森上 悠希は各種動作に対して声を上げることはない。悠希が幼少より仕込まれた技は、一対一を前提とした剣道ではなく一対多を念頭に入れた剣術だ。しかも、お座敷剣術ではなく実戦剣術の。特に最近では訓練で学んだCQBや他者の技術を学び、より高度の格闘戦力を築きつつある。
”声を出す”ということは、そこに余計な力が入る事を意味する。叫んだところで一撃の威力は変わらない。むしろ下がっていると云える。
威力が上がっていると思う者もいるが、それは気のせいだ。丹田に溜めた気を無駄に拡散させているのと同じ。腕や脚に回すべき力を、発声に回していると考えればいいだろう。
叫ぶよりもその分の力を蓄え、余分な力を抜いて剣を振るう方が自然と一撃が重くなる。身体の流れ…武術とは、そんな些細な流れにも左右する繊細な術と云えるだろう。
そのため、悠希との乱取りは基本的に静かな場合が多かった。
「………………………………」
悠希を囲むように―――実際囲んでいる―――中村、中岡、坂上、坂口が対峙する。
端にはB・C分隊の男子によって叩きのめされた久我とD分隊の好川、そしてF分隊の有田がノびており、状況としては非常に厄介な物となっていた。
この訓練の趣旨は、団体同士における格闘戦の行い方と、多数で同程度の規模の敵を叩く時の方法と連携を学ぶ―――というもの。
今回は手始めに男子と女子を分けての訓練に………と氷室は伝えている。
もっとも、これは表向きの理由で、真の目的は森上 悠希の性能の確認するためのちょっとした実験であった。
1対1での腕や射撃の腕前から、非常に前衛向きの能力を持っている。なら、限定的ではあるが一対多の状況ではどのような性能を出せるのか…それが気になった。かと云って、あからさまにそういう贔屓な扱いはするつもりはない。するのなら、全員に利が出る方法で、その中で堂々と見るべきだ。
先に女子だけによる団体戦が行われたが、そちらはA・D・F複合分隊の勝利で終了した。雫が圧倒的な指揮力を魅せたのが一番の勝因と言えるが、それの指示に文句一つ云わず従い、要求された成果を発揮する各分隊の面々も十分に光るものがある。
そして男子の部―――状況はすでに4対4から1対4へと変化している。
元々連携が取れていたB分隊の面々にC分隊の坂口が入ったところで、特に変化はない。が、A・D・F分隊から抽出された男子勢は、ただでさえ別々の分隊だというのに連携を強要され、ろくに合わせることも出来ぬままあっさりと食われてしまった。
悠希が最後に残ったのは彼の実力によるものではない。B・C複合分隊が先にポイントを稼ぐために久我を最初に狙い、少しずつ削っていった結果である。
「てやぁぁぁぁっ!」
「今度こそぉ!」
「もらった!」
「殺ったぁ!」
4方向から同時に斬りかかられる。四方からの同時攻撃………普通ならまず避けられない。
が、悠希がその中心で軽く孤を描くように回り、両手に持つゴム刀をそれぞれ背中と胸の先に構える。ほぼ同時に4度、硬質ゴムがぶつかり合う音が響く。
「くっ…!?」
4つの刃は、本来の的の数ミリ手前にある2つの異なる刃によって防がれた。最低でも、刀身が身体に触れなければ有効にならない以上、これはダメージと判定されない。
「―――っ」
浅く息を吸い、先ほどとは逆方向に回る―――遠心力という力を得たゴム刀が4人が持つ刀を弾く。
間合いが開き、一番遠くに行った中村に突進する。
遠くを狙うのには理由がある。一番近いのを狙うと、その分次に囲まれるタイミングが早くなる。遠くの敵を狙うことでその分の時間を稼ぎ、同時に一対一という構図を僅かでも長く作り出すことができるのだ。
前の訓練校ではトップの中村相手だろうと、悠希は構わず連撃を繰り出す。主導権を奪うために。
左、右、そのままの慣性を維持して回転し左、そして蹴り―――流れるような、独楽のようにクルクルと回りながら一撃一撃を繋げて行く。その動きに間や呼吸は無く、それでいて軸が安定している。
中村はゴム刀は辛うじて捌くが、足技や肘に関してはまともに触れるワケにも行かず、可能な限り距離を開けることで避ける。ゴム刀と違い、足技は軍靴というある種の鈍器が括り付けられた脚で繰り出してくる。いくら着ているのが厚めのBDUでもゴム刀以上のダメージは避けられない。
「くそ…っ!」
分が悪い。こっちは訓練校からの修練だが、向こうはどう見ても餓鬼の頃から修練を積んでる………才能だけで勝てる相手じゃない。
回避運動を必死に取るが、いよいよもって食われる―――と、突然二人の間に中岡が割り込んだ。
「きえぇぇぇぇぃっ!」
素早く繰り出される連撃を叩き落し、がら空きとなった喉元に刀を突き立てる―――
「っ!」
それを大きく仰け反る形で避ける悠希。そのままバク転するように後ろに下がる―――と、ほんの一瞬だけ後方から迫る坂上が視界に入り、運動変更。倒立状態から肘と膝をたたみ、次いで全身のバネを使って坂上目掛けドロップキック。
「な!?」
予想外の動きに驚きつつ、防御体勢をとる。重い衝撃が来る―――かと思ったが、予想より軽い重みが両腕に圧し掛かった。見れば、腕の上に悠希がしゃがみながら乗っているではないか。開いた口が塞がらない。
「猿かお前は!」
中岡が踏み込み、横薙ぎに悠希を払う―――が、直前に跳躍して大きく空に舞う。胸を基点に中転し、
「坂上、右肩だ!」「っ!?」
悠希の思惑に気付いた中岡が咄嗟に指示を出す。仕込まれた条件反射でゴム刀を右肩に添える。その反対側…左肩に中岡がゴム刀を添えた。
果たしてそれは、中岡の推測通り悠希の二本のゴム刀は坂上の両肩目掛け振り下ろされ、事前に防御行動により防がれた。
が、
「しま―――」
坂上の背に感じる妙に硬い感触―――両肩にはまだゴム刀が見える―――その背には悠希の肩が押し当てられ、
「ふ…っ!」
鉄山靠―――如何に鍛え抜かれた筋肉があるとはいえ、背後からの衝撃にはあまり向いてはいない。通された力場がスッと真っ直ぐに伸びた背筋をさらに伸ばし、突き飛ばす。その真正面にいた中岡が巻き添えを食らった。
一度手放し、地面にバウンドしたゴム刀を器用に掴み、また円を描くように回り―――真後ろにいた坂口の一刀を防いだ。
「くそ!片手だってのになんで!?」
坂口の疑問はもっともだ。片手よりも両手で持ち、振ったほうが一番力が出るのだから。
だが、悠希とて怪力があるわけではない。腕の太さも握力も殆ど平均的だ。だが、両手持ちに対して片手で拮抗できるだけの力を見せる。
「相変わらずクルクル回る人ねぇ…」
円の外で見ていた雫が半分呆れた顔でその様を見ていた。その隣で見ていた都が雫に顔を向ける。
「どういう意味です、分隊長?」
「武術の動きって、基本的に”円”を描くように動くのよ。剣道しかり、空手しかり、柔道しかり、弓道しかり。
円っていうのは、力の動き。物の原動力よ。車だってそうでしょ?エンジンの中丸いし」
そう云いながら、雫は指先でクルクルと空中に円を何度も描く。
「はぁ…」
「人間の動きもそう。肩や脚の付け根を中心に手足を動かすと、そこに不完全でも円が生まれる。走るときだってそう。
悠希はね、そういう自然に生まれる力を利用してるのよ」
「えっと………?それがどうして片手で受けられるという話に…?」
「さっき受けるとき、1度回ったでしょ?あれによって遠心力っていう力を生み出して、そこに自分の腕の力や慣性を付加して、相手側の支点に近い場所に叩きつけてるのよ」
「い、云うほど簡単じゃないですよ…ね?」
「当然よ。あんなことをするにはまず、全体の動きをちゃんと見えてないとね。
悠希はクルクル回りながら、それをしてるのよ。それと、よく見なくても解るけど、悠希は基本的に鍔迫してないの。
遠心力を使ってるとは云っても、殆ど一瞬。ぶつけたり引いたりするのには向いているけど、押し合いには不向き」
「その欠点を補うために、あの大道芸ですか」
都とは反対側に陣取っていた斎藤が口を挟む。その言葉に雫は「そうよ」と肯定する。
”円”という運動をより自然に生み出すために動き回り、発生した”円”を攻撃に転化させる―――
都の言う通り、云うのは簡単だがそれを実行に移すためには相当の体力、瞬発力、動体視力、判断力、そして応用力が要求される。だがその多くは、
戦術機という兵器にとって非常に重要な要素となる。しかし、その事を彼女らはまだ知らない。
「しかし、それでは主導権を、特に地の利を奪われた時は何もできませんよ?」
「何云ってんだ斎藤!そういうのはな、奪われる前に奪うんだよ!」
血の気の多い勝名が綾華の指摘に反論する。主に感情論で。
「心情としてはそれが正しいのでしょうけど、実際には時の流れです。そうなった時の話ですよ、勝名さん?」
「なんだよ、ヤんのか斎藤!」
「はいはい隊内での私闘は厳禁よ勝名。綾華の指摘だけど、その時は二刀流を止めればいいのよ。元々二刀流自体が不利な状況なんだし。
それに、別に”二刀でなければならない”なんて規則はないワケだし、そんな状況に陥らないために仲間がいるのよ?
………もっとも、今の悠希の仲間は………」
その視線は、地面に寝そべる久我らへと向けられる。4人とも、じっとその姿を見つめ、ほぼ同時に溜息を吐いた。
「あ、終わったみたいですよ」
教官の合図が響き、都が悠希を指差す。
「はぁ………また腕を上げたよあいつ等。こりゃ早い内にやられるね」
久我を引きずりながら雫らの下に来る悠希は、結局時間制限内に誰も倒せず負けて帰って来た。数の上で圧倒的不利なため、せめて一矢報いようとしたのだが、結果は誰も落とせずに判定負け。
全身の筋肉が熱を持っているのを感じながら腕や脚を揉む。ここ数ヶ月の基礎体力訓練のお陰で体力はついてはいるが、全力運動をほぼ時間一杯やっていては嫌でも筋肉が張ると云うもの。
ゆっくりとクールダウンさせてはいるが、しばらく痛みを伴いそうだ。
「全隊集合!」
氷室の命令に従い全分隊が氷室ら教官たちの前に集合する。
今回の訓練は分隊が大きく分けられた上でのものだったので、特にどこが良かった、悪かったという話にはならなかった。
が、負けた連中に対しては相変わらず容赦しない。
「いいのか負けた者は?いつまでも負け組のままでいるつもりか?
悔しい悔しいと云ってるだけで成績が上がらない…これではここに居る意味がないな。
もっとも、別に私が良いがな。手間が省けて助かる」
冷たく鋭利な刃物で刺すような言葉が負けた側の複合分隊に向けられる。久我曰く「あの人なら言葉で人を殺せる」くらいの破壊力が、その声に込められているそうだ。
「本日の格闘訓練はこれで終了とする。午後は救命訓練だ、解ってるとは思うが1秒でも遅れたら分隊全員に迷惑がかかるのを忘れるな?以上、解散っ」
「敬礼!」
雫の合図に全員が敬礼。駆け足で宿舎に戻ろう―――とした時、氷室があの4人の名を呼ぶ。
「貴様らは午後の訓練後、別途講習を受けてもらう。夕食は早めに済ませておけ」
「質問であります、教官」
手を上げ、意思表示をする雫に、答えるよう促す氷室。
「なんの講習なのか、教えていただきたいのですが。この4人では、筆記試験でも実習でも特に問題は起こしてないと記憶してます」
「だからだ」
「だか………ら?」
「貴様らには指揮官としての講習を受けてもらう。これは大場基地司令の命令なので、撤回は無いと考えろ」
氷室の言葉に雫だけでなく残りの3人も困惑の表情を隠さない。
そして同時に、雫はこの訓練校に対して疑問を抱き始める。
(基地司令が口を出す訓練校なんて聞いたこと無い…それにこの前の妙なサバイバル演習…不気味なくらいに厚遇されている環境…誰かに”選ばれた”人だらけの訓練兵達………
ここはやっぱり、ただの訓練校じゃない。何かの目的のために1から集められた特殊な集団を作る場所………でなければ、こんなことは有り得ない)
思考の深みに入っていく雫を見ていて、氷室も気付く。少しずつ、この訓練校の意味を理解している、そんな顔をしているのが手に取るように解った。
ふと、無造作に悪戯心がくすぐられる。
キーワードの一つを教えたら、どこまで踏み込めるのか…どこまで真相に辿り着けるのか…どこまで広い視野を持っているのか…どこまで―――
そこまで考えて、短く溜息を吐く。軍の規律を教える立場である者がその規律を破るような真似をしてどうするのか。しかも興味本位で………まったく、どうかしてる。
「他に質問はないな?忘れるなよ」
「はい!」
解散していく背中を見送ると、入れ替わるように梶原と富樫が集まってくる。
「森上の奴…ここを雑技団か大道芸大会と勘違いしとりませんかねぇ?あんな動作じゃすぐに使い物にならなくなりますぞ」
開口一番、梶原は恒例のA分隊批判が始まる。それを苦笑しながら聞き流す氷室と富樫。
「思ったより使えるようですね、彼は」
「あぁ、アレを見た後だと余計に…な」
「アレ…と申されますと?」
梶原の問いに、富樫は笑顔で答える。
「では、また映像鑑賞と洒落込みましょう。別の発見があるやもしれませんし」
「映像…?」
「なに、見れば解る。度肝を抜かれるぞ?」
いつものポーカーフェイスのまま、氷室は梶原の肩を叩きその場を後にした。
その内心で、色々な期待が渦巻いている感触を楽しんでいるのを、必死に隠しながら。
最終更新:2009年04月26日 20:28