太陽は沈まない

太陽は沈まない ◆shCEdpbZWw



おぼろげながら残っていた記憶は、永琳の弾幕に周囲を囲まれ、滅多打ちにされたこと。
そうして、今にもトドメを刺されようとしていたところに、萃香が勇躍して助太刀に現れたこと。
その後、見知らぬ二人に抱え上げられ、どこかへ運ばれたこと。
戦場を離れ、当座の命の危険が過ぎ去ったことで緊張の糸が切れたのか、チルノはその先のことを覚えていなかった。

次に目を覚ましたのは、これまたチルノが知らぬどこかの建物の中であった。
耳には、聞いたこともない男の声が遠くから響いているのが伝わってくる。

「……さて、ここで大きなルール変更を行おうと思う。
 君たちは昨日一日……」

(誰だろ……?)

聞き覚えのない声に起こされる形になったチルノは、まだ鮮明になりきらない意識の中で五感をゆっくりと働かせる。
鼻をひくつかせると、藺草の香りと、石灰の匂いがごちゃ混ぜになって飛び込んできた。
ゆっくりと辺りを見回してみると、そこは畳張りの一室であることにチルノは気づいた。
人家の居室とは比べ物にならないくらいの広さを持つその部屋には、机が整然と並べられていた。
それぞれの机には小さな石板のようなものが設えられており、白墨も備え付けられている。

……もっとも、"寺子屋"などというものに縁のない妖精にとっては、そうしたものは全て未知のものである。
張り替えられたばかりなのか、独特の香りを放つ畳にしても、彼女の出入りするようなところではそうそうお目にかかれない代物だった。

「……さあ、少しはやる気が出てきたかな?
 これからの健闘を祈るよ」

その言葉を最後に、男の声が途切れた。
声の主が永琳でなかったこと、そして自らが永琳を騙っていたという部分を聞き逃していたこと。
これらのことから、チルノは今流れてきた声が四度目の放送であることに気づかなかった。
とはいえ、彼女が意識を取り戻した時点で死者の発表や禁止エリアの発表はすでに済んでいる。
放送であることに気づいたところで、情報の大半をすでに零していたということに変わりはなかった。

興味の対象を、未知の物体である石板に移したチルノは、おもむろにそれに手を伸ばそうとした。
……と、次の瞬間にジャラリという無機質な音と共に、その腕に重さを感じてチルノが振り返る。
視線の先には、依然として意識を取り戻さない地獄鴉の姿があった。

(そうだった、あたい、おくうと離れ離れにならないようにしたんだっけ)

ようやくはっきりしてきた意識の下で、チルノがゆっくりと空のもとへと這い寄る。
体中のあちこちに傷を作ってはいたが、まだその呼吸は安定していた。
チルノと同じく、誰かに助けられたところで気が抜けたのだろう、すぅすぅと静かな寝息を立てていた。
ふと、羽の部分に目をやると、なにやら布のようなもので処置が施されていた。
うっすらと紅に滲んではいたが、その染みがそれ以上広がる様子は見られない。
血が止まっていることに安堵したチルノは、ここでようやく自分たちが助かったということを理解したのだった。
ふぅっ、と一息ついたチルノは空を起こしてしまわないように注意しながら、もう一度机の上の石板に手を伸ばそうとした。



その時だった。



チルノの視界の片隅に、ぽぅっと淡い光を放つ物が入った。
横たわる空の傍らに整然と積まれたスキマ袋は、恐らく自分たちを運んできた誰かが置いていってくれたのだろう。
そのうちの一つの口から、さっきまでは全く発せられていなかった光が漏れだしていた。

(なんだろ……?)

チルノの興味は石板から、その光を放つ袋へと移った。
幸い、空のすぐ傍に置かれていた袋に近づくのに、手錠の鎖が邪魔になることはなかった。
袋のもとへ這い寄ったチルノが、中身を探ろうと手を突っ込んでみた。
……すると、その光がみるみるうちに萎んでいってしまう。
慌ててチルノが袋から手を引き抜くと、また袋の口からは元通りに淡い光が漏れだしていた。

(どういうことなの……?)

チルノは試しに同じことを二度三度と繰り返してみたが、やはり結果は同じ。
大抵の事なら興味津々に手を出そうとする妖精でさえ、さすがに不気味さを覚えた。
空にも一緒に見てもらおう、そう思ったチルノは傷に触らないよう気を遣い、空を揺すり起こそうとするのだった。




 *      *      *




あたりまえの日常だった。
お燐が運んでくる死体を灼熱地獄に投げ込み、火力を調整するということ。
単純作業ではあったが、平和で満足のいく地底での暮らし。

山からやって来たという二人の神様に、八咫烏の力を与えられて地上の破壊を目論んだこともあった。
それもすぐに巫女と魔法使いに鎮圧され、その後は間欠泉周りでも仕事をするようになった。
とはいえ、けっして刑に処されたというわけではなく、暮らし向きに関してはそれまでとほとんど変わることが無かった。

すぐそばにお燐が立っていた。
ちょっと離れたところから、こいし様が微笑んでいる。
そして、さらに離れたところからはさとり様が私たち3人を見渡すように佇んでいた。
変わらない日常、地霊殿の大好きなみんな。
私はいつものように、みんなの下へと駆け寄ろうとした。

が、次の瞬間にお燐の姿が霧散するようにかき消えていった。
駆け出していた私は慌ててその足を止めてしまう。
戸惑ったままこいし様の方を向いてみると、こいし様も同じように、まるで最初からいなかったかのように姿を消してしまった。

「お燐!? こいし様!?」

大親友と、主の妹を同時に失った動揺から、思わず声を張り上げてしまう。
突然のことに錯乱し、自分の瞳から涙が零れ落ちるのが分かった。
くしゃくしゃの顔のまま、まさか、と思った私はさとり様の方に目を向ける。

「さとり様……?」

視界に飛び込んできたのは、お燐やこいし様と同じように、今にも霧のように消えてしまいそうなさとり様の姿だった。

「さとり様っ!? そんな、待ってくださいっ!」

半狂乱になりながら駆け出そうとしたその時だった。

(……う、おくう……)

頭の中に、聞き覚えのある幼い声が響き渡ってきた。
こんな時にいったい誰? そんな思いがよぎりながらもなおも足を止めずに走ろうとする。
……が、次の声で全てが遮られることとなった。




「いつまで寝てるのよっ! 早く起きてよっ!!」

揺すり起こされた私の視界に飛び込んできたのは、さっきとはまるで違う見知らぬ天井だった。
さっきのは……夢……?
そうだ、確かあの赤青に撃ち落とされて、弾幕でボコボコにされて、それから……どうなったんだっけ?
私が覚えているのは、あの鬼が赤青に向かって行ったところまで。
弾幕の気配を感じないってことは、どこか別の場所? でも、どうやって?
まだ頭がボーっとする私だったが、もう一度揺すられた次の瞬間体に痛みが走ったことで一気に意識を引き戻された。
私を起こした声の主――チルノは、苦痛に歪んだ私の顔を見てようやく目が覚めたことに気が付いたらしい。

「あっ……ごめん」

一応気を遣っていたみたいだが、なかなか目を覚まさない私に業を煮やしたらしい。
いいよ、気にしてないからとチルノを手で制しながら、痛みが走った部位、先ほど打ち抜かれた羽に手をやる。
するとそこに、羽根とは違う何かの感触を感じた。

……傷口に布が当てられていた。
……それもただの布じゃなかった。
いくら忘れっぽい私だからって、これは忘れるわけがない。
淡い水色のこの生地は……間違いなくあの方の着ているもの。

(さとり様……さとり様……っ!)

お燐とこいし様がいなくなってしまった今、私のたった一人の身内。
さとり様が私を助けてくれたという嬉しさ。
そして、さとり様が無事であったということへの安堵。
そうした様々な感情が、私の肩を震わせる。

「おくう……? そ、そんなに痛かった……?」

気が付くと、チルノが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「だから大丈……」
「でも、おくう泣いてるし」

言われて初めて、私は頬に涙が伝っているのを感じた。
あんな夢を見た後だったから、なおさらさとり様が無事であることにホッとして緊張の糸が途切れたのかもしれない。
……でも、それをチルノに見られたというのもまた気恥ずかしいものだった。

「ちっ、違うわよ! これは……そっ、そう! 汗よ、汗!」

ハハッ、と笑い飛ばしながら、私はごしごしと涙を拭った。
チルノはチルノで、ふーん、と小さく呟いて、

「ま、いいや。おくうが無事ならそれでよし!」

と力強く言って、ニカッと笑いかけてきた。
その笑顔につられるようにして、私もまたニカッと笑ってやった。
そうして、今日何度目になったか、二人であははと笑い合う。



……笑い合いながら、徐々に落ち着いてきた私に、今度は悔しさという感情が押し寄せてくる。
さっきの戦いでは、巫女にも赤青にも、勝ったなんて口が裂けても言えないような結果だった。
さっきだけじゃない、メディを殺したあの女との時だって、それにお燐の時だって……
私は誰一人守ることが出来なかった。

神様がくれた、この力に不満があるというわけじゃない。
むしろ、地上に出て本物の太陽を見た時に、アレと同じ力をいただいたことを誇りに思ったくらい。
だけど、その力だけじゃ、チルノの力をプラスしても、全然足りないということが痛いほど分かった。

もちろん私……私たちは最強だ、最強なんだけど……まだまだ足りない。
力が……力がもっと欲しい。
さとり様を、チルノを守って、そしてあの女や赤青、巫女みたいなムカつく連中をぎゃふんと言わせられるような……
そんな力が欲しい。



「そーだ、おくうにちょっと見てもらいたいものがあるの」

そんな私の胸の内を知ってか知らずか、相変わらずの調子でチルノが話しかけてきた。
いざ戦いともなれば、私に負けず劣らずの威勢の良さでぶつかっていくけど、そうでない時は無邪気なものだ。

「なになに? どしたの?」

それにしても、見てもらいたいものっていったいなんだろ。
私は、湧き上がる悔しさをいったん脇へと追いやり、チルノの言う"見てもらいたいもの"に興味を移した。




 *      *      *




依然として淡い光が、詰まれた袋のうちの一つから漏れ出していた。

「チルノ……何これ?」
「分かんない」

空とチルノはお互いに顔を見合わせると、再び視線を件の袋に戻す。

「さっきまで光ってなかったよね?」

空の問いかけに、チルノがこくりと頷く。
それでね、とチルノが呟いたかと思うと、その袋の口に手を伸ばす。

「あたいがこうやって調べようとすると、光が消えそうになっちゃうの」

チルノが何度目になったか、袋に手を突っ込むとすぅ……と光が消えかかる。
そして、チルノが手を抜くとまた元通りになるのを見て、空は首をかしげる。

「どういうこと?」
「分かんない」

二人はもう一度顔を見合わせた。

「だから、おくうにも一度見てもらおうと思って。何か分かった?」
「いや、私だって分からないわよ……」

二人でジッと謎の光を見つめる。
寺子屋の教室にしばしの沈黙が流れた。

「チルノ……あんたビビってるの?」
「なっ……ちっ、違うわよ! なんで最強のあたいがあんな光にビビらなくちゃいけないのよ!」

引きつらせた笑みと共に空が口にした言葉に、チルノが真っ赤になって返す。
分かった、分かったから、と空がチルノをなだめるが、チルノは頬をぷぅっと膨らましてなお不満そうにする。

「ビビってるわけじゃ……ないけど」
「ないけど?」
「何か……ブキミだし」
「やっぱビビってるんだ」
「だーかーらー! 違うって言ってるでしょ!?」

空がからかうと、さすがのチルノも怒ったかポカポカと空を叩く。
痛い痛い、と言いながらも笑みが零れる空が、じゃあ私も、と手錠に繋がれていない方の手を袋に伸ばした。



……光は萎まなかった。
……むしろ、その輝きを増したほどだった。



自分の時とは違う反応に、チルノが目を見張る。
そして、チルノの時とは違う反応にビックリした空が、慌てて袋から飛び退く。

「何よおくう、まさかビビったの?」
「あんたと一緒にするな!」

今度は空がムッとした表情を見せる。
そして、再びおずおずと袋に近寄り、手を差し出す。
やはり、光は萎むことなく逆に、より強く漏れ出してくる。
何が何だか分からない空は、首をかしげながらチルノの方を振り返る。

「チルノ……何か変なことしたんじゃないの?」
「何もしてないってば」

チルノはチルノで訳が分からない。
なんであたいの時は消えそうになって、おくうの時はよけいに光りだすの?
そうした疑問が頭の中をグルグルと駆け巡るが、当然のことながら答えは導き出されない。

再び沈黙が訪れた後、意を決したように空が呟く。

「取り出すよ」

チルノからの返事が無いことを肯定と受け取った空が、一つ大きく深呼吸をしてからえいやっ、と袋に手を突っ込む。
漏れ出す光がさらに輝きを増す中、空は目的のものを探り当てて引きずり出した。
引っ張り出されたそれは、漆で塗りあげられた小さな箱――つづらであった。
蓋には和紙が貼り付けられており、"東"と記されている。

「それ……確かメディの……ううん、あの猫……お燐って奴が持ってた」

チルノがポツリポツリと話すと、空も得心したかのようにああ、と呟く。

二人はメディスンが殺された後、霧の湖に向かう前にメディスンとお燐が何を持っていたのかと、スキマ袋の中身を検めていた。
その時にお燐からメディスンへと渡った袋の中に、この"東"のつづらを見つけていたのだった。
ただし、その時は錠前はうんともすんとも言わず、かと言って捨てるわけにもいかずにまた袋の中へと押し込んで……
その後は、そのつづらのことなどすっかり忘れてしまっていたのだ。

そのつづらが、あの時とは違って今は煌々と輝きを放っている。
光の正体は掴めたが、結局何故今になって強く光りだしたのか。
根本に横たわる問題は解決せず、二人は今一度首をかしげた。

「おくう……どうなってるの、それ……?」
「そんなこと私に聞かれても……」

困惑した表情でつづらを弄りながら空が言葉を返す。
……すると、カチリと小さな音がしたかと思うと、それまでビクともしなかった錠前が外れ、畳にポトリと落ちた。

「……開いたよ?」
「えっ」

呆気に取られながら空が言うと、チルノもまた同じように素っ頓狂な返事をすることしか出来なかった。
先程から分からないこと続きで、二人の頭はオーバーヒート寸前になっていた。
とはいえ、好奇心が尽きたわけではない。
訳が分からないままに空がゆっくりと蓋を開けると、二人は顔を突き合わせるようにして中を覗き込んだ。
つづらの中では……チルノも空も見たことのない小さなオブジェのようなものが強い光を放っている。
漏れ出していた光の正体はこれだったらしく、つづらが袋にあった内から漏れ出していた光は一層強まるばかり。
真夜中の寺子屋の教室を照らすその光は、行燈とは比べ物にならないほどの明るさであった。

「……何これ?」

眉を顰めながら、チルノがつづらの中身に手をかけようとする。
すると、先ほどと同じように光が急速に衰えていくのが分かった。

「わっ、わっ……ダメ、ダメっ!」

慌てて空がひったくるようにして、つづらの中身を取り出す。
掌に載せられるほどの大きさのそれは、今度は光が萎まずに空の手の中で光を放っていた。

「……何が何だか分からないけど、これはどーやら私は使えるけど、チルノじゃ使えないものみたいね」
「えー、何でおくうばっか、ズルい!」

空が出した推測に対して、チルノが口を尖らせながら噛みついてくる。

「あっはっは、そりゃー私とチルノとじゃやっぱり格が……」

もう一度軽口を叩こうとしたところで、空は何やら違和感を覚えた。
いや、違和感と言うよりは、以前にも一度感じたようなそんな不思議な感覚。
自分の中を、何かよく分からない力が満たしていく。

(……? これって……)

元々、空はしがない地獄鴉の一羽に過ぎなかった。
灼熱地獄から湧き出る怨霊を啄むことで妖怪としての力は得てはいたが、吹けば飛ぶような木端妖怪の域を出なかった。
そんな空の運命を変えたのが、山からやって来たという二人組の神様。
その神様から与えられた力こそ、空が誇りに思っている八咫烏の力である。

八咫烏の力を与えられた時も、自分の内に未知なる力が満たされていくのを感じていた。
その時に似たような感覚を、空は感じているのである。

力が漲ってくるのを感じた空ではあったが、何故いきなりそんな力を得たのかは分からない。
そして、ひとしきり考えた後で自らの手の内にあるオブジェを見やる。

(ひょっとして……これのおかげ?)

まじまじと空が見つめるそれの正体は……世間一般で言うところの"宝塔"であった。
それも、そんじょそこらの宝塔とは訳が違う。
武神や守護神と称されることもある、かの毘沙門天の力が宿る宝塔なのである。

「ちょっとおくう、格が……何だってのよ」
「……なんでもない」

チルノも空も、毘沙門天が何たるか、そして宝塔が何たるか。
そういった方面に対する知識など持ち合わせているはずもなかった。



(何が何だか分からないけど……なんか力が湧いてくる)

空がすっくと立ち上がり、それをチルノが下から見上げる格好になる。

「……? どしたの、おくう?」

きょとんとした表情で問いかけるチルノに対し、空はにかっと笑いかける。

「どしたの、って……行くよ、助けに」
「へ?」

チルノが目をぱちくりさせる。

「助けに……って、誰をよ」
「決まってるじゃない、あの鬼よ。
 私たちが会った時に、もう抜け殻みたいになってたあのちっこい鬼」
「そいつがどーしたのよ」
「最強の私たちがかかっても、あの赤青とは互角だったのよ。それなのにあんな状態の鬼が勝てると思う?」

実際には互角とはお世辞にも言えないような勝負であったが、そのことは気にしない。
なおも、言葉に気合を込めながら空が続ける。

「それに、あの赤青や巫女はこの手でブッ飛ばしてやらないと気が済まないよ。
 前にも言ったでしょ? 殺し合いなんかやめてみんなで帰るの。
 それでも戦う奴は……ってね」
「……そりゃ、あの鬼を助けたいのはあたいもそうだし、巫女たちをブッ飛ばしてやりたいのもおんなじだよ」

そこまで言ってチルノが言いよどむ。
その顔色から、空はチルノが何を考えているのか大体分かった。

「でもさ……おくうは大丈夫なの? さっきまで痛い痛い、って泣いてたくせにさ」
「ちょっ……あれは泣いてないって言ってるでしょ!?」

やはりそうだ、と空は得心する。
この氷精は、口ではなんだかんだ言いながら自分のことを心配してくれているんだと。
お燐とやり合った時も、あのメディを殺したあの女の時も、湖でこいし様が死んだと知った時も、巫女や赤青と戦ってる時もそうだったと。
そうしたチルノのまっすぐな感情を、空は概ね好意的に受け取った。

(だけど……)

そうした感情を持つ半面、空は逆に自分の不甲斐なさを感じるのであった。
もっと私がしっかりしてれば、八咫烏の……核融合の力を使いこなせていれば……
お燐やメディスンを死なせることはなかった、こいし様も助けられたかもしれないし、桃帽子の女や巫女、赤青にも勝てたかもしれない、と。
最強を自負するが故に、空の心中は穏やかではなかったのだ。

(でも……今の私は違う……! 核融合の力に、この何が何だか分かんないけど湧いてくるこの力……
 これがあればもう何も怖くないんだ……!)

力を欲していたその矢先に与えられたこの力を、空は些末な疑問を投げ捨てて受け入れる覚悟を決めた。
そして、口では鬼を助ける、赤青や巫女をブッ飛ばすとしたが、それ以上の目的が空にはある。

(そして……絶対にさとり様は私が守ってみせるんだ……!)

依然として健在であり、自分を救ってくれた主。
受けた恩は返さなければいけない……今まで可愛がってくれたこと、異変を知ってなお罰を与えなかったこと、そして今……
報いるにはちょっとやそっとでは足りない大恩を、空はさとりから受けていると考えていた。
すぐにでも動き出したい、そうした焦燥感もまた空の心中を覆っていた。



「あ……そんなこと言ってもしかして……実はあの赤青や巫女にビビってるんじゃないの?」
「なっ……! そっ、そんなわけないでしょ!」
「いやぁ~、結構あんたも臆病なんだねぇ~。カワイイとこあるじゃない」
「違うって言ってるでしょ! あたいをバカにするな!」

あとはチルノを焚きつけるだけだった。
さっきと同じように煽ってみると、やはり同じような反応を見せたチルノが立ち上がり、また空をポカポカと叩いてきた。

「あっはっは、ごめんごめん。悪かった、悪かったからこれ以上叩かないでよ」
「むぅ~……」

苦笑を浮かべながら謝る空に対し、チルノは不満そうな表情を見せる。
そんなチルノを、空はグイッと抱き寄せる。

「……ありがとうね、心配してくれて」

ガラリと変わった空の態度に、チルノが戸惑う。
えっ、いや、その、あれは……としどろもどろになりながら、

「……わ、分かればいいのよ」

……と、最後は照れ臭さから目線を逸らした。

「大丈夫、もう心配ないから。それより、あの鬼が心配だよ」

本音ではさとりの方が心配なのだが、嘘も方便である。
チルノもその点に関しては同意し、無言でこくりと頷く。

「よっし、それじゃいっちょ、最強の私たちが助けに参上するとしますかね」
「おうっ!」

手錠に繋がれた側の手で、気合を確かめ合うかのように二人はガシッと拳をぶつけ合った。
そして、おもむろに空が屈伸運動を始める。

「……何してるの?」
「ちょっとね……よしっ、じゃあ行くよ。チルノ、ちゃんと捕まってなよ」
「……へ?」

空が何を言っているのか分からないチルノが戸惑うのも気にせず、空がグッと下半身に力を籠める。
そのまま天井を見据えると、ハッ!と一声発して跳躍した。

「わわっ!?」

手錠でグイッと引っ張られ、チルノの小さな体躯が空に続いて宙に舞う。
そして、空は飛びだした勢いそのままに、寺子屋の天井を突き破ってしまった。
みるみるうちに眼下の建物が小さくなっていく。
跳躍力、スピードのいずれを取っても、万全の状態か、あるいはそれを上回るのではないか。
新しい力の試運転を済ませた空はそう感じ、上機嫌な表情を見せる。

「い、痛いじゃない! 飛ぶなら飛ぶって言ってよ! おくうのバカ!」

空と比べると、飛ぶことに関しては万全ではないチルノは、なんとか空にしがみついていた。

「ごめんごめん、ちょっと加減が効かなくてさ」

チルノをとりなしながらも、空は新しい力に手ごたえを感じていた。
手の内にある宝塔からは、絶え間なく力が注ぎ込まれているように思えた。
これなら行ける、そう確信した空の目が輝いた。

「よ~し、じゃあ行くよ、チルノ」
「おーっ! ……って、どこへ?」
「知らない! とりあえずどっかで戦っているならそこに行くよ!」
「分かった!」

適当にあたりをつけて、空とチルノが飛び出した。
二人とも……特に空の目は今まで以上に強い光を宿していた。


【D-3 人里上空 二日目深夜】


【チルノ】
[状態]疲労大
[装備]手錠
[道具]支給品一式(水残り1と3/4)、ヴァイオリン、博麗神社の箒、洩矢の鉄の輪×1、
    ワルサーP38型ガスライター(ガス残量99%) 、燐のすきま袋
[思考・状況]基本方針:お空と一緒に最強になる
1.鬼を助ける。
2.メディスンを殺した奴(天子)を許さない、赤青と巫女もブッ飛ばす。
3.ここに自分達を連れてきた奴ら(主催者)を謝らせる。
4.必ず帰る。


※現状をある程度理解しました
※第四放送を聞き逃しました


【霊烏路空】
[状態] 疲労大、霊力急速に回復中
[装備] 手錠 、宝塔
[道具] 支給品一式(水残り1/4)、ノートパソコン(換えのバッテリーあり)、スキマ発生装置(二日目9時に再使用可)、 朱塗りの杖(仕込み刀)

、橙の首輪
[思考・状況]基本方針:チルノと一緒に最強になる。悪意を振りまく連中は許さない
1.さとりと鬼を助ける。
2.メディスンを殺した奴(天子)を許さない。、赤青と巫女もブッ飛ばす。
3.必ず帰る。


※現状をある程度理解しました
※第四放送を聞き逃しました


※空の左手とチルノの右手が手錠でつながれています。妹紅の持つ鍵で解除できるものと思われます。
※メディスンの持っていた燐のスキマ袋はチルノが持っています。
 中身:(首輪探知機、萃香の瓢箪、気質発現装置、萃香の分銅● 支給品一式*4 不明支給品*4)


 *      *      *




"東"のつづらが今まで開かなかったこと、そして中身をチルノが使えなかったことには理由がある。


  それらつづらが宿す子は、帯に短し襷に長し。
  一つは直に産まれます、あなたの道を選びなさい。
  二つ欲しけりゃ殺しなさい、魂が乳となるでしょう。
  三つ欲しけりゃ待ちなさい、時が母となるでしょう。
                  血が父となるでしょう。
  それでも産子は未成熟。


つづらに仕込まれた紙に記された文章である。
この三つ目のつづらを開けるのに必要な条件……それは文字通り"待つ"ということ。
このバトルロワイヤルの開始から24時間が経過した今、その条件を満たしたということである。

そして、"血が父となる"という言葉の通り、もう一つの条件として定められたもの。
それが"誰か他の参加者を一人でも殺める"というものであった。
これが、このつづらを手にした犬走椛、火焔猫燐、メディスン・メランコリー、そしてチルノがつづらを開けられず、
霊烏路空だけがその中身を使いこなせる理由であった。



こうして新たな力を手にした空、そして共に戦うチルノであったが、二人は見落としていることがあった。
まず、彼女たちが助けようとしている伊吹萃香も、そして打倒を目指す八意永琳も既にこの世の者ではないということ。
どちらも、放送を聞いていなかった二人には知り得ないことであった。
メディスンを殺した比那名居天子も、その名を知らないためにやはりこの世の者でなくなっていることを二人は知らない。
まして、打倒を目指す面々で唯一生き延びている博麗霊夢が既に人里を後にしていることなど知る術もない。
空の心中にある"さとりを助ける"ことを除けば、二人の目的は全て当てが外れてしまっているのだ。



……そしてもう一つ。
空は元々が一介の地獄鴉に過ぎず、守矢の二柱から八咫烏の……核融合の力を与えられて強くなった存在である。
この時もまた絶大な力に酔い、後先考えずに力を使った空は地上からやって来た巫女と魔法使いにとっちめられたのだ。
今回もまた、新しい力を得た空は、他者を救う、叩きのめすという大義名分があるとはいえ、同じ轍を踏もうとしていた。

さらに"産子は未成熟"とある通り、この宝塔はある意味で不完全なものである。
その内に籠められた力を、対象に注げるだけ注いでしまう、タガの外れた状態なのだった。
八咫烏の力を飲み込んだ上に、毘沙門天の力が注がれている今、空のキャパシティは限界を超えようとしている。
度重なる戦闘で傷ついた空の体が、いつまで溢れんばかりのこの力を御していられるのか。
力を得て、さとり達を助けることで頭がいっぱいの空に、そこまで考えるだけの余裕は無かった。
それはまた、どうして空がいきなり元気になったのか、ハッキリとは理解していないチルノも同じこと。



様々な不安要素を抱えながら、"最強"の二人は飛び出した。
最強を一途に求めた二人の行きつく場所は果たしてどこになるのだろうか。



※宝塔の力を使える条件は、"24時間生存"し、"誰か一人でも殺める"ことです。
 現状、その条件を満たすのは博麗霊夢、レミリア・スカーレット、十六夜咲夜、小野塚小町、霊烏路空の5人です。
 ですが、これ以外の参加者も今後条件さえ満たせば宝塔を使えるようになります。



169:東方萃夢想/Demystify Feast 時系列順 170:死霊の夜桜が散るころに
169:原点回帰 投下順 170:死霊の夜桜が散るころに
154:東方萃夢想/月ヲ砕ク チルノ 177:流星のナミダ(Ⅰ)
154:東方萃夢想/月ヲ砕ク 霊烏路空 177:流星のナミダ(Ⅰ)


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最終更新:2011年12月10日 09:12
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