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馬鹿だねって言って1

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 もうずっと、小さい頃から一緒だった。

 いつも一緒にいたし、よくテニスの相手もしてくれた。

 私はヘタクソだったけど、それでもあなたはいつもニコニコ笑って、


「ゆきちゃんすごくじょうずになったよ」


 って褒めてくれた。

 それがとっても嬉しくて、ヘタクソなくせに高校生になってもテニスを続けてた。

 同じ位だった背も、中学二年になると追い抜かれ、いつの間にか見上げて話すようになっていた。

 他愛無ない話とか、テニスの話とか、どんな内容でもいくらでも話せた。

 ずっと、ずっとこの関係が続くと思ってたーーー













馬鹿だねって言って















 私、汐屋雪緒が友人の好きな人を知ったのは、ほんの3ヶ月前のこと。

 中等部の頃からずっと仲の良い友人の加賀麗子ちゃんは、名前の通りとっても麗らかで可愛い女の子。

 女の私から見てもすごく女の子らしくて、笑うとそれこそ花が咲いたみたいに周囲が華やかになる。

 優しくて気も利いて、勉強もできる。

 それなのに全然厭味じゃなくてむしろ納得してしまうのは、やっぱり麗子ちゃんが外面も内面もすごく綺麗だからだと思う。

 そんな麗子ちゃんが、放課後私の部活が終わるのを待ってくれていて一緒に帰った時に言った一言。

 ここから歯車が狂いだした。


「ねえ、雪緒ちゃん」

「なあに?」


 いつもと違う麗子ちゃんの雰囲気に、私は一瞬不安になる。


「あのね……」


 言葉を濁らせる麗子ちゃん。

 ごくりと無意識のうちにつばを呑み込む私。

 次の瞬間、麗子ちゃんは意を決したようにうんと一人で頷くと、真っ赤に染めた顔を私に向けてこう言った。


「あ、あのねっ、ふっ、不二君って、す……好きな人、いるのかなっ?」

「へ?」


 不二……って、あの、不二? だよねーーー?

 私の頭の中は真っ白になった。

 いや、見えないけど間違いなくあの時の私の頭の中は真っ白だったはず。

 フリーズした私に、麗子ちゃんは増々顔を赤くして一瞬しまった。という顔をした。


「いやっ、えっと、あ、ごめんねっ、雪緒ちゃん不二君と幼なじみでしょ? だから、もしかしたら好きな人知ってるかなあって思って……」


 なんて可愛いんだろうーーーじゃない!

 私は漸く我に返り、瞬きをした。


「いや、うん。確かに幼なじみだけど、周助の好きな人は知らないなあ……」


 実際そんな話を周助としたことなんて一度も無い。

 困ったように答えると、麗子ちゃんは慌てて両手をブンブンと振った。


「いやっ、うん、いいのっ! そのっ、聞いてみただけ、だから」


 笑って誤摩化しているが、どう見たって麗子ちゃんが周助のことを好きなのは明白で、私は思わず苦笑してしまった。


「くすっ……分かった。今度聞いてみとくよ」

「えっ、本当!?」


 ものすごく嬉しそうな顔で私を見つめる麗子ちゃんに、本当に可愛いなあ。なんて思いながら、チクリとお腹が痛んだ。















 「ねえ周助」

「なに?」


 私の部屋で当たり前のようにくつろぐ周助に、私は思い切って尋ねてみることにした。

 顔を上げると、周助はテニス雑誌を読んでいる。

 しばらくその顔を見つめていると、ふいに周助が顔を上げた。


「ーーー何? 雪緒」

「あっ、いやごめん。相変わらず綺麗な顔だなあと思ってさ」

「綺麗って言われても、あんまり嬉しくないんだけどな」


 そう言って困ったように笑う顔もやっぱり綺麗で、麗子ちゃんと並んでいる所を想像したらものすごくお似合いでびっくりした。

 自分の想像力の豊かさに感心する。

 ぐいとテーブルに身を乗り出し、私はしごく真面目な顔で周助に聞いた。


「ねえ、周助って、好きな人いるの?」

「え?」


 驚いた周助は目を開いて私を凝視してきた。


 あれごめん。なんか私ってばまずいこと聞きました?


 あんまりずっとこちらを見ているものだから、耐えきれなくなった私は体を引いてテーブルの上の宿題に視線を落とした。


「ごめんなさい。嫌だったら答えなくていいから」

「ーーー別に答えたくない訳じゃないけど、雪緒の口からそんな質問が出るなんて思ってなかったから、びっくりしただけ」


 そうでしょう。私だってびっくりだよ。麗子ちゃんに聞かれなかったら、きっと一生、周助が誰かと結婚するまでしなかった質問だと思う。


 結婚ーーー


 ゾクリとした。

 何故か分からないけど、私はその単語に酷く戸惑った。

 今はこうして一緒にいるけれど、いつか周助は誰かお嫁さんをもらって幸せな家庭を築くのだ。

 そうなればもう周助はここにはいない。

 当たり前のことなのに、それが嫌だなんて思ってしまった。


「雪緒?」

「あ……」


 トリップしていた私に、周助が心配そうな顔を向けている。

 すぐに取り繕って笑う。

 無駄に右の頬が痛い。きっと今の私の笑顔はひきつっているに違いない。


「えへへ。で、実際どうなの?」

「う~ん。そうだね……どうかな?」


 言葉を濁す周助に、私は顔をしかめる。


「何よ、答えたくない訳じゃないって言ったくせに……まあいいや。私的には麗子ちゃんなんてお勧めなんだけど、どう?」

「どう? ってーーー加賀さん?」

「そう。私の大事なお友達!」


 びしっと人差し指を立てて周助の前に突き出す。


 チクリ


 またお腹が痛んだ。

 すぐに痛みは引いたけど、最近の私のお腹はよく痛くなる。

 いや、下したりとかそういうんじゃないんだけど、こうやって周助や麗子ちゃんと話しているとたまに痛む。

 一度病院に行った方がいいかな。

 なんて思っていると、しばらく何か考えていたらしい周助がニッコリ微笑んだ。


「加賀さんって、可愛いよね。男子の間ですごく人気だし」

「でしょでしょ~? 性格だってチョーいいんだから!」


 誇らしげに言う私に、周助が笑った。


「雪緒が威張ることじゃないでしょ?」

「だって私の一番の友達なんだもん」


 そう、麗子ちゃんは私の一番の友達なんだ。

 麗子ちゃんが周助のことが好きなのを知ったんだから、一肌脱ぐのが人情ってもんでしょ。

 取りあえず中等部から約5年間、麗子ちゃんとは仲が良かったから周助もそれなりに麗子ちゃんと話したことはある。

 学校では私はあまり周助と話さないから、部活が休みの時に麗子ちゃんが家に遊びにきた時とか、ふらりとやって来た周助と話したりしてたのだ。

 でも、本当に全く麗子ちゃんの気持ちには気付かなかった。

 私って鈍いのかな……?

 結構目敏いつもりでいたのに。


「雪緒はどうなの?」

「ふえっ?」


 色んなことを考えていた私は、周助の質問に変な声を出してしまった。

 おまけに何を聞かれたのかさっぱり聞いていなかったもんだからへらりと笑って周助を見る。

 そこはそれ、幼なじみってのは付き合いが長い分よく分かったもので、周助は私が聞いてなかったことを理解してもう一度聞いてくれた。


「だから、雪緒は好きな人いるの?」


 なんだ、そんなことか。

 真剣な顔してるもんだからどんな難しい質問かと思ったら。


「いないよ~。好きな人なんて」


 答えながらまたチクリとお腹が疼いた。

 あれ。痛い……

 いつもより少し痛みが強い気がした。


「ーーーふうん。そっか、いないんだ」

「なによー。悪かったわね、青春してなくて~」


 お腹の痛みはまたすぐに引いて、私は冷めた視線でそう言ってまた雑誌に視線を戻した周助を睨んだ。


「別に悪くないんじゃない? 雪緒らしくていいと思うよ」

「褒められてる気がしない」

「あれ、良く分かったね」

「むっかあ~~~~~!!!」


 それから私と周助は部屋で取っ組み合いになり、ドタバタやり始めた音に怒った母親から


「いい加減にしなさい! 高校3年生にもなって何やってるの!?」


 という、ありがた~いお言葉を頂いて二人で顔を見合わせて笑ったのでした。

















 翌日、私は教室で次の授業の準備をしていた。


「えっと、教科書ノート筆箱っと……あれ、あと何かいるんだったっけ?」


 ぶつぶつと独り言を呟いていると、ユラリと影が私の視界を横切った。


「雪緒~」


 顔を上げるとそこには周助と同じテニス部の菊丸英二がものすごくダークなオーラを背負って立っていた。


「おわっ、菊丸どうしたの? 教科書忘れた? それとも宿題? あ、辞書か!」


 次々と思い当たることを言う私に、菊丸は今度はキッと私を睨んだ。


「な、なに?」


 一瞬その眼光の鋭さに怯む。


「雪緒の馬鹿っ! 昨日不二に何言ったんだよ!」

「へ?」


 昨日?

 昨日といえば、部活が終わって夕食食べた後家にやって来た周助に宿題見てもらってて、そんで麗子ちゃんなんかどう? みたいな話をして何故か馬鹿にされてプロレス技をかけてたらお母さんに怒られて、仕方ないから宿題済ませてお礼言って別れた。


「ーーー何にも?」

「嘘付けっ!」

「いや、嘘じゃないし。いつもと変わらない日常だったよ?」


 睨んでたかと思うと今度は泣きそうな顔をする菊丸に、私は一体どうしたものかと助けを求めるために教室を見回してみた。

 が、移動教室ですっかり誰もいなくなっていて助けてくれる人は見当たらなかった。

 薄情者のクラスメートだっ!

 と恨み言を心の中で吐き捨てていると、菊丸が顔をぐいと近づけ声を潜めて言った。


「不二の奴、朝からすんげー機嫌悪いの」

「は?」


 ってか近い近い。

 少し身を引いて今朝の事を思い出す。

 朝男子テニス部のコートをちょっと伺った時は別にそんな雰囲気は感じなかった。


「もうすぐ地区予選が始まるから、それでピリピリしてんのかなーって思ったんだけど、どうも違う」

「どう違うの?」

「なんていうか、声掛けたらもの凄く冷たい目で不気味なくらい奇麗な顔して笑うんだ……もう近寄っただけで心臓止まりそうでさ~」


 ゾオッ……

 想像しただけで恐ろしい。

 周助は綺麗な顔をしている分、怒るとその怖さが倍増する。


「なんでそんな機嫌悪いの? ってか、周助がそんなに怒ってるなんて見たことないんだけど」

「俺だってないよ~」

「原因は何?」

「だから、朝から機嫌悪いんだから雪緒しか考えられないだろっ!?」

「急に怒鳴らないでよっ! びっくりするでしょ! それに何で私の所為なのよ!? 周助の機嫌が悪い原因を私の所為にするなっ!」


 理不尽なことを言う菊丸に私は顔をしかめた。

 何で周助の機嫌が悪いと私が原因になるわけっ!? 菊丸の方がよっぽどうるさくして怒らせそうじゃん!

 って思ったけど、言うと収集がつかなくなりそうだから我慢した。


「なんだよ、じゃあ何であいつあんなにご機嫌斜めな訳? はあーーー俺、今日の放課後には不二に殺されてるかもしんないから、雪緒骨拾ってくれよな~」

「大げさな」


 しゅんと項垂れて教室を出て行く菊丸を見送りながら、私は周助の顔を思い出す。

 いつも優しく微笑んでいる周助。他人に対して怒ることは滅多に無く、怒る時も友人や家族が酷い目に遭わされた時などだけだ。

 裕太が小さい頃よく年上の子達にいじめられていたが、その時も周助は自分より大きな相手に向かって行って裕太を助けていた。

 中学の時も、試合で相手の選手に傷つけられた友達のためにコートに立った。

 そんな優しい周助がずっと機嫌が悪いなんて、よほど腹の立つことがあったのだろう。


「今日、聞いてみよう……ああっ!?」


 そこで予鈴が鳴り、私は慌てて教室を飛び出した。


「遅れる~!」













 私は信じられない光景を目の当たりにしている。

 いや、信じられないというか、もう驚愕。

 だって、私の目の前を歩いて行くのは周助と麗子ちゃん。おまけにすっごく楽しそうに二人は笑いながら会話を弾ませている。


「どうしたの、雪緒?」


 突然振り返って周助が尋ねる。


「えっ? あ、いや……別に」


 歯切れの悪い返事をし、私は止まっていた足を前へと踏み出した。

 チクリ

 痛い。

 お腹痛い。

 痛いってことはこれは夢じゃなくて、部活前に麗子ちゃんが泣きそうな顔して私の教室に来た時に告げた、


「さっき掃除の時間に不二君から今日一緒に帰らない? って言われちゃった、どうしよう!」


 って興奮気味な言葉。あれも現実なんだな。

 いやあ、驚いたのなんのって。

 確かに昨日私は周助に麗子ちゃんを勧めた。だからといって翌日即行動に移すなんてどんだけアクティブ!? 周助がそんなに行動的なやつだったなんて知らなかった。

 ん? 待てよ? 朝は機嫌が悪かったんでしょ? でも今はすっごい楽しそうに麗子ちゃんとしゃべってるし……


「あ……」


 周助は怒っていたのではなくて、どうやって麗子ちゃんと仲良くなれるかを考えていたのだ。

 そうかそうか。うん、そうに違いない。菊丸にこっそり教えてやらなきゃ。

 私は自己完結し、妙な清々しさを覚えながら二人の後ろを着いて帰った。 

 でも、ずっとお腹はチクチク痛かった。









                                続く…











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