生命遊戯 Easy ◆MajJuRU0cM
───ただいまより皆様には、殺し合いを行っていただきます
鬱蒼と茂る林の中、この遊戯が始まってもう数十分が経とうというのに
リグル・ナイトバグの耳からその言葉が離れることはなかった。
突然の強制召集。突然の
ルール説明。突然の…
リグルは自身に巻かれた首輪にそっと手を触れた。
先程行われた凄惨な光景がフラッシュバックのように脳裏をかすめる。
(この首輪が爆発すれば、私も…)
背中に汗が伝うのを感じる。ぐしょぐしょに濡れて、その感触が気持ち悪かった。寒くもないのに手が震え、暑くもないのに汗が流れ出る。妖怪である彼女は人を襲いこそすれ、襲われた経験など皆無に等しい。
だから、リグルにとってこれは未知の恐怖だった。いつ襲われるか分からない。いや、襲われるかもしれないという考え自体、彼女は生まれて初めて抱いたのだ。
そんなリグルをあざ笑うかのように風が舞い、木々がざわめき、ただそれだけで彼女はびくついた。
(な、何を驚いてるの…。ただの風じゃない)
彼女にとって得体の知れない感情は、時間を増すごとにどんどんエスカレートしていた。
ここで一つ例え話をしよう。
例えば、もしもこの場面を誰かに見られていたら、その人物はどう思うだろうか?
妖怪という存在が恐れなどという極めて人間らしい感情を持っているはずがないと考える人間は、この状況をどう見るだろうか?
あるいは
「何だお前、そんなにおどおどして。泥棒でもしたのか?」
悪事を働いていた。などと考える人間もいるかもしれない。
確かに突然声をかけた。だがそれにしたって驚きすぎだと魔理沙は思った。
こちらを向き、あんぐりと口を開け、声なき声をかすかに発する様は明らかに異常だ。
(ビビってる、ってんじゃまだしもなぁ)
これが妖怪ではなく、人間であったなら魔理沙もまだ合点はいった。だが相手は妖怪。人を襲い、ある時は喰らい、長命で、常に余裕を持て余す妖怪という種族だ。
魔理沙は色々な異変を解決してきた。その際に出会った(もとい、退治した)妖怪は少なくない。その誰もが皆、何かしらの余裕ないしは威厳を持って接してきた。
だから思ってしまう。幻想郷に深く慣れ親しんだ彼女だからこそ、死への恐怖に震える妖怪というものを想像できなかった。
そしてそれ以上に、魔理沙がこの状況をあまり重要視していなかったということが極端に視野を狭くさせていた。
確かに殺し合いは嫌だ。人死にも初めて見た。この首輪だってうっとうしくて仕方がない。だが、この馬鹿げた遊戯を仕込んだのはあの永琳だ。そう、“不老不死”のあの宇宙人。
生死に関しての誤魔化しくらい出来ても不思議じゃない。しかも名簿を見れば何故かその永琳自身も参加しているときた。こんな馬鹿な話はない。本気で殺し合いをさせると考える方がどうかしてる。
そして、この殺し合いが虚言だと思える最大の根拠。それは、“そんなことをする理由がない”だ。
殺し合わせる理由がない。参加者の中には紫や霊夢だっている。二人が死ねば幻想郷は確実に崩壊する。せっかく手に入れた月からの隠れ家を自分で壊す馬鹿などいない。
遊戯内容と会場、袋の性質や最初に連れてこられた方法などを総合的に鑑みて、紫辺りと組んで妙な悪巧みをしてるとしか思えなかった。
それは言ってみれば至極当然の考えで、目先に捉われない冷静な分析の結果。存外に頭が回る魔理沙だからこそ至った結論だ。結局のところ魔理沙は、この遊戯も弾幕ごっこの延長程度にしか考えていなかった。
片やいつも通りの軽い気持ちで異変解決を目指す人間。片や長年生きてきた経験か、この状況の異常を感知し恐れる妖怪。彼女達がすれ違うのはむしろ必然といえた。
そしてそのすれ違いはすぐに始まった。
「おい、お前……うわっと!」
魔理沙は少し近づこうとしただけ。だがそれだけでリグルが攻撃を仕掛けるには十分過ぎる理由があった。それは生物が誰しも持っている、生への執着。
リグルは必死に弾幕を精製し、射出する。だがそれは一向に当たる気配を見せなかった。それも当然。弾幕ごっこなら魔理沙に一日の長がある。
「お前、この御遊戯に乗るつもりだな? だったら容赦しないぜ」
この言は魔理沙にとって、弾幕ごっこを開始する宣言にすぎない。
怪しいと思ったら即叩きのめす。それが彼女のスタイルだ。そして、魔理沙から見たリグルは、まさに怪しすぎた。いきなり攻撃してきた行動も、悪事を働いていたかのように第三者の介入に慌てる様子も。
だがリグルにとっては本気の殺し合いを明言されたのと同じだ。
「い、嫌だ。死ぬのは…嫌だ…!!」
感情が爆発し、美しさの欠片もない弾幕が辺り構わず散りばめられる。
それを軽々と避けながら、リグルの様子に魔理沙も怪訝に思い始めた。しかし生きる為にひたすら必死に弾幕を張り続けるリグルが、そんな魔理沙の些細な心境の変化に気を止められるわけもない。彼女の頭にあるのはどうしたら魔理沙を倒せるか。ただそれだけだ。
(当たらない当たらない当たらない当たらな……!!!)
───武器を、支給させて頂きます
「っ!!」
思い出した。何故忘れていたんだろう。あの女が言っていたではないか。
リグルは弾幕を緩ませることなく、近くに転がってあった袋から中身も見ずに“武器”を取り出した。
「あっ!! あたしの八卦炉!」
「えっ?」
そう。それは確かに魔理沙の愛用する武器、八卦炉だった。
「返せよ! それはあたしのだ!」
リグルに会う前、探せど探せど見つからない八卦炉に若干の苛立ちを感じていた魔理沙にとって願ってもないことだった。
そして、そんな僅かな逸りがリグルに対する怪訝を押しのけ、いらぬことを口走ってしまった。
「って、すんなり返すわけないか。泥棒が簡単に盗んだ物返すわけないもんな。知ってるか? 泥棒相手に物奪っても、それは善行であって悪行じゃないんだぜ。だから…奪って取り戻す!!」
「っ!!!」
そもそもこの袋を用意したのが紫だと考える魔理沙がこのようなことをリグルに言う方がおかしい。言いがかりもいいところだ。これは、ふと出てしまった魔理沙の悪い癖。魔理沙にとって、いわば言葉遊びのつもりだった。
しかし、リグルはそう思わない。リグルにとってここは殺し合いの場。だから、魔理沙の言葉を言葉尻以上に解釈してしまった。お前には恨みがある。だから殺して奪い取ろう。そう、解釈してしまった。
相手はやる気満々。八卦炉の使い方も分からない。弾幕はかわされる。肝心の蟲を操る程度の能力も、何故か使うことができない。
追い詰められたリグルは、ほぼ本能的に動いた。
「あ、逃げた!」
魔理沙に背を向け、全力で走る。いや、正確には全力ではない。何故か体力がいやに消耗しており、最早全力など出せない。それでも懸命に走る。
走って走って走って走って
もうすぐ林を出るだろうというところで、ふと外に人影を見つけた。魔理沙という自分を狙う殺人鬼を後ろに控えるリグルには、この人影に頼る以外現状を打破する方法を持ち合わせてはいなかった。だから林を出て、そこにいる誰かに開口一番こう叫んだ。
「助けて! 殺される!!」
まったく、何でこう面倒なことになるんだ。
魔理沙は走りながら一人愚痴った。
弾幕ごっこの最中に逃げる奴なんて見たことない。
しかも私の八卦炉も返してもらってない。見失うわけにはいかなかった。
(それにしても鬱陶しい林だな。魔法の森といい勝負だ)
そんなことを思って、ふと疑問を感じた。
(…この会場、結局“どこ”なんだ?)
魔理沙はこの会場も紫が用意した演出の一部だと思っていた。だが、よくよく考えれば妙な話だ。
先程確認した地図は、まるで幻想郷を縮小したかのような所だった。博霊神社もあるし、なにより自分の家が明記されていた。つまり、ただ適当な場所へ移動させただけではなく、それらの建物まで作りだしたということだ。
何の為にそんな手間を? 嘘にせよ、殺し合いをするに至ってそんな手間は必要ない筈だ。
いや、そもそも殺し合いという虚偽を流す理由は何だ?
それがミニ幻想郷を作ることと何か関係してるのか?
悪戯にしてはあまりにも懲りすぎている。考えれば考えるほどおかしな点は湧き出てきた。
殺し合いを否定する要素は山ほどある。だがそれと同じくらい殺し合いを肯定する要素もあることに魔理沙はようやく気づいた。
追いかけるリグルの背中をちらと見つめた。
あの妖怪の挙動不審は異常だった。少なくとも、あの妖怪はこの殺し合いを信じてるってことか? だとしたら……あいつは本気で怯えてたってこと、か?
自身の考えが一辺倒だと周りの考え方が見えなくなる。まさにそれを体験した魔理沙は今更ながら少し後悔した。
「…ちょっと、調子に乗りすぎたかな……」
どんどん離されている現状から考えて、すぐに見失うだろう。
しかし諦める気になれなかった。八卦炉のことも確かにある。だが今はそれ以上に、リグルに対する罪悪感が多少なりとも募っていた。追いかけることが彼女にとって苦痛であるとわかっていながらも、魔理沙は足を止められないでいた。
もう豆粒ほどにしか見えなくなったところで、林を抜けだしたリグルはふと立ち止った。
そのことに対してラッキーだと考えるよりも先に不信感が募った。
(あれだけ怯えてたのに…? いや、やっぱ勘違いだったのか? もしかしたらさっきの応答も全部、紫達が仕込んだ新手の悪戯かもしれない)
次々と立ち止まる理由を考えるが、そのことに結論を出す前に魔理沙はリグルに追いついていた。
林を抜けだし、前にいるリグルに声をかけようとした瞬間
スパンッ
リグルの頭が宙を舞った。
「……は?」
我ながら素っ頓狂な声だと思う。だが、それを発せざるを得なかった。この現状を、理解できなかった。
倒れ伏し、血溜りを作る“リグルだった物”を呆然と眺め、そして、ゆっくりと、前を見た。
「お、前……何、してんだよ………?」
そこには、一番いて欲しくない相手がいた。
「あんたこそ、こんな雑魚相手に何やってるの?」
死体には目も暮れず、博麗霊夢は淡々と言い放った。
霊夢の持つ黒光りした長刀。それを見て、いや見なくとも分かる。リグルを殺したのは、親友である霊夢なのだと。
「質問に答えろよ!! お前、何してんだ!」
「何って……妖怪退治?」
「っ!」
あっけらかんと言い切る霊夢に、魔理沙はとっさに言葉がうまく出てこなかった。
「……お前、永琳の言いなりになる気か!? いつものお前なら、異変解決の為に動くだろ!? どうしたんだよ。一体どうしたんだよ霊夢!!」
先程まで否定していた殺し合い。一番否定したい時に限って、出てくる言葉はそれを肯定する言葉ばかり。そのことがたまらなく腹が立った。
「…永琳ねぇ」
意味ありげにそう呟き、霊夢は笑った。その顔は今まで見たこともない笑顔で、どうしようもなく背筋が寒くなった。
「確かにいつもの私なら、そうでしょうね。でも、今回は“いつも”じゃないの。今回は」
気づいた時には既に霊夢は目の前に陣取り
「“特別”なの」
魔理沙の華奢な首を掴みそのまま一気に地面へと叩きつけた。
「うぐっ! ……が…あ……」
すぐに引き離そうと試みるが、霊夢の腕はビクともしない。
(こいつ……こんなに…力強かったのか……)
締め上げられる首。
息がし辛い。
苦しい。
死への恐怖が魔理沙を除々に包み込んでいく。
「魔理沙。あんたは何も分かってないのよ。なぁ~んにも」
「…れ……いむ」
「私達はね。殺し合いに乗るしかないの。それ以外に生きる道なんてないの」
魔理沙は霊夢の瞳を見た。その瞳は何色でもなかった。濁っているわけでもなく、澄んでいるわけでもない。その瞳には、何の影も映していなかった。
「…私はあの場所で確信した。これは仕組みなんだって。幻想郷が、この世界が、殺し合いを求めているの。私の言ってること分かる?」
霊夢はそう言い、魔理沙に顔を近づけた。
「ねぇ、分かる?」
見開いた瞳がたまらなく怖い。いつも一緒にいた筈の人間が、たまらなく怖い。そんな気持ちを奮起させるためにも、魔理沙は途切れ途切れに反論した。
「……わかん…ねぇ……よ」
鼻と鼻とがくっつくかと思われる程の距離。魔理沙の吐息を感じ取り、霊夢は薄く笑った。
「…ねぇ魔理沙。あんたは殺さないであげる。私、あんたとなら別にいいのよ」
魔理沙も霊夢の吐息が感じられた。だがそれは無償に気持ち悪くて、吸い込む度に吐き気がした。
「組まないかって言ってるの。私と一緒に、邪魔者を殺すの。あんたとならきっとうまくやっていける。ねぇ、そうしない? そっちの方があんたにとっても都合が良いでしょ?」
魔理沙は最早、霊夢の腕を払い退けることを諦めていた。それぐらい力の差がある。だが、だからといって何もしないわけにはいかない。魔理沙だってリグルと同じだ。
(あたしだって、死にたくないんだ…!)
必死になって手を伸ばす。その先は、リグルの持っていた袋。
「魔理沙。あんただって馬鹿じゃない。この状況を分かりなさいよ。分かろうとしなさい。そしたらきっと見えてくる。この殺し合いの裏に“誰が”いるかを」
「………じゃ……ない」
「は?」
「…お前は……霊夢じゃ……ない」
「……じゃあ、私は誰かしら?」
魔理沙は、目当ての物を探り当てた。
「………人でなしの、クソ野郎だ!!!」
熱と光の塊が霊夢を包みこんだ。
全力で逃げながら、ようやく理解した。
これは、遊戯なんかじゃない。これは、憎悪と悲哀を生むだけの、ただの殺し合いだ。
こんなものに意味なんてない。世界が求める姿なわけがない。
「ごめん、リグル。ホントに…ごめん……」
魔理沙は頬を伝う涙を無視して全力で走る。
目的地があるわけでもなく、ただ走る。だがその胸には確かに“目的”が刻みつけられていた。
霊夢を止める。何が何でも全力で。そして、この腐りきった殺し合いを絶対に潰す。
しかし魔理沙にできることは少ない。首輪をどうにかする手段も思いつかないし、なにより霊夢に勝てる気がしない。それらを成し得る方法は只一つ。
「仲間を。信頼できる仲間を探す。まずはそれ」
できれば、紫やにとり辺りが望ましい。
彼女達に会い、殺し合いを破綻させ、絶対に生き残る。それがリグルにしてやれる唯一のことだと信じ、少女はただ走る。
【C-6 1日目・黎明】
【
霧雨 魔理沙】
[状態]多少の疲労
[装備]ミニ八卦炉
[道具]支給品 ランダムアイテム1~3個
[思考・状況]基本方針;この殺し合いをぶっ潰す!
1. まずは仲間探し…
2. 霊夢を止める
3. リグルに対する罪悪感
※殺し合いが本当であると理解しました
※主催者が永琳でない可能性も考慮し始めてます
※逃げる際に帽子を落しました。
「…逃げたか」
霊夢は特に惜しむでもなく、ただそう呟いた。
恋符・マスタースパーク
魔理沙が最後に放った魔法。あれは、咄嗟に避けた霊夢に掠りすらせず、夜空へと消えていった。その隙に生じて魔理沙は逃げだしたわけだ。
しかし、そもそも霊夢には魔理沙が何か仕出かそうとしていることに気づいていた。なのに結局何の対処もせず、逃げるままに逃がした。ただの気まぐれか、興が逸れただけなのか、それとも…。
この行動がどういう意味を持つのか。それは誰にもわからない。
魔理沙が落としていった帽子を拾い上げ、呟いた。
「…さて、楽しい楽しい御遊戯の時間よ。勝つ為でもない、美しくある為でもない、ルールがあるわけでもない。生き残る為の、ただそれだけの遊戯の時間」
そうして鬼よりも鬼らしい人間は歩きだす。ただ生き残る為に。
【D-6 一日目・黎明】
【
博麗 霊夢】
[状態]健康
[装備]楼観剣
[道具]支給品×2 ランダムアイテム1~3個(使える武器はないようです) リグルのランダムアイテム1~2個(まだ確認していません) 魔理沙の帽子
[思考・状況]基本方針;殺し合いに乗り、優勝する
1. できるだけ手間をかけず、迅速に敵を排除する
※ZUNの存在に感づいています。
※リグルの支給品は霊夢が回収しました
備考
※D-6にリグルの死体が放置されています。
【リグル・ナイトバグ 死亡】
【残り 51人】
遊戯は始まったばかり。
これは序章にすぎず、まだまだEasyな第1ステージ……。
では皆様。更なる狂気、Lunaticを堪能する為に、次のページを御捲り下さいませ。
最終更新:2009年04月01日 05:09