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チェンジ・ザ・ワールド☆
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雨の日に〜終章−2

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終章-2
















 「退院おめでとうございます。知ってたら花くらい買って来たのに……」

「そんな、お気になさらないで下さい。大した怪我じゃないんですから」


 岡部が頭を下げたのを慌てて制しながら、成川は微笑んだ。

 大した怪我じゃないはずは無い。あれだけ出血していたのだから、こうして平気な顔をしている成川がおかしいと、加藤は思った。

 ハワイからわざわざ飛んで来た家族に久しぶりに会えた事が、回復を早めたのだろうと医者が昨日言っていた。


「こいつにとっては大した事でしたよ。付き合いも20年になるけど、あんな加藤を見たのは初めてでしたよ」

「おいっ! 適当な事言うんじゃない!」


 加藤は慌てて岡部の顔を睨んだ。


「いや、俺も先輩のあんな顔初めて見ましたよ……痛っ!」

「お前もいい加減にしろっ!」


 津田の頭を叩く加藤を見て、成川は微笑んだ。加藤がどれほど自分を心配してくれたのかは、病院の看護士や医師に聞かされて知っていた。それがどんなに嬉しかった事か。

 そしてふと岡部を見た。


「岡部さん……その、大丈夫ですか?」


 大丈夫とは、もちろん自殺した坂井春香の事だ。

 岡部は一瞬手元に視線を落とすと、すぐに成川に向けて笑顔を見せた。


「……それが、自分でも驚く程落ち着いてるんです。ひどい男ですよね。俺の所為で4人も女の人が殺されたっていうのにーーー」

「お前は何にも悪くないだろ?」


 加藤が言うと、津田も頷いた。


「そうですよ、岡部さんが気に病む事は、何一つありません……悪いのは私です」


 そう言って成川は窓の外を見つめた。


「坂井さんが怪しいと、何となく気付いていたのに、それをきちんと加藤さん達に伝えなかった……確証が無かったと言ってしまえばそれまでですけど、もっと早くに手を打っていれば、坂井さんは死なずに済んだかも知れない。……桂元秋杜さんも、あんな風に精神異常を来さなかったかも知れない……」

「そんな、それこそ成川さんが気に病む事じゃないですよ。ねえ、先輩!」


 津田が成川の顔を見て、慌てて言った。


「ああ……だけど近藤あかりに会って戻って来た時、あんたが何か言いかけた事を俺にきちんと言ってくれてたら、あんたが刺される事も無かったのは確かだ」


 加藤に言われ、成川は少し驚いた。加藤の優しい気持ちが入り込んで来て、嬉しい反面、恥ずかしくなる。


「本当に、すみませんでした……」


 少し赤くなった顔を伏せて頭を下げる成川に、どきりとした加藤はすぐに視線を反らした。その視線の先にいた津田を見ると、急に思い出した。


「あ、あと津田! お前も写真見た時に何かおかしいとか言ってないで、さっさと坂井春香の視線がおかしいって教えてれば、もっと早くに坂井に行き着いてたかも知れないだろうが!」


 急に矛先を向けられて、津田は慌てた。


「そ、そんな先輩! 俺だって何がおかしいのか分らなかったんですから! それに俺だけじゃなくて、鑑識の広渡さんだって違和感を感じてたって聞きましたよ!」


 自分は何も気付かなかったくせに、よく言えるもんだと津田は心の中でこの怖い先輩に文句を言ってみる。そして広渡と加藤の怒りを共有する事にした。


「何だって? 広渡のやろう、後で一発殴っとこう……」


 岡部は2人の会話を聞きながら、大学の同級生である広渡が加藤に殴られる姿を想像して、少し苦笑した。


「ところで成川さん、岡部さん……」

「はい、何ですか?」

「はい?」


 津田はずっと気になっていた事を切り出した。


「あのですね、事件の事で色々とお聞きしたいんですけど」

「はあ……」


 岡部は少し身構えた。

 一体何を聞かれるのだろう。


「ええとまず、どうしていきなり岡部さんは犯人が女性を狙っているという見てもいない情景を見たんですか?」


 それについては岡部にも分からない。ふと成川を見た。そして岡部につられる様に加藤も津田も、成川を見た。

 成川は困った様に3人を見比べると、


「これはあくまでも推測なので、確実ではないですが……」


 と言って話し出した。3人はそれに頷く。


「おそらく、岡部さんが見出したのは、犯人が坂井さんであるという事実を、深層心理のどこかで暗示していたのではないかと思われます」

「と、言うと?」

「今まで超能力とは無縁だった岡部さんが、今回の事件に限って不思議な体験をしたのは、坂井さんと岡部さんの関係が係わっているのではないかと……。脳というのは未だに解明されていない部分が多いんです。人間は脳の全てを使い切れていないと言われていて、科学的にまだきちんと説明がつかない事だってもちろんあります。それを超常現象と一応定義づけている訳ですけれども、超常現象イコール幽霊とか怪奇現象という訳ではありません。科学的に、まだ、解明されていないというだけに過ぎないんです……。ですから我々心理学者も心の中だけでなく、心と密接に関わる脳の事も研究します。だから犯罪者が考える事などを分析出来る訳ですけど、岡部さんの場合、同じ職場の同僚であると同時に、坂井さんに対して同僚以上の感情を持っていた事が一番の原因ではないかと思います」


 成川がそこまで言うと、岡部は俯いた。


「岡部が坂井春香の事を好きだったから、見えたって事か……」

「おそらくそうではないか、という程度なんで、断言はもちろん出来ません」


 加藤と成川が岡部を見ると、津田が手を挙げた。


「じゃあ次の質問です。最初に岡部さんが見た映像の内容はまだ分るんですけど、白い煙と甘い香りっていうのがいまだに分からないんですけど……」


 それには岡部が答えた。


「ああ、白い煙と甘い香り。これは2つセットだったんです」

「セット?」

「はい。本村さんと一緒に料亭に食事に行った時、庭から花の香りが漂って来たんです。で、その時にいい香りだなと思って、同時にどこかで嗅いだ事のある香りだとも思ったんですけど……随分前、坂井先生が塾の教務室でお香を焚いた事があったんですが、その時の香りと同じだったんですよ。で、坂井先生に聞いたら、煙草を吸う先生が何名かいて、子供が入って来た時に臭いだろうからと、いつも家で焚いている香を持って来たんだと言ってました……それ以降煙草を吸う先生達は教務室では吸わなくなって、完全に禁煙になったんで忘れてたんです。だから、その煙と甘い香りは坂井先生を示していたみたいです」


 岡部は言いながら坂井の事を思い出したのか、何となく辛そうな表情を浮かべた。


「そうだったんですか……」


 やはりもう岡部には坂井が犯人である事は、潜在的に分っていたと言う事になる。成川は急いでノートを出してメモをした。


「岡部さんが見た光景では、コートを着た人物という事でしたけど、結局の所その人物は秋杜だったんですか? 坂井だったんですか?」


 続けて津田が質問をする。それには成川が答えた。


「……これも推測ですが、女性に声を掛けるのは坂井さんの役目だったのではないでしょうか。女性が声を掛けた方が警戒されにくいですし、後は車の方へ誘導するような上手い嘘を付いて被害者を車に連れ込み、薬を吸わせるかして大人しくした所を秋杜のアパートへ連れ込み殺害した……何度も相手を刺すという行為は、その相手を酷く恨んでいる場合からくる事が多いんです。そしてこういった行為は女性に多く見られます。それに、ナイフを持っているというのは、相手に対する殺意だと思います。実際には声を掛けた時は持っていなかったと思いますけど、殺意がナイフという形になって現れたのではないかと……」

「そう言うもんなのか」


 加藤が呟くと、成川は困った様な顔をした。


「あくまでも推測です」

「ーーー被害者が死姦されていたのは何故ですか?」


 成川の口から発せられる説明に、津田は段々と気持ちが悪くなって来た。が、質問せずにはいられなかった。


「男性変質者の犯行に見せかけるためではないでしょうか」

「どうして見せかけたと? 秋杜では無いんですか?」

「死姦の形跡は検死で見つかったものの、男性の痕跡が一切無かった事。それから興抄寺の健隆さんに話しを聞いたんですが、どうやら彼は性的不能者だったようです。ですから彼ではないと思われます……ただ、犯人はとても賢い人ですから、女性である自分に疑いがかからない様に男性変質者の犯行と思わせる必要があったーーー」


 言葉を詰まらせた成川に、岡部と加藤は顔を見合わせた。


「でもだからと言ってそんな事をしなくてもいいんじゃないのか?」


 次は加藤が尋ねた。

 成川はふうとため息を吐き、コーヒーを飲んだ。


「そうですね……彼女なりの嫉妬と見せしめ、だったのではないでしょうか?」

「嫉妬?」


 首を傾げる加藤に、成川は頷いた。


「岡部さんに近付く不逞の輩を、彼女は許せなかった。だから近付く女性に嫉妬して、見せしめとして……という意味もあったんじゃないでしょうかーーー」


 加藤や津田には、そのような気持ちは分からなかった。成川が言う事は、もちろん本人が言った事ではない。全て憶測だ。

 しかし岡部には何となく分かる様な気がしていた。もし、自分だったなら……好きな人に近付く男に嫉妬しないとは言い切れない。

 ふと、坂井の笑顔が思い出され、キュッと唇を噛んだ。


「被害者を連れ去る時と遺棄する時に目撃者が全くいなかったのは?」


 加藤が尋ねた。


「これはもう、偶然としか言いようが無いと思います。その点では、犯人の運が良かったのではないかと……」


 偶然と言うのは恐ろしいものだ。坂井春香が高校時代から今まで犯して来た犯罪が露呈しなかったのは、ひとえに運が良かったという要因が一番大きいのだろう。

 ふんと鼻を鳴らし、加藤は再び尋ねた。


「路上に死体を遺棄した理由は?」

「……罪悪感。だと思います」

「罪悪感?」


 加藤は意外な言葉に驚いた。何度も刺し殺して、変質者の犯行に見せかけるほどしたたかな坂井に、罪悪感があったというのか。

 あの日、病室で寝ている成川に向かって独り言を呟いている坂井を、カーテンの向こうから覗いて見ていた限り、坂井に罪悪感があるようには思えなかった。


「彼女は常に罪悪感と闘っていた。と同時に、岡部さんを愛するあまり、その罪悪感を打ち消してまで岡部さんに声を掛けた若い女性を憎んでいたのではないかと思います」

「若い……」


 岡部ははっとした。そう言えば、見知らぬ年配の女性とも会話をした事はあったが、その女性は殺されていない。


「彼女は自分に自信が無さ過ぎたんだと思います。ですから自分より優れた女性に対する嫉妬心が人一倍強かった……そして、自分が愛するものに対する独占欲が異常だった。でも、罪に対する意識が希薄だった訳では決してないと思います。自己否定の欠如だったのではないでしょうかーーーそれが、サトルと秋杜いう隠し球の所為で斜が掛かった様になってしまった……おかげで本村理恵さんを自分だけの存在に出来たんですからね。それから6年後、最初の被害者を殺害して、斜が掛かっていた罪悪感が、黒くなり最後には殆ど見えなくなってしまったのではないか、と……」


 成川は広げたノートに、シャープペンで斜めに線を何本も引いた。


「言い得て妙だな」

「……そうですね。あくまでも私の推測に過ぎませんからーーー」


 加藤の少し怒った様な空気に、成川は自嘲気味に笑った。


「ーーーそのサトルだが、県内のあちこちの児童福祉施設をしらみつぶしに調べてもらったら、11年前に施設を飛び出した江口悟(えぐちさとる)という人物に行き着いた。歯の治療痕からサトルが江口悟で間違い無いと断定された……両親はサトルが10歳の時に事故死して、親戚もいなかったそうだーーー」


 加藤が言うと、成川は悲しそうに頷いた。


「そうですか……家族はいなくても、誰なのかが分っただけでも良かったです……」


 静かになった店内に、ジャズの音色が静かに響いた。

 沈黙に堪え兼ねた津田が、申し訳無さそうに口を開いた。


「そのサトルですけど、どうして死んだんでしょう……本当に坂井が言う様に甘味料なんかで偶然死んだんだと思いますか?」

「そうですねーーー施設を飛び出して以来病院には行っていないし、子どもの頃に心臓に何か病気を持っていたという事実は分からない訳ですから、それは何とも言えません……でも、サトルが偶然死んでしまったからこそ、坂井春香は人が簡単に死んでしまう事を知ってしまったんじゃないでしょうか……」

「ずっと仲の良かった本村理恵さんをいとも簡単に殺害してしまったんですからね、女性って……怖いです」


 つい口から出た言葉に、津田は自分で驚いて岡部の様子を窺った。岡部は黙って自分の手元を見つめている。その様子に成川は痛そうに微笑んだ。


「本村理恵さんが殺害された時、他の女性との相違点を話しましたよね? 犯人は彼女に対して特別な感情があったのではないかとーーーそれは本当に特別な感情があったんですねきっと。子どもの頃からずっと大好きだった本村さんを殺さなくてはいけなくなった……本当は殺す必要などなかったんですけど、坂井春香にしてみれば殺さなければいけない人物になってしまっていた訳ですから、本当に悩んだと思いますよ。だから初めての岡部さんとのデートの日に、偶然彼女がアメリカから帰って来て心の底から嬉しい反面、岡部さんにキスしたり食事に誘ったりして、ひどく葛藤したんではないでしょうか……ですから殺すまでに時間がかかったーーー切っ掛けになったのは、岡部さんと本村さんが2人で食事に行った事かも知れません。もうこれ以上堪えられないと、彼女の中の何かが弾けてしまったんでしょう。でも殺してしまったものの、他の女性のように死姦する事も出来ず、路上に遺棄するのも思いとどまった。彼女なりの友人への配慮がなし得た行動だったのではないかと、今なら納得出来ます……本村理恵の衣服に付着していた毛髪は、きっと彼女の激しい後悔が偶然付けた証拠だったのではないか、とーーー」


 そこで成川は一度言葉を切り、津田にもう一度微笑みかけた。


「津田さん。女性だから陰湿だとか、男性だから凶悪だという思い込みは、警察官にとって一番危険な事ですよ。性別というのは何の理由にも分類にもなりませんから……」


 成川がいい終えると、津田は深く頷いた。


「もう一ついいか?」


 加藤が口を挟んだ。


「はい?」

「岡部が最後に見た、コートを着て水溜まりで女を抱きかかえてるってのは、どう考えてもあんたが坂井に刺された時の光景だと思うんだが、それはこれから起こる未来の出来事だった訳だろ? 岡部のやつは今まで未来の出来事なんて見てなかったのに、最後だけ未来が見えたのは、どうしてだと思う?」


 加藤の質問に、成川は困った様に顎に手を掛けうーんと唸った。


「それは、私にも分かりません……もしかしたら、岡部さんが見た光景は私と坂井さんを指していたのではなくて、坂井さん自身を指していたのかも知れないと思ったんですーーー」


 岡部は、あの時に頭に浮かんだ映像を思い出していた。

 水溜まりの中で佇んでいた2人の人物。

 1人はぐったりと倒れ、もう1人がその人を抱きかかえて何やら耳打ちをしている姿。

 もし、それが成川の言う通り2人とも坂井自身を指していたのならば、坂井は既に死という選択肢を選んでいたのかも知れない。

 ふと窓の外を見る。

 雲が少しずつ増えて来た空は鈍感な鉛色をしていて、岡部をあざ笑っている様に見えた。


「俺が……」


 ポツリと言葉が口から漏れる。


「俺が、早く彼女に自分の気持ちを伝えていれば、こんな事にはならなかったかも知れない……ただ、好きだと言うだけなのに。俺には、その勇気が無かったからーーー」


 吐き捨てる様に呟いた岡部のセリフに、加藤は胸が痛んだ。


「済んでしまった事はもう仕方が無い。こうすれば良かったとか、あんな事しなければ。なんて事は、言い出したらキリが無いし、お前が坂井春香に想いを伝えていたら事件が起きなかったかなんて、誰にも分かりゃしないんだ。それにーー可哀相……だからとか、人を好きになりすぎたから、っていうのは、人を殺してしまった事に対する何の理由にも、言い訳にもならない。人殺しは人殺しだ……」


 加藤は、本当は毎日まともに眠る事すら出来ていないであろう親友に向かって、そう言った。

 少しでも岡部の心の重荷が軽くなる様にと。

 岡部は加藤の言葉に、微かに頷いた。加藤の優しい気持ちがとても嬉しい。


「そうです、人が人を殺してもいい理由など、何一つありませんーーただ、私は犯人がどうしてそこまで……人を殺してしまうまでに至ったのか、その経緯と理由を知りたい。それが次の事件を未然に防ぐ手掛かりになるのなら、全力で犯人と対峙して、少しでも何かの欠片が見えるまで何度でも話しがしたいんです。それが亡くなった人への慰めであり、残された遺族への勇気になると信じていますから」


 ぐっと見据えた成川の瞳は、とても美しく奇麗で、強かった。
















                                  続く…
















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