第12話

 営庭に響く硬質ゴム刀がぶつかり合う音。地面を踏み締め、威勢の良い声が響く。
 301訓練部隊の面々は今、近接格闘の実技訓練をしていた。
 すでに開始から1時間が経過し、強い者と弱い者が明確に分かれてきていた。
 すでに5戦5勝している森上 悠希は6戦目の相手、源 雫の相手をしていた。
 幼馴染と云っていただけに、相手の手の内は知っていると云わんばかりに互いに小手先の技を悉く捌き合う。その応酬は、今まで悠希が相手した中では一度も見せなかった動きも含まれていた。

「ちょ…っと、は加減しな…さい、悠希っ!」

 小器用に重心を崩してる状態からも放たれる斬撃を刀の鎬で流し、返す刀で反撃するも円を描くように避けられる。
 横から見たら非常にやりにくい相手に見えるが、雫はそれにちゃんと追従している。悠希と戦う前までは彼女も連戦連勝の一人だった。そんな二人がやり合うのだから、他の訓練兵に注目されないわけがない。
 その中でも特に、中岡 裕次郎は二人を熱心にそれを見ていた。相手の攻撃を捌きながら。中岡もまた、連勝組の一人だった。
 殆ど息つく間もなく繰り返される攻防。それは氷室から見ても十分合格点に値する実力だった。が、一つだけ、悠希の動きに気になる点を見つけた。

「そこまで!」

 氷室は二人を止める。突然止められ、「何かしたか」と顔を見合わせる悠希と雫。
 そんな悠希を自分の所にくるよう手招きし、呼ばれた悠希は教官の下へ小走りで駆け寄る。

「なんですか?」
「貴様、刀を振っている最中にたまに空いている手か足に無駄な動きがあるな。
 タイミングからみるに、殴るか蹴るかしたいのか?」
「あ~………まぁ、癖と言いますか…そう仕込まれたもので」
「森上、これは訓練だ。相手が誰であろうと満足に殴れないようではお前はいらん。それとも貴様、女権論者(フェミニスト)か?」
「いいえ!違います!」
「では貴様のお得意な猿芸を見せてみろ」

 と、話を進めたところで中岡が手を上げ、教官を呼んだ。

「教官、お願いがあります!」
「なんだ、中岡」
「はっ!森上の相手を自分にやらせてください!」

 何を言い出すかと思えば…と、頭を軽く頭を抱える氷室。が、これはこれで面白いかもしれない―――そう思い至った。
 中岡も数少ない全勝組の一人だ。先の動きを見れば、源よりも森上の方に軍配が上がるだろう。少なくとも、氷室の眼には森上の方が優勢に見えた。
 となれば、森上の次の相手は中岡になる可能性が高い。なら、さっさと組ませて森上の実力を見てみるのも”あり”だ。
 森上という男は前々から気にはなっていた。源の顔を立てつつ、何をするにも雫の前にいる。また、実力があるにも関わらず、何かに対して熱心に取り組むわけでもない。だが、源の命令には一端の兵隊並に素直に従う。まるで犬だ。
 まるで、源の苗字と相まって歴史にあった源平合戦にいた源の九男坊に付き従う者達―――剣士衆と言ったか?―――のそれではないか。
 ………これは、もしかすると、もしかする…のか?

「あの………教官…?」

 考え込んだまま反応がなくなった氷室に、我慢できず中岡が声をかける。
 それで考え込み過ぎたのに気付いたのか、軽く頭を振って行き過ぎた思考を振り払う。

「ん………待たせたな。いいだろう…森上、源の相手はもういい。次は中岡だ」
「解りました」

 あっさり対戦相手が変わったことに若干の不満を感じつつも場に戻る。
 が、戻る途中で雫に首根っこを捕まれて引き寄せられた。

「な、何すんだ!」

 抗議するが、横を向いたすぐそこに雫の顔があった。一瞬ドキリと胸が鳴るが、雫は気にせず悠希の耳に唇を近づける。

「いい、アレには絶対勝ちなさい!良いわね!?」
「それはいいけど…何故?」
「奴は…末端とは云え武家の子よ…!つまり、私達の敵!」

 そこまで云われて、ようやく納得する。
 源家は仮にも歴史に名を残すほどの名家であった。が、兄弟間の争いでどちらもすでに没落して久しい。だが、その時の誇りまではまだ錆付いておらず、その古く凝り固まった誇りが末席とは云え武家の男に負けるわけにはいかないと訴えているのだ。
 それを悠希に押し付けているのは、森上家が彼女の家に忠誠を誓った家…配下であるのと、彼女自身の我侭だ。
「はいよ」と了承し、持ってる刀を軽く振るいながら場に戻っていく。

 場の中心で、面と向き合う悠希と中岡。
 そこで、悠希は中岡の変化に気付いた。正眼というありふれた構えではあるが、身体の芯がちゃんと通っている。ブレがないと言えばいいか。
(これはちょっと面倒そうだ)と内心ぼやき、下段に構える。
 妙な構えだと中岡は思ったが、二人が構えた時点で氷室が「始めっ!」と叫ぶ。
 弾けるように正面から突っ込む悠希。が、さり気なく直進ではなく僅かに円を描く軌道。
 間合いに入ると同時に斬り上げる。下段の時点で読めた展開に受けずに後ろに下がる中岡。と、その斬撃は振り切ることなく鼻先で止まり、手首を使って中岡の足元を薙ぎ払う。咄嗟に飛び退くが、着地する時には悠希は間合いを詰め上段から大きく振りかぶっていた。
 咄嗟に刀で受け、それでも衝撃が強く、刀を手放す前に横へ逃げる中岡。

「…あの連撃を初見から避けるなんて……」

 外野で休んでいた雫がつぶやく。あの連撃はまだここでは見せていなかった。知っているのは雫一人。その雫自身、そしてその時の周りも、初見どころかしばらくは避けきれなかった。
 それを中岡 裕次郎という男は避け切ってみせる。その点に置いては、素直に実力を認めた。

「くそっ…!次はこっちの番だ!」

 体勢を立て直し、正面から斬りかかる。それをサイドステップで避けるが、返す刃で胴を払う。が、それはしゃがみこんだ悠希には当たらない。むしろ空いた脇に飛びつくかのように肩から体当たりする。
 それをみっともなくも全力で避ける中岡。回避後の事を考えてないため、そのまま尻餅を突く。悠希もまさか避けられるとは思っておらず、勢い余って倒れた。
 すぐさま姿勢を立て直し、両者とも刀を結び合う。時々悠希から蹴りや裏拳、稀に柄で殴りかかってくるが。
 そのパターンを読み始めた中岡が隙を狙って渾身の突きを放った。眉間に迫る一撃を、大きく仰け反ることで回避する悠希。そのまま後ろに転がり距離を取ってみせる。

「雫、刀貸して」
「え………?本気?」
「結構本気。強いよ、あいつ」

 剣の腕はそれほどでもない。が、的確な状況判断でそれを補っている。実際、手を出す数で云えば悠希の方が多く、倒せるタイミングを取ってるのも悠希の方だ。だが、それらは悉く阻まれる。最小限の動きで、それらを受け流していたのだ。
 それに手数は少ないとはいえ、ほぼ間違いなく悠希よりも機会を逃がしてない。
 手数が少ないのは、単純に悠希の手が早いからだ。解りやすく表すなら、動の悠希に静の中岡と云い表せばいいか。
 向こうは手加減なんかしていない。堅実な剣術を使い、それで全力なのだ。
 無論こちらも手加減はしてないが、そんな中岡に勝つには、やはりこちらも相応の実力を見せなきゃならないだろう。
 だから、”雫の刀を借りる”悠希。

「二刀流…?手加減のつもりか!」
「いいや、本気だ…!」

 両手の刀の感触を確かめ、軽くステップ。と、また一気に間合いを詰める。
 その動きは、舞に近かった。本来刀というのは両手で使うように作られていて、実際のところ片手で扱うのには向いていない。「引いて斬る」という動作が必要な以上、片手で扱うとそんな動きは難しくなるのだ。
 それを悠希は、全身のバネと動き、そして慣性を制御して振るっている。
 一見出鱈目に振っているように見えるが、その実刀の慣性をしっかりと制御した計算された動き。
 そんな台風のような連撃を前に、完全に防御一辺倒に陥る中岡。同時に、相手はやはり相応の訓練を積んだ者であることを肌で感じていた。
 一方的で途切れることのない連撃。恐らく下手に下がればそれこそ相手の思う壺だ。前に出ても同様なら、どうする?
 何もせず、このまま受け続けるしかないのか?そんなこと―――

「………っ!」

 一瞬―――ほんの一瞬だけ、隙が見えた。その隙を逃すまいと、渾身の一突きを放つ。
 それは一直線に悠希のど元へ駆け抜け―――
 二人は止まった。

「………」「………」

「それまで!」

 悠希の喉、紙一重のところで掠めている刃。そして、中岡の肩と脇に触れる二本のゴム刀。
 その二人を見て、氷室は悠希に軍配を上げた。

「………くそ!俺が…俺が負ける…!?」
「………」

 やたらと悔しがる中岡に少し声をかけにくくなる悠希。
 確かに負けるのは悔しいが、何か異常なものが混じってる。そんな感じがした。

「なぁ、中お…」
「っ…!」

 鋭い眼で、悠希を睨む。その眼には、お前だけにはもう絶対負けない―――そんな意思が込められていた。
 随分負けず嫌いな奴だなと思い、ここではそれで流す。
 だが、本当の理由は、まだ誰も気付いていなかった。


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第13話に続く
最終更新:2009年03月29日 20:05
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