教官と言うのはただカリキュラムを組み、それを訓練兵に教えるだけが仕事ではない。
自分が経験したこと、学んだこと、必要だと痛感したことを、後の若い世代に伝えることも仕事の一つである。
それを如何に効率良く、そして正しく伝えるかを話し合うのもまた、教官たちの仕事でもあった。
氷室らの目の前には、今期訓練兵らを評価した”成績表”が所狭しと机の上に乱雑に散らばっていた。
既に全員がそれらに眼を通した後であり、その成績を基に今後の教育方針を決めようと云うのが今会議の趣旨。
「思いのほか、B分隊は好成績ですな」
「全員の才能が満遍なく散ってあるからでしょう。上手い具合に個々の短所を補い合える関係が、良好な対人関係に繋がってると見れます」
「C・D分隊はまずまずと云ったところですかな?全員既に基準を合格してはいますが、連携はあまり上手くいかないようだ」
「怪しいのはE・F分隊ですか…仲は良いですが、訓練にあまり集中してないようで、成績自体はあまり高くありません」
各々に分隊の評価を下して、自分の中の評価と他人の評価の差を吟味していく教官たち。
そんな会話の中、誰も触れていなかったA分隊の評価を、梶原が口にした。
「しかし…A分隊はあまり成績が良くありませんなぁ。個々の才能はトップクラス…とは云えない者もいますが、それでもB分隊には劣る」
梶原はB分隊を贔屓している。その分、B分隊の評価は甘く、他の分隊の評価は厳しい。
特に、何が気に食わないのかA分隊に対しては事ある毎にB分隊と比較することが目立つ。
実際のところ、個々の性能で言えばA分隊にはトップ4人が集まっている。その代わり中位1人、さらに別の意味でトップが1人が混ざっているが。
これでB分隊トップ2人がA分隊に来れば、話はまた変わっていただろう。
この采配をしたのは、ここに居る教官達ではない。ましてや氷室でもない。では、誰か。
「大場司令は何を考えてこんな意味不明な人員分けををしたのやら」
「梶原教官、上官の侮辱は不敬罪で”処罰”されますよ?」
「だが事実、意図がわからんではないか!」
富樫の静止に、梶原が声を荒上げて反論する。資料をテーブルに叩きつけ、さらに続ける。
「糞虫とは云え優秀であればそれに合わせた人選をするべきだ!
だと言うのに司令の横槍でこんな死重量を持たされたせいでA分隊という名が殺されている!A分隊と云えば、部隊のトップが集められる場所だろう!?」
「知りたければ、答えても良いぞ、梶原教官」
不意に、ここではまず聞けないはずの声がして、梶原が続けようとした言葉を喉に詰まらせカエルのような声を上げた。
「これは大場基地司令、このような場所に何か?」
座っていた氷室は立ち上がって敬礼し、そのまま言葉を促す。
「なぁに、私に対する良い話し声が聞こえたのでな。ちょっと立ち寄っただけのこと」
「う…ぐっ…ぅ!?」
「梶原教官、私はある計画の下動いている。それは君たちも既に組み込まれている。無論、訓練兵らもだ。それは解るかね?」
「はっ!」
「A分隊に朝倉と久我を入れたのは、その計画上必要だと判断されたためだ。君たちは、それを知っているだけで良い」
「はっ!申し訳ありませんでした!如何なる処罰も喜んで受け入れます!」
「おいおい、私は良い噂話が聞こえたから来たのだよ?何か君は後ろめたい事でも話してたのかね?」
「ぐ―――…っ」
言葉に詰り、顔が真っ青になっていく。が、大場は気にした様子もなく氷室に顔を向けた。
「ところで氷室、訓練兵の中で指揮官適性を持つのは何人いるかね?」
「はっ―――私が推すのはこの4名です」
氷室は乱雑に置かれた成績表の中から4つほど抜き取り、それを大場に手渡す。
それを一枚一枚吟味し、時折僅かに頷いてみせる。
「この4名の中では、源がもっとも適性が高いと、私は踏んでいます」
何時ぞやの瑞鶴を見送った際に見せた、全員を引き付けんばかりのカリスマ性。
あれは努力ではどうすることもできない、天性の素質だと考えられる。そして、それを引っ張れるだけの力を、今彼女は蓄えつつある。
また、足手まといを2人も抱えながら、隊員が分裂することなく、一つに纏まっている。
あそこまで足手まといだと、普通は煙たがれるものなのだが………彼女はそれを上手い具合に扱っているのだ。
少なくとも氷室の眼には、十分に素質があると確信できるなにかを雫は持っていた。
「源………と言うことは武家の出か」
「はい。とは云え、恐らく分家か………もしくは没落した”あの”源かと」
「ふむ………これは中々面白いのが来たものだ」
顎を撫でながら、資料に黙々と眼を通す大場。
あの源―――特に何か特別なものがあるわけではない。その名の力は遙か昔に失われて久しい。
歴史や軍事に疎い一般人にも割と知られている軍記物語の一つ…平家物語に出てくる軍勢の片割れに、”源”という名がある。
軍人をやっていれば、特に日本人であれば、その名に大小はあれど惹かれてしまうのは仕方の無いことかも知れない。
しかし氷室も大場も浪漫主義者ではないし、信仰深い人間でもない。
ここで言う「あの源」という言葉は、あくまで歴史上に出てきた「源」に関係する者かどうかという確認程度でしかない。
二人の目は常に実績のみの見続けている。つまり、成績表を。
その上で、大場は自分の言葉を口にする。自分の意思を部下に伝える。
「まずは総戦技演習をクリアしてなのだろうが………仕込むのなら早いほうが良い…か。
氷室教官、この4人に指揮官教習を受けさせろ。訓練後でも構わん」
「はっ!」
大場に敬礼する氷室の横で、僅かに顔を苦々しそうに歪める梶原に気付く者はいない…
最終更新:2009年04月26日 17:28