チェンジ・ザ・ワールド☆
初春抄.4
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初春抄
第二話「苦手」
無事に美緒と合流し、バーで改めて合コンを果たす事が出来てから数日後の事、編集長の怒号が部屋中に響き渡っていた。
「お前は一体何をやっているんだ!!! こんな事も出来ないなら、仕事なんてやめてしまえっ!」
「すみませんっ! もう一度チャンスをください! お願いします!」
必死になって頭を下げるのは美緒だ。それを心配そうに離れた席から見守る羽百合。
編集長の怒りの原因は、美緒が担当する事になっていた特集のクライアントとの連絡ミスだった。事前に確認を取らないまま、クライアントの要望であった特集内容を微妙に変更してしまったのだ。
たった一文字違うだけでも、クライアントに連絡をしなければそれは信用問題になる。特に今回は自宅でも簡単に出来る有酸素運動と健康レシピを併せた特集で、クライアント先は地元に本社を構える全国的にも有名な食品会社だ。
もし、相手が手を引くと言えばこちらは大損をしてしまう、新設部署にとっては今後を決める大事な仕事。幸いな事にクライアントは怒っていないようだが、編集長としては見過ごす訳にはいかなかったのだろう。
涙を堪えて頭を下げる美緒の姿に、羽百合は持っていた自分の企画書を見て悲しくなった。
「もういい、お前は皆の手伝いをしながら反省してろ。担当は別のヤツに代わってもらえ。その代わり後で謝罪に行くから、今すぐ菓子折り買って来い!」
「……はい」
ぐっと歯を食いしばり出て行く美緒。
元来頭も良く仕事でも何でも器用にこなす美緒は、こんな単純なミスをすることはない。もちろん何でも出来てしまうため、羽百合のように必死になって取り組む事はないが、その分人前で頭ごなしに怒鳴られるという経験もしたことがないはずだ。
プライドの高い美緒の事が気がかりだったが、追いかけて行けばきっと美緒に怒られてしまう。今はそっとしておくしかないと、仕方なく羽百合は立ち上がって自分の仕事に集中した。
「羽百合」
「美緒」
退社時間も過ぎ、ポツポツと人が減り始めた社内。美緒の情けない声が降ってきた。
天井を仰ぐと、少し目の周りを赤くした美緒が立っていて、じっと羽百合を見下ろしていた。
「ね、羽百合。ご飯食べに行こ」
「うん。行こっか」
素早く片付けを済ませ、羽百合は美緒と良く行く会社近くのイタリアンレストランへと向かった。
注文を終えて水の入ったコップを玩ぶ美緒をじっと見ていると、彼女がはあ。と大きなため息を吐いてから顔を上げて笑った。
「失敗しちゃった」
「美緒らしくないミスだったね。一体どうしたの?」
カランと氷が溶ける音がして、美緒は照れたように笑って頭を掻いた。
「なーんかさ、私ってば本気で佐伯コーチの事好きになったっぽい」
「へえ……って、えええっっ!?」
突然大声を出した羽百合に、店内中の視線が集まる。
「あっ、すみません……」
すぐに謝罪し、テーブルに身を乗り出すと、羽百合は美緒に詰め寄った。
「どういう事よ、あれからまだ何日も経ってないでしょ」
「時間なんて関係ないじゃない。それこそ取材に行った日からカッコいいって言ってたんだし、一目惚れね、間違いなく」
「一目惚れ……」
ドキリとした。
佐伯の顔が思い浮かんでしまい、咄嗟に頭を振ると羽百合はもう一度美緒に詰め寄る。
「どうして? 相手がどんな人か、ちょっとご飯食べて話した位じゃ分からないでしょ?」
「でも、メールは毎日してるよ。佐伯コーチ、すっごい優しいし……」
羽百合はあの日の事を思い出した。羽百合に自分の事を教えてくれと言っておきながら、アドレスどころか連絡先すら聞かれなかった。それなのに美緒とは毎日メールをしていると言う。
やっぱりからかわれたのね。そりゃそうか。私みたいなどこにでもいる女に一目惚れなんてする訳ないもの。
馬鹿馬鹿しいと自分自身に言い聞かせ、羽百合はテーブルに乗り出していた体を椅子に戻して力を抜く。
「まあ、好きになるのは勝手だけど、恋煩いで仕事でポカしてたら話しにならないわよ」
「だって! 本気で本気なんだもん!」
「あー、はいはい。好きにしなさい。でもね」
キッと鋭い目つきになると、羽百合は美緒を見据えた。
「絶対に会社には迷惑をかけない事。何かあったらすぐ私に話す事。一人で突っ走らない事。いいわね?」
「分かってる。絶対会社には迷惑かけない。テニスクラブにも迷惑かけない」
「まあ、佐伯君にはかけてもいいんじゃない? でもねえ……彼、一筋縄では行かないわよ」
そう公園での事を振り返りながら言うと、美緒が不思議そうな顔をした。
「どういう事? てか、そう言えば羽百合ってば佐伯コーチの事佐伯君って呼んでるの? この間もバーに一緒に来たけど、偶然会ったって言ってたよね」
「そうそう、俺はあなたのコーチじゃないから、佐伯コーチって呼ばないでくださいって言われたのよ。公園からバーに行くまでにちょっと話したけど、私はなーんか、彼苦手なのよね……」
「えーっ!? 佐伯コーチが苦手? あんたおかしいよ! あんなに心も見た目もイケメンな人いないって! やっぱり羽百合ってば変!」
元気を取り戻したらしい美緒に苦笑しながら、羽百合は変で結構。と、丁度運ばれてきた料理に集中した。
「佐伯君って、私も呼んでみようかなあ。年下だし、いいよね?」
「いいんじゃない?」
「戸村さんって呼ばれてるから、美緒さんって呼んでってお願いしてみよ」
「うん、いいんじゃない」
「大学の近くのアパートに一人暮らししてるって言ってたから、ここから結構近いかもね」
「へえ」
羽百合達の住む街は駅周辺に施設が集中していて、住宅地は駅を中心に放射線状に広がっている。海も近い為夏になると海水浴客なども多く、交通の便も良い為なかなか活気があるのだ。
大学も駅から近くて、少し離れた場所にも第二キャンパスや第三キャンパスがあり、学部によって所在地が違う。駅から近いキャンパスなら何かと便利だろうなと、そんな事を考えながら美緒の言葉に相づちを打っていると、
「あれ、新部さん、戸村さん。こんばんは」
聞き覚えのある爽やかな声が聞こえてきた。
「佐伯コーチ! こんばんは! どうしたんですか?」
まさに今、旬な話題を繰り広げていた当人の出現に、美緒は舞い上がった様子だ。同時に羽百合も驚く。
「いや、友達と飯に行こうって話しになって」
そう言って佐伯の後ろから姿を現したのは女の子のように綺麗な顔立ちをした男性だった。
「こんばんは」
「あ、こんばんは……」
その綺麗な顔の男性に挨拶され、吊られて羽百合は手を止めて挨拶をする。
「そうだったんですか! あ、良かったら一緒に食べませんか? 私たちも今食べ始めたばっかりなんです! ね、いいよね、羽百合」
「あ、うん。えっと、どうぞ」
笑顔を作って美緒の方へ席を移ろうと立ち上がると、すぐに隣りに佐伯が腰を下ろした。
「隣り、いいですか?」
通路側に座られてしまい、羽百合は動けなくなってしまった。残念な事に羽百合の後ろは壁で、反対側は窓である。
仕方なく再び椅子に腰掛け、佐伯から目を逸らす。
「どうぞ」
美緒が腹を立てないかと心配したのだが、佐伯の顔をじっくり見れるという向かいの席は良かったらしく、羽百合にウインクをしてみせている。
二人の注文が終わり、料理が来るまでのつなぎとして羽百合達が頼んだ料理を取り分けながら、美緒が自分の隣りに座る男性に尋ね始めた。
「お名前聞いてませんでしたね。私は戸村美緒、あっちが新部羽百合です」
「あ、僕は不二周助です。佐伯とは幼なじみなんです」
「へえ! 幼なじみなんですか?」
誰とでも仲良くなる美緒は、先日の合コンでも佐伯と同じテニスクラブのコーチをしている男性とすっかり打ち解けていた。これは本当に特技として履歴書に書いていいと羽百合は思う。
不二は佐伯とは違う大学で、今日はたまたま佐伯のアパートに泊まりに来ていたらしい。
「えー。不二君もテニスするんだー!」
佐伯とはまだ馴れ馴れしく話せないらしい美緒だが、不二とはすっかり仲良くしゃべり出した。
どうやら好きではない相手の懐には一瞬で飛び込めるらしい。
「美緒さんもやってみたらどうですか? 佐伯がコーチしてるテニスクラブもありますし」
不二に勧められ、美緒は悩んでいるようだった。以前も習いに行こうかと悩んでいただけに、今回は本気で考えている。
「う~ん、どうしようかなあ……本当に初心者だし」
ビクリ
羽百合は突然テーブルの下から差し出された紙切れに肝を冷やした。もちろんその紙切れを差し出しているのは佐伯だ。
何……?
笑顔で不二と美緒の会話を聞く佐伯は、なかなか紙を受け取らない羽百合に向かってもう一度ぐいと紙切れを突き出す。向かいの二人からは死角になっている為、佐伯が羽百合に紙切れを渡しているのは見えない。
仕方なく紙切れを受け取りそっと開くと、中には佐伯の携帯のアドレスと番号が書かれていた。
「連絡ください」
小声で羽百合にだけ聞こえるくらいに言うと、佐伯は前の二人の会話に口を挟む。
「一度体験レッスンを受けに来て下さい。ウェアとかシューズとかも貸し出してますから」
佐伯の一言は効果があったらしく、美緒は顔を赤らめながら両手で恥ずかしそうにその顔を挟み込んだ。
「え~。じゃあ一回行ってみようかなあ……」
羽百合はそんな会話を聞きながら、先ほど佐伯から渡された紙をスカートのポケットにねじ込んだのだった。
続く…
友情出演:不二周助(笑)
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