「凛姉、お願いだから行ってきて」
「ダメ」
考えるそぶりすらしないで凛姉は即答した。
あたしの額の上のタオルを氷水に浸し、よくしぼってまた乗せてくれる。
気持ちいい。
「なにか食べられそう?」
「たぶん」
「もう少ししたらお粥つくってあげるから」
「うん……」
あたしは、申し訳なさで凛姉の顔を見てるのがつらくなって目を閉じた。
今日は本当なら凛姉が修学旅行に出かける日だった。
それなのにあたしが風邪なんてひいてしまったせいで。
「ごめんね」
「気にしないって、言ったでしょ」
「だって、凛姉楽しみにしてたのに」
あたしは凛姉が何日も前からガイドブックを読みこんで下調べしてたのを知ってる。
お土産たくさん買ってきてあげるって、珍しくはしゃいでたのも見てた。
なのに、あたしがバカなせいで全部パーになっちゃったんだ。
「どうせ病気の麻衣を置いて行ったって、気になって楽しむどころじゃないんだから」
こういう時に頼りになる叔母さんは、昨日から仕事で出張中だった。
だからあたしの看病ができるのは凛姉しかいない。
「それに、ほら、飛行機乗らなくちゃいけなかったから、ちょっと憂鬱だったの」
凛姉はそう言って笑った。
「ごめん。ごめんね、凛姉」
あたしはこらえきれず、もう、すごく久しぶりに泣くしかなかった。
このタイミングで風邪をひく自分を引っぱたいてやりたかった。
「何回謝るのよ」
ちょっとだけ肩をすくめて、凛姉はあたしの髪に手を伸ばした。
優しく、手櫛を入れてくれる。
「あたし、あたしがいなきゃよかったのにね」
父親の再婚相手のこどもなんか、凛姉が苦労して面倒見る義務あるんだろうか。
あたしさえいなかったら、凛姉はもっと自分の好きなことができるのに。
「麻衣」
でも、そんなこと考えるあたしを、凛姉は優しく見つめていた。
「私ね、一人じゃなくてよかった。麻衣がいてくれてよかった」
髪を撫でていた手が、ゆっくり頬へ下りてくる。
「父さんとお母さんが死んじゃった時も、麻衣が一緒だったからなんとかなった」
あたしの視界は涙のせいでもうほとんどふさがっていた。
凛姉の顔をよく見たいのに、全然見えやしない。
「わかる? 私がどれだけ麻衣に感謝してるかってこと」
「凛姉!」
あたしはもう布団も跳ね飛ばして、たまらずとびついた。
凛姉の首にしがみついて、小っちゃいこどもみたいに声を出して泣いた。
凛姉がいてくれてよかった。凛姉があたしのお姉ちゃんでよかった。
そう伝えたかったけど、あたしにはなんて言ったらいいのかわからなかった。
ただ凛姉は、あたしをあやすみたいに背中をポンポンと叩いてくれた。
「やっぱり人間って、病気の時は弱気になるのね」
そんなことつぶやきながら、あたしを横にして布団を掛けなおしてくれる。
「凛姉」
「んー?」
「あたし、お金持ちになって、凛姉をどこでも好きなとこに連れてってあげるからね」
「はいはい。ありがと」
ちっとも期待なんかしてないという口ぶりの凛姉は、だけどなんだか嬉しそうだった。
結局あたしの風邪は凛姉に3日間看病させてようやく治った。
でもあたしはもう、ごめんとは思わなかった。
ありがとう、凛姉――
最終更新:2009年08月14日 21:38