チェンジ・ザ・ワールド☆
The bound〜4
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The bound past
「お帰り、健亮」
「ーーただいま」
ある日の夕方、自宅に戻ると、いつもはいないはずの長男が玄関で真壁を出迎えてくれた。
それに多少驚きながら答え、男女の靴が並べてあるのに気付く。
「誰か来てるのか?」
「ああ、おじさんとおばさんがな」
「そうなんだ……兄さんは今日、早かったんだな」
玄関から上がり長男と一緒に廊下を歩く。
8つ年上の兄は医者で不規則な生活をしているため、ゆっくりと話す時間はなかなか無い。
穏やかで自分とは正反対の性格のこの長男は、仕事が忙しい両親に代わって幼い頃から真壁の世話を良く焼いてくれていた。
「おじさん達が来るというんで、ちょっと戻って来ただけだ。またすぐ病院に戻るよ」
「そっか。あんまり無理すんなよ」
「大丈夫だよ。ほら、お前もちゃんと挨拶しときなさい」
「……ああ」
リビングの前で足を止めた長男に、一瞬顔を曇らせて共にドアから中へ入る。
「おお、健亮か。お前は会う度に背ばっかりでかくなるな」
「こんにちは、おじさん、おばさん」
「今時の大学生って感じね。髪の毛も染めてるの?」
こちらの挨拶には答えもせず、好き勝手な事を言う2人に作り笑いをすると真壁はすぐにリビングを出る事にした。
「すみません、レポートを書かないといけないんで失礼します。ゆっくりして行ってください」
「何だ? 冷たいな。お前の大学のレベルじゃあ、レポートなんて言ってもどうせ適当な事書いておけば通るんだろう? 折角久しぶりに会ったんだから一緒にお茶でも飲め」
「はは……」
「もう、兄さん、そんな言い方しないで! 健亮、後でお茶持って行くから、部屋に行ってなさい」
母親が自分の兄の暴言に困ったようにそう言い、真壁を逃がしてくれた。
長男と同じ大学病院で医師をしている母親も、自分の兄夫婦が来るというので病院を早退したのだろう。いつもはもっと遅い時間に帰って来る。
真壁は複雑な気持ちで頭を下げた。
「それじゃあ、失礼します」
自室へと向かう階段の途中で真壁は足を止めた。
父親は大学教授で母親は医者、そしてその2人のDNAを見事受け継いだ兄2人は、幼い頃から成績優秀だった。
一番下である自分も同じように期待され、伯父からは会う度に両親や2人の兄のようにならなければいけないと言われ続けた。
家族が大好きだった真壁はずっと伯父の言う通りだと思っていたし、その期待に答える事で家族が喜んでくれると思っていた。
勉強も運動も、とにかく必死でやってきたのだ。
誰にも負けないように、負けないようにーーー
ところが真壁は大学受験に失敗した。
両親や兄達が通った大学に落ちたのだ。
もう全てが終わったと思った真壁は、自分の不甲斐なさを呪った。
家族からかけられる優しい慰めの言葉のどれもが、真壁をどん底へと突き落とすように聞こえた。
自分を見失った真壁は、その事にどう対処すればいいかの知恵が無かった。
髪を染め、今まで着た事の無かった派手な服を買い、煙草を吸って酒を飲み、何人もの女と寝た。
そうすることで自分が癒されるのではと思っていたのだ。
しかし結果はどうだろう。
初対面やそれに近い身知らぬ男2人には似合わないだのムカつくだの、いつかボロが出るだの散々な事を言われ、自分自身ただ広がる虚しさを覚えるだけだった。
真壁は階段を降り、玄関を飛び出した。
どこかへ行くあてなどなく、気付いたら勝手に体が動いていたのだ。
言い様のない不安と不快感で頭の中はごちゃごちゃで、勝手に回転する足に行き先を委ねるしかなかった。
気付けば辺りはすっかり暗くなり、真壁はどこか知れない小さな公園のベンチで大きな体を小さく丸めて座っていた。
家を飛び出してから何度も鳴り続けるバッグの中の携帯は、ひたすら無視されている。
「腹減ったな……」
膝の中で響いた自分の情けない声に、真壁は溜息を漏らす。
見ると財布の中には千円札が一枚と、ハンバーガーショップの割引チケットが入っていた。
親に小遣いをもらうのが嫌で最近バイトを始めたのだが、自分は体を動かす事に向いていると改めて思った。
家族の中で一人だけ飛び抜けて大きな体に育った真壁は、兄達とは頭と体の出来があまりに違うので両親の本当の子どもではないんじゃないかと疑った事もある。
しかしそのような事実は一切ないと両親には疑惑をぶつけた時に突っぱねられたし、先ほど家に来ていた伯父は真壁ほどではないが大きな体をしている。
自分は何故こんなに惨めな思いばかりしているのだろう。
まるでこの世の全ての不幸を一人で請け負っているような錯覚に陥りそうになる。
「ハンバーガーにするか」
手持ちのお金だけでは真壁の食欲が満たされる事はないが、食べないよりはましだ。
それに、何も言わずいきなり家を飛び出しているのに、どんな顔をして家に戻ればいいか分からない。
公園を出て歩く道すがら、真壁はこんな時に家に泊めてもらえるような友人がいないことに気付く。
俺は一体今まで何をやって来たんだ?
人当たりはいい方だと思っているし、実際誰とでも仲良く話す事は出来る。しかし、真壁は家族以外の人間に執着したことがない。それこそ広く、浅くの付き合いしかしたことがなかった。
腹を割って話しが出来る相手など、今まで存在しなかったのだ……
そこではたと気付く。
鬼頭は、真壁が初めて本気で怒った相手だった。
今までいくらムカつく事を言われても適当にあしらって上手くその場を納めて来た真壁が、鬼頭には感情をむき出してぶつかっていたのだ。
そして倉持にも。
そうだ。俺は今まで誰かに対して声を荒げたり、ましてや手を出した事なんて一度も無かった。それがどうして鬼頭の奴にはこんなにムカつくんだ?
君達は似ている。という倉持の言葉がよみがえる。
似ている? 俺と鬼頭が? ーーーまさか! あいつはイギリスの大学を飛び級して、二流の大学にまた入ってしまうようなおかしな奴だ。俺みたいな凡人とは似ても似つかない。それに、俺はあいつみたいに金や腹いせの為に女を抱いたりもしないーーー
ーーーいや、違う。俺もあいつと同じだ。自分の事しか考えていないんだ。
「これは、珍しい所で会うな」
真壁は急に声をかけられ、驚いて顔を上げた。
「あ……」
そこにいたのは倉持だった。
倉持は相変わらず高そうなスーツを着こなし、ピカピカに磨き上げられた外車の運転席から顔を出して笑っている。
「こんな所でどうした?」
「別に……」
どうしたというのだろう。倉持の顔を見た瞬間、真壁は気分が落ち着いていた。
「ふうん。ブラブラしていたのか? 暇なら丁度いい。僕に付き合ってくれ」
「は?」
「いいから、ほら。早く乗ってくれ」
真壁の体はまた勝手に動いていた。
倉持の車の助手席に入り、言われるままシートベルトを絞める。
「それじゃあ行こうか」
滑るように走り出した車から、真壁は先ほど自分がいた公園を振り返った。
ああ、ここはーーー
どこか知れないと思っていた公園は、すっかり様変わりをしていたが、幼い頃に兄達と3人で遊びに来ていた公園だった。
兄の自転車の後ろに乗せてもらい、家から少し離れたこの公園に来ていたのだ。
あの頃は確か大きなジャングルジムがあった。それ目当てでここまで来ていたのだが、幼い真壁にとって遠い地であったこの公園は、兄達と冒険をしているようにわくわくさせてくれる場所だった。
あの大きなジャングルジムは無くなり、代わりにシーソーが作られている。
この公園の大きさから考えれば自分が大きいと思っていたジャングルジムも、実際はたいした事がなかったと分かる。しかし、小さい真壁にとってジャングルジムは巨大な難攻不落の城のように映っていたのだ。
ふと口が綻ぶ。
手で顔を覆い、胸の奥からこみ上げて来る熱い何かを必死で堪えた。
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