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チェンジ・ザ・ワールド☆
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チェンジ・ザ・ワールド☆

雨の日に〜4−3

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4-3
















 加藤、津田、成川の三名は、車で福岡県と佐賀県の県境に近い山の麓へやって来ていた。

 行きの車の中で加藤と津田、成川は互いの情報を交換していた。


「秋杜さんがマゾヒスティックな性癖だったというのは、非常に興味深いお話ですね」


 成川が目を輝かせて言うと加藤は、


「本村が売春の斡旋をしていたというのは、どうも俺は信じられないな」


 と首を傾げて言った。


「坂井春香さんが手伝わされていたという点も不自然ですか?」


 成川の問いに、加藤は首を捻る。本村とは一度会っただけだし、はっきりとは言い切れないが、坂井が本村にそんな事を手伝わせていた様にはとても思えなかった。


「じゃあ、ガセネタって事ですかね」

「嘘の情報をわざわざ私に教えて、何の特があるんですか?」

「それもそうですよねえ……」


 三人とも黙ったまま、車は進んで行った。

 しばらすくると目的の興抄寺が見えて来た。

 昨日出掛けた阿曾山に比べれば規模は遥かに小さい山だが、それでも冬にはこの地方にしては珍しい大雪が降り積もる。そんな山の麓の、大きくて立派な日本家屋がポツリポツリと建つ場所の奥に興抄寺はあった。


「ここも立派なお寺ですねえ」


 津田は感心した様に寺の門の前で言葉を漏らした。

 落ち葉一つ落ちていない、奇麗に掃除された緩やかな石段を昇って行くと、大きな門が口を開いて三人を迎え入れてくれた。


「遠い所ご苦労様です。お待ちしておりました、私が健隆です」


 真蓮寺程ではないが、こちらも立派な杉の木で造られた門を入ると中年の僧侶が待っていて、加藤達に頭を下げた。


「堂ヶ崎市警捜査一課の津田と加藤、そしてこちらは科学警察研究所の成川先生です」


 津田が加藤達を紹介すると、加藤と成川は頭を下げた。


















 健隆はどこかしらネズミの様な雰囲気の僧だった。背中が曲がっているという訳ではないが、何となく後ろめたさを背負ったような、そんな影のある男だった。


「秋杜の事を調べていらっしゃるとか……」


 広い畳敷きの客間に通され、健隆と向かい合って座ると、こちらが何か言う前に健隆がそう言った。


「あ、はい。真蓮寺の住職さんから何か聞かれたかも知れませんが、秋杜さんと一番親しかったのがあなただと窺いましたので……」


 津田の問いに、健隆は小さく頷いた。加藤はその動作を見て、健隆の動きが何となくネズミっぽいのだなと一人納得した。


「ええ、確かに秋杜とは年も近かったし、何故か気が合いまして……」

「秋杜さんがお寺からいなくなる前に、何か聞きませんでしたか?」

「はあーーー」


 言葉を詰まらせる健隆の様子に、成川が口を挟んだ。


「どんな事でもいいんです。普段通りだったとしても、何かしら後になって、もしかしたら少し違ったかも知れないという程度の事でも構いませんので、思い出してみて下さい」


 おそらく何か知っていて、それを健隆が隠している事は誰が見ても明らかだったが、成川は敢えて健隆の言葉を誘発させる手段をとった。ワンクッション置く事で、健隆にさも思い出したかの様に語らせる事が出来るからだ。

 成川の美しい笑顔と言葉につられる様に、健隆はしばらく考える様な素振りを見せると、ちらりと上目遣いに加藤達を見た。


「聞いたというか、一度だけ見ました」

「見た、とは一体何をです?」


 津田が身を乗り出すのを、加藤が横から押さえた。


「あの、秋杜が、真蓮寺にいつもお米を持って来てくれていた農家の娘さんと、その……」


 加藤達は息を飲んで健隆の言葉の続きを待った。


「夜中に寺の外で会っているのを……」

「会っている? それだけですか?」


 津田の鋭い声に、健隆はびくりと肩を上げた。


「いいえ……その」


 言葉を詰まらせる健隆に、成川は再び微笑んだ。


「ゆっくり、話して下さいね」


 成川が言うと、少し健隆はホッとため息を吐いた。


「はいーーーあの、その……秋杜が土下座をして……娘に叩いてくれ、蹴ってくれと懇願しているのを見てしまって、ぞっとしたんです。それで、私は慌てて二人の間に飛び込みました」


 加藤ははっとして健隆を見た。脂汗でびっしょり濡れた額はてかてかと異様に光り、当時の光景がはっきりと思い出されている証拠でもあった。


「それで、どうされたんですか?」


 さらに尋ねる津田の声に反応する様にこくりと頷くと、健隆はごくりと唾を飲み込んだ。


「それで私は二人を引き離し、秋杜を押さえつけました。秋杜はそれはもう幽霊でも見た様に驚いた顔で、すぐに号泣しながら私の足に縋り付いて謝っていました。許してくれ、どうしようもないんだと……泣きじゃくる秋杜の手を引き離し、私は農家の娘の側へ行き、山の麓まで連れて行きました。外は明るくなり始めていて、麓が近付くと娘を探す家族の者の声が響いていましたので、真っすぐ帰る様に言って寺へ戻りました」


 すっかり自分の言葉と当時の出来事に酔った様に話す健隆の言葉に、加藤と津田は山村老人達が治音を探したのと同じ日だと顔を見合わせた。


「秋杜さんはどうしていましたか?」

「私が戻った時には泣き止んでいましたが、かなり憔悴していました。私は寺の仕事は無理だと判断し、その日は秋杜には雑事を休む様に言って寝かせました……その翌日からは何事も無かった様にいつも通りに生活をしていましたが、農家の人が米を届けに来る時に娘が一緒に来なくなってからしばらくすると、秋杜が私にぽつりと言ったんです。治音ちゃんに会いたいと」


 成川は背筋に小さな虫が走った様な錯覚に落ちた。写真の秋杜が笑っている様で、空恐ろしかった。一体どのような経緯を辿って、秋杜はそのような人格になったのだろうか。


「それから一月程した頃、秋杜は突然寺を出て行ったのです……」

「本当に何も言っていなかったんですか?」


 津田に尋ねられ、健隆は頷いた。


「はい。だから私はてっきり治音ちゃんに会いに山を下りたと思っていましたので、すぐに戻って来るものと思い込んでいました。治音ちゃんは病気で家にはいないという話を聞いていましたので、町の病院まで会いに行ったのだと……しかし秋杜は何年経っても戻って来ませんでしたーーー」


 津田は熱心にノートにメモをとりながら、ふと加藤を見た。真偽の程を見極めようとしているのだろう。


「それから秋杜さんから連絡はありましたか?」


 成川が健隆に尋ねた。


「いいえ、ありません」

「そうですかーーー何か秋杜さんの物で、残っている物はありませんか? 例えば手紙とか……」


 尋ねる成川に、健隆は首を捻った。


「ーーー手紙、ではありませんが、経本なら秋杜が使っていた物があります」

「見せて頂けますか?」


「ええ、そんなものでよければ……しばらくお待ち下さいーーー」


 そう言って健隆は部屋を出て行った。


「ここでも手掛かりはありませんでしたね」


 津田が残念そうに言った。


「まあ、そう簡単には行かないよな。なんせ相手は五十五年前にこの世から死んだ事になってる男なんだ」


 加藤はぼうっと部屋の中を見回して津田の言葉に返事をした。


「でもよく経本なんて残ってますよね。鑑定に出したら意外と良い値段になったりして」

「……有名な坊さんが書いた経本じゃあるまいし、たかだか四十年ぐらい前の経本に値が付くかよ」


 津田と加藤の漫才のようなやり取りの途中で、健隆が古びた経本を持って戻って来た。


「こちらです」


 加藤は経本を手に取り、パラパラと捲った。


「ん?」


 一番最後の裏表紙のところに、筆文字で「桂元(かつらもと)秋杜」と書かれていた。


「桂元秋杜とは?」


 加藤がその名前を健隆に見せながら尋ねると、健隆は微かに微笑んで答えた。


「ああ、秋杜を拾って来た真蓮寺の住職の名字が桂元で、秋杜は住職の養子でしたので桂元秋杜というのが本名になります」


 津田は急いでメモをした。

 やはり秋杜が古井呉服店の杜助老人の息子である事は誰も知らない様だ。


「そうですか……どうも、ありがとうございました」


 加藤から戻された経本をケースに収めると、健隆は暗い面持ちで自分の膝の辺りを見つめた。秋杜の事を思い出しているのだろう。

 加藤は確認の為に秋杜が写った例の写真を健隆に見せる事にした。


「あの、確認をしたいんですが。秋杜さんは、この人に間違いないでしょうか?」


 健隆は加藤から写真を受け取ると、じっと写真を見つめた。


「何と、まあ……子供の頃のままだ。間違い無く秋杜です。生きていたんですね、本当に、本当に良かったーーーーん? あ、あ……ああーーー」


 一瞬で健隆の顔から血の気が引くと、写真を持つ手がブルブルと震え出し、見開いた目を恐ろし気に加藤へ向けた。


「ど、どうしました!?」


 驚いた加藤が、今にも倒れそうな健隆の横へ行き体を支えた。


「この、このお嬢さんは誰ですか?」


 真っ青な顔で健隆が指を指す人物に、加藤は訝しがりながら答えた。


「……本村理恵さんという、先日殺されたお嬢さんです」

「は……治音ちゃんーーー」

「えっ!?」


 まさかーーー加藤は健隆の顔を睨んだ。


「このお嬢さん……治音ちゃんに、そっくりです」

「なーーー」


 加藤と津田は、開いた口が塞がらなかった。昨日山村老夫婦に見せた写真は、秋杜一人が大きく写っている写真だった。オープンカフェの写真は老人には見にくかろうと思い、見せなかった事が悔やまれる。


「本当ですか?」


 津田が目を見開いて尋ねると、健隆は漸く落ち着いたのか、呼吸を整えて写真を再びじっと見つめた。


「ーーー本当に良く似ている……治音ちゃんがもう少し大きくなったら、きっとこのお嬢さんの様になったのではないかと言うくらい、本当に似ています……」


 最後はまるで見えない何かに言う様に、健隆は呟いた。


「あ……もしかしてーーー」


 津田が口を開きかけたのを、成川が制した。


「津田さん……」


 成川に名前を呼ばれ、津田は我に返り口を噤んだ。今ここで漏らして良い言葉ではない。

 そう、聖パトリキウス女学院で売春が行われていたという噂と、本村理恵。そして桂元秋杜という人物のおぼろげな点が、少しずつ線になろうとしているのだ。


「いいですか、健隆さん。この事は現段階では非常に貴重な情報です。ですからあなたがもし我々以外に話したりしては、命を危険に晒す事になる可能性もあります。ですから絶対に誰にもしゃべらないで下さい、そしてもし秋杜さんから連絡があった場合、速やかに警察に知らせて下さい」


 加藤に鋭い瞳で睨まれ、健隆は無言で頷いた。

 何か巨大な闇が襲って来る様な、そんな薄ら寒い悪寒が走ったのだ。














                                  続く…















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