チェンジ・ザ・ワールド☆
The bound〜5
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The bound past
しばらく走ると、倉持の車はホテルのような立派で豪華な建物の中へと入って行った。
「ここは?」
独り言のように呟くと、倉持が地下の駐車場で車を止めた。
「僕のマンションだよ。降りようか」
車を降りた倉持に続き真壁も降りる。脇のドアから出て来た男にキーを渡すと、倉持はあちらを指差した。
「さあ、行こう」
「ちょっと待てよ。やっぱりあんた、ホモなのか?」
警戒したようにそう言う真壁に目を丸くさせると、倉持はすぐに吹き出した。
「はははっ! 本当に健亮は面白いな。何か嫌な思いでもしたことがあるのか? 少し考えてくれよ、確かに健亮と僕は同じ位の身長かもしれない。だけどどう見ても力は君の方が強そうだ。そんな自分より強そうな男を自宅に連れ込んでどうこうしようなんて、普通考えない」
「そ、そうかも知れないけど……」
恥ずかしくなって口ごもる真壁に、倉持は続けた。
「君が本気で暴れたら大人の男が3人掛かりでも抑えられそうにないからね。一人、先に僕の部屋にいるけど、彼はどう見ても僕らよりも力はなさそうだからなあ」
倉持と二人きりではないという事にまず安堵し、確かに本気で暴れればいつでも逃げられると踏んだ真壁は、構わず歩き出した倉持の後に従った。
しかし何故着いて来たのだろう。
駐車場から建物の中に入り、妙に弾力のある絨毯の敷かれたエレベーターへと乗り込みながら考える。
「電話してくれたら良かったのに」
ふと倉持が漏らす。
真壁は顔をしかめて
「別に電話する理由がない」
と抑揚なく答える。
そう、倉持に電話などしたところで、何がどうなるとも思えない。
それなのに、何故着いて来たのか。
「理由なんてなくても掛けてくればいいだろう? 健亮は甘え方が下手だな」
真壁は倉持のその言葉でやっと気付いた。
倉持は兄に似ているのだ。
優しいしゃべり方や雰囲気。いつも真壁に末っ子のくせに甘え方が下手だと笑うそのタイミング。
実の兄弟ではないからこそ、真壁は倉持に兄を重ね、虚勢を張りつつも甘えようとしたのかも知れない。
やっと止まったエレベーターは最上階に到着していて、たった一つしかない重厚で立派なドアに倉持はカードキーを差し込んだ。
「さ、入ってくれ」
さすがは理事長ということか、倉持の自宅は高級マンションの最上階、まるごとだった。
「何でお前がいるんだよ」
一体何畳あるのか、やたらと広いリビングに通された瞬間、真壁の顔色が雲った。
優雅にソファーに座る男の姿を見つけたのだ。
「それはこっちのセリフだ。どうしてお前がここにいる?」
心底嫌そうな顔でそう言う鬼頭に、真壁はついと視線を窓の外へずらして鼻を鳴らした。
「知るかよ」
「まったく、二人とも本当に子どもだな」
「真壁が来ると分かっていたら、ここには来なかった。倉持さん、どういう事ですか?」
「それはこっちのセリフだ! どういう事だよ!?」
分かっている。こんなくだらない言い合いをしたところで、先には進めないという事は。
だが、感情むき出しで思いをぶつけ合える人間に、真壁は初めて会ったのだ。
「はあ。取りあえず座るといい」
倉持は呆れたようにため息を吐き、真壁をソファへ座らせた。
そして大きな冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、真壁と鬼頭の前に置く。
自身もミネラルウォーターのふたを開け、美味しそうに喉を鳴らして飲むと両隣でそれぞれ違う壁の隅を睨む真壁と鬼頭に言った。
「君達も飲むといい。この水はとても美味しいんだ」
「……」
「ーーー」
まだ無言の二人に、倉持は小さく笑う。
「今日二人を呼んだのは……まあ、健亮は偶然見つけたんだけど、僕の仕事を手伝って欲しいとお願いをするためだ」
「ーー仕事?」
最初に反応したのは真壁だった。
「そう。僕は高校の理事長をしているって、言っただろ? 君達二人には、大学を卒業したらうちの学園で教師として働いてもらいたい」
「何であんたの学校の教師にならなきゃいけないんだよ?」
「だから僕の仕事を手伝って欲しいって言っただろ?」
「だーかーら、何で俺達なんだって聞いてるんだ」
真壁は苛々しながら倉持の美しい微笑みを睨んだ。
本人なりに凄んでいるつもりなのだが、どうも倉持には効果がないようだ。
「二人とも、今のままで楽しいか?」
「あ?」
「何?」
これは真壁と鬼頭の同時が反応した。
倉持は立ち上がり、夜景の美しい窓へと歩み寄りながら続ける。
「自分だけが不幸だと決めつけて、自分と他人を傷付けながらいきがって、それに気付かない振りをしている……違うか?」
真壁は目を見張った。
「ふん。俺は関係無い。そんな女々しいのはこいつだけだ」
そう言って鬼頭は立ち上がり、ドアの方へとさっさと歩き出した。
「また逃げるのか?」
「ーー何だと?」
ドアノブに手を掛けた所で、鬼頭はピタリと動きを止めた。
ゆっくりと振り返る鬼頭の目には、倉持の不敵な顔が映った。
「親に捨てられ、感情を捨て、他人を傷付け食い物にし、うまく立ち回ってるつもりか? 自分を御することに疲れてイギリスへ逃げ、それでも自分という人間を完全に捨てきれずまた日本に戻って来て、同じようなことを繰り返す……愚かだよ、静」
「う、うるさい!! あんたに何が分かるっ!?」
ドカッ!!!
と鬼頭は目の前のドアを思い切り蹴った。
肩を怒らせ窓に体を預ける倉持の前まで詰め寄り、両手で襟元をつかみあげる。
「生まれてすぐに父親に捨てられ、母親に虐待され、物心ついた頃には感情を殺す事を覚え、気付けば母親は男とどこかへ行った! 俺はまだ5歳だったんだぞ!? 女はみんなクズだ! 男に利用される以外、何の訳にも立たないゴミ以下だ! 利用して何が悪い? 金持ちで何の不自由も無く暮らして来たあんたやお前なんかに、俺の気持ちが分かってたまるかっ!!」
突然鬼頭に睨まれ、真壁は一瞬ピクリと眉を動かした。
鬼頭の口から語られる言葉に目眩を覚えていた。
何と言う壮絶な人生だろう。
正気を保っていられる事が奇跡に近い。
女性に対する異常なまでの嫌悪感の理由を知り、真壁は思わず目を逸らしそうになる。
俺は、やっぱりただ甘えていただけなのか……?
「静。僕が本気で怒る前に、この手を放せ」
鬼頭の激情とは真逆の、冷静な声が静かに響く。
一瞬、真壁はその声の主が誰か分からなかった。
初めて聞く倉持の怒りの声。
その気迫は鬼頭にも伝わったらしく、乱暴に倉持から手を放すと、そのままソファに再び座ってそっぽを向いた。
「自分一人だけがそんな境遇にいると思っているのか? だからお前達は子どもなんだ」
「っ!?」
倉持は次に真壁を見据え、口を開いた。
「家族の期待に答えられず、名門大学受験に失敗……優しい家族に優しくされる度に己が情けなくなったか? やった事も無いくせに、生意気な口の聞き方をし、似合いもしない煙草を吸い、自分に気のあるフリをする女の子に手を出して……」
頭の中が一気に熱くなった。
何故知っている? 調べたのか? ーーーいや、そんなことより、こいつの言う事は全部本当だ……
真壁は倉持の言葉に、力なく項垂れる。
「ーーーああ、そうだよ……どうせ俺は一人だ。好きなようにやった所で、誰も何とも思わない、気にも留めない」
「そいつの言う通りだ。俺達は必要の無い人間だ。好きなようにやって何が悪い?」
珍しく鬼頭が真壁の言葉に同意した。
倉持はふっと笑った。
「それならどうして二人は顔を見る度に言い合うんだ? そして、どうして今、僕に誘われるままここにいる?」
チラリと見ると、倉持は乱れたシャツを整えながらこちらへゆっくりと近づいて来た。
真壁と鬼頭は何も答えない。
お互いに心の中で必死に考えているのだ。
倉持の質問に対する答えは出ている。が、認めたくない。
「少なくとも僕は健亮も静も必要としている。気に入ったんだ。だから、僕の学園で是非とも教師をして欲しい……」
必要としている? こんな俺を?
「何度も転んでいいだろう? 辛い過去を引きずる必要などないんだ。完全にその傷が癒える事は無いかも知れない。だけど、誰かの力を借りて傷を薄くする事は出来るんだ」
本当は分かっていた。自分がやっている事に意味などないことを。
誰かにこの苦しい胸の内を聞いて欲しかったのだ。
「僕には静の恐ろしいまでの孤独や健亮の絶望感は分からない。僕は僕であって、君ら二人ではないからね。だが、少なくとも理解したいと思っている。僕だってそれなりに辛い経験をしてきた……でもそれを大義名分のようにこれ見よがしに背負って、人に見せびらかしたいとは思わない。君達のようにね」
真壁は倉持の言葉にはっとした。
なんと愚かだったのだろう。
まだまだ自分が子どもであることに、今更気付かされた。
「大人になりたいんだろう? お互いに今の自分が、偽りの無い自分だと思っているなら大馬鹿だ。だけど僕は、君達なら違う道を歩いて行けると思っている……ゆっくり考えてくれ。僕の手伝いをするか、今まで通りの愚かな子どものまま過ごすかーーー道はたくさんある。自分自身で選ぶといい」
隣りの部屋で待っている。
そう言い残し、倉持はリビングから出て行った。
閉じられたドアをぼんやりと見ていた真壁は、ゆっくりと深呼吸をした。
「ーーーふうっ……まったく、なんてお人好しだ」
いまだ無言のまま壁を睨み続ける鬼頭に、立ち上がって近づくと笑った。
「おい、鬼頭」
反応を示さない鬼頭に構わず、真壁は頭を下げた。
「悪かった……」
「ーーー何故謝る」
ボソリと言い放った鬼頭の声は、いつも通り落ち着いていた。
「いや、お前の不幸自慢聞いたら、俺の不幸なんてちっぽけだって思ってさ……お前が俺を見てムカつくって言ったのが、分かったわ」
「お前は本当にムカつく奴だな」
やっとこちらを向いた鬼頭の眉間には、見事な皺が作られていた。
「ははっ! 俺は行くぜ。もうガキだなんて言わせねえ。ちょっとムカついたが、あの人の言葉は本気だった」
「……単純な奴だ」
「そうだよ。お前もな! 単純だから、こんなに落ち込んで悪ぶってんだろーが?」
心底悪だというなら、鬼頭は恐らく真壁に対してこんな口をきいたりしなかっただろう。無言で刺すくらいしていたはずだ。
それをせず、初対面にも関わらず助言のようなセリフをすれ違い際に吐くという事は、本当は優しい人間だからだ。
自分と同じ、ずっと誰かに必要とされたかったのだ。
からくりが分かればもう、腹は立たなかった。
そして、もっと鬼頭静という人物の事を知りたいと、純粋に思えた。
「じゃあな、鬼頭。また大学で会おうぜ」
鬼頭の前からドアへと向かうと、鬼頭が立ち上がった。
「待て……」
「あん?」
「ーーーお前は単純すぎるからな。とても教師など務まらん。周りに迷惑をかけない為に、俺が監視役として着いてやる」
「……はっ! 勝手にしろよ」
ヒラリと手を振って真壁はリビングを出た。
迷いは無かった。
自分を必要としていると言ってくれた人間がいたのだ。
そして、本気で自分にぶつかってくれる人がーーー
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