チェンジ・ザ・ワールド☆
雨の日に〜2−7
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2-7
翌日、検死解剖の結果が出た。
加藤と津田、成川は再び三人で図書室に集まっていた。
「やはり手口は酷似してますね」
津田がげんなりとして書類に目をやった。
「でも少し違いますね……」
成川はまじまじと検死報告書を見ながら呟いた。
「違うって言ったって、遺棄現場が道端じゃなくて土手って所と、死姦されてないって所だけじゃないですか」
津田の言葉に、成川は真剣な表情でテーブルに身を乗り出した。ふわりと長い髪の毛が落ちて、甘い香りが加藤と津田の鼻に纏わりついた。
「それが重要なんですよ……いいですか? 今までとは違う犯人の行動、それが意味する所に犯人の目的や心の動きが現れるんです。何故、犯人は本村理恵さんの場合だけ道端ではなく、土手に死体を遺棄しなければならなかったのか。そして何故、死姦しなかったのかーーー」
成川の講説に、加藤はふとあの男を思い出した。
あの日、カフェで本村と坂井二人の女性を食い入る様に何時間も見つめ続けていた男。
「特別な感情があったとしたら……」
ふと思っている事が口から出て、加藤は自分に驚いた。
「それですよ!」
成川は激しく加藤の呟きに同意した。
そして美味しく無いコーヒーを飲むと、ノートパソコンを取り出した。
「被害者同士の面識は無く、加害者と被害者同士の面識がある。その親密度は被害者によって異なる……犯人は比較的知能レベルは高くある程度社会的に自立した立場にあり、共犯を従える立場にある……」
どうやらパソコンに何やら入力しているようだ。
「どうです。犯人分りそうですか?」
パソコンを横から覗き込む津田が言った。
成川は津田の言葉に顔を見上げて吹き出した。
「嫌だ、津田さんったら。プロファイリングで犯人は分りませんよ」
「え? そうなんですか?」
「このバカ、そんな事も知らずに、よく刑事が務まるな」
呆れた加藤に哀れみの目で見られ、津田は少し落ち込んだ。
「ええ。あくまでもプロファイリングは捜査の対象者やエリアを絞り込むツールの一つです。今まで刑事さん達が汗水たらして解決して来た事件や心理学を基に、臨床的・統計学的に犯人により近づく為の手段なんです。そんな簡単に犯人が解るなら、我々も超能力者と一緒になってしまいますよーーーあっ!」
「あっ!」
成川が声を上げるのと、加藤が声を上げたのは同時だった。
津田は二人の顔を見て、自分も漸く何に対して二人が声を上げたのかに気付いた。
「岡部っ!」
三人は同時に立ち上がった。
漸く会えた友人の顔は、ほんの二日間で驚く程憔悴しきっていた。
取調室には岡部の前に成川、その後ろに津田、岡部の横に特別に取り調べに立ち会う許可をもらった加藤という面子が揃っていた。
「ちゃんと飯食ったか?」
加藤の質問に岡部は頷く。
「ああ。何とかな……」
「いいか岡部、この成川先生はFBIでも勉強してきた犯罪心理学者だ。お前の無実を晴らす助けをしてくれる……だから正直にこの先生の質問に答えるんだ」
加藤はそう言ってパイプ椅子を引っ張り出し、腰を降ろした。
「俺は最初から正直に答えてます。嘘を吐いたりしてません」
成川の顔を見据えて、疲れ果てている岡部は静かに言った。
「ええ、分っています。ですが現段階であなたを釈放するに足る証拠が無いんです。あなたが見たという不思議な映像をヒントに、真犯人を探すしかないんです。ですから我々に協力して下さいね」
微笑む成川に、岡部はやっと少しだけ力を抜いた。
昨日会った時成川は良く分からない心理テストをさせたり、不思議な質問をたくさんして来た。しかし話しをしているうちに段々と自分を疑っている訳ではないという事が分り、心理学者なら自分が見た不気味な映像の事も何か分るのではないかと思い、話しをしたのだ。
「何か、やっぱり俺が見た映像は事件と関係があるんでしょうか……」
岡部の言葉に成川は頷き、話し始めた。
「私達は昨日岡部さんのお話を聞いて、もしかしたら岡部さんは特殊な超能力を持っているのではないか、という推論を立てました」
「超……能力ーーー?」
あまりに非現実的な言葉に、岡部は戸惑った。
「はい。岡部さんの頭に浮かんだ映像……もし、これらが今回の事件に関係している事柄なら、岡部さんの力で犯人を早く見つけ出せるかも知れないんです」
成川に見つめられ、岡部は瞳を伏せて視線を逸らした。
「岡部……冗談で言ってるんじゃないぞ、本気なんだ。もう一度その、お前の頭に浮かんだ光景を詳しく教えてくれないか?」
加藤は真剣な目で岡部を見ている。
生まれてこのかた一度も不思議な体験などした事がない岡部にとって、超能力と言われてもぴんとこないのだ。
それなのに今回の事件だけ超能力が働くとはどうにも理解し難い。
目が泳いでいる岡部の様子を見て、成川は優しく声を掛けた。
「岡部さん、確かに超能力という言い方をすると不思議だと思いますが、岡部さんのようにある日突然不思議な体験をした人もいるんです。それが特別とかではなくて、誰にでも起こりうる現象の一つだと思っていただくと、少しは納得してもらえるんじゃないでしょうか?」
岡部は、自分の目の前に座る学者の顔を見た。
ちょっとした目線や動きで、相手の考えている事が分ってしまうのだろう。
別に超能力を否定している訳ではない。まさか自分が、と自分自身を疑っているのだ。それをいとも容易く見抜かれ、岡部は恐る恐る首を縦に振った。今はこの女性を信じてみるしか自分が無実を証明する事は出来ないのだ。
そんな岡部の様子を見て、成川達は顔を見合わせた。
「それではいくつか質問しますね……」
「はい……」
津田は急いでノートパソコンを開き、成川と加藤の間に座った。
「岡部さんの脳裏に突然不思議な映像が浮かび出したのは、何時くらいからですか?」
「初めて見たのは確か、三人目の女性が殺された後でした」
「という事は、比較的最近という事ですね……日にちまで覚えてますか」
「二週間程前に、加藤と偶然ガブリエルであった日が最初だったと思います」
岡部の口から出た言葉に、加藤は驚いて顔をしかめた。そう言えば様子がおかしかった。疲れているのだろうとは言ったが、まさかそんな事になっているとは夢にも思わなかった。
「なるほど、分りました。それでは次の質問です。岡部さんの頭に映像が浮かび上がる時、何か引き金になる様な事……例えばテレビで事件の報道を見る、等といった事はありますか?」
その質問に岡部はしばらく考え出した。
ーーーー
しばしの沈黙の後思い出したらしく、漸く岡部は口を開いた。
「そう……ですね。大きく分けると、二つ条件がある様です……」
成川は少し身体の位置をずらし、岡部の顔をじっと見た。
「一つはコーヒーの香り。喫茶店でコーヒーを飲んだ時に映像を見たのが最初で、その後もたまに……もう一つは心を落ち着かせる……でも、コーヒーの臭いがするからといって必ず頭に何かが浮かぶという訳ではありません」
「もちろんそうでしょう……なるほど、分りました。では次の質問です。昨日後藤という刑事さんに話した映像の事ですが、その中に甘い香りというのがありますが、これは実際に匂いがしたんですか?」
「いいえ……実際にした訳では無いんですが、何て言うんでしょう……甘い香りのイメージが浮かんだんです」
「香りのイメージ?」
成川と加藤と津田の三人は、同時に声を出した。
「夢の中で料理が出て来た時に、美味しそうな臭いがした気がする様な感じです」
「なるほど、それでは岡部さんは何かその甘い香りを連想させる様なイメージが頭に浮かんだ。と、そう言う事ですか」
成川が言うと、岡部は首を捻った。
「……いいえ、違うんです。何かが見えた訳ではないんです……なんだろう?」
言葉に詰まる岡部に、成川も頭を捻り出した。
「連想する様なものが無いのに、甘い香りのイメージってどういう事ですかね?」
首を傾げる岡部と成川を見ながら、小声で津田が加藤に聞いた。
「さあな……」
ガチャリーーー
取調室のドアが開き、白川が入って来た。
「おい加藤、お前に客だ……」
「はい……?」
手招きされ、厳つい男二人は部屋を出て行った。
しばしの沈黙の後、加藤が戻って来た。加藤はちらりと岡部を見ると、
「すんません、ちょっと津田のやつと出ます」
と、成川に言った。
「何かあったんですか?」
成川は加藤の顔を座ったまま、首だけを捻って見上げて尋ねた。
「俺に客が来てて、その人が俺に話しがあるって。それを津田と聞きに」
「あ、私も行きます」
そう言って立ち上がった成川に、加藤はもちろん津田も岡部も驚いた。まだ話しの途中のはずだ。
「えっ? しかし……」
津田は言葉を濁した。
「岡部さん、あまり無理に突き詰めるのも良くありませんし、今日はここまでにしましょう。明日、また色々とお話を伺うと思いますので、宜しくお願いします」
「は、はあ……」
岡部も呆気にとられている。
しかし成川はもう既に部屋を出る準備を終え、加藤達を促し始めた。
「さ、行きましょう。私も話しが聞きたいです」
さっさと出て行く成川に、加藤と津田は顔を見合わせた。
「お、岡部。もう少しの辛抱だからな」
そう言うと外から入って来た警官に後の事を任せ、加藤達も出て行った。
廊下に出ると、成川が待っていた。
「いいんですか、岡部のやつの話しを聞かなくて……」
津田の疑問は最もだ。しかし成川は笑顔で答えた。
「いいんです。あれ以上一度に聞きすぎても岡部さんを混乱させるだけでしょうし、それに何かと分った事もあります」
「何かとって?」
「何かとです」
加藤の言葉に、成川はただにっこり微笑むだけだった。
「おい、加藤!」
廊下の向こうから呼ぶのは先程加藤を呼びに来た白川だった。三人は白川のいる方へと歩いて行った。
歩きながら加藤は、津田と成川に加藤を尋ねて来た人物の事は伝えておいた。
成川は訪ねて来た人物に見当が付いていたのか、津田の様に驚いて何があったのかと首を傾げたりしなかった。
「この部屋に通してるから、後はよろしくな」
白川について行った先にあるドアの前まで来ると、加藤はちりちりと胸が痛むのを感じた。
何とも言えない緊張感だ。
ガチャリとドアを開け、中に入ると坂井春香が座っていた。
「加藤さん……」
赤い目で坂井は加藤を見上げた。泣いてあまり眠れなかったのだろう。
「坂井さん、俺に話しってのは何ですか?」
ぺこりと加藤の後ろから入って来た津田と成川に頭を下げて、坂井は俯いた。
「あの、昨日から何かと動揺してしまってすっかり忘れていたんですけど、少し前に理恵が言っていた事で、気になる事があったのを思い出して……」
坂井の告白に、加藤達は顔を見合わせた。
「気になる事とは何ですか?」
津田は手帳を開いて身を乗り出した。
「はい……その。理恵と一緒に食事に行った時なんですけど、気味の悪い男の人に家の近くまで付けられた事があると……」
!?
加藤は胸が高鳴った。どくんどくんと脈打つ心臓に、落ち着けと何度も言い聞かせる。
「それは、いつ?」
津田の質問に、坂井は少し考えてから答えた。
「確か、岡部先生と加藤さん達と会った数日後だったと思います」
あいつだ、間違い無い!
加藤は早くここから飛び出したくなる衝動に駆られた。
あの日、捕まえ損ねたあのトレンチコートの男。取り逃がした事が今更ながらに後悔される。
自分の足があとほんの少し早ければ。
「どんな男だったかとか、言ってましたか?」
加藤の気持ちを知ってか知らずか、津田は質問を続けた。
「いいえ、そこまでは……ただ気味の悪い男の人としかーーー」
「おい、津田っ! あいつだ、あの男だっ!」
「先輩、落ち着いて下さいっ。まだ話しを聞いてる途中なんですから!」
興奮する加藤をなだめながら、津田は一枚の写真を取り出した。
あの不審な男が写っている、商店街の防犯カメラの写真だ。
「あの、坂井さん。この写真の男に見覚えはありませんか?」
津田に差し出された写真を覗き込み、手に取って坂井はじっと写真を見つめた。
「……いいえ、ありません。この人がーーーあ、ま、まさか!?」
急に写真を持つ手が震え出し、坂井は本村理恵の事を思い出したらしく、わっと机に顔を伏せて泣き出した。
「坂井さん……まだこの男が犯人と決まったわけではありません。ただ、本村さんが言っていた気味の悪い男がこの男の事ならば、この男が何か知っている可能性はあります」
津田の言葉に、坂井はぴくりと肩を震わせた。小さい体が強張り、増々小さくなる。
「俺達が必ずこいつをふん捕まえて、あんたのお友達の事を聞き出してやるから、安心してくれ」
加藤はそう言うと、坂井の肩に手を当てた。微かに震えるその肩に、加藤はひどく哀れみを感じた。
ゆっくりと顔を上げた坂井は、ハンカチで涙を拭いながら小さく頷いた。
第二章終わり。三章へ続く…
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