各々の正義、各々の守るもの(前編)

各々の正義、各々の守るもの ◆MajJuRU0cM






「スターサファイア、だっけ? あなたの名前」

フランは袋の中からひょっこりと顔を覗かせている星の光の妖精、スターサファイアに言った。

「スターでいいわ。みんなそう呼ぶし」

フランは結局、妖夢を追わなかった。
理由は、ただ単に面倒臭かったから。
いきなり襲われたのはむかつくし、妖夢が壊れるまで遊ぶのも面白そうだとも思ったが、何故かこの会場に来てから体が重い。極力体力を使いたくなかった。(その為、持っていた盾も袋の中にしまった。不思議なことに袋の中に入れると重さを感じなくなるのだ。)
それに、遊び相手はまだまだいっぱいいそうだ。わざわざ妖夢に固執することはない。
フランは余裕を持って、ゆっくりとこの殺し合いを遊ぶことに決めたのだ。
フランとスターは妖夢を撃退してから、既に自己紹介も済ませ知人に関する情報も交換し終えていた。
そういうところは、どこぞにいる吸血鬼の姉よりもしっかりしているといえる。

「そう? じゃあ、スター。この説明書によるとあなた、変わった能力を持ってるそうじゃない」
「ええ、まぁ」

スターサファイアの『動く物の気配を探る能力』。
スターサファイアは降り注ぐ星々の如く、広範囲な監視の目を持っているのだ。
物の気配に聡く、その為に単独で彼女を目撃することはほとんど出来ないらしい。

「範囲はどれくらいなの?」
「うーん。あまり遠くは分からないわね。何だかここに来てから調子が悪くて。だいたい、111間(約200m)くらいかな」
「ふーん」

少し面白そうだな、とフランは思った。

「じゃあさ。さっき襲ってきた奴、あいつは今どこにいるか分かる?」

フランの申し出に、ちょっと待ってね、と前置きしてからスターは目を瞑った。
半径200m、その範囲内にある動く物全てがスターの監視下にあった。風が流れ、草木が揺れる。その一本一本を正確に掴み取り、その中で妖夢が逃げた方向へと除々に監視の目を広めていく。
しばらく瞑想が続き、パチリと瞳を開けた時にはフルフルと顔を振った。

「ううん。多分200m以上離れちゃったんだと思う」
「なーんだ」

つまらなさそうにフランは言った。
もしも見つけられたなら、うまく回り込んで奇襲し返してやろうと思ったのに。対して面白い能力でもなかったな。
そんなことをフランが考えていると、それを中断させるかのように、でも──とスターは少し怯えたように言った。

「こっちに近づいてくる人がいるわ」









彼女は歩いていた。その顔は恐らく、この会場にいる全ての参加者が知っているであろう。そして恐らくは、そのほとんどが彼女に畏怖と敵意の感情を持っているだろう。
それを理解しながらも、八意永琳は堂々と歩いていた。
とりあえずの目的地を星の弾幕が上がった場所に定めた彼女は最短距離で、できるだけ早くできるだけ体力を温存することに努めていた。
先程の魔理沙との会話を思い出しながら。

『霊夢が言うには〝幻想郷〟が殺し合いを求めてるから、私達を皆殺しにするんだそうだ。しかも、あいつは既に、黒幕が〝誰か〟を知っているらしいぜ』

魔理沙から聞いた霊夢の言葉。永琳の目的である『輝夜を保護し殺し合いから脱却する』ためには黒幕の正体を知ることが必要不可欠だ。これを無視して今回の異変は解決できないことを永琳は理解していた。だからこそ考える。霊夢が知る殺し合いの内部を。

幻想郷が殺し合いを求める。言葉尻だけを捉えればまったく意味不明だ。つまりこれは何かの隠喩、ということになる。が、魔理沙にも話した通り永琳は幻想郷に詳しくない。
この意味を理解するには幻想郷における知識が必要不可欠だ。
しかし、本当にそうなのだろうか? 本当に幻想郷の知識が必要なのだろうか?
霊夢は魔理沙に言ったのだ。彼女だって大して知識はない筈なのに。そこが妙に気になる。
始めから理解させるつもりはなかったとか?
いや、それはない。
霊夢は一旦殺すと決めたなら、冷静に容赦なく殺しにかかる。そういう性格だ。なのにわざわざ殺す相手の前で長話している。彼女にとって魔理沙は、殺しの前に会話を挟む程度には親密だったのだ。
それは霊夢にとってはとても大きな事の筈だ。だったら、彼女の言葉には意味がある。
幻想郷という隠喩。結界に囲まれ孤立した、世界の一部。
……その時、ハッとした。
バラバラだったピースが驚くほど噛み合った。

幻想郷という言葉に囚われ過ぎていたのだ。そうだ、最初から疑問に感じていたではないか。これがあったからこそ、私は状況をおぼろげながらも理解できたのではないか。
そう、それは最初に思った疑問。
ここは一体どこなのかという疑問だ。
一つだけ分かるのは、ここが幻想郷ではないということだ。そう、幻想郷ではない。それこそが、霊夢の言葉を解明するヒントだったのだ。

博霊大結界。幻想郷を維持するために必要不可欠な結界。ここが幻想郷ではないのなら、その結界はどうなった?
崩壊したのか、はたまた未だ健在なのか、それは分からない。分からないが、それは霊夢の預かり知らぬことの筈だ。
どんな手段かは皆目見当がつかないが、この会場は何らかの手段によって外界と遮断されている。外からの干渉は不可能な筈だし、内からも今の現状ではそれは同じだろう。
魔理沙から聞いた殺し合いのルール。おかしな話だが、今の現状で唯一信じれるもの。このルールに反したことは絶対に出来ない仕組みになっているのだ。
そして、その最たることが外からの干渉。殺し合いを進める為には一番気をつけなければならない舞台作り。そこが疎かになってるわけがない。
完全に孤立されたこの会場。当然外界における影響をここにいながら感知できるわけがない。つまり、今の霊夢には博霊大結界を感知できない。
いくら能天気な霊夢でも、これに気づかない訳がない。そして、霊夢にとって幻想郷は唯一の世界。その世界の維持に必要不可欠な霊夢。彼女にとって、幻想郷から遮断されるということは死を意味する。
幻想郷が今現在どうなっているのかは分からない。だが一つだけ分かるのは、霊夢が優勝すること以外に幻想郷を維持できる可能性はないということだ。
ならば主催者の言うことは聞かなければならない。でなければ幻想郷は滅びる。幻想郷は……殺し合いを求めている?





…もしかしたら、この会場を孤立させる手段、外界からの干渉を遮断する手段は、博霊大結界にとても近しいものなのかもしれない。主催者が必要とする性質とも似ているものだ。その可能性はとても高い。
もしそうならば、幻想郷は未だ顕在ということになるのだろう。そして、それは今の霊夢にとっての唯一の希望。殺し合いに乗って、幻想郷を守ろうと思える程には彼女の支えになる。

生き残るには、殺し合いで優勝するしかない。
思えば、こう考えるのは至極当たり前のことだった。自然の摂理を捻じ曲げる力。亡霊、不老不死、妖精といった面々に死という概念を与える力。参加者の面子を考えて、今回の異変の犯人は力が強すぎる。それが何者なのか。さすがにそこまでは分からないが。
だが一つ分かるのは、今回の異変の犯人が幻想郷の、はたまた世界の創造主といっても過言ではないということだ。
私達は、殺し合うしかない。それしかないのだ。
永琳もまた、考えが甘かった。悪くいえば現実をきちんと見ていなかった。
ここでは、殺し合いに乗ることの方が自然なのだ。殺し合いに乗らないと考える方が異端なのだ。自分にとっても、世界にとっても。
霊夢はそれを受け入れることができた。何者も平等に見ることのできる彼女は、幻想郷の危機を誰よりも早く感知できた彼女は、それを受け入れることができた。

(霊夢はこの絶望を、一体どのように受け止めたのかしら。ルール説明を受けている時、彼女はどんな気持ちで、偽者の私を見ていたのかしら)

恐らくは常人では計り知れない葛藤があったのだろう。苦悩し、悶え、そしてようやく結論に至ったのだろう。
魔理沙には分からない。いや、永琳にだって分かることではない。
霊夢はずっと、一人で生きてきた。たとえどれほどの人が彼女の周りにいようと、彼女は一人だった筈だ。何者の干渉も受けず、どんな縛りも彼女を束縛するものはない。
そうして自分を保ってきた彼女が、ここにきて無視できない大きな縛りを受けた。
それが霊夢の中でどのように歪に食い込んだのか。

決断を下した今の霊夢の中に善悪という区別があるのなら、今の霊夢の行動はおそらく善なのだろう。だから戸惑うこともないし止まることもない。
博霊大結界は霊夢さえ生きていれば維持できる。ここに集められていない幻想郷の住民は、霊夢が優勝すれば助かる。妖怪退治と同じだ。人の安眠を守るのが霊夢の使命なのだ。

(…ごめんなさい、魔理沙。あなたとの約束は守れないわ。…霊夢は、間違ってないのよ。だから、絶対に止めることはできないの)

間違っていない。輝夜とは違い、霊夢は何一つ間違っていない。それはつまり、説得など不可能だということだ。それに加えて、霊夢が自分で優勝を目指すことを決めた。それを覆すことなど誰にも出来はしない。
そして、輝夜が殺し合いに乗ってるということもまた、ただ悪い事だと言えるものでもないのだ。

「…なんてね。私も随分ナイーブになってるわね」

そうだ。悪い悪くないなんて関係ない。破滅を導く者は破滅に導かれることは大昔から決まっていることだ。だから輝夜を止める。
考えすぎるのは駄目だ。

(しっかりしろ、八意永琳! 姫を助けるんでしょ。ここから逃げ出すんでしょ。だったら、それを信じて突き走るしかない)

そう考えた時だった。
考え事に夢中だった永琳はようやく異変を感じ取った。よく見知ったお馴染みの感覚。

これは……弾幕?

禁忌 カゴメカゴメ

気づいた時には弾幕が四方を取り囲んでいた。罪人を捕える檻のように何重もの緑の弾幕が永琳の周りに浮遊していた。
まずい、そう思った瞬間には崩れゆき、罪人を呑み込もうと迫った。

「ちっ」

軽い舌打ち。
それほどにこの弾幕は厄介なものだと判断した。
すぐさま檻の隙間を見つけて突破するものの、次に襲いかかるのは金に光る大弾。
未だ四方を取り囲み迫る緑のパターンを推測し、自機狙いの大弾を避けにかかる。
粘着質で、ジワジワと相手を追い詰めるタイプの弾幕。この相手は相当いやらしい性格をしてるんだろうな。そんなことをグレイズの最中に思った。

厄介な弾幕。そのように永琳が判断したこの奇襲はしかし、一度避けたら再び発生することはなくすぐに止んでしまった。

「さっきのは、こんな場所にいきなり呼び込んだ不躾の分。ただの挨拶代わりよ。主催者さん」

最悪だ。
弾幕の主を見遣り、永琳は心の底からそう思った。

「確か、紅魔館の地下に住む妹さんだったわね。レミリア・スカーレットの妹。吸血鬼にして魔法使い」
「よく知ってるわね」
「最低限の重要人物は把握してるわよ。仮にも幻想郷のパワーバランスを担う種族なんだから」

フランドール・スカーレット。噂には聞いていた。
よりによってこんな場所で出会うことになるとは。しかも、自分の印象は最悪だ。

「ふふふ。それにしてもラッキーだったわ。あなたに出会えて。これで私も異変解決ができる。一回やってみたかったの」
「気の触れたあなたにできるかしら?」
「あなた程じゃないわ。こんな下品な催しを企てるあなた程じゃ、ね」

永琳は最初から弁明を諦めていた。魔理沙のような幾分素直な気質がある者ならまだしも、こんな危険人物では話すらまともに聞かないだろう。特に、決定的な証拠も持たない今となっては。

「さて次は、この異変を起こしたお仕置きの分──」

弾幕を放つ体制になったところで、永琳は拾っておいた手頃な石をフラン目がけて投げ放った。
それはフランの弾幕生成よりも素早いものだった。
迫る石。
だが、彼女に当たる瞬間、何故か砂のように塵へと化した。

「……どんな魔法を使ったのかしら」

弾幕生成を解除されたというのに、フランの顔には不敵な笑みが張り付いていた。

「魔法じゃないわ。能力よ。あらゆるものを破壊する能力」
「あらゆるものの…破壊?」
「そう。物には目っていうのがあってね。そこを潰せば簡単に壊れちゃうの。で、私はその目を右手に持ってこれるってわけ」
「…随分と反則くさい能力ね」

その言葉にふふふ、と笑って右手を握り大袈裟に開いた。

「ぎゅっとしてドカーンよ。すごいでしょ? でも不老不死のあなたに反則なんて言われたくない」
「安心して。ここに限って不死ではないから。それにあなたの能力も、“反則”ではないのでしょう?」

永琳は弾幕を生成する。しかしその数は少ない。たったの二つだけ。
弾幕を張れば張るだけ体力が消耗することは事前に検証済みだ。永琳はこれからのことを考えて無駄な体力を消耗することを嫌ったのだ。
永琳はフランの様に遊ぶことが目的ではないし、フランと違ってこれからもまだまだ殺し合いは続くことを知っている。
故に永琳は戦う。力ではなく、その知略によって。

「今度はあなたの番? いいわよ別に。全部避けきってあげる」

フランの余裕の表情。それを見て永琳は徐に、地面に転がっている先程と同じような石を拾い上げた。
スッ、と永琳はその石を持った右手を見せつけるように掲げた。

「…何の真似かしら?」
「最近占いに凝っててね。丁度いいからあなたも占ってあげようかと思って」
「へぇ。面白そうね。やってみてよ」

風が吹いた。
髪が靡き、辺りを静寂が包んだ。
永琳は数刻をもって、笑みをこぼした。その笑みは、驕りも何もない、ただただ勝利を確信した余裕を感じさせた。

「あなたは、この投擲で私にひれ伏すことになる」

永琳は断言した。

「ぷ、あはははは!! そんな石ころで私を倒すって? あなた面白いわね。さっきの能力見たでしょ? それでもそんな馬鹿なことを言うつもり?」
「もう一度言う。あなたは、この投擲で私にひれ伏す」

いつの間にか、フランの顔から笑みが消えていた。
ハッタリ。そう考えるのが普通だ。
フランの能力があれば物理的な攻撃は完全に無効化できる。参加者の直接的な破壊は制限され、破壊する距離も大幅に削がれているようだが、あんな石ころにやられるほどじゃない。
ルール説明の時に見た拳銃ならまだしも、投擲程度のスピードなら有効範囲に入ってからでも十分に破壊できる。
しかし、ただのはったりとは思えない。それだけの迫力が永琳からは感じられる。
いつの間にか、冷や汗が流れていた。

この物静かな態度。無言の威圧感。満ち満ちた気迫。姉とは違う、見せかけじゃない圧倒的カリスマ。
フランは再び、笑みを取り戻していた。まるで子供のような、最高の遊び道具を見つけたような、そんな笑み。
面白い。本当に、面白い。さすがにこれだけの大異変を起こしただけのことはある。
永琳の予言。それを、スペル宣言としてフランは受け取った。
永琳の策を受け切り、その全てを破り尽くす。そう決意した。

「じゃあいくわよ。私が予言したあなたの未来、現実にしてあげる」

永琳の合図と共に、弾幕が放たれた。
しかしそれはフランにではなく、地面に。
二つの弾が地面を穿ち、辺りを砂埃が舞った。
フランが訝しがった瞬間。その砂埃の中から四つの色鮮やかな弾幕が彼女へと向かって走った。
四つの弾は渦を巻いてフランへ近づいていく。しかしその時フランは、迫る弾幕のことを頭の片隅に置き、代わりに先程の宣言について思考を巡らせていた。

(あいつのあの言葉。どう考えても、あの石に意識を集中させるためのものだ。それは分かる。けど、一体どういう意図で?)

永琳には最後の詰めがある筈だ。そして、その詰めを確実にするためにあんなハッタリを噛ましたのだ。
フランはいつもとは毛色の違った遊びに狂喜乱舞した。弾幕ごっことはまた違った緊張感。そんな感覚に酔いしれていた。
フランは確かに気が触れている。だがその実、彼女は意外にも博識でそれなりに聡明でもあった。
495年も地下に閉じ込められ世間一般の常識というものはまったく身についていないが、その長い時間を小説や魔道書を読んだりして時間を潰していた。そこで得た知識は彼女に知恵をもたらしていた。

未だ砂埃に見えない永琳の姿。
それを見て、ピンときた。そして、薄く笑った。

(読めたわ。あいつのチェックの一手が)

フランがそう思った時、砂埃を突き破り何かが永琳の真上へと伸び上がった。石だ。
先程預言したあの石。それを自身の真上に放り投げたのだ。
普通なら、先程の宣言も助けて何事かとその石を見上げるところだ。
が、フランは弾幕と永琳に注意を向けていた。何故なら、この事態はフランにとって予想し得たものだからだ。
刹那、弾幕の光に紛れて別の石がフランに飛び込んできた。
永琳から目を離さなかったフランにはそれを破壊することは簡単だった。

(思い通り!!)

フランは心の中で、永琳の策を読み切ったことに歓喜した。
永琳の策。フランはそれを、必要以上に一つの石に意識を集中させることで、注意を散漫にするものだと判断したのだ。
あの宣言があっては誰でも右手の石に注意が向く。それを利用した巧妙な心理誘導。
砂埃を利用して、チェックの一手を用意したのだ。
だがそれもフランには効かなかった。砂埃の意図を察することで、あの宣言自体がブラフだということに気づいた。
私の勝ちだ。フランはそんな余裕の元に、迫り来るぬる過ぎる弾幕を軽くかわしてみせた。

「こんな薄い弾幕で私に勝てると思ったの?」

あたかも、永琳の策などなかったかのようなセリフ。なまじ頭が良く、自身の策に自信を持つ者ならばこれほどの屈辱はないだろう。
埃が晴れ、永琳の姿が目視できる。
永琳の瞳は変わらず、勝利を疑っていなかった。

「…勝つ、か。魔理沙と違って、あなたは何も理解してないようね」

意味ありげな言葉。ただの負け惜しみかな? そんな風に思っていたフランは、すぐにその考えを改めた。
そうだ。さっきの石。あれは、ただの捨て球というだけだったのか?
本当に頭の良い奴なら、きっと無駄なことはしない。一つの事を為すことで、二つも三つも利を取ろうとするはずだ。つまり、ただのブラフも、“攻撃の手に変える”こともあるんじゃないか?
フランは思わず上を見上げた。
石があった。先程ハッタリだと判断していた石は、実は山なりになってフランを狙っていたのだ。
フランの頭上十数メートル。危なかった。発見がもう数秒でも遅かったら、あの石はフランにぶつかっていただろう。遅かったのならば。

「あなたはやっぱりすごいわ。でも、今回は私の勝ちね」

読み勝った。
完全勝利だ。
フランは能力の有効圏内に入った石を、余裕で破壊した。

「……え?」

塵となる石。だが未だ落ちてくる物体があった。
石の欠片? いや、たとえ能力制限があろうとこんな小さなものを破壊仕損じるわけがない。

(まさか。あの砂埃は“この仕掛けの為”に)

その物体はフランの頬を掠り、地面に突き刺さった。それは、永琳が魔理沙から受け取ったダーツだった。

「褒めてくれてありがとう。でも、勝ったのは私よ」

フランはハッとなった。
気づいた時には、永琳は目の前に立っていた。
攻めるか? 退くか?
反射的にフランが取った行動は攻めだった。
こんな間近から弾幕攻撃はできない。打撃戦だ。
レミリア程ではないにせよ、吸血鬼であるフランも肉弾戦は相当強い。
フランの爪が永琳に襲いかかる。

「…あれ?」

一瞬だった。
いつの間にかフランはうつ伏せに地面に伏していた。
力技で押し倒されたわけではない。まるでそうなるのが当たり前であったかのようにフランの攻撃はいなされ、フランは倒れ、永琳はそれを見下ろしていた。



「…何したの?」
「ただの合気道よ。相手の力を利用するの。非力な私にもってこいでしょ? 余裕を失い単調になった攻撃なんて、どれだけ速かろうが簡単に捌けるわ」

背中を腕一本で抑えられてるだけ。それなのにまったく動けない。力はこちらが圧倒的に勝ってる筈なのに、何もできない。
右手も用心の為ちゃんと抑えられている。

「あなたもやっぱり吸血鬼ね。高慢で浅はか。わざわざ自分から手の内を明かしてくれたおかげでこんなに楽にあなたを無力化できたわ」

フランは自分で言った。自分の能力は物の目を壊すものだと。そして、その目は自身の右手だけに持ってこれるものだと。つまり、一度に一つの物体しか破壊できないということだ。
実は永琳は、フランの能力については聞いたことがあった。ただ、知っていたのはあらゆるものを破壊する能力だということだけで、原理自体は先程フランから聞いたばかりだ。
誘導するまでもなく、ただ無知を曝すだけで不遜な吸血鬼の妹は手の内を明かしてくれたのだ。

「最初の投擲であなたの能力の有効範囲は1間程度だとわかった。そして力の誇示の為、あなたは物理攻撃に関しては必ず能力を使ってくる」

宣言、砂埃による目くらまし、その目くらましの意図を誤認させる為の“本当のブラフ”だった石。これらは全て、最初に投擲した石の細工と、それとフランの距離を稼ぐためだけのもの。
そして石に突き刺したダーツの攻撃は、フランの余裕をできるだけ崩し壊す為のもの。

「でもあなたの最大の敗因は、遊びに拘り過ぎてたことよ」

もしも最初の奇襲の時に本気で永琳を殺しにかかっていたら、ここまで圧倒的な敗北の苦渋を舐めることはなかった筈だ。
そして戦闘の最中も、“スペル宣言”などに拘らずこちらから反撃を繰り出していたら、こんなに簡単に永琳を近づかせることもなかった。

「これは遊びなんかじゃない。“殺し合い”なの」

腕に力が入る。

「う…!」
「あなたはそれを理解してない。でもね、理解しなくちゃいけないの。教えてあげましょうか? “殺し合い”がどういうものか」

ま、まずいわ。
スターはできるだけ音を出さないように努めながら袋の中をもぞもぞと動いていた。
このままではフランが殺される。それは分かる。そして、何とかして助けないと次に殺されるのは自分かもしれないということも分かる。
でも、力のない妖精の自分なんかじゃ逆立ちしたってあの医者には敵わない。
あの医者を倒すにはフランに任せるしかない。だがフランは捕まっている。
スターサファイアはこっそりと、袋から顔を出す。永琳の背中が見えた。
永琳とフランが戦っている最中に袋が落ちたのだ。

(頭ぶつけてたんこぶになってるけど、これはチャンスだわ)

スターサファイアは袋の中を動き回り、何か使える物がないかを必死になって探した。

(何これ? 盾? こんなの今の状況で使えるわけないじゃない)

地図、名簿、食糧、コンパス。使えるような武器は存在しなかった。

(ど、どうしようどうしよう。なんとかしないと。私がなんとかしないと!)

スターサファイアは必死に考える。そして思うのは自身の非力さと、力があればという願望。
私にも吸血鬼みたいに凄い力があればいいのに。あの医者みたいに頭がよかったらいいのに。
そんな想いばかりが湧きでてくる。

(私には何もない。何も出来ない…!!)

そんな自虐的なことを考えている時だった。スターサファイアはあることに気づいた。







痛みが走る。
永琳はちょっと腕を動かしただけ。それなのにギシギシと体が軋む音が聞こえてきそうだった。

(何でこんなに痛いの…!)

永琳はフランの様子を確認する。
まるで生きてきて初めて痛みというものを実感したかのような、そんな驚きの混じった顔がそこにはあった。
無理もない。一生を地下で暮らし、さらになまじ力の強い吸血鬼という種族として生まれたのだ。人が死ぬということを理解するのは難しいだろう。
だがこれはフランにとって避けては通れない道だ。いくら吸血鬼であろうとこの場所では誰もが平等に死を迎える。それを無理やりにでも理解させないことには、きっと彼女は生き延びることは出来ない。
だが永琳にとって、そんなことは些事にすぎない筈だった。彼女には輝夜を止めるという目的がある。
フランがどうなろうとその目的の前ではどうでもいいことだ。悪評が知れ渡っているという状況にあって、
元々仲間を集めることに執着する気はない永琳だ。この状況で少しでも目的を果たす確率を高めようと考えるのなら、フランをここで殺してしまうことも善手であるといえる。
だが永琳はそうする気はなかった。
殺した方がいい。そう思っているにも関わらず、フランを放っておかないのは下手にこの状況を動かすと返り討ちに遭いかねないという危惧と、なにより危なっかしいフランに輝夜の面影を重ねていたからだ。
だから永琳にとって長期戦は覚悟の上。その上で、彼女をうまく誘導するつもりだった。遊びで人を殺すような気の触れた性質を、殺し合いを止めようと願える性格へと矯正する。とても難しいことで、とても危険なことでもあった。

一度構築された“遊ぶ”という概念を、“殺し合い”という凄惨な出来事として認識させる。
常識を壊すにはそれ相応のインパクトが必要なのだ。ただ痛みを与えるだけでは常識は壊れない。

「まずは腕を折ってほしい? それとも目を抉ってほしいかしら? どっちも凄く痛いわよ。今の数十倍はするわね」

だから永琳は脅しにかかる。
痛みを想像させる。それはつまるところ、自身の命の危機を想像することに繋がる。殺し合いを理解させるには持ってこいの手段だ。
フランの額から冷や汗が流れ出る。明らかな恐怖の感情がそこにはあった。
それは、フランにとって大きな成長だった。

しかし彼女が魔理沙のように協力関係結ぶにはまだ足りない。もっと教育する必要がある。それだけフランに蓄積された歪んだ常識は壊しにくいと永琳は考えていた。
これからどのように彼女と接し、どのように矯正していくか。
そんなことに思考を巡らせていた時だった。

「このク、クサレ外道! さっさとフランを放せ!」

叫び声が辺りに響き渡った。
見ると、スターサファイアが袋から飛び出し、距離を置きながらも永琳を睨みつけていた。
永琳もポカンとしてスターサファイアを見ていた。
今がチャンスだ。
フランはそう思い、永琳の腕を振り払おうとしたが、すぐにまた痛みで抑えつけられた。

「うぐぅ…!」
「…まさか袋の中に仲間がいるなんてね。発想は良かったんだけど、少し考えがあざと過ぎるわ」
「こっちに来なさいよ! “こんな異変を起こしたくせに”そんな度胸もないの! ばーか! ばーか!」

永琳はハッとした。
スターの考えが読めた。
まずい。
ダーツを取り出し、何とか黙らそうと考えた。
その時だ。

「なんであいつがわざわざ危険を侵したか、教えてやろうか?」

背後からの声。一瞬で反応し、声の主に向かって永琳はダーツを投げる。
が、苦もなく避けられる。
二本の角が揺れた。

(鬼…!!)

フランを拘束していた腕を離し、新たな敵に応戦する。
だが少し遅かった。
小柄な体は既に永琳の懐に入っていた。

「私を呼ぶためだ!!」

鬼の鉄拳が、永琳の腹を捉えた。


53:死より得るもの/Necrologia 時系列順 54:各々の正義、各々の守るもの(後編)
53:死より得るもの/Necrologia 投下順 54:各々の正義、各々の守るもの(後編)
35:盗まれた夢/Theft of Dreams 八意永琳 54:各々の正義、各々の守るもの(後編)
12:矛盾~ほこたて フランドール・スカーレット 54:各々の正義、各々の守るもの(後編)
28:長い夜の終わり 伊吹萃香 54:各々の正義、各々の守るもの(後編)
28:長い夜の終わり 河城にとり 54:各々の正義、各々の守るもの(後編)

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最終更新:2009年06月28日 01:15
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