チェンジ・ザ・ワールド☆
惚れられて
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惚れられて
カッツは朝から頭を抱えていた。
うんうん唸り、心無しか顔色も悪いようだ。
「はあ……おい、どうした。朝からずっと唸って。便秘か?」
あまりにも構って欲しいオーラを出し続けるカッツに、シンが呆れたように新聞から顔を上げて尋ねた。
「シン……やばいぞ」
「は? 何が?」
「あいつが来るーーー」
「あいつ?」
「ーーーセイラが来る……」
カッツの口から聞こえたその名前に、シンはビクリと肩をすくめ、そそくさと立ち上がった。
「さて、と……ルーズのやつはどこに行った? 昨日チェスで負けたからな。今日は勝って昨日の負け分を取り返さないと」
「おいっ! てめえこら! 逃げるんじゃねえ! ルーズは朝早くから出かけていねーんだよ!」
「くっつくんじゃない! 放せっ! オレはあの女苦手なんだよっ!」
シンの腰にタックルをし、逃げようとするのを必死で抑えながらカッツが泣きそうな顔で頼み込む。
「俺だって苦手なんだ! 俺1人であいつの相手なんて出来るかっ! てか襲われる! 頼む。後生だ! どこにも行かないでくれ~!」
「煩い、知るかっ! 大体セイラはお前の許嫁だろうが!?」
カッツを必死で引き剥がしながら、シンは全力で足を前へと動かす。が、カッツの力にはとてもじゃないが敵わない。
「アホかーー!! 許嫁じゃねえ! ただの幼なじみだ! それにあいつも俺ももういい年ぶっこいてるんだぞ!? 今更結婚なんて出来るかあっ! つーかそんな約束なんてした覚え俺はねえ! つーか死んでも無理!!! あ、そうだ。お前男前なくせに彼女いないよな? セイラはどうだ? あいつ乳でかいし、お勧めだぞ~」
「ふざけるな! 自分が無理だとか言ってるやつを人に回すな! じゃない、あいつはお前以外の男になんか興味持たないだろ!? つーかオレこそ無理だ!」
「カッツ、シン。大きな声でみっともないわよ」
「ひっ!?」
「う!?」
コツンと一つ、階段の方でヒールの音がしたかと思うと、直ぐさま女性が姿を現した。
その姿にカッツとシンは動きを止める。
「久しぶりに会いに来たっていうのに、フィアンセに対して何、その言い草は。それにあたしとの結婚の約束を覚えてないですって?」
「ばっ、覚えてないじゃねえ、約束自体した覚えがねえって言ってんだ!」
どんどんとこちらへ近づいて来るのは、先ほどからカッツとシンが怯えて止まない女性、セイラだ。
小柄で緩いウェービーヘアーをポニーテールにし、高いヒールに大きな胸が少し窮屈そうなシャツを身に纏った美人である。
「信じられない。あたしが3歳、カッツが7歳の時に約束したでしょ? あたしが将来あなたのお嫁さんになってあげるって」
それは約束じゃなく一方的な愛情の押し売りだ。
と思ったが、後が怖いのでシンは黙って自分の背後に隠れようと無駄な努力をするカッツをセイラの前に引きづり出す。
「誰が嫁になってくれと頼んだんだ!?」
「しばらく来ないうちに随分中が綺麗になってるわねえ。掃除してるのね、偉いわ」
カッツのつっこみを見事に無視し、室内を見回しながらセイラが言うと、しっかりとシンの上着を掴んで逃げられないようにしながらカッツが答える。
「ルーズのやつが掃除してくれるからな」
「ルーズ……って、誰?」
セイラの顔が一瞬険しくなる。
が、カッツはそれに気付かず頭を掻きながら答えた。
「あ? ああそうか、お前3年近くここに来てなかったな、そう言えば。ルーズはその頃から仲間になったやつだよ」
セイラはエンド政府の調査団の1人で、エンドを基点とした様々な惑星地質調査をしている。人間が住めるような星を探し、大気生成システムが使用可能な土地かどうかを調べるのだ。そのためエンドに戻って来るのは年に1度あるかないかだ。
カッツとセイラの生まれ故郷はエンド北部の寒冷地帯にあり、エンド政府があまり熱心に開拓を行なっていない“アイン”という国だ。アインはあまり豊かではなく、エンド大気生成システムも十分に機能していない為かなり厳しい環境の土地だった。
地球のように雪が降ることはないが、アインでは子どもが大人まで成長する確率が低い。それだけ過酷な環境と言える。植物も育ちにくく、主な国の収入源といえば、子どもを軍事学校で高度な戦闘員に育ててエンド政府軍へ送り、その報酬を受けるというものだ。
カッツは幼い頃から軍事学校で戦闘員としての訓練を受けながら生活をしてきた。
親や家族はなく、貧しい孤児院で育ったため早く自立をしたかった。学校に入ればわずかながら給料も出るし、衣食住には困らない。その為、9歳の頃には自ら孤児院を出て軍事学校へと入学した。セイラとは孤児院の頃に知り合ったが、彼女は孤児院の隣りのアパートに住む少女で、親はいたが兄弟はなく、いつも孤児院の子ども達と一緒になって遊んでいた。
その頃に結婚の約束をしたのだと言い張るが、セイラより4歳年上のカッツが覚えていないのだからきっとセイラの記憶違いだと思う。
なのに会う度にいつ結婚してくれるのかと迫るセイラに、カッツは怒りを通り越して恐怖を覚えていた。盲目的に愛される事は一方通行の場合迷惑なだけである。
「だから、ルーズって誰なの!?」
「やかましい、ルーズはルーズだ! お前何か用があって来たんじゃないのかよ!? 用がないなら帰れっ!」
セイラが来る前から大きな声を出しっぱなしだったカッツは、軽い酸欠状態になってしまった。
シンから手を放しドサリとソファに座ると、目をつぶって大げさにため息を吐く。
「仕事の依頼に来たのに帰れはないでしょ!? せっかく3年ぶりに会ったのに!」
「知り合いだからって安くしねーからな」
「知り合い? 許嫁でしょ!? ていうか、ルーズって誰よっ!? 女? 女よね!?」
「やっかましゃあ!!」
カッツとセイラがお互いのほっぺたを思い切り抓るという子どものような喧嘩を始めた所で、シンはやれやれと肩をすくめて静かに階段に足を掛けた。
「とても30過ぎた大人同士の喧嘩には見えないな」
「ちょっとシン! どこに行くのよ?」
気付かれないうちに逃げ出そうとしていたのだが、セイラに見つかってしまった。
「いや、ちょっと昼飯を買いに……」
「あらいいわね。お腹空いたわ。行きましょうカッツ」
「だあっ! 腕を絡めるな! 乳が当たってんだよっ」
「んもう、嬉しいくせにぃ」
「ーーーはあ……」
こんな時ルーズがいてくれたら上手く落ち着かせてくれるだろうに、一体どこをほっつき歩いているのやら。
シンを追い越してカッツの腕を引っ張りながら階段を上って行くセイラの姿をチラリと見、同じ女性でもルーズとセイラは随分と違うものだと、改めてセイラの奔放さに感心した。
「ああ? 調査団と連絡が途絶えた?」
カッツとシンとセイラはブルースの店の道路に突き出したオープンカフェで昼食を摂りながら話していた。
セイラによると、先月地球へと向かった調査団と3日前から連絡が取れなくなったのだという。
人類が地球から宇宙へ逃げ出して約200年。何故か本格的な調査を行って来なかったエンド政府だが、最近やっと動き出したらしい。
「そうなの。地球って、あたしたち現代人からしてみれば未知の星でしょ? エンド政府としてもやっぱり人間なんだから地球でまた暮らしたいって気持ちが強いのよ。あれほど生物が生存するのに適した環境の星なんてどこにもないんだもん! ロマンよねえー。もう今じゃ地球に住んでいた頃に生きてた人は残ってないけど、やっぱり実際に見たいわ! あたしも地球に調査に行きたかった~」
「セイラ、話しが逸れてる。で? いなくなった調査団を探して欲しいという事なのか?」
瞳を輝かせて地球へ思いを馳せるセイラに、シンが冷静に尋ねる。
「あ、そうなのよ。政府側から捜索隊を派遣したいけど、今ちょっと人手不足なのよね。それで、あたしが知り合いに頼んでみますって言ってここに来たの」
「政府のくせに人手不足って何だよ。お前が行ってくればいいだろ? それにたった3日連絡が取れない位で騒ぎやがって。磁場の関係で通信状況が悪くて連絡出来ないだけかも知れないだろ?」
面倒臭そうにカッツが言うと、セイラは首を横に振る。
「あたし1人じゃ無理よ。だからカッツにお願いしてるのに! それと通信だけど、あたしたちが通信で使っている無線は特殊なの。地球の現在の環境が200年前と劇的に変化している事と言えば人類がいない事と環境汚染が止まっている事くらいよ。オゾン層も復活しているし、かなり安定しているの。だから急に通信が出来なくなるなんておかしいのよ。それに……」
「それに?」
「最後の通信の時に、銃声のような音が入ったらしいの。私たちは一応獣対策用に銃は携帯しているけど、その銃声は私たちが持っている銃とは違う音みたいだって」
「他にも地球に行っている奴らがいるってことか」
ぼそりとシンが言うと、セイラは無言で頷く。
地球へ行くにはエンド政府の許可が必要だ。もし許可無く地球へ行った事が発覚すれば、終身刑になる場合もある。だが、地球へ行くにはエンド政府の管理管轄下にある航行ルートを取らなければいけないため、そう簡単に行く事は出来ない。
カッツは嫌な予感を覚えた。
「調査団との連絡が途絶えた地点は?」
「南アメリカ大陸のブラジル辺りよ」
「報酬は?」
「政府からの依頼ですもの、あたしがたっぷり請求してあげるから心配しないで」
「おおうっ、マジですかあーー!! これで飲み屋のツケが返せるっ!」
キラキラ……とは言えないが、目を見開いて乙女チックな表情で喜ぶカッツに、セイラも満面の笑みで答える。
「任せといてよ! だから、結婚して?」
「だあーーっ!? どさくさ紛れに言うな! するかあっ!」
****
「……という訳で、今すぐ地球に発つから、さっさと帰って来い」
セイラとは一旦別れ、カッツとシンは必要な物を買いそろえて廃ビルへと戻って来た。
もう夜だというのにルーズはまだ帰っていなくて、カッツがインカムで連絡を取ったのだ。
『ごめん、ちょっと今日はまだ戻れそうにないの』
「ああ? お前朝から何やってんだよ。すんげー今回の依頼はギャラが高いんだよ、逃す訳にはいかねーんだ」
『いつもみたいに待機して情報収集じゃ駄目なの?』
「今回は地球なんだ、観光気分でいいから行くぞ。それにお前がいないと精神的に保ちそうにねえんだ。色々と」
『地球……いやあ、でもちょっと今すぐは無理かな』
「なんでだよ?」
『それが、パチンコ大当たりしちゃって……』
「はあっ!?」
『もう朝から止まらないのよ。最初のお店では勝ちすぎて追い出されるし、次にふらっと入った所でも大当たりしちゃって……あはは』
「『あはは』。じゃねえ! 朝っぱらからてめえは……賭け事なんかで金を稼ぐなっ! 地球だぞ!? まず行けない地球に行けるってのにこの馬鹿! あーもういいっ、お前置いて行くからな! 留守番してろっ!」
『あっ、ちょっ!』
ルーズの返事を待たずして、カッツはブツリと通信を切って鼻息荒く立ち上がる。
「あの馬鹿女! せっかく地球に行けるってのに、パチンコだとお!? 仕事をなんだと思ってんだ!」
荷物をまとめたカッツに合わせて立ち上がると、シンは笑った。
「別にいいんじゃないのか? 大当たりしてるんだろ? 仕事が無い時なんて悲惨なんだから、稼げる時に稼いでもらっとこうぜ」
「賭け事で稼いだってロクな事にはなんねーんだよっ! それにあいつがいてくれた方がセイラのヤツに絡まれる確率が減りそうだっつーのに……稼ぎが少なかったら一週間掃除当番させてやる!」
人探し屋の仕事自体博打みたいなのだが、カッツは妙に真面目な所があって面白い。
かくしてカッツと愉快な仲間御一行は、地球へ行く事となったのであった。
続く…
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