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チェンジ・ザ・ワールド☆
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チェンジ・ザ・ワールド☆

雨の日に〜1−2

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1-2












 加藤清吾はとんでもなく不機嫌だった。いくら使ったか分からない程にお金を吸い取るパチンコ台を蹴飛ばし、大股歩きで肩を怒らせながらパチンコ店を後にした。

 外に出ると昨日から降り続く雨に出くわしさらに不機嫌になる。チッと舌打ちをすると、傘も差さずに交差点へと歩を進めた。

「どいつもこいつも馬鹿にしやがって……」

 ぼやきながら人気の無い繁華街を通り、殆どの店のシャッターが閉まったアーケードに入ると、ひっそりとOPENの看板を掲げる喫茶店へと入った。

 カラン カランーーー

 ドアに取り付けられた鐘の音に、カウンターの中にいた男性は一瞬笑顔を作り面を上げる。が、客の顔を確認するや口角を下げた。

「ーーーなんだ、清ちゃんか」

「悪かったっすねえ、俺で……」

 ドカドカという文字が今にも見えてきそうな位大きな足音を立てながら、木の床を踏み鳴らし加藤は店員の目の前のカウンターにどっかと腰を降ろした。

「どこのどなたが客なんだか、喫茶店にツケでコーヒー飲みに来るくせに」

 ひょっこりカウンターの下から顔を出した女性が、皮肉を言いながら加藤の前に水を置いた。

 ここは加藤行きつけの喫茶店で、「ガブリエル」という奇妙な名前を付けた主人の川岸圭太と、妻の佐知子の二人が経営する小さな店だ。もちろん、先程加藤に悪態を吐いていた二人が川岸夫妻である。

 夫の圭太は五十代にしては少し老けて見える寂しくなった頭頂部をしており、痩せていて度の強い眼鏡をかけている。妻の佐知子は夫と正反対で、とても五十代には見えない程若々しくはつらつとした、人当たりの良い女性だ。若かりし頃はさぞ美人だったろうと想像出来る。

「で、ご注文は?」

 佐知子の質問に加藤は面倒臭そうに答える。

「いつものやつ」

 どうやらご機嫌斜めのこの客に、川岸夫妻は顔を見合わせ肩を竦めた。




 どうして尻尾を出さないんだーーー

 加藤は煙草に火を付けながら、一ヶ月前に起こった殺人事件の事を考えていた。

 この機嫌と態度の悪い喫茶店の客は刑事であり、不機嫌の原因こそここ数ヶ月間この町で連続して起こっている殺人事件なのだ。加藤はその事件の担当であり、捜査を続けているものの今だ何の進展もない。

 事件のあらましは次の様なものだ。


 最初の事件が起きたのは今から遡る事半年前の午前一時過ぎ。大学サークルでの飲み会の帰り道で、二十歳の女子大生が刺殺されたうえ道端に捨てられた。

 次の事件はそれから二ヶ月後の午前三時頃、キャバレーで働く二三歳のキャバクラ嬢が帰宅途中で同じように殺害された。

 そして次の事件は一ヶ月前。二人目の犠牲者が出てから三ヶ月後の午後十一時過ぎ、会社帰りの二五歳のOLがまた同じ様に殺害された。


 いずれの被害者も深夜に襲われどこかへ連れさらわれた後、殺害し死姦されていた。

 驚いた事に、犯人はご丁寧に遺体にきちんと服を着せ、人目に付き易い道端まで置きに来ていた。

 凶器は小型のナイフである事と、三人の傷跡から犯人は右利きである事ぐらいしか判明していない。死姦された痕跡はあるものの、犯人に繋がる手掛かりは一切検出されていないのだ。

 付近での目撃者や悲鳴、争う物音を聞いた人がいない事から顔見知り犯説も出たが、犯行の手口が似ている事や被害者同士の面識が無く、職業はばらばらで共通点も皆二十代という事以外無い事から、異常性犯罪者による無差別快楽殺人の見方が今のところ有力視されている。


 加藤は事件当初、事件の異常性からすぐに犯人が捕まると高を括っていた。しかしいつまで経っても犯人の目星すら付けられないし、終いには第二第三の被害者まで出してしまった。

 それほど大きくないこの町では、連続殺人事件など今世紀最悪の事件とばかりに市民は恐怖し、地元新聞も大々的に取り上げた。都心部からテレビカメラもやって来て、警察署の前はここ数ヶ月人でごった返している。

 警察への不満も日に日に濃くなり、初動捜査の遅れに対する責任者へのバッシングも始まった。

 最初は連続殺人かどうかも分からない状況だったのに、こちらが連続殺人の可能性を示唆した途端にマスコミは掌を返したのだ。

 加藤の父親はここ福岡県堂ヶ崎市警察署の警視で、この女性刺殺事件の責任者だった。

 加藤は父親に責任はないと、毎日くたくたになるまで歩き回り聞き込みをしたり、人気の無い通りに女性捜査員を囮として一人で歩かせたり、鑑識課にしつこく情報を聞きに行ったりしたのだが、何一つとして効果も成果もなかった。



 加藤は先程目の前に出されたコップを掴むと、一気に水を飲み干した。

 コーヒーの香りが鼻孔をくすぐり出す。

 右手に持っていた煙草はいつの間にかフィルターぎりぎりまで燃え、灰がカウンターに落ちていた。

「熱いっ!」

 気付かなければ、指の間を火傷していただろう。加藤は投げる様に短くなり過ぎた煙草を灰皿でもみ消した。

 窓の外に目をやると、薄暗くなり始めたアーケードを足早に横切る人々が加藤の目に映った。

 誰も彼もが正体不明の連続殺人犯に怯えている様に見えるのは、おそらく加藤の気の所為だろう。

「ちょっと、清ちゃんらしくないわよ」

 佐知子がコーヒーを差し出しながら微笑んだ。

 その様子に加藤は顔を歪ませ、カウンターに肘を付いて顎を乗せた。

「俺だってたまには頭使いますよ。世の中ってヤツは上手く行かない様に出来てるんだなぁって……あ、マスター、ピラフ作って……大盛りで」

「はいよ」

「悩んでても食欲はあるのね」

「人間ですからーーー」

 佐知子の皮肉に適当に答える。

 カラン カランーーー

 加藤がコーヒーに口をつけると、店のドアが開き、鐘が鳴った。

「あらいらっしゃい。すぐにコーヒー煎れるわね」

「こんにちは、お願いします佐知子さん」

 挨拶をする隙も与えられない程、佐知子の言動は早かった。客は苦笑しながら静かに加藤の隣りに腰を降ろした。

「よお……」

「ああ……」

 しばらくの沈黙が続く。

「ーーー機嫌悪そうだな」

「まあなーーー」

「煙草吸い過ぎだぞ」

 加藤が今しがた付けたばかりの煙草を取り上げ灰皿で消したのは、塾講師の岡部だった。

 岡部と加藤は中学時代からの同級生で、高校、大学までずっと一緒だった。

 仲良くなったのは高校入学後、同じクラスになってからだ。それまでは名前を知っている程度で、あまり会話をした事は無かった。

 性格が荒っぽくて豪快な加藤と、もの静かで繊細な岡部とまるで正反対だが、お互いにまるで違う所に惹かれたのか喧嘩をする事も無く、社会人になった今でもこうして頻繁に会っている。

 今日ガブリエルで会ったのは偶然なのだが、思考回路が近いのか、どちらかが誘う時は誘われる方もなんとなく分かる様だ。

「事件、難しいのか?」

「ああ……こうパーッと犯人が判る機械とか無いかなあ」

 真剣な顔でおかしな事を言う友人に、岡部はつい、吹き出してしまった。

「失礼なやつだな。これでも真面目に悩んでんだぞ」

 加藤は少し顔を赤らめ、子供の様に岡部を睨んだ。

「すまん、そんなつもりじゃーーー刑事も大変だよな。手掛かりは全く無しなのか?」

 加藤が口を開こうとすると、佐知子が大盛りのピラフとコーヒーを二人の前に出した。

「いいの? 清ちゃん、刑事が一般人に事件の情報漏らして」

 加藤はピラフに早速スプーンを入れ、飲み込む様な勢いで食べ始めた。

「いいよ岡部は。佐知子さん達は聞こえないフリしてくれれば」

「いい加減な刑事ねえ」

「うるさいなぁ」

 二人のやり取りを微笑みながら見ていた岡部は、青色が不思議に光るコーヒーカップに口を付け、一口その中のほろ苦い液体を流し込んだ。

 コーヒーが口中に広がると、岡部の脳裏に不気味な光景が浮かび上がった。

 何だ、これはーーー



 漆黒の闇の中、ぼんやりと人影らしき輪郭が浮かび上がっている。その人影の背後にはそこだけライトが当てられているかの様にはっきりと、ナイフだけが見える。

 ナイフはそれ自身が意志を持った様にゆらゆらと揺れていた。

 「ーーーどうした、岡部?」

 加藤の言葉に、岡部は我に返った。

「っ……いや、何でもないーーー」

「疲れてんだろう。ガキの相手なんて、俺なら大金もらってもごめんだ」

 加藤はそう言うが、実は意外と世話好きであるため子供にも好かれる。

 岡部は加藤が言う様に疲れているのだろうと、軽く頭を左右に振った。

「子供はいいよ。こっちまで心が素直になれる気がするし……確かに大変な時もあるけど、加藤の仕事に比べたら勤務時間も休日も決まってるし体力も使わない、楽なもんさ」

「清ちゃんには先生なんて無理よ。すぐ怒るし……私が親ならもし子供がいても、清ちゃんが教えるような塾には絶対預けないわ。その点進ちゃんなら優しいし、頭もいいから安心して子供を勉強させられる」

 佐知子は加藤の空になったコップに水を注ぎながらウインクをした。

 加藤は面白くなさそうに煙草に火を付けた。

「やれやれ、俺も岡部と同じ大学出てるんだけどな」

「学力の問題じゃないのよ、人間性の問題なの」

「俺は人間性に問題を抱えた警察官なのか?……本気で転職考えようかな」

「佐知子さん、あんまり加藤をからかわないで下さいよ。こう見えて結構繊細なんですから」

 落ち込む加藤に苦笑しながら、岡部はいつもこの喫茶店でこの人達に癒されている事に改めて気が付いた。

「だって清ちゃんったら、何でもすぐに真に受けるから面白くって」

 けらけらと豪快に笑う佐知子と、それに憤慨する加藤のやり取りを見ているだけで自分の小さな不安や疲れが薄らいで行く。

 そう、先程脳裏に浮かんだ、どす黒いビジョンさえも。












                                続く…












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