オモイカゼ ◆shCEdpbZWw
「いませんね…」
「そうですね…どこに行ってしまったんでしょうか…」
箒に乗る二つの影が森の中をふよふよと漂う。
前に乗る古明地さとりと、後ろに乗る東風谷早苗はある妖怪を探していた。
洩矢諏訪子にとどめを刺し、仕掛けていた地雷で図らずも同行していた上白沢慧音を殺害した張本人。
先ほど、二人の前から姿を消してしまった宵闇の妖怪、
ルーミアである。
だが、当座の目的は彼女の制裁、というものではない。
早苗やさとりとルーミアでは根本的に考えていることが違った。
バトルロワイヤルという事象に逆らおうとする二人と、普段と変わらず振る舞うルーミア。
腹が減れば食事を摂ったり、手元に玩具があればそれで遊んでみたり…
殺し合いという異常な状況下にあってなお、ルーミアは妖怪としていつも通りであろうとしていた。
皮肉にも、その“いつも通り”であることが、ここでは逆に異常であったのだが。。
この状況をルーミアが理解していないのならば、それを理解させてやればいい。
その上でなお、こちらを理解せずに襲ってくるのならばその時は応戦するしかない。
ただし、それはあくまでも最終手段、彼女と話し合う余地はまだ残されている。
それぞれの心中にはルーミアへのわだかまりはもうない。
もちろん、相応の罰は受けさせねばならないであろう事は双方共に承知しているが。
故に、二人は何はともあれルーミアを探すこと…を目的としていた。
本当なら諏訪子と慧音をきちんと埋葬して弔いたいところだったが、それを諦めてでもルーミアをすぐに探さねばならなかった。
だが、深い森の奥に分け入ってしまった彼女の足取りは一向に掴めないままだった。
さとりはもちろん、最後まで一緒だった早苗もルーミアの行く当ては思いつかない。
ルーミアとしっかり話をしてこなかったツケを払わされている格好になってしまっている。
「さとりさん、やっぱり二手に別れて探した方が…時間を決めて博麗神社にでも集合すれば…」
「それはなりません。こうなってしまったからには単独行動は自殺行為です。それに…」
さとりの脳裏を死神の顔がよぎる。
諏訪子の事実上の下手人である、小野塚小町。
彼女がさとりを人質にして武器を奪った際、早苗達に向けてこんな言葉を放った。
『あんたらは幻想郷に必要ない人材なんだよ。今殺してもいい。だけど、それじゃこのお方が一人になるじゃないか』
幻想郷に未来を残せるものを生かす、小町はこうも言った。
命に大小など無い、と言いたいところだが彼女は聞く耳を持たないだろう。
幸か不幸か、小町にとってさとりの命は優先順位が高いものであるらしい、少なくとも早苗よりは。
「私と一緒に居れば、少なくともあの死神に命を狙われるリスクはぐっと抑えられるのです。
一人になったところをこれ幸い、と貴女を狙ってくるかもしれないのですよ?」
「でも…でも、だとしたらなおのことルーミアさんが危ないじゃないですか…!」
死んだ二人を弔うことが出来なかった理由はここにある。
一人でいる時間が長ければ長いほど危険なのが今なのだ。
ただ、早苗の体調を気遣ってか、今は走るよりは幾らかまし、という速度しか出せないでいた。
なるべく急ぎたいこの状況だけに、早苗は焦りを募らせていた。
「それは百も承知です。かと言って、ここで貴女まで失ってしまうわけにはいかない…」
さとりが嗜めると、早苗が唇を噛み締めて俯く。
「あまりこういうことは考えたくないのですが…これだけ探しても彼女が見つからない、ということはもしかしたら…」
もう小町に殺されているかもしれない、そう後に続ける言葉をさとりは飲み込んだ。
早苗もそれを理解してか、気まずい静寂が周囲を支配する。
「…あくまでも可能性の話です。裏を返せば、まだ彼女が生きている可能性だってあるわけで…」
そうは言ったものの、さとりは本心ではルーミアの生存をかなり疑問視していた。
彼女の捜索を開始してからもう数刻が経過している。
近くで銃声は聞こえないし、弾幕を展開しているような気配も感じられない。
だが、ルーミアがどこに向かったのか当てもなくあちこち彷徨っているだけのこの状況。
こんな状態ではそうした戦闘の気配を感じられる範囲内に自分達が居なかった可能性の方が高い、さとりはそう見ている。
「だからこそ、です。目の前で救えるはずの命を…私はもうこれ以上零したくないのです。」
悲観的なさとりに対し、早苗はあくまでも可能性があるのならそれに縋りたかった。
たとえ、それが蜘蛛の糸ほどの細く、脆いような代物であったとしても。
博麗神社でのパチュリーの死。
自分の知らぬうちに命を落とした慧音。
そしてなにより母のように慕っていた諏訪子が眼前で殺されたこと。
この死亡遊戯の舞台に落とされてから、誰一人として救えていないことに早苗は少しずつ苛立ちを募らせていた。
だが、頭ではそう思っていても…体がついてこない。
「これでルーミアさんも助けられなければ、もっと後悔…ゲホッ、ゲホゲホッ…」
大きく咳込んでしまい、決意の言葉は強制終了の憂き目を見てしまう。
誰が見ても、早苗の体調が万全でないのは明白である。
「貴女の気持ちは良く分かります…でも、その調子ではたとえ今がこんな状況でなくても一人には出来ませんよ。」
さとりが心配そうに後ろにいる早苗に言葉をかける。
元々体調が良くなかったところに、身近な神々の死による心労が立て続けに襲ってきた。
横になって休んでいたのも博麗神社でのほんのわずかの間。
早苗の強い精神力でここまでなんとか耐えてきたものの…さすがに限界なのだろう。
「それが分かっていながら、貴女を一人にしてしまったら…私が神奈子さんや諏訪子さんに怒られてしまいます。」
早苗も自分の体は自分が一番分かっているので、何も言い返すことが出来なかった。
さとりは、心を読まずとも沈黙を肯定と判断した。
「ルーミアさんを探す以外にも、私達にはやらねばならないことが多すぎます。
その時に備えて、今は少しでも体を休めることが必要なのではないでしょうか?」
「そんな…さとりさん一人を危険に晒してまで私がのうのうと休むなん…ゲホッ」
「ご心配なさらずに。確かに私は戦闘は不得手ですが、それなら危なければ逃げるまで。
何があっても貴女を一人には決してさせませんから。」
ひとしきり咳込んだところで、また静寂が訪れる。
「こんな小さな背中ですが…少しは私を頼ってくれてもいいんですよ?」
「そっ、そんな! さとりさんが頼れないなんて別にそんなつもりじゃ…」
「じゃあ決まりですね。今は私の背中で少しでも休んでください。」
「うぅ…分かりました…」
そう言うと、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、早苗は体をさとりの背中に預けて意識を手放した。
さとりは、背中に熱っぽい早苗の体温と、静かな寝息を感じながら思案に耽る。
「さて、どこに向かいましょうか…」
ホバリング状態で、さとりは自分のスキマ袋から地図を取り出した。
…と言っても、元々地上の地理に明るくない故、現在地がほとんど分からない。
「森の中にいるのは確かですから…西に行けば森は抜けられそう。その先には人里とやらがありそうですが…」
頭に浮かんだ考えを、即座に否定する。
「森の中ですから今は目立ちませんが、平原にでも出てしまえば今の私達は格好の的…
早苗さんがいる今、無理な動きも出来そうにないですから…なるべく森からは出たくないですね…」
もう一つ、さとりの感じた懸念は、人里という場所の性格上、多くの人が訪れるであろうこと。
ルーミアも目指している可能性も無くは無いが、小町のようなゲームに乗った者も多くいる可能性がある。
ゆっくり休めるような建物もありそうだし、ともすれば薬の類があるかもしれない。
だが、道中から到着した後のことまで含めると如何せんリスクが高すぎる。
「東に行けば山に行き着きますが…これも論外ですね。
みすみす逃げ道を自分達で塞ぎに行くようなものですから…」
可能性を一つずつ潰しながら地図を見回してみる。
博麗神社…先ほど見た限りでは薬のようなものは見当たらなかった。
霧雨魔理沙の家もまた然り。
香霖堂…字面からすれば森近霖之助の住処か。
だが、さとりが最初に聞いた得体の知れない男の声の持ち主がこの霖之助であるかもしれない。やはりリスクは高い。
「あと目ぼしい建物は…このマーガトロイド邸と、こっちの三月精の…ん?」
ふと、さとりの目が地図の南端で止まる。
「迷いの竹林」などという怪しげな文字の近くに見つけた「永遠亭」の三文字。
「永遠亭、といえば確か八意永琳の本拠地、でしたよね…」
地下に住まうさとりにも永琳の噂は届いていた。
あらゆる薬を作る程度の能力を持つという、月から来た天才がいるらしい、と。
そして、この殺し合いの首謀者と一般的には目されている、そんな存在。
だが、さとりはそうは思っていない。
最初に全員が集められたあの場所で、永琳の真意を読もうとした時に聞こえた謎の男の声。
まるで自分を創造したかのような物言いは、噂に聞く永琳像とは到底違うものだった。
故に、さとりは永琳を今回の騒動の犯人とはあまり思っていない。
少なくとも、印象からすれば唯一の男である霖之助よりはよっぽどシロに近い。
もう一つ、さとりには永琳が主催者である可能性を疑えるだけの根拠があった。
早苗が回収した諏訪子のスキマ袋。その中に入っていた一つの書簡。
目を通してみると、それは永琳から蓬莱山輝夜という人物に宛てたものであるらしい。
自分が嵌められたということ、主催者は自分の姿を騙ってこの殺し合いを行っていること。
この手紙を読んだら殺し合いからすぐに手を引いて、可及的速やかに永遠亭に向かい、そこで待機して欲しいということ。
内容はざっとこんな具合であった。
あまり表立って動くことのない輝夜のことをさとりはよくは知らなかったが、永琳と深い関係にあるのは間違いないらしい。
一瞬、これは暗号めいた文章で、二人の間に何か企みの様なものがあるのでは、とも疑念もよぎった。
しかし、そうなるとおかしいのが何故これを第三者である諏訪子が持っていたのかということだ。
どういう経緯かは分からないが、手紙を持っていたということは諏訪子と永琳が接触したということである。
仮に永琳が主催者であるなら、諏訪子とは敵対関係にあって然るべき。
そんな中、暢気に一筆したためるだけの時間があるだろうか?
予め書き溜めていたとしても、それを諏訪子がそのまま持っているだけ、ということは考えづらかった。
なにより、さとりの中での決め手となるのは謎の男の声だった。
その声を反芻する度に、この手紙は真に助けを求め、殺し合いを止めるものではないか、そう信じたくなったのだ。
まず疑ってかかる思考だったさとりが僅かでもこういう「信じる」という思考に至る。
それは早苗の、そして死んだ慧音の影響を大きく受けているからなのだが、本人はそれに気づいてはいない。
永遠亭は彼女の本拠地だ。
彼女が首謀者であるならば、この上なく怪しく、そして危険な場所であろう。
よほど無鉄砲な輩でなければ、好き好んで訪れることはない。
だが、さとりは半ば永琳が主催者ではないと確信している。
それは、他者には危険である永遠亭という建物が、逆にさとりにとっては比較的安全な場所であるということになる。
なにより、そこに行けば早苗の風邪をどうにか出来る薬がある可能性は大だ。
仮に薬が無くとも、そこに輝夜を待つべく永琳が来ていればその場で風邪の治療くらい何とかなるだろう。
「南と東を山で塞がれているのが気になりますが…背に腹は代えられませんか…」
地図によると永遠亭までの道中には、人里までのそれと同様遮蔽物のない平原があるらしい。
だが、永遠亭を目指す者は人里を目指す者よりは少ないはず、リスクはずっと小さい。
距離も人里を目指すのと大して違いはない。
「南は…こっちですね。」
コンパスで方角を確認してから再び箒で飛び始めた。
しばらく南に飛んだところで、さとりにとっては懐かしい風景が目に入る。
開始直後にルーミアと出会った三月精の家が左手側に見えてきた。
「ということは…ここはG-4とG-5の境目付近ですね。
ルーミアさんを探しているうちに、随分南に来ていたのでしょうか。
…途中でルーミアさんが見つかれば言うことなし、なのですけどね…」
誰に語るでもなく、さとりはぽつりと呟いた。
陽が少しずつ沈んで行くのが森の中でも分かる。
春先の冷たい夜風に当たって余計に早苗の具合を悪くさせるわけには行かない。
早苗の体に障らない程度まで可能な限りスピードを上げながら、さとりは一心不乱に南を、永遠亭を目指す。
【G-5・三月精の家付近 一日目・夕方】
【古明地さとり】
[状態]:健康
[装備]:包丁、魔理沙の箒(二人乗り)
[道具]:基本支給品、にとりの工具箱
[思考・状況] 基本行動方針:殺し合いには乗らない
1.早苗を回復させるべく、永遠亭へ急ぐ。
2.ルーミアを止めるために行動、ただし生存は少々疑問視。出会えたなら何らかの形で罰は必ず与える。
3.空、燐、こいしを探したい。こいしには過去のことを謝罪したい。
4.工具箱の持ち主であるにとりに会って首輪の解除を試みる。
5.自分は、誰かと分かり合えるのかもしれない…
[備考]
※
ルールをあまりよく聞いていません(早苗や慧音達からの又聞きです)
※主催者の能力を『幻想郷の生物を作り出し、能力を与える程度の能力』ではないかと思い込んでいます。
※主催者(=声の男)に恐怖を覚えています
※森近霖之助を主催者側の人間ではないかと疑っています
【東風谷早苗】
[状態]:重度の風邪、精神的疲労、両手に少々の切り傷、睡眠
[装備]:博麗霊夢のお払い棒、霧雨魔理沙の衣服、包丁、魔理沙の箒(二人乗り)
[道具]:基本支給品×2、制限解除装置(少なくとも四回目の定時放送まで使用不可)、
魔理沙の家の布団とタオル、東風谷早苗の衣服(びしょ濡れ)、上海人形
諏訪子の帽子、輝夜宛の手紙
[思考・状況] 基本行動方針:理想を信じて、生き残ってみせる
1.さとりと一緒にルーミアを説得する。説得できなかった場合、戦うことも視野に入れる
2.人間と妖怪の中に潜む悪を退治してみせる
[共通事項]
※輝夜宛の手紙を読みました。永琳が主催者であることを疑い始めています。
※永琳が魔理沙に渡した手紙が同じ内容かどうかは別の書き手の方にお任せします。
最終更新:2010年03月29日 21:46