通過の儀式 > Rite of Passage

通過の儀式/Rite of Passage ◆gcfw5mBdTg



バトルロワイヤルは、出会い、そして、別れを運んでくる。
魔法の森で発生した決戦も、その類に漏れないものだった。
六名もの人妖が激しくぶつかりあった魔法の森も、数刻の時を経て、残っているのはたったの二人の少女のみ。

魔法使い、霧雨魔理沙。
吸血鬼、フランドール・スカーレット
魔法の森に残された二人の少女は、その場に留まり、休憩をしていた。
じっとりと湿り気を帯びた巨木の幹に背を預け、隣り合わせに座っている。
戦場とは無縁の自然へと回帰した魔法の森には、もう喧騒はない。
たった二人で先程までの熱気を生み出せる筈も無いのだから、静寂は必然のものだ。
とはいえ、現状は、いささか……静かすぎた。
魔理沙もフランドールも、眠っているわけでもないのに、会話どころか、声をかける様子すら見えない。

金髪の魔法使い、霧雨魔理沙は、なにかに想いを馳せるように、ぼおっと沈黙を決め込んでいる。
両目に包帯を巻いた幼き吸血鬼、フランドール・スカーレットは、なんともいえない不安を表情に滲ませながら、ずっとうつむいている。

二人はずっとこんな調子だった。
既に一時間、いや、休憩の前に行った銃剣の作成の時間も加算すれば、既に二時間近く、魔理沙達はまともな会話を交わしていない。
無理にはしゃぐ必要は無いとはいえ、ただ無言のまま休憩し続けるのは異常と呼ぶに十分なものだった。

魔理沙達に、この地に留まる意味は薄い。
休憩をするにしても、いささか場所が悪い。
決戦の舞台となったこの周辺には、死肉が発する死臭が篭もっている。
血生臭さは気分を害するし、血の匂いに敏感な妖怪が来ないとも限らない。

魔理沙もそれは理解は、している。
だけど魔理沙は、時間の許す限り、この場所に、いたかった。


魔理沙は空虚な想いを抱きながら、周囲を見やる。
すると薄暗く気味の悪い魔法の森の景色に、死臭を放つ異物が、二個、見えた。
木々の新緑と大地の狭間に、一面、紅い絨毯で覆われた死体は、二人の人妖がこの世から消え失せたと証明している。

腹部に刺された痕を残す導師服を纏った美しい女性〝八雲藍〟
死にかけていた魔理沙を助け、支えてくれた。
彼女は忠義に殉じ、主である八雲紫を庇い、逝った。

胸元に痛々しい傷跡を残す、白銀の頭髪の男性〝森近霖之助〟
魔理沙の幼馴染であり、兄のような、育ての親のような存在だった。
彼は魔理沙の友達であるフランドールを庇って逝った。

魔理沙は二人を失ってから、ずっと心に傷跡を残していた。
ちょっと歩けば体に辿り着けるほどに距離は近いのに…………でも、どうやっても届かない。
数時間もすれば、その体すらも首輪の爆破により、消え失せるのだろう。

――今、ここから離れてしまえば、もう二度と会えない。

もう死んでいるとわかっていても、そう思ってしまったら、魔理沙は離れられなくなった。
銃剣の作成に没頭したのも、今こうして休憩しているのもそのためだ。
何度か、この場から離れようとしたが、全て失敗に終わった
今のままじゃ、駄目だって、わかっている。
気が済めば、時間が経てば、移動するつもりではある
けど、それでも……もうすこし、もうすこし、と別れを引き伸ばさずにはいられない。






どのくらいそうしていたか、魔理沙とフランドールは、まだじっと座っている。
静寂の中、唯一音を刻み続ける心音と呼吸音が一際高く音を立てている気さえする。

何度目か既に覚えていない別れの失敗をまた繰り返した時、魔理沙は、ふと、ある言葉が浮かんだ。
そして、気が緩んでいたのか、その言葉を、つい、小さく呟いてしまった。


――このまま、夜が明けるまでこうしているのも悪くないかもな。


軽率だった、としか言い様が無い。
魔理沙は隣にフランドールがいる事を、忘れていた。
フランドールを考慮に入れずに、不用意な言動を発してしまった。

小さく反響した魔理沙の言葉に、フランドールは表情を曇らせ。


――……ごめんね。


フランドールは薄く悲しげに笑って謝って、顔を背けた。
ちらりと覗いた、小さな穢れない唇が、小さく震えている。



一瞬、間を置き、魔理沙は状況を理解した。
……私はなにをやっているんだ、と後悔し、頭を掻き毟る。

フランドールは、目前の死者の一人である森近霖之助に庇われた。

フランドールが頼んだわけでもない。
根本の原因がフランドールにあるわけでもない。 

それでも……友達の大切な人が死亡した一因であることには変わりは無い。
魔理沙は、誰かが間違っているわけじゃない、とフランドールに言った。
それでも、簡単に割り切れるようなものであるはずがない。
スターサファイアに庇われた経験のあるフランドールはより一層、ショックが大きいはずだ。
二時間もの間、死臭漂う中にいて、平気でいられるはずが無い。

魔理沙は自分の事だけを考えていて気が回らなかった。
慌てて魔理沙はフランドールをフォローしようとするが。

「……あれは、フランのせいじゃない。
 誰が悪いというわけじゃない、って言ったろ」

……咄嗟には気の聞いた言葉が浮かんでこない。
なにかいい言葉はないだろうか、と模索するも、もどかしさ、やるせなさ、罪悪感で思考が上手く纏まらない。
そうして苦悩している内に、間が空いてしまい、会話を続ける雰囲気が終わってしまった。

沈黙の帳が降りた中、聞こえるのは二人分の喉の音くらいで、後は何も聞こえない。
お互い何も話さない。殆ど視線も合わさない。
それだけなら、さっきまでとなんら変わらない筈なのに、居心地が……非常に悪い。
沈黙はこんなに不安を催すものなんだということを魔理沙は始めて知った。



そんな静寂の中、フランドールが、魔理沙に声をかける。

「……魔理沙、ちょっと眠ってもいいかしら」

フランドールは大きなあくびをして、魔理沙から眼をそむけ、瞳を閉じた。

「……ああ、おやすみ、フラン」

魔理沙にはフランドールが眠いようには、とても見えない。
それどころか、包帯で瞳は隠れているのに、不思議と泣いているように思えた。
ああ、気を使われたんだな、と察した魔理沙は己の心弱さを蔑む笑みを浮かべる。

霊夢を止められず、紫を引き止められず、挙句の果てにフランにまで迷惑をかけてしまった。
……無様にも程があるな、と魔理沙は静かに溜息を吐く。

どうするべきか……、と必死に考える。
自分への嫌気で頭は、多少冷めた。
今なら、無理をすれば、この場を離れることができるかもしれない。
だけど、それでは問題は解決しないだろう。
この場を離れるだけでは、気まずさは、きっと変わらない。

酷いことをしてしまった、謝らなければならない、と魔理沙は思う。
だが、今の雰囲気で、自分の心情を素直にストレートに言葉で伝えられる自信が、ない。
なにか、いい方法はないか、と魔理沙は考え込んだ。


◆ ◆ ◆


苦悩する霧雨魔理沙と時を同じくして、フランドール・スカーレットもまた悩んでいた。

森近霖之助を失った後の魔理沙を、どこかおかしい、とフランドールは思っていた。
八雲紫と別れてからは、おかしさが更に顕著に表れた。
突如、何も言わずに数十分もの間、銃剣の作成に没頭し、完成してからも、ずっと黙り込み動かない。
そんな不自然なことをしていては、視力を失ったフランドールにだって、魔理沙の心情は、嫌でも、伝わる。

フランドールは魔理沙と森近霖之助の死別を鮮明に思い返す。

……あの時の魔理沙は、年相応の女の子だった。
世界のどこにでもあるような、普通の少女だった。
魔理沙は、彼が死んだことに対して、誰も間違っていないと言っていた。
だけど、理屈では分かっていても大切な人の死は簡単に割り切れるものじゃないのだろう。
他人の感情を計るのが苦手なフランドールでも、ずっと苦しげに沈黙する魔理沙に何も感じないほど、壊れてはいない。

どうしてこうなってしまったのだろう。
スターを失い、命の大切さを知った。
友達である魔理沙を傷つけないよう一人で霊夢に挑んだ。

なのに……奪って、しまった。
魔理沙は生きていたけど、魔理沙の大事な人を奪ってしまった。
魔理沙の魂に皹を入れてしまった。


胸が、ジクジクと痛む。
心というものは甘いものじゃなかった。
こんなにも苦痛を伴うものだった。
誰も間違っていなくても誰かが傷ついてしまう。
これからもずっとそうかもしれない。

今の自分では、だめなんだろうか、とフランドールは思う。


もしも。
もっと幼かった時の『私』なら。
命を軽視し、相手の事を考えない危険な遊びを好んだ『私』なら。
スターとも魔理沙とも出会わなかった『私』なら。
吸血鬼として、悩まず、本能のまま、日陰の下で独りで生きていた『私』なら、何の不安もなく楽に過ごせたのかもしれない。

一瞬、そんな想いがフランドールの脳裏を過ぎった。





――〝嫌〟だ。



だが――フランドールは強く、即座に、否定した。



それはありえないことだから。
だって今の自分は、スターと魔理沙によって独りじゃないことを知ったのだから。

大事な人が側にいる幸せを知った。
心地よい空間がその人といると作られることを知った。
眼に見えない繋がりを得て、世界が変わった。酷く楽しいものだと思えた。
誰かと繋がる度に、世界が、より鮮明に、明るくなっていくことを知った。

変わらないものはない。
いい意味での、その意味を知った。

後悔するかもしれない。
さらなる苦しみが待っているかもしれない。

それでも――大好きなスターや魔理沙と一緒にいられないなんて、もう、考えられない。


魔理沙やスターと物理的に繋いでいるものは一切ない。
死によって別たれてしまう幻想だと、知っている。
私の心は、まだいろいろ、足りてないのかもしれないけれど……。   
だけど、それでも……スターと魔理沙のことが好きで、一緒にいたいと思っている『私』は――ここにいる。



フランドールが得た、小さな答え。
もう二度と、忘れ去られることはないように、強く、自身に刻み込む。



心の迷路から抜け出たフランドールは決心した。
魔理沙に心の内を、全て打ち明けよう、と。
もしかしたら魔理沙は背中を向けてしまうかもしれない………けれど……。



そうやってフランドールが覚悟を決めようとしていると――突然、フランドールの頬に、なにか柔らかい感触が当てられた。


魔理沙の手、ということに気付いた頃には、フランドールの頭は、運ばれていた。
優しく、抗いがたい甘さに抵抗できず、ぽすん、とどこかに降ろされる。
されるがままにして、頭が置かれた場所は、魔理沙の膝の上だった。
フランドールは、魔理沙の膝を枕にし、地面に寝そべっている、俗にいう膝枕の体勢を強制された。

なにがなんだかよくわからない。
けれど不思議と嫌な感じはしなかった。
混乱してじっとしているフランドールの柔らかい金髪に、魔理沙の手が置かれた。
そのまま、柔らかい手の感触に、ゆっくりとフランドールの頭が撫ぜられる。
心地よい、温かさのようなものが、胸の奥に染み渡り、フランドールを静かに優しく包み込んでいく。


◆ ◆ ◆


結局、魔理沙が悩み考え抜いた結果は――真似であった。

どうすればフランに自分の心が伝わるか。
どうすればフランの心を落ち着かせられるか。
何度も過去を振り返り、経験を真似することにした。

思い返した記憶は二つ。
幽々子の死後、八雲藍におぶってもらって、いい夢を見れたこと。
森近霖之助の膝の上に座るのが好きだったこと。
それらを、魔理沙が受ける側ではなく魔理沙が与える側としてアレンジした結果がこの膝枕であった。

二人は静かに時間を流し、お互いの事を想い合い、相手の意思を読み取る。
聞こえるのは二人分の喉の音くらいで、後は何も聞こえない。お互い何も話さない。
だけど、先程までとは違い、不思議と、居心地は悪くなかった。


…………。


時間がしばらく経過し、満足したフランドールは、眠る振りをやめ、会話の口火を切った。

「……私の独り言に付き合ってくれるかしら」

フランドールは横になったまま、自身の胸の前に、両手を重ねる。
緊張しているような、決意を秘めたようなそんな様子だった。

「……スターも、香霖って人も、私のせいで死んでしまったの。
 ひょっとすると、私はまた魔理沙に迷惑をかけてしまうかもしれないわ。
 けれど、私はやっぱり魔理沙とスターと一緒にいたい。
 私は、こんな今の〝私〟を良いと思ってるわ。
 ……魔理沙は、こんな私と一緒にいてくれる?」

魔理沙を、ただひたすら真っ直ぐ見つめ。
そして、ゆっくりと、静かに、澄んだ声で、己が決意を紡いだ。

「……ん、そーか。
 私も前より今のフランのほうがいいと思うぞ。
 それと、あいつらが死んだのは誰のせいでもないって言ったろ。
 私の軽挙のせいで誤解させたかもしれないが、あれは本心からだ」

魔理沙は一瞬、フランドールを褒めようかと思ったが、思い直して、褒めるのをやめた。
死者への未練を断っていない魔理沙が、今の成長したフランドールを褒めるというのは何かが違うと思ったからだ。
だから、魔理沙はフランドールを褒めるのではなく、認めるに留め、一端、答えを保留した。

「……さっきの膝枕、よけいな御世話だったか?」

魔理沙は怪訝な顔を浮かべる。
魔理沙にはフランドールがいつもより安定しているように見えた。
今のフランドールを見ていると、魔理沙がなにかをしなくても、フランドールは自分で立ち直っていたように、魔理沙には思えた。

「ええ、いきなり体勢を変えられたから全然眠れなかったわ」

フランドールは寝そべったまま、照れたように、楽しそうに、小さく口元を綻ばせ、魔理沙を見上げている。
どうやら冗談で返すほどの余裕まであるようだった。

「ほう、そいつは悪かったな。
 じゃあもういらないな?」

フランドールを膝から降ろそうとする魔理沙の意地悪に、フランドールは、急いで首を振って拒否する。
魔理沙はフランドールの不器用さに、くくっと笑みを漏らした。

「……こういうのって与える方の気分はどんな感じなのかしら?」

恥ずかしかったのか、気を取り直すかのように別の話題を振るフランドール。

「ん、こっち側も意外と楽しいもんだった。
 あいつらもきっとこんな気分だったのかな」

魔理沙は、霖之助と藍を思い返しながら答えた。

「ふぅん、そーなんだ。
 私もお姉様あたりにやってあげようかしら」

幸せそうに寝転んだまま、フランドールは未来に想像を抱く。

「おーおー、やってやれ、やってやれ。
 レミリアの奴、きっと泣いて喜ぶぞ」

レミリアが妹の膝の上で大人しくしている姿を想像し、くく、と笑いを殺す魔理沙。
二人はお互いの心のピースを嵌めるように、楽しく話し合い、静かな魔法の森に穏やかな風景を作り出していた。
だが、どうやら魔理沙は、本心から楽しんではいないようだった。
楽しくフランドールと話している魔理沙は、普通に見えて、心の中でずっと何かを悩んでいるようだった。



時間も経ち、会話の種も尽きた頃。
何かを決意した魔理沙は、フランドールをゆっくりと膝から降ろし、立ち上がった。
そして、スキマ袋の中から、一つの道具を取り出した。
魔理沙が休憩の前に作成した『銃剣』。
魔理沙はそれを手に持ち、フランドールへと声をかける。

「この銃剣、やるよ。
 無理に使う必要はないけど、これはお前が持ってるべきだと私は思った」

「……よく、意味が分からないんだけど」

視力を一時的に失っているフランドールには銃剣が見えず、魔理沙の意図が掴めない。

「〝妖夢〟の楼観剣と〝香霖〟のショットガン。
 この銃剣はそいつらを組み合わせたんだ。今のお前なら大丈夫だろ」

スターサファイアを殺した魂魄妖夢。
フランドールを庇った森近霖之助。

二人を決して忘れるな、お前は生きろ、と魔理沙は言っているのだ。

「――ええ、わかったわ」

フランドールは、堅く唇を引き結び、しっかりと応えた。
今でも他人の事などあまり理解できない。
けれど、これが大事なことなのはわかる。
覚えておかなければならないことぐらいはわかる。
フランドールは心を知り、心を育て、成長しているのだ。

答えを聞いた魔理沙はフランドールのスキマ袋に銃剣をいれる。

「……今度は私の番だな」

フランドールの成長に、自分の胸の内が晴れていくのを感じた魔理沙は、決意する。

フランドールは魔理沙に応えた。
ならば魔理沙もフランドールに、友達として、応えなければならない。


「――最後のお別れを、しにいってくる」

死者への未練を、断たなければならない

魔理沙の決意に、フランドールはこくりと頷き、死者の元へと歩む魔理沙を見送った。







八雲藍。
八雲紫の式である九尾の狐。
真面目で融通が利かなくて計算はできるのに不器用な生き方しかできない少女。
藍の死体の前に立った魔理沙は、諦念の宿った透き通った声で呟く。

「……お前がいたから、私は今、こうしてここにいるんだよな。
 つまり、私が異変を解決すれば、お前が解決したも同然なわけだ。
 だからな、あっちで、橙に誇ってこいよ」

どんな顔で笑ったのかも、どんな顔で叱ったのかも、覚えている。
魔理沙の顔は悲しそうな懐かしむような顔だった。

「……お前の提唱したリーダーを私がするってやつなんだが、正直、過大評価なんじゃないかとまだ思ってる。
 でも、まぁ、お前を信じて、私なりになんとかやってみせてやるよ」

まだまだ言いたい事はある。
一度喋りだせば欲求はだんだんと大きくなっていく。

だけど……魔理沙は、二の句を告げるのを、止めた。
長々と喋っていても、藍は喜ばない。
魔理沙は記憶の中の藍ならば喜ばない。

――あー、私を偲ぶのはいいからさっさと前へ進め、紫様を頼んだぞ。

きっと藍なら照れくさいような呆れたような顔で、そう言うと思ったから。

「……紫の事は任せとけ。
 帽子、借りてくぜ。紫に届けといてやるよ。
 ……じゃあな、藍」

魔理沙は、名残惜しげにゆっくりとしゃがみこみ、藍の屍骸の傍らに座する帽子を拾う。
藍の形見、として、紫に届ける為に。

礼も文句もまだ言い足りない。
だが、必死に言葉を飲み込み、もう一人の未練へと、歩む。






森近霖之助。
古道具屋の店主であり、魔理沙の古くからの馴染み。
彼の前に立つ魔理沙の身体は、自身の心を示すかのように震え、乱れて、どこか落ちつかない。
精一杯やせ我慢してるのがよくわかる。

「……昔あげた、あの私の名前つけた古ぼけた刀、どうせ私の形見にでもするつもりだったんだろ?
 なのに、なんで、私より先に死んでるんだよ。これじゃ順番が逆じゃないか」

いつ出会ったのかは子供の頃すぎてよく覚えていない。
だけど、いつのまにか魔理沙は霖之助に甘えるようになっていった。
子供の頃、大きな手で撫でられた。とても大きくて温かかった。
背中や膝に乗っかったりして遊んだことも一杯ある。魔理沙の身体をすっぽり覆ってしまうほどだった。

いつか、追いつくと思っていた。
けれど、もうその時は永遠に来ない。

「……この、大馬鹿が。
 ……ようやく会えたと思ったら、柄じゃないことしやがって。
 私と霊夢がスペルカードで遊んでる時はずっと店の中で見てるだけの癖して」

文句ばかり言う魔理沙に、死体である霖之助は当然、何も言わない。


――僕の言いたいことは死に際に全て言ったからね。

そんな感じの満足した顔をして、何も言わずに、魔理沙をじっと優しく見守っていた。
いつもは語りたがりの癖に、なにも喋らなかった。

「遠慮なんか、しなくてもいいんだがな」

ふと、そんな言葉が口を衝いて出た。
霖之助に一人前と認めてほしかった魔理沙が、長い間ずっと思っていて、結局果たされなかった言葉だった。

もしかしたら、もっと深い付き合いも出来たかも知れない、ふとそう思う。
けれど、もしかしたら、なんて仮定は、もうできない。
知ってしまうと、もっと早く気付けばよかった、と思ってしまった。

「あーあ、くそ。香霖のばーか。
 なんか悔しいから眼鏡、貰ってってやる。
 後で親父に、届けてやるからな。ちくしょう」

魔理沙は、自分の胸の中で騒ぐ思慕や複雑な感情を抑えるように、罵声で誤魔化す。
今すぐこの場から立ち去って、気を紛らわせないと気が狂ってしまいそうだった。

「……いつも子供扱いしやがって。
 お前の年齢超えるまでは、そっちに、いってやらないからな、香霖」

自らの不老不死を自覚しても、それしか言えなかった。さよならなんて言えなかった。
軋む胸元をぎゅっと掴み、痛みに堪えながら、魔理沙は霖之助に背を向ける。



お別れは終わった。
魔理沙は皺の寄ったスカートの裾を一払いして、フランドールの方へ歩もうとする。

だが振り返りたい意思が、魔理沙の心を強く苛む。
異常なほどの焦燥感と恐怖が、後ろ髪を惹く。

だが魔理沙は屈せず、自分に言い聞かせる。
甘えるな、甘えちゃだめだ。
そうでなきゃ、あいつらは安心できない。
これからも迷うかもしれない、苦しむかもしれない。
それでも、覚悟を決めろ。

これからやらなくちゃいけないことは、今ここに身体がある霧雨魔理沙にしかできないことなんだから……!
もう、私は、一人立ちしなきゃ……いけないんだ!


涙が、一筋流れた。



「……悪い、待たせたな、フラン」

こうして、未練を振り切った魔理沙は一度も振り返らずにフランの元へと帰った。
目を瞑っても、目を抑えても、頬を伝い零れ落ちる涙は止まらない
魔理沙は、フランドールの眼が一時的に見えない事を不謹慎とは思いながら、ありがたいと思った。
もう大丈夫だ、とフランドールに伝える為に、目を閉じ呼吸を整える。

「……なぁ、フラン。
 さっきの私、返事のようで完全な返事になってなかっただろう?
 だから、今、答えていいか?」

どこか、すっきりしたような顔で、魔理沙は堂々とフランドールに向き合う。

「……うん、いいよ」

フランドールはちょっと不安を見せるが、すぐ気を取り直し、魔理沙を見守る。

「ん、ありがとな。
 じゃあ私の独り言を聞いてくれ。
 ……私は正直言って心の整理なんてそんなについてないんだ。
 霊夢や紫や私やフランに色々複雑でいやーな感情をぶつけたいという気持ちもないとは言えない」

負の感情は、雪のように解けて消えたりしない。
汚れ、紛れ、色彩を失っても、必ず残るものだ。

「……まぁ、それでもだ。
 別にそのままでもいいんじゃないかな、と私は思ってる。
 人生色々あるし嫌な事も一杯あったけど……。
 そういったこと全部ひっくるめても、私が皆が好きなことにはなんら変わらないんだ。それでいいんだと私は思う」

そんな甘い幻想では、この世界は成立しない事はよく知っている。
魔理沙自身も、まだ全てを割り切れているわけではない。
宿したそれは、いつか消えてしまう儚い幻想なのかもしれない。
それでも、魔理沙は、殺戮劇の参加者ではなく、幻想郷の住人として最期まで異変に立ち向かいたいと想っていた。

「あー、なに言ってるのか自分でもよくわからなくなってきた。
 まぁ、なにがいいたいのかというとだな。
 そんな結構適当な私なんかでいいんなら――」

魔理沙は、後頭部を掻きながら、どう言い出そうかしばらく悩み。
やがてどう言い出すのかを決めたのか、自信のある、爽やかで愛らしい笑顔を浮かべ、フランドールへ誓いの言葉を送った。

「――〝今後ともよろしく〟ってわけだ」

魔理沙は手を差し出し、友達に、握手を、求める。
フランドールはこくり、と頷いた。

「ええ、こちらこそ――〝今後ともよろしく〟」

眼は見えないフランドールは、スターサファイアの能力に導かれ、魔理沙の握手に応える。


自分の偽らざる感謝の気持ちが伝えた二人は、笑顔だった。
とても綺麗な、不純物等一切ない、白一色の笑顔だった。

これから二人は色んな体験をして、考えも変わっていくのだろう。
しかし、この言霊は魂に刻まれ、消えることはないだろう。





◆ ◆ ◆



あれから移動した魔理沙達は、かねてからの予定通り、八意永琳との約束の場所へ辿り着いた。

「……私達が遅すぎたのか、永琳が来なかったのか、どっちだろうな」

辺りを探索するが……八意永琳はもとより、人の気配、なんらかの痕跡も見つからない。
永琳からの情報が得られないのは惜しいが、こちらも輝夜の情報を与えられるわけではない。

気持ちを切り替えた魔理沙は地図を広げ、これからの行動を決めようとする。


別れを経て、休む間もなく、また、新たなる戦いが始まる。
魔理沙達を物語の結末へと導いていく。それが魔理沙とフランドールの望むものでないとしても。



【G-5 魔法の森 一日目・夕方】

【霧雨魔理沙】
[状態]蓬莱人、帽子無し
[装備]ミニ八卦炉、ダーツ(3本)
[道具]支給品一式、ダーツボード、文々。新聞、輝夜宛の濡れた手紙(内容は御自由に)
    mp3プレイヤー、紫の調合材料表、八雲藍の帽子、森近霖之助の眼鏡
[思考・状況]基本方針:日常を取り返す
 1.霊夢、輝夜、幽々子を止める。
 2.仲間探しのために人間の里へ向かう。
 ※主催者が永琳でない可能性がそれなりに高いと思っています。

【フランドール・スカーレット】
[状態]右掌の裂傷、視力喪失(回復中)、魔力大分消耗、スターサファイアの能力取得
[装備]無し
[道具]支給品一式 機動隊の盾、レミリアの日傘、楼観剣(刀身半分)付きSPAS12銃剣 装弾数(8/8)
    バードショット(7発)、バックショット(8発)
[思考・状況]基本方針:まともになってみる。このゲームを破壊する。
1.スターと魔理沙と共にありたい。
2.庇われたくない。
3.反逆する事を決意。レミリアが少し心配。
4.永琳に多少の違和感。
※3に準拠する範囲で、永琳が死ねば他の参加者も死ぬということは信じてます
※視力喪失は徐々に回復します。スターサファイアの能力の程度は後に任せます。



135:吸血鬼の朝が来た、絶望の夜だ /紅魔の夜の元、輝く緑  時系列順 138:Who's lost mind?
136:リリカSOS 投下順 138:Who's lost mind?
126:黒い羊は何を見るのか 霧雨魔理沙 148:乾いた叫び
126:黒い羊は何を見るのか フランドール・スカーレット 148:乾いた叫び

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最終更新:2010年10月05日 14:19
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