赤より紅い夢、紅より儚い永遠 ◆Ok1sMSayUQ
黎明に薄く伸びる夜空は、幻想郷に二度目の夜明けが近いことを伝えていた。
漆黒から薄墨。そして群青から晴天へ。太陽は東から昇り、ちっぽけな自分達を見下ろして眺めるのだろう。
紅魔館へと続く道を泳ぐように歩きながら、博麗霊夢は薄ぼんやりと栓のない考え事をしていた。
レミリア・スカーレットが死亡し、まるでそれに合わせるかのように人里で続いていた争いの音も途絶えた。
一体誰が勝者となったのかは定かではないが、恐らくは負けたのは十六夜咲夜であろう、と霊夢の勘は語っていた。
大した理由はない。ただ、霊夢の常識に照らし合わせてみれば、『せめて1ボムだけでも』潰させる役を担う咲夜ではこのあたりが潮時だろうと考えていたに過ぎない。
完全にして瀟洒。しかしどこか間が抜けていて主にすら悪戯を仕掛ける茶目っ気のあったメイドは、最期はどのような死に目を迎えたのだろうか。
自らと相対し、それまでの咲夜とは似ても似つかぬ無様な姿を思い出して、霊夢はたかが知れていると結論した。
十六夜咲夜という個人を見るだけならば彼女は変わった、変わりきってしまったといっても過言ではない。
けれども、所詮は個人というレベルでしかなく、彼女の紅魔館――ひいては、レミリアに依存する現状も何も変わってはいなかったし、
根本は何も変わってはいない。むしろその点ではレミリアの見せた執着のほうがよほどの変異とも言えた。
レミリアは逆だ。吸血鬼という個人を変えない代わりに、支配する対象を咲夜から、咲夜を含めた他へと移した。内から外へと興味の対象を変えたのである。
――とはいえ。それも規模が大きくなっただけに過ぎないのかもしれないと霊夢は醒めた思考を浮かべた。
紅魔館という支配対象を、幻想郷に置き換えただけとも言えなくはない。レミリアが幻想郷にやってきたときと、今とを比較しても根本に違いはない。
その程度の連中だったということだ。
僅かに霊夢の思考の隅に残ったのは、殺される寸前、自分ではなく他の誰かを見ていたようなレミリアの視線だったが、
それも恐らくは支配されるべき者に対する視線でしかなかったのだろう。吸血鬼という個人を変えないということは、そういうことだ。
他者に対し情を抱いたりするようなことは、決してありえないのだから。
レミリア達に対する感想を結んで、霊夢は辿り着いた先の紅魔館の門をくぐった。守衛のいない門。邪魔も妨害もなく、寂寥とした風が吹きぬけてゆくだけである。
紅魔館にやってきたのも、これまた大した理由はない。殺し合いが始まって以来、そういえば訪れたことがなかったと思ったからやってきたのだった。
無論、人里方面には間違いなく敵対している人妖がいるであろうから休憩には向かないだろうと思ったこともある。
ともあれ、やってきた紅魔館にはかつての騒がしい面影などなく、閑散とした雰囲気が漂っているのみで、主の死を切欠にして落ち込んでいるようにも見える。
この館の住人も、
フランドール・スカーレットを残すのみだ。そのフランドールも生きているかは怪しいものだが、いずれ分かることだろう。
玄関の大扉を開け、邸内へと足を踏み入れる。途端、濃い死臭と紅をさらに彩る赤が鼻と目を突いたが、それは霊夢にとって慣れ親しんだものでしかなかった。
幻想郷の騒動の一翼を担うこの屋敷も、殺し合いの因果からは逃れられなかったということか。
床中に散らばった死体を醒めた目で眺めながら、霊夢はとある場所を探してうろうろとし始める。
目的は風呂である。一日中戦って、流石に体のべとつきが気になり始めたというのが主な理由だ。
戦いは終焉へと確実に向かっている。ならば、来るべき最後の戦いに備えて少しでも体調を良くしておくに越したことはない。
他には、紅魔館の洋風風呂を使ってみたかったという個人的な理由も少し。
「……ん、余計なものがあるわね」
適当に歩いていれば見つかるだろうと考えて廊下を歩く霊夢の足が止まる。
それはかつて、
四季映姫・ヤマザナドゥ達がここ紅魔館に篭城を決め込んだ際に作成したが、舞い戻ったレミリアによって無残にも蹴散らされたバリケードの成れの果てである。
もっとも何者かが撤去したのか、通れることには通れるが、処理し切れなかった残骸が邪魔であることには変わりないうえ、もっと他に仕掛けが用意してあってもおかしくはなかった。
やれやれと思いながら瓦礫を避けつつ、霊夢は浴場を目指して進む。
この乱雑ぶりはかつて足繁く通っていた香霖堂の情景を霊夢に思い出させたが、それも遠い過去のように感じられる。
いや、遠い過去にしなければならないのは最初から分かっていたことだった。
殺し合いの開催を告げる暗夜の会場、そこで八意永琳を語る何者かが壇上に立って喋っていたときから、霊夢は始まった『物語』の内容を確信した。
『物語』の内容は単純。堕落した幻想郷に、ついに滅びの日がやってきた。滅びから逃れられるのはただ一人。
全てを終わらせ、新しく始まるための、それは現在の幻想郷が通過しなくてはならない苦難であり、必然であった。ゆえに『主人公』も定められてはいなかった。
恐らくは誰でも良かったのだろう。いや、生き残った者こそが『主人公』であると考えているのかもしれない。
誰が、とは考えなかった。この『物語』を書き起こしたのは誰なのか。それ自体は霊夢にとって瑣末なことに過ぎない。
重要なのは自分こそが『主人公』でなければならないということだった。この残酷で美しい物語に立つべきは他の誰でもない、自分しかいないと霊夢は思っていた。
「何をやっても変わらない……変えられないのなら、私が滅ぼすしかない」
常にから懐に仕舞っているはずの手記がないことに少しだけ寂しさを感じつつ、霊夢はしかし、もう記録する必要もないかとも感じていた。
幻想郷を変革するための記録と記憶。試行錯誤を繰り返し、異変という『物語』の中で見出してきた、自分達の辿り着くべき未来を書き記したもの。
時には『主人公』から身を引き、幻想郷にとって最適な結末を選んできたこともある。霊夢は異変の度に変わることを祈り続けてきた。
人間も妖怪も関係なく、全ての存在が自由に生きられる幻想郷になるよう奔走してきたつもりだった。
だが、待ち受けていたのは十年一日として――いや、千年一日として変わりもしない人間と妖怪の実態だった。
どの妖怪もがかつてあった畏れられるべき存在という幻影を追い求め、それに対して人間も何もしないばかりか肯定する始末。
確かに、人を襲わなければ妖怪は妖怪足り得ないことは分かる。妖怪であることの意味を失ってしまうことは、死と同義であるのも分かる。
しかし、果たして妖怪であることにどれだけの意味があるのかというのが霊夢の本心だった。
自分のように、人間でありながら妖怪退治ができるほどの力の持ち主はいるし、数にしても少なくはない。
霧雨魔理沙、十六夜咲夜、東風谷早苗、半分ではあるが魂魄妖夢。彼女らと妖怪たちに、さほどの差はない。
そもそも特別な能力を持つことや、多少の異形を宿していたところで、酷い差別や偏見を受けるわけでもない。
ならば妖怪は妖怪でなくてもよいのではないか。妖怪ではない、新しいなにかに生まれ変わってもいいのではないかというのが霊夢の意見だった。
乱暴に言ってしまえば、結界で守られ、人を襲わなければ自らを保てない妖怪など一度滅びてしまえばいい、という思想である。
半ば妖怪であることを辞め、人間に溶け込んでいる上白沢慧音がそうであるように、妖怪を辞めることは不可能ではない。
しきたりや掟などに囚われ、あまつさえ結界で身を守らなければならず、窮屈な幻想郷に閉じ込められるのは霊夢には不満の一語でしかなかった。
皆、もっと自由に生きていい。こんな狭い世界だけではしゃぎ回って、暇を言葉遊びで潰して……それでいいのかと霊夢は言いたかった。
行動にだって移した。スペルカード
ルールもその一環で、人間レベルに合わせることで交流の機会を増やし、また人間も妖怪を恐れることはないと証明したつもりだ。
強大な妖怪が起こす異変は陣頭に立って解決してきたし、時には妖怪と組んでみせ、可能性を提示してきたはずだった。
結果から言えば、霊夢の期待は悉く裏切られたといってもいい有様だった。
どんな異変を解決しても、どんな切欠を与えようと……根本は何も変じることはなかった。
そればかりか、定めたスペルカードルールを自分勝手に解釈し、『最後は霊夢が解決してくれるのだから、どんな無茶をやってもいい』と思う者までが出る事態にもなった。
いくら試行錯誤を繰り返そうが、全てがその結論に行き着く――幻想郷に住まう人間と妖怪の出した答えは、
『博麗の巫女がどうにかしてくれる』という他人任せ、自分本位なものに他ならなかった。
そうまでして守りたいものは自由ですらない、怠惰だという現実に、霊夢は、ならば今回の異変を以って、自らが破壊者となることを決めた。
妖怪たちが滅びを拒否し、人間が諦観のぬるま湯に浸かったままでいるというのなら――自分が全てを終わらせよう。
人間も、妖怪も、神も、妖精も。種族も年齢も貴賎もなく。皆平等に、殺してしまおう。
それが霊夢の思考であり、絶望であり……また、残された希望でもあった。
「お、あったあった。……水道は生きてるようね」
幸いにして、辿り着いた浴場はバリケードの手も伸びず破壊の憂き目にも遭わず、静謐な場を保っていた。
割と本格的なものらしく、大理石が敷き詰められた床はぴかぴかとして歩き心地は良さそうだし、浴槽も清潔。
何より自宅や里では殆ど見られない、蛇のように長く伸びたシャワーというのが見た目にも面白そうで、霊夢は早速服を脱ぎ捨て、
身につけていたアクセサリー一式を外し裸一貫になって浴場へと飛び込んだ。一歩ごとに床と足が触れあい、ぺちぺちと音を立てるのが小気味よい。
先ほどまで血液が付着した衣服を身につけていたのもあり、気分としては悪くない。
首に噛み傷があるのと、肌がところどころ擦り切れているので若干お湯が染みるかもしれないのは癪だが、とも思っていたが。
ともかく、と早速シャワーを手にした霊夢は蛇口を捻り、出てきたお湯の温度を指先で確認する。40℃前後というところか?
いい仕事だと誰にともなく賞賛しながら、霊夢は丁寧に体を洗い流してゆく。
水が肌を流れ、汚れや血のりを洗い落とすたびに、彼女が本来兼ね備えていた柔肌が露になる。
化粧やお洒落等には特に興味もなく、また縁もなかった霊夢ではあるが、だからといって肌が荒れているわけではない。
むしろ瑞々しさは適度に保たれており、また普段の仕事で適度に鍛えられた筋肉もしなやかで無駄がない。
例えるならば、霊夢の肌は天然モノであり、それも桃源郷に生った水蜜桃のようなものである。
唯一、弱点があるとすれば……あまりにも緩やかな斜面を描きすぎている二つの膨らみだけであろう。
決してないわけではなく、まな板レベルではないのだが……貧相といって差し支えはない。
もっとも霊夢本人は胸の大きさなどで一喜一憂するような人間ではなく、胸の間をするすると流れ落ちるお湯を、むしろ楽しむ気持ちで眺めていた。
「うーん、やっぱお風呂はいいわね。湯船に浸かれたらもっと良かったんだけど」
そうも言ってられないか、と霊夢は嘲りを含んだ笑みで天井を見渡す。
まだ全てが終わったわけではない。終わっていない限りは、再生も始まりも在り得ない。
その上、ここからは殺すのに面倒な相手が続く。霧雨魔理沙も八雲紫もまだ死んではいないだろうし、大人しく殺されるつもりもないだろう。
特に魔理沙だ。何度打ちのめし、何度現実を叩き付けてもへこたれず、自分の望む幻想郷とやらを取り戻そうとしている。
腹が立った。ここに至って夢想を信じ続け、今までの生活が戻ってくると疑ってすらいない姿に、怒りすら覚えた。
それに、魔理沙のせいで――
考えかけて、霊夢は思考の隅に浮かんだ、既に死亡している男の姿をかき消した。
戻っては、こない。
殺すしかなかった。誰かがやらなければならないことだった。
歩みを拒否し、現在に停滞し続ける幻想郷の者たちを、誰かが裁かなければならなかった。
真実の幻想郷の神は、緩慢な死など望んではいなかったのだから……
「……魔理沙。あなたは、何をもって『取り戻す』と言うの?」
この屍だらけの、死に体の世界で、一体、何を。
答えは本人に聞いてみないと分からない。ならいずれ会うときに聞こうと考えを結んで、霊夢はシャワーの雨に身を浸す。
頭から湯を被り、最後に残ったしこりをも洗い落とす。落とした、つもりだ。
流れる水滴は、やがてひとつの川となり、霊夢の頬を伝って落ちる。
それは、「もし緩慢な死が許されたのだとしたら」というささやかな夢の、残滓だった。
【D-3 二日目・黎明】
【博麗霊夢】
[状態]休息中
[装備]魔理沙の帽子、白の和服(土や血でで汚れています)、NRS ナイフ型消音拳銃(0/1)
[道具]支給品一式×5、火薬、マッチ、メルランのトランペット、賽3個
救急箱、解毒剤 痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、
五つの難題(レプリカ)、天狗の団扇、ナズーリンペンデュラム 、文のカメラ(故障) 、死神の鎌
支給品一式*5、咲夜が出店で蒐集した物、霧雨の剣
NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬14、ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発)
不明アイテム(1~4)
[基本行動方針]力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。
[思考・状況]
1.少し休む
2.もう迷わない。この『物語』の主人公は、私だ
最終更新:2012年08月20日 16:56