チェンジ・ザ・ワールド☆
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フレン・シーフォは神妙な面持ちで直立不動の体制を取っていた。
今日から新しい部隊に配属となり、シドンタリアから遠く離れた町へとやってきた。そしてその部隊長と初顔合わせをする為に隊長室へ来ているのだ。
広い隊長室は、フレンがここに来るほんの3週間ほど前まで所属していた、ナイレン・フェドロック隊長の部屋に雰囲気が似ていた。
ガチャリ……
ドアが開く音が背後に聞こえ、フレンは背筋をピンと伸ばし前方を見据える。
「待たせたね」
期待に反したその声は女性のもので、思わずフレンは声の主へ顔を向けた。
「初めまして、ここ“スクワント”の隊長、ユウキ・オレスカよ」
細身で長い黒髪の若い女性、ユウキ隊長はフレンの前に立つと微笑んだ。その美しさに一瞬ドキリとし、フレンはすぐに敬礼をする。
「今日付けでスクワントに配属となりました、フレン・シーフォです。よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくていいから、楽にして。ナイレンの事は聞いているわ。仕事で海を渡っていたから、知ったのはつい最近なんだけど……」
ユウキの言葉にフレンは目を見開く。
「フェドロック隊長をご存知なのですか?」
「ええ。以前、ナイレンと一緒に仕事をしていたの。あなたのお父上にも、まだ騎士になる前にお会いした事があるわ」
父という単語に、次は胸を痛める。
「ーーーフレン」
一瞬悲しそうに微笑むと、ユウキはフレンの肩に手を置いた。
「私はまだまだ未熟者なの。これから一緒に働いて、あなたの力を私に貸して頂戴」
微笑む自分より少し年上のその女性は、部屋と同じくフェドロック隊長自身にもどことなく似た雰囲気を持っていた。
「ーーーよろしくお願いします」
スクワントの町は海と山に囲まれた場所にあり、漁業が盛んだ。フレンは新しく割り当てられた任地の入り口である門を、先輩騎士のヤドックと2人で警護していた。
「ここは人の出入りが町の規模のワリに多い。そのためケンカや盗みなどの犯罪も頻繁にある。俺達騎士がいて治安を守らなければ無法地帯になるってもんだ。おまけに町の外には山と海、両方の魔物。シルトブラスティアがなかったら、一般市民は安心して眠る事も出来ない」
切れ長の目で遠くを見つめながら言うヤドックに、フレンは町と外を交互に見る。
以前いたシドンタリアは帝都から随分離れた山奥にあって、最後には帝都にも見捨てられた。
己の力が足りないばかりに、多くの人を傷付けた。もう、あの様な辛くて惨めな思いはしたくない。何よりフェドロックに騎士団を任された。騎士として自分がどうあるべきかしっかり考え、己で決めて歩まなければならないのだ。
「ここは結構栄えているが帝都からかなり離れているし、あまり帝都もスクワントに関しては熱心じゃないからな。海からたまに上がるコアと税収にしか興味ねーんだろうな」
「……」
「ばーか、お前がそんな顔するなよ。帝都が興味なくっても、俺達オレスカ隊がしっかり守ればいいんだ」
「ーーーそう、ですよね」
正直、フレンは以前のように帝国に信頼を置けなくなっている。シドンタリアといい、スクワントといい、帝都は国民に興味が無いとしか思えない。
「ここはやっぱり魚が美味いからな。酒の肴に魚だぜ? 晩飯も魚。でも飽きない。それは魚が美味いからだ! シドンタリアだろうとスクワントだろうと帝都だろうと、町の人間は一生懸命働いている……俺達騎士は、国民が安心して暮らせるように力をつくす事だ。って、隊長はよく言ってるよ」
「はい。……隊長はまだ若いようですが、どんな人なんですか?」
「そうだなー。隊長は帝都騎士団の中でも一、二を争う剣の使い手だ。14歳で入隊し、その剣の腕を買われてアレクセイ閣下自らの希望でアレクセイ部隊に配属になった。その3年後フェドロック隊に移動して、去年、シドンタリアからこのスクワントに隊長として移動」
昨日会った時、ユウキは以前フェドロックと一緒に仕事をしていたと言っていた。それは、たった1年前の事だったのだ。
「アレクセイ隊は騎士団でも一番の精鋭部隊ですよね。それが何故、フェドロック隊に?」
「さあな。詳しくは知らないが、アレクセイ閣下ともめたらしいぜ。けど、隊長はいい人だよ。彼女が赴任してからスクワントの治安はかなり良くなった。町の外の整備もしっかりされて、山道から山向こうの町までも行きやすくなったし。まだ24歳と若いが、剣も政治も采配も、実力は確かだ。あと、とんでもないザルだ」
「随分とおしゃべりだね、ヤドック」
「っ!? 隊長っ!?」
2人の背後から馬に乗ったユウキとミゲルという若い男性騎士が現れた。驚いてヤドックとフレンの2人は気を付けの姿勢になる。
「あははっ、別に怒ってないよ。ちょっと山に行って来る。ヤドック、フレン、交代までしっかり守って頂戴」
「はい!」
「はい!」
笑顔を残し、ユウキとミゲルは町を出て行った。
「山で何かあるんですか?」
2人の装備は戦闘用になっていて、フレンは気になったのだ。ヤドックは肩をすくめ、山とは反対方向を指差す。
「数ヶ月前か、時折海の方から大量のエアルが流れてくるようになって、その頃から山の魔物が少し変化を始めたんだ」
フレンはビクリと反応する。シドンタリアでの出来事が鮮明に思い出され、微かに体が震えた。
「それは、まさか赤色のエアル、ですか?」
「ああ。濃度の濃いエアルは人や生き物、自然やブラスティア、色んな物に影響を及ぼす。山の魔物もその影響を受けている可能性はある」
「シドンタリアの報告はご存じないんですか!?」
「知ってる」
「では、どこかにエアルを大量に放出しているブラスティアがあるのでは……」
次ぎに遺跡で死んだフェドロックの姿が頭をかすめ、知らず額に汗が浮き出る。
「報告を受けたのは、3日前だよ」
「3日前……そんなバカな! シドンタリアでの事は一月以上前です!」
信じられない。
「だが事実さ。隊長はエアルの調査の為に最近は頻繁に海に出ていて、戻ってきたのが2日前。それまでシドンタリアでの出来事は何も知らされていなかったんだ。もちろん、エアルが大量発生して魔物が町に近づいているという異変については聞き及んでいたから、隊長はすぐに調査に出たんだ」
「ーーー何か収穫はあったのですか?」
恐る恐る尋ねると、ヤドックは首を横に振る。
「隊員の人数も限られてるから、大規模な調査が出来ないんだ」
「帝都には?」
「報告してないと思うか?」
「い、いいえ……」
その時、山の方から魔物の咆哮がこだました。
~~~~
「ユーリ、君は今、何をしている? 僕はまた、自分の無力さを痛感しているよ」
スクワント内に造られた騎士団駐屯用施設の庭で、フレンは夜空を見上げて呟いた。
騎士とは、本当に困っている市民を守る為に存在しているのではないのか。帝都は何故すぐに問題に対処してくれないのか。
命令は絶対だ。それは父にしてもフェドロックにしても、2人とも命令違反で命を落としたのだから分かる。だが……
「フレン」
名を呼ばれ仰ぎ見ると、2階のテラスからユウキがこちらに向かって手を振っていた。
昼間といい、今といい、どこかで見ているかの様なタイミングで声を掛けて来るユウキに、フレンは苦笑した。
「キミと話しがしたいから、上においでよ」
「はい」
2階のユウキの部屋へ来ると、椅子を勧められて静かに座る。
「ナイレンの最後、聞かせてくれる? あなたが騎士団に入って、シドンタリアに赴任してからここに来るまで通して」
「はい……」
フレンはゆっくり息を吸い込み、入隊した時から順に語りはじめた。
幼い頃一緒に育ったユーリと騎士団で一緒になって驚いた事、そのユーリとシドンタリアに赴任となった事、赴任してたった半年で町の活気がみるみる失われて行った事、エアルの異常発生で森が枯れ、魔物が凶暴化して町へ近づいてきた事、帝都に援軍を要請したがすぐには出来ないと断られた事、命令違反をして遺跡へ行った事、遺跡内のブラスティアからエアルが異常発生していた事、遺跡にいた魔物の事、部下を守って死んだフェドロックの事、帝都がシドンタリアを捨てた事ーーー
気づけばフレンの瞳から一筋涙がこぼれていて、フレンの話しを聞いていたユウキは静かに目を閉じていた。
語り終えた時、フレンは心の中が少し軽くなったような気がした。
「ーーー話してくれてありがとう。良かった、あなたにナイレンの事を聞けて」
「私はあまりにも無力です。隊長の命令違反に心から従えず、かといって帝都の命令にも心から従えなかった……。自分の心が弱いばかりに、隊長にも仲間にも迷惑をかけました」
ごしごしと袖で涙を少し乱暴に拭い、項垂れる。まだ本当にどうすることが正解なのかフレンには分からない。ただ、このままではいけない、という事だけは分かる。
「フレン。ナイレンはあなたに騎士団を頼むと言ったんでしょう? それなら決断の時が来るまでしっかり考えなさい。そして、あなたが騎士団の中で誰よりも力を持つ存在になるよう努力しなさい。帝都を支えるため、国民を守るために戦える騎士を目ざしなさい。ーーー私も、昔はあなたと同じように迷っていた」
静かな声で話すユウキの目を見つめる。
「苦しんでいる人を助けたい、その一心で騎士団に入った。けど、そこで目にしたのは嘘や虚栄心や権力欲にまみれた薄汚い大人達。国王に取り入り自分の地位をいかにして上げるか、力を得るか、他人の事を敵としか見ない心の貧しい人ばかり……。私がアレクセイ部隊にいた事はヤドックに聞いたわね?」
フレンは黙って頷く。
「私は7年前に起こった戦争に参加した時、アレクセイの命令に背いたわ。そうしなければ、部隊のほとんどが命を落とす事になりかねなかった……それでも結果は悲惨なものだったわ。命を落とした仲間もいた。全滅は免れたけれど命令違反をした私はナイレンの部隊に追い払われたの。でも、命令に背いた事は今でも間違っていなかったと思っている。ーーー決断を迫られた時、本当に正しいのがどちらかなんて分からない。でも、中間はない。正か邪か、白か黒か。……何もしない、考えないのはどちらでもない、ただ逃げているだけ。判断しなければいけないのは自分自身よ。でもね、分からない時に分からないと言える事や苦しい、辛いと言える事、誰かに助けを求める事は弱さではないと私は思う」
ユウキの言葉は、フェドロックと話している時と同じような感じがした。
「あなたは騎士団にとどまって、あなたの正義を貫きなさい。本当に助けたい人を助けられる位の力をつけ、心も体も強くなりなさい」
「はい」
「私を踏み台にして、騎士団を変えなさい」
「っ……は、いーーー」
ユウキはフレンの不安を全て汲み取ったようだ。ユウキに言われた言葉は、フレンの心のサビを少しずつ剥ぎ落として行くように流れ込んで行った。
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