第10話

 国連極東方面軍百里基地―――その基地司令の個室。そこで大場基地司令は諸々の書類に目を通していた。
 帝国陸軍としての基地、国連極東方面軍としての基地。この二つの意味合いを持つ基地の管理・運営には通常の基地とは比べ物にならないほどの面倒事を抱えている。物資の発注から部隊管理、細かい所は隊員間のいざこざ…
 それらの処理を将校等に任せるものありだが、大場はそれを嫌う。部下に模範を示すためには、やはり自分からやらねばならないと考えているからだ。故に、大場の執務室は多くの書類が積まれている。とは云っても、忙殺されない程度に仕事を分散させているが。
 そんな多くの書類が積まれている中、手にしているのは『最重要機密』の赤い判が押された封筒。それに書かれている内容を確認している。

「―――部屋を入ってくる時はノックしないかね」

 書類に目を通しながら、しかし何者かが部屋に入る気配に即座に反応した。

「いやはや、流石は大場基地司令。二つの軍をまとめているだけのことはあります」

 ノックもせずに入ってきた気配………サマースーツをきっかり着こなしている男は、独特なテンポの喋りで大場を褒め称える。が、大場は特に気にかけた様子は無いようだ。

「私がノックして入る場所は彼のお方のみと決めておるもので」
「知っているよ。それも嘘だということをね」
「信じてもらえないというのは、かくも悲しいことですなぁ………それで、この身寄りもないこの私に頼みとは?」

 よよよ…と垂れ倒れんばかりな口調。だが、口だけで悲しみを表現し、顔は来た時となんら変わっていない。
 大場は手にした十数枚の紙面を一度揃えて、

「これに書かれている代物を確実に手に入るよう手回しをしてもらいたい」

 そう云って、大場は男に先ほどまで見ていた書類を差し出した。それを受け取り、さっと流し見。

「これはこれは…随分と欲張りなお方だ。武御雷はともかくとして、残りの二つ………”剣”に”勾玉”ですか?どちらも帝国軍が後生大事に隠してる代物ですなぁ。彼の国すら知らない、極秘中の極秘計画だと言うのに」
「その後生大事に隠してあるものを何故貴様が知っているのかを、私が知りたいくらいだがね。だが、知っているのなら話は早い。匿ってるリスク分の仕事はやってもらうぞ?」
「引き受けましょう」

 そう、素直に受け取る男に大場は顔をしかめる。おかしな言動に、ではなく、素直に受け取ったことに顔をしかめたのだ。

「おや、私の顔に何かついてますかな?それはそれとして、この”二つ”を何に使うかお聞きしてもよろしいですかな?」
「私は新しい物に目が無くてね。XM3しかり、武御雷しかり、”叢雲”しかり…」
「なるほど。長年連れ添った熟れた果実だけでなく、初々しい青い初物もお好きというわけですな?」
「私もいい歳だ。もう初物だからと云って起ちはせんよ」
「おや?てっきりあの訓練校は若いツバメを集めるためのカモフラージュだと思っていたんですが…これはとんだ失礼を」

 帽子を取り、軽く頭を下げる。特に気を害したわけでもなく、大場は軽く受け流す。
 この男の発言に一々相手する必要は無いのは、コレが来てから重々承知していた。
 男もそろそろ潮時かと判断したのか、元来たドアへ向かう。

「時に課長」
「元、ですがね」
「国を裏切ってまで、生き恥を晒してまで生き続けるのには何か理由はあるのかね?」

 大場の言葉に、数秒だけ間を置く。そして、ゆっくりと口を開き、

「娘が切り開いた未来を、私は無駄にするわけにはいかないのでね」

 先ほどまでの悠長な言葉使いとは違う、確固たる信念によって塗り固められた声が、そう云った。
 その言葉に満足したのか、大場はそれ以上何も云わず書類の整理に戻った。


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第11話に続く
最終更新:2009年03月29日 20:04
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