そして、事件は5回目に起こった。
試合を始めた頃は、晴れていて雨が降る様子すらなかった、しかしこの時期の天気は変わりやすく
雨が降り始めていた。しかし、訓練を行ううえで多少の雨なら問題もないので試合を続行していた。
「相手のピッチャーも徐々にうまくなってきてますね。」
「そうですね・・・」
中原の言葉に齊藤は確かにそうかもしれないと思ったがこのまま行けば私達の勝ちだろう・・・
現に今は5-0でこちらがリードしている。このまま油断せずに行けば勝てていたのは間違いなかった・・・
そして、次のバッターは齊藤であった・・・
「次は私ですね。」
「そうよ、綾華またおっきいのを頼むわね。」
「全力で頑張ります。」
雫は、今までの齊藤のホームランと3・2ベースヒットの量産から今回も打てるだろうと考えていた。
さらに、彼女の守りは万全でここまでほとんどあいてを出塁させていない。
しかし、このような戦いの場において”絶対”や”油断しない”で防げないものもある。
そして、齊藤の1打目
ビュン!
ピッチャーから放たれたボールは、綺麗な弧を描きながらそのままキャッチャーミットへ・・・
入るはずだった・・・
しかし、この雨のせいでピッチャーの手元が狂いボールはそのまま齊藤の肩に直撃してしまった。
いつもの齊藤であればそのボールを避けることが出来たかもしれないが今は目に雨粒が入りそうになるため
どうしても目を細めてしまうのである。そのために彼女はボールを避ける事が出来なかったのである。
「綾華!!」
「齊藤!!」
雫がいち早く齊藤の下へ駆けつけまた森上や他の仲間も駆けつけた。
「すいません、雫さん。大丈夫ですから・・・痛っ!」
「大丈夫じゃないじゃないの!ちょっと肩見せて!」
そういうと雫は上着をぬがせ、タンクトップ一枚の齊藤の肩の容態を確認した。
「腫れてるじゃない!いますぐ冷やさないと!だれか、綾華を医務室まで連れてって!」
「わかった、俺が行く。」
森上はそういうと齊藤のそばに近寄った。
「いえ・・・一人で大丈夫です。歩けないわけじゃないので・・・」
「本当に大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です。」
「そう・・・」
「でも、齊藤がいなくなったら誰がピッチャーをやるんだ?」
中村の質問に齊藤は
「朝倉さんにお願いできますか?」
「「「!」」」
「都に!?」
「はい、彼女の”力”なら出来ると思います。」
朝倉は、齊藤が何気なく行った”力”といった言葉に少し反応したが、
(気にしすぎです、まだ誰も私の”力”の事は知らないはずです・・・)
「でも私なんかにできますか?それなら、佐橋さんだって・・・それに一応久我さんだっているじゃないですか!」
「一応ってそてはないよぉ~~都ちゃ~~ん」
久我は、朝倉が何気に口にした”一応”という言葉に反応しいじけて見せ
この、重い空気をすこしでも軽くしようと考えてのものだった。
「久我さんは大事な”応援”というポジションがるので外せないです。」
齊藤にそういわれると久我は、
「綾華ちゃんにいわれちゃ仕方ないね。」
普段は空気の読めない久我だがこういう時などは最も空気が読めていた。
(普段から、空気読めてれば暴力を受けなくてすむのにな・・・)
中村はそんな事を考えていた。
「佐橋さんにも出てもらいたいのですが、おそらく佐橋さんは朝倉さんよりもうまく投げられるかもしれません
でも、佐橋さん先に失礼な事を言ってしますので謝ります。」
「気にしないで。」
「ありがとうございます。佐橋さんでは中途半端に打たせてしまい守備のリズムが崩れてしまいます。
ここからは、朝倉さんにも失礼な事を言ってしまいますがご容赦ください。」
「大丈夫です、気にしないでください。」
「朝倉さんだと投げるときにまともに投げるとおそらくはボールを多く出してしまい
結果的に相手には得をさせてしまいます。しかしもし山なりのボールやした投げなので
あからさまに打ちやすいボールを投げさせてわざと打たせて守備の方たちに守っていただければ
まだ点差は開かないと思いますがどうでしょうか?」
「そうね・・・渚はどう思う?」
「はい・・・私は、綾華さんの意見に賛成したいと思います。
私達は野球の経験がないので現時点では経験のある人からのアドバイスを聞くべきだと思います。」
「そうね、私も同じ意見だわ。綾華そういうことだから私達に任せなさい。」
「はい、お任せします。ですがもうひとつ提案なのですが佐橋さんを私の代わりとして攻撃側に
加えていただけないでしょうか?攻撃に関しては朝倉さんより佐橋さんのほうがいいかもしれないので。」
「わかったわ、優奈もそれでいいかしら?」
「ええ、私は構わないわよ。」
佐橋からの了承をもらうと齊藤は立ち上がり、
「そうですか、ありがとうございます。では、私は失礼します。治療が終わり次第
戻ってきます。」
齊藤はそういうと痛めた方を庇うように医務室へと向かった。
そして、9回目の攻撃。雨も次第に強まりグラウンドのコンディションは悪くなる一方だった。
それでも、訓練生達はびしょ濡れになりながらも試合を行っていた。
「もう、5-9になってしまいましたね。」
「ええ、でもみんなかなりいい動きをしていたと思うわ。」
「よく、ここまでみなさん守れたと思います。」
中原は、齊藤が抜けてからの今までの全員のプレーを振り返り
よくここまで全員が頑張ったものだと考えていた。
そもそも齊藤がいた時点では、経験者ならではのアドバイスと驚異的な攻守で
どうにかこちらは大きく得点ををることが出来たがその齊藤が抜けた事により
攻撃に関してはリズムが狂い、守備に関してはやはり全員が経験不足で
齊藤からのアドバイスによる付け焼刃では限界があったのである。
その齊藤も7回の攻撃には、戻ってきたがその時点でこちらは5得点もされてしまったのである。
「皆さん、すいません・・・私がもっとうまく投げられたら・・・」
朝倉は、肩を落とし目を潤ませながら謝罪をした。
「そんなことないですよ、都ちゃんは頑張ってくれました。」
中原のフォローに続くように、
「そうだよ、都ちゃんは気にしなくていいんだよ。私がもっとうまく出来たら・・・」
「そうよ、都これは私達がまともに守れなかったからなんだから。」
松浦や雫も自分がうまく守れなかったといっているがそんな事はない
実際、松浦はその足を生かして何度もボールに飛びつき守っていたし、
雫も何回もファインセーブをしていた。
「ですけど・・・」
それでも、朝倉は自分に責任を感じていた。
「都ちゃんがそんな事考えてもすぎちまった事はもうもどらねえし、作戦では
都ちゃんに打たせて守る、だったろ?まあ、守れなかったやつらの責任だってことだよ。」
久我は、いつもの軽い感じで言ったがその言葉には、いつもようなふざけた様子はなく
いつになく真剣だった。そして、その言葉に誰一人反論できなかった。
その沈黙を破ったのは・・・
「皆さん!まだ試合は、終わったわけではないですよ後一回だけ私達の攻撃があります!」
中原であった。それに続くように、
「そうだな、渚の言う通りだな。まだ逆転のチャンスはあるんだ。源もこれは、訓練なんだから勝つんだろ?」
「そうだぞ、雫お前が勝つって言ったからみんな頑張ってんだからよ。やろうぜ。」
中村の言葉と森上の言葉に反応し雫は・・・
「そうね、後一回あるわね。これで、逆転勝利を決めるわよ!」
(皆を引っ張ることもできないで”将”だる資格はないわね・・・)
「「「了解!」」」
全員の声が重なった。
そして、9回目の攻撃
「渚からね、頑張ってきて。もう後はないわよ。」
「はいっ!全力で頑張ります。」
そういうと、中原はバットを手に握り一回深呼吸をしてバッターボックスへと向かった。
(私が決めないとみんなが負けてしまいます。大丈夫私になら打てます。)
中原は、そういうと相手のピッチャーへと向き直りバットを構えた。
1打目
「ストラ~~イク!」
「渚、落ち着いていけ、まだ大丈夫だ!」
「そうですよ、渚さん力いっぱい振ってください。」
中原は、その呼びかけにわずかに頭を上下に振った。
2打目
(みんなが、ああいってくれてるから大丈夫。打てます。)
カキーン!
ボールは、セカンドの頭上を越え中原は走りそのまま1塁へととまった。
「やりました~!」
中原は、嬉しそうに叫んだ。
しかし、周りの目がこちらを向き恥ずかしそうに目を伏せてしまった。
「次は佐橋だな、行って来い。」
「ええ、任せておいて。」
中岡の言葉に反応し佐橋は、笑顔で答えた。
齊藤の代打として、攻撃に加わった佐橋だが彼女の活躍には目を見張るものがあり、
普段は、優しいお姉さんといったところだが全身からでるオーラにはものすごい気迫が感じられた。
(優奈ってもしかして、ああ見えて結構熱い人なのかもね。)と雫は冷静に分析をした。
1打目
(私が打たないと負けちゃうかもね。)
パコーン!
ボールは2・3塁間へと飛びそのまま1塁へと止まり。
佐橋は1塁、中原は2塁へと止まった。
朝倉と松浦は声をそろえて
「さすが、優奈さんはすごいな~」
それに、佐橋は微笑みで返した。朝倉と松浦は佐橋と仲がよくまさに姉妹といった感じなのである。
「次は、葵ね。頑張ってきなさい。」
「葵ちゃん頑張ってください。」
「頑張ってきます!」
松浦は、元気よく返事をしその体には少々大きいのでは?と感じられるバットを手に取りバッターボックスへと向かった。
1打目
カキーン
松浦の打ったボールはそのまま2・3塁間を越え、2ベースヒットになりかと思われたが・・・
「やらせないわよ!」
藤林の声が響きなんと彼女は飛び込みながらボールをキャッチしそのまま神田が待つファーストへ投げたが、佐橋はなんなくもといた類へ戻りセーフ
しかし中原は、一度自らのいた2塁に戻り止るのかと思えばなんと、3塁へと走り出した。それは、藤林がファーストにボールを投げ
佐橋をタッチアウトにしようとしたときであった。
「っ!椋、そのままサードに投げて!」
その声に反応し神田はサードに投げたがすでに中原は、3塁に止まっていた。
「なあ、アレって進塁してもいいのか?たしか、打者がアウトになったら戻らなきゃいけないんじゃないのか?」
森上はもっともな質問を齊藤にした。
「タッチアップです。」
「タッチアップ?なんだよそれ?」
中岡も森上と同じ疑問を持っていたらしく会話の中に入った。
「簡単に言えば、味方がフライでアウトになったとき走者は、元々いた塁に戻りそこから進塁するというものです。」
「さすが、綾華ちゃんだね。」
久我は、齊藤の説明を褒めた。
「ありがとうございます。ですが、佐橋さんがうまく渚さんへの注意を引いてくれていたと思います。本来だったら佐橋さんより足の遅い渚さんのほうがアウトにしやすく
確実にいくなら相手はそちらをアウトにしようとしたはずです。ですが、佐橋さんはあえて自らに注意が行くように少し遅く走っていました。」
その後、齊藤は「推測ですが。」と言葉を添えた。
結果として中原は3塁へ佐橋は1塁にとどまった。
「皆さんすいませんでした。」
松浦は、しょんぼりとしながら皆の元へと重い足取りで帰ってきた。
「気にしないのよ、別にこれで終わったわけじゃないんだから。」
「そうです、葵ちゃん渚さんが3塁に進んでくれたので大丈夫ですよ。」
「でも・・・いえ・・わかりました。次は、坂上さんですね。頑張ってください。」
松浦は、そういうと坂上にバットを手渡した。
「ありがと、松浦打ってくるよ。」
「はい。」
坂上は、そのままバッターボックスに入っていった。
(松浦を見てるとなんだか初音のことを思い出すんだよな・・・)
坂上は、バッターボックスに入りそんな事を考えていた。
1打目
「ボール!」
「--くっ!敬遠か」
坂上の予想通り敬遠であった。
「なんで、相手のピッチャーはボールをはずしたんですか?」
朝倉は、齊藤に疑問顔で質問をした。
齊藤は、朝倉のほうを向き、
「あれは、敬遠といいましてわざとフォアボールにする事で相手に打たれないようにするためですよ。
坂上さんは、ずっと打ち続けていたのでおそらく敬遠したのでしょう。」
「そうなんですか。ありがとうございます。」
朝倉は、そういうとまた応援に戻った。
(それにしても、このままではまずいですね・・・)
齊藤がそういうのも無理はない、この”無理”というのは、勝負に負けるかもしれない、というのではなく
先ほどから気になっていた”天候”のことである。
訓練開始時は、快晴とまでは行かないまでも天気は晴れていた。しかし、時間が経つにつれ
雲が西の空からながれ、さらには雨が降り出したため視界は悪くなっていた。
(このままでは、訓練は中断かもしれないですね。)
齊藤は、その事を雫に伝え
「そうね、確かにこのままじゃ中断ね。負けにもなっちゃうし・・・」
雫は、腕を組みながら考え結論を出した。
「天気は、人間にはどうにもならないから様子を見ましょう。まだ、教官たちも中断しそうな気配はないし。」
「そうですね、わかりました。」
齊藤はそういうと元の場所へと戻っていった。
「次は、俺か。」
中岡は、そういうとそそくさとバットを手に取り素振りをしながら
バッターボックスへと向かった。
「中岡さ~ん、頑張ってください!」
「中岡、てめぇ~が打たねえと負けるんだから打てよ!」
朝倉と森上の応援に中岡は手を上げ反応を示した。
1打目
カキーン
ボールは、バットにあたり低く早い弾道となり2・3塁間を抜かれるかと思われた。
「「「んなっ!」」」
敵味方問わず驚くのも無理はない。
なんと、ショートを守っている藤林がボールめがけて横っ飛びしそのまま、ボールはグローブの中へ
そして、こともあろうにその状態からさらにファーストにボールを投げたのである。
その間ものの数秒の出来事である。
中原と佐橋は、驚きに体が一瞬硬直したがそのままもとの塁へと戻り
さらに、中岡もどうにかファーストの塁を踏む事が出来た。
藤林の投げたボールは、たしかにファーストに向かったのだが狙いと少しずれてしまい、
ファーストを守る神田が少し塁を離れたところでボールをキャッチしたためセーフだったのである。
「やっぱり無理だったわね。」
藤林は、そう言い残すと服についた泥を気にしながら守備位置へと戻った。
「悠希、あんたの番よかっ飛ばしてきなさい!」
雫は森上にそういいそれに対し森上は、
「まかせといてくれ。俺が、ホームラン打てば同点だろ?」
森上は、雫に対し笑みを浮かべながら話した。
「そ、そうね。頑張ってきなさい。」
雫がそういうと森上はバッターボックスへと向かっていった。
そして、雫は顔を赤らめうつむいていた。
(全く、雫さんはなかなか可愛いところありますね。)
佐橋は、そのようなことを考えつつ雫のことを微笑みながら見ていた。
1打目
「ストラ~~イク!」
(ボールの機動を見て打つんだ、近接戦の相手の動きを読むのと同じだ!)
森上は、自らを落ち着かせただボールを見ることだけに集中した。
2打目
カキーーーン!!
ボールは、ピッチャーの頭上の遥か上を行きそのままセンターを守る阪口陽平の頭上を越えた。
ホームランであった。
「「「うぉぉおおおおおお!!」」」
A・B合同チームの男性陣は、大きく声を上げた。
「悠希!よくやったわ!」
そうしているうちに、中原・佐橋・坂上そして、”森上”が戻ってきた。
「みんな、よくやったわ!」
「皆さん、凄いです!森上さん凄いです!」
雫と朝倉そして、多くの仲間に迎えられ、
「よくやったな!森上」
中村はそういうと森上と拳をぶつけた。
「ああ、ありがとな。だけど、ここは皆のおかげだな。」
「そうですよ、皆さんのおかげです。」
松浦はそういうと佐橋の元へ行き
「佐橋さん、やっぱりすごいです。」
佐橋は、松浦に目線を合わせ。笑顔で
「ありがとうね、葵」
「坂上、残念だったな。打てなくてよ」
中岡は、意地の悪い笑顔を向けた。
「そうだな、でもこれで同点だ。よかったよ」
そういうと、坂上も笑みを浮かべた。
「渚さん、よくタッチアップの事を覚えてましたね。少ししか話していなかったのに」
齊藤はそういいながら中原の前に歩み寄ってきた。
「一応、覚えてましたが。出来ていたか心配でしたっ。どうでしたか?」
中原は、心配そうに聞いてきたが
「ここに、戻ってきたということは大丈夫だったと言う事ですよ。自信を持ってください。」
中原は、ハッとし恥ずかしそうにしながら
「そうですね、ありがとうございます。」
ベンチにいた訓練生がひとりこちらに走ってきた。
「すいません、皆さん喜ぶのはそこまでにして、訓練に戻っていただけますか?」
雫は、しまった!と思いながら・・・たしか、井上佐奈さんだったわよね。
「申し訳ないわね井上さん、今すぐ戻るわ。手間を取らせちゃって悪いわね。」
雫は、申し訳なさそうに言いそして
「いえ、ですがこの天候なので早めに訓練を終わらせてしまうべきだと思います。
あとは、そちらの回で終わりですので。」
井上がそういい終わり雫も訓練に戻ろうとしたとき・・・グランドの入り口から
一人の教官が走ってやって来た。
「貴様ら訓練は中止だ!この天候ではまともに訓練できんからな。」
「「「「「「「「「えっ」」」」」」」」」
「貴様ら何をぼさっとしている!すぐに訓練で使用した器具を片付けろ!」
「「「「「「「「「っ了解!」」」」」」」」
教官にそう言われ訓練生たちは、すぐに片付けへと取り掛かった。
「貴様ら!器具の片づけが終了しだい。すぐに講堂に教室へと移動しろ!」
「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」
最終更新:2009年03月29日 20:13