チェンジ・ザ・ワールド☆
1日目・No.7
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私のやんごとなき王子様
三島君に釘を刺された私は、職員室まで日誌を届けに行ったさなぎに代わって一人で最後の授業で使用した化学実験道具のチェックをしていた。
カチャカチャとビーカーの数を数えて棚に綺麗に並べていると、教室のドアが開く音が聞こえた。
「遅いよ、さなぎ。まだこんなに残ってるんだよ~!」
少し怒ったように言ったものの予想していた返事は返ってこなくて、私は膨れっ面を作って振り向いた。
「こんなに頑張ったんだから、帰りに大福おごってよ……って、あれ?」
振り向いたそこにいたのはさなぎではなく、同じ3年の利根華月(とね かづき)君だった。
利根君は驚いたような顔を一瞬して、すぐに綺麗に微笑む。
「ごめんね、佐和山さんじゃなくて」
「あっ、えっと……ごめんなさい。てっきりさなぎだと思って」
私は恥ずかしさで手に持っていたビーカーを急いで棚にしまった。
利根華月君。彼は実家が有名な華道の家元の跡取り息子で、この星越学園でも一、二を争う人気者だ。
物静かな雰囲気が綺麗な顔立ちと合わさって、化学実験室がまるで高価な茶室に思えてくる。
「一人で片付け?」
「あ、うん。さな……えっと佐和山さんが職員室まで日誌届けに行ってて」
「手伝うよ」
「えっ!?」
そう言うが早いか、利根君は流れるような動きで私の隣まで来るとフラスコを数え始めた。
急な展開について行けない私は、利根君の白くて繊細そうな指と、長くて綺麗な睫毛を交互に眺めて気がついた。
利根君は同じクラスじゃない。
「あわわっ! 利根君いいよ、クラス違うじゃない!」
慌てる私に、利根君はピタリと動きを止めてこちらを向いて肩をすくめた。
「駄目だよ小日向さん。いくつだったか分からなくなったじゃないか」
「あっ、ごめん……じゃなくって!」
「クラスが違っても手伝いくらいしてもいいだろ?」
「そうだけど……」
そうだけど、もし利根君のファンの子にこんな所見られたら大変なのに。
気持ちは焦るけど、でも正直手伝ってくれるのは助かるかも。だってさなぎったらまだ帰って来ないし。
「全部で16個だったよ。次は顕微鏡?」
「あ、ありがとう。えっと次はこっちーーごめんね、利根君」
「どういたしまして」
微笑む利根君からなんだかすごくいい匂いがした。化学薬品なんかじゃない、清々しくて凛とした匂い。
もしかしてお香かな?
なんて鼻をくんくんさせていると、利根君が優しい声で尋ねてきた。
「小日向さんは演劇祭の手伝い、何をするか決めたの?」
「ううん、全然決まらなくって……」
「やりたい事はないの?」
いつの間にか私が持っていたチェック用のノートも利根君が持ってて、数を書き込んでくれた。私はそんな利根君のさり気ない気遣いに感心しながら答える。
「高校生活最後の演劇祭だから、一所懸命やりたいんだけどね。でもどこのお手伝いをすれば自分が皆の役に立てるか分かんなくて」
「小日向さんならどこででも皆の役に立つよ」
「え? そ、そうかな? 現段階で利根君に仕事させてるような人間だよ?」
「ふふっ、でも佐和山さんを待つ間は一人でやってたんでしょ?」
「それは、まあ……」
なんだか利根君に褒められるとすごく嬉しい。そんな風に言ってくれるのはきっと利根君が優しいからなんだけど、それでもやっぱりこうやって面と向かって言われて嬉しいって思えるのは、利根君の言葉がお世辞じゃないからだと思う。
本当に見た目も心も美しいなんて、反則だよな。
「ねえ、小日向さん」
「なに?」
「もしきめられないんなら、俺の手伝いをしてくれないかな?」
「え? 利根君のお手伝い?」
急な申し出に、私はフラスコを片付ける手を止めて利根君を振り返る。
利根君はもう全部チェックし終えたらしく、ノートを閉じて優雅な動きで机の上に置くと私に向かって微笑んだ。
女の私が言うのもなんだけど、そこらの女の子よりも遥かに綺麗な顔をしている。
「そう、俺の手伝い。舞台衣装とか小物を作る小道具なんだけど、小日向さんに手伝って欲しいんだ」
「楽しそうだけど、私に出来るかな?」
作業を再開しながら衣装をミシンで縫う様子を想像してみる。
裁縫は割りと好きな方だし、小道具を作るのもなんだか楽しそうだ。
「俺がどうしてここに来たか、分からない?」
机にもたれかかってそう言った利根君の言葉に、私は再び気がついた。
「あ、そう言えば! 先生に用だった?」
「ーーー本当に小日向さんって、面白い人だね」
「えっ?」
「俺は君を探してたんだよ」
「……私?」
いまいち利根君の言っている意味が理解出来ないけど、どうやら利根君は私に用があったらしい。
「そう。演劇祭の仕事を一緒にして欲しいって、お願いがしたくて探してたんだ。さっき職員室の近くで佐和山さんに会った時にここにいるって教えてもらったから」
「ええっ!? ちょっと待って、どうして私っ!?」
もう少しでプレパラートをごっそり落としてしまうところだった。
あんまり美しい顔で微笑むものだから、私は急いで利根君から顔を逸らした。
う、うん、とりあえず落ち着こう。
そして引き出しを開けてプレパラートをそっと立てる。
「俺が小日向さんと一緒がいいって思ったから、誘いに来たんだ……あ、もちろん無理にとは言わないから。でも、一応考えておいてくれると嬉しいな……それじゃあね」
「あっ! えっと、そのーーて、手伝ってくれてありがとう!」
軽いパニックだったけど、かろうじてお礼を言う事は出来た。
ドアを開けて出て行く利根君は一度こちらを向いて、すごくすごく綺麗な微笑を残して去って行った。残された私は、まだ激しく鼓動する心臓を両手で押さえ、ゆっくりと深呼吸をした。
信じられない。
利根君とは去年文化委員で一緒だった。クラスは違ったけど、仕事で組む事が結構あったし、話した事ももちろんあった。だから全然知らないって訳じゃなかったけど……でも、これってもしかして……利根君って私の事、ちょっとは気に入ってくれてるって事、なのかなぁ。
「はあ……」
「ごめ~ん! 遅くなっちゃった! 真壁先生ったら鬼頭先生の愚痴語り出すんだもん、もう知らないっての! あれ、美羽?」
私が漸く普段の鼓動を取り戻し始めた頃、さなぎが戻ってきた。
「もう全部終わったよ! 帰りに大福おごってよね!?」
「あちゃ~。ごめんごめん。大福といちご大福おごるから機嫌治して?」
私の様子に怒っていると勘違いしたらしいさなぎが申し訳なさそうに言った。
まあ、確かにさっきまでちょっと拗ねてたけど、今はそれどころじゃない。
まさか、利根君にまで誘われるなんて、一体どうなってるの!?
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