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2日目・前編

 日が昇り始めたところで、休息に入っていた全員が起きる。習慣付けられた起床ラッパの時間に眼を覚ます体は、もはやいくら文句つけようと治ることは無さそうだ。
 久我でさえ、自然と起きる時点でそれは確定的と云えよう。
「おはよう」
 昨晩遅くに完成した即席燻製機の前に陣取っていた悠希が、極自然に声をかける。
 その周りには細かい木片が散乱し、同様に使途不明な物体が転がっている。そして未だ、燻製機からは煙がもくもくと溢れていた。
「おはようございます………って、もしかしてずっと起きて…ま、し…た?」
 今日の相方、綾華が朝の挨拶を交わすと同時に、彼の行動、地面に転がる怪しげな物体と木片に、半ば確信を持ちながらそう問う。
 そんな問いに、悠希の代わりに見張りをやっていた都と勝名が呆れ顔で頷いた。
「むしろ夜中に動き回ってましたね…」
「気付けば兎捌いてたな…」
「私が見た時はずっと燻製作業をやってたのに…」
 アレコレ云われながらも、悠希は黙々と作業を続けている。
 燃え出さないよう、じっとチロチロとゆっくり燃える木片を見ながら。
「それより綾華、顔洗って来いよ。動くまで時間はあるんだし」
「………そうですね」
 何か云う気にもなれない。普段の寡黙とした態度よりも今の姿の、というよりその背中がいかにもこの現状を楽しんでると自己主張してるようにしか見えなかったから。
 それは都と勝名も同じで、以下同情………というか気持ちを共有し合った。これ以上ないほど、しっかりと。
「”あぁ、水はそこにあるから好きに使えよ。ろ過ストローを通して持ってきたから飲用にも使える”………だそうです」
 都がそう云って指差すところにはトラップの一部を解体して作ったバケツもどきが。その中には確かに水が張ってあった。ふと気になって自分の水筒を持つと、作業中結局補給できなかった水がしっかり詰まっていた。
(………至れり尽くせり、ですね)
 ありがたいのだが、知らぬ間に成されているこの手際の良さ。なんとも微妙な顔にならざる得ない。それを察してくれた都と勝名が「うんうん」と頷いてくれる。
「しかし、未だ1日目だというのにここまでトラップというトラップを破壊してるとなると、別の意味で落とされそうですね…」
 トラップと言えどタダではない。
 装置自体もさることながら、それの設置するための人件費もかかっている。
 この島のありとあらゆるトラップを破壊するとなれば、使いまわすことも視野にいれると結構な被害額になるハズ。
 それに総合戦技演習であることを加味すると、下手すればトラップの全破壊だけで不合格を突きつけられることも有り得る。
 かも知れない。多分。曖昧。
「おはよ~みんな、目は覚めてる?」
 顔を洗ってきたのか、前髪を少し濡らした雫が木々の間から現れた。挨拶を返し、皆が起きてるのを確認する。
「水も滴るいい女、清らかな水滴を纏わせた雫分隊長も絵になって良いですなぁ」
 朝からよく口が回るなと、全員が内心ツッコミを入れる。しかし悠希はそれを無視して黙々と作業。
 その後姿は、どうみても職人かその道の人間が見せる渋い空間でしかなった。
 もっとも、雫はそんなことは気にせず話を次に進める。
「久我ぁ、今日は楽しい楽しいお喋りが待ってるから、楽しみにしててね」
 極めて良い笑顔でそう語りかける雫に、無駄にテンションを上げる久我 応馬
 その笑顔の裏にある物がなんであるか、何も考えずに。
「さてみんな、腹ごしらえが済んだら早速行動開始よ」
 手を叩き、みんなの意識を集めながら雫はそう仕切った―――



 ―――食料隊、悠希・綾華ペア。
 A分隊の前衛長と称される悠希に、雫の補佐に甘んじてるものの、それでも他の分隊であれば分隊長になれる才を持つ綾華。
 この二人が組むという事は、実質雫と組むのと同じということであり、綾華の指示を全て万事こなす悠希という、実にそつないチームとなっていた。
 先の夜に単独行動をしてたのもあるのだろう。既にある程度の地形が頭の中にあるのか、サクサク先に進んでいく。

 ―――木々を伝って。

 大抵のトラップは、というより普通は、地面を歩く存在に対して設置しているものだ。
 そのため、木々を伝ってを動く存在に対しては警戒の範囲外にならざる得ない。というか、常識的に考えて、木々を伝って行動するなんてやるはずが無い。
 猿とも忍者ともあるいはそれ以外の形容しがたい何かとも云える独特な動きで木々の幹やら枝やらを伝って先に進み、トラップを確認して解除しては綾華を呼ぶ。
 もののついでに木々の上に隠れてる鳥の巣を見つけると、そこから卵を拝借。その卵を守ろうとする親鳥を事前に作ってた奇妙な形に削った木片で叩き落し、そのまま食料その1にしてしまう。もっとも雌鳥の場合は手放し、雄鳥なら首を狩る―――という形だが。
 手渡される首の無い元鳥を軽く引きながら受け取る綾華は、実質先に進む悠希の背を見守ることしかできなかった。
 トラップを発見しようと思っても、自前の視力で先に見つける悠希にはやはり叶わない。食料調達も、悠希の方が早い。野草だけで云っても、ある程度判別できるとはいえ、そこは経験がモノを云う。その下地が出来上がってる相手と、つい最近やるようになった者と比べたら、差が出てしまうのは当然である。
 綾香ができることと云えば、精々悠希の手だけでは足りない物があった場合にのみ、呼ばれたり荷物を持ったりしてる。その程度。
 楽と云えば楽なのだが…これではむしろ、自分が足かせになってるのではないのかと思わずにはいられない。良くも悪くも、悠希は自由に動く…
 そも………既に夜中から単独行動をしてるような者に、随伴は必要なのだろうか?
 云ってしまえば、今の私は荷物持ち以外何者でもない。それが悪いとは云わないが、体のいい鞄としてあてがわれたような、そんな屈辱感。侮辱感。女としての自尊心。
 取るに足らないプライドではあるが、やはりそんなものでも傷つくものは傷つく。それに私は兵士である前に女なのだ。都合の良い女を演じるつもりは…今のところ、ない。
 だが今はそういった感情は抑えねばならない。生き残るために。試験を乗り越えるために…
 と、不意に悠希が綾華に振り返る。そして手信号でこっちに来るよう指示していた。
「何かあったんですか?」
「これ、なんだか解るか?」
 乗っていた木から枝を小器用に伝って飛び降りた悠希が、その足元を指差す。
「サバイバルに長けた悠希さんに解らないのを、私がわかる筈が」
 ちょっと皮肉っぽいなと思いつつも、しかし口はそれを喋るよう滑らせる。
 一瞬怪訝そうな顔を見せたが、再度「ちゃんと見てくれ」と促す。流石に子供過ぎたと内心で反省し、悠希の指示通り”そこ”を見た。
 一見すると、ちょっと窪んでるだけの場所。特におかしいとも思えない。
 周囲を見ると、枝がいくつか折れて久しいものと、新たに折れたのがチラホラ。
 そして、再度同じ場所を見るが、ちょっと平らになってる位だ。それが均等な幅でへこんでるのが付け加えられるか。

(………ん?たい、ら?)

 自然界で平ら?それは、少し不自然だ。
 どんな動物でも、岩石でも、均等な平らになることは、まず在り得ない。
 岩石ならあるにはあるが、特殊な状況下でなければまず存在し得ない。しかも生物に至っては、そんなことが起こりようがあるはずがない。
「人、工物…?私達以外に、誰か来ている?または移動式トラップ?」
「もしくは試験のためにトラップを仕掛けに来た連中が残したものか」
「でも、このサイズは少なくとも私達の数倍はありますよ?試験で物資を搬入するとしても、ここまで入らないでしょうし。それにこの枝、つい最近折れた物じゃありません」
「となれば、歩兵装甲クラス…か?重機じゃ逆にこんな跡は残らないしな」
「山にトラップを仕掛けるために、わざわざ?」
「トラップだって紙みたいに軽いわけじゃないさ。重い物を1度に持ち運ぶことを考えたら、むしろ妥当の選択だろ?
 ただ問題なのは、この折れた枝がつい最近だってことだな」
「となると、やはり何かある………ということですね?」
 同じ考えに至ってたのか、二人は導き出された答えに小さく頷く。
 良く見れば、その折れた枝や凹んだ地面は山の奥へと続いている。それを二人はそれぞれ思いを違いながらも睨む。
 少なくとも、この島には自分達以外にも何かが存在する。それも、自分達よりも強力な武装を持った。
 これは、なんの手がかりもない状況に対して、良くも悪くも貴重な情報になるハズ。
 二人はそう思い至ると、互いに顔を向け、頷き合う。
「これは分隊長に報告だな。じゃ、散策に戻るか」
「はい。目的を忘れ、藪をつついて蛇が出てこられても困りますから」
「蛇ならカレー粉つけて食いたいけどなぁ」
「いえ…この場合、意味が…」
 解ってるよと、笑いながら流す悠希。その笑みに、ちょっとだけドキリと胸が高鳴った…が、「気の迷いだ勘違いだ」「状況がそうさせた」「そもそも趣味じゃない」と超速演算処理装置並の速度で強く念じ、高鳴りを押し潰した。握りつぶした。黙殺した。
「さて、そろそろ昨日設置した罠を回収してくるか」
「その罠の場所は解らないので道案内よろしく願いしますね?」
「了解」
 軽く敬礼し、二人は移動を開始した。
 また木に登ろうとする悠希を捕まえ、水先案内人であること軽く説教してから、ではあるが。

 ―――探索隊Bチーム、澄子・都ペア。
 元々この二人は仲が良かった。
 男勝りで人を引っ張りまわす力を持っていた勝名 澄子に、人に追従することに慣れていた朝倉 都という解りやすい構図があるのも一つの理由ではある。
 都の小動物的な存在感に、姉御肌な勝名が守るような形で魅かれたのもあるだろう。
 とにかく、澄子にとって都は嫌う必要の無い存在であった。
 そしてそれは都にとっても同じ事だった。だが同時に、一抹の不安を抱えてもいた。

 それは………”ちから”のこと―――

 今はまだ隠し通せている…が、そもそも隠さねばならない事に対して、都は少なからず心を痛めていた。
 せっかく親しくなったのに、それでも隠さねばならないこと。
 発覚した時、どんな眼で見られるのか、不安な事。それが怖くてたまらない。
 少しでもそれを意識すると、虐待された記憶が蘇ってしまいそう。無償の愛を捧げてくれるはずの人から受けた、負の体験が………
 そのあまり、未だ誰にも伝えられていない。
 伝えるのが遅くなれば遅くなるほど、その痛みが大きくなる。そうだと思っていても、言い出すキッカケは未だ見つからない。
 今振舞っている笑みが偽物だとは思っていない。が、心の底からの笑みではない以上、どうしても自分には”嘘”というレッテルが纏わりつくような感覚がする。
 それが酷く重くそして今も身体に絡みつき、纏わりつき、縛り付ける。
 このまま一生隠し通さねばならない重みは、今もじわじわと彼女を苦しめ続けていた。
 割り切れば良いのだろうが…生憎と朝倉 都の心は、そこまで強くなかった。
「都、どうしたよ?」
「ふぇ!?」
 急に話しかけられ、心底驚く。
「おいおい、今は試験中なんだぜ?ぼーっとしてるのが見られて減点されちゃ、眼も当たられねぇよ」
「ご、ごめんなさい…」
「何ショボくれてんだ!今からシャキっとしてりゃ良いんだよ!ほら、しっかり周り見ろよ!」
「は、はい!」
「よしよし、都は基本出来る子なんだから、しっかりしろよ!」
 口が悪いだけで、嫌味を言ってるわけではない。
 悪意すら、この人には込めてる意識すら無いだろう。
 単に言葉を選ばない、自分に嘘をつかない人。
 それが解るから、都も反発せず、しっかりと返事する。
「しっかし、よくもまぁここまでトラップだらけにできるもんだぜ」
「確かに、ちょっと多いですよね。前に訓練であったトラップ群ほどでは無いですけど」
 定石の数に比べて若干多い、かと云ってトラップの山かと言われると、そうでもない。
 かと思えば、極原始的で単純な物から光学センサーを使った高度な物までその種類は豊富だ。
 これは、個々のトラップによる”嫌がらせ”ではなく、その存在自体が”イヤガラセ”という、ある意味一番嫌な代物と云えた。
「これは設置者の悪意そのものですよね…」
「でもよ、逆に考えるとここに”目印”があるんじゃねーか?」
「?」
「ここまで設置するって事はよ、そこまでしてでも隠したいものがある…そう考えられねーか!?」
「あぁ~、なるほどですね」
 胸の前で手を叩き、勝名の云ってる意味を把握する。
 厳重とは云えないまでも、ここまでトラップの博覧会並に設置されてるのを見ると、そう考えられても不思議ではない。
 しかもよく見れば、各々のトラップはある一方の浸入に対し働くよう設置されている。

 ―――これはもしかすると、当たりかも知れない。

 少なくとも手応えらしきものが、その小さな胸に芽生えるには十分な要素だった。
「へっ!こんな試験、余裕過ぎたな!どうせなら悠希とどっちが先に見つけるか勝負しとくんだったな!」
「凄い強気ですね…」
 まだ見つけてもいないのにこの云い様。ある意味見つかっている状態ではあるのだが、先に見つけておいてこの言い草はどうなのだろうとツッコまざる得ない。
 が、とはいえそのテンションの上がりぶりは仕方ないともいえる。目の前に、それと思しき物があるのだから。
「よし都!そうと決まればこんなトラップ、さっさと片付けようぜ!」
「了解ですっ!」
 直後、音声反応式のトラップが作動した。が、元々気付いていたのでさっさと死角入り機能を無効化する。
「あぶねーあぶねー…ちょっと声下げような、都」
「それは勝名さんのことですよね…?」
 あわや痛い目に遭いかけた都は、抗議の眼を勝名に向ける。
「ま、まぁあれだよ。当たらなきゃどうってことないんだって。赤い人も云ってただろ?」
「え………と、近衛の方ですか?」
「まぁそんなところだな。さ、早く片付けてお宝に有りつこうぜ!」
「はぅぅ…っ!こえ、声大きいですっ…!」
 慌てて勝名の口を抑え、さきほど作動した物以外にも動くものがないか、神経を尖らせ探る。
 なにも変化が無い………そう判断したところで、二人とも大きく溜息を吐いた。
「と、とにかく慌てず急がず、でも素早く動こうな。それが一番良いに決まってんだ」
「はいっ、頑張りますっ」
 自分を鼓舞するように、都は大げさに頑張る素振りを見せる。
 それを見た勝名は笑顔を向け、「おうおう、気合入ってんな!」と都の頭をクシャクシャと撫でた。
 本人はそう思ってなくとも、かなり力が入ってたのか頭ごと揺さぶられる結果となり、軽く眼を回す羽目に。
「ほら、遊んでないでサクサク行くぞ!」
「は、はいぃっ」
 理不尽にして強引。
 それでも都は、そんな勝名が好きだった。


 ―――探索隊Aチーム、雫・応馬ペア。
「―――だからね、襲うにしても時と場合、相手の機微を読みなさいって云ってるの。
 早く肌を合わせたいって思っても、それを先行し過ぎて肝心な過程をすっ飛ばしてちゃ、女の子も許す気にはならないわよ?」
 久我を先行させ、その後ろから辺りを見渡しつつ、雫の口は共に行動を始めてからずっとこの調子で動いていた。
 久我のトラップ対処能力は特出するほど高いわけでも、低いと言うわけでもない。それでもあえて先行させ、仕事を与える。そうすれば、この男も悪さはできない、したくてもできない。そんな状況を作り出すことが出来る。とりあえずは。
 トラップの解除能力については問題にしていない。遅かろうが早かろうが、解除できれば良いのだ。その結果、探索範囲が狭くなっても問題ない。
 久我 応馬と組んだ理由は、探索範囲の拡大よりも、説教が主なのだから。
 このチームでの雫の役割は、主にトラップの発見及び周囲の警戒。応馬の役割は、先も説明した通りトラップの解除オンリー。
 探索隊とは名ばかりで、後日ゆっくり探索するための下地作りが、雫が内心で定めた今日のノルマだ。
 そんな状況がかれこれ2時間。水分を適度に補給しつつ、説教というか説法というか、「かくあるべき」を延々としゃべり続けている。
 それもそろそろ一区切り付けて良い頃合いだと思い、まとめに入る。
「女の子はね、気持ちが欲しいの。体なんかよりね。
 気持ちがないのに体を重ねたって嬉しいわけがないでしょ」
 ある人は「体の相性もある」と云った。が、生憎”そういう経験”がない雫には、その意味は解らない。
 それでも、気持ちの問題は間違いなくある………そう思う。
「そういう雫ちゃんは、経験あるのかい?」
 不意に真顔で振り返り、顔を近づける。が、近づけた顔から露出した喉元に手刀を突き立てられ、思いっきり咽る。
「あろうがなかろうが、同い年は大方そういう幻想抱いてるものなの」
「ぐえぇ…しゅ、手刀はきついっす…」
 喉を抑えうんうん唸るものの、片手はトラップの解除に余念がない。器用なことをするものだと、逆に感心してしまう。
「大体ねぇ、女の子に向かって経験あるのかって面と向かって聞く人がありますかっ。
 あってもなくても黙ってるのが紳士の嗜みでしょう?」
「くっ…!紳士を語られると何も云えなくなるぜ…!」
 わざとらしい大げさなリアクションをとるものの、「はいはい仕事しなさい」と背を叩き仕事に戻らせる。
「久我の紳士って、どうにも演技かかってて胡散臭いのよね。
 変に誇張してるっていうか、大仰というか…
 そこを抑えて、さり気なさを演出できるようになればねぇ。
 顔は良いんだから、そこでマイナスになってるのが勿体無いわ」
「えぇ~と…それは森りんみたいになれば良いってことですかぃ、分隊長?」
「ゆ、悠希は関係ないでしょ!なんで悠希が出てくるの!?」
(おや…?この反応は…)
 妙に露骨にうろたえる雫の反応に、目敏くチェックを入れる。
「そっかそっか~、雫ちゃんは森りんのことが好きなのかぁ。
 まぁ、幼馴染だし当然っちゃ当然ですよね~。
 お互いの機微を分かり合ってるんだから、むしろこれでくっつくかないのがおかしいですよねぇ~」
「幼馴染だからって、付き合うなんて無いでしょ!ていうか久我っ、何勝手に話を進めてるの!?」
「えぇ~?今時幼馴染と付き合うなんて珍しいことでもないしょ~。
 むしろ付き合ってもらいたいですよ俺的に~。でないと面白くないじゃないっすか~」
「私と悠希が付き合うことに、なんで久我が関係してるのよ!?」
 その問いに獰猛な肉食獣を思わせる目で、顔で、演技で身振り手振り大仰に答える。
「そりゃ勿のロンですぁ!
 良いですかぃ雫分隊長殿?
 肉体関係で一番燃えるのは、愛しい人とのアマアマでトロットロな情熱なんかじゃありません。
 一番燃えるのは!そう!
 愛しい人がいるのに他の男に抱かれる事で生まれる罪悪感と背徳感を感じ、それで自分を責めながら快楽に溺れる不倫・浮気こそが一番―――」
 そこまで言いかけて、美しい円を描く踵が久我 応馬の首を思いっきり叩いた。呼吸と頭に回っていた血が一寸止まり、危うく失神しかける。
「何かと思えば浮気の勧めだったって訳ね…ちょっとでもまともな話かと思った自分が愚かだったわ…」
「いや…今のは割と危険ですって雫さん…」
 グラグラ揺らぐ視界を止めるように頭を抑えながら立つ。が、安定せずそのまま地面に尻餅をつく。
「そう、じゃぁここで休憩しますか。そこで休んでなさい。見回りは私がするから」
「ぁ~い…」
 適当な樹木にまで這いより、それを背もたれ代わりにして一息吐く。水筒を取り出して先に頭にかけ、次に口に含む。若干ぬるいが、逆にこれくらいが喉に優しい。
 揺れる視界が落ち着くまでの間、久我を中心に周囲を見渡しつつ、見回る雫のお尻を眺める。不規則に揺れる視界と静かに動くお尻のせいで、イマイチピントが合わないが、BDU越しからでも解る(つもりでいる)その美しいラインに、愚息が沸き立つ。
「しっかし、美人ですよね~、分隊長は」
「私を煽てたって試験後の扱いは変わらないわよ?」
「やだなぁ、本当のことを云ってるだけじゃないっすか」
 これだけは本当に本当だ。どれだけ本当かは、愚息若干かぶってる皮を賭けても良い。嘘だったら麻酔無しで切除しても良い所存です。
 そいえば森りんはムけてたっけ。中岡と無言で”男”を競っていたどうでもいい事を思い出す。
「そーいや分隊長って、森りんとはどうやって知り合ったの?」
「えぇ?悠希に興味に持つなんて珍しいわね」
「話題ですよ話題っ。折角分隊長と二人っきりになれたんですから、普段聞けないこととか聞いときたいなぁって」
「それで悠希の話って…ねぇ?男には一切興味を見せなかった人が…」
「いえまぁ、意外とそこに分隊長を攻略する鍵があるんじゃないかってのが目的ですよ?」
「………久我って、たまに黙ってた方が自分に有利な事も喋る時があるわよね」
「え?………あぁぁあぁぁ!?本当だ!何してんだ俺~!」
 どうやら頭の中も耄碌してたらしい。悔しさのあまり背もたれ代わりに使っていた樹木に額を叩きつける。
「それはそれとして、まぁ…別に隠すほどでもない…というか、そんなに難しい話じゃないわよ?」
「源って事は源平合戦。源平合戦といえば源の九郎。九郎と言えば剣士衆!ですよね?」
「………どうして久我が剣士衆の事知ってるのか、私はそっちの方が知りたいわ」
 思わぬ場所から思わぬ単語が出てきて、珍しく顔が崩れる。
 今のところ、少なくとも悠希が剣士衆だと名乗ったことは無い。そういうことを口にするのは、極力避けてきたから。
 また、学校で習う歴史ではほとんど、というよりまず確実に出てこない単語でもある。
 となれば、この男の独学によるもののはず。
 だが、この男の場合そんな教養があるハズが………
「え?まぁ、源氏物語読んでて、その続きと勘違いして平家物語に手を出した時に…ですね~」
 酷い肩透かしである。思わず膝から力が抜ける。
 すぐさま立ち直り、頭を軽く抑え呆れた口調で、
「どういう流れでそうなるのか、私にはまったく解らないわ…
 まぁ、良いけど。筆記試験の成績は伊達じゃないってことが解っただけでも良しとしましょう」
「それでそれでっ?雫ちゃんと森りんとの馴れ初めってどんな感じ!?」
「別に…家が近所で同い年だし、そもそも家同士交流があったからね。
 気付けば一緒に遊んでたわ。その頃は悠希も今みたいに口数が少ないわけじゃなかったんだけど」
「何かあったんで?」
「まぁね。剣士衆を知ってるなら解ると思うけど…」
「あぁ~、その前に剣士衆について教えてもらえません?」
「………は、い?」
「知的好奇心って奴ですよ。物のを読んでも『どんな集団だったか』なんて書いてませんでしたからねぇ。
 女体の神秘を解き明かしたいのと同じ理由ですよ!」
「その例えはやめなさいっ。
 はぁ、まぁいいわ………剣士衆って言うのはね」
 剣士衆とは、源の九郎が率いた強い心の結束を持った集団の事である。
 当時の武士は、その多くは君主から謝礼を受け取ることで、一定の忠義を確立していた。今で言う雇用関係である。
 金の切れ目が縁の切れ目。源平合戦では血の繋がりでこそ纏まって戦っていたが、基本的な部分は何も変わってなかったと云われている。
 それに対し、九郎と剣士衆との間には、そういった金銭のやり取りは基本的に存在していなかった。報酬が目当てでなく、その集団全てが九郎という存在、君主を慕い敬う。その関係から、当時は特異な存在として知られていた。
 また、広く知られている平家物語を始めとする源平合戦にまつわる書物には、四天王と呼ばれている者達が居る。彼らもまた、その剣士衆に組み込まれていた。
 一般的には、活躍したのがその4人であることから彼らに敬意を評して四天王と呼ばれ、書物関連でそれを大きく取り扱っていた。
 そのため、その4人を含む集団…剣士衆の事は影を潜め、次第に多くの写本から「剣士衆」という単語が消え、歴史の中からその姿を消していった。
 彼らの存在目的は一つ。「九郎の手となり足となり、眼となり耳となり仕え護ること」。
 九郎が起こした奇跡や軍略の多くは、彼らによる地道な情報収集が下地にある。必要であれば平家側に組し、内側から混乱させしめた事もあったという。
 そんな彼らでも、源平合戦後期に入ってから、本来いた人数も半数以下にまで減った。合戦後、時の朝廷と鎌倉との間で翻弄された時期には、500は居たとされる数も100以下にまで失われていた。
 そして九郎とその愛妾が身重になったため、足手まといにならぬため歴史上永遠の別れを告げる時、その数も半数に割けられ半数はそのまま九郎に。しかし愛妾を守るために裂かれた半数は、護衛中に全滅。愛妾は鎌倉に囚われる事となる。
 それを知った九郎は、自らを守護する半数をさらに半分に分け、愛妾を救出する決死隊となり数をより削ることになる。
 最終的に、九郎について行った者はその主共々全滅、愛妾を救うために割かれた側は、2桁に届かぬ数が生き残り、辛うじて救った赤子と愛妾と共に奥州に下った………
 その生き残りの内の一人が森上家、その時期当主、悠希の先祖なのである。
「そんな関係で、急に口数が減った時期があったから、多分その時に親に言われたのだとは思うの。
『源を護れ』とか、そういうニュアンスの言葉を」
「ふむふむ。森りんの家も大変だけど、雫ちゃんも大変なんだねぇ」
「まぁ、源云々は今更事実が違うと叫ぶ事でもないから、信じてもらわなくて良いわよ」
 そも、庶民が苗字を名乗れるようになった時期から「我こそは○○の子孫」と名乗るが増えたと聞く。自分の家もその多分に漏れない嘘の家系であるとも、言い切れないわけではないのだ。
 そんな中で「自分こそが正しい」と云えるわけがない。典型的な腰の低い日本人なら、尚のこと。
「いやいやいやっ!中々に面白い話でしたよ!
 なるほどなるほど、物の本じゃ必ず殺されてた赤子が、実は生きてました…かぁ。
 歴史なんてのは勝者の都合で書き換えれますからね。生きてちゃ困る人が、公的には死んだって事にしたかったのかな?」
「遥か昔の話だから、今考えたって仕様が無いわよ…」
「あれ?でもそうなると、雫ちゃんと森りんって禁じられた愛ってことに?」
「―――な、んですってっ!?」
「あれ、本人気付いてなかった?」
 たまにこうやって鋭い事を言う。この男は、ほとほと使いにくい…
 そう思わざる得ない。
 だがその言葉は、その意味は、雫の心を激しく揺さぶる。
 考えなかったわけではない。考えないようにしていたのだ。
 都合の悪い話だから。聞きたくない事だから。意識の外へ追い出していた。
 森上家は代々、徹底した守護の一族として源を護っていた。次々に「先祖までの話だから」とその任をやめていく中で、1000年の時を護り抜いてきた。
 その一族の長となる悠希と、護られるべき一族の雫では結ばれてはいけない。
 家を護るということは、その血筋を護るということ。そこに守護の一族の血を混ぜるのは、許されない。
 少なくとも、そうでなければならない。1000年の守護を司った一族なら。
”それも”護らないといけないことの一つなはずなのだから。 
「だって、あれっしょ?
 森りんは立場上、雫ちゃんを護らないといけない。で、雫ちゃんは護られる立場にいないといけない。
 てことはぁ…俺にもチャンスはあるって事ですよね!」
「いえ、ないから」
「でもさっき驚いたよね?
 あれってつまり、雫ちゃんってやっぱり森りんのこと―――「それ以上喋ったら顎外すわよ?」ごめんなさいでしたー!」
 即座に地面を割る勢いで土下座。が、顔半分だけ向け、
「ところで今誰が好きかって云ってる自覚あります?」
「ぐ…くっ…っ!」
 ―――ハメられた!
 これ以上ないくらい、しっかりと。
 相手を騙すためなら自分を犠牲にしてでもやる………そんな気持ちがあるかは解らないが、雫はガッチリとその策に嵌められた。
 悔しい…!久我にハメられたのが悔しいのではない。簡単にハマる低脳な自分が悔しい!
 沸き立つ怒りを腹の奥底押し込むが、自分でも解るほど顔の筋肉が引きつっている。
「まぁまぁ、騙したお詫びに森りんと仲良くなる必勝法お教えしますから~」
 低姿勢でにじり寄り、ごまを擂り、愛想笑みになってない愛想笑みを浮かべる。
「何故そうなるの!?ていうか近いわよ!?」
「禁断の愛…燃えますよねぇ。誰にも許されないからこそ、それ故に愛の炎に身を焦したい…ボクも憧れます。むしろ灰になるくらい禁断の愛に燃やされたい…」
「人の話を聞きなさい!」
「常々思うんですけど、雫ちゃんって身構えてる部分あるじゃない?何をするにしてもさ。
 都ちゃんもちょっと他人行儀なトコロもあるけど、あれは人見知りの分類だと思うわけっすよ。
 でも雫ちゃんの場合、明確な目的がある分、逆にそれを周りに押し付けてる節があるのよ。それが訓練部隊全体を引き締めてるのは解りますよ?
 でも問題なのは、それを維持するために余計身構えて、壁を作ってるんじゃないかなと、ボカァ思いますね」
「久我………?」
「セルフフィールドって言うんですかね?心の壁というか、そういうのが雫ちゃんには見受けられます。
 勿論、これは他のみんなにもありますよ?問題なのは、その壁が色々装飾された上に分厚く塗り固められてるってことで。
 それが悪いとは云いませんがね、やっぱ隊員の気持ちを汲み取りたいならもうちょっと薄くても良いんじゃないかなぁと」
「………それと悠希と仲良くなるための必勝法とか云うのと、どう関係あるのよ…?」
「要するに、”素直になれ”ってことです」
 核心めいたように、真顔でポーズを決めながら言い放つ。妙に様になってるがなんとなく腹が立つ。
 しかし雫には、それを意識する余裕は、なかった。
 そのまま雰囲気に飲まれそうになるのを必死に耐え、
「あのねぇ…剣士衆の話を理解してるならそんなことできるわけ…」
「いえいえ、完全に綺麗スッパリ素直になれって言ってるんじゃないです。
 もうちょっと、今より少しだけ、森りんに歩み寄ろうと思えば良いんですよ。
 ほら、森りんって結構ストイックっていうか、ある意味雫ちゃんより強烈なセルフフィールド展開してるからさぁ。
 そうすれば、きっと森りんも心を開いてくれる!きっとそうっす!」
「何をどういう根拠でそんなことを言い出してるのかしら、この子は………」
「まぁまぁ、騙されたと思って一度やってみてくださいよぉ。
 駄目だった時は、その時考えればいいんですからぁ」
「作戦を立案するなら、一本道に絞るんじゃなくてもうちょっと幅を広げなさい。
 それじゃ詰まった時どうしようもないでしょう?」
「と、云うと?」
「………………ほ…他には?他になにか…な、ないの?」
 普段の背筋が伸びるような態度ではない。歳相応の恋に恋する乙女の姿がそこにあった。そんな姿の雫がそこには存在した。
 その恥じりながらも健気にも聞いてくる姿に、久我のテンションは無駄に余計に留まることなく跳ね上がる。
「YES BOSS!自分が持つあらゆる手段をお教えいたしますよぉぉぉぉぉ!」
 説教タイムのはずが、気付けば助言タイムに切り替わっていた。
 何をどう間違えたのか………久我の押しが存外強かったのか、それとも雫の調子が悪かったのか。
 しかしその事に雫は気付いていなかった。
 否、気付けるはずもなかった………

 色恋に弱い年頃に、色恋を意識するなと言う方が難しい事なのだから。
最終更新:2010年03月13日 03:55
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