リリカSOS

リリカSOS ◆shCEdpbZWw



紅い嵐が去った。
嵐が去った古い洋館のエントランス。
そこにリリカ・プリズムリバーが横たわっていた。
右の人差し指は無残にも落とされてしまい、切断部からはポタリ、ポタリと血が滴っている。
痛みに顔を歪めるリリカの心中に、怒りと絶望がない交ぜになって押し寄せる。



レミリア・スカーレットが許せない。
奴は私からメルラン姉さんを奪った。
奴は私から楽器を演奏する術を奪った。
奴は、奴は、奴は……っっ!!

紅魔館であの悪魔はメルラン姉さんを殺してはいない、そう言った。
一度はそれを信じてしまったが、あの時はメルラン姉さんの死という現実から逃げていただけ。
心の弱さからありもしない幻想に飛びつき、少しでも悪魔の嘘に絆されてしまった自分が今は恨めしい。
何の躊躇いも無く従者に指を切り落とすことを命じるような悪魔が、誰かを見逃すなんてあり得ない。
やっぱり、あの神様が言っていたようにメルラン姉さんを殺したのはあの悪魔なんだ。

だけど――
許せないからといってどうする?
1対1でも敵うかどうか怪しいのに、今は従者までついてしまった。
あの従者の考えていることはよく分からないが、少なくとも悪魔の言いなりになっているのは間違いない。
単純な力量でも不足している上に、頭数でも不足していては勝ち目はほとんどない。

レミリア・スカーレットは許せない……が、私がどうこう出来るような相手でもない。
だったらどうしよう? どうしよう? どうしよう……



思考の無限ループに陥ったリリカは、虚ろな表情で天井をただ見上げることしか出来なかった。

「姉さんたちなら、こんな時どうしたかなぁ……」

今は亡き二人の姉に思いを馳せるが、それはただの現実逃避でしかなかった。

不意に一陣の風が吹き込み、玄関で開け放たれたままのドアがギィィ、と軋む。
レミリアたちが戻ってきたのでは、と思ったリリカは慌ててガバッと体を起こし、座ったまま後ずさりした。
そして、誰も来ていないことを確かめると一つ大きく息をついた。

「このまま……ここにいるわけにはいかないよね……」

今度レミリアと鉢合わせようものなら、指一本どころでは済まなくなるだろう。
そのレミリアが、また何時戻ってくるか分からないのだ。
このままいつまでも呆然としていては、姉たちの遺志も受け継げなくなってしまう。
無策のまま時間を浪費していては、先刻のようにもう一度蹂躙されてしまうのは目に見えている。

「とりあえず、まずはこの血を何とかしないと……」

依然として人差し指があった場所からは血が滴り落ちていた。
動脈を切られたわけではないから、すぐに命にかかわるような傷ではないとはいえ、放置できないことに変わりはない。
リリカは自分の服の右袖を引き裂き、傷口にきつく巻きつけた。
慣れない左手での作業だったので少々難儀したが、どうにか傷の処置を終えることが出来た。
まだ痛みは残っているが、それぐらいで挫けるわけにはいかない。

「よしっ、それじゃあ次は……」

自らを奮い立たせるように一声発して、リリカはスキマ袋の中に手を伸ばした。
手持ちの道具でどうにか状況を打破できないかと考えたのだ。
しかし、手持ちの道具を広げたところで、リリカは再び意気消沈することになってしまう。
なにせ、今の手持ちはなにやらよく分からないバトンに、小さな人形が一つ。
武器として使えそうなものは、さっき見つけた霊撃札ぐらいである。
その霊撃札にしても設置して使うのが主目的であり、自ら打って出るには不向きな武器だ。

かと言って、このまま館に籠城するのは紅魔館での悪夢を思い出してしまうので極力避けたい。
図らずも殺めてしまったヤマメの死に顔が、機関銃に全身を撃ち抜かれた神奈子の姿が、
自分を傷つけたキスメとかいう妖怪が頭を割られて横たわっている姿が…
紅魔館で見た多くの"死"がグルグルとリリカの頭を駆け巡っていく。
とっくに血が止まったはずの脇腹の傷がズキンと疼き、リリカは僅かに顔をしかめた。
そして、残像を振り払うように首をブンブンと左右に振った。

「違う……悪いのはみんなあの悪魔……アイツさえいなければこんなことにはならなかったのに……!」

レミリアさえいなければ、メルラン姉さんが今も生きていたかもしれない。
レミリアさえいなければ、ヤマメがあんな事故で死ぬことは無かったかもしれない。
レミリアさえいなければ、それを追いかけてきた神奈子が死ぬことも無かった。
レミリアさえいなければ、私を助けてくれた咲夜があんな凶行に及ぶことも無かった。
レミリアさえ……レミリアさえ……レミリアさえ……

リリカはハッキリと認識した。
生き延びてこの悪夢のような異変から脱出し、姉たちの遺志を継ぐために越えねばならない最大の障害。
それが、レミリア・スカーレットであることを。
そして、その障害を越えるのに自分ひとりでは力が及ばないであろうことを。

「やっぱり……悔しいけど私一人じゃ手に負えないか……」

紅魔館ではせっかく作った味方を喪ってしまう憂き目を見ただけに、また誰かと行動を共にすることには抵抗があった。
だが、自分だけでは何かを成すことが出来ない以上、背に腹は替えられなかった。
やはり、力のある誰かと手を組んで惨劇からの脱出を目指すということが、最善の策だとリリカは考えた。

「やっぱり第一候補は霧雨魔理沙……だけど、今もまだ生きている保証は無いし……」

先程は魔理沙を探しに出ようとしたところで、レミリアにその出鼻を挫かれてしまった。
邪魔が入ってしまったが、やはり彼女を探すという方針に変わりは無い。
だが、拠り所が一つだけというのは心許ないというのもまた事実。
魔理沙が既に死んでいた時に、たちまち破綻してしまうような脆い土台ではたまったものではない。
いつレミリアが戻ってくるか分からないという焦燥感を感じつつも、リリカは魔理沙に次ぐ候補を考えていく。

まずは、よく出入りしている白玉楼の主、西行寺幽々子が浮かんだ。
彼女なら聡明だし、力量も申し分ない。ともすれば、もう誰かと手を組んで異変の解決にあたっているかもしれないと考えた。
ただ、一つの懸念として、先程読み上げられた死者の中に従者である魂魄妖夢の名があったことを思い出す。
実の姉を喪って心が壊れかけた自分のように、従者を喪った幽々子の心が壊れていないとも限らない。
幽々子に限ってそこまで弱くはないだろうと思うが、用心するに越したことは無い、リリカはそう考えた。

次に、最後に手持ちの霊撃札を見つめ、博麗霊夢の姿を思い浮かべた。
確かに、掴み所の無い性格で何を考えているか分からない節があり、殺し合いに乗っている可能性も否定できない。
だが、数々の異変の解決にあたってきた実績は大きく、味方に出来れば魔理沙と同じくらいに心強いことも確かだった。
魔理沙ほどの信頼を置くことは出来ないが、あのレミリアよりはましなはず、とリリカは霊夢を候補の末席に加えた。

最後に、紅魔館で行動を共にしていた映姫のことを考えた。
だが、これは候補としては最早あり得ないと、リリカは切り捨てた。
少なくとも、紅魔館での一件で映姫からは裏切り者と認識されているかもしれない。
頭を下げて済むようなことではない、下手をすれば会ってすぐに裁きを受けてしまうこともあり得る。
映姫とは極力顔を会わせないようにしよう、リリカはそう決めた。

「霧雨魔理沙がダメなら幽々子様、最悪の場合は博麗霊夢と手を組むとして……いったい何処にいるのやら」

リリカは呟きながら地図を広げた。
冥界が地図に無いのに気づいたが、空を飛ぶのに不自由する今は行けなくても仕方ないと、脇に追いやった。

「人里なんていかにも人が集まっていそうだけど……今は紅魔館には近づきたくないし……」

人里の方に向かおうとすれば、否応なしに紅魔館に近づくことになる。
大きく遠回りすれば行くことも出来るが、どうせ遠回りするなら、とリリカは別の候補を考えることにした。

「……あった、霧雨魔理沙の家。……でも、これまた随分遠いなぁ」

地図に目を落として程無く、リリカは魔理沙の家の場所を確認することが出来た。
だが、彼女の家は現在地から遠く離れた魔法の森の中。
まだ陽が高い時間だが、満足に飛べない今は歩くしかなく、森に到着する頃には日が暮れてしまうだろう。
おまけに、自分が動くのと同じように、向こうだって同じところに留まらずに動いている可能性は高い。
そもそも、ご丁寧に自分の家に居るとも限らないわけで、空振りに終わってしまう危険性もあった。

「だけど……動かないわけにはいかない……少なくとも、ここや紅魔館に比べれば安全なはず……」

そんな不確定要素も、レミリア・スカーレットという最大のリスクの前にはちっぽけなものに思えた。
悪魔に抗う意思こそ失ってはいなかったが、恐怖は確実にリリカの精神に刻み込まれていた。
この際期待した成果は得られなくとも、悪魔の影響下からひとまず去ることが出来ればそれでいいとリリカは思う。

「とにかく、森の方なら他にも博麗神社もあるし、誰かしら集まっているはず……
 そこで事情を話して、なんとかあの悪魔に対抗する手段を考えないと……」

霧雨邸が空振りに終わった時の次善の策を用意しながら、リリカは一度広げた荷物をスキマ袋にしまい始めた。
使い道はともかく、何かの役に立つかもしれないとバトンと人形をすぐに取り出せるようにし、最後に霊撃札を懐に収めた。
すっくと立ち上がったリリカは、レミリアと咲夜の待ち伏せを警戒しながら外の様子を確認する。
そして二人の姿も気配もないことに安堵すると、外に出る前にもう一度視線を館の中に戻した。
視線の先には、在りし日のリリカたちが描かれたあの鏝絵があった。

「……ルナサ姉さん、メルラン姉さん……行ってくるね」

必ず生きて帰って、二人の分まで幻想郷を盛り上げてみせる。
私がこの世に無い幻想の音を奏でられるのなら、いつかきっと姉さん達の音だって奏でられるようになるはずだよね。
だから……二人ともあの世で私のことを見守っていて。

そんな事を思いながら、リリカは数時間ぶりに外に踏み出した。
柔らかく照りつける陽射しは、改めてリリカに生きていることを実感させるには十分だった。
外の空気をいっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
大きくひとつ深呼吸をしたリリカは、自らを鼓舞するように顔をぴしゃりと叩き、キッと前を見据えた。

「待ってなさい、レミリア・スカーレット……今はダメでも、いつかお前を……」

どうするのかという答えを胸のうちに飲み込み、リリカは駆け出した。
目指すは魔法の森、霧雨魔理沙亭。


あの悪魔が私の行動を知ったら一笑に付すかもしれない。
所詮貴様は一人では何もできない、その程度のちっぽけなプライドしか持ち合わせていないのか、と。
それでよくもまあ、誇り高き吸血鬼に喧嘩を売ることなど出来たものね、と。
あの見下すような表情を浮かべながらそう吐き捨てる姿は容易に想像がつく。

誇り? 尊厳? 威信? 矜持? プライド? どれもこれも、いかにもあの悪魔が好みそうな言葉だ。
だけど、そんなものは死んでしまえば何も残らない、生きている間だけ自己を満足させるだけのものにすぎない。
なら、そんなものは要らない。恥も外聞もない、どんな手を使ってでもあの悪魔を倒して、生きて帰ってみせる。

私は、間違いなくあのレミリア・スカーレットに恐怖している。
恐怖しているからこそ、他の誰かを頼って立ち向かってみせる。
他の一切の存在を卑下する悪魔には、誰かを頼るなんて想像もつかないことかもしれないけどね。

確かに、今の私は一人では何も出来ない。
そして、今だけじゃなくこれまでずっとそうだったのかもしれない。
戦いともなれば姉さんたちの陰に隠れ、自分が極力前に出ることなく利益を得ようとしてきた。
その生き方は狡猾なものであり、それを嘲り笑う者もいたことでしょうね。
だったらどれほど狡猾だと蔑まれようとも構わない、この際開き直ってみせる。
生きて帰らないことには何も始まらないのだから。
姉さんたちとの約束も果たせないのだから。



【C-2 プリズムリバー邸周辺・一日目 午後】


【リリカ・プリズムリバー】
[状態]腹部に刺傷(大よそ完治)、右手人差し指切断(止血処置済)
[装備]霊撃札(24枚)
[道具]支給品一式、オレンジのバトン、蓬莱人形
[思考・状況]生き延びて姉達の遺言を果たす
[行動方針]
1.魔法の森に行って霧雨魔理沙を探し、その動向が脱出であれば協力する。
2.魔理沙が見つからない時は幽々子、霊夢の順に頼る。
3.仲間を集めて紅魔館に戻り、脱出の障害になり得るレミリアたちを打倒する。
4.出来るならば姉達とヤマメを弔いたい。
5.映姫とはなるべく顔を合わせたくない。


128:哀死来 4 all(後編) 時系列順 122:楽園の人間、博麗霊夢
135:吸血鬼の朝が来た、絶望の夜だ /紅魔の夜の元、輝く緑  投下順 137:通過の儀式/Rite of Passage
113:恐怖を克服するには―― リリカ・プリズムリバー 147:人を探して、三千歩

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最終更新:2010年10月05日 14:25
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