第四回放送

第四回放送 ◆TDCMnlpzcc



 悲しみに沈むものがそこにはいた。
 戦いへの闘志を燃やすものがそこにはいた。
 ただただ、狙った獲物を追いかけるものがそこにはいた。
 それらは、画面の向こうの“この世界に”いた。

「八意永琳が死んだか……」

 暗い部屋の中、もっと暗い外を眺めながら男がつぶやいた。
 部屋には誰のものかもしれない、リアルタイムの声が流れている。
 人里に仕掛けられた監視カメラの映像の中、二人の人妖が歩いてきた。
 彼女たちの後ろには、先ほどまで抗っていた八意永琳の死体が転がっているのだろう。
 八意永琳の首輪は装着者の死を報告し、脳髄と血に汚れたカメラ映像を送ってきた。

「ああ、よく頑張ったものだ。あれほどの状況からここまで生き残るとは」

 パチパチパチ。さびしい拍手が響く。
 男の見つめる外の世界、そこでまた一人が死んだ。
 男はそのことにさほどの感情は抱かず、しかし、感慨深げなため息をついて画面に向き直った。

 ワンクリック。

 映像が切り替わり、たくさんの小さな枠の中に、数えきれない量の映像が浮かび上がる。
 多くの音声がスピーカから流れだし、不協和音を作り上げる。
 そのすべてに異常がないか、ざっと見渡すと今度は首を横に向けた。
 視線の先には箱庭とたくさんの参加者の人形がある。
 ほとんど動かなくなったその人形たちの上を、悠々と飛ぶ人形がある。
 男はその人形をしばらく眺めていたが、迷いを振り捨てるように箱庭全体を見渡した。

―――ずいぶんと人里に集まったな。

 それが特に障害となるかは別の話。
 だが、首輪解除の意思を持つもの達が集まっていることは頭に止めるべきだろう。
 状況は、殺し合い初期よりもより複雑に、より捌きづらくなってきていた。
 そのもっともたるものは八意永琳の死。
 もし本当に彼女が主催をしていたならば、この回から放送は行われないはず。
 そればかりか殺し合いまで終わってしまうはずだろう。
 だが、それはまずいし、まず八意永琳は本当の主催者ではない。

 男には取るべき道が二つある。
 一つ、八意永琳の死を偽装して放送を続ける。
 先ほどの放送と同じように嘘をつけばいいだけだ。
 ただ、この放送を信じる者がどれだけいるのだろうか?
 二つ、八意永琳とは別の人物として主催者を名乗る。もしくは嘘であったことを明かす。
 一部の参加者には戸惑いを生むかもしれないが、あくまで一部だ。
 八意永琳が主催者であることには誰もが疑問を抱いているようだ。
 すんなりと受け入れられるだろう。
 ただ、主催者の言動が今後嘘ではないかと疑われ続けるのは必須である。

 手元の飲み物に手を付けながら、唸る男がそこにいた。

 時計は、刻一刻と放送時間が迫ってきていることを告げる。
 男は無言で今回の放送内容を練り、まとめていた。
 カチカチと進む時計の針が、いつもより早く進んでいるように感じる。
 すでに残り時間は五分を切っていた。
 とはいえ、男の顔に焦りはなく、まとめあげた原稿には今回の放送内容があらかた書き下ろされている。
 男の意識はもう放送内容より、今後の課題へと向けられていた。
 殺し合いのペースは、今回の六時間を見れば加速しているように思われる。
 だが、残っている好戦的な参加者の数を思い浮かべれば、これからの進行がスムーズにいかないであろうことが想像できた。
 男のもくろみ通りに動く参加者は少なく、いまでは博麗霊夢ただ一人といってもいい。
 本当に彼女はよくやってくれる、男はそう思い、今は空を飛ぶ彼女に思いをはせた。
 殺害人数、行動、そのどれをとっても男の思い通りで、彼女ほど男の理想を現した存在はこの会場に存在しない。

「時間だ。」

 時計の長針と短針が重なる。
 デジタルの表示が零のゾロ目を示す。
 この殺し合いが始まってから、ちょうど一日が経過した瞬間だった。

「それでは、放送を始める。
 まず、初めまして。僕が本当の主催者だ。
 八意永琳には悪いことをした。

 さて、時間がない。
 君たちも聞きたいことは山ほどあるだろうが、時間が押しているのでね。
 細かいことは後で話そう。
 さっそく、君たちお待ちかねの脱落者情報を読み上げる。 
 一回しか言わないからよく聞くように。

 鈴仙・優曇華院・イナバ
 リリカ・プリズムリバー
 伊吹萃香
 レティ・ホワイトロック
 河城にとり
 四季映姫・ヤマザナドゥ
 ルーミア
 因幡てゐ
 西行寺幽々子
 八意永琳
       以上十人だ。これで残り人数は十三人になった。

 ずいぶんと多い数だ。
 僕もびっくりしたよ。
 この調子で頑張ってもらいたい。

 禁止エリアは三時からE-3、六時からD-2だ。
 君たちについている首輪は高性能で高威力だ。
 万が一にも禁止エリアに迷い込むようなことにはならない方がいい。
 僕も、君たちもがっかりするだけだからな。
 もちろん外してみようなどということも考えない方がいいだろうね。

 さて、本題に入ろうか。
 騙していてすまなかったね。
 いかにも自分は八意永琳ではない。
 君たちの中には気づいていたものも多かったようだ。
 彼女はその頭脳ゆえに少しハンデを与えられた。
 それぐらいに考えてくれ。

 さて、ここで大きなルール変更を行おうと思う。
 君たちは昨日一日、よく頑張ってくれた。
 その報いを受け取るべきだと思う。
 最初、僕は生き残った一人に生きて帰る権利を保障した。
 その保障を破ることはないと誓おう。
 でも、それに加えて一つプレゼントを上げるつもりだ。
 一回しか言わないからよく聞くといい。

 生き残った一人には、僕のできる限りの望みをかなえてあげることを約束する。

 僕にとって、君たちを幻想郷の支配者にすることなど造作もない。
 この殺し合いで死んだものたちすべての力を授けることもできる。
 もし金銀財宝がほしいなら、君らに抱えきれないほどの量を提供しよう。
 不死の命がほしいなら、簡単にくれてやる。
 さあ、少しはやる気が出てきたかな?
 これからの健闘を祈るよ」



 マイクの電源を切り、男はため息をついた。
 生存者たちを監視しているカメラの映像を確かめる。
 その反応は様々で、今回の放送の波紋を映し出していた。
 男は少し満足して立ち上がり、あらかじめ取り出しておいた酒に手を伸ばした。
 心地よい苦みが、冷たい泡と一緒に喉を流れた。

「はぁ~~、やっと終わった」

 手を伸ばし、足を崩す。
 男は緊張した肩を揉みほぐし、リラックスした。
 だが、どうしても休めない。
 すでに短い休みは多くとってはいたが、もう丸一日寝ていないのだ。
 そろそろ眠くなってもおかしくはない。
 やっぱり緊張しているのだと男は考えた。
 ぐい、と景気づけに酒を飲みほし、酔いに身を任せる。
 飲み干した缶ビールを部屋の端に追いやると、懐かしい紙がそこに転がっていた。

『やあやあ初めまして、八意永琳君。

 その一文から始まる手紙は、最初の夜、八意永琳へと送られたものになる。
 本来はその紙を使って八意永琳と密に連絡を取り、いざという時に備えるつもりだった。
 そのもくろみはしくじり、彼女に握り潰され、捨てられた紙は会場の端で沈黙している。
 冷静な性格としてみていた彼女の行動に、男は不意を突かれ、楽しんだ。
 せっかく作った、文字情報を同期する二枚の紙は無駄となってしまったが、想定外も余興のうちととらえ、男も気楽に構えていた。
 八意永琳を自身の身代わりとしたのも、賢すぎる彼女に枷をはめるためではない。
 周囲の不信感に縛られた彼女の活躍が見てみたかったというのが正確な理由になる。
 彼女の行動は、最後まで男を楽しませた。
 放送寸前のあっけない自殺だけは不意を突かれたものの、男はそれも一興と割り切った。
 計画を思いついて以来、男は自身の知らない意外性にも興味を持っていた。

 そもそもの発端、男が今回の計画を思いついたのはずいぶん前のことである。
 最初は、自分の知らない彼女彼らの行動を見てみたかった。
 ただそれだけだった。
 男はその好奇心を満たすためだけに、参加者をこの殺し合いに参加させた。
 今のところ男はその行動に満足している。
 後悔なんてあるわけない。

 生き残っている者達、この中の一体何人が自分たちの今いる会場に気付いているのだろうか?
 男は時にあわれに思い、時にその反応を想像して楽しんでいた。
 男の持つ力は幻想郷風に言えば“世界のあり方を決める程度の能力”であり、男はこの幻想郷に存在するすべての創造主であった。
 本来、男はこの幻想郷の上位世界にいるべき存在で、今この場にいることは難しい。
 ただ、男はその問題をとっくに解決していた。
 男の今いるこの殺し合いの会場は、すべてがまがい物でできている。
 そう、木々の一本からその構造まで、そして主催者たる自分に至るまで偽物だった。
 この会場が偽物であることに気付いた参加者は多い。
 男は殺し合いを円滑に進めるために、また自分の負荷を減らすために会場を本来の幻想郷とは違う形に作り直し、参加者にも細工をした。
 この会場に家が存在しないもの達の違和感を抑え、普段と違う風景になじませるために催眠術をかけた。
 しかし、その人妖の性質や経験によって、一部の洗脳は溶け始めている。
 すべて解けるのも時間の問題かもしれない。

 だが、そのために、気付かれた時のために制限が準備されているのだ。
 自身の力を使い、本気の能力を出させないように世界のルールを少し“外の世界”に近づけた。
 その出来具合には自信がある。
 この世界を作り上げた自分ならではの自信だった。

 今ここにいる男が生まれたのは、今回の計画がスタートしてすぐのことだった。
 真の創造主たる男が、自身の作り出した世界へ降りるための依り代。
 記憶、姿、すべてを完全に移され、男は生を受けた。

 これは単純なゲームだ。
 その真実に気付いているのは一人しかいないだろう。
 すべての参加者が主人公。
 個人の、持てるすべてを生かし、キャラクターとしての特異性を見せること。
 新しい個性を創造主たる自分に見せ、“プレイヤー”を楽しませるゲーム。

「ンフフ、ゲームクリアは近いですね」

 人気のない城の中に、笑い声が響く。
 男は再び参加者の映像を眺め、放送の反応を調べ始めた。



【E-2 2日目0時】

【残り13人】


167:chain 時系列順 169:原点回帰
167:chain 投下順 169:原点回帰
140:第三回放送 ZUN :[[]]


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最終更新:2011年09月14日 21:44
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