零れ落ちるモノ ◆Ok1sMSayUQ
空には大きなお月様一つ。
幾度となく自分を見下ろしてきた月だ。最も気に入らないもののひとつだ。
見るだけで奴の存在を、蓬莱山輝夜のことを思い出すから。
この呪われた不死の身体を自覚するからだ。
人でありながら人と交わることを許されない、化け物の身体。
だからといって憎んでどうにでもなるものでもないし、これから先どうしたところで変わりはしないのだろう。
悟ったといえば聞こえはいいのかもしれないが、実際のところは諦めているだけだ。
出会いも、別れもしょうがないものだと断じて拘ることもしなくなった、感情のないひとがた。
人付き合いが苦手なのではなく、意味を見出せなくなった人形でしかない。
それでも、先程のように笑えたり出来るのは妙に人懐っこい人妖のお陰には違いない。
上白沢慧音。誰しも気味悪く思うはずの身体を、永遠不変を受け入れてくれた親友だ。
慧音と過ごした時間は不死を生きるようになった時間に比べればほんの僅かな間でしかない。
だが妹紅にとっては幾千、幾万の時を経たとて覚えていたい思い出の詰まっている時間。
茫漠とした価値しか持たない過去など取るに足らないくらい大切な時間だった。
いつか別れが訪れるのだとしても、それまでの間を、今を楽しく過ごせると思わせてくれた。
それが藤原妹紅にとっての、上白沢慧音に対する評価だった。
まあ、つまり、自分は……慧音を探してみようか、という気分だということだ。
自分は死にはしないが、慧音は命ある存在。致命傷を受ければ死んでしまう。
先程の化け猫少女のような可愛げのある妖怪ならまだしも、意地の悪い妖怪に絡まれれば怪我をするかもしれないし、危険だ。
ワーハクタクになっているならそれなりに強いが、人間の姿をとっている慧音はそこまで力を持たない。
保護……という言い方は彼女が怒るだろうから、合流してやったほうがいいだろう。
それに慧音は頭もいい。戦うことくらいしか能のない自分だが、慧音ならこの忌々しい首輪だって何とかする知恵を持つかもしれない。
……ついでに、さっきの化け猫も見つけたら誤解を解いてやろう。
自分はどうでもいいが、自分のせいで慧音にまで迷惑をかけるのは心苦しい。
意外と友人思いらしい己の思考に妹紅は苦笑する。或いは自分のことを考えられないだけなのかもしれないが。
問題は、ここがどこで、慧音がどこにいるか、ということだった。
幻想郷に来てからというもの、迷いの竹林で生活の大半を過ごしてきた妹紅はイマイチ地理に疎かった。
最近は人間の里にもちょくちょく顔を出したりしていたものの、行動範囲は狭いものだった。
いま自分がいるここだってどういうところなのか全く分からない。地図と見比べてはみるものの目立つ街道があるわけでもなく。
全く、さっき引き止めておかなかったのは失敗だったわね、と妹紅は眉根を寄せて嘆息するしかなかった。
嘆いていても仕方ない。気の向くままに歩いてみて誰かと会ったら道を聞いてみようと考え、歩き出す。
くるくると手に持った水鉄砲を弄びながら、これは一体何だったかと思案する。
慧音だか誰かだかが言っていたが、世の中には筒から火薬を用いて鉛を高速で射出する武器があるという噂を聞いた。
幻想郷の外ではよく用いられている武器なのだという。だとするなら、これはその武器を模したものか。
威嚇交じりに化け猫少女が向けてきたのもそれが理由のはず。中身は水だったが。
周りを観察してみても特別な仕掛けは何ら見当たらない。
本当に精巧なだけの玩具らしいという結論に至った妹紅だったが、別に捨てる気は起こらなかった。
脅かすにはぴったりの代物だ。慧音に使ってみればさぞかし面白いだろう。
それに玩具で遊んだことはなかったから。
貴族の家に生まれたものの隠された存在であった妹紅は玩具で遊ぶ機会はなかったし、そもそも遊んだ記憶を持たない。
殺すでもなく、生かすでもなく、ただ忌避するように育てられただけ。
そういう意味では生まれたときから既に自分は不変の中にいたのかもしれない。
退屈しのぎにこの事件を解決したとして、少しは何かが変わるのだろうか。
慧音たちと元の時間を過ごすにしても己の内面は変化を起こすのだろうか。
呪われた身体を何も思うことなく、諦めきった自分が変われるのか――
水鉄砲を見ながら物思いに耽っていたせいか、妹紅は足元への注意を怠っていた。
よく気を配っていれば分かる、拳より少々大きな岩。足を取られ、妹紅は派手にこけた。
「いたたた……もう、不死の身体なのにどうして痛覚は残っているのかしら……」
咄嗟に腕で庇ったので肘や手のあたりを擦りむいただけで済んだが、ひりひりとした痛みが残っている。
まあいい。どうせこの程度の傷、ものの数秒もあれば治るはず……
「……あれ?」
だった。普段なら塞がっているはずの傷は未だ痛みを残し、傷口は治るどころかじんわりと血の色を広げていた。
妖力の行使に好調不調の差はあるけれども、再生能力は変わらず、こんなに傷の治りが遅いなんてことは一度もなかった。
不死は体質のはず。制限がどうこう言っていた永琳もこればかりは手の出しようがないはずのものなのに。
不死を治す薬でも開発したというのか?
そんな馬鹿なと思う一方、僅かに溢れ出した血が手を伝い細い川を作った。
ぽたりと落ちる赤い雫を見て、妹紅は思った。
「私は……死ねるの?」
ふと口に出した言葉が、あまりにも恐ろしいもののように思ってしまう。
まだ分からない。手首でも切れば死ねるかどうかは証明されるだろう。だがもし死ねるのだとしたら、妹紅の命はそれまでだ。
それは命を賭けるということ。今まで経験したこともない、無と有の狭間。
自分は、そこに放り込まれたのだ。
今までの自分があっけなく崩れる感覚。千年以上も感じてこなかった生の感覚が内奥を巡り、息苦しくなる。
ぽたり。
ぽたり。
雫は垂れ続けている。
ぽたり。
ぽたり。
藤原妹紅の瞳は揺れている。
ぽたり。
ぽたり。
彼女には何も分からなかった。
己が生きたいのか、死にたいのかさえ――
ぽたり。
ぽたり。
流れ落ちるは、彼女の命。
生まれ、そして死んでゆく、命だった。
【B-4・西部 一日目・黎明】
【
藤原 妹紅】
[状態]健康
[装備]水鉄砲(元は橙の支給品です)
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~3個(未確認)
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる
1.自分が不老不死の力を失っているのかと疑いを持つ。
2.自分からは襲わないが、相手がその気なら殺す。
3.慧音を探す。
4.少女の誤解を解く。
5.首輪を外せる者を探す。
※黒幕の存在を少しだけ疑っています。
※再生能力は弱体化しています
最終更新:2009年05月26日 19:52