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合言葉

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合言葉













いつしかそれは、合言葉のようになっていた。

月に一度送られて来る手紙は、驚くほど簡素で、女の人が書いているとは思えないくらいだった。

便せん一枚。

その真ん中にたった一行の手紙。

数ヶ月に一度、この文が送られて来る。


前より少し男前になった? (笑)


……なんだよ、カッコ笑いって。


そんなやり取りももう二年近く続いている。

俺からの返事も大抵一行だが、上の文に対しての返事はこうだ。


会えば分かる


相も変わらず女々しい俺は、そんな言葉で雪緒さんを試そうとしている。

それもギャグみたいなもので、わざわざエアメールでやるほどのことじゃない。

ともすれば軽い嫌がらせとも取れる。

大体この現代社会にあって、メールという一瞬で相手に文面を送れる便利なものがあるのにって思うが、それでもやっぱり手紙ってのが雪緒さんらしいと微笑ましくなる。




もうすぐ大学も卒業というこの季節、不況のあおりで俺の就職先はまったくもって決まらない。

これ以上もたもたしている暇は無いが、雪緒さんの所へ飛んで行く金も無い。

ついついため息も大きくなってしまうってもんだ。


「はあ~」

「バネさん具合悪い?」

「あ~? まあ、そうだな。ある意味悪い」


いつものようにダビデと会っていた俺は、ファミレスのソファーに半分体を埋めてダビデの問いに答えた。


「ーーーバネさんは……ああ、アルミニウム悪い……ぷっ」

「何にも引っかかってねーし、駄洒落にすらなってねえ」


テーブルの下から蹴る気力はなかったが、辛うじて口では突っ込めた。

ダビデは社会人だから、働いて貯めた金でここ2年の間に3回イタリアへ行っている。

そしてつい先月もイタリアの雪緒さんの所へ遊びに行って来た。

先月は雪緒さんも時間が取れたらしくあちこち連れて行ってもらったらしい。おかげで写真を山のように見せられた。

金欠で行けない俺にとっては拷問みたいだったが、その写真に写る雪緒さんの姿を見ただけで嬉しかったりした。

そして一枚、雪緒さんが工房で自分が作ったチェロを弾いている写真をもらった。

というか、ダビデが何も言わずにくれた。

俺ってそんな物欲しそうな顔してたのか?

そう考えると死ぬほど恥ずかしかったが、そんなことどうでもいいくらい、その写真が嬉しかった。


会いたい。


もう呪文のように何百回と繰り返したその言葉。

テーブルの上のジンジャーエールをじっと見つめる。

すっかり炭酸の抜けたそれは、まるで俺みたいだった。


「雪緒がバネさんとの手紙のやりとりが楽しいって言ってた」


俺はあまりにさらっと言われたんで、そのセリフを危うく聞き逃す所だった。

一瞬ダビデの顔を見て、ゆっくりと先ほどの言葉を思い出す。


俺との手紙のやり取りが楽しい?


本当だろうか。

たった一行の手紙に楽しいもなにもあったもんじゃないと思うんだが……


「会いに行かないんすか?」


じっと俺を見るダビデに、俺は自嘲気味に笑う。


「行けるんならとっくに行ってるよ」

「怖い?」

「ああ?」


ピタリと動きを止めると、俺はダビデを睨んだ。


「怖い? 何が?」


自分で声が低くなったのが分かる。

俺は今動揺している。


「雪緒に会うのが」

「んな訳あるか。今すぐにでも会いたいっての」 


今度はダビデから目を逸らした。

これではダビデの言った事を肯定しているのと同じだ。


ムカつく。


「待ってますよ」

「は?」


今度は目を少し開いてダビデを見る。

一体何を言っているのか。


「雪緒は、バネさんが来てくれるの、待ってますよ」

「ーーーな……」


な、何を言ってんだ? ダビデのやつは。


体を起こしてテーブルに肩肘をつく。

ダビデは相変わらずの無表情で俺を見ている。


雪緒さんが待ってる? 俺のことを?


何故?



ざわっと全身が総毛立った。

後輩に背中を押されたという事実は非常に腹立たしいが、怒りよりも俺は今緊張しているらしい。

待ってるなんて、その答えは一つしか無いじゃないか。


「ーーー何でそんなことダビデに分かるんだよ?」


緊張しているのを悟られないように、俺はそう尋ねた。


「俺は雪緒の従兄弟っす。雪緒が鹿児島に行くまではずっと一緒にいたから、考えてることとか何となく分かるし」


あまり説得力は無いが、ダビデはきっと俺のことを心配してくれてるんだと思う。

俺はダビデが言うように怖いんだ。

もしイタリアまで行って、やっぱり弟としてしか見れないなんて言われたら、ショックで地中海に身投げするかも知れない。

だが、雪緒さんが俺を好きになってくれる可能性がゼロではないってことは分かってる。

そうじゃなければこうやって毎月手紙を送って来ないだろう。

自分の事を好きだという男に、ずっと気を持たせておくほど雪緒さんも酷い女じゃない……と思う。

ただ、ちょっと天然だからその辺ははっきりしないが。


「俺は……」


言葉を発しかけた俺に、ダビデが首を横に振る。


「雪緒は、バネさんを待ってます」


確信に満ちた言葉。


「そんなこと……分かんねえだろ」


情けない位弱々しい俺の声。


「分かるっす」


しっかりと俺の姿を捉えて言うダビデ。


俺はどうしたい?

雪緒さんはいつか必ず日本に帰って来ると約束していない。

俺も、追いかけるなんて言わなかった。

俺はどういう結末を望んでた?


ただ好きで。

馬鹿みたいに好きで。

幸せになって欲しいって思った。


思うだけでいいのか?


行動しないんなら、ただ思っているだけなら、雪緒さんを幸せにするのが誰であってもいいって事になるんじゃないのか?

大学の事とか就職の事とか理由を付けて、俺は自分が傷つくかもしれないことを怖がってただけじゃないか。


ちっ、またダビデに気付かされるなんてな。

先輩の威厳なんて形無しだ。


俺はゆっくりと立ち上がった。


行くか。イタリアへ。


好きな女を攫いに。







                                 END







=あとがき=

どうも、お読みくださりありがとうございました!
結局続き書きました(笑)
今回は短くしました。次で最終回にしようと思いますので、あと一回だけお付き合いください。
それでは、また~




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