眩しく光る四つの太陽(前編) ◆TDCMnlpzcc
戦闘の余波で火が付いた民家が燃えている。
先ほどまで休んでいたはずの団子屋も、今ではいたるところから吹き出す煙で、目も当てられないありさま。
戦いのむなしさを濃縮したような景色が、射命丸文の前に広がっていた。
紅い血にまみれ、起き上がることのない十六夜咲夜。
その横で言葉を発さず、ただ黙り込む霊烏路空の姿を見つけ、ようやく気が休まる。
一人で戦いに行かせたものの、無事帰ってくると、楽天的に考えることはできなかった。
それほどまでに、今日一日で、多くの人妖が亡くなっていた。
遅れてやってきた妖精と不死の人間。三人は火を消すこともできずに、そのまま座り込む。
行儀が悪いなどと考える余裕はなかった。ただ、体を休めたかった。
地獄烏に声をかけることもしなかった。
静かに、祈るように目をつぶるお空に、かける言葉など、文には浮かばない。
やっぱり、戦いに勝っても、結局は新たな悲しみが生まれるだけなのだ。
そして、生き残った者はその負担にあえぐこととなる。
それは勝者の権利で、義務である。
「あのさ」
気が付くとお空が、こちらを見つめていた。
「死体を埋めようと思うの」
それは至極当然の発想だ。三人もそろって、首を縦に振る。
「ただ、私たちに手伝えるかは、分からないよ」
妹紅が自虐的に、言った。確かに、腕にも足にも傷を負った状態で、満足に穴を掘れるとは思えない。
それは、さらに重度のけがを負った私にも当てはまる。
「うん、分かっていたから。ただ、彼女も埋めようと思うの」
一部を赤くただれさせたお空の手が、足元に向けられる。
そこに横たわる咲夜の死体を見て、私は思わず眉をしかめた。
「彼女も埋めるのか」
驚いたように、妹紅がつぶやく。その言葉の中に含まれた非難に気付き、お空は繰り返した。
「埋葬する。
チルノを殺したのはあいつだし、さとり様を殺したのもあいつかもしれない」
でも、と続けた。
「私は、同情したからでも、慈悲の気持ちを持ったからでもなく埋めようと思ったの。
たぶん、それが正しいと感じたから。殺したものとして、最後の始末を付けたいだけ」
本当に、それだけなのだろう。平等、同情、そんなものを抜きにして、埋葬する。
死者と本当に向き合おうとしての、彼女なりの努力なのかもしれない。
だからといって、自分の気持ちを蔑ろにされてはたまらない。
十六夜咲夜を埋葬する。その死に敬意を払うということは、今まで彼女に殺されたものに対する冒涜ではないのか?
そう思ってしまえば、お空の行動を黙認することはできないのだ。
死んだ者の気持ちなど分からない。ただ、生き残った者はその重荷を軽くするために、復讐の相手を見つける。
見慣れた、馬鹿げた行動だ。そんなことはよく分かっている。
でも、口に出さないわけにはいかなかった。
「それだと、彼女に殺された者達はどうなのですか。チルノさんを殺した彼女を、あなたは許すつもりですか?」
破たんした質問だとは、言っている本人も分かっている。咲夜を埋葬することと、咲夜を許すこととは全くつながらない。
やっぱり口に出さなければよかった。
言った後で、目の前のお空の顔を見て、すぐに後悔することになった。
お空は、苦悩していて、自分でも答えを見つけられなくて、泣きそうになっていた。
返事はない。
ただ、訳も分からず、動こうとしていた彼女には、酷な質問だったのかもしれない。
大人気ないことをした。文は口をゆがめる。
言い出した手前、撤回するわけにもいかず、気まずい空気を甘んじて受け入れる。
「いいと思う」
沈黙を破り、小さい声が意志を伝えた。
「最強なら、これくらいで文句なんて言っていられない。チルノならそう言うと思うわよ」
サニーミルクが、初めて口を挟んだ。
しっかりと、考えた上での発言だろう。
お空は、虚に突かれた顔で、重々しく頷いた。
「だったら、さっさと埋めないとね」
作り物の笑顔を浮かべて、お空は涙を隠すように、私たちから顔を背けた。
* * *
二つ、穴が空くまでには随分と時間がかかった。
穴を掘るのに適した道具がなかなか見つからなかったことが、一番の原因だ。
ただ、慣れない手つきで土を掘り返すお空は、とても落ち着いていた。手を動かしている間は、何も考えずに済んだからだ。
だからこそ、埋葬するという発想が浮かんだのかもしれない、と思った。
近くの家で瞬く火は、さほど燃え広がらずに終わりそうだ。
ぶすぶすと燻すように煙を上げ、あたりを再び暗闇へと押し戻していく。
近くには二つの死体が、ついさっきまで殺しあっていたのが嘘のように、仲良く横たわっている。
さとり様の遺体も、同じく眠っているのだろう。
もしも、遺体が野晒しになっているのならば、また自分で埋めなければならない。
まあ、コツがつかめてきたから大丈夫。死体を運ぶのはお手の物。
「さて、と」
深呼吸して、体の筋肉を解きほぐす。
振り返ると、離れた軒下で、手当てをして体を休める三人の姿があった。
埋める前に声をかけたほうがいだろうか?悩み、決断する。
「埋めるわ!みんなはこっちに来る?」
「ありがとう。今から行く」
丁寧に頭を下げて、妹紅が立ち上がる。
妖精も、天狗も、蓬莱人も傷つき、ふらつきながらも駆けつける。
あなたの分は、私が頑張るから、ゆっくり休んで。
チルノの死体を抱き起し、穴へと運ぶ。
今もまだ戦っているかのように、厳しい顔をしていたチルノが、少し笑った気がした。
気のせいかもしれない。でも、私にとってはそれで十分。
「手錠、これはもういらないから」
チルノはこんなもの必要ないと言った。私もそう思う。
私の中に、チルノはいる。だから、必要ない。
さっき妹紅からもらった鍵をねじ込み、手錠を外す。そして、そのまま墓穴へと投げ込んだ。
この殺し合いが始まってから、私たちは色々なことに巻き込まれてきた。
そして、お燐との戦いで、私を守ってくれるために、注意を引いてくれたのはチルノだった。
メディスンの死んだ戦いで、私と一緒に戦ってくれたのもチルノだった。
霊夢との戦い、あの赤と青の衣装に身を包んだ医者との戦いも、チルノと一緒に切り抜けた。
そして、さっきの戦いで、私のために身を投げ出してくれたのも……チルノだった。
二人で一緒に、乗り越えてきた。でも、これからは一人で進まないといけない。
チルノの目指した“最強”を、私もまた、たった一人で目指してゆく。
「チルノの分も、頑張るわ」
墓穴の前に立ち尽くす私の横から、小さい手が、小さい声とともに突き出される。
妖精が、涙を流しながら、近くで詰んできたらしい花を投げ込んだ。
私は少し反省した。
訂正しなければならない。私は一人じゃないのだから。これからは、新たな仲間と進んでいく。
その仲間が、三人の仲間がここにいる。
さっそく、道を間違えるところだったわね。
冷や汗をかいて、首筋をぬぐう。
本当に大丈夫かなぁ?
自信を失って、少し落ち込んだ。はぁ~、私は何やっているのだろう。
「もう、埋めますか?」
文が、尋ねた。
いけない、いけない。慌てて穴へ手を突っ込み、目当てのものを二つ、ほどいていく。
一つ目は左腕に巻きついた、メディのリボン。
二つ目は胸で存在を主張する、赤いリボン。
それらを丁寧に取り外し、お燐の形見の上へと巻きつけた。赤と黒、三重のリボンが、私の左腕を締め付ける。
どんどん増えていく形見に胸を痛めながら、私は後ろを向いた。
私への配慮か、文と妹紅が横に積んだ土を崩して、チルノを埋めてくれた。
静かに行われる埋葬の片隅で、私は顔を見られないようにして、また泣いた。
涙を流すのをチルノに見られるのは、恥ずかしかったから。
次に、私たちは十六夜咲夜、チルノの下手人の墓穴へと移った。
赤く血にまみれた体で、どこか満足したように微笑むメイド。
墓穴の底から、今にも動きそうな感じで、こちらを見つめている。
私はその瞼を閉じて、永遠の暗闇を与えた。
文がどこか複雑そうな顔で、それを覗き込んだ。
「まあ、ゆっくり眠りなさい」
掛ける言葉に困ったように、あたりさわりのない言葉をつぶやいた後、文は私を見た。
その眼は、これからどうする?と私に尋ねている。
「埋めるのよ」
私の方針は変わらない。
チルノを殺したのは彼女だったけれど、彼女には彼女なりの想いがあった。
その心の底を、少しだけ理解してしまった私だからこそ、そのまま野晒しにはできなかった。
今度は私が、土をかけていく。
あなたのお嬢様が、今どこで何をしているかは知らない。でも、少しでも、報われるといいね。
土に隠れる白い顔は、最後まで穏やかな笑みを浮かべていた。
「ねえ、これからどうする?」
二つの墓の上に目印の石を載せながら、私は尋ねた。
正直言って、これからどうするのかについて、方針は全くない。
個人的にはさとり様の遺体を確かめに行きたい。でも、本当にそんな悠長なことをしていてもいいのだろうか?
そんなことをしていて、また人が死んでしまったら、どうしようか?
「少し、話がしたい。まだ情報交換もしていないわけだしね」
そんな逸る気持ちを見抜いてか、ゆっくりと落ち着いた口調で、妹紅が言った。
反対するものは誰もいない。
考えてみれば、情報交換は全然していないじゃない。
焦る人は何も手に入れられない。急いてはことを仕損じる、だっけ?
さとり様がこういう諺を言っていた気がする。
「じゃあ、あそこの土蔵がいいでしょう。空からは見えないですし」
上を気にしながら、文が言う。
疲れてはいても、切れ者の天狗だけあり、緊張の糸はほぐさない。
そんな天狗の意見に、皆同意した。
「さとり様の亡くなった時のこと、もっとよく教えて」
私も、冷静な状態で、もう一回聞きたかった。
さとり様が何をしていたのか、どのようにして死んでしまったのか。
それを聞くのも、ペットとしての義務だと思ったから。
それを乗り越えないと、最強への道を歩みだすことができないと思ったから。
“最強”な奴は、あんな簡単に我を失っちゃダメだ。
自分の思いが、チルノの声として湧き上がる。
次こそは冷静に聞き取ろう。さとり様の生き様を頭に入れよう。
そして、私は最強になる。
* * *
改めて、皆の話を聞いて妹紅は思う。
私たちは本当につらい一日を過ごしてきたのだ、と。
四人とその仲間たちがつむぐ話は、ときどき絡み合い、この殺し合いという名の物語を構成していた。
「そう、殺したのは死神なのね」
私の話が終わった直後、今まで静かに聞いていたお空は、初めて口を開いた。
憎々しげに、そうつぶやいた後、雑念を振り払うかのように、あわてて頭を振った。
「でも、さとり様も成長したのかな?最後の様子を聞いて、私も少し驚いたわ」
普段のさとりは、見ず知らずの人をかばうほど、心を開く性分ではないらしい。
この場所で人と妖怪と触れ合ううちに、きっと何か響くものがあったのだろう。
それが慧音であってくれれば、さとりをかばって死んだという彼女も浮かばれるだろう。
あいつはそういう奴だった。
故人を悼み、黙り込む二人とは相対的に、文は口数を増した。
「今の段階で生き残っている者、その中で確実に私たちと指針を合わせるものは三人。
博麗神社で待っている東風谷早苗と八雲紫、それに
フランドール・スカーレット、ですか」
「霊夢とあの吸血鬼、それに怠け者の死神が敵なのね」
サニーミルクが合いの手を入れる。
妖精に怠け者と言われる割に、ずいぶんと積極的だったあの死神。
さとりは彼女の護衛対象だったはずだ。今頃はどうしているのだろうか?
まだ殺し続けているならば、次こそは決着をつけたい。
「魔理沙さんはどうなのでしょう?
さとりさんの情報が正しければ、八意永琳も主催者ではないですから、魔理沙さんも晴れて無実となるのですが」
文が誰に向けるわけでもなく、つぶやいた。
八意永琳と話していた、ただそれだけで危険人物扱いすることはできない。
彼女が味方に付けば、少しは心強いだろう。
「魔理沙はこんな殺し合いに乗らないわ。さとり様からの情報もあるから、信じてもいいと思う」
多くても生存者は十人。思えばずいぶん減ったものだ。数多くの犠牲を払い、生き延びている私。
そういえば、私と一緒に行動した妖怪で、いまだに生きているのはこの場にいる三人だけだ。
そして、それは目の前の彼女たちにも当てはまる。
次の放送で、主催者に刃向うと思われる人妖のうち、何人が脱落するのか。
想像もつかない。もう、私の考えの及ばないところまで、この殺し合いは進んでいた。
「気を休めているところ、すいません。妹紅さんはこれからどう動きますか?」
文が早口で言った。
どう動くって、主催者を打ち破るか、ここから抜け出すかの二択しかないじゃないか。
私が抗議の声を上げようとすると、文がすっと一枚の紙を取り出した。
『まず間違いなく盗聴されています。あたりさわりのない話で紛らわせてください』
さらに、もう一枚を、妖精に見せる。
『“ひかりをまげて”主催者に紙を見られないようにしてください』
サニーミルクはしばらく頭を傾げた後、座り込む私たちの真ん中に手を伸ばした。
見たところ視界に変化はない。
しかし、私たち以外には紙が見えないよう、細工されているのだろう。そう信じたい。
「これで見えなくなったわ!すごいでしょ」
妖精が、笑顔で叫んだ。
馬鹿!!文が顔をしかめて、口だけを動かして言う。
気付いて、妖精は口をつぐむが、音は蔵の中を反響して、行き交っている。
「ええ、霊夢がやってきても、これでばれません」
顔を青くしながら、文がフォローする。
ごめんなさい、と声を出さずに謝る妖精に、大丈夫だと手を振り、私は話を始める。
「私は博麗神社に行くつもり」
『首輪をどうするのか、という話をしたいのかな?』
「ですが、そこに彼女らがいる保証はありませんよ」
『解除できる手段、浮かびませんか?』
「……ええ、分かってはいるけれど、当てもないわけだから」
『ごめんなさい。浮かばないわね』
残念そうに、文はうつむいた。
「うーん、私はさとり様の顔を見ていきたいかな?」
『外から来た巫女とか、スキマ妖怪とかにまかせたら?たぶん、これは機械だよ』
お空が口をはさむ。
「一理ありますね」
『ええ、ですが彼女たちが今生きているかはわかりません。それに機械の解体には十分な道具も必要です。そんな道具、ありますか?』
「私は、お空に合わせる。どうせしばらくは動けそうにないから」
『あるわよ』
「そうですか、分かりました」
『見せてください!!』
声の調子は変えずに、興奮した様子で文は手を伸ばした。
その手に私は、にとりの工具箱、とやらを手渡す。
「ほかに、意見はありますか?」
『なるほど、十分な工具はありますね』
「えーと、私もいいの?」
『でも、おそかったね』
妖精が、たどたどしい字で書き起こした一文は、皆の心を冷ますには十分だった。
確かに機会を逸していた。にとりが存命中に、この箱を渡せればよかったのだが。
とはいえ、これで解体作業を行えるものへ、お土産を作ることはできたわけだ。
精巧な、何かを解体するのに適していそうな道具の数々。外の知識に明るいあのスキマ妖怪なら、有効に活用できるかもしれない。
「ここで、しばらく待つのはだめかな?太陽が昇ってくれば、私も元気になるから」
妖精が体をさすりながら言った。
聞けば、彼女は日光で回復することができるらしい。日が出てくれば、
レミリア・スカーレットも動けなくなる。
確かに、そこまで待つのも手である。
でも、しかし、だ。
「待っていて、皆が死んでしまっては意味がないわよ。私は探しに行くわ」
お空が強気に言う。
正直に言うと、私はお空の意見に賛成だ。
でも、問題はある。
「ですが、私はしばらく戦うことはおろか、移動することもままなりません」
文が無念そうに、言う。
お空からはあまり疲労の色を感じないが、今にも死にそうな文と疲れ切った妖精には、移動させることをためらう、危うさがあった。
そして、私も足を怪我しており、長距離の移動ができるとは思えない。この空間では妖怪も蓬莱人も、けがの回復が遅くなるらしい。
開いた穴はふさがってきたが、走って、戦うとなると難しいだろう。
「そういえば、よく調べていない道具が、たくさんあったはずよ」
お空がつぶやくと、スキマ袋をひっくり返した。
そういえば、私もさとりの支給品をよく調べていない。慌てて、袋をひっくり返した。
向かい側を見ると、文も支給品を漁っていた。
「まったく、私たちも抜けていますね。妹紅さん」
「いいものが見つかると良いのだけれど。期待はしないでね」
顔を合わせて、文は笑みを浮かべる。
疲れていて、引きつったものではあったが、あの戦いの後、初めて文が笑っているところを見たのだと気付いた。
血だらけではあったが、その笑みには普段と比べて何倍もの意味があるのだろう。
湿りきった空気を吹き飛ばすため、私も笑顔を返して、支給品を検分する。
数分後には、どこかの魔法使いの家とも思える、道具で埋め尽くされた狭い部屋が、そこにあった。
最終更新:2012年06月02日 21:35