哀死来 4 all(後編) ◆shCEdpbZWw
* *
ごきん。
チルノのところにまで聞こえてきそうなくらいの鈍い音がした。
「ぐああああぁぁぁぁっっ…!!」
痛みに顔を歪めた空の悲鳴が少し遅れて響く。
それを聞いて愉悦の表情を浮かべた天子がさらに追い討ちをかける。
「やっぱり鴉ね、ぎゃあぎゃあ五月蝿いわ。肩を外しただけ、折れちゃいないわよ」
そう言うと、仕込み刀を抜いて空の左翼の上から地面に突き刺した。
左手側を実質的に封じられ、第三の足は外されて用を成さない。
地面に磔にされるような格好を空は強いられる事になってしまった。
足をバタつかせるが、状況の改善には至らない。
「くそっ…! 何しやがるっ…!」
「しばらくそこで這い蹲っていなさい。鳥としては最大の屈辱、ってとこかしらね。
しっかし、貴方すごい熱ねぇ。火傷するかと思ったじゃない」
「くそっ…くそっ…!」
無力化されてしまった空を見て、チルノの頭をいやな想像がよぎる。
目の前に転がる猫妖怪の首。さっき、あいつはお空も同じようにしてやるって言ってた。
首だけになったお空、それはつまり死んじゃう、ってこと。
そんなこと絶対嫌だ、お空はあたいが守るって決めたんだ、死なせやしない!
「やいっ! お空から離れろっっっ!!!」
そう怒鳴ると、スキマ袋から鉄の輪を取り出して投げつける。
風を切りながら、天子の方に向かってまっすぐ飛んでいくが…
「馬鹿ねぇ。せっかくの武器を投げちゃってどうする気よ」
弾幕ほどの密度も、銃弾ほどの速度もない鉄の輪を、天子は体を開くだけであっさり避ける。
天子の目の前を通過した鉄の輪が、後ろの木にサクッという音を立てて刺さる。
これでブーメランのように弧を描いて戻ってくることもあるまい。
余裕綽々にチルノの方を向き直ってみると、バイオリンを振り上げながら距離を詰めてくるのが見えた。
「やああぁぁっっ!!」
なるほど、最初から鉄の輪は目先を逸らすためのもの、本命はそっちですか。
リーチの差を埋めるためにバイオリンを装備、と。ちょっとは考えているみたいね。
「でも…まだまだ浅はかね!」
嘲笑しながら緋層の剣を地面に突き立て、スペルカード宣言をする。
「地符「不譲土壌の剣」!」
途端にチルノの目の前に石柱が現れる。
それは、普段のものに比べれば随分と小さいものではあったが、正確にチルノの腹部を捉えた。
結果として、その石柱は突進してきたチルノにカウンターを食らわせる格好になった。
バイオリンを取り落とし、吹っ飛ばされ、地面を二度三度と転がり、聳え立つ木の幹に背中をしたたかに打ち付ける。
そのまま木にもたれかかる様に座り込んで…チルノは動かなくなった。
霊力の消費を眩暈という形で感じた天子は、動かなくなったチルノを見て愉悦の表情を浮かべた。
今後のことも考えて、自身のスペルカードの中では一番簡単なものを使ったのだ。
力は消費したが、まだまだ使えなくなるほどではない。
後先考えずに力を使い切ってしまう目の前のお馬鹿さん達とは違う、そう自分に言い聞かせる。
「チルノっ!! おいっ!! しっかりしろっ!!」
這い蹲ったまま空が必死に呼びかけるが、チルノはピクリとも動かない。
まさか…死んでしまったのか…? 最悪の結果を想像してしまう。
「無駄よ。綺麗に入りましたからねぇ。
アバラの一本や二本くらいは持っていかれているかも知れません。
もしかしたら、折れたアバラが心臓に突き刺さって…なんてことになってるかも」
「畜生っ…! 許さない…絶対にお前は許さないっ…!」
「そんな状態で何を許さないと言うのかしら」
空の背中を踏みつけながら天子がさらに吐き捨てる。
「そこで氷精に止めを刺すのを黙って見てなさい。最強などと嘯く自分の無力さ加減を嘆きながら、ね」
空から視線を外して、一歩一歩チルノの方に向かって歩いていく。
それを見送ることしかできない自分にどうしようもない苛立ちが募る。
(ごめんね、さとり様をお願い)
燐の最期の言葉が脳裏に浮かぶ。
目の前のチルノも守れずに、どうしてさとり様を守ることが出来るだろうか。
親友との約束さえも果たすことが出来ないほど、私は無力なのか。
歯噛みして悔しがるも、霊力は戻らない、体の自由も利かない。
心身ともにがんじがらめに絡めとられてしまっていた。
「さて。随分しぶとい娘でしたけれど、そろそろおしまいかしら」
緋層の剣の剣先でチルノの体をチョンチョン、とつついてみる。
反応は無い、せいぜい気絶くらいかと思ったが本当に死んでいるのかも。
そう思った天子はチルノの顔を覗き込もうと前屈みになる。
瞬間、チルノの目がパチッと開き、その場にガバッと立ち上がる。
その拍子に、チルノの脳天が前屈みになっていた天子の顎にクリーンヒットする。
「いったぁ~いっ!!」
頭を抑えて痛がるチルノがその場を駆け回る。
一方の天子はというと、典型的な脳震盪を引き起こしてその場に膝をついてしまう。
別に作戦でもなんでもない、チルノは今の今まで意識が飛んでいた。
目が覚めた瞬間に、敵に対して身構えねば、と慌てて立ち上がったところに偶然天子の顔があったというだけ。
その様子を呆然と見ていた空は、チルノがひとまず無事であったことに安堵の表情を浮かべる。
そして、すぐに我に帰ると大声を張り上げる。
「チルノっ!! 今だっ!! やっちまえっ!!」
その声にチルノもまた我に帰る。
視界には片膝をつき、意識が飛んでいるのか焦点が定まっていない天子の姿。
あれ? もしかしてあたいってチャンス?
「たああぁぁっっ!!」
威勢良く掛け声を上げ、天子に突撃する。
パンチ、キックの雨あられ、今までの鬱憤を晴らさんと猛攻をかける。
何発目かのパンチで天子が飛ばされて地面を転がっていく。
「これでとどめだああぁぁっ!!」
飛び掛りながら大きなモーションで拳を振り上げる。
チルノや空は単純に天子を叩きのめすことが出来ればそれでよかった。
命を取ろうというところまでは考えが及んでいない。
それ故、とどめ、と言っても殺意の籠もっていない攻撃になってしまうのは仕方の無いことであった。
そこが二人と天子の意識の決定的な違い。
天子は今までは半分遊んでいたとはいえ、最終的には二人を殺すつもりで戦っていた。
だから攻撃に殺意を籠めることなど造作も無い。
意識を取り戻した天子は、チルノが前に伸ばしてきた腕を掴み、一本背負いの要領で放り投げる。
不意に意識を取り戻した天子の攻撃に対応できず、受身が取れなかったチルノが背中から地面に叩きつけられる。
背中を強く打ちつけ、一瞬息が出来なくなるチルノの胸倉を掴んで引き上げると、そのまま思いっきり投げ飛ばす。
「ぐえっ!」
再び背中から叩きつけられ、地面を転がる。
豹変したかの様な天子の攻撃に、磔にされている空はただただ唖然とするばかり。
先ほどのチルノの攻撃で口の中を切ったのだろう、ペッと血を口から吐きながら天子が怒りを漲らせる。
「よくもやってくれたわね…! もう遊ぶのはお終いよ…一思いに殺してやるっ…!!」
うずくまるチルノに向かって天子が歩みを進めようとしたその瞬間、いるはずのない妖怪の声が辺りに響いた。
「う、動かないでっ!!」
* *
戻ってきたメディスンを見て、天子は舌打ちをする。
ターゲットが二人から三人に増えたから、というのもそうだが、それ以上に問題なのはメディスンの手の中。
あれもさっきの閻魔のものとは違うけど、おそらく同じ銃という武器。
随分と厄介なものを持っているじゃない、そう思った。
「貴方もつくづく馬鹿ねぇ。折角見逃して差し上げたのに。お仲間の馬鹿がうつったのかしら」
そう言い放つ天子を尻目に、チルノと空は慌てふためく。
「メ、メディ…? あんた…何してんのさ…?」
「おいっ! 馬鹿っ! 逃げろって言ったはずだぞ!?」
地に倒れ伏す二人の姿を見て、メディスンがその瞳に涙を浮かべる。
「だって…だって…! 友達を見捨てて私だけ逃げるなんて出来ないよっ!!
私はもう誰ともさよならしたくないの!!」
「だからって…! お前、殺されるぞ!?」
「でも…二人が死んじゃうのも嫌だもんっ!!」
「何…言ってんのよ! あたいは…最…強だから…大丈夫だ…って…!」
言い争う三人を見て、天子はハァ、と深いため息をついた。
折角漲った殺意が削がれてしまったというのもある、まったくもって興醒めだ。
「本当にやる気があるんだったら…警告なんてしないでさっさと仕掛けてきなさいよ」
「動かないでって言ったでしょ!?」
天子がゆっくり近づいてくるのを見て、メディスンは慌てて構えなおす。
依然として、恐怖で体は震えているが、視線だけは決して逸らさないように努める。
「無理よ…臆病者の貴方には出来っこないわ。くだらない抵抗は止めなさい」
「お、臆病者なんかじゃないもんっ!!」
確かに、目の前の人は怖い。
最初に出会ったあの妖怪も怖かったけど、この人もいい勝負だ。
でも、空さんやチルノが死んじゃう方がもっと怖い。
私は臆病者なんかじゃない、二人を助けて見せるんだ…!
だから…だから…
(スーさん…! 私に…力を貸して…!)
「うわあああぁぁぁっっっ!!」
叫びながら、引き金を引く。
―――銃口が火を噴いた。
* *
メディスンは信じていた。
弾幕やスペルカードという武器がある中に支給されたものなのだから。
きっとそれと同じくらいの力を、この道具は出してくれる、そう信じていた。
支給された説明書には、主催者のほんの悪戯心か、こう簡潔に記されていた。
「引き金を引くと、銃口から火が出ます」
だから、さっきの空みたいにとても強い炎が出て、目の前の人をやっつけてくれる。
そう信じていたのに。
「…え?」
メディスンが期待していた劫火とは程遠いほどのの炎。
せいぜい、種火と呼ぶのがふさわしい程度のか弱い炎。
それがチロチロと銃口から噴き出していた。
平時であれば、お部屋のインテリアとして、またちょっと変わった趣味として喜ばれたであろう。
だが…この殺し合いの場で「拳銃型ガスライター」など何の役に立つだろうか。
緊急時であったために試し撃ちをすることなく駆けつけたのが仇となってしまった。
頼みの綱を失ったメディスンは呆然と佇む。
それは空も、チルノも、そして天子もまた同様。
ライターを取り落とし、カシャンという軽い金属音が響き渡る。
「まったく…驚かしてくれるじゃない。ただ残念ね、単に怒りを買っただけだわ」
呆れ返った表情で、天子が沈黙を打ち破る。
「…こうなるって…分かっていたの…?」
「まさか。こんな玩具だってこれっぽっちも思わなかったわよ。
ま、仮にそうでなかったとして、あれだけガタガタ震えていたら当たるものも当たらなかったでしょうけれど」
そう言うと、緋想の剣を担ぐようにしながら再びメディスンに歩み寄っていく。
「い、嫌…! 近づかないでっ…!!」
半狂乱になりながらメディスンが弾幕を展開する。
空やチルノと違って、メディスンが弾幕を打てたことに天子は一瞬面食らった。
だが、制限が加わっている上に、精神的にも不安定な状況では、軌道は滅茶苦茶、密度はスカスカ。
前進しながら易々とかすり傷一つ負うことなくメディスンの目の前まで行く。
「あ…嫌…いやぁ…」
逃げてしまいたいのに、足が竦んで動くことさえ出来ない。
天子の冷たい視線に射抜かれ、金縛りにあってしまったかのように。
「さっきは臆病者だなんて言ってごめんなさいね。
死ぬって分かって戻ってきたんですもの。あなたはとても勇敢よ。」
「あ…あぁ…うぅ…」
「ですからね、私からささやかなお詫びといたしましてね…
この緋想の剣で一思いに斬って差し上げようかと思いますの。
喜びなさい、本当なら貴方のような木っ端妖怪には過ぎるくらいの待遇よ」
天子が緋想の剣を高々と掲げる。
立ち上がることの出来ない空とチルノは、この後何が起こるのかというのが容易に想像できてしまった。
「いや…助けて…スーさん…助けてよぉ…」
天子には理解できないうわ言を呟きながら、震え続けるメディスンに向かって剣を構える。
「よせっ!! やめろおおおぉぉぉっっっ!!!」
「メディィィィッッッッ!!!」
「さようなら、小さな妖怪さん」
次の瞬間、無慈悲に振り下ろされた剣はメディスンの左肩から右の脇腹にかけて袈裟切りの軌道を描いた。
空とチルノの目に映ったのは、血を吹き出しながらゆっくりと膝から崩れ落ちていくメディスンの姿と―――
―――顔を押さえながら声にならない声を上げて苦しむ天子の姿だった。
* *
メディスン・メランコリーは元々鈴蘭畑に捨てられた人形だった。
それが長い年月をかけて鈴蘭の毒を浴び続けることによって妖怪として生を受けた存在。
いわば、人間や妖怪にとっての血液に当たるものが、メディスンにとっては毒であったのだ。
その毒は、花の異変の時の彼岸花という別の毒素との邂逅によって力を増し。
体から無意識に漏れ出した毒だけで、制限下で弱っていたとはいえあの八雲紫を追い詰めるまでに至った。
そんなメディスンの体に回る毒は、いわば混じりっ気なしの原液と言っていいようなもの。
それを不用意にも至近距離から切りつけた天子は、思いっきり浴びてしまうこととなってしまった。
顔を焼き、眼球を焼き、視界が失われる。
焼けるような熱さと、不快な痺れが同時に襲い掛かってくる。
そのまま呻き声をあげながら、緋想の剣を杖のようにしてフラフラと立ち去っていく。
そんな天子を、空とチルノは何が起こったのか分からずに呆然と見送ることしか出来なかった。
* *
目が覚めると、私はいつもの鈴蘭畑の中にいました。
周りをキョロキョロ見渡してみると、スーさんもそこにいました。
今まで見ていたのは夢、だったのかなぁ?
確かめるためにいつもの呪文を唱えてみます。
「コンパロ、コンパロ、毒よ集まれ~♪」
うん、やっぱり大丈夫、スーさんの毒で苦しくなることもありません。
やっぱり今までのは悪い夢、きっとそう。
夢の中身を思い出してみます。
最初に出てきた怖い怖い妖怪や、最後に出てきた怖い怖い強盗さん。
随分怖い思いもしたけれど、でもカッコいい人もいた。
空さんに、チルノ。
二人とも、絶対に諦めずに何度でも立ち上がる姿、カッコよかったなぁ。
「ねぇ、スーさん」
いつものようにスーさんとおしゃべりを始めます。
「八意先生も頭がよくって、すっごい人だけれど…」
夢だったけど、あの二人の姿は今でもハッキリと浮かんできます。
「空さんやチルノみたいな人もいるんだね」
私はまだまだ妖怪として、生まれたばかりだけれども。
いつか、八意先生みたいに頭がよくって、空さんやチルノみたいに勇ましい、そんな妖怪になれるのかな。
「そうだ、スーさん、私、すっごく怖い夢を見たの」
スーさんにお話したいことがいっぱいある。
全部お話しするのにどれくらいかかるかなぁ。
「あのね、スーさんも私のことを嫌いになっちゃってたの、でもね…」
彼女が見たのは夢か現か。
人形から生まれた妖怪は、妖怪としてはあまりに短い生を終え、再び人形へと戻っていった。
【メディスン・メランコリー 死亡】
【残り 26人】
* *
まるで時が止まってしまったかのように、空とチルノはその場を動かなかった。
体に蓄積されたダメージの為、というのも勿論あった。
だが、目の前で仲間が一刀両断にされ、地に伏したまま動かないのを見てしまったのが何よりの原因だった。
不思議と逃げていった天子を追いかける気にはなれなかった。
今はもう天子のことなど、考えるだけの余裕さえも無かったのだ。
どちらかといえばダメージが少なく済んだチルノが、空の下に足を引きずりながら近づく。
左翼に突き刺してあった仕込み刀を引き抜いて、ようやく空は地面への磔から解放された。
外された肩を自力で嵌めようと苦心する空を尻目に、今度はメディスンの下へとチルノは歩みを進めた。
元のお人形に戻ってしまったかのように、ピクリとも動かないメディスンの亡骸を、ただ見下ろすことしか出来ない。
ふと、チルノの頬を熱いものが伝う。
これって…涙…?
どうして…?
どうして、こいつが死んであたいが泣いているんだろう…?
ちょっとだけ考えて、すぐにチルノは答えを見つけることが出来た。
そっか…あたいはこいつの、メディのことがとっても大事だったんだ。
(友達になろうって言葉だけでもすっごく嬉しい。ありがとね、チルノ)
(友達を見捨てて私だけ逃げるなんて出来ないよっ!!)
メディの言葉が、あたいの胸に甦ってくる。
「ごめんね、メディ…友達だったのに…あんたを守ってやれなくって…」
両の瞳から涙がぽろぽろとこぼれて来る。
メディスンの死という悲しみ、守ってあげられなかった悔しさ。
二つの思いがごちゃ混ぜになって、頬を伝う涙はいつまでも止まらなかった。
「メディスン…」
気がつくと、お空が後ろに立っていた。
棒を嵌めている方の肩を痛そうに押さえながら、立ち尽くしている。
お空は必死に涙を堪えているようだった。
きっと、あたいが泣いているから、自分だけでも泣いちゃいけない、そう思っているんだろう。
「…ねぇ、お空」
「…なんだい」
「お空さ…いつか言ってたよね…? 何のための最強なの? 誰のための最強なの? って」
「あぁ…そんなことも…言ったっけか」
「あたいさ…お空やメディを守るために頑張ったんだよ? でも…メディは守りきれずに死んじゃってさ…」
「そんなの…私だって同じさ。お燐を守れなかった上に、メディスンまで目の前で死なせたんだ…」
「…おかしいよね、あたいもお空も最強なんだよね、最強のはずなんだよね」
「その…つもりだったんだけどな…」
「メディも、お燐って妖怪も、お空やあたいのことを最強だと思って死んでいったんだよね」
「…そうかもな」
「だったらさ…今はまだ最強じゃないかもしれない…けど。
あたいは…あたいはメディに笑われないように本物の最強になってやる、そう決めたの」
そう言うと、チルノはメディスンの金髪に手を伸ばすと、その頭に巻かれた赤いリボンをしゅるり、と解く。
そのリボンを自分の左腕に喪章をするかのように、しっかりと結びつける。
「だから、あたいは今ここで誓うの! メディのために、あたいは最強になるんだって!
いつかあたいも死ぬかもしれないけれど、死んだ後でメディをがっかりさせないくらい、最強になってやるんだ!」
涙を腕で拭いながら、精一杯力を込めてチルノが叫んだ。
「…なんだ、チルノも考えることは一緒か」
そう言うと、空は自分のスキマ袋から黒いリボンを取り出した。
「形見の…つもりでお燐から貰ってきたんだけどな…真似させてもらおうよ。
チルノ、悪いけど私の左腕にも結んでくれない? こっちの足がまだ痛くってね」
こくり、と頷いたチルノが、空の左腕に燐の黒いリボンをしっかりと結びつける。
「あたいはメディのために!」
「私はお燐のために!」
「「絶対に!! 最強になってやる!!」」
がしっと互いの左手で握手する。
もう泣くわけにはいかない。泣いていたら、死んだ二人にいつまで泣いているんだ、って笑われそうな気がして。
「ねぇ、お空。あたい達二人で一緒に最強になるんだよね」
「そうとも。それがどうした?」
「もう、絶対に離れ離れにならない、約束する?」
「あぁ。もうこれ以上誰かとお別れするのは真っ平御免だからね」
「じゃあさ…これ」
じゃらり、と音を立てながら、チルノが懐から金属の輪っかを取り出す。
「なんだい、これ」
「メディが持ってたおもちゃだよ。これで手を繋げば、離れ離れにならないんだってさ」
「ふぅん、おまじないみたいなものかな。いいよ、そいつで手を繋ごうじゃないか」
空の左腕と、チルノの右腕が、手錠によってしっかりと繋がれた。
本来の目的とは明らかに逸脱した使い方だが、二人にそれを突っ込むのは無粋、というものだろう。
何はともあれ二人は今、心身ともに強固な絆によって結ばれたと言ってもいいだろう。
「…さて、とりあえずどうしようか?」
「まずはさっきの奴を探し出して捕まえるのよ!
メディにこんなことしたのを、地面に頭こすり付けて謝らせてやるんだから!!」
「そいつはいい考えね。
それと、こんなところに私達を放り出した奴も許すわけにはいかないね。
そいつらのせいでお燐やメディスンがこんな目に遭ったんだから」
「よぉし、そいつらもみんなまとめて謝らせてやろう! ねっ!」
傾き始めた太陽が、二人の顔を紅く紅く照らしつけていた。
だが、太陽だけのせいではない、二人は決意に闘志を燃やし、紅潮していたのだ。
【C-5 南東部森林 午後 一日目】
※限りなく夕方に近い時間です
【最強コンビ】
共通方針:二人で一緒に最強になる
1.メディスンを殺した奴(天子)を謝らせる
2.ここに自分達を連れてきた奴ら(主催者)を謝らせる
【チルノ】
[状態]霊力消費状態(6時間程度で全快)全身に打撲 強い疲労 心傷
[装備]手錠
[道具]支給品一式(水残り1と3/4)、ヴァイオリン、博麗神社の箒、洩矢の鉄の輪×1、
ワルサーP38型ガスライター(ガス残量99%)
[思考・状況]基本方針:お空と一緒に最強になる
1.メディスンを殺した奴(天子)を許さない
2.メディスンを弔いたい
3.余裕があれば霧の湖に行きたい
※現状をある程度理解しました
【霊烏路空】
[状態] 霊力0(6時間程度で全快) 疲労極大 高熱状態{チルノによる定時冷却か冷水が必須} 右肩(第三の足)に違和感
左手に刺傷 左翼損傷 全身に打撲 頭痛 心傷
[装備] 手錠
[道具] 支給品一式(水残り1/4)、ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、スキマ発生装置(二日目9時に再使用可)
朱塗りの杖(仕込み刀)
[思考・状況]基本方針:チルノと一緒に最強になる
1.メディスンを殺した奴(天子)を許さない
2.メディスンを弔いたい
3.さとりとこいしに会いたい
※現状をある程度理解しました
※空の左手とチルノの右手が手錠でつながれました。妹紅の持つ鍵で解除できるものと思われます。
※橙の首(首輪つき)がチルノたちの側に転がっています。どう扱うかは次の書き手の方にお任せします。
※河童の五色甲羅(ひび割れ)がチルノたちの近くの草むらの中に転がっています。どう扱うかは次の書き手の方にお任せします。
※メディスンの持っていた燐のスキマ袋はチルノが持っています。
中身:(首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、東のつづら 萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4)
※メディスンのランダム支給品は手錠とワルサーP38型ガスライターでした。
* *
天子は、闇雲に逃げ続けていた。
視界を失った今、方向感覚は分からない。
幸い、嗅覚はあるので、ぶすぶすと木が焦げる匂いを避けるようにしながらの行軍だ。
中途半端に力を使ったせいで、湖の時みたいに岩のドームを作ることは出来そうに無かった。
仮に出来たとして、視界を失った今、チルノをドーム内に一緒に引き込んでしまう可能性は否めなかった。
いくら氷精が相手とはいえ、目が見えない今は明らかに分が悪すぎる。
追ってくるかもしれないチルノと空の影に怯えるように、フラフラと天子は歩みを進める。
迂闊だった、なんの気もなしに切りつけた結果がこんなことになるとは。
遊びすぎたことを後悔しながらも、それでも天子は前向きに考える。
あの毒は、あの妖怪の能力に間違いないだろう。
自分の力にも制限がかけられている今、あの毒にだって制限がかけられていない道理が無い。
つまり、この視力消失は一時的なもの。さっきみたいに少し休めばきっと回復するはず。
そうすれば今度は遊ばない。あの二人も怯える暇など与えずに倒してみせる。
幸い、緋想の剣はもはやこの手の中にある。これさえあれば私に怖いものはない。
好死は悪活にしかず。
今の自分はおそらく醜くも生きているのだろう。
だが、死ぬよりはましだ。
生きてさえいれば、まだまだ先があるのだから。
だから、今は休もう。また休まなければいけないのは癪だけれども。
八雲紫、その式、射命丸文、霊烏路空、チルノ。
スケジュールはびっしりと埋め尽くされている。人気者は辛いわね。
いつしか山を分け入って随分と高いところまで登ってきていたようだ。
何度か木の根に躓いて転んでしまったが、その分の怒りはターゲットにまとめてぶつけよう。
あれからかなり逃げたはずだが、一向に追ってくる様子が無い。
うまく撒くことが出来たか、そもそも追ってきていなかったか。
よし、そろそろこの辺りでいいだろう。そう思ったその瞬間だった。
「きゃっ!」
天子の足元から地面が消え失せ、そのまま落下していった。
落下といっても、普段よりちょっと大き目の段差というだけのことだったのだが。
目の見えない今、天子にとってはそれだけでも十分に脅威になりうる。
しばらく斜面を転がり落ちて地を舐めることになってしまった。
私がこんな目に遭うのも全てあいつらのせい、そうとでも思わないとやっていられなかった。
苛立ちを募らせたところで、ふと気づく。
さっきまで右手に握っていた緋想の剣が、無い。
「うそっ!? まさか今ので落としちゃった!?」
天子にとって頼みの綱といってもいい緋想の剣。
それが無いことにうろたえるところに、追い討ちをかけるように耳に無機質な音声が響き渡る。
『警告します。禁止区域に抵触しています。30秒以内に退去しなければ爆発します』
天子の背中を冷たい汗が伝う。
最初に飛ばされた酒蔵のようなところで爆死した、顔も名前も知らない女のことを思い出す。
まさか、自分もあんな風になってしまうの…?
それだけは…嫌だ!!
「そっ、そうよ…! ついさっきまではこんな警告なんて無かった…!
つまりここは禁止エリアの端っこ…少し動けば抜けられるはずよ…!」
その間にもカウントダウンは進む。
29…28…27…26…
素早く起き上がって、斜面の上へ上へと進んでいく。
転がり落ちてきて禁止エリアに入ったのだから、登っていけば脱出できる、そういう道理だ。
25…24…23…22…
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…
耳障りな電子音とともにカウントダウンが続いていく。
21…20…19…18…
目が見えればコンパスを頼りにすぐに脱出することが出来たはず。
しかし、無いものねだりをしても仕方が無い。
17…16…15…14…
登っても、登っても、カウントダウンは鳴り止まない。
最早緋想の剣のことは頭に無い。ただただ脱出して生き延びることだけしか考えていない。
13…12…11…『あと10秒です』
焦る天子の心中をよそに、カウントダウンは続く。
どうして? 何故脱出できない? 天子はパニックになる。
スイカ割りの時に目隠しをされ、ぐるぐるとその場で回る。
平衡感覚が失われるとともに、今自分がどこを向いているのかが分からなくなる。
今の天子が置かれた状況はそれに酷似していた。
これがスイカ割りならば、周りの友人が声で誘導してくれただろう。
だが、今の天子にそんな救いの声は存在しない。
転がってきた方向を登っているつもりで、別の向きに斜面を登っていたのだ。
9…8…7…6…『あと5秒です』
「嘘よ! そんなのってないわ! 私がこんなところで死ぬなんて、あっていいわけがない!!」
4。
なまじ意識がハッキリしているだけに、真綿で首を絞められていくような感覚。
死刑宣告のカウントダウンは鳴り止むことが無い。
3。
「嫌よ嫌! 死ぬなんて絶対嫌よ、だから誰か、誰か助けてよぉっ!!」
命乞いをしても…その声は誰にも届くことは無い。
2。
涙を流しながらも、諦めることなく上へ上へと歩を進めていく。
しかし、時間の流れは誰にも平等に刻まれていく。天人であろうと、そうでなかろうと。
1。
「お願い、誰か助けてっ!! 死ぬのは嫌あああああっっ―――」
半狂乱になりながら泣き叫び…
0。
最後の電子音と同時に、首輪がぼんっ、と小さく音を立てて爆ぜた。
首から上を失った胴体ががくっと崩れ落ち、登ってきた斜面を転がり落ちる。
止める力を持たない胴体はそのままゴロゴロと転がり落ち、最後に小さな崖から飛び出す。
どさっ、と音を立ててようやく死体は転がるのを止めた。
奇しくも、その死体は別の首無し死体に寄り添うようにしていた。
自分が首を落とした相手の側で最期を迎える。
誰かが、彼女に「因果応報」と忠言していれば…こうした結末は防げたのだろうか。
【比那名居天子 死亡】
【残り 25人】
※緋想の剣はB-5の山中(ほぼB-4との境目)に放置されています。
※残りの道具(永琳の弓、矢×13本、洩矢の鉄の輪×1、小傘の傘、支給品一式×2)
は天子の死体と一緒に禁止エリアに放置されました。
最終更新:2021年08月23日 13:07