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チェンジ・ザ・ワールド☆
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チェンジ・ザ・ワールド☆

雨の日に〜1−3

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1-3












 岡部の心臓は今にも口から飛び出さんばかりの勢いで脈打っていた。

 練習した言葉を、朝から何度も心の中で繰り返し、羞恥心を振り払い購入した小さい、可愛らしい花束を後ろ手に握りしめ、じっとりと汗ばむ額をハンカチで拭った。

 腕時計の針は午前九時半を少し回ろうとしていた。

「岡部先生、すみませんお待たせして」

 声が前方から聞こえると、岡部は一際心臓が速くなるのを感じ軽い目眩まで覚えた。

 俯いていた顔を地面から離し前を見ると、岡部が想いを寄せている塾講師の坂井が小走りでやって来た。

「いえ、僕もさっき来たばかりですから、待ってませんよ」

 にっこり微笑んだつもりだったが、上手く微笑む事が出来た気はしなかった。

「すみません。じゃあ、行きましょうか」

「あっ、あの、これーーー」

 岡部は勇気を振り絞って花束を坂井の前に差し出した。

「わあ、可愛い! どうしたんですか?」

 坂井は驚いている。

「いえ、ここに来る途中に花屋があって、綺麗だったからーーー前に花が好きだって話してくれたじゃないですか、それで……」

 岡部の言葉に坂井は嬉しそうに花を受け取り、にっこり微笑んだ。花の話しをしたのは確か二ヶ月程前だった。それを岡部は覚えていてくれたのだ。

「そんな、覚えていてくださったんですね。嬉しいです……ありがとうございます」






 事の発端は五日前。

 授業を終え教務室へと戻って来た岡部は、自分の机の前を行ったり来たりしている坂井を見つけた。

「坂井先生どうしたんですか。僕に何か?」

 岡部が声を掛けると坂井は一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔になると、

「あの、岡部先生今度の日曜日なんですけど、もしお暇でしたら一緒に映画を観に行きませんか?」

 突然の事に、岡部は坂井の言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。

 どうやら一緒に出かけないかと誘われている様だ。

「映画、ですか?」

「ええ、あの、招待券を頂いたんですけど。前に岡部先生映画がお好きだとおっしゃっていたからーーーあっ、ご迷惑だったですか?」

 悲しそうな顔になった坂井に岡部は少し動揺した。まだあまり状況を把握しきれていないのだ。

「そんな。迷惑だなんてーーーでも僕なんかを誘っていいんですか。お友達とか……」

「いえ、あの、私岡部先生とご一緒したいと思ったので……」

「はあーーー」

 気の無い返事をする岡部に、坂井はほんのり頬を赤く染めて俯いた。つられて俯いた岡部は漸くそこで坂井にデートに誘われている事に気付き、赤面したのだった。







 二人は殆ど会話をする事がなかった。映画館の中では当たり前だが、その後入ったオープンカフェでも、大して会話が続かなかった。

 緊張していたのはお互いそうなのだろうが、それにしても口数が少ない。お通夜の帰りの様に暗い雰囲気のカップルに、店員も困った様に顔をしかめてオーダーを取りに来た。

 何とか口を開いて注文を済ませると、意を決した様に坂井が話し出した。

「……あの、今日は本当にありがとうございました」

 そう言いながらも、坂井は向かいの席に座る岡部の顔をまともに見る事が出来ず、手元に握ったハンカチを玩んでいた。

「あっ、いえ、とんでもない。こちらこそありがとうございました。映画、とても面白かったです」

 本当は隣りに座る坂井が気になり映画の内容など殆ど頭に入っていなかったのだが、岡部は精一杯の笑顔で答えた。

 岡部の言葉に安堵したのか、漸く坂井が顔を上げた。

「良かった……もし岡部先生があまり好きじゃない内容だったらどうしようって、ずっと気掛かりだったんです」

 無邪気に笑う坂井の顔が、岡部の胸を打った。

 後で映画の内容について話されては困ると思い、映画館を後にする前に購入したパンフレットが輝いて見えた。





 料理がテーブルへと運ばれて来ると、坂井は嬉しそうに食べ始めた。

 と、その時。

「春香っ!」

 急に声を掛けられ、坂井は驚いた。丁度岡部が振り返ると、目鼻立ちのはっきりした、なかなかの器量良しなショートカットの女性が笑顔でこちらへ走り寄って来ていた。

 坂井は顔を上げ、ひどく驚いた。

「りっ、理絵!?」

 坂井の反応は岡部にとって意外だった。おそらく友人であろう女性を確認し、慌てているのだ。

 もしかしたら自分と一緒にいる所を見られて、恥ずかしいと思っているのではないか。こんな冴えない三十過ぎの男といるのだ、理絵と言う友人に冷やかされるのを嫌ったのではないかと考えた。

「久しぶりね。元気だった?」

 理絵という女性は遠慮なく坂井の隣りの席に腰を降ろすと、ちらりと岡部を伺い微笑んだ。

「ちょっと、理絵いつ日本に帰ってきたの? 私そんな事聞いてなかった……」

「昨日よ。驚かせようと思って春香には内緒にしてたんだから、聞いてなくて当たり前じゃない……ところでこちらの方は? 紹介してよ」

 ふと視線が合った女の艶やかな大きな瞳に吸い込まれそうになり、岡部は戸惑った。

「あ、同じ塾で講師をなさってる岡部先生。先生、こちらは私の幼なじみで、本村理絵です。彼女高校卒業してアメリカの大学に行ったんですけど、帰って来てるなんて知らなくって……」

 そう言って坂井は困惑した表情を浮かべた。

 坂井が驚いた理由が分かった。本村理絵という女性は坂井の中ではアメリカにいて、日本にいるはずの無い人間だったのだ。

「初めまして岡部さん。本村理恵です、よろしく」

「岡部です、よろしく……」

 差し出された手を握り返して、岡部は笑顔を作った。

「……ところで春香。岡部さんってあなたの恋人?」

 本村の一言に、岡部は慌てた。

「えっ……!?」

「なっ! そ、そんなんじゃないわよ……岡部先生は私の職場の先輩で……」

 真っ赤になりながらも必死に否定する坂井に多少ショックを覚えながら、岡部は何も言えなかった。

 自分が一方的に好意を寄せている坂井が映画に誘ってくれたとはいえ別に好きだと告白された訳ではなく、言うなれば岡部の片思いであり、坂井は単に映画好きの岡部にタダで映画鑑賞をさせてくれただけなのだ。

 いや、果たしてそうであろうか。もし自分なら映画の招待券が手に入ったからと言って、ただの映画好きの異性の知人と一緒に映画に行こうと誘うであろうか。もしかしたら坂井は自分に好意を持っていて、岡部の告白を待っているとしたら……。

「岡部先生、どうなさったんですか?」

 急に名前を呼ばれ、岡部は思考する事を止められた。

「え? あ、いえ。何でもありません……」

 坂井は心配そうに岡部の顔を覗いた。その様子を眺めていた本村はさっさと椅子に座り、坂井が頼んだパスタを一口食べた。

「ーーーこのパスタ、まあまあね。ちょっと塩辛いかしら? でもL・Aのレストランよりは随分ましね。ホントアメリカ人の味覚って理解出来ないのよね、ケーキなんて吐き気がするくらい甘いし……どうしたの? ほら、早く食べないと冷めるわよ?」

 かなり自由奔放な本村の様子に岡部はしばらく呆気にとられた。

「あ、岡部先生座りましょう……もう、理絵ったら。岡部先生がびっくりしてるじゃないのよ」

 坂井に促され、岡部は操られる様に腰を下ろした。

「お客様、ご注文はお決まりですか?」

 ずっと後ろで口を挟むタイミングを見計らっていた店員が、漸く本村の前に水の入ったコップを差し出しながら聞いた。

「一番お勧めのパスタ頂戴。あとホットコーヒー三つ……あ、アメリカンチーズケーキも三つね」

 はいと踵を返す店員の後ろ姿に向かって、本村はさらに付け加えた。

「コーヒー急いで頂戴」











                                続く…












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