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初春抄.6

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初春抄







第4話「踏ん切り」





 日が進むにつれ、段々と羽百合の企画も骨組みがしっかりと出来てきた。

 専門的になりすぎない程度にアレルギー体質に関するレポートをまとめ、記事にする為に何度か大学にも足を運んだ。料理のレシピに関しても、管理栄養士と相談しながら、忙しい母親の為に手軽に作れるおかずやおやつなど、数品目を実際に作ってみたりもした。

 まだしばらく時間があると思っていたが、気付けば月も変わりすっかり春になり、間もなく新入社員も入社して来る時期となった。

 美緒が楽しみにしている市のテニストーナメントまであと2週間となったある日の夕方、羽百合の携帯に一本の電話がかかってきた。

 雑誌掲載用に記事の構成を作っていた羽百合は、携帯の画面に映し出された相手の名前を見て一瞬ドキリとする。

 それは、去年結婚した羽百合の幼なじみ。初恋の相手その人だった。

「もしもし?」

 ほんの少し緊張した声で電話に出ると、向こう側から聞き慣れた声が聞こえて来る。

 内容は簡単で、今日は地元に帰って来ているから久しぶりに会って食事でもしよう。というものだった。羽百合はもちろん快諾し、夜に駅前で待ち合わせる事になった。

 電話を切った後、羽百合はなんだか嬉しかった。

 久しぶりに会えるというだけで嬉しいというのは、やはりまだ相手の事が好きだからかもしれない。















 仕事を早めに切り上げ、羽百合は駅へと向かっていた。

 駅に行くには広い公園を抜けて行くのが一番の近道だ。

 そう言えばあの合コンの日も、こうやって一人で駅に向かって急いでたなあ。

 などと考えていると、佐伯の事を思い出して思わず振り返る。

 が、いるはずもなく、ただ仕事帰りのサラリーマン達が足早に歩いているだけだった。

「まあ、さすがに今日もいたらビックリどころの騒ぎじゃないもんね」

 一人自分に言い聞かせ、羽百合は再び歩き出した。

 駅が見えて来ると、信号の向こうから一人の男性が大げさに手を振りながらこちらへ駆け寄って来るのが見えた。

「正(まさ)兄!」

「羽百合!」

 スーツ姿の幼なじみの正志(まさし)こと正兄は、いつものように柔らかな笑顔で羽百合の前まで来ると、

「久しぶり、羽百合。元気そうで良かった。今日は大丈夫だったのか? 仕事忙しいんじゃないのか?」

 そう言った。

 自分も忙しいだろうに、こうして羽百合の為に時間を取ってくれた事が本当に嬉しい。

「ううん。正兄こそ、お仕事大変でしょ?」

「いやあ、オレは地方の小さな企業だから、たいしたことないよ」

「今日は出張?」

「うん、まあね。それより腹減った。羽百合、何食べたい?」

「トンカツかな」

「お前は相変わらず揚げ物好きだよな。よし、じゃあトンカツ屋行くか」

「うん!」

 昔からこうして二人で食事に行く事が多かった。お互いの両親が忙しく、またどちらも一人っ子だったため、どうしても夕食の準備が間に合わない時などは二人でファミレスなどに行って食事を済ませる事があったのだ。

 それも正志が少しずつ料理の腕を上げて行ってからは、羽百合が正志の家で夕食をご馳走になる事が多くなった。それでも年上の正志は大学で地方に行くまで、羽百合の為に料理を作ってくれたり食事に連れて行ってくれたりと、たくさん世話を焼いてくれた。本当の妹のように可愛がってくれていたのだ。








 「羽百合お前さあ、好きなヤツでも出来たか?」

「はあっ!?」

 すっかり食べ終えた皿を端に避けていると、突然正志が尋ねてきた。

「なんで急にそんな事聞くの?」

「いや、なんかさ、お前綺麗になったよな」

 どこをどう見てそんな事を言うのか。羽百合は無神経な正志の言葉に一瞬眉をしかめる。

「恋愛なんてしてる暇ないわよ。今私がいる部署って立ち上げたばっかりでさ、人手不足なの。面白い企画出して雑誌の売り上げをある程度出さないといけないし、やたらと広く手をつけちゃってるからもう、毎日戦争なんだから」

「そうなのか? いや、でもお前やっぱり綺麗になったよ。オレが言うんだから間違いない」

 にかっと笑う正志に、羽百合は苦笑した。

 羽百合が以前正志に対して抱いていた感情など微塵も知らない正志だ。正直に話しているのは分かっている。だが、こんなに気付かれなかったという事は羽百合にも問題があるのかもしれない。

 態度に出す。言葉に出す。という事を、そう言えばした記憶が無い。

 やはり自分は失恋して当然だったのかも知れない。

 女らしいを放棄していると美緒に言われたが、もしかしたら昔から正志に気付かれないようにという思いがどこかしらにあって、それがクセになってしまっているのではないか? ならば放棄していた女らしさを、取り戻す事は出来るのだろうか? と考える。

 ふと佐伯の事を思い出す。

「恋をしてると、女は綺麗になるって言うもんな」

「そんなもんかなあ」

 正志に恋をしていた時には綺麗になっただなどと一度も言われたことがなかったのに、今更言われるというのもおかしな話しだ。

「おう、やっぱり恋愛ってのはいいもんだぞ」

「それは正兄が奥さんの事好きだからでしょ?」

「あはは、まあ、そうとも言うかな」

「はいはい。ご馳走さま」

 楽しい会話は弾み、気付けば時間も随分経っていた。二人は店を後にし、駅へと向かう。

 羽百合は大学入学と同時に寮に入った。実家は電車で1時間程の場所にあるが、親元から離れたかったのだ。そして現在羽百合が一人暮らしをするアパートは、会社のある駅から電車で4駅先で以外と近い。正志は実家へ帰るので特急、羽百合は普通電車に乗る。

 駅の改札をくぐった所で、羽百合の携帯に着信が入った。

「どうした?」

 隣りを歩く正志が尋ねる。

「あ、仕事関係の人から……」

 電話は管理栄養士の女性からだった。すぐに電話を取って話しをすると、どうやら雑誌に掲載予定のレシピの材料で、アレルギー体質の子どもにもっと良いものを見つけたらしい。それでその材料を買いに会社の近くまで来たから、これから試作品を作ってみないかというお誘いだった。

「わかりました、私も今駅なんで、すぐ行きます」

 電話を切り、正志に笑顔を向ける。

「ちょっと仕事の事で人と会って来るね」

「そうか、本当に大変なんだな。体壊すなよ?」

「大丈夫。今度の特集は私の企画が採用されたから、頑張らないとね」

「へえ! お前は相変わらず色んな事を考えるのが得意だよな。よし、その特集が載る雑誌を俺が大量に買ってやるからな」

「やめてよ、恥ずかしい。正兄も体に気を付けて、お仕事頑張ってね。それじゃあ今日はありがと、久しぶりに会えて楽しかった! じゃあね、おやすみ!」

 正志に手を振り、羽百合は再び改札を出て行った。

 手を振る羽百合に正志は大げさに手を振り、

「頑張れよー!!」

 と叫ぶ。

 もう、恥ずかしいなあ……

 それでもやっぱり嬉しかった。もう、自分の想いが届く事はないけれど、こうやってたまに話しが出来ればそれでいい。そう思った。 

 確かに羽百合は正志が好きで、結婚した時はショックだった。もちろん今でも好きという気持ちに変わりはない。だけど、きちんと心の整理を付ける事が大人なのだと理解した。

「……なんでそこで佐伯君の事を思い出すのよ」

 公園を歩きながらぼそりと呟く。

 何だか最近羽百合は佐伯の事を良く考えているようだ。これはもしかしたら佐伯の作戦かもしれない。

 年下に踊らされているのは少し癪だが、正志の事を考えすぎずに済むのに一役買っているので取りあえず良しとする事にした。

 春の夜風はまだほんの少し冷たくて、羽百合はスプリングコートの襟を直して暗い公園を足早に通り過ぎた。










                              続く…



オリキャラばっかりで申し訳ないです…


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