会った。

そんな折、ダビデの口から出た言葉に俺はショックを受けた。

雪緒さんが以前工房を構えていたイタリアに戻るというのだ。

イタリアで雪緒さんにバイオリン製作のいろはを教えてくれたマイスターが高齢で引退するため、雪緒さんに後継者となって欲しいという事らしいが、俺は全くこれっぽっちもそんな話しは聞いていなかった。


どうして一言も教えてくれないんだよ。


焦りと共に苛立ちがじわじわと俺を襲う。 

数日前にも工房で顔あわせてたのに、何も言ってなかった。

俺には話す必要無いってことか?







ダビデと会った翌日、俺は大学が終わるとすぐに雪緒さんのいる工房へとやって来た。

相変わらず木屑で全身覆われたヨレヨレの雪緒さんは、真剣な眼差しで板を顔の前で水平にして横から睨んでいた。


「雪緒さん」


俺が声をかけると、雪緒さんは作業の手を止めゆっくりとこちらを振り向いた。


「バネ君。こんにちは」


いつもと変わらない呑気な雪緒さんの声に、俺は少しだけムッとする。


「雪緒さん。ダビデに聞いたんだけどさ……イタリアに行くって、ホント?」

「あ、うん。急でびっくりしたんだけどね……師匠ももう年だし、私のことすごい可愛がってくれてたから、私が行くことで師匠が喜んでくれるなら行こうかなと思って」


ごく当たり前のように笑顔で言う雪緒さん。


なんでだよ。

なんでそんな簡単に遠くへ行くなんて言うんだよ。


そんな事を思っても、俺は雪緒さんに行くななんて言えるはずもなく、ただ少し引きつった顔で笑うしかなかった。


「ーーーそっか……イタリアなんてさ、すげー遠いよな」

「そうだね。飛行機で10時間以上だもんね」

「もう、日本には帰って来ないの?」


一番重要な質問をする。

俺の問いに雪緒さんは首を傾げて答えた。


「どうかな。いつか戻って来るかもしれないし、ずっとあっちにいるかもしれないし。先のことは分からないな」


そりゃそうだ。誰も一秒先のことだって分からないのに、俺はなんて間抜けな質問をしてるんだ。

それでも聞かずにはいられなかったんだ。

だってそうだろ? 好きな人が外国に行ってしまうなんてさ。

しかもその人は俺の気持ちを全く知らない。


胸が苦しくなった。

どうしていいか分からなかった。


ぐっと気付かれないように両手を握りしめて、俺は俯いた。


「もう会えなくなるんだな」


俺は驚いた。

そんなこと言うつもり無かったのに、本当に無意識のうちに言葉が口から出た。

吃驚して顔を上げると、雪緒さんも驚いたような顔をしていた。


なんでそんなに目を丸くさせてるんだよ?


「ーーーあ……吃驚した」

「え?」


雪緒さんは手に持っていたバイオリンを机の上に置くと、視線を自分の膝元へ落とした。


「そうだね。イタリアに行って工房をあっちで構えるってことは、こうやってバネ君やヒカルや子ども達にもすぐには会えなくなるって事なんだ……」


寂しそうに言った雪緒さんに、俺はまた驚く。

まさかそんな事考えもしなかったのだろうか。

日本とイタリアだ。ちょっと会いに行こうと思って出かけられる距離じゃない。

こういうずれた所がなんとも雪緒さんらしいと思ってしまうのだが、それどころじゃない。


「俺、雪緒さんに会えないなんて寂しいよ」


自然に、いつもの会話と同じ位自然に言った。


「バネ君……」


困ったような顔。


「ダビデのヤツは、なんて?」


ここでダビデを出すのは卑怯かと思ったが、なりふり構ってなんていられない。


「ヒカルはイタリアに行けって」

「そう、なのか……」


意外だった。

あいつは雪緒さんにべったりだったから、反対したと思っていた。

というか、昨日会って話した時は雪緒さんの好きなようにするのが一番いいだなんて一丁前に大人なセリフを吐いていたが、まさか最初から行くことを進めていたとは予想していなかった。

寂しくないはずはない。

それでもダビデは雪緒さんが好きなことを、何も思い煩うこと無くやるのが良いと判断したのだ。


大人だな、ダビデーーー


でも俺はそんな大人にはなれない。

ただでさえハンデがでかいってのに、ここでイタリアに行かれたりしたらそれこそもうゲームセットだ。


「雪緒さんは、俺らと会えなくなっても別に平気なんだな」


なんて嫌な聞き方なんだろう。

俺は苦笑しながら肩をすくめた。

雪緒さんは急に立ち上がって俺に詰め寄った。


「そんなことないよっ! 私、全然考えてなかった。皆とすぐに会えなくなるなんて……だって飛行機に乗ってご飯食べて寝てたら着いちゃうし、だから別にイタリアの工房にいても会えなくなるとかそんなことーーー」


初めて見た雪緒さんの怒っている顔。

怒ってても全然怖くない。

そして言葉は止まらない。


「でも、俺らと離れるのがちょっとでも寂しいって思ってたら考えるだろ? そう思わなかったって事は、別になんとも思ってなかったからじゃねーの?」

「そんな……私……」

「俺は嫌だ。あんたが遠くに行くなんて、耐えられない。会えないなんて、耐えられない」

「バネ君……」


雪緒さんは驚いている。

俺は続けた。


「イタリアじゃなくたってここでいいだろ? 日本じゃいい楽器は作れないなんて、馬鹿げた事言わないよな? それとも、あんたの腕は環境によって大きく変わる程度のものなのか?」

「ーーー」

「あ、雪緒さんっ!?」


雪緒さんはそこで突然走り出し、工房から出て行ってしまった。

俺は慌てて後を追う。


入り口を出て左右を見回すと、雪緒さんがテニスコートのフェンスの向こうに走り去るのが見えた。


「ったく、なんで逃げるんだよっ」


俺は走り出した。

俺の所為で雪緒さんを混乱させてしまった。

あんな顔させたかった訳じゃないのに……


いや、させたかったのかもしれない。


傷付けて、悲しませて、少しでもあの人の心の中に黒羽春風という男の記憶を刻み付けたかったのかもしれない。

なんて傲慢で、卑怯で、狭小な心なんだろう。






テニスコートを過ぎて学校の敷地の外に出る。

春の柔らかな日差しも少しずつ傾きはじめていて、家路へと向かう人達の間を縫うように雪緒さんは走っていた。

案外足が速いことを知り、俺はスピードを上げた。











「待てよっ!」


しばらく走った所で、俺は雪緒さんに追いついた。

気付けば海の側まで来ていて、辺りに人影は無くなっていた。

二つの荒い呼吸が妙に大きく聞こえ、眼下には砂浜が広がっている。

波が打ち寄せる音の隙間に、雪緒さんのかすれた声が聞こえた。


「……バネ君の、意地悪ーーー」

「ーーーごめん」


肩で息をする雪緒さんの背中に、俺は謝った。


俺が悪い。


それは百パーセント間違いない。

でもこんなやり方でしか自分の気持ちを雪緒さんに理解してもらえないんだから仕方ない。

他のいい方法?

普通に告白したってこの人が信じる訳ない。

だから、こんな傷付けるような手段を選んだ。


卑怯で結構。

傲慢で結構。

弱虫で結構。


これ以上、差をつけられてたまるかよ。


「いい加減、気付いて欲しかったんだ……」


それだけ言うと、俺は掴んでいた雪緒さんの腕を放した。

雪緒さんはまだ俺に背を向けている。


「どんどん先を歩くなよ……追いつけなくなるだろ? ーーー頼むからさ……もう少しだけ、俺に歩調合わせてくれよ」


いつも一生懸命で、まっすぐで、努力家な雪緒さん。

俺は着いて行くのがやっとで、並んで歩く資格すらもっていない。

大学に行っている間に良い男になってやるだなんて、そんな大口よく叩けたもんだよな。

可笑しいったらない。

俺が必死こいて一歩進む度、雪緒さんはあっさりと三歩も四歩も先に進んで行く。

敵う訳ないじゃないか。

だから、歩くスピードを少しだけ緩めてもらわないと駄目なんだ。

弱い男だって鼻で笑ってくれて構わない。

藁にすがってでも、格好悪くても、俺はこの人の側にいたいんだ。


じっと黙って俺の言葉を聞いているらしい雪緒さんに、俺はまた一人で続ける。


「俺はあんたから見たらガキで、何の取り柄も無いし努力もしてない駄目人間かもしれない。でも、あんたのことを好きって気持ちだけは、誰にも負けないつもりだ……いや、絶対負けない。我が儘だって笑ってくれて構わない。それでも遠くに行って欲しくないんだよーーーあんたが……好きなんだ」


雪緒さんはゆっくりとこちらを向いた。

すごく困ったような顔で、俺を見上げた。


「私……」

「あーっと、ごめん。俺、すげー嫌なヤツだ」

「?」


何か言おうとした雪緒さんを制して、俺は頭を掻いた。


「今言った事は本当だし、雪緒さんの事が好きって気持ちに変わりはない。だけどさ、やっぱフェアじゃないよな」


そう言った俺の顔を、雪緒さんは不思議そうに見ていた。


「イタリアには行って欲しくない。でも、俺は楽しそうに楽器作ってる雪緒さんが好きだーーーだから、やっぱりイタリアに行ってくれ」

「えっ?」

「寂しいけどさ、我慢するから」

「バネ君……」

「だからさ、日本にあんたの事を馬鹿みたいに好きな男がいるってこと、忘れないでくれるとありがたいんだけど」


今焦っても仕方ない。

雪緒さんに嫌なガキだと思われたままなのは癪だ。

だから俺は少しだけ大人になる事にした。

引き止めたのは、雪緒さんの昔の男とは違うって事を知ってもらうため。

俺が本気だって事を知ってもらうため。

行けと言ったのは、ダビデと同じ理由。

雪緒さんが好きな事をやってるのを見るのが好きだから。

それに、最初から俺が行くななんて言った所で雪緒さんの気持ちが変わるなんて思ってなかったんだ。

俺が好きになった人は、そういう人だから……


人間って複雑だよな。

こうやって両極端な気持ちをいつも抱えて、それでもどちらか判断を下さないといけないなんて。人生なんて常に理不尽だ。

それでも自分の意志が無い奴らよりは全然ましだ。

悩み苦しみもがく事で、成長するって事が出来るから。

その選択が絶対に正しいなんて自分自身では分からない。

もちろん他の人にも分からない。

それでも選んだ選択肢が間違いじゃなかったって思えるように、努力するんだ。

成長ってそういうもんなんだと思う。


「ありがとう……」


そう言って笑った雪緒さんの瞳に、キラリと光るものが見えた。

海岸線の向こう、海の上に浮かぶ夕日が暖かくて、俺は無性に泣きたくなった。
















あれから半月後、雪緒さんはおじいの工房を後にした。

それからさらに三か月が経過した。

雪緒さんはイタリアの空の下、相も変わらず木屑にまみれて楽しそうに楽器を作っているだろう。

俺は久しぶりに訪れた工房の入り口の扉の前で、ふと後ろを振り向いた。

子ども達が楽しそうにおじいの作った遊具で遊んでいる。


変わらないなーーー


そう心の中で呟いて、ドアを押した。

ギイイッと木の軋む音が響いて室内に明かりが差し込む。

いつも雪緒さんが座っていた椅子はもちろん誰も座っていなくて、俺はそこまでゆっくりと歩いて近づいた。

そっと机の上を指でなぞる。

壁にかけられたバイオリンだかビオラだかが妙に誇らしげに見えた。


ギイーーー


ドアが開き、人が入って来る気配が背後でした。

足音は大きな歩幅で床を踏み鳴らし、俺のすぐ隣りで止まった。


「よお、ダビデ」


俺はダビデの名前を呼びながら振り返った。

そこにいたダビデは相変わらず無表情で、俺に若葉色の封筒を差し出した。


「あ?」

「ーーー雪緒から、バネさんに」

「え?」


俺は一瞬目を見開き、すぐにダビデの手から手紙を受け取った。

取りあえず封は切られていないようで安心した。

くるくると封筒を回しながら目の前の椅子に座る。

チラリとダビデを見上げると、小さく頷いて入り口へ歩き出した。


「おい、ダビデ」


俺の呼びかけに少しだけ顔をこちらに向け、それでも無言で工房を出て行った。

ダビデなりに気を利かせてくれたのだろう。

手元の手紙に視線を戻し、俺は封を切った。

封筒と同じ若葉色の便せんが出てきて、俺はゆっくりと開いて目を走らせる。


「ーーーははっ、雪緒さんらしいや」


便せんの真ん中に、たった一行だけの簡単な手紙。



『私が日本に帰るまでに、もっと良い男になってね』



期待してもいいのだろうか。

俺はニヤリと笑うと、椅子から立ち上がった。


いいぜ。なってやるよ、良い男に。








                                 END 







~あとがき~

お別れ編になりました。
う~ん。ハッピーエンドにしてあげるつもりだったんですけど、なんかもうこれでいいんじゃね? 
いや、う〜ん…どうしよ。。

管理人ってばこうやってぶつ切りの続き物書いたことないんで、正直戸惑ってます。
だって元々続き物にする予定じゃなかったのに!
バネさんの魅力に勝てず(笑)
長編でも必ず最後まで書き切ってアップするんです。
で、今回ちょっとづつ書いてるから内容がヘボすぎて倒れそう。ごめん、バネさん(笑)
続き書く時はもう少しましに書けるように頑張るから・・・

それでは、ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました!




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