第16話 野球編その1

第16話 野球編その1



(やつらも少しずつ訓練に慣れてきたようだな。)

訓練兵たちに睨みを利かせしながら、氷室は考え込んでいた。
今は、訓練兵たちには予め組ませてあるメニューを消化させているため教官のほとんどは
訓練兵たちの元にはいない・・・
さらに、言えば訓練兵たちは近頃は脱落するものがほとんどおらず
好成績で訓練を終えているために罵声を浴びせる機会も少なくなっていた。
そして、今彼女は彼らに足りないものは何かを考えていた・・・
彼女は、‘ある事’を行おうとしていた。


「お前らには今から‘野球’をやってもらう、無論これは訓練の一環だ。」
「えっ?」
多くの訓練兵がその頭に疑問符を浮かべ、あの氷室教官がなぜこんなことを考えているのか理解できなかった。
すると、雫が氷室教官に質問をするべく列の後ろから手を上げた。

「教官、質問よろしいでしょうか?」
「よし、発言を許可する」
「ありがとうございます。」

雫は、今この場にいる者たちが疑問に思っていることを質問した。
「なぜ、訓練するにあたり野球をするのでしょうか?」

氷室は、少し口の端に笑みを浮かべたかと思うといつもの冷静な表情に戻り
「それは、お前らに考えてもらう。」

雫は多少戸惑ったが
「了解しました。ありがとうございます。」
雫はそのまま考え込んでしまった。

「よし、それでは訓練を開始するがそれにあたりチーム分けを行う。
まずは、A・B分隊がそれぞれひとつのチームになってもらう、C分隊以降も同じようにチームを組め。」

「貴様らには、20分の時間をくれてやる。解散!!」
氷室は言い終わると野球をするであろうグランドに向かった。

A・Bの合同チームが解散の合図とともにそれぞれが集まった。
「なんで、野球なんだろうな。」
森上は、チームで集まったと同時に疑問をこぼした。

すると、それに乗じ中岡も
「なんで、俺達がわざわざ野球なんて遊びをしなくちゃならないんだ?
俺らは、暇をもてあましているわけじゃないんだからな。」
中岡は、そんな事を言いながらも、皆も口に出さないながらも多かれ少なかれそう思っていた。

そんな中岡に齊藤は、
「たぶん、教官たちにも何か意図があるんだと思います。氷室教官も無意味に時間を使わせたりはしないと思います。」

そういうと、雫も同意を示しつつ自らの意見を述べ、
「確かにそうね、あの氷室教官の言う事だから、何か大きな意味・・いや私達に学んでもらいたい事があるはずよ。」

すると、それを森上の隣で腕を組みながら考え込んでいた中村が身を雫の方に向け、
「だどしてもだ、なんで‘野球’をやる必要があるんだ?野球なんかよりもっと方法はあるんじゃないのか?」

「確かにそうね・・・おそらく普段の訓練では学ぶ事の出来ない“何か”があるのよ。」

「そうですね、おそらくはその理由こそが私たちに伝えなければならない事の一つなのかも・・・」
このように、合同チームは野球を行う理由をそれぞれに思案していたが・・・

「考えていてもしょうがないので、今はやるべき事をを考えた方がいいと思います。」

中原は、そのようなことを提案しつつも本当に教官の意図を見抜けるのか疑問であった。
        • が深く考え込んでいても仕方がないと
半ば割り切り、チームにまずやるべきことを提案した。

「そうね、まずはポジションを決めましょう。でも、人数が多いわね・・・控えの選手を決めましょう。どう?」

「いいんじゃねえか」森上が雫に同意した後、それぞれが同意の意志を示した。

「じゃあ、朝倉と佐橋は一緒にこの野球の監督と代打になってもらいましょう。」

「わかりました!」「わかったわ。」
都は、大きく頷き。優奈は優しく微笑みを返した。
「あと一人なんだけど・・・渚?誰を控えの選手にするべきだと思う?」

その質問のすぐ後に多くの人が声をそろえ・・・
「久我だろ?」「久我しかいねぇだろ?」

そういわれた久我は
「なんでそこまで口をそろえて俺なんだよぉ~。」
悲しそうにいいながらも目は笑っていた。

すると、中岡が「だってお前、あんまり運動できn・・・。」
朋也が突然中岡の口を塞いだと思うと
「いや、お前は大切な戦力だ。今回は応援と言う大事なポジションに回ってくれないか?お前しかこのポジションは出来ないと思うんだがな?」

「そうですよ、久我さんは大切な仲間です。応援頑張ってくださいね!」

中岡は、塞がれた口から中村の手をどけ、
「まあ、お前にはそこがお似合いだよ。」
中岡にしては、珍しく必要以上に久我を虐げなかった。

しかし、ここ最近はそのような事も少なくなっているのだが。
そして久我は、悲しそうなフリから水を得た魚のように
「おう!!まかせとけ!!!渚ちゃん!」
この時いた人間は(扱いやすいやつだな)と思っていたと同時に
本当にこのポジションはこの部隊でも彼にしか出来ない事だろうと全員が考えていた。

皆は口には出さないが彼がこの部隊の調整役もといムードメーカーとして活躍し部隊のまとまりの一端を担っている事は誰もがわかっていた。

「じゃあ、打順と守備位置を決めましょう。渚、一緒に考えるわよ。」
「はいっ!」
「私達二人で考えとくから、みんなは準備運動でもして頂戴。」
「「「了解」」」雫がそういうと、その返事とともに皆が散っていった。

「渚、B分隊のほうの野球に役に立ちそうな情報1分で教えてくれる?」
「はいっ、簡単にまとめますと中岡さんは単純に運動能力が高いのでどこでも活躍してくれるます。

朋也くんは、同じく運動能力が高いですが、さっきお話したんですけど野球の経験はあまりないようです。

坂上さんは前のふたりより腕力に劣りますが野球の経験が多少あるようなのです。

葵ちゃんは、女の子なので力は弱いですが塁に出れば脚の速さと小柄な体格を生かして盗塁などが出来ると思います。

私は、バットに当てて走れるとは思いますがあまり期待しないでください。」

雫は、少し考え込み渚とともに軽く話し合い、結論を出した。
「打順は・・・で、守備位置は打順に対応して・・・こうかしらね。もう時間があまりないからいきましょうか。」
「そうですね。」
そう言うと二人はチームのメンバーが準備運動をしているところへ走った。

グラウンド、残り時間5分


「みんな、集まって頂戴!」
雫が今回のメンバーを呼ぶと全員が駆け足でこちらに集まった。
「じゃあ、打順を発表するわ!打順番号と守備位置をいっていくからききのがさないで頂戴

1番、松浦 レフト 2番 坂上 センター 3番 中岡 ファースト 4番 森上 サード 5番 中村 セカンド

6番 勝名 ライト 7番 源  ショート 8番 中原 キャッチャー 9番 齊藤 ピッチャー 以上よ!」

「先にみんなに言っておくは、これは遊びじゃないのいつもの訓練となんら変わらないわ、教官はおそらく
この野球を通して教えたい事があるはずだから皆なんとしてもその答えを見つけ出すのよ。
それと、これは訓練よ負けるわけにはいかないわ、やるからには全力よわかった?」
「「「了解!!」」」
「俺も、応援頑張るぜぇ~~!」
「頑張ってくれよ!」
中村が久我に手を置きながらまぶしいぐらいのわざとらしい笑顔で答えた。



時は少し遡り、現在基地のとある一室で
教官たちが集まり訓練兵たちの今後の訓練予定を決める為に会議室に集まっていた。


「氷室教官、なぜ訓練兵に野球などをやらせるのですか?訓練が遊びでないことは氷室教官ご自身が一番
わかっていることではないですか。」
氷室に質問をした教官は、年は30後半であろうその双眸は鋭さを宿し、いかにもやり手の官僚体質のエリートと言った感じの趣だが
実際は、BETAとの戦いを多く経験しており撃震一機で数十体の要撃級と立ち回ったほどの猛者である。
氷室は、その質問は尤もなことであらかじめ予想していた範疇のものだった。

「貴官の質問は尤もだな、私が訓練兵に教えたいことは簡単にまとめればこの一言に尽きるな‘一人では出来ない事も仲間とならできる’
私がこんな青臭い事を言うのは少し驚きだろ?フフッ」
氷室は少し笑みをこぼした。
あれは、私が訓練生の時だったな・・・

私が訓練生の頃は、はっきり言って今とは違い女性が訓練部隊にいるのは少なく
当然ながらその扱いは酷く訓練生は多くの教官からセクハラをも甘いような行為をされそうになる事やされる事もあった。
実際にこのような事が原因でやめてしまった者も多くいた。
そのような今でもクズとしか表現できない教官の中でも唯一と言ってもいいほどの私が尊敬していた教官がいた。
その教官はその時代には大変珍しく女性でありその顔立ちも非常に凛々しく性格も非常にさっぱりしており多くの同僚の男女問わず人気があった。

今回の訓練も彼女が考えたものを私が使っているに過ぎないが、少なくとも彼女が私達に伝えたものは
大いに今後の人生に実りをもたらしていたのは言うまでもないだろう。

彼女が野球をやり出そうとしたのは突然で私達も驚いていた。
「貴様らには今から野球をやってもらうぞ!!」
(なんで、野球なんてやらなくちゃなんないの!?訓練は遊びじゃないのよ?)
そう、この教官はたまにこのように訓練とは思えないようなことをすると言い出すのである。
氷室はそのような事を考えつつもこの場にいる人の多くは、同じことを考えているのではないかと考えていた。

「質問のあるものはいるか!!あるものは早々に挙手せよ!!」
すると、この部隊には珍しい女の訓練生が大きく手を上げた、‘神宮寺まりも’である。

「神宮寺か、質問を許可する。」
「はい!ありがとございます!」
「教官殿の事ですからお考えあっての事だと思いますが、なぜ野球をするのでしょうか?」
教官は、静かな笑みを浮かべたかと思うと、すぐにもとの表情に戻り、
「貴様の質問は尤もだが、この野球をやる意義は貴様らに考えてもらう。」
神宮寺は一瞬訳がわからないと言う表情をしたが
「了解しました!ありがとうございます!」

「他に質問がないようなら貴様らには20分間の猶予をやる各自準備を整えよ!解散!」

「なんで私達が野球をやるのかしら?神宮寺あんたわかる?」
まりもは、考え事をしていたようで
「えっ?そうね・・・まだ私にはわからないわ。」
そのような会話をしていると一人の男が隣から

「神宮寺もわからねぇんじゃ俺らにはわからねぇな!」
男はそういうと
「櫻木、あんたもそんなこと言ってないで考えなさいよ。」
氷室は櫻木に毒づきながらも本当に教官が意図していることがわからなかった。

そして、そのまま訓練は始まった。
私はピッチャーで神宮寺はキャッチャー、櫻木は4番バッターでセカンドを守っていた。
(本当にわからないわね、自分たちで考えろって言ってたけどなんなのよ)
「セカンド!そっちにいったわよ!取ってダブルプレーよ!」
ってなんで私こんなに夢中になってんだろ・・・

そして、攻守交替。このようなことを続け最終回の最後の攻撃には
「みんな!絶対勝つわよ!少しでも良いからみんなで打って出塁そこを櫻木の大きいので決めてくわよ!」
「「おう!!」」

そういうと一人の訓練兵が私の肩をたたいて来た
「どうしたの?」

誰かと、振り向くとまりもであった。
「お疲れ様、もう少しで終わりよ。でも、最初と違ってみんなずいぶんの熱の入れようね。」
「そうね、ここまで、来たんだから出来れば勝って終わりたいわね。」

氷室はそういうと自分も気付かない間に楽しんでいたことに気付き少し気恥ずかしくなったが、
この野球をやった意味もなんとなく理解できていた。
「私ね今回の教官の意図がわかったかも知れないわ、でも答えというよりは抽象的な意味みたいな感じだけど。」

神宮寺はそういうといつもより幾分か真剣な眼差しになり、

「やっぱり、神宮寺もそうなのね。私もなんとなくだけどつかめた気がするわ」
氷室はそういうと少し恥ずかしそうに照れ笑いをしながら、
「この訓練で伝えたかったものって・・・」
氷室は、この時点ではまだこの答えというものは探し出す事は出来なかったが

何かをつかめたような気がしていた。
そしてこの後彼女は答えを探し出し、彼女の人生でこの答えが何度役に立ちまた命を救ったかは想像に難くない。


このような過去話を交えた話を目の前の教官に話終え、
「そうですか・・・確かに、BETAとの戦いにはとても重要な事ですね。・・・・
では、私はこれにて。」

彼は、そういうと立ち上がり氷室に軽い敬礼の後部屋を出て行った。
(まさか、ここまで効果覿面とわね。あのお堅い男が納得したんだから後の教官は大丈夫でしょう)
氷室はそんな事を考えながら、会議室を後にした。



最終更新:2009年03月29日 20:10
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