If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(後編)

If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(後編) ◆ZnsDLFmGsk


第二回放送直後 【真昼】
からのIF








※※一方その頃※※



 9×19mmパラベラム弾の弾薬パッケージには、ひとつの格言が印刷されている。

【Si Vis Pacem, Para Bellum】
【汝、平和を欲さば尚の事 争いに備えよ】

 それを徹底する必要があった。
 ともすれば容易く緩んでしまう心の手綱を確りと引いて、常に張り詰めていないといけなかった。
 私だって本当は永遠亭で過ごしていたような、あの緩やかな空気が好き。
 でも、だからこそ大切なものを守り切る為、必要以上に徹底して心を諫めないといけない。
 そんな事を考えていると、ふと始まりのルール説明を思い出した。

――24時間死者が出なくても全員の首輪が爆発しますので

 あの時永琳は、争いを厭うみんなが無理やり殺し合わされる未来を憂いていたのかしら?
 そして、ならあの言葉はルールの説明だけじゃくて、そんなみんなを戒める為のモノだった?

 例えみんながどんなにソレを嫌がっても、例えどんなに平和裏に事が進んでも……
 24時間の内に誰かが必ず手を汚さなきゃいけないんだって……
 進んで手を汚せる者こそが此処では英雄足りえるんだって、多分そういう事を言いたかったのかもしれないわね。

 優しくて厳しい、とっても永琳らしい配慮だと思う。
 なら例え脅されていたにしても何にしても、あの時壇上に立って全ての悪役を引き受けた永琳こそが本当の英雄だ。

 でも、現実には永琳の心配していた事はぜんぶ杞憂だった。
 死者の出ない24時間なんて永遠より遠いおとぎ話で、ほんの数時間でさえ馬鹿らしい数の死者が出ている。
 私も永琳も、蓬莱の薬を口にし不死を得てから随分と長い……
 永遠の命っていうのはとっても素敵なモノだけど、
ひょっとしたら生きる・殺すって事に少し疎くなってしまうのかも知れない。
 命を奪うっていうのは、もしかして私が思っていた以上に当たり前の事だったのかしら?

 きっとみんなにも守りたい何かがあったのね。

 目の前で意を決した様子で佇む雪女、レティ・ホワイトロックに銃先を向けながら……
 私、蓬莱山 輝夜はそんな取り留めない思考を続けていた。

 不可視の能力は既に解除されているみたいで、
先程まで視認するのも一苦労だった彼女の姿が今はハッキリと見えている。
 多分だけど、不可視の能力は傍らで気を失っているこの妖精のモノだったんじゃないかしら。
 私が通りに姿を出した途端、このチビっこいのがいきなり襲い掛かって来たもんだからつい強めに蹴りを入れてしまった。
 妖精が弱いってのは知ってたけれど、蹴鞠みたいにぽーんって飛んでいったもんだから本当びっくりしてしまったわ。
 便利な能力を持っているみたいだし、是非とも生かしたまま手に入れたいのよね。
 ぴくぴくと僅かながら痙攣している様子を見るに、頭を打って昏倒してるだけで流石に死んだりはしていない……と思う。
 本当、今度からはもっと力加減に気を配らないといけないわね。

 妖精が気を失って以降、目の前に立つ雪女に抵抗の意思は見られない。
 多分観念した訳じゃなくて隙を伺っているだけだろうから油断はできないけど……
 それでも厄介だった透明化が無くなった上、銃弾の命中先は何て言ったって足よ。 機動力も封じてる。
 結局、一人を取り逃す事になってしまった訳だけれど、
状況から考えればまずまず及第点をあげられる結果なんじゃないかしら。
 それに追いかけたとしても、あの子を捕まえるのはこれより手間取ったでしょうしね。

 消去法で考えれば逃げ出したのは河童かしら。 あの子には本当に同情するわ。
 きっと本人としては囮役を買って出たつもりなんだろうけれど、
お粗末過ぎて本当に逃げただけになってしまっているんだから。

 撃ち込んだ銃弾が誰かに命中した事は漏れ出た声から分かってた。
 なのに、着弾時の悲鳴と逃げ出す際に上げられた声が違っているのは不自然だったし……
 迷っていたのか知らないけど、居場所の発覚から逃走までにも少し間があった。
 そして何より私が彼女達を発見するに至った最初の足跡と、後から増えた足跡じゃ靴のサイズがまるで違ったもの。
 そこまで気付けばもう状況は見えてくるってものだわ。
 逃げ出した面倒な敵より、目の前の弱ったカモを狙うべきなのは明白よね。
 本当に頭が下がるわ。
 増援を呼ぶつもりだったのか、お仲間が逃げる為の時間を稼ぐつもりだったのかは判らないけど。
 私がこの雪女と二人っきりで“お話し合い”する為の時間を作ってくれたんだから。
 少しばかり可哀そうだとは思うけれど、此処は結局そういう場所なのよ。
 甘えてちゃ駄目なの、細心の注意と冷徹さを以て物事を完遂しなくちゃ。

 少しの後、脇に逸れかけていた思考を引き戻し、かちゃりとわざとらしく拳銃を鳴らす。
 負傷した太腿を押さえ苦しそうにしていた雪女は、
それだけでこちらの催促に気づいてくれたらしく、要求した情報を話し始めた。
 そういう無駄に抵抗してこない所にとても好感が持てる。
 サニーミルクだっけ? あの子の攻撃が失敗した時点で完全にあなたは詰んでいるのよ。
 現状を理解出来ずごねる様だったら痛めつけてでも吐かせなきゃいけないと思ってたから、
想定より楽が出来て良かったわ。
 ああいうのは“殺し合いごっこ”で遊びとして楽しむならいいけど、実行するには心が痛むもの。

 そうして自己紹介から始まったレティの情報提供は実に細やかなものだった。
 それこそ彼女がこの殺し合いに巻き込まれてから今に至るまでの全てを網羅し語り尽そうかってくらいに……

 私だって普段はのほほんとしているけれど、これでも大物貴族を何人も手玉に取ってきた実績がある。
 言葉巧みに知りたい事を聞き出したり、その真贋を見抜けるだけの自信はあった。
 けれどこの“かぐや姫”の名はそれなりに有名だったのかしらね?
 レティは最初からこちらを騙そうとか、口先任せに言い包めよう等とはしてこなかった。
 代わりに語る内容をより濃く、情報を水増しして、その膨大な情報量で圧殺する手段を取ってきた。
 与えられた情報それ自体はとても有用だし、詳細に語ってくれるのも嘘を見抜くのに役立つ。
 時間稼ぎなのは分かり切っているけれど、これは中々に嫌らしいやり口だわ。
 本当こういう強かな相手ってのは油断できないのよね。
 物腰や語り口調そのものは柔らかいけれど、瞳の奥には常に堅い意思が見え隠れしている。
 実際、幾度か太腿の傷口を小突いて話を急かしているけれど目立った効果は見られないし……
 飴も鞭も通りが悪くて、これは骨が折れるわね。
 このままじゃ延々時間を稼がれてしまうのは明白だった。
 てゐだったらもっと上手に話題誘導出来たのかもしれないけれど、流石にあの子の真似は敷居が高い。
 なら実力が足りていない分、私はここで取捨選択しなくちゃいけないんだろう。

 レティに対する評価と警戒を頭の中で一段階引き上げると、自らに問いかける。
 “私の一番大切なものは何か?”
 熟考の必要すら無く、その答えはすぐに出た。
 “私は永琳を助ける為に此処にいる”
 ええそうよ、それさえ成し遂げられれば十分……躊躇いも容赦も何も、その目的達成の為には無用だわ。
 そうして目標を見詰め直し、クリアになった頭で今やるべき事を考え直せば自ずと答えは見えて来た。

 逃げた河童……にとりは増援を連れて戻ってくるかもしれない。
 でも逆に言えば、それは取り逃がした情報源がまた戻って来てくれる可能性があるってこと。
 なら最悪レティはここで死んでも良い。 きっと死体があれば十分用を成すでしょ。
 時間を掛けられない以上、リスクを恐れちゃいられないわ。

 私は素早く考えを纏め終えると、ぱんっと軽く手を叩き、時間稼ぎに傾倒したレティの話を一旦打ち切った。
 そして一拍、レティがこちらの心意を掴み損ねているその隙に、容赦無く彼女の腹部を蹴り抜く。
 身構えていなかった分もろに入ったんだろう、彼女は1~2メートル程後ずさりした後、
逆流した胃液を盛大にぶち撒けてその場に蹲った。
 食事事情の悪さが幸いしてその中に固形物が混じる事は無かったみたいだけれど、
パッと見で分かるほど多量の水分を吐き戻した様子。
 吐瀉物に若干の血が混じっている辺り、内臓を痛めつける事にも成功したみたいね。

 えずき、ぜぃぜぃと肩で息をしているレティを見下ろしながら、私は更なる仕上げに務める。
 かつて貴族連中を手玉に取った演技力を今こそ発揮する時よ。
 甘えなんてそんなもの……今、この心の片隅にだって必要ない。

「ねぇレティ、苦しんでいるところ悪いけれど今のはほんの警告よ」

 いつだったか妹紅が見せた不良染みた言動をお手本に、ドスの利いた声を無理に作って釘を刺す。
 自らの意思を本気で押し通すなら、弱らせた時こそ徹底しないといけない。

「私が望んでいるのは今の永琳に繋がる情報だけなの。
 だから今後、話が逸れたり、あなたが無駄な時間稼ぎをしているんだって……
 そんな風に“私が思ったら”容赦なく今以上の痛みをプレゼントする事にしたわ」

 レティの顔に動揺が走る……けどそれは彼女の演技だ。
 依然、その瞳の奥に潜む決意には一切の揺らぎも見られない。
 それだったら容赦はしない。 私だってそれなりの覚悟を決めて此処に立っているのよ。

「ああ、あと痛みを与える相手についてなんだけれどね……
 あなた一人だけじゃ物足りないから、この妖精……サニーミルクにも一緒に負って貰う事にするわ。
 何だかさっきからもう虫の息だし、丁度良いでしょ?」

 足元に転がっている妖精の頭を踏み躙る様に足を乗せて……
“あなたとこの子どっちが早く死ぬかしら”と、そう言わんばかりに冷笑を浮かべて見せると、
流石の彼女もそこで心が折れてしまったみたい。
 先程までの張り詰めた空気は一瞬で霧散し、肩を落として脱力した様に棒立ちになったレティ。
 心優しい彼女は他人の命を賭け皿に乗せる事までは覚悟出来なかったと言う事ね。
 もしもここまでやって効果が無かったら、本当に対処に困ってしまう所だったから助かったわ。

 そうして抵抗の意思を折る事さえ出来たら後は簡単だった。
 意気消沈したレティに対し、事務的な質疑応答を繰り返すだけ。
 今までの苦労が嘘に思えるくらいにスムーズに事は運び、
永琳を見かけた場所やその時に永琳がしていた事、対話した相手など……
 物の数分で欲していた情報を聞き出す事に成功してしまう。

 ああもう、こんなに簡単に行くんだったら、勿体ぶらずもっと早くにやっておけば良かったわね。
 こんな事でいちいち良心を痛めていたら殺し合いを延々戦い抜くことなんて不可能なんだし、私も早く慣れていかなくちゃ。
 こんなの、鼻持ちならない貴族連中の相手していた時と同じだわ。
 ちゃんと向き合おうとするから傷付くのよ。 軽くあしらう位が丁度良いんだわ。

 当初の目的は達したけれども、最後まで気を抜いたりなんてしない。
 相手が息絶えるその瞬間まで、反抗の意思は徹底して挫いておかなくちゃ。

「それにしても結局、あの河童は間に合わなかったわね。
 もしかして本当に見捨てられちゃったのかしら?
 ねぇ、何か言い残したい事があるなら伝えてあげるわよ」

 揶揄い半分、釘差し半分の意味合いで、私は更に追い打ちの言葉を掛ける。
 まさかレティも自分が生きたまま解放されるなんて思っていないでしょ。
 慣れない事尽くしで大変だけど、この程度も完遂出来ないようじゃ永琳を助けるなんて夢の夢だわ。
 せめてもの慈悲として、彼女が苦しまず逝ける様に額に狙いを定めると……その最後の言葉を待つ。

「私にも…………ったわ」

 ぽつりとレティが何事か小さく呟いたけれど、良く聞き取る事が出来なかった。
 そして私はその後、とても信じがたいものを……余りにも不思議なものをその目にした。

 笑ったのよ。

 銃先を突き付けられ、死を目前に控えながらも朗らかに……
 それこそまるで憑き物が落ちたみたいにレティは笑った。

 傷口を抑えよろめきつつも何とか立ち上がったレティ。 その瞳に怯えは窺えない。
 困惑した私に対し軽く首を傾げると、柔らかく透き通った声でレティは告げた。

「もしも貴方の言う通り、にとりが逃げたのだとしたら……もう私たちに負けは無いわ」

 一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。

「私はもう十分に時間を稼げたと思うの。 だって貴方はもうにとりに追いつけないでしょう?
 同じ様にサニーの無事だって既に約束されているわ。
 彼女の能力はとっても秀でているもの、賢い貴方はそれを無為に摘み取ろうなんて思わないハズ……
 だからね……私は確かにここで死んでしまうけれども、本当に大切なモノはもう全部守り切れているんだわ。
 ほらね、それだったら私にもう“負け”は無いでしょう?」

 笑みを零し、堂々と言い切られたそれは私にとってとても神聖で侵しがたい言葉だった。
 それこそまるで新しい勝ち負けの概念を彼女から教えられている様な気分だ。
 そんな私の衝撃を余所に、彼女は更に言葉を重ねる。

「そして、それは貴方だって同じ事よ。
 大切な人の情報はもう得られたのでしょう?
 なら、この場所に敗者なんて一人もいないんだわ。
 私は少し力及ばなかったけれど……それでもこれって最高のハッピーエンドだと思うの」

 よく見ればレティの身体は小さく震えていて、何か湧き上がる感情を抑え込んでいるかの様だった。
 けれど彼女の言葉をただの強がりだとか、気の触れた絵空事だと笑い飛ばす気持ちにはなれなかった。
 自らの命すら天秤に乗せて大切なモノを選び取れる彼女の姿は、
正しく強さに他ならないんだって心の内の熱い部分が叫んでいた。

 いずれ私の試みが成って、この殺し合いに永琳と二人生き残る事が出来たとして……
 その時、永琳はいったいどうするだろう?
 私は永琳にどんな言葉を掛けてあげられるのか……
 そして、ならその時私はちゃんとやるべき事を遂げる事が出来るのかしら?

 目の前に立つレティの姿が、いずれ至るだろう自らの姿と重なった。

「ねぇレティ……もしも、いつか……
 いつか死ぬ時が来るのなら……その時は私も貴方の様に死んで行きたいわ」

 思わず言葉が口から零れ出ていた。
 殺し合いの最中、まさかこんな清らかな気持ちを迎えられるなんて思ってもみなかった。
 これがサヨナラの瞬間だって言うのは本当に悲しい。
 悲しい、けれど……
 名残惜しいけれど……
 私は彼女の分まで確りやり遂げなくちゃいけない。
 祈る様な気持ちで引き金に掛けた指に力を込める。

 瞬間、記憶が溢れた。

『ねぇ永琳、死ぬっていったいなぁに?』

 それは幼い頃、私が永琳に投げかけた問い掛け。
 遍く穢れから切り離され、死を遥か忘却した月の流儀の中で、幼心に芽生えた疑問。
 子供の口を出るには少々物騒なその質問に対し、永琳は少し困った様に目を細めて……

『死ぬっていうのはね……きっと、諦めるという事なのよ』

 そう告げた永琳の口調はとても穏やかだった。
 “いったい何を諦めるの?”“どうして諦めちゃうの?”“ねぇなんで、なんで?”
 幼くて永琳の言っている事が上手く理解できなかった私は、
そんな風にしつこく食い下がりその裾を何度もぐいぐい引っ張った。
 流石の永琳もこれには答えに窮してしまったらしく。

『それは多分きっと、人それぞれに違う理由があるんじゃないかしら』と……
 そう誤魔化す様に言葉を濁した。

 あの頃の私は、永琳は何でも知っているんだと思っていて、
この世界に永琳に判らないモノが存在するなんて欠片も思ってなかったものだから……
 永琳が物事を断言出来ず言葉に貧したという、その事実にただ、ただびっくりして……
 生き物が生きるっていうのはとても不思議な事なんだなぁ……
 すごいんだなぁと、子供ながらによくよく感心したものです。

 あの頃抱いていた想いが、胸の内にありありと鮮明に蘇った。

――自分にとって都合の良い物事を、たいして疑いもせず

 表通りに乾いた銃声が響き渡ったのと、
レティの振るった拳が私の顔面を捉え、深くめり込んだのはほぼ同時だった。

 額を狙い撃ち出された筈の銃弾がレティの側頭部を掠める様に耳ごと抉り飛ばし。
 顔面を歪ませた私が鮮血を散らしながら衝撃に大きく仰け反った。

 強烈な一撃に意識が刈り取られそうになり、世界がちかちかと明滅する。
 数秒間という、戦いに於いては永遠に近い意識の空白。
 その隙を浚って、追撃とばかりに繰り出された平手打ちが私の持っていた銃を遥か弾き飛ばした。

 これは間違いなく私の落ち度だ。

 本来、銃器を用いて狙うべきは頭部よりも身体であった。
 それは頭が身体に比べ小さく狙い辛いという事もあるけれど……
 それ以上に近距離で頭部を狙う場合、銃口を相手に晒す事になり狙いが読まれやすいというのがある。
 また、仮に命中し得たとしても、頭蓋骨というのは私達が思っている以上に堅牢だ。
 骨の丸みで弾が滑ってしまう事もあり、一発で撃ち抜くのは容易い事では無い。
 その事は私だってちゃんと知っていた筈なのに……

 そう思い返してみると、話をしている間レティと不自然な程に目が合わなかった。
 あの時、きっと彼女の視線は銃口や引き金に注がれていたに違いない。
 だとすれば、あの時レティが漏らした不自然な呟きの内容にも予想がつく。

――私にもやっと生き延びるチャンスが見つかったわ

 最後の最後で甘えを見せて、詰めを誤った私。
 討ち取るべき相手と自分の姿を重ねてしまうだなんて……本当、なんて馬鹿なんだろう。
 敵の事情なんて考慮せず、もっと着実に仕留められる手段を取るべきだったのよ。
 命を放棄して成される事柄があるだなんて、どうしてそんな妄言に付き合ってしまったのか。

 自己省察の最中もレティの猛攻は止まらない。
 流石に最初の一撃以降大振りの攻撃を貰う事は無かったけれども、それでもかなり好き勝手に殴られ続けている。
 振るわれる拳を寸での所で捌きながら、私は態勢を立て直すべく必死に状況把握に努める。

 視界端、倒れた妖精サニーミルクに復活の兆しはまだ見えない。
 打ち所がよっぽど悪かったのだろう、今では身動ぎすら窺えず傍目には死んでいる様にさえ見える。
 それなら敵戦力としては当分無視しても問題無いだろう。

 顔面を狙い放たれたレティの拳を肩を軸に回る様に去なしつつ、同時に観察を継続する。
 最低限の動きに抑えたものの未だ脳が揺れていて反撃動作にまでは移れない。
 最初に貰った一発の影響は諸に足に来ていた。 体力の回復を図りつつ暫くは“見”に徹する他ない。
 傷を負っているのはお互い様。 なら、動きが激しい分レティが先に消耗するハズよ。

 弾かれてしまった銃の行き先を探す。
 背面に位置する為正確には測れないけれど、落下音から推測するに後方4~5メートル範囲内といった感じかしら……
 無策で拾いに行くのは不可能。 一瞬で良いから隙を作る必要がある。

 見ればレティの太腿にあった銃創は氷結され、血液の流出は止まっていた。
 雪女の寒気では物を凍らせるのは難しいと訊いていたけれど、よっぽど無理をしたのかしら?
 だとすれば話をしている間ずっと太腿を押さえて傷口を隠していたのは、その為の仕込みだったという事かしらね。
 平和は争いの為の準備期間とはよく言うけれど、正にしてやられたって感じだわ。

 レティの猛攻に次ぐ猛攻。 よくもまぁ傷付いた身体でここまで果敢に攻め続けられるものね。
 ふらついた足取りでは流石に全ての攻撃を躱し切れず、肩に横腹にと幾つも痛いモノを貰ってしまう。
 手数は圧倒的。 けれど拳のひとつひとつを取ってみればその重みは思ってみた程でもない。
 やっぱりレティの太腿を穿った傷はかなり深いんだ。
 そうよね、流血を止められても傷自体が無くなった訳ではないハズだもの。
 痛みを気合いで誤魔化しているだけで、拳に体重を乗せる事は出来ないしフットワークだって死んでいる。
 この破れかぶれの猛攻は所詮、燃え尽きる前の蝋燭と一緒なのよ。
 距離を取られてしまえば容易に負ける。
 それがレティには分かっているからこうも無理してがむしゃらに突っ込んで来ているんだわ。

 何処までも距離を詰め、肉薄する。
 それこそ肩が触れ合おうかという領域で行われた殴り合い。 超々接近戦闘。
 足にハンデを抱えるレティと違って、こっちまでそんな無謀な戦いに乗ってあげる理由はない。

 攻撃の威力不足を彼女も悟ったのか。
 それを補う様、執拗に同じ個所ばかりを狙い始めたレティの拳をわざと受ける。
 打ち付けられた脇腹がずきりと深く痛むが仕様が無い。 必要なのはほんの一瞬の隙だ。
 肉を切らせて骨を断つ。 カウンターばりに太腿の傷口を目掛けて指を抉り込んだ。
 氷の膜を突き破り、肉を攪拌した確かな感触。

「――――――――ッ!!」

 声にならないレティの悲鳴が耳を劈いた。
 悪いけれど、相手の弱みをずっと放置しておく程私は甘くない。
 凍った肉ごと傷口を引き千切ると面白い様に血が噴き出した。

 怯んだレティ。 これ幸いと落ちた銃器を獲得すべく背を向けて距離を取る……が試みは失敗。
 私の走り出しを後ろ髪を引くようにしてレティが止めた。 勿論、諺的な意味合いでは無く極めて物理的な止め方だ。
 レティは私の自慢の黒髪を毟り取る様にがっしりと掴み、力任せに手繰り寄せたのだ。
 長い髪をそのままにしていたのがここに来て災いする。
 髪を引かれ体制が崩れたのをいい事に、加減なし力一杯に振るわれる大振りの一撃。

 あ……これ、やばいやつだ。

 顔面が拉げた。
 ミシミシと骨が軋みを上げ、世界が真っ赤に歪む。

 このままじゃ本当にまずい、何としても距離を取らなくちゃ。
 朦朧とした意識の中、どうにかレティを引き剝がそうと試みるが、一方のレティも必死だ。
 殴り付けようが傷口を抉ろうが、掴んだこの手だけは死んでも離さないと言わんばかりの形相。

 永琳が……
 永琳が綺麗だって褒めてくれた私の髪を、いつまでもッ!!

 ひたすらに殴り、殴る、抉る。
 最早こうなっては体術など関係ない。
 互いに一体となって、それこそ泥の様に殴り合った。
 どちらがより早く相手の息の根を止め得るか、ただそれだけを競う闘争。

 焦げ付いた意識、滲んだ視界、とにかく拳の届く範囲に相手が居る事を信じて拳を振るう。
 破壊し、破壊し、破壊する。
 視覚を、聴覚を、嗅覚を……
 顔面さえ殴り付けられれば何かしら失わせる事が出来る筈だと……
 ぼやけた影を目掛けて力加減も忘れてひたすら拳を振り回す。

 血みどろで滅茶苦茶で、何処までが返り血で何処からが自身の血液なのかさえ判別つかない。
 より多く相手を破壊できるのなら、何かを判別する必要だって無かった。
 理性など無く、獣と獣が喰らいあうみたいにただひたすらに壊し合う。

 混濁した意識の最中、現在と過去が並立する。

『ここでは命名決闘法……即ちスペルカードルールについて学んで頂きます』

 いつだったか、幻想郷を訪れた私達に対し……
 幻想郷は無益で醜い争いを否定するのだと言って、その妖怪は幻想郷の流儀を説いた。
 曰く、無意味な攻撃を繰り返してはならない。
 曰く、勝利しても相手を殺してはならない。
 曰く、美しさこそが全てに優先するのだと……

 嗚呼、今にして思えばなんて滑稽な……

 ぶちぶちと音を立てて、掴まれていた髪が頭皮ごと引き千切れた。
 昔、その色艶を褒められた自慢の黒髪が、血みどろになって宙を舞っていた。
 伴って頭部から血が迸るが、痛みは無い。 喜ばしい事にそれはとっくに麻痺してくれている。
 頼みの綱が唐突に失われた為、レティが体制を崩して尻餅をついた。
 それをチャンスとばかりに押し倒し、地面に叩き付け、馬乗りに殴り付けた。
 マウントを取ってしまえば後は単純だ。

 殴り、殴り、殴る。

 幾らか一方的に殴りつけた所でレティの挙動が目に見えておかしくなった。
 恐らく脳内血管が切れたか著しく損傷したんだろう。
 うわ言を漏らし、まるで太陽を抱きすくめる様に両手を広げてばたばたと意味の無い挙動を繰り返している。
 その上にのしかかり見下ろすようにして、更に殴る、殴る。

 ギラギラと輝く太陽光が弾けた血液に反射し、諸共に世界を白く染め上げていた。
 その熱量に負けじと何度だって私は……

『永琳……貴女いったい何を、しているの……?』

 思い返せば、それはなんて無神経な問い掛けだったんだろう。
 此方に背を向け、恥しそうに顔を背けた永琳。
 足元には“かつて月からの使者だったモノ”が折り重なって血溜まりを作っていた。
 中にはいつだったか言葉を交わした覚えがあるような、見知ったモノも並んでいる。

 永琳からの応えはない。
 自身を恥じているのか、恐れているのか……
 自らを抑える様に、守るかの様に肩を抱いて……また、その腕は小刻みに震えている。

 それが、私の為に行われたのだという事は分かっていた。
 けれど目の前の光景が余りに衝撃的過ぎて、私は掛ける言葉を見つけられなかった。
 ならせめて想いだけでも伝わりますようにって……
 そう思って……
 言葉に出来ない分、目の前で震えている永琳を強く抱き締めた。

 そして、涙も流さず耐え続ける永琳の背に顔を埋め、彼女に代わって涙を流し……
 こんなの全然恐ろしくない。 何でもないんだって……
 そんな風に……
 まるで言い含めるみたいにして、強く強く抱き締めた。
 私には、だって、そんな事しか出来なかった。

 大切なモノが私にはある。

 妹紅と出会った。
 腐れ縁の中、殺し合いは単なる遊戯と代わった。
 それは全然特別なものなんかじゃなかった。 容易いものだった。
 ほら……こんなの、恐れる必要も恥じる理由も無かったんだわ。

 とても大切なモノが私にはあった。

 酷く熱い。 喉がカラカラだ。
 まるで身体の芯が熱を持ったみたいに熱くなっている。

 ひとつ息を吐いて空を見上げると、太陽が馬鹿みたいに照り付けてこっちを見ていた。
 足元に敷かれたレティは、いつの間にか動かなくなっている。
 首元に手を当て脈を調べてみたけれど、自分の鼓動の方がうるさくてよく判らない。
 けれど、死んでいることは間違いないだろう。

 体中がズキズキと痛む。
 今更に身体が痛みを思い出したみたいだ。
 血みどろに穢れ切った衣装に、満身創痍といった風貌。
 よくよく見てみれば、手の甲にはレティの砕けた鼻骨が突き刺さっているし……
 映る景色も半分に抉れてしまって、左目がまともに働いていない事が解る。
 本当に散々な結果だった。 果たして失ったモノはちゃんと取り戻せるのかしら?
 身体の喪失を気にするのなんて、蓬莱人となって以来久しぶりの事だわ。

 ふら付く身体を抑え、何とか立ち上がろうとしたけれど、レティの死体が絡まる様に引っ付いて来て上手く立ち上がれない。
 いったいどうなっているんだろうと思って見てみれば、レティの片腕がだらりと私の持つスキマ袋の中へと延びている。
 私の持つ武器でも奪おうとしていたのかしら?
 まったく最後の最後まで、よくもまぁ無駄に足掻いてくれたものね。

 そして鈍った意識でスキマ袋から腕を引き抜いたのと、“彼女”が袋から飛び出してくるのは、またもや同時だった。
 恐らく、一対一での敗北を悟ったレティによって、その拘束が解かれていたんだろう。
 私に頭突きを喰らわせて勢いよく、その妖精……ルナチャイルドが飛び出して来た。
 そのまま私が事態把握に努めていた隙を縫って、彼女は近く落ちていた銃を拾い上げると……
 それを突き付け、涙の浮いた瞳できつと睨み付けて来た。

 それはまるで、いつだかの光景の逆さ写し。
 なんて数奇な巡り合わせなんだろう。

 両手を挙げ、無抵抗の意思を表明しつつゆっくりと立ち上がる。
 ルナチャイルドはこちらを警戒している様子ではあったけれど……
 それ以上にお友達、サニーミルクの様子が気になるみたいで、空いた片手で彼女を揺り起こそうと必死になっていた。
 けれど反応は無い。 まさかあれしきの事で死んでしまっていたとでも言うのかしら?
 気付かれない様、じりじりとにじり寄る。

 結局、物は良し悪しなんだわ。
 最初は再装填の方法が独特で、連射の効かない使い勝手の悪い武器だと、そう思っていた。
 こちらを睨むルナチャイルドに対し、わざと余裕の表情を作ると、お澄まし声で言い放つ。

「ねぇ貴方、得意げに銃をこっちに向けているけれど……
 ちゃんとリロードの方法を理解しているのかしら?」

 青褪めたルナチャイルドがデタラメに銃身を弄りトリガーを引っ張った。
 勿論銃弾は発射されない。

 隙だらけな彼女の鳩尾を蹴っ飛ばす。
 持っていた銃を取り落とし、ごろごろと通りを転がった彼女。
 けれど転倒から一拍、すぐさま起き上がると怯えた様に一目散に逃げ出した。

 “こんどは加減しすぎた”、そう舌打ちしながらその後を追う。
 まったく儘ならないものね。

 けれど焦りすぎた所為か、ルナチャイルドは何もない所で足を縺れさせ一人で転んでしまった。
 まったく笑ってしまうわね。 失策続きだったけれども、よくよく運には恵まれていたみたい。
 余裕で追い付いて、蹲った彼女の首根っこを掴んで……


 ……そして?


 そして私の喉が鮮血を噴き出していた。
 いったい……何が?

 大粒の涙を溢し、震えるルナチャイルドの手には小さな刃物が握られていて……
 転んだのは多分その刃物を拾おうとしたからだったのだと理解した時にはもう全てが遅すぎた。

「~~~~~~~~~~!!」

 半狂乱になって泣き喚きながら何度も滅茶苦茶に刃物を振るったルナチャイルド。
 ざくりざくりと、その一振りの度、私の意識が遠ざかって……

 あ、あ、まずい……コレほんとに洒落にならない……
 ちょっ……ちょっと待って……
 そんな……わた…………まさか、死ぬ……?


 そのまま、ゆっくりと意識が溶け出していった。


 嗚呼やっぱり、永琳は泣いてしまうのかしら……?



 ……



 そうして、輝夜が動かなくなると途端に辺りは静かになった。
 通りにはただ、ルナチャイルドがしゃくりを上げ、鼻をすする音だけが木霊している。

 震える小さな掌に握り込まれた刃物。 それを怖がる様に取り落とし放り捨てたルナチャイルド。
 怯え顔から一転、はっと我に返ると、まるで縋りつく様にして近くに倒れたサニーミルクとレティの元へと駆け寄った。

 涙ながらに二人の身体を揺さぶる。
 しかし返ってくるべき反応は無い。
 頬を叩き、声を掛け、お願いだから目を覚まして、と何度も揺さぶる。
 けれどもやはり反応は無い。
 諦め切れず、何度も、何度も揺さ振り起こそうと泣き喚く。

 奇跡でも起きないものかと、どうにか救われないものかと……
 そう、駄々を捏ねるみたいにして……
 涙を拭う事も忘れて、何度も、何度だって……
 しがみ付き、顔を擦り付け、顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、何度も二人の身体を揺さぶり続けた。

 異変が起きたのは、丁度傍らで輝夜が息を引き取ったのと同時だった。

 辺りにピーピーと小さな電子音が響き渡る。
 音の発生源は妖精達に付けられた首輪からのもので……
 そして、聴こえてきた音声は……

「貴方ハ迷子ニナッテイマス。
 貴方ハ支給品デス。 使用者ノ近クカラ離レナイ様ニシテ下サイ。
 暫クシテモ使用者ノ元ヘ戻ラナイ場合、コノ首輪ハ爆発シマス」


 ハヤク戻ッテ下サイ。


 残リ30秒……


 20秒……


 10秒……



※※※※



 人生に勝利することは出来ない。
 私達に許されているのは、せめて降参だけはしないよう足掻き続ける事だけだ。

 それは永遠の命を押し付けられて以来……
 私、藤原 妹紅に架せられた呪縛の様な想いだった。

 降り注ぐ陽射しは強く鮮烈で、余す所なく惨状を照らし上げている。
 けれど何もここまであからさまにする必要は無いじゃないか。 あんまりじゃないか。
 この広大で希薄な世界だって、もう少し位は私達に優しくても良い筈なのに……
 額の汗を袖で乱暴に拭うと、心の中で弱音を吐くみたいにして愚痴った。

 華が咲いていた。
 路上に朱く。
 弾ける様に大きな、真っ赤な華が咲いていた。
 原型が判らない位に飛び散った花弁に……
 その中心に辛うじて残る妖精達の身姿……
 そしてその傍らに寄り添うよう無造作に転がった死体に死体に死体。

 その亡骸を前に、呆けた様に立ち尽くしたにとり。

 里中で危なっかしく泣き叫んでいたにとりをひっ捕まえて……
 その事情を訊いてから、兎に角1秒でも早くと此処を目指して来た。

 親しんだ者との死別は悲しい。
 それは何度経験しても慣れる事は無く、身を切り刻まれ続ける様な痛ましいものなのだと……
 誰よりもよくそのことを解っていたからこそ、それを他のみんなに経験させる事の無い様に懸命に走った。
 あの輝夜がまた馬鹿やってるって言うんなら、それは誰よりもまず私が止めてやらなくちゃいけないんだって。
 今度こそは止めなくちゃって……
 そればかりを考えて、悔いと使命感から私は此処まで走って来たんだ。

 にとりが言葉も無く立ち尽くしている。
 堪える様に唇をわなわなと震わせ、けれどやはり耐え切れずに涙が溢れる。
 そこからはもう堰を切った様に泣き崩れ、死者に縋り付き、にとりは叫んだ。
 “どうしてこんな事に”“なんで私は”と……
 声を枯らし、涙を涸らし、悔んで、まるで自分自身を呪っているかの様に……

 人生にIFは無い。
 もしかしたら、は在り得ない。
 生きる事が選ぶ事に他ならない以上、どんなに望んでもそれは無いんだ。

 だとしても、何故こんな事が許されてしまうのだろう。
 いったい彼女達の何が悪かったと言うのだろうか。
 眩暈に近い感覚を覚えて、よろける様に近くの壁にもたれ掛かった。

 輝夜が死んでいる。
 殺しても、とても死なないんじゃないかってくらい憎たらしかったあいつが死んでいる。
 にとりには悪いけれど、私にとってはその事が一番の衝撃だった。

 何十年だか、何百年だか……
 それこそ数えるのも馬鹿らしい年月をあいつとは殺し合って来たんだ。
 何度殺し合ったって終わりの無い復讐の日々が続いてくれてたんだ。
 それが何で? 何でこうもあっさり終わってしまうのか。
 私と関係ない場所で、こんなにも容易く……

 殺しては殺し返され、スコアはずっと膠着していた。
 いや、最後の死合いに関しては輝夜が勝ち越していたハズだ。
 たったの1勝……
 だけれどもそれは最後の、最期の……1勝。
 何だよ輝夜、ずりぃぞ……勝ち逃げなんて卑怯じゃないか。

 輝夜は応え無い。
 知らず知らずに視界が滲む。

 服も擦り切れ、月の姫とは思えない位惨たらしい有様で輝夜は倒れている。
 確かに、輝夜は此処で間違いを犯した。
 それがヒトとして決して許されない類の行いだったのは間違いないだろう。
 だとして骸になってしまったのなら、仏となってしまったのなら……
 ただの肉体として、他の亡骸と同じ様に丁重に弔ってやってもいいんじゃないだろうか?
 そんな想いで輝夜の遺体を抱き起し、その身を整えてやる。

 こんな殺し合いの最中だ。
 手厚く埋葬してやったり、納棺師が行う様なエンバーミングを施してやることは出来ない。
 それでも乱れた衣服を整え、出来る限りに汚れた身体を拭いてやる。

 こんな風に、仲間に手を掛けた輝夜を丁重に扱ったりして……
 もしかしたら何か問題になるんじゃないか、にとりに憎まれるんじゃないか……
 そう頭の隅で危惧していたのだけれど、幸いというべきか何というべきかそれは無かった。
 問題視する以前に、にとりはこちらの様子などまるで視界に入っていないみたいで……
 ずっとレティ達の亡骸に縋り付いて慟哭を続けている。

 酷い泣き様で、喉を傷めてしまわないかと少し心配になった。
 けれど心を慰めるには、思う儘に涙を流すのが一番だろうと思い、邪魔せずそっとしておく事にする。
 だけど、もしかして他の参加者に見つかってしまうか?

 最悪の未来を考え、一瞬悩む。
 いや、だとしてもこれは必要な事なんだ。 何より大切な事なんだ。

 とうとう声が枯れたらしく、肩を震わすばかりとなったにとりを横目にふと思う。
 きっとにとりの反応こそがここでは正しい在り方なのだろう、と……
 私は一体いつからこんなに薄情者になってしまったのか、と……
 蓬莱人となって幾年月、忌々しいこの永遠は私を死に慣れさせるには十分過ぎた。

 気が付くと無意識の内に輝夜の髪を撫でていた。
 ふと、その傍らにきらりと輝く物が落ちている事に気が付いた。
 それは血に塗れた小さな刃物だった。

「……ははっ」

 思わず笑みが零れた。
 だってそれは“ツールナイフ”だった。
 いつだったか霊夢との闘いで私が無くしてしまった、あのナイフだったんだ。

「なんだよ輝夜、お前……私が落とした武器でやられたのかよ……」

 胸の奥を熱い感情が埋め尽くしてゆく。
 顔を歪め、笑みと涙を同時に溢れさせて……
 自分でも判断付かない程に混ざり昂った感情のまま輝夜に語り掛ける。

「だったら“引き分け”だ。 まだお前と私の勝負は終わってねぇぞ。
 勝ち逃げなんか許してたまるか。
 馬鹿にしやがって、こんな簡単に終わらせてたまるかよ。
 あの世だか天国だか知らねぇけど、ずっと待ってろ。
 二人の勝負はまだまだこれからだ。
 全部っ、これからなんだからなっ!!」

 感情のまま叫んだ。
 そうして輝夜の死因に気付くと、同時に様々な事柄が見えてきた。
 ルナチャイルドの亡骸は、レティとサニーの二人の亡骸を引っ張り引き摺る様にして倒れている。
 それは彼女が最後まで生きる事を……
 仲間達の事を諦めなかった確かな証拠で……
 こんな場所でも、確かにそれは……

 ああ。

 喜びに目が眩む。

 倒れ込む様にして空を仰ぎ、天辺に陣取る太陽に右手を翳す。
 そしてそのまま握り込むと太陽は容易く掌に納まってしまった。 握り潰せてしまった。
 まさか、こんな……
 こんなに簡単な事だったのか?

 人生に勝利する事は出来ないと思っていた。
 架せられた永遠はどうしようも無いものなんだと……
 為す術の無い事柄というものは確固として存在するんだと……そう思っていた。
 けど、それでわざわざ絶望してやる必要なんてどこにも無かった。
 負けてやる理由なんて何も無かったんだ。

 にとりが泣いている。
 にとりが苦しんでいる。

 早く、この事を伝えてあげなくては……
 この胸に灯った熱量を少しでも彼女に分けてあげたかった。

 レティ達は皆、最後の最後まで諦めなかった。
 どんな不条理も、現実も、何も、彼女達の心を折る事は叶わなかったんだ。
 “そいつ”は結局、成す術無く彼女達を殺す事でしかそれを止める事が出来なかった。
 彼女達は最後に打ち勝った。 やり切ったんだ。

 これはきっと私になんて真似出来ない様なすごい事なんだ。
 素晴らしい事なんだ。

 にとりが泣いている。

 そんな哀しむ事なんて無かったんだよ。
 これはそんな悲しい結末なんかじゃないって、一体どうすれば気付いてくれるだろうか?

 握り込んだ右手を開いて、にとりに見せつける。
 訳の分からない事をしているのは分かっているけれど……
 それでも、どうにかして伝えたかった。 この事を悲しんでなんて欲しくはなかった。
 彼女達の為にも、その涙を止めてあげたかったんだ。

 にとりがずっと泣いている。
 未だに悲しみ、苦しみの中で喘いでいる。

 どうすれば伝えられるだろう?
 まさか、この想いは伝える事が出来ないとでも言うんだろうか?

 じわりと染みの様な焦りが胸中に広がる。

 開いた右手には何も握られてはいなかった。





【D-4 人里(辺境にあたる) 一日目 真昼】
【河城にとり】
[状態]疲労、激しい精神疲労
[装備]光学迷彩
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0~1(武器はないようです)
[思考・状況]基本方針;不明
1.紅魔館へ向かう。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
2.皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
3.首輪を調べる
4.霊夢、永琳には会いたくない
※首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています
※永琳が死ねば全員死ぬと思っています
※レティと情報交換しました
※妹紅と軽度の情報交換しました


【藤原 妹紅】
[状態]妖力消費(2~3時間以内に全快する見込み)
[装備]なし
[道具]基本支給品、手錠の鍵、水鉄砲
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。「生きて」みる。
1.守る為の“力”を手に入れる。
2.無力な自分が情けない……
3.慧音を探す。
4.首輪を外せる者を探す。
※黒幕の存在を少しだけ疑っています。
※再生能力は弱体化しています。


【レティ・ホワイトロック 死亡】
【蓬莱山 輝夜 死亡】
【サニーミルク 死亡】
【ルナチャイルド 死亡】

【残り 32人】





XX:If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(前編) 時系列順
XX:If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(前編) 投下順
XX:If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(前編) 河城にとり
XX:If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(前編) レティ・ホワイトロック
XX:If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(前編) 蓬莱山 輝夜
XX:If~ニビイロノ弾丸ハ撃チ抜ケナイ~(前編) 藤原 妹紅


予約期限に間に合わず没となった話。
本来は輝夜が引き金を引いた直後でリレーする予定だったが、供養ついでに少し加筆。
烏輪の国、太陽信仰、灰色の道、に連なる太陽をテーマにした話です。

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最終更新:2017年03月05日 10:43
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