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雨の日に〜3−8

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3-8
















 真蓮寺はとても広い寺だった。山の中にひっそりと、しかし荘厳に建つ中央の本堂は、来る者全てに何かしら背筋を伸ばさせる威圧感に溢れていた。

 予め連絡を入れていた加藤達は、住職である明将(めいしょう)と本堂で向かい合って座っていた。

 明将は年齢六十代前半位の僧で、とても人の良さそうな温厚な顔つきの好人物だった。


「わざわざ遠くからお越しいただいたのに、あまりお役に立てず申し訳ありません……私がこの寺に来たのは三十六年程前ですが、入れ違いに秋杜という僧は寺を出ていたものですから……」


 そう言って頭を下げる明将に、津田は大袈裟に手を横に振った。


「いいえ、でも秋杜さんとおっしゃる方がこのお寺にいたのは確かなんですよね?」

「はい、その当時の住職がそれはもう必死にお探しになっておいででしたので。私ども若い僧も山を下りる際には、あちこちで秋杜の消息を尋ねて回る様に言いつかっておりました」

「何か手掛かりは掴めたんですか?」


 津田の質問に、明将は首を横に振った。


「いいえ……二年後には秋杜は山のどこかで静かに息絶えたのだろうという噂が立ち、いつの間にか秋杜の名を出す者はいなくなりました」


 加藤はこの広すぎる山の中を必死で走る、一人の若い坊主の姿を想像した。


「その、秋杜さんが寺を出て行った理由というのは……?」


 津田が続けて質問をしたので、加藤は妄想を途中で止めた。


「それは誰も知らなかったようです。いなくなった日も、多少落ち込んではいたがいつもと変わらぬ様子で過ごしていたと、皆が口を揃えて申しておりましたし」

「誰か本人を知っている人はいないんですか?」


 加藤が次は尋ねた。明将はしばらく考え込んでいたが、はっと何かに気付いた様に顔を上げると、加藤と津田をじっと見つめた。


「秋杜はとても内気な人物で、仲の良い者はなかったと聞いていましたが、一人だけ思い出しました。確か秋杜の一つ年上の僧で、福岡県の興抄寺(こうしょうじ)へ移った健隆(けんりゅう)という僧侶が、秋杜の世話を何かと焼いていたはずです。他の僧侶とは住職以外では殆ど口を利く事は無かったそうですが、この健隆とだけは何かと話していたと言うのを聞いた記憶があります」


 なんと、今度は自分達の住む福岡県へ戻るはめになりそうだ。隣りで加藤は嬉しそうに鼻を鳴らしている。


「その健隆さんとは連絡出来ますか?」

「ええ、興抄寺の住所と電話番号はすぐに分ります……誰か!」


 明将が呼ぶと、すぐにすうっと障子が開き、若い僧侶が一人入って来た。


「お呼びでございますか」

「興抄寺の連絡先を、すぐに持って来て下さい」

「かしこまりました」


 若い僧侶は頭を下げると、音も立てずに再び障子を閉め、去って行った。その様子を見ていた加藤は、再び明将に尋ねた。


「住職は何故、秋杜さんが突然寺を出て行ったんだと思いますか?」


 加藤の質問に、明将は首を傾げた。

 明将の背後の拝殿内部装飾は金色に輝き、細部まで手入れが行き届き奇麗に磨かれている。よく見ると天井の梁にまで細かい彫刻が施されていて、まるで国宝の寺院のような美しさだ。明将の柔和な顔と、輝く室内のミスマッチさに加藤は何となく可笑しさを覚えた。

 加藤がそんな事を考えていると、明将は静かに微笑んだ。


「さて……私は本人を知りませんので何とも言えませんが、周りの話しを聞くと秋杜は前住職が拾って来た捨て子だったとか……寺院の者はそのような事で差別をする事は決してなかった様ですが、その事に対する本人なりの悩みが何かあったのでしょう。人間とは心の奥底にいつでも闇を抱えた罪深い生き物です。全てを受け入れ、全てに同等の愛情を持てるようになるには、人生という限られた時間はあまりにも短すぎます……ましてや秋杜が寺を出たのは十八の時、一番苦しみもがく時だったのかも知れません」


 明将の微笑みは、まるで釈迦が降りて来たかのような穏やかなものだった。幼い頃から寺院で修行を積んだ人間は、こうも煩悩という人間の浅ましさから離脱出来るものなのだろうか。いや、明将が特殊なのだろう。


「はあ……何だか説法を聞いているみたいで、ためになるお話ですね」


 津田が深く頷いていると、先程の若い僧侶が一枚の紙を持って戻って来た。


「ああ、すまなかったね……どうぞ、こちらが興抄寺の連絡先です。何かまたお困りの事がございましたら、私どもでよければいつでもお力になりますので、連絡を下さい」

「はい、どうもありがとうございました」

















 「何だか、少しずつ秋杜に近付いてる感じがしますね」


 真蓮寺を後にした加藤達は、心穏やかな気持ちで山を降りていた。


「そうだな」


 津田と運転を代わってもらい、加藤はふと気付いた。


「あ、そう言えばここに来る時麓にでっかい民家があっただろ? あそこに寄ってみようぜ。あそこ以外の民家はかなり離れてるし、寺の事何か知ってるかも知れない」


 寺から一番近い所に、田んぼに囲まれぽつりと建つ民家を思い出しながら津田も頷いた。


「そうですね。当時の事を知ってる人がいればいいですけど……」












 民家は、一体何坪あるのか予想もつかない程の敷地に、どっしりと構えて建っていた。

 先程の真蓮寺といい、この民家といい、田舎の建物は驚く程立派だ。

 家の両側と奥にはこちらもまた一体何ヘクタールあるのか想像も出来ない程の広大な土地があり、田んぼや畑、山や小川が箱庭の様に配置されていた。

 動物もいるらしく、家の裏手からは鶏の鳴く声も聞こえていた。


「ご免下さーい! どなたかいらっしゃいますかあ!?」


 立派な玄関の、開け放された扉に一歩体を押し込み津田が叫ぶと、中から七十歳を過ぎたぐらいの老人がゆっくりと出て来た。


「はいはい、どちらさんですか?」

「すみません。ちょっとお訪ねしたいんですけど……今から四十年程前、そこの真蓮寺にいた秋杜さんという人の事なんですけど……何かご存じないですか?」


 津田が警察手帳を見せながら訪ねた。すると秋杜という名を聞いた老人の顔が一瞬曇ったのを、加藤は見逃さなかった。


「何か知ってるんですか?」

「あ……い、いや」


 加藤の鋭い眼光に射すくめられ、老人は戸惑った。


「これは殺人事件に関わるかも知れない大事な事なんです、どんな事でもいいですから、教えて下さい」


 ずいと身を乗り出して訪ねる加藤の迫力に押されたのか、老人は少し後ずさりをした。


「お願いします。どんな些細な事でもいいんです、我々は情報が欲しいんです」


 じっと見つめる加藤の瞳に、震える目を閉じて観念した様に静かに頭を下げると、老人は加藤達を居間へと通してくれた。













                                  続く…















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