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「あうう……」
あたしはお皿の上の赤い塊相手に、情けない呻き声をあげた。
グラッセされた人参……ああ、人参。なぜあんたはいつもいつもあたしを悩ませるのか。
「麻衣、睨めっこしてないで、早く食べなさい」
凛姉がそう言ってニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
この人は生粋のサディストなので、あたしが苦しんでいる姿を見て興奮しているのだ。変態。
「甘くしてあるから、平気だって」
「そういう問題じゃないもん」
甘かろうが辛かろうが、人参は人参だ。嫌いなんだからしかたない。
いくら凛姉の料理であっても、だ。
「もう、しょうのない」
凛姉が頬杖ついて溜息を吐いた。
そういうところが微妙におばさんくさいが、彼女はまだ17歳、れっきとした女子高生だ。
もてるだろうなぁと思う。普通に可愛い。どこかのアイドルくらいには。
にもかかわらず変に所帯じみてしまったのはあたしのせいなんだろうな、たぶん。
あたしと凛姉は一緒に住む家族でありながら、血はつながっていない。
両親の再婚にともなって姉妹となった、連れ子同士だった。
あたしたちを引き合わせてくれたその優しい両親は、新婚旅行に出かけて、そのまま帰ってこなかった。
飛行機なんかに乗って海外へ行ったのが運の尽き。
今頃二人は南の海に眠っていることだろう。
あまりの出来事に、あたしも凛姉も、何十年分かは確実に涙を消費したと思う。
まあ不幸中の幸いと言うべきか、保険金はたっぷり支払われたし、叔母(あたしの母の妹だ)もなにかと世話をやいてくれるため、これといって不自由することはなかった。

いや、やっぱり違うな。
あたしが不自由せずにすんでいるのは、なによりも凛姉がきちんと面倒を見てくれているからだ。
きっと一生、凛姉には頭が上がらない。
あたしは早く大人になりたかった。凛姉に苦労させずにすむ、強い大人に。
そしていっぱい楽をさせてあげる。
「待っててね、凛姉」
「はいはい、待ってるから早く食べて」
「いや、人参の話じゃなくて」
「あと何があるの?」
あたしの決意を、凛姉は単に人参の問題と受け取ったみたいだ。
そりゃそうだ。
一人で回想して盛り上がってしまったが、今はなんの変哲もない日常の夕食時である。
「あたし、早く大人になる……という話」
「あ、そう」
そっけない。
「大人は人参くらい食べられないとダメよね」
そうきたか。
「あの、凛姉。人参だけはご勘弁を」
「ダーメ。好き嫌いしてると大人になれないぞ」
「だって、食べられないんだもん」
「冷蔵庫に麻衣の好きなエクレア、入ってるんだけどな~」
「えっ? 食べたい!」
「人参食べたら出してあげる」
「ええっ、そんなのひどい」
「ひどくない」

あたしの抗議に、凛姉は余裕ぶって笑っている。
やっぱりサドだ、この人。
あたしは人参に恨みをこめてフォークを突き刺し、鼻をつまむと一気に口へ放りこんだ。
できるだけ噛まずに飲みこむ。
あと2個……あと1個……食べた!
「はい、よくできました」
涙目になって顔を上げると、凛姉がエクレアを乗せたお皿を持って立っていた。
「よしよし」
あたしの頭を撫でる凛姉は、なんだかお母さんみたいだった。
「やめてよ、もう。こどもじゃないんだからさ」
「エクレアにつられて嫌いなものを食べられるようなのは立派なこどもよ」
「うっ」
悔しい。反論できない。
「いいじゃない、こどもで。どうせいつかは大人になるんだから」
凛姉はあたしの隣に座ると、そう言って目を細めた。
「でも……こどもじゃ……」
凛姉の隣には並べないもん。
「焦らなくても、私は逃げないわよ」
「え?」
「ほら、ついてる」
凛姉が顔を近づける。
ん?と思った時には、もう唇のカスタードクリームは凛姉の舌にさらわれていっていた。 
「麻衣が大人になるの、ちゃんと待ってるってこと」
「凛姉――」
大好き!そう言おうとしたあたしの耳に、凛姉はそっと囁いた。
「明日はピーマンに挑戦ね」
ああ……凛姉には、かなわない。


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最終更新:2009年08月14日 21:39