白銀の雷光

亡霊の棲む街8

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「おい、起きろ坊や」
声に反応してうっすらと目を開ける。
ソルの顔が、自分を覗き込むように見下ろしているのが目に入り、カイは慌てて飛び起きた。
どうやら本格的に眠ってしまっていたらしい、気恥ずかしさに赤面する。
カイが起きたのを確認して、ソルは森を出た。
ソルを追い掛けるようにカイも続く。
「…」 
前を歩くソルの背を見ながら―
自分を置いていく事もできたのに、わざわざ起こしていく辺り意外と律儀だと思い―
ふと想像して似合わないことに可笑しくなり、思わず吹き出してしまった。
「ちっ」
押し殺した笑い声を背中に聞きながら、ソルはイラついていた。
置いていけばうるさいかと、わざわざ叩き起こしたが笑ってやがる。
やはり、放っておけばよかったか?
それにしても…
なぜ、坊やを連れていく気になったんだ?
答えはソル自身にも分からなかった。

 カイは、ひとしきり笑って納得したのか、いきなり真顔に戻った。
(やれやれだぜ…)
そんな様子に心の中で毒づいて、ソルは正門の立派な扉の前に立った。
西の空に日が落ち、辺りは薄暗くなりはじめている。
踏み込むにはちょうどいいころ合いだ。
ガチ。
扉に手を掛け中に入ろうとしたが、侵入者を拒むようにびくりともしない。
「これか。めんどくせぇもん付けやがって!」
扉に取り付けられているものに目を止め、ソルが忌々しく吐き捨てる。
恐らくは、何等かのセンサーの類いだろう。
ソルが封炎剣を大きく振りかざした。
たたき壊すつもりなのだろう。
「待て!」
慌ててカイが制止する。
「下手に破壊して、何等かのセキュリティが作動したらどうするつもりだ?」
「じゃあ、どうしろってんだ?!」
二人の視線が真っ向からぶつかった。
「上手くいくかどうかは分からない。それでも、試してみる価値はあるだろう?」
しばらくの沈黙の後、ソルが扉の前から離れた。
何も言わなかったが、恐らく「やってみろ。」そういったところだろう。
ソルと変わり扉の前に立ったカイは、手をかざし法力を解き放つ。
パチンと火花が散り、システムがダウンして、カチリとロックが外れる音がした。
慎重にドアノブに手を掛け、ゆっくりと内側に押していく―。
びくともしなかった扉は音もなく開き、奥まで続く長い通路が二人の前にどこまでも続いている。
どうやら、セキュリティは作動しなかったようだ。
何事も起きなかった事にほっと一息ついて、カイはソルに向き直った。
カイの視線を、ソルはニヤリと口の端だけを上げて受け止める。
それぞれの思いを秘めて、二人は長い通路を歩き出した。

 カツン、カツンと、乾いた靴音だけが、白い壁に反射して響き渡る。
一番奥を曲がった階段の踊り場で、ここの研究員と思われる者達が待ち構えていた。
「どうやらバレてたみてぇだな…」
ソルが封炎剣を構える。
「待て!ソル」
カイは慌てて封炎剣を押さえ、ソルの前に割って入った。
「この人達は、ただの研究員です!殺す事は許しません!!」
カイは鋭い視線でソルを一瞥すると、研究員の方に視線を巡らせた。
「私は国際警察機構の者です。大人しくして下さい。あなた達の身柄は私が預かります。」
研究員達は別段騒ぐでもなく、静かにカイの言葉を聞いていた。
「ソル、お前は先に行ってくれ。私は後で―」
くるりと向き直りソルと話しはじめた時、研究員の雰囲気が豹変する。
「!」
ソルは咄嗟にカイの腕をとり、強い力で体を引く。
「何を…?!」
バランスを崩し、抗議の声をあげるカイの側を、鋭い爪が横切った。
「なっ…?!」
素早い判断で、体勢を立て直す。
「がぁ!」
再度飛び掛かってきた男の手を、カイはするりと交わした。
その後ろにいたソルの封炎剣が、男の眉間に突き立てられる。
「ギッ!」
短い奇声を残して、男は血をまき散らしながら倒れた。
白い床を赤く染めて、それきりその男は動かなくなる。
血のニオイに誘発され、その場にいた研究員達が狂喜を帯びはじめた。
我を忘れ、次々と襲いかかってくる。
ソルは封炎剣で一刀両断にし、カイは一閃の元に切り捨てた。
二人の足下に、ぐしゃりと音を立てて、二つの死体が転がる。
血のニオイを嗅ぎ付けてか、ソルとカイを取り囲む人垣が増していった。
「ちっ」
短く舌打ちして、
「キリがねぇな」
やってられないと言わんばかりに吐き捨てる。
このままでは消耗戦だ。自分は心配ないが、カイがヤバい。
ここで時間を食ってると、肝心な野郎に逃げられるかも知れない。
のたくたやってる訳にはいかないのだ。
そしてこの事は、カイの方も気付いていた。
ここで、足手まといになるつもりは毛頭ない。
「ソル…ここは私に任せて、お前は先に行け!」
横から飛び掛かった男の攻撃を、交わしざまに切り捨てカイが叫んだ。
「…本気か?」
この数を相手に、カイに勝算があるとは思えない。
「死ぬ気じゃねぇだろうな?」
「心配するな。死ぬためにここに来た訳じゃない。必ず後で追い掛ける」
襲いくる男達を薙ぎ払い、足下に死体を積み重ねながら、真剣な眼差しがソルを見る。
「…分かった。ここはお前に任せる」
「ああ。早く行け」
ソルは封炎剣に力を込め、地に突き立てた。
「ガンフレイム!」
炎の柱が地面を走り、押し寄せる人垣を焼き払う。
一角を崩し、そこからソルは走り抜けた。
「ソル!殺すなよ!!」
封雷剣を振いながら、走り去るソルの背後を見つめて、思い出したようにカイが慌てて声をあげる。
聞こえているのかいないのか、確認はできなかったがとりあえず、ソルを先に行かす事ができたカイは、ほっとして自分を取り囲む者達に視線を戻す。
「さぁ、お前達の相手はこの私だ。」
封雷剣を構え直し、法力を集中させる。
カイの体を青白い光が包み、雷が走った。
捕らえようと伸ばされる手を交わし、それに呼応するように、封雷剣の細い刀身が流線を描く。
その度に鮮血が飛び散り、辺りを朱に染め、死体の山を築いていった。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか?
カイの呼吸はすでに荒くなり、肩で息を紡ぐ。
体のあちこちで、赤い血が細い筋を作って流れ落ちる。
すっと目を閉じて呼吸を整え、血で滑る封雷剣に力を込めた。
静かに目を開き顔を上げて、封雷剣に法力を集中させていく―
「これだけは…使いたくなかったのですが…」
ポツリと呟いて、カイは剣を水平に構えた。
「ライジング・フォース!!」
極限まで高められた法力が、解き放たれた。
雷が荒れ狂い、周囲を飲み込んで、すべてのものを消し去っていく。
後には何も残らなかった。
カイの体がバランスを崩し、ふらりとよろけて膝をつく。
荒い息を繰返し、やがてゆっくりと立ち上がる。
「ソルを…追い掛けなければ…」
壁に体を預けながら、ふらつく足で一歩一歩歩き出す。
この先で待つ、ソルに合流するために―。



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