野性を縛る理性はいらない ◆I0g7Cr5wzA
一面の銀世界。
陽光が照り付け、鏡のように反射し辺りを白く染め上げる。
静寂の中、空を駆ける黒い戦闘機のようなシルエットが一つ。
クロ―アームを収めたガンダムアシュタロン・ハーミットクラブのコクピットにて。
ソロモンの悪夢と呼ばれた男、アナベル・ガトーは周囲の索敵に余念がなかった。
「連邦の新型、これほどの性能とはな。もはや一年戦争は遥か過去と言うことか……」
動かしてみてわかったのだが、ガトーが現在身を預けているこのガンダムは奪取した詩作二号機を遥かに凌駕していた。
いや、おそらくは宿敵の乗る一号機をも。
変形機構と飛行能力、高い攻撃性と単騎にてモビルアーマー並みの力を示すこの機体にガトーは驚嘆しきりだった。
だがあのジュドーという少年、そして新手の少年。共に乗っていた機体はこれまた明らかにモビルスーツではなかった。
可変機ではあるが、両機とも人型へと変形していた。モビルアーマーとも考えにくい。
主催者、シャドウミラーが新たに開発した機体群であろうか?
「だが……あれほどの機体を有しているなら、何故我々へ差し向けなかった?
もし二号機の追撃にあれらが回されていれば、あるいは星の屑は失敗に終わったかも知れん。
核を必要以上に衆目に晒すのを防ぐためか……?」
しばし考えてみたが答えはない。
地球連邦軍特別任務実行部隊――シャドウミラー。
連邦の特殊部隊というならその存在は秘されていても当然だが、だからと言ってここまで大がかりな私闘を行えるものなのだろうか?
「そう……それに、私はいつ奴らに拉致されたというのだ? 私はグワダンの自室で眠りについたはずだ」
いくら特殊部隊と言えどもデラーズ艦隊の本拠地であるグワダンに侵入できるはずがない。
考えられる可能性としては――
「裏切り者がいる……とは、考えたくはないな。誇り高きジオンの士にそのような痴れ者がいるはずはない……、む?」
がなり立てるアラームが苦い思いを振り切らせる。近辺に熱源がある。
空を飛んでいればいい的だ。人型へと変形して降下、索敵を開始。
ほどなくその反応は見つかった。雪山に埋まり込んだ一機のモビルスーツだ。
「ガンダム……!」
モニターに映ったのは紛れもなく連邦の旗印であるガンダム、その後継機であると思しき機体。
頭部に巨大な砲、連装式のライフル、背部のミサイルポッド。そして生半可な攻撃では撃ち抜けない分厚い装甲。
名を、ダブルゼータガンダム。
野性児アポロが駆るダンクーガに敗れた藤原忍の乗機。
既に誰かと交戦したのか、左腕がひしゃげ頭部メインカメラにも損傷が見られる。
おそらくパイロットは気絶しているか機を捨てたのであろう。この距離まで接近してもピクリとも動かない。
ギガンティックシザーズを展開し、慎重に接近していくガトー。
手を伸ばせば届く距離にあっても、反応がない。
雪山に埋まる姿勢、そして閉じたままのコクピット。おそらくはまだ中に人が乗っているはずだ。
だがガトーは非情なる決意を漲らせ、シザーズへと命令を下す。
「……このような振る舞いは武人の道に外れる。が、これも大義のため……。済まんが、討ち取らせてもらうぞ」
参加者を減らし、かつガンダムという連邦のフラッグシップマシンを粉砕するため。
戦場に名を馳せるエースほど、倒された時は味方の士気は上がる。そして逆に敵の士気は下がる。
眠り続けるガンダムのコクピットめがけ、シザースを突き出した。
「――――ッ!?」
穂先が鋼鉄を食い破る刹那、背筋を這い上がった悪寒に逆らわずガトーは操縦桿を倒す。
シザーズが大きく横滑りし、本体も引っ張られるように横へ跳ぶ。
直後、寸前までガトーのいた位置を数条の光芒が貫いた。
(新手――!)
一瞬にして機体をコントロールし、動かないガンダムと乱入者から挟撃されない位置へと後退する。
間を置かず、雪原の向こうから新たな機影が現れた。
右手に銃、左手に大きな盾を構えた純白の機体。
そして頭部はまたも、ガンダムタイプ。
「貴様、殺し合いに乗っているのか?」
新手のガンダムから通信。
若い。おそらくは先ほどのジュドー少年より二つ三つ上というところだろう。だが声に漲る戦意は明らかに熟練の戦士のそれだ。
機体ごしにビリビリと叩き付けられる気迫がガトーの肌をチリチリと泡立たせる。
だが、恐れなどない。そして勝ち残ると決めた時より口先で言い逃れるつもりも毛頭ない。
「見ての通りだ。私はアナベル・ガトー。ジオンの志を継ぐ者である!」
「ふん、最初にあった奴がいきなり当たりとはな。だがまあいい、貴様がそのつもりなら俺も躊躇う理由はない。
俺の名はカナード・パルス。このガンダムXディバイダーで、貴様を倒すッ!」
「よかろう、来いッ!」
裂帛の気合を吐き出し、カナードと名乗った少年が駆るガンダム――ガンダムXディバイダーが、背のX字状のバーニアを吹かし飛びかかってくる。
瞬時に持ち替えられ振り下ろされたビームソード、ガトーもビームサーベルを抜き放ち剣閃に応じる。
撒き散らされるプラズマの粒子が雪を溶かし、白い霧となって立ち込める。
至近で睨み合う二機のモビルスーツ。ガトーは敵機のメインカメラ目がけマシンキャノンを連射する。
だが敵手の想定内だったか、瞬時に割り込んだ大型の盾が銃弾を弾いた。
「甘いな、少年!」
「むうっ……!」
ガトーの攻撃は止まらない。カメラを保護するため自ら視界を閉ざした形の敵機へ、背部のシザーズを左右大回りに展開し叩き付ける。
大型の武器を受け切れないと悟ったか白のガンダムが逆に一歩踏み込み、鋏の殺傷圏内から離脱。
盾による突貫をもろに受け、アシュタロンが揺れる。
未だ鍔迫り合いを続ける右腕のビームサーベルがへと意識を移す。手首の返しによって敵ガンダムが剣を保持する手首へ。
一瞬速くガンダムXが拳を開きビームソードを置き去りに腕を引き戻す。
ジュッ、と小気味いい音を立ててビームソードの柄頭が灼け、爆発。
追撃を、と再び敵機へと踏み込もうとしたガトーだが、その鼻先にちらついたのは黒光りする銃口。
カナードは腕が破壊されると判断した瞬間、ビームソードを囮にして後退を選んだ。
あらかじめ想定していた被害だったので動揺はない。遅滞なく腰裏のアタッチメントに接続されていたビームマシンガンを引き出した。
「今度は俺の番だ!」
声と共に放たれた二条の閃光。回避は間に合わないと見てシザースを前面に構え即席の盾に。
連続する衝撃がアシュタロンを揺らす。
「ぐっ……!」
ガンダムXディバイダーが装備するビームマシンガンはフリーデンが誇る天才メカニック、キッド・サルサミル謹製の一品だ。
名前こそマシンガンではあるが、その実戦艦の主砲を連装式に改造しエネルギー効率を調整したカスタム銃。
結果、そこらのビームライフルを遥かに凌駕する威力と連射効率を獲得することに成功している。
「……おおおおッ!」
並のモビルスーツだったならこの一撃で既に破壊されていただろう。
だが、このアシュタロンとてガンダムの名を冠するモビルスーツ。そう容易く他のガンダムの後塵を拝することはない。
何より、ジオン軍人たるガトーに取って、ガンダムに敗れることは最大の恥辱。
シザーズが地面を叩き、雪を吹き上げさせる。アシュタロンの全長以上に舞い上がった雪のカーテンは一瞬確かにカナードを惑わせた。
もちろん、熱源反応は感知されているだろう。視界を遮ったところで大した意味はない。
欲しかったのは一瞬の間だ。このアシュタロンの本領、もう一つの姿へと転身するための。
瞬時に変形を終えたアシュタロンが砲弾のように飛び出す。
全ての推進系を前進へと回せるこの形態は、人型と比べて圧倒的な加速力を誇る。
この状態のデメリットは腕部を使えない、つまりはビームサーベルを使えないというだけだ。シザーズは問題なく使用できる。
高速移動と巨大質量による攻撃。ある意味では人型よりもこのモビルアーマー形態の方が強力と言える。
「くっ……速いな!」
地上から空を飛び回るアシュタロンへ向けて、ガンダムXから次々に光が伸びる。
だがいずれもアシュタロンを貫くには至らず、乱された気流によって尾を引く雲を再び吹き散らすのみ。
ガトーは小刻みに機体を制御、ガンダムへとアプローチできる針路を取る。
いくつかのビームがアシュタロンを捉えるも、前方へ掲げられたシザーズの壁は突破できず。
加速の勢いを活かし一気呵成にガンダムを砕くべく加速するアシュタロン。
ガンダムXは空中における機動性でアシュタロンへ後れを取っている。回避は不可能――とガトーは確信していたが、
「ぬおおおおおッ!」
「させるかぁ!」
ガンダムが盾を構えるのが見えた。
「笑止! そんなもので我が信念は止められんぞ!」
「言われるまでもない……!」
ガトーの嘲りに構うことなく、カナードは盾を背へと回す。
てっきり盾で攻撃を防ぐと思っていたガトーが怪訝な顔を浮かべる。
刹那、二機の距離はゼロになる。
音速にまで達した破壊鋏の先端は、過たず白いガンダムを――捉えられは、しない。
シザースは瞬時に上昇したガンダムの足先を掠めただけだ。
交錯の勢いを止めないまま、アシュタロンが飛び離れる。ガンダムXはバランスを崩したか膝をつくが、損傷がある訳ではない。
距離を取ってよく観察すればすぐに答えは出た。
あの盾は盾としてだけではなく、背中に接続することで上部下部に増設されたバーニアにより推進力を加味するようだ。
目に見えて機動性の上がったガンダムも飛翔し、アシュタロンを追う。
人型のまま、高い機動性を保持し空中戦もこなす。これまたガトーの想像を超える性能のガンダムのようだ。
「なるほど、さすがはガンダムと言ったところか。だが……!」
盾を移動に回しているのであれば、その分だけ身を守る術は減ったということだ。
クローを開き、内蔵されたビームキャノンを連続して浴びせかける。
右に左にと忙しなく機体を揺らし、ガンダムがビームを回避していく。
だがその動きはやはりどうしてもアシュタロンには及ばない。汎用のモビルスーツと一点特化のモビルアーマーの差。
「この勝負、君の負けだ!」
一瞬たりとも減速せずに、モビルアーマー形態のアシュタロンが縦横無尽に空を舞う。
その状態でも自在に動くギガンティックシザーズは近接戦の打撃武器であり、距離を取れば射角の広いビームキャノンでもある。
特にアームを引き出せばその砲塔は進行方向の真後ろすら捉えることができる。
死角を狙うべく何度かカナードは体当たりを避けて背後を取ったのだが、その瞬間狙い澄ましたように砲撃が飛んでくる。
普通に追うだけではアシュタロンのスピードにはついていけず、ビームマシンガンでは360度をカバーするシザーズを破壊できない。
ビームが少しずつガンダムの装甲を削り取る。
「くぅ……!」
カナードの手が汗に濡れる。どうにか致命的な一撃は受けてはいないものの、このまま翻弄されればいつかは直撃する。
相手のペースに呑まれているのだ。攻勢に出なければ一気に押し切られるだろう。
「若輩の身で私にここまで食い下がる手腕、見事と言っておこう。だが惜しいな、その機体では私には勝てん!」
アナベル・ガトーとカナード・パルス。
異なる世界、だが共にガンダムを操るパイロット。
経験では一年戦争、そしてデラーズ紛争を今も戦い抜く前者が勝る。
身体能力・反射神経に置いては失敗作の烙印を押されたとはいえスーパーコーディネイターであるカナードに軍配が上がる。
技量はおそらくほぼ互角と、ぶつかり合う両者が共に感じている。なれば明暗を分けるのは機体の性能だ。
ガトーの看破した限り、ガンダムXディバイダーという機体は機動性に秀ではするがこれと言って尖った点はない。
何でもできる半面、全てがそこそこにしかこなせない。物資をふんだんに有する連邦らしい機体であるとガトーは見ている。
対してこのアシュタロン、設計思想は割とジオン側に近い。平均的に優れるよりも、どこか一点を突破させるという点でだ。
広範囲大威力の兵装はないものの、優れた加速力と衝撃を全て破壊力に転化できる質量打撃武器。
平たく言えばガンダムアシュタロン・ハーミットクラブはジオン製モビルスーツ全般に乗り慣れたガトー向きの機体だということだ。
付け加えるなら基礎的な性能も決して低くはない。文句のつけようがないと言ったところ。
「己の運のなさと、その機体を支給したシャドウミラーを恨むがいい!」
「黙れ……ッ!」
焦りが色濃くにじむカナードの声。
ガトーの見つめる先でガンダムが背中の盾を取り外し構えるのが見えた。
攻撃を避けきれないと見て防御に専念する気だろうか。
だが、外部バーニアスラスターとして使用していた盾を外せば当然機動力は落ちる。
目に見えて動きの遅くなったガンダムへ向けて、ガトーはビームキャノンを乱射する。
掲げられた盾がビームをことごとく弾いた。
まあ、予想通りだ。遠距離からのビームではあの盾は破壊できない。
針路を変え、一直線にガンダムへと向かうコースへ。同時にシザーズをセットアップ。
いかに耐ビームコーティングが施された盾といえど、重量の乗ったシザーズを止められはしない。
「突き崩してくれる!」
ガトーの叫び。瞬きの間に彼我の距離が消し飛んでいく。
敵ガンダムは回避機動に入らない。盾を前面に押し出しただけだ。
(わかっているはずだ、カナード君……その盾では受け止めきれんぞ!)
敵手の身を案じた訳でもないが、その不可解な行動に思わず生まれる疑念。
眉をひそめたガトーの目前で、ガンダムXディバイダーの『盾』が開いた。
「俺を……! 俺と、このガンダムXを、舐めるなぁぁぁッ!」
現れたのは、19の砲門だ。
全てが滾り、解放の瞬間を待っている。
「ディバイダー……行けぇッ!」
「ぬおおおおッ!?」
光が瞬く刹那、ガトーは操縦桿を渾身の力で引き倒した。
まるで巨人の見えざる手で殴られたかのようにアシュタロンが急速に進路を変え、その直後に灼熱の奔流が駆け抜けた。
巡る視界の先、光芒の直撃を受けた雪山が爆発し、盛大に雪崩を起こす。
同時に叩き込まれた19のビームは連鎖的に炸裂、上から降ってくる雪の塊を順々に融かし流す。
強烈なGを歯を食い縛って耐えたガトーが機体を制御し、着地したガンダムXへと向き直った。
「ぬかった……! あれが奴の切り札か!」
「あの距離で避けただと? チッ、面倒だな……!」
お互いがお互いの敵の腕の冴えに戦慄する。
これだけの威力のある武器を温存しガトーと渡り合ったカナード。
苦心して力を温存し、ここぞというタイミングで繰り出したディバイダーを初見の敵に見破られた動揺は大きい。
カナード渾身の、必殺必中の一撃を回避したガトー。
だが喜ぶ訳にもいかない。敵方にも戦況を覆す一手があるということだからだ。
「…………」
「…………」
両者、攻めあぐねる。
ガトーがシザーズを振るうべく接近すれば先ほどの連装ビーム砲が飛んでくるだろう。もう隠す理由がない。
逆にカナードが接近しようとすればガトーは空に逃げる。距離を開ければディバイダーも回避されやすくなる。
となれば相手の動きに対応して迎撃するのがベターかと、二人が同時に至った瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ! ハイメガキャノン――やぁぁぁぁってやるぜッ!」
オープン回線で放たれた、第三の男の声。
アシュタロンとガンダムXのちょうど中間を、ディバイダーすら比較にならないほどの極太のビームが駆け巡った。
「何……!?」
「さっきのガンダムか!」
飛び退り距離を開けた二機のガンダムの前に新たにもう一機、最後のガンダムが現れた。
そう――実は最初からこの戦場にいて、だがずっと動きのなかったダブルゼータガンダムが。
「人がいい気持ちで寝てたら、やかましいんだよテメーらッ! おまけに何だぁ、勝手に人を生き埋めにしやがって!
おう、どっちがこの俺の上で雪崩なんか起こしやがった! 事と次第によっちゃただじゃ済まさねーぞ!」
一言で言うなら、大激怒。
まさしくそんな状態で喚き散らす男、藤原忍がカナードとガトーの戦いに割って入った。
言葉通り先ほどの雪崩でダブルゼータガンダムは雪に埋もれたらしい。機体のあちこちが雪の白に染まっている。
衝撃で覚醒、その怒りのままに額のハイメガキャノンを(照準せずに)発射するほどに、忍の野性は爆発寸前だった。
ただでさえダンクーガを奪ったアポロに敗北し、気が立っていたのだ。
他人の喧嘩とは言え口を挟まずにはいられないのがこの忍の忍らしいというところ。
だがその糾弾の飛んだ先、当の本人であるカナードは邪魔が入ったといわんばかりに顔をしかめ、モニターの中の血に濡れる顔を睨みつけた。
「おい、気がついたなら早く逃げろ。こいつの狙いはお前だぞ」
と、ビームマシンガンの銃口で対峙するアシュタロンを示す。
怪我人を庇いつつやり合える相手ではない。カナードとしては別に忍がどうなろうと構わないのだが、さすがに目前で死なれるのも寝覚めが悪い。
「あん……? するって―と何か、お前は俺を守ってくれてたってことか?」
「ああ、そうだ。わかったなら早く行け。邪魔だ」
「んだと……!?」
にべもないカナードの言葉に、一瞬軟化しかけた忍の野性が再度沸騰する。
カナードは決して人付き合いが得意なタイプではない。本人としては忠告のつもりだったのだが、実際口から出たのは多分に刺々しい言葉だった。
そして忍は導火線が極端に短い、激しい気性の男。
有り体に言えば、忍はカナードを気に入らない奴として認定した。
「ハッ、逃げろと言われてハイわかりましたなんて言う奴は獣戦機隊にゃいやしねえよ。おい、テメー名前はなんてんだ」
「カナード・パルスだ」
「おし、じゃあカナード。下がってな、選手交代だ」
「は?」
ダブルゼータがガンダムXの前に躍り出る。つまりは、未だ一言もないガトーのアシュタロン、その矢面に。
「テメーにも一応聞いとくぜ。こいつ――カナードの言うことに嘘はないか?」
「ない。私が身動きの取れない君を殺そうとしたのは紛れもない事実。言い逃れるつもりはない」
「へっ、随分殊勝じゃねえか。だがまあいい、それなら俺もやりやすいってもんだ。
――この戦い、獣戦機隊の藤原忍が預かる! こっからは俺がやってやるぜ!」
そして見栄を切るダブルゼータ。
呆気に取られていたカナードが我に返り、憤る。
「おいお前、俺の話を聞いていたのか? お前の代わりに俺が戦ってたのに、お前が出たら意味がないだろうが!」
「るせえ! 元々向こうのご指名は俺なんだろうが。だったら俺が出るのがスジってもんだろ!」
「その身体で何ができる! 少しは考えて行動しろ!」
忍の頭部からの出血は止まっていない。
さほど重傷ではないものの、決して無視していい傷でもない深さなのは容易に見て取れる。
カナードにしては珍しく純粋に他人の身を案じての言葉だったのだが、
「考えろだぁ? 冗談じゃねえ。獣戦機隊の辞書にはな、考えるだの冷静になるだの小賢しいことは書かれちゃいねーんだよ!
そうさ……俺たち獣戦機隊に、野生を縛る理性はいらねぇ! 己の内の野性が叫ぶままに走り続けるだけだ!」
「な……!」
ギラギラと光る忍の眼光に気圧されるカナード。それは気迫やプレッシャーと表現するには相応しくない。
ダンクーガを奪われ、そして初めて乗ったであろうド素人のアポロに敗北した屈辱。
知らない間にただ守られていたという自分への怒り。
何より、胸にある鬱憤を発散したいという衝動。
そう、まさしく野性――人間の持つ根源的な力の発露。
忍はシャツの袖を引き千切り、即席の包帯として頭部へ巻いた。
そして、改めてダブルゼータはアシュタロンへと向き直る。
「待たせたな。さあ、おっ始めようぜ……!」
「私としては二対一でも構わんが。こちらから手を出したのだ、不公平などとは言わんぞ」
「冗談……俺が受けた借りは俺が返す。カナード、テメーが俺を助けたってんなら俺がテメーを助ける。
オッサン、あんたが俺を殺そうとするなら俺があんたを殺す。ダンクーガを盗んだアポロってガキも俺が叩きのめす!
何もおかしくはねぇ……やられたら十倍返し、それが俺だ、藤原忍だ!」
「その意気やよし……よかろう! フジワラよ、このアナベル・ガトーが冥府への案内仕る!」
カナードが口を挟む間もなく、二機のガンダムは同時に発進した。
左腕を損傷したダブルゼータは右腕にハイパービームサーベルを握り、斬りかかる。
対するアシュタロンもビームサーベルを抜き、光刃を受け止める。
「ぬうっ!?」
「そんなチャチな剣で、こいつを止められるかよッ!」
機体サイズは一回り、重量に至っては三倍の差でダブルゼータが勝っている。
そしてハイパーの銘は伊達ではなく、アシュタロンのビームサーベルはより強い出力の前に押し込まれていく。
膝をつくアシュタロン。その隙に後方で隙を窺っていたカナードのガンダムXがディバイダーを展開した。が、
「手出しするんじゃねえ! こいつは俺とオッサンの勝負だッ!」
「……!」
忍の一喝により、その動きは止まる。
まるで、邪魔をするのならお前も敵だと言わんばかりの激しい舌鋒。カナードも苦い思いで介入を断念する。
「オッサン、アンタも気を散らすなよ。今戦ってるのは俺とアンタだぜ……!」
「フッ……腐った連邦にも、貴様のような骨のある男がいたとはな!」
「連邦? 俺は地球連合の士官だよ!」
損傷した左腕で殴り付ける。アシュタロンの頭部が軋み、衝撃に揺れた。
「調子に乗るなッ!」
背部のシザーズが伸び、ダブルゼータを打つ。
体勢が崩れた隙を逃さず、アシュタロンは後退。同時にビームキャノンを置き土産に放った。
「逃がすかよッ!」
だが、ビームの弾幕をダブルゼータは真正面から突っ切ってきた。
全身に施された耐ビームコーティング装甲を信じ、忍は更に攻勢に出ることを選んだのだ。
止むを得ずガトーはダブルゼータの足元へビームを集中させ、前進を止める。
一瞬にしてモビルアーマー形態になったアシュタロンが空へ。さっきのカナード戦と同じく高速の一撃離脱を狙うためだ。
高く高く、雲より上へ。
急降下するべく反転したアシュタロン。その鼻先に、多数のミサイルが群れをなして殺到する。
「な……!」
感性を殺し切れず停止したアシュタロンをいくつもの火球が包み込む。
その向こうに、高速で接近する戦闘機の影が一つ。
「逃がすかって……言っただろうがよッ!」
ダブルゼータガンダムのもう一つの姿、Gフォートレス。
アシュタロンと同じく機動性を大幅に向上させた形態。豊富な武装もそのまま使用できる。
平時はビームサーベルとして使われる発振器がダブルビームキャノンとして機能し、マウントされたダブルビームライフルと共に火を噴く。
反撃もままならないまま必死に回避するガトー。その動きを予測していたかのように、ミサイルが次々に回り込んできた。
「ぐう……おおおおッ!」
「もらったぁッ!」
ダンクーガに合体する前、藤原忍が駆る獣戦機は頭部となるイーグルファイター。すなわち戦闘機だ。
そして戦闘機操縦に置いて天性の素質を持つ忍にかかれば、異世界のメカだろうとこの通り。
一瞬にして再度人型に戻ったダブルゼータが突進の勢いを全て集約させ、アシュタロンを蹴り付けた。
二機の総重量に加えて加速した運動エネルギーを全て叩き込まれたアシュタロンは、きりもみしつつ地上へと落下する。
「ぐああああっ!」
轟音。
雪原が大分衝撃を吸収したとはいえ、ランダム運動の衝撃は鍛え抜かれたガトーの肉体を消耗させるには十分すぎた。
横倒しになったアシュタロン。上空から落下したダブルゼータがその上に着地し、馬乗りになる。
アシュタロンの右腕、左腕をダブルゼータのそれが掴み取る。
「へへへ……さあッ! こいつでトドメだ!」
ダブルゼータの額に全身のエネルギーが集中していく。
ハイメガキャノン。ダブルゼータ最大最強の兵装。
「貴様、正気か!? この距離でそんな大砲を撃てば、貴様も無事では済まんぞ!
「そりゃ俺だってこんな分の悪い博打は打たかねえがよ……そろそろ俺も限界なんでな。
手早くケリ付けるためにはこれしかねーのさ……!」
優勢に立ち回っていたダブルゼータだが、それは忍の身体にかかる負担を無視していたからこそだった。
目が霞む。手の感覚も薄れてきた。
だがもう一手で勝利を掴むことができる。ならば、行くしかないではないか――
「そうだろ、みんな……! ああ、そうだ……獣戦機隊に後退の二文字はねえ! だから……ッ!」
ダブルゼータが身を反らし、強烈な頭突きをアシュタロンへと浴びせた。
密着する二機の頭部。ハイメガキャノンの輝きはいよいよ強まっていく。
「行くぜ……受けてみろ、俺たちの野性ッ……!」
「ぬ……おおおおおおおおッ!」
「ハイメガキャノン――いいやッ! ハイメガ断空砲ッ! やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁってやるぜぇぇぇぇッ!!」
まるで抱き合うように、二機のガンダムが身を寄せ光に包まれる。
その光量は傍から見ていたカナードですら怯ませるほどに強い。
ディバイダーを突き立て、その陰で衝撃を耐える準備をしたカナード。
「くう……フジワラぁぁぁぁッ!」
見えなくとも、せめて声だけは届かせんと叫ぶ。
そして、野性が炸裂した。
◆
波のように拡がる光と衝撃。駆け抜けた端から雪が蒸発し、雪原に巨大なクレーターが穿たれている。
立ち尽くすモビルスーツは一機。
カナード・パルスの駆る、ガンダムXディバイダーただ一機。
ガンダムXはその手にダブルゼータのハイパービームサーベルを握っている。
辺りを見回すも、動くモノはない。何も……ない。
ただ、バラバラに砕け融けたダブルゼータの残骸が散らばっているのみ。
「フジワラ……俺は傭兵だ。気の利いた言葉は思いつかん。だから、俺は依頼を請け負おう。報酬はこれでいい……」
ガンダムXのコクピットでカナードは呟く。
残骸の中に黒いパーツ、すなわち敵ガンダムの残滓はない。つまり奴は、アナベル・ガトーはいまだ健在。
全身を包むやり切れない無力感。
だが、その瞳だけは熱い炎が灯っている――野性という炎が。
「アナベル・ガトー! アポロというガキ! そして戦いに乗った者全て! この俺が一人残らず狩り尽くしてやる……!」
誓う。
どこまでも己の野性を貫いた一人の男のために。
さして仲間意識はないカナードだが、それでも同じ地球連合の元同僚だったらしい男だ。
「プレア……俺は戦う。だがそれは俺がそうしたいから、だけじゃない。
どうやらここには思った以上に馬鹿が多いようだ。かつての俺の様な馬鹿がな……。
俺にはお前がいた。だから留まることができた。
ああ、奪われてからじゃ遅いんだ。フジワラも、アポロと戦っていなければこうはならなかったかもしれない」
幻影のプレアが、見える。
心なしかこう言っているように感じる――みんなを助けてください、カナード。
それはカナードがこうありたいと望む錯覚かも知れない。かつてのプレアのような存在になりたいと。
それでもいい。いまはただ、この胸の内に芽生えた熱い、確かな想い――野性のままに、走り出すのみ。
行き先はどこでもいい。
ガトーを追うか、もしくはアポロを叩きのめして元はフジワラの物だというダンクーガを奪い返すか。
どの道を選ぶにせよ戦いは避けられない。
死は怖くない――怖いのは、何もできないこと。
漠たる死に安らぎはない。
死力を尽くした曲折の果てにこそ、生きる実感がある。
ナチュラルでなくとも、スーパーコーディネイターでなくとも。
ただ己の意志が赴くままに、カナード・パルスは進み続けるだけだ。
それこそが、亡き友が我が身と引き換えに繋いでくれたこの命の証明になると、カナードは信じている。
だから――
「カナード・パルス……やぁぁってやるぜッ!」
昂る野性を、抑えはしない。
【藤原忍@超獣機神ダンクーガ 死亡】
【ZZガンダム 大破】
【一日目 8:30】
【カナード・パルス 搭乗機体:ガンダムXディバイダー(機動新世紀ガンダムX)
パイロット状況:疲労(小)
機体状況:EN70%、ハイパービームサーベル所持、ビームソード一本破損
現在位置:D-6 雪原
第1行動方針:主催者打倒の方法を探す
第2行動方針:戦いに乗った者は倒す
第3行動方針:ガトーを倒す。アポロを叩きのめしダンクーガを奪い返す
最終行動方針:バトルロワイアルの主催者を徹底的に叩き潰す】
◆
機体のコンディションチェック終了。被害は甚大。
ガトーは息をつき、汗に濡れた額を拭う。
「一人倒すだけでこれか……厄介だな、全く」
場所は雪原ではなく、E-6の平原エリア。
丘の影に機体を隠し、先ほどの戦いを反芻する。
敵ガンダムの砲撃が炸裂するあの瞬間。
全身のエネルギーを額に集中し、また元々半壊していたため力の緩んだダブルゼータの左腕。
ガトーはとっさに戒めを脱したアシュタロンの右腕をダブルゼータの額に叩き付け、同時にマシンキャノンを集中させた。
一瞬にして溶解する自機の腕。だがその一瞬、おかげでダブルゼータの狙いは僅かに逸れた。
機体スレスレに駆け抜けるメガ粒子。地表で爆発する前にガトーはギガンティックシザーズを持ち上げダブルゼータに叩き付けていた。
コクピットを抉る鋏の先端。忍は痛みを感じる間もなかっただろう。
制御を失いハイメガキャノンが暴発する前に、巴投げの要領でダブルゼータを投げ飛ばし、変形。
モビルアーマー形態のまま雪に突っ込み、閃光から逃れた。カナードの位置からは確認できなかっただろう。
そして離脱してきたこの平原でようやく警戒を解いた。
「フジワラ……あのような猛者が、我がジオンの同志であったなら、な。もはや詮無いことだが」
宿敵と認めた男、コウ・ウラキに勝るとも劣らぬほどに手強い相手だった。
彼が言うところの野性。ガトーをして驚嘆させるほどに苛烈。
この場に集められたのが彼やカナードのような強敵ばかりとするなら、力押しだけでは勝ち残るのは難しい。
少し、戦い方を変える必要があるかもしれない。
だがとにかく今は、あの尊敬すべき戦士の冥福を祈ろう。
「シノブ・フジワラ……二度と忘れん」
心に刻む。
二度と巡り合えない強敵、駆け抜けた野性を。
ソロモンの悪夢、アナベル・ガトー。
撃墜数、一。
【一日目 8:50】
【アナベル・ガトー 搭乗機体:ガンダムアシュタロンHC(機動新世紀ガンダムX)
パイロット状況:疲労(大)
機体状況:右腕欠落、全身の装甲にダメージ、EN40%、マシンキャノン残弾80%
現在位置:E-6 平原
第1行動方針:敵は発見次第仕掛けるが、無理はしない。まずは補給する
第2行動方針:コウ、カナードとはいずれ決着をつける
最終行動目標:優勝し、一刻も早くデラーズの元に帰還する】
最終更新:2010年02月21日 17:09