貴女にだけ見せる姿は(仮題)とリンクしてます。



ソフィアはやっぱり頼りになる。
今まではほとんど孝子のワンマンチ-ムだったから、あいつが潰されると手詰まりだったけど。
孝子がお母さんを亡くして廃人みたいになっちゃった時はこの先どうなるものかと思ったものだ。
その点はあの千紗ちゃんという子に感謝しなくては。バスケ部のキャプテンとして、それと孝子の友だちとして。
ま、孝子が千紗ちゃんのことを許婚とか言ってるのは無視するとして。あいつはアホだから。
と、そんなことをとりとめもなく考えていたところで、急に裾を引かれた。
「ん?」
立ち止まって振り向くと、こちらをじっと見上げる青い瞳と目があった。
身長は140センチもあるだろうか。背中まで伸びた金髪が綺麗だ。
顔立ちは大人びて見えるが小学生、たぶん3~4年生くらいだろう。
それにしても美人な子だ。つくりが、同じ人間とは思えない。
「どうかしたの?」
私はなるべく優しい声色で話しかけてみた。
でも少女は首を傾げるだけで答えない。
もしかして日本語がわからないのかも。だって、明らかに外国人だもの。
「まいったなあ」
べつにほうっておいてもいいとは思う。
でもあんまり見つめられるものだから、そんなことしたら薄情な気がしたのだ。
「ねえお嬢ちゃん、お名前言える?」
試しにもう1回話しかけてみる。自慢じゃないが英語の成績は2だ。

「……アリシア」
おおっ、なんだ日本語わかるじゃん。
「アリシアちゃんか。お姉さんは茜。一人なの? ママは?」
「……ワカンナイ」
わからないのは、質問の意味がわからないのかそれともどこへ行ったかわからないのか、わからない。
「えと……一人でお家帰れる、よね?」
「ワカンナイ」
アリシアちゃんはちょっと涙ぐんで、ジャージをつかんだままの手をギュッと結んだ。
まいった。
「アリシアちゃんはどこから来たの?」
「……アッチ」
アリシアちゃんは力強く駅の方を指差した。
「あ、そう」
もっとこう、町名とか出てこないものか。
しかたない。
私はとりあえず駅までアリシアちゃんを連れて戻ることにした。
アリシアちゃんのママが見つかればよし、ダメでもあそこには交番がある。
それ以上は通りすがりの女子高生に期待されても困るのだ、正直。
「よし、行こうか」
アリシアちゃんは頷いて、私の差し出した手をしっかりと握った。
小さくて、柔らかい。

「アリシアちゃんは何歳?」
「……9」
「3年生か」
「ママ、イッショニ キタノ」
「うん」
初めて自分から話してくれたのが嬉しくて、自然と口許がほころぶ。
「アリシア、ネコ ミテタラ イナイノ」
「うん、そっかあ」
ちょこちょことした足取りで私の横を歩く姿は小動物みたいだ。
猫を見てたらママとはぐれたらしいが、この子は犬っぽいかな。
いいなあ。可愛い。こんな子、ほしい。
ちょっと返すのが惜しい。
って、なんだか自分が危ないおじさんになったみたいだ。
にしても、どうして私のジャージをつかんだりしたのだろう。
他にも人はいっぱい歩いていたのに。
「サガシタノ。コレ ネエサント オナジ。アカネ、ネエサント トモダチ?」
姉さん? ジャージが姉さんと同じってことだろうか?
なら導き出される答えは一つしかないのだが。
「あっ」
ふと、駅から走ってくる金髪が視界に入って私は声をあげた。
案の定と言うべきか、我がバスケ部の後輩ソフィアだった。
去年父親の仕事の都合でスウェーデンから引っ越してきたばかりだが、既に日本語ペラペラという才媛だ。

「アカネ!」
アリシアは私の顔を見て嬉しそうに笑うと、手を振りほどいて駆け出した。
「アリシア!」
ソフィアがそれを抱きとめる。
どうやら一件落着らしい。
ソフィアはすぐに私に気づいたみたいで、アリシアちゃんと手をつないでこちらへ歩いてきた。
「アカネ、アリガトウ。アリシアノ コト、ミテテ クレタンデスネ」
「偶然だけどね」
「ゴメンナサイ。ママカラ デンワデ、アリシアト ハグレタッテ」
アリシアに負けないくらい美人さんなソフィアが、みっともないくらい髪を乱して肩で息をしていた。
よほど慌てて探したんだろう。
携帯で、たぶんママに電話しているんだろう。アリシアちゃんが見つかった報告かな。
「アカネ」
「なに?」
アリシアちゃんに手招きされてかがむ。
と、背伸びした彼女の唇が私の唇に触れた。
「アリガト」
「え……」
いや、ちょっと、君からしたら挨拶程度かもしれないけど、一応私のファーストキスなんですけど。
「ア、アリシア!」
電話を終えたソフィアが怒ったような口調でアリシアちゃんを引き離す。
アリシアちゃんはそんな姉になにか耳打ちをした。
ソフィアは聞きながら、こちらをちらちらと窺っている。
なんだろうと思ってると、ソフィアが私に向き直った。

「アノ、アカネ」
「なに?」
「アリシアガ、アナタト ケッコンシタイッテ」
「へえ~……へ? 結婚!?」
不意をつかれた発言に私はマヌケな声をあげていた。
だけどまぁこどもの言うことだからと、脳が冷静に処理しはじめたところでソフィアの追い討ちがあった。
「デモ、ダメデス。アリシア ニハ ワタシマセン。アカネト ケッコンスルノハ、ワタシデス」
「……は?」
いやいやいやいや、待て。
おかしいだろ、なんかもう。だって。
「女同士なんだけど」
「ノープロブレム!」
そう言ってソフィアは突然私の頬にキスをした。
アリシアは私の右腕をとって、姉には負けないとばかりにしがみついてくる。
「スウェーデン、オンナドウシ デモ、ケッコンデキル」
なにこのハーレム状態。
二人の勝手な物言いに、だけど困ったことに全く腹が立たない。
どうやら私も、孝子のアホと大差なかったようである。

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最終更新:2009年08月14日 21:48