白銀の雷光

亡霊の棲む街3

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パタン。
重い音がして、資料のファイルが閉じられる。
膨大な資料整理を初めて5日。
(やはり、これ以上は出てきそうにない…か)
大きく溜息をつくと、眼を閉じて腕を組み、しばらくの間身じろぎもしないで思案にふけっていた。
(さて、どうしたものか)
これだけの資料がありながら、役に立ちそうなものはほとんどない。
あれだけの規模がある機関となれば、何かしらで情報が漏洩するものだ。
だが、そういったものは一切ない。よほど徹底されているのか、もしくは―…
今のままではどう足掻いても、闇の部分は出てこないだろう。
それでも― 諦める事はしたくない。
自分の奥深くに在る信じられるもの…が、警笛をならす。
『アソコハ、ナニカアル』と。
このまま…うやむやになってしまえば、きっと取り返しのつかない事になる!
この手のカンは外した事がない。カイには自信があった。
それでも―依然として進まない現状にいら立ちだけが募っていく―

 ふと、視線を上げた先にある時計が眼に入った。
(もう…こんな時間か)
カイはおもむろに立ち上がると部屋を後にした。
ホールの階段を下り、正門に出る。
「カイ様、どちらへ?」
ふいに呼び止められ振り返ると、そこにはベルナルドが立っていた。
「少し出てきます。すぐ戻りますが…後はお願いします」
「かしこまりました。あまり思いつめない方がよろしいかと」
「分かっています」
「お気を付けて」
うやうやしく頭を垂れて礼をする。
「ありがとう」
ふわりと微笑んで頷くとカイは街へと歩き始めた。

 大通りを少し入った裏通り、警察機構の建物からそう遠くないところにある空間。
それはまるでそこだけゆっくりと時間が流れているように、賑やかな街並、うるさい雑踏等と無縁の存在だった。
街路樹が風に揺れ、きつくなりはじめた日射しを柔らげている。
その中をカイはゆっくりと歩いていた。
あれだけ苛立っていた自分がウソのように冷静さを取り戻す。
カイはこの場所が好きだった。
しばらく風景を楽しみながら心地よい風の中を歩く。
すっかり落ち着きを取り戻し、そろそろ戻ろうかと踵を返した時、辺りの静寂をかき消すように呼出し音が鳴った。
「おくつろぎのところ申し訳ございません」
「いえ…それより何事ですか?」
「至急お戻り下さい。詳しい事はこちらでお話いたします。」
「分かりました」
通信を切ると通りを疾走する。上から羽織ったケープが、風を孕んで大きくはためいた。
遠出をしていたわけではなかった事もあり、あっという間に正門まで辿り着いた。
そのまま一息で駆け上がり自室に駆け込む。
「お早いお帰りで。もう少しかかると思っておりましたが。」
「すぐ近くにいましたから。それより何ですか?」
上がった息を整えながら話の続きを促す。
「メイスより通信がございました。こちらも気になっているようでしたのでお知らせをと思いまして。」
「そうですか」
何かあったのだろうか?カイの表情が険しくなる。
「それで…何かあったのですか?」
「それなんですが…」
ベルナルドが一旦言葉を切る。
カイは真剣な眼差しで見つめ返した。
「何も変わったところはないそうです。」
そう言って、ベルナルドが意地悪く笑った。
してやったりといった感じだ。
「何も?」
ここまで走らされた事に、いささか不機嫌になり言葉を返す。
「はい。それらしき街も存在しているようです。こちらは取り越し苦労だったようですな」
「それならそれで構いません。取り越し苦労で済むのであれば、それにこしたことはありませんよ」
ホッと息をつく。そう、何もないにこした事はない。
「一応2~3日、街の様子を調査してから帰ってくるようです。」
「分かりました。そちらはお任せします。」
「かしこまりました」
ベルナルドは一礼すると、ドアのノブに手をかけ部屋を出ていきかけて、ふと思い出したようにその手を止めた。
「そうそう、よい葉が手に入りましたので後でお持ちしましょう。一息つかれてはいかがですか?」
「それは…楽しみですね」
思わず顔が綻ぶ。
美味しい紅茶で一息つけそうだと、笑顔で後ろ姿を見送った。
とりあえず『噂話』の真相は確認された。
まだ1つ難題が残っているが、今日のところはこれで良しとしよう。
椅子に身体を預け、ただぼんやりとまどろむ。
そういえばここ数日、慌ただしく日々が過ぎてこんなにゆっくりしたのは、一体いつ以来だっただろうか。

 コンコン。
扉がノックされる音。
「失礼します」
続いていい香りとともにベルナルドが入ってきた。
「お待たせしてしまいましたか」
テーブルにカップを置きながら人の悪い笑みを浮かべている。
「いえ…」
カイはベルナルドの笑みを含みのある微笑みで返した。
温められたティーカップに黄金色の紅茶が注がれる。
「どうぞ」
「ありがとう、いただきます」
香りを楽しみ一口含む。
口の中に新茶の良い味と香りがいっぱいに広がった。
ささやかな幸せを噛み締める瞬間である。
「いかがですか?」
「ええ。とても美味しいです。ダージリンのファーストフラッシュといったところでしょうか」
「よくお分かりで。さすがですな」
「そうですか?」
感心するベルナルドに微笑むとカイは窓の外、どこまでも澄み渡る青空を見上げた。
こんな穏やかな時間が、いつまでも続けばいいと思いながら。



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