白銀の雷光

亡霊の棲む街5

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thrones

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 月のない夜の闇の中、飛空挺は目的地を目指し、雲の海を航る。
カイはただ独り、甲板で闇夜の中に身を置いていた。
風を切る音が耳元で唸りをあげ、コートがはためき髪を乱す。
昼間は初夏を思わせる陽気になってきていたが、夜はまだまだ寒かった。
身を切るような風の中、カイの瞳は遥か彼方、目的地を鋭く見据える。

 カチャリ。
扉が開かれ、警察機構の同僚が姿を現した。
「カイ様、目的地まではまだしばらく掛かります。外はまだ寒いので、中でお待ち下さい。
 到着前にお知らせいたします。」
それまで背を向け、夜の闇を見据えていたカイが振り返った。
コートが翻り、青緑の瞳が同僚に向けられる。
「そうですね…。そうします」
表情を少し和らげ、カイは横を通り過ぎ、飛空挺内部へと姿を消した。

 気の焦りが、一分を一時間にも感じさせる。
今はただ、速る気持ちを落ち着かせて、ひたすら待つ事しかできない。
ただ待つ事がこれほど長く、辛いものなのだとカイは初めて痛感していた。
はやく―。例え一秒でも早く。
彼を助ける事が出来ない事は分かっていた。それでも、少しの可能性を捨てられずに、ただ彼の無事を祈る。

「カイ様、そろそろ目的地です。」
扉越しに声が掛けられた。
「分かりました。」
扉が開き、中からカイが姿を現した。
「辺りが深い森になっています。かなり歩く事になりますが…」
カイは足早に歩きながら、短い説明を受ける。
「それには及びません」
「それでは?」
「飛空挺の高度と速度を、ギリギリまで落として下さい。」
「カイ様!それは!!」
同僚が声を荒げる。カイの考えている事が分かったからだ。
あまりに危険すぎる。この暗闇の中、着地に失敗すれば大怪我で済まない。
「大丈夫です。これ以上、時間をロスする訳にはいきません」
「しかし…!!」
「お願いします!」
カイの決心が堅い事を悟り、彼はこれ以上の説得を諦めた。
その直後、カイの姿は再び甲板の上にあった。静かにその時を待つ。
「カウントダウン開始します。」
スピーカーから緊張した声が入る。
月の光もない暗闇の中、眼で確認できるものはなにもない。ただ、飛空挺が写し出す赤外線映像だけが唯一のものであり、飛び下りるタイミングを測るためのカウントだった。
「5…4…3…2…1…0」
ゼロになると同時に、カイの身体がふわりと宙に舞う。
漆黒の闇の中へ吸い込まれるように落ちていった。

 地面から約7メートル。あっという間に地表が迫る。
カイは法力を解放し、雷の力場を作ると身体が青白い光を帯びる。
手の一点に集中させ、地表に向け一気に解き放った。
ドォ…ン。
鈍い衝撃音がして、土煙が上がる。
落下の加速を中和する事に成功したカイは、浮き上がる身体のバランスを取り、無事着地した。
ホッと胸をなで下ろし、辺りを見回す。
ようやく眼が慣れてきて、街中の建物がぼんやりと浮かび上がった。
「これ…は」
建物の窓ガラスは割れ、至る所に膝まである雑草が生い茂っている。
ギアに襲われ、一日二日で人がいなくなったとは到底考えられず、どう見ても廃墟と化して数十年は経っているようだった。
建物に触れるとボロリと崩れ落ち、老朽化している事が容易に見て取れる。
「どういうことだ?」
前日の定時報告で、彼は何も言っていなかった。
少し歩いた先の建物も同じように古く、簡単に壁が崩れ落ちた。
「……」
カイはその場に立ち尽くすと、今ある情報から思考をまとめる。
考えられる事は二つ。メイスが報告の際、間違えてこの場所を言った。
もう一つは、我々が勘違いでここに来てしまった事だ。
いずれにしても可能性は低い。
ここが彼が居た場所であることは、まず間違いないだろう。
ならば一体…?!
ピクリと視界の端に何かを捕らえると同時に、カイは地を蹴って横に飛ぶ。
そのすぐ側、先ほどまで自分が立っていた場所を、黒い影が横切った。
「くっ!」
体制を整え、封雷剣を構えると、素早く辺りの気配を探る。
封雷剣の刀身に雷が走り、辺りを照らし出す。
暗闇の中に浮かぶ、無数の黄金色の光がカイを見る。
獣の荒い息遣いが、真近に感じられた。
「ギア…か?!」
カイが呟くのを合図に、黒い影が踊りかかった。
封雷剣の青白い刃が閃き弧を描く。
「ギャアアァ」
断末魔をあげて、足下に転がるバケモノにふと目が合った。
「な…に?」
足下に転がったそれは、紛れもない人間だった。
瞬間気を取られ、襲いかかるギアへの対応が遅れた。
「しまっ…!!」
体を開いて交わそうと身を捻るが、間に合わず服の袖がぱっくりと裂け鮮血が飛び散った。
「くっ!」
生暖かなドロリとした液体が、腕を伝い指の先から滴り落ちる。
血の臭いにギアの群れがざわめき立つ。
狂気を帯び、目を血走らせ、カイ目掛けて一斉に群がった。
四方から飛び掛かるギアの攻撃を、紙一重で避けながら封雷剣を振るう。
雷の青白い閃光が空を切り裂く度に、ギアの数は確実にその数を減らしていった。
カイの足下にはギアの死体が積まれ、辺りは血の臭いでむせ返り、封雷剣の白い刀身は
ギアの血で赤く染まっていく。

 「ギエェ!!」
奇声をあげて飛び掛かってきたギアを、目前で一閃し切り捨てた。
「どうやらこれで、最後のようですね」
辺りに、ギアの気配が完全に消えた事を確認して、ホッと一息つく。
カイは片膝をつくと、手を十字に切り祈った。
哀れなものたちのために―
切り捨てたギアは、すべて人間の姿をしていた。
人形のギアの存在は、少なくとも今まで確認されていない。
それがどうして、これだけ集団で存在していたのか?
謎は深まる一方だった。



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