チェンジ・ザ・ワールド☆
名誉のため
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名誉のため
初めて訪れたリドヒムの地は、思ったよりも美しく整備された惑星だった。
内乱が何十年も続いていると聞いていたが、ニュースで見る映像は戦闘の激しい地域のものらしく、宇宙ステーションや空港は戦地から離れているためか、のどかですらあった。
ルーズはカッツのラグビーボールのような小型宇宙船をステーションに停めると、すぐにインカムでシンに連絡を試みたが、繋がらない。
「……やっぱり駄目だわ、接続を切ってる」
「そりゃそうだろうな、1人で出てったんだから。それよりさっきの映像で見た限り、チェイスJr.が映っていたのは市街地だ。丸腰でさらにただの一般人の俺らじゃ観光地までしか入れないぜ」
すぐ側では政府と反政府組織が戦っているというのに、リドヒムはその戦争を観光の目玉として売り込んでいる。まるで罪人と猛獣の殺し合いを見せ物にしていた古代のローマ帝国のようで恐ろしい。
極めつけはリドヒムに入国してまず最初にやらなければいけないのが、戦渦に巻き込まれて死んでも文句はいいません。という政府が発行する同意書にサインをしなければいけない事だ。戦争を売り物にして観光客から巻き上げた金を戦争の資金に当てているくせに、その資金源が死んでも知らんフリをするというのだ。
資金を集めつつ内乱のどさくさに紛れて近くの小惑星にまで手を伸ばしているらしいが、実際リドヒムが何を企んでいるのかその真意は分からない。
長いコートを翻し、カッツは颯爽と歩き出した。
「まあなんとかなるか! よっしゃ、シンのアホを捕まえに行くぜ」
「ちょっと待って」
「ああっ?」
せっかく格好良く決めた所に水をさされ、カッツは恨めしそうにルーズを振り返った。
ルーズはノート型端末を持ってラウンジを指差す。
「まず最初にCDの解析をしたいの」
「あー、なるほどな」
ラウンジでは誰でもネットに接続出来るようになっていて、コーヒーを頼むとルーズは素早く解析を開始した。
CDが撮影された時期、場所の特定をするのだ。
「やっぱりリドヒム市街地で間違いなさそうね。撮影されたのは2週間程前……ん? カッツ、この子が持ってる銃だけど、見て」
と、画面を示すルーズ。カッツは自動小銃をしばらく見つめてルーズの顔を見た。
「こいつはリドヒム政府が使ってる銃じゃねえな」
リドヒム軍の軍服を着ているが、少年が持っている改造されたその銃は、反政府軍が好んで使うものだ。
「ーーーおい、こいつはもしかしたらシンのヤツやばいかもしれねえぞ」
カッツが言うより速く、ルーズはこの数時間以内にリドヒムに入国した人物の特定に取りかかっていた。
幸いここはステーション内のラウンジだ。ルーズの手に掛かれば入国管理局のデータを見る事など瞬きをする位簡単に出来る。
「あった。シンは私たちより1時間前に入国してる」
「IDからどこへ行ったか辿れるか?」
「ステーションでレンタカーを借りてるわね。盗難防止装置が付いてるから、そこから辿るわ……いた! リドヒム軍本部敷地内で止まってる」
画面で点滅する地図を確認し、ルーズはすぐにレンタカーの手配をして立ち上がった。
「よし、急ぐぞ」
「まだ本部にいてくれたらいいんだけど……」
****
レンタカーを運転するカッツは昔を思い出しているのか、いつもより少しだけ真面目な顔で前を見据えている。
何故カッツが人探し屋などという職業をやっているのか、ルーズは知らない。別に知らなくとも今の生活に不満は無いし、人探し屋という仕事も案外気にいっている。探す相手は様々だが、人に感謝されるというのは嬉しいものだ。
特に、行方が分からなくなった家族が再会した時のあの空気は、家族を知らないルーズにはこそばゆいような、不思議な感覚を与えた。
自分にも、記憶があった頃には家族がいたのだろうか? いや、捜索願が出されていないという事は、きっと一人きりだったのだろう。これ以上覚えの無い過去に懐柔を求めても虚しいだけだ。
と、感傷に浸っていると、ズウンと遠くで地鳴りがし、ルーズ達が乗る車にまで振動が伝わって来た。
「煙が上がったな」
視線の先には市街地の影が見えていて、その奥から白煙が立ち上っている。
「リドヒム政府の資金はエンド政府や観光客だが、反政府軍の資金源が何か知ってるか?」
「plain……でしょ」
少しずつ近づくにつれ、市街地の様子も鮮明になって来た。ルーズは知らず体に力が入っていた。
カッツの問いに答えながら、あの映像の少年の顔を思い出す。
「組織はエンド政府を裏から操ろうとしているのよ。その為に政府に反発する勢力が必要だし、ここだけじゃなくて他の惑星の反政府組織にも武器や資金を流しているでしょ。政府を疲弊させるには戦争が一番手っ取り早いからね」
国民と政府を同時に攻撃するには、戦争が手っ取り早い。その為には強力な武器とそれを指示する同志、さらには強力なパトロンがいれば言う事はない。もちろんどちらも多大な精神的肉体的金銭的な代償は大きいが。
驚くべき事にplainの場合ははっきりとしたパトロンが存在しない。武器や麻薬の売買だけではとてもじゃないが何十年もの間戦争を続けさせる事など出来ないだろう、しかし現実にやっているのだからその資金力は底が知れない。
おかしな話しで、組織が裏で関係する会社から、政府も様々な製品を購入している事実がある。これはもちろん一般に公表されている訳ではないが、カッツ達のような仕事をしていれば自然と耳に入って来る情報だ。
「組織は何か特殊な錬金術を持っているんだろうな」
呟くカッツの考えは恐らく正しい。いくら巨大な裏組織といえども、長期間に渡っていくつもの反政府組織に資金提供をし続けるなど、一介の裏組織如きの力では通常では考えられない。
「つっ……」
急に頭の中を冷たい痛みが走り、ルーズは顔をしかめた。
「どうした?」
「いたたーーーちょっと頭痛がしただけ、大丈夫よ」
「そうか。そろそろ市街地に入る。一応政府公認ルートを辿るが、気を抜くんじゃねーぞ」
「分かった」
銃を持った兵士が立つゲート前で車を止め、ステーションで発行された入国許可書を見せIDチェックを受けると、重そうなゲートがゆっくりと開いた。
「よし、急ぐぞ」
ゲートをくぐると、カッツは思い切りアクセルを踏んだ。
「じゃあなにか!? シンはこのガキが反政府軍に寝返ったと分かってて行ったってのか!?」
派手にテーブルを叩いてカッツが目の前の軍服の男に食って掛かった。
難しい顔をして腕組みをする軍人は、リドヒム政府軍のジャイロ中将。カッツとはかつての戦友だ。
「チェイスが死んだのは半年程前だ。あいつに一小隊を任せたんだが、その中にチェイスJr.もいた……あれは完全に私のミスだった。シンがいなくなってからのチェイスは功を焦るようになっていて、心配した私はずっと食料調達などの後方支援をさせていたんだ。だが、半年前に立てた作戦の結果次第では敵に大きなダメージを与え、そのまま長期的な対話路線へと持って行く事も可能だった。失敗する訳にはいかない大事な任務だったが、チェイスに泣いて頼まれて、私は断れなかったーーー軍にいたお前にならチェイスの気持ちが分かるだろう? 手柄を立てて英雄になるという事が、どれほど軍人にとって名誉な事か」
「はっ! 知るかよ。俺は名誉の為に軍に入ってた訳じゃねえ。それしか生きて行く方法を知らなかっただけだ……ジャイロ。お前シンにその事を話したのか?」
ドスの利いた声で言うと、カッツはジャイロを睨んだ。ジャイロは静かに頷く。
「ーーー戦争なのだからいつ死ぬかなど分からない。それでもチェイスは男として、誇りを持って戦地に向かったんだ」
「チェイスのガキは作戦が失敗して親父が死んでしまった事を、政府軍の所為にしたって訳だな? それで、ここを飛び出して反政府軍に鞍替えした」
「ああ、おそらく。しかもJr.は父親がいつもシンの事を話していたから、シンに対しても恨みを持っているかもしれない」
ゆっくりと組んだ腕をほどき、ジャイロは窓の外へと視線を移した。
空の色は薄い黄土色で、霧状の雲が空を幻想的に見せている。しかしその美しい風景とは裏腹に、銃声や爆音が時折聞こえて来て落ち着く暇を与えてくれない。
「それが分かってて何故シンを行かせた。あいつはお前の元部下だろうが?」
「止めてシンが聞くとでも? あいつには殺される前に殺せと伝えた。後のことは俺にはどうにも出来ない」
ジャイロの言葉に、カッツは口をつぐんだ。
シンは殺される事を覚悟の上で、チェイスJr.に会いに行ったのだ。
「くそっ……」
握りこぶしを作り、カッツはジャイロに背を向けた。歩き出したカッツをルーズが引き止める。
「待って、カッツ」
「お前はここにいろ。戦場には連れて行けない」
「嫌よ、私も行くわ」
「俺達は武装してないんだ。襲われた時、お前がいると足手まといだ」
「電流弾ならあるわ。相手を痺れさせるくらいなら……」
「駄目だ!」
きつい口調で言われ、ルーズは仕方なく黙る。カッツは一言ジャイロに、ルーズを頼む。とだけ言い残して部屋を出て行った。
「部屋へ案内しよう……心配いらない。カッツとシンは強い。ちょっとやそっとでは死にはしないさ」
何も出来ない自分を恨めしく思いながら、ルーズはぐっと目をつぶった。
思いのほか簡単に反政府軍が防壁を作る境界まで来る事が出来た。
シンは昔自分が前線にいたころの地の利を生かし、うまく地下道や建物の裏手を使って移動したのだ。
さすがに何年も経っている為建物の崩壊は以前より進んでいたが、それでも生活している人間はいて、少しずつ壊れた建物を修復している。
爆薬の匂いと焦げた匂い、そして死臭が漂うそこはやけにシンの気持ちを打ちのめした。
ジャイロに教えられたのはチェイスの死とチェイスの息子、チェイスJr.の離反だった。年上でいつも明るく場を和ませてくれていたチェイスを、シンは尊敬していた。同じ隊で一、二を争う銃の腕前だと言われていたが、別にどちらが上手くてもシンには関係なかった。
チェイスのスポッターとしての腕は本物で、いつも隣りを安心して任せる事が出来た。
カッツの部隊と共に戦う事になった時、自分と同世代のカッツの見事な指揮と人柄に、チェイスは憧れを抱いたようだった。
たまたまカッツがシンを自分が直接指揮する小隊に入れた事で、チェイスはシンに対して嫉妬を抱いたらしい。だがそれはカッツがチェイスの腕を見込んでの事だったのだ。
斥候としての経験はシンよりもチェイスの方が上だったし、何より銃の腕もシンにひけを取らなかったのだから、カッツとしてもシンとチェイスを分けた事は信頼の証しでもあった。
「チェイス……」
ぼそり吐き捨てるようにシンは呟く。
チェイスはカッツの側に置いてもらう為には手柄を立てるしか無いと思い込み、任務で先走ったのだ。
その結果が仲間の死亡と己の負傷。
チェイスの怪我を知り、責任を感じたシンは怪我がある程度回復したチェイスに頼まれ、2人で作戦を無視して市街地へ飛び出した。
そこでシンは取り返しのつかないミスを犯してしまったのだ。
戦争なのだから、民間人が巻き込まれる事もあると仲間には言われた。が、シンにはそう思えなかった。例え市街地だろうとも、絶対に民間人を巻き込んではいけないのだ。それが戦争のルールであるべきなのだ。
それをさも、戦地に住んでいる方が悪いという言い方をする軍人には、人としての良心が崩壊しているのではないかとすら思えてしまう。
否、元は同じように考えていたはずの人間でも、戦争というものは人を簡単に崩壊させてしまうのだ。
シンは銃を握れなくなっていた。
戦地をうろちょろする方が悪いと考え始めている自分に気付いた時、味わった事の無い目眩と吐き気に襲われた。
目をつぶれば少女の顔が浮かび、何故私を撃ったの? と恨めしそうに尋ねるその声に眠れぬ日が続いた。
自己崩壊を仕掛けていたシンを、暗闇から引きずり出してくれたのはカッツだった。たった一言、『やめちまおうぜ』と軽く言って笑ってくれたその言葉はまさに救いだった。
仲間を置いて逃げるのは卑怯だと思ったが、シンは銃を握る事が出来なくなっていたため、誰も咎めなかった。おまけに、『やりたくない事を無理矢理やる必要はねえ。これからは誰かを殺すんじゃなくて、違う方法で人の為になる事をやればいい』そう更に言ったカッツの言葉がシンを揺り動かした。
誰が戦争を望んでいるのか。それを考えた時、少なくとも自分や自分の家族、そして周りにいる仲間ではないとすぐに判断した。
チェイスにも同じように銃を置いて欲しかったが、彼はシンとは別の結論を導き出した。家族を守る為、一日でも早く平和が訪れる為に武器を取るのだと……
「そこにいるのは誰だっ!? 出て来い!」
昔を思い出していると突然怒鳴り声が響き、シンは身を隠していた建物の壁から、両手を挙げてゆっくりと出て行った。
「撃たないでくれ。オレはシン。チェイスJr.に呼ばれて来た」
「……Jr.ってーーーお、お前、もしかしてヘイズのシンか?」
構えていた銃を少しシンから反らし、若い男が驚いたように尋ねた。シンは頷いてもう一度手を挙げる。
「武器は持っていない。もし知っているのなら、チェイスJr.の所へ連れて行ってくれないか?」
男は軍服などではなく、汚れてはいるが普通のシャツにGパンを履いている。シンは分かっていた。武器を持っていても、彼ら反政府軍も民間人なのだ。それなのに自分は政府にたてつく反逆者としてまるで虫けらのように殺していた。
そんな事が許されるはずがない。
民間人の少女を撃ち殺すより、もっと早くに気付くべきだったのだ。
「あいつに会いに、わざわざ来たってのか? あの映像一つで? 本当かよ……まあいい。来い、連れてってやる」
銃を縦に振り、男はシンを促した。それに黙って従い、シンは背中に銃を突きつけられたまま歩き出した。
続く…
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