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初春抄.2

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初春抄










 取材はスムーズに行っていた。

 羽百合が務める会社は小さいながらもスポーツをメインに扱う雑誌社で、最近では健康志向の上昇のおかげで一般向けの運動サークルの紹介専門誌も扱い出した。マラソンやヨガ、バレーボールに卓球、そして今日取材に来たテニスなど、気軽に楽しめるスポーツを紹介するのだ。

 本来羽百合と美緒は野球とサッカーなど、プロとして存在する花形競技をメインに扱う記者だった。それが新しく立ち上げた部署の人手が足りず、入社一年目で融通の効く二人に白羽の矢が立ったのだ。

 大手の会社ではないから部署が細かく別れている訳でもなく、一応羽百合はバレーボール、美緒は野球と担当はあったのだが、臨機応変に他の担当も手伝っていた。人手不足と分かっているのに新刊を立ち上げようとする会社の方針に、呆れすぎて文句も出ない。

「それじゃあ簡単に説明しますね」

 田所がコートの中を指差しながら言った。

 羽百合は危うく現実逃避しそうになっていたのを堪え、レコーダーをオンにして田所の指差す方向へ視線を向ける。

 美緒はカメラを構えて田所を撮ったり練習風景を撮ったりしていた。

「まず一番端のコート、AとBが初心者クラスです。Aコートは12歳以下を中心としています。そして隣りのC、Dコートが大人の初心者クラス。E、Fコートが中級者。上級者の方達はこの向こう側にあるコートを好きに使ってもらっています。うちはプロを要請するのが目的のクラブではありませんが、うちのクラブからプロになった人も数名います」

「プロになった方は確か男子2名、女子1名いらっしゃいますよね。クラブ設立の年数から考えると、とても素晴らしい成績だと思います」

「まあ、たまたまですが、彼らは部活とここのクラブと両方で頑張っていましたからね」

「なるほど。こうして拝見しているとクラブに参加されている方の年齢も幅広いみたいですね」

「市が全面的にバックアップしてくださっているので、他のクラブさんよりもレッスン料が安いからだと思います」

「設備もナイター用の照明があるし、コートも6面コートが全部で4つ。隣接した建物には体育館やプールもあるし、環境的には申し分ないようですね」

「そうですね、とても恵まれていると思います。コーチ陣も元プロやそれに匹敵する実力の人ばかりですから」

 そう言ってコート内で生徒達相手に球出しをしているコーチを見て田所は微笑んだ。

「確か田所さんも30年ほど前に活躍されていた元プロなんですよね?」

「おや、よくお調べになってますね。まあ、昔のことですよ」

 羽百合が言うと、田所は照れたように笑った。

「私の母が田所さんのファンだったと申してました」

「それは嬉しいな。まあ、昔の話しです。今うちで一番人気のコーチが……ほら、あそこの中級者クラスを教えている佐伯君です」

 そう言って指差すコートには、先ほど美緒がイケメンだと興奮していた銀髪の男性がいた。

「そうですか。まだお若いようですね」

「彼は大学2年生の二十歳です。ここにはバイトで教えに来てくれているんですが、中学時代から地元では結構有名なテニスの強豪校のレギュラーだったんですよ。ご存知ないですか? 六角中学

「ああ、全国大会にも何度も出場していますね」

「あそこの出身で、現在は大学に行く傍らこうやって週に一度うちでコーチのバイトをしてもらっているんですよ」

「カッコいいですよね!」

 横から突然美緒が口を挟むと、田所が苦笑する。

「もう、美緒ったら……」

「ええ、おかげ様で彼がコーチをするようになってからクラブの入部希望者が倍増してます。もう一人若いコーチがいますが、今日はお休みですね。彼もイケメンで人気があるんですよ」

「お休みなんですか~? 残念」

「美緒!」

「あ、ごめんなさい」

「出来ればコーチの方にもインタビューさせてもらえますか? 手隙の方で結構ですので」

 美緒を嗜め、羽百合が田所に尋ねる。

「ええ、構いませんよ。もう少ししたら休憩の時間を取りますので、それまで待ってください」

「はい、ありがとうございます。それでは時間まで上級者コースのコートの写真を撮らせてもらってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

 会釈をして隣りのコートへと向かいながら、美緒は楽しそうに羽百合に言った。

「佐伯コーチだって。や~ん。インタビューは是非佐伯コーチにお願いしたい~」

「あのねえ、本当に呆れるわね。しっかり写真撮ってるんでしょうね?」

「失礼ね。ちゃんと撮ってるわよ」

「あの佐伯ってコーチばっかり撮ってるんじゃないかってヒヤヒヤしてるのよ。頼むから仕事はきちんとしてよね。記事に載せられないような写真じゃ話しにならないんだから」

「分かってるってば~。羽百合ってば真面目ね~」

「当たり前でしょ! 仕事なんだから」

 はあ。とわざと大きく溜め息をついた。美緒がきちんと仕事をしているだろうことは分かっていたが、どうしても言わずにはおれなかったのだ。
















 しばらく上級者コースの練習風景を撮影し羽百合たちが田所の所へ戻って来ると、コーチらしき中年の男性が二人やって来た。その後方から先ほどから話題になっているイケメンコーチの佐伯もゆっくりとやって来る。

「お忙しい所すみません。簡単にインタビューをさせて頂きたいんですが」

 羽百合が言うと、コーチ達は快諾してくれた。

 インタビューの内容は初心者からテニスを始めるにあたっての注意事項やテニスのセールスポイントなどだった。

 美緒は楽しそうに写真を撮っていたが、やはり佐伯一人の写真を多めに撮っているように感じられた。しかしインタビューの受け答えは中年のコーチ二人がすべて答えて、佐伯はずっと笑顔で立ったままだった。

「テニスを始める年齢などで、難しいということはありますか?」

「いいえ、テニスは確かにハードなスポーツですが、高齢のプレーヤーの方もたくさんいらっしゃいます。楽しく汗を流し体力を付けるという点では年齢は全く関係ありません」

「そうですか。それでは最後に一言づつ、これからテニスを始めたいと思っている方に向けてコメントをお願いします」

 そして一人ずつコメントをもらう時、初めて佐伯の声を羽百合は聞いた。

「ーーーでは最後に、佐伯コーチ、一言お願いします」

「あ……はい。やってみようかどうしようかと悩んでいるなら、取りあえず一度やってみて欲しいです。見ているだけではテニスの楽しさは分かりませんし、実際にやってみることでその面白さは十分伝わると思います。最初から上手な人なんて一人もいませんから、やる前から出来ないと諦めないで欲しいです。僕たちが精一杯楽しむお手伝いをさせてもらいますので……ぜひ、遊びに来てください」

 落ち着きのある爽やかな声で、笑顔と共に言ったコメントも爽やかだった。

 美緒は小さく「はい!」と佐伯のコメントに返事をしていた。

「どうもありがとうございました」






 〜〜〜






 無事仕事を終え、帰りの車の中。美緒は撮った写真を液晶画面で見ながら楽しそうに言った。

「あ~もうマジで私テニス始めよっかなあ~。佐伯コーチ格好良すぎ! 近くで見たらもうたまんない! あれは希望者増えるの納得よね」

「あのねえ……」

「ちゃんと写真撮ってるから安心して。でもこの佐伯コーチ一人の写真は自分用に保存しとこ」

 二月というまだ寒いこの時期、なんとなく明るい話題が少ないおかげで、社内も盛り上がりに欠けていた。

 美緒は元来明るい性格でどことなく暗い雰囲気の冬が嫌いなために、こうしたちょっとした楽しみを見つけて騒ぐのが面白くてたまらないのだ。

 はあと溜め息をついてハンドルを切りながら、羽百合はどう記事をまとめるかを思案した。

「そういえば、さっきの質問の答え。まだ聞いてなかったわ」

「何の?」

「どんな顔の男が好みなのかって話しよ」

 すっかり忘れていた羽百合は気の抜けた顔でチラリと美緒を見る。ニコニコと嬉しそうに覗くのはやはり先ほど撮った佐伯の写真だ。

「別に顔の好みなんてないわよ」

「嘘嘘っ! あんたはイケメンが好きって顔してる」

「人の顔で勝手に判断しないでよね」

 呆れたように言うと、美緒は続けた。

「じゃあ今までどんな感じの人と付き合って来たの?」

「ーーーノーコメント」

「何よ、ケチっ! じゃあ芸能人では誰がタイプ?」

「ノーコメント」

「ええ~? もうっ。本当に付き合い悪いわね。まあいいや。私佐伯コーチにこれからモーションかけようっと」

「はあっ!?」

 驚いた羽百合は危うく前の車にぶつかる所だった。

「ちょっと危ないわね。ちゃんと前見て運転してよね」

「美緒が変な事言うからでしょ? ちょっと何? モーションかけるってどういうこと? 冗談よね?」

「冗談な訳ないでしょ~。あんなカッコいいのに」

「年下よ?」

「全然オッケー。てか、たかが3歳下くらい、関係ないでしょ」

「彼女いるかも知れないじゃない」

「略奪愛? うーわー。燃えるわ~」

 目をキラキラと輝かせはじめた美緒に、羽百合はがっくりと項垂れた。

「……問題だけは起こさないでよ。本当に」

「自慢じゃなけど私結構モテるんだから。まずは連絡先ゲットして合コンよね! 羽百合、あんたも行くのよ」

「勝手にしてくれ……」


 後日、その冗談は現実のものとなった。









                              続く…





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